『本邦活版開拓者の苦心』復刻のおしらせ


 とてもうれしいお知らせです。
 この国の近代印刷、つまり金属活字版印刷がまだゆりかごの中にあった時代。それはもしかすると、いまのコンピュータよりもっとキラキラと光りかがやく、新しいテクノロジであったのかもしれません。幕末から明治初期の、こうした活字版印刷の開拓者を発掘し、丹念に取材をかさねて記録した書物がありました。
 この書物は明治42年に名古屋で、津田伊三郎によって創業された「津田三省堂」によって、昭和9年に私家版として発行されたものでした。わたしはこの書物を図書館で利用していましたが、それにあきたらず、古書の入手を計りましたが、ついにならず、結局松本八郎さんのご蔵書を譲っていただくしかないほど、入手難となっていました。
 ここには本木昌造にはじまり、35名の開拓者のあれこれが記載されています。執筆は印刷興信時報者主幹小糸正カ、調査はタイポグラフィ研究家の三谷幸吉によるとされています。しかし確証はないものの、わたしはこの書物の「津田伊三郎」をのぞく各章は、三谷の筆によるものではないかと考えています。書き出しに漢語の四字熟語をおく癖、小見出しを欄外にふる方式、終句に法名を記録するこだわりなどが、三谷の文体との相似とあいまって、こうしたおもいをかきたてます。
 想像をたくましくすれば、この書物には巻頭に「文部大臣 松田源治閣下」「名古屋市長 大岩勇夫氏」が讃文をよせ、内閣印刷局長・大日本印刷組合連合会・大阪出版社などから讃辞がよせられているほど「権威のある書物」でした。ですから教育経験のとぼしい三谷幸吉を著者とするのは、すこしはばかるところが、この時代の空気としてあったのかもしれません。
 ささいなことにこだわりすぎました。ともあれこの書物こそ、この国の印刷史の貴重な人物列伝であり、出発点であり、基礎文献であることは間違いないようです。
 津田三省堂は昭和10年代に「津田宋朝体」の成功によって一世を風靡しましたが、その後は戦災と金属活字の衰退によって、名古屋活字・ナプスと改組・改称されてきました。
 このたび伊三郎の曾孫にあたる津田知信氏は、同社88年の金属活字鋳造に一応の区切りをつけるにあたって、同社による記念碑的な書物の復刻公刊されることを決意されました。
 じつはわたしはかねてからこの書物にこだわり、文字百景シリーズの中で、何度かその現代訳を試みていましたが、このたびの全面復刻によって、全貌があきらかになることは欣快にたえません。
 同社では初版同様、販売用ではなく、88年の金属活字の顧客への謝恩のために贈呈されているようですが、希望のむきには、まったくの原価により送本もしてくれるようです。できるだけ手間をかけないよう、現金書留をもって申し込まれたら如何でしょう。
 ともあれ、こうした貴重な書物の再生に、また勇気と信念あるナプスに大拍手です。









 

復刻版『本邦活版開拓者の苦心』
188×128mm 1色刷 並製本 
頒価:送料・税込2500円

申込先
466-0058 名古屋市昭和区白銀3-7-6
株式会社ナプス 
    電話052-882-3481 ファクス052-882-3483           










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