【WebSite紹介】 明治産業近代化のパイオニア 平野富二 長崎の町司について 杉山徳三郎、平野富二の朋友

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【新WebSite紹介】 明治産業近代化のパイオニア 平野富二 矢次家の始祖関右衛門 平野富二がその別姓を継いだ人

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  平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が近代活版印刷術発祥の地長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の情報を意欲的に記述しています。
古谷昌二ブログ/① 探索:平野富二の生まれた場所 ② 町司長屋の前にあった桜町牢屋 ③ 町司長屋に隣接した「三ノ堀」跡 ④ 町司長屋の背後を流れる地獄川 ⑤ 矢次事歴・平野富二祖先の記録 ⑥ 矢次家の始祖関右衛門 平野富二がその別姓を継いだ人

 

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明治産業近代化のパイオニア  平野富二生誕170年
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【新WebSite紹介】 明治産業近代化のパイオニア 平野富二 古谷昌二ブログ/矢次事歴 提供:「平野富二生誕の地」碑建立有志会

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ことしは{明治産業近代化のパイオニア 平野富二生誕百七十周年}です。 WebSite  平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が近代活版印刷術発祥の地長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連のブログ情報を記述しています。
古谷昌二ブログ/探索:平野富二の生まれた場所 ②町司長屋の前にあった桜町牢屋 ③町司長屋に隣接した「三ノ堀」跡 ④町司長屋の背後を流れる地獄川 ⑤矢次事歴・平野富二祖先の記録

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【図書紹介】 長崎素平連『類題 酔狂句集 初編』山彦翁・百川翁・雑飯翁合評 編輯兼出版人・安中半三郎 明治17 年04月

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明治中期長崎がうんだ稀代の〝ふうけもん〟安中半三郎(まとめ)を紹介してきた。素平連スペレン『類題 酔狂句集 初編』(国会図書館 特四〇八三七)にいたって〝狂とも奇ともいわれた〟安中半三郎の自由奔放、邪気のない人柄を紹介。本書は天地 ≒19、左右 ≒12センチ、52丁からなる和装本。主要活字はいわゆる和様三号活字、注記は六号活字。本紹介は{花筏}にゆずり、序文(釈読協力:古谷昌二)・一部本文・刊記をデジタルタイプによる追試を含め紹介。 

長崎タイトルresize-627x108[1] 01活字と機械論考 cf588ad00c01a1788fd0daef1337203f-215x300[1]
安中半三郎 (あんなか-はんさぶろう 名:有年 ありとし 号:東来 とうらい)

1853年12月29日(嘉永6年11月29日)-1921年(大正10)4月19日 享年69

20161028203520_00002 !cid_CF842FDB-092E-4B9F-9C3B-B4E7FEB0A7AC 酔狂句集修整 !cid_4BBA194F-F048-4D50-85A3-69587CC6A53F !cid_BC203FA3-51AC-40E2-8DF5-2D523D589A8E安中半三郎『酔狂句集』刊記

【Viva la 活版 ばってん 長崎 Report 18】 安中半三郎『東来和歌之碑』 全文釈読紹介 長崎諏訪公園噴水広場

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長崎諏訪公園噴水広場の歌碑『東来和歌碑』は、碑面の損傷がおおくこれまで35句におよぶ碑文の紹介がなされることがすくなかった。歌の製作者として末尾にわずかに安中半三郎の号「東来」があるが、碑文の建立者、建立年度などはみられない。さいわい資料『明治維新以後の長崎』(著作兼発行者 長崎市小学校職員会 大正14年11月10日)に長崎の金石文の多くを活字文章におきかえた記録がのこっていた。本稿には春田ゆかり氏の協力をいただいた。{ 活版 à la carte

 安中半三郎  R0049302-2tei R0049299-2!cid_6AC995D2-53A7-4D09-A25B-A6F4E50A4BEF !cid_EC83C279-446A-47AC-BA75-5D024AF4F963 !cid_1140D8C2-683C-4C9D-9A63-BA89FF00FE4D

【資料紹介】 株式会社東京築地活版製造所第二代社長『曲田成君略傳』(松尾篤三編集兼発行 東京築地活版製造所印刷)

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『曲田成君畧傳』(国立国会図書館 請求記号 特二九六四四)は、東京築地活版製造所第二代社長/曲田 成(まがたしげり 弘化三年一〇月一日明治二七年一〇月一五日 行年四九)の略伝である。序文を福地源一郎(櫻痴 三号明朝字間四分アキ)、本文を同社第三代社長・名村泰蔵(五号明朝字間四分アキ)で組まれている。弔文「曲田成君ヲ弔フ文」(東京活版印刷業組合頭取 佐久間貞一)、「曲田成氏ヲ追弔ス」(密嚴末資榮隆)がある。{活版 à la carte

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【Viva la 活版 ばってん 長崎 Report 15】 長崎製鉄所跡碑をめぐって 意外に訪問が困難。タクシー利用をお勧め

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「三菱重工業株式会社長崎造船所」は、地元では「ながせん」として親しまれる。同所飽浦 アクノウラ にオランダ人技士ハルデスらの指導で長崎鎔鉄所が着工されたのは一八五五年(安政二)一六〇年ほど前。江戸時代は鎔鉄所・製鉄所といっても溶鉱炉はなく、大規模な鉄工所であり修船所であった。通勤はもっぱら海路で舢板サンパンという小船。ここはわが国近代産業の揺籃の地であり、ここに勤務し、のちに頭取を担った者に本木昌造と平野富次郎(平野富二)がいる。

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