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【字学】 忌み数としての 13 の位置づけ そしてわが国最大の忌み数 四 は ── 嗤ってすませたい迷信 ?

《 旅のつれづれに 忌数 イミカズをみていた 》
「衣食住に関心が無い」と日頃から嘯いているやつがれ、どうやら観光にも向いていないようで、帰国後は「観光写真」の整理どころではなく、たまった業務の消化に当分のあいだおわれることになる。
むしろ旅とは、その地のひとと暮らしをみたり、その地の艸木をみているだけで、うれしい時間であり、収穫の多い体験の蓄積となる。
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昨年六月、北京空港のメーンサインボードにみるローマ大文字の選択を、活字書体の判断における三原則 ── レジビリティ、リーダビリティ、インデユーシビティ : legibility, readability and inducibility という視点から紹介した。
このシリーズは五回連載のつもりでプロットをたてていたが、小社周辺にはおもいのほか「サインデザイン」を主要業務にされているかたがおおく、問題提起はしたものの、むすびないし結論の提示はしていない。
すなわちここでは、ローマ大文字の判別性 Legibility を中心にかたったが、数字(アラビア数字)には触れなかった。意外に知られていないが、数字にももちろん判別性 Legibility の視点から、サインなどでは除外されているものがある。

おりしも東京オリンピックをひかえて大型施設の建設がさかんである。そこではサインシステムに関する熾烈なコンペもひかえており、来社されて相談されたかたには相当レベルまで対応策を提示したが、【北京空港のサインからⅣ】、【北京空港のサインからⅤ】は、当分非公開とさせていただいた。

ということで、今回は旅のつれづれに【忌数 いみかず ── 忌むべき数。「四」(死)、「九(苦)」など】『広辞苑』を見てみよう。
北京01 北京02 北京03◯ 花筏 【北京空港のサインからⅠ】 チェックインカウンター表示 A,B,C,D,E,F,H,J,K,L あれっ! G, I はどこに ?
◯ 花筏 【北京空港のサインからⅡ】 字間調整と、漢字・ローマ大文字の判別性 Legibility, 誘目性 Inducibility をかんがえる
◯ 花筏 【北京空港のサインからⅢ】 巨大競技場施設のゲート表示からはずされている、いくつかのローマ大文字の例をみる

《 ロシアの航空会社 : アエロフロート利用で チェコの首都 プラハへの旅 》
アエロフロート機内座席配置 アエロバスA330アエロフロート 機内座席配置 同社URLより ここには4番の列、13番の列もあった。

DSCN6632 DSCN6639《 トラベル Travel と トラブル Trouble は近接語ないしは類似語かもしれない 》
日常生活とはなれて旅にでると、さまざまなトラブルに遭遇する。そのときは狼狽したり腹がたつこともあるが、ときの経過とともに浄化され、いずれも懐かしいおもいでになるのも旅のおもしろさのひとつかも知れない。

島国日本を脱出して外国への旅となると、よほど時間と資金のゆとりがない限り航空機の利用になる。それもアジアの近隣国ならともかく、欧州やアメリカ大陸への旅となると、どうしても10時間を優にこえる長距離・長時間の旅となるし、直行便でなくトランジットが加わると、もっと時間とストレスが増す。
パスポート、携行品、そして最近はベルトまで外しての身躰チェックなど、さまざまな手続きと検査を終え、ようやく機内のひととなる。

ドアがバタンと閉まると一気に圧迫感が増す。やがて滑走路に向けて地上走行がはじまり、緊急時における対処法について、国際規定にのっとった対処法が乗務員によってなされる。最近はヴィデオ上映の会社もあるが、安全ベルト、酸素マスク、救命胴衣などの器具の装着を実物もちいて説明がなされる。それを見るともなく、聞くともなくしているうちに、次第に離陸に向けた緊張感が機内をおおう。

DSCN5322 DSCN5317 DSCN5331 DSCN6583一昨年、チェコのプラハに行ったときのこと。このときの航空会社はロシアのアエロフロート、機体はエアバスの大型機で、モスクワで中型機に乗り換えてプラハまで往復した。
エアロフロートの機内食はまずいという評判が一部にあるが、成田 → モスクワ間は、成田で積み込んだ日本製の食事となるからまったく気にならなかった。むしろ量が多くて持てあますほどだった。
モスクワで乗り換えて、中型機でプラハへの4時間ほどの飛行中にも食事がでたし、帰途にもでたが、いずれも旨かった。ロシアの堅いパンは、フランスパンと同様に、そういうものだとおもえば旨い。

DSCN5325 DSCN6585ブロガーの投稿に「モスクワ空港にはおおきな喫煙室がある」とあちこちに書かれていた。
トランジットで二時間ほどの時間があったので期待して駆けつけたら、空気清浄機はあれど頑丈な鍵がおろされて閉鎖されていた。どうやら最近突然閉鎖されたらしい。その分男性用トイレはひどいことになっていたが。

JAL や ANA(エイ・エヌ・エーと読んだほうが外国のタクシードライバーにはよく伝わる) といった、わが国の航空会社以外の航空機での旅の楽しみのひとつに、その国の独自言語と独自文字表記による『機内誌』と、無償で配布される新聞の閲覧がある。
そしてやつがれ、かつてニューヨークやサンフランシスコのホテルで「13階が無い」ないしはエレベーターが停止しないホテルに宿泊したことがあり、「忌数-いみかず」をそれとなく気にしてみている。

アエロフロートの機内誌には日本語版もあったが、基本的にロシア文字である。
いわゆるロシア文字とはキリル文字の一派とされ9世紀、ギリシャ人の宣教師キュリロス(Kyrillos。ロシア名キリル)が、ギリシャ文字をもとに福音書などの翻訳のために考案したグラゴール文字をもとにして、10世紀はじめにブルガリアで作成した文字とされる。現在のロシア文字はこれを多少改修したものである。

当然ながらキリル文字を使用する国〻は、ローマンカソリックや、プロテスタントの国〻とは、様〻な面で異なる生活様式や思考・行動がある。この言語と文字表記を背景とした「正教 オーソドックス」は、チェコでもギリシャでもおおいにやつがれの思考を悩ませた。
以下に<正教 Orthodoxy>を『世界文学大事典』(集英社)より紹介する。

【 正教 [英]Orthodoxy,[ロシア]Православие 】
ローマ帝国の東方でギリシャ文化を背景に展開したキリスト教。東方正教、ギリシャ正教という呼称でも知られる。のちに西方のカトリック教会とは袂を分かった。
使徒伝承を忠実に保持していると自認し、原語的には〈オルトス=正しい〉〈ドクサ=神の賛美、教え〉に由来する(ロシア語もそれを表現している)。
ロシアには10世紀ごろから入り、大公ウラジーミル(?-1015)が国教として正式に受容した(988〔989〕)。ロシアはビザンティン帝国の滅亡後、正教世界の中心となった。正教はロシア文化の背景の一つを成す。

《 陽気なロシア人 飛行機の離着陸のたびに ハラショー の大歓声と拍手 》
これも団塊オヤジのブログからの知識だったが、アエロフロートのパイロットは、空軍出身者が多く、飛行経験時間もながいので安全性がたかいとする。それでも乗客は離着陸のたびに「ハラショー khorosho 」と一斉に歓声をあげ、機内は拍手につつまれる、とあった。
ところが国際線だからという遠慮があったのか、成田 → モスクワ、モスクワ → 成田への離着陸の際には歓声も拍手もあがらず静かだった。すこしがっかりした。

それがいちおう国際線ではあったが、乗り換えてヨーロッパ域内線というのか、モスクワ ⇄ プラハへの便ではまるでちがった。
離陸の際はまばらだったが、着陸(に成功)すると、機内から一斉に「ハラショー khorosho 」の大歓声とおおきな拍手がわきあがった。
ハラショーは辞書的には「感動の意を表す語。すばらしい。よい。結構」の意のロシア語であるが、どちらかというと「ヨッシャ~、ヤッタァ~、バンザ~イ」というノリにちかく聞こえ、航空機独特の緊張感は機内から一斉に消える。


アエロフロート機内座席配置 アエロバスA330したがってしばらくの地上走行のあいだ、機内はまことに和気藹藹、大声でのロシア語が飛びかって、和やかかつにぎやかになる。やつがれはエコノミー席の11番の列で、うしろには12, 13番の列もふつうにあった。
乗降デッキが横づけされて重いドアが開くと、談笑を交わしながらのゆっくりとした歩行になったため、たまたまやつがれビジネスクラスの箇所で歩行が停滞した。
その席の列はわが国の一部では忌避される四番であった。

《 Quatar カタール航空で、成田発 ドーハ経由 ギリシャへの旅 》
ことしの五月、この連休となる時期には例年サラマ・プレス倶楽部のイベントが開催されてきたが、ことしはそれが11月に変更されたので、普段の「弾丸旅行 ── 現地泊二泊・機内泊 往復二泊」にかえて、めずらしくゆっくりと旅をした。
目的地はギリシャ、首都アテネとカルデラ環礁のサントリーニ島の二ヵ所。

航空会社は JAL との共同運行によるカタール航空。ギッシリ満員の乗客だったが、日本人客室乗務員もいて、11時間50分の長時間フライトでドーハの巨大ハブ空港、ハマド国際空港カタールに到着した。
出発は日本時間で夜の22時20分だったので、成田空港での待機中にあらかたお腹はいっぱいになっていたが、水平飛行になってまもなく夕食が配られた。
興味ぶかかったのはトレーの敷紙に「ハラール食品」とおおきく表示され、ハラール認証機関名がアラビア文字で表示されていたこと。帰路もおなじ経路だったが、いくぶんスパイシーな味つけだっただけで、「ハラール食品」はやつがれは格段の抵抗はなかった。

【 ハラール [アラビア語] 】
「イスラム法(シャリーア)で認められたこと(もの)」を意味するアラビア語。
おもにイスラム法上で許される食べ物をさす。逆に「許されないもの」として禁止されていること(もの)をハラーム、中間にあたる「疑わしいもの」は、シュブハという。[中略]

イスラム教徒が食べることを許される食品は、規律に沿って屠畜されたウシやヒツジ、ヤギなどの動物、野菜や果物、穀類、海産物、乳製品と卵、水などである。
飲食が禁じられているものは、ナジス(不浄)とされるブタやイヌ、アルコールを含む飲料や食品、牙やかぎ爪で獲物をとるトラ、クマ、タカ、フクロウなどの動物、毒性のある動物や害虫、ノミやシラミ、ナジスを餌とする動物などである。

イスラム圏に輸出される食品や菓子、化学製品などについては、イスラム教徒が摂取できるかどうかの審査(ハラール認証)を行う認証団体が各国にあり、ここで認証されたものは、ハラール食品やハラール製品などとよばれる。
『日本大百科全書』(小学館)

出発前に仕事の片付けにおわれていたので、いくぶん疲労もあって写真を撮らなかったが、ドリンクメニューにもソフトドリンクばかりがならび、少なくともエコノミー席ではアルコール類はなかったようである。
アラビアのイスラム教諸国では「ハラール」の掟は厳格らしい。

カタール航空座席配置カタール航空機内座席配置図 この機種には13番の列はなかった

今回の旅は、相当はやくからスケジュールができていたので、いわゆる「早割」で、料金がやすく、また乗り継ぎ便をふくめて坐席番号もあらかじめ指定されていた。
希望は昇降に便利で、トイレにも行きやすく、機内サービスもゆきとどく、前方の11B・11C(通路側確保)が条件だった。

アエロフロートでの旅と同様機体はすべてエアバスで、ドーハで一度大型機から中型機に乗り換え、五時間ほどのフライトでアテネ新空港に現地時間12時10分についた。
いわゆる南回りでの欧州は久しぶりだったし、カタールという、富裕な産油国であり、イスラム教国の航空会社ははじめてで新鮮だった。

《イスラム教の国も、13を忌避するのか?》
成田からドーハまで11時間50分の長期フライトの間、なんどかトイレにたった。前方の11番から後方のトイレの間に、13番の列が無いことに気づいた。
あれっ、イスラム教徒も13を忌避するのかとふしぎにおもったが、乗り継いだドーハ → アテネの便の機体でも、同様に13の列はなく、11, 12, 14 の順に坐席が配置されていた。
結局往復都合4回、カタール航空の機体を利用したが、13番の列はみなかった。
また、搭乗時にそれとなくみていたが、通常ファーストクラスとビジネスクラスに配される四の列はあたりまえのようにあった。
帰国後カタール航空のURLでしらべたら、機種によっては13番の列もあることを知った。ハラールには厳格であっても、13を忌み数とするふうは少ないようであった。

《旅の最終日、ギリシャ:サントリーニ島からアテネ新空港へ 13忌避の本家本元か》
ギリシャでは、前半をアテネ市内と近郊の観光とし、後半は高速フェリーで八時間ほど、火山噴火の大カルデラ環礁でしられるサントリーニ島でゆっくりした時間をすごした。
最終日、サントリーニ島キララ空港からアテネ新国際空港への45分のフライトとなった。

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ギリシャでは13という数字をきらうふうが随所にみられた。ホテルの部屋番号は11, 12,
14 となるし、劇場などの坐席番号でも13はほとんどみないということであった。
そのためか、サントリーニ島/キララ空港から、アテネ新国際空港までの45分のフライトで利用した「エーゲ航空 Aegean」の坐席番号、荷物入れには急いで撮影したため不鮮明ではあるが13番は無かった。
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《帰国後に【忌み数】で辞書漁りをしてみたところ》
わが国の辞書、辞典類の多くは、積極的にこの語に触れることはなく、どちらかというと、渋〻紹介しているのではないかとおもえるほどであった。
積極的に、豊富な図版資料をもちいて触れていたのは『フリー百科事典ウィキペディア』と、研究社の英語辞典であった。

『日本大百科全書』(小学館)
【忌み数 いみかず】
忌んで使用を避ける数。数について吉凶をいうことはいろいろの事柄について行われている。その多くはことばの音が不吉なことに通じるのを理由にしていわれている。たとえば四は死に通じ、九は苦と同音なので忌まれている。
それについての俗信をあげると、四の日の旅立ちや引っ越しはいけない。四の日に床につくと長患いする。また六についてはろくなことはなし、一〇は溶けるといい、一九は重苦、三三はさんざん、四九は死苦といって忌まれている。いわゆる厄年といわれているものにもこの考えがみられる。19歳、33歳、42歳、49歳などがそれである。

奇数・偶数については、中国では奇数を吉とし、日本では偶数を吉としていたともいわれるが、かならずしもそうとは決まっていない。日本では古来八の数はよいと考えられているが、中国では七を吉としているようである。しかし贈答品については日本でも四、六、八を避け、三、五、七、九をよしとしている。壱岐島では婚姻に四つ違いは死に別れ、七つ違いは泣き別れなどといい、奇数・偶数とは関係ないようである。

13という数を嫌うことは西洋ではキリストの最後の晩餐の陪席者が13人だったことによるという。13は日本でも厄年の一つとされている。
13歳の子女が十三詣(まいり)と称して虚空蔵菩薩に開運出世を祈願する風習が各地にある。また山小屋では13人は悪いとされる。船にも13人乗りを嫌う地方があり、三宅島では藁人形などを一つ加え14にするとよいといっている。

『日本国語大辞典』(小学館)
【いみ‐かず  忌数】
〔名〕忌んで避ける数。四(死)、九(苦)などの類。

『広辞苑』(岩波書店
【忌数 いみかず】
忌むべき数。「四」(死)、「九(苦)」など。

『フリー百科事典 ウィキペディア】
【忌み数】
忌み数(いみかず)とは、不吉であるとして忌避される数である。単なる迷信とされる場合もあるが、社会的に定着すると心理面、文化面で少なくない影響を及ぼす。漢字文化圏では 4 をはじめとして、悪い意味を持つ言葉と同音または類似音の数字が忌み数とされる事が多い。西洋では 13 がよく知られている。〔以下リンク先にて

『フリー百科事典 ウィキペディア』
【13 忌み数】
13 は、西洋において最も忌避される忌み数である。「13恐怖症」を、ギリシャ語からtriskaidekaphobia(tris「3」kai「&」deka「10」phobia「恐怖症」)という。なお、日本においても忌避される忌み数であったとする説がある。〔以下リンク先にて

『医学英和辞典』(研究社)
trìs・kài・dèka・phóbia
n 十三恐怖症《13 の数字を恐れること》.
【Gk treis kai deka three-and-ten 13+-phobia】

『新大英和辞典』(研究社)DSCN3943[1]
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 《経験智と読書智、もっと調査が必要とはいえ、当分は〔精神医学的に〕13忌避はしない》
かつて読売ジャイアンツにクロマティという外野手がいて、ずいぶん話題の多いひとであったが、背番号44番を背負ってジャイアンツファンからは好感を持ってむかえられていた。
やつがれ、もともと鈍感なのか、13番列のエコノミー席に座ったとしてもなんら気にならないとおもうし、四・九もほとんど意識したことがない。
とりあえずは〔精神医学〕用語とは距離をおいて、のんびりしていたいものである。