ことしは明治産業近代化のパイオニア―平野富二の生誕一七〇周年{一八四六年(弘化三)八月一四日うまれ}

弘化三年八月一四日(一八四六年一〇月四日)長崎奉行所町司矢次豊三郎・み祢の二男、長崎引地町で出生幼名富次郎。一六歳長崎製鉄所機関方、機械学伝習。一八七二年婚姻とともに平野家を再興平野富二と改名届出。同年七月東京に活版製造出張所のちの東京築地活版製造所設立。ついで素志の造船、機械、土木、鉄道、水運、鉱山開発(現IHIほか)など在京二〇年でわが国近代産業技術のパイオニアとして活躍。一八九二年(明治二五)一二月三日逝去行年四七

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