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【朗文堂タイプコスミイク 書体使用例紹介】『アイデア 353』特集に《硬筆風細明朝 杉明朝体》をご使用いただきました!

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【「ザック・カイズとの共同制作」詳細PDF版 『アイデア』編集部提供】 
『アイデア 353』特集に《硬筆風細明朝 杉明朝体》をご使用いただきました!

『アイデア 353』(誠文堂新光社、2012)に、「ザック・カイズとの共同制作」(p.197-220)の特集ページが掲載されました。この特集に使用された和文デジタルタイプは「杉本幸治制作 硬筆風細明朝 杉明朝体」(朗文堂タイプコスミイク発売)、欧文デジタルタイプは「Dear Sir / Madam」でした。

基本組版設計は、文字サイズ12Q、行送り18H(半角アキ)となっているそうです。
ここに誠文堂新光社『アイデア』編集部と、白井敬尚形成事務所の協力をいただいて、「杉明朝体」の書体使用例紹介をいたします(掲載図版詳細は上掲 の PDF 版でごらんください)。
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【杉明朝体と製作者:杉本幸治】
書体製作者・杉本幸治(1927-2011年)がのこした活字書体は、三省堂勤務時代の金属活字書体製作にはじまり、晃文堂明朝体、リョービ本明朝シリーズなどがありますが、その最晩年に、万感のおもいをこめて製作したデジタルタイプが「硬筆風細明朝 杉明朝体」でした。
【杉明朝体 詳細紹介 PDF版を含みます:朗文堂タイプコスミイク 杉明朝体】
【杉本幸治紹介:タイポグラフィ・ブルグロール 花筏 杉本幸治三回忌にあたって

【杉明朝体製作者:杉本幸治(1927年04月27日-2011年03月13日) 紹介】
1927年(昭和02)04月27日、東京都台東区下谷うまれ。
東京府立工芸学校(3-5年履修制の産学協同による特殊な実業学校。現東京都立工芸高等学校にその一部が継承された)印刷科卒。

終戦直後の1946年( 昭和21)印刷・出版企業の株式会社三省堂に入社。今井直一専務(イマイ-ナオイチ 1896-1963年05月15日 のち社長)の膝下にあって、本文用明朝体、ゴシック体、辞書用の特殊書体など、金属活字書体の設計・開発と、米国直輸入の機械式活字父型・母型彫刻システム(俗称:ベントン、ベントン彫刻機)の管理に従事し、書体研究室、技術課長代理、植字製版課長を歴任した。

またその間、今井専務の「暗黙の指示と黙認」のもとに、株式会社晃文堂(のち・株式会社リョービ印刷機販売 → リョービイマジクス株式会社。2011年11月同社デジタルタイプ部門が株式会社モリサワに移譲され、モリサワMR事業部 → 株式会社タイプバンク となった)の「晃文堂明朝体」の開発と、「晃文堂ゴシック体」の改刻に際して援助を重ねた。

1975年三省堂が苦境におちいり、会社更生法による再建を機として、48歳をもって三省堂を勇退。その直後から細谷敏治氏(1914年うまれ)に請われて、日本マトリックス株式会社に籍をおいたが2年あまりで退社。
【細谷敏治氏詳細:花筏 タイポグラファ群像*003 細谷敏治氏

そののち「タイポデザインアーツ」を主宰するとともに、謡曲・宝生流の師範としても多方面で活躍した。
金属活字「晃文堂明朝体」を継承・発展させた、リョービ基幹書体「本明朝体」写植活字の制作を本格的に開始。以来30数年余にわたって「本明朝ファミリー」の開発と監修に従事した。

2000年から硬筆風細明朝体の必要性を痛感して「杉明朝体」の開発に従事。2009年09月株式会社朗文堂より、TTF版「硬筆風細明朝 杉明朝体」発売。同年11月、OTF版「硬筆風細明朝 杉明朝体」発売。

特発性肺線維症のため2011年03月13日(日)午前11時26分逝去。享年83
浄念寺(台東区蔵前4-18-10)杉本家墓地にねむる。法名:幸覚照西治道善士 コウガク-ショウサイ-ジドウ-ゼンジ。


東日本大震災の襲来の翌翌日、2011年03月13日、特発性肺線維症 のため入退院を繰りかえしていた杉本幸治氏が永眠されました。
杉本氏は、わが国戦後活字書体史に燦然と輝く、リョービ基幹書体「本明朝体」をのこしました。また畢生ヒッセイの大作「硬筆風細明朝 杉明朝体」を朗文堂にのこされました。
わたしどもとしては、東日本大震災の混乱の最中に訃報に接し、万感のおもいでした。
これからは30年余におよぶ杉本氏の薫陶を忘れず、お預かりした「杉明朝体」を大切に守り育ててまいりたいと存じます。

在りし日の杉本幸治氏を偲んで

杉明朝体はね、構想を得てから随分考え、悩みましたよ。
その間に土台がしっかり固まったのかな。
設計がはじまってからは、揺らぎは一切無かった。
構造と構成がしっかりしているから、
小さく使っても、思い切り大きく使っても
酷使に耐える強靱さを杉明朝はもっているはずです。
若い人に大胆に使ってほしいなぁ。

-杉本幸治 83歳の述懐-

上左)晃文堂明朝体の原字と同サイズの杉明朝体のデジタル・データー
上右)晃文堂が和文活字用の母型製作にはじめて取り組んだ金属活字「晃文堂明朝」の原字。
(1955年杉本幸治設計 当時28歳。 原寸はともに2インチ/協力・リョービイマジクス)

杉本幸治愛用の雲形定規

ふたつの 「書」 の図版を掲げました。かたや1955年、杉本幸治28歳の春秋に富んだ時期のもの。こなたは70歳代後半から挑戦した新書体「杉明朝体」の原字です。

杉本幸治は2003年から、骨格の強固な明朝体の設計を意図して試作を重ねました。基本設計意図は、杉本が青春期を過ごした、三省堂の辞書に用いられたような、本文用本格書体の製作が狙いでした。
現代の多様化した印刷用紙と印刷方式を勘案しながら、紙面を明るくし、判別性を優先し、可読性を確保しようとする困難な途への挑戦となりました。制作に着手してからは、既成書体における字体の矛盾と混乱に苦慮しながらの作業となりました。名づけて「硬筆風細明朝 杉明朝体」の誕生です。

制作期間は実質6年の長期に及び、厳格な字体検証を重ね、ここに豊富な字種をともなった「硬筆風細明朝 杉明朝体」を完成させました。
痩勁ながらも力感ゆたかな画線が、縦横に文字空間に閃光を放ちます。
爽風が吹き抜けるような明るい紙面には、濃い緑の若葉をつけた杉の若木が整然と林立し、ときとして、大樹のような巨木が、重いことばを柔軟に受けとめます。
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【お願い】
朗文堂タイプコスミイクでは、単に書体製作、監修、販売にあたるだけではなく、デジタルタイプの効果的な展開と普及のために、当該書体の使用例を本欄にて順次紹介しております。ユーザーの皆さまからの積極的な情報ならびに資料提供をお待ちしております。
なお勝手ながら、本Websiteでの紹介にあたり、権利関係の調整と許諾は、情報ご提供者様のほうで事前に済ませてからのご提供をお待ち申しあげます。