【資料発掘】 活字のうた―或る植字工これをつくる 『活字界』 Vol12-3 / No.47 p.5 昭和51年4月5日

ここに紹介する詩は、ある大手の印刷会社の植字工を永年やっていた故松崎映太郎が、昭和23年,復興経済労働問題講座の席上発表したものといわれる。
印刷同友会の市村道徳会
長がこの詩を高く評価し、印刷同友会20年史に所載したものを、同氏のご好意により本誌に転載させていただいた。{活字界 編集部}

『活字界』合本。

活   字   の   う   た

(或る植字工これをつくる)

ケースにいっぱい詰っている活字は
満開の桜のように美しい
その一本一本が生きもののように
生命をもっている
活字とはいみじくも名づけられたもの
その一本一本の活字の望みは
花のように美しく植えられることにある
幼い苗を植えて
豊かな果樹園を実らせるように
立派に組み上げられた活版
そしていっぱいに盛り上る文化
しかもむだ花として散ってしまうのではなく
再び解きほぐされて息吹きかえす
小さな不死鳥よ フェニックス ────────── 活字。

太初に道あり ―― はじめに ことば あり
ことばは神と共にあり
と、ヨハネ伝はかく誌シルす
マインツのダーテソベルクが
最初の活版印刷を発明した時に
先づ刷ったものは聖書だったという。
ああ 近代印刷の技術の泉は
まぶしいような神の言葉と共に湧いたのだ。
活字を植える人よ

印刷するひとよ
此の古い事実に深い意味をさぐれ。
 『ルラ』(ローラー)が一回転して紙がその上を通れば
そこには取り返しのつかぬ歴史が生れることを
汚ないインキのしみを
人類の文化になすりつけることに心せよ
ケ-スにいっぱい詰まっている活字は
輝やく眼マナコで原稿をきびしく査シラべ
ステッキの中に組まれた活字は
やがて世の中へ出てゆくものの倫理を叫ぶ
活字が紙幣サツを刷るに役立たぬことは
いかにうれしい宿命であろう。

ああ活字
可憐な、きよらかな文化の釘
賤イヤしいただの金儲けや
恥知らずの本造りブックメーカーの手から
お前を護ろう
巨人ゴリアテを仆タオした
ダビデの掌の中の小さい石のような
正義の武器 活字を
人々よ いつくしみ育てて
新しい日本の大きい組版の中に
星のように輝やかしくちりばめようではないか