【論文発表】張 文一さん「欧陽詢の書風に合う仮名の研究と開発」武蔵野美術大学 視覚伝達学科 大学院修士論文

張文一さん修士論文

DSCN7309欧陽詢の書風に合う仮名の研究と開発
張 文一(Zhang Wenyi)
中国においても日本においても、その書の雅と規範に価する書風、「欧体」字という楷書の創始者として知られるのは欧陽 詢(おうよう-じゅん 557-641)である。
現在のデジタル環境における日本語書体では、いくつかの欧陽 詢楷書が発売されている。それらを見てみると、漢字はそれなりの体裁を保ってはいるものの、仮名書体においては、漢字との整合性、そして仮名書体としての在り方に疑問が残った。他の可能性があるだろうと気付いた。そして実際にオリジナルの拓本や石碑を検証し分析して、「欧陽 詢の漢字の書風に合う仮名とは何か」を改めて考え直した。
そこで私は、これまで行われてきた書体制作における視点ではなく、楷書の完成だと言われている唐の時代から、「筆写、書写、手書き」の視点で、文字を研究していた。そして欧陽 詢の身体感覚を借用し、漢字・仮名書体を含めた手の痕跡があり、書風も残した欧陽詢書体開発を目指し、改めて書体制作における古筆仮名の制作の可能性を探ってみたいと考えた。[張 文一]
【詳細: 武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科2017年度卒業制作展特設サイト
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{新宿餘談}

DSCN7331張 文一(Zhang Wenyi)さん

DSCN7299 DSCN7302 DSCN7313 DSCN7309『九成宮醴泉銘』(部分) 欧陽詢筆さらなる飛躍をめざして 頑張る張さん ──
昨年の10月中旬に、紹介者があって「武蔵野美術大学 大学院院生 張 文一」さんとお会いした。張さんは修士論文の執筆中で、欧陽 詢関連の資料を見たいということで来社された。
ところがなにぶん、すでに年末の論文提出時期が切迫していた。

張さんは中国の 遼寧省錦州市 で生まれ、大学学部の四年間は、同じく遼寧省の 大連市 で勉強し、卒業されました。大連は中国遼寧省の南端、遼東半島に位置する近代的な港湾都市である。
修士論文のテーマは、楷書書法の極致「欧陽詢書風」を理解し、それにみあった仮名書体の製作を中心課題とされていた。

これだけの遠大なテーマを消化するためには、ともかく時間がたりなかった。そこで所持している限りの関連図書をご覧いただき、あわせて拓本や解説書だけでなく、中国陝西省西安市の「碑林」で『皇甫誕碑』をみることと、西安から日帰りが可能な、陝西省麟游県に現存する『九成宮醴泉銘』碑(左掲載図版 欧陽詢筆 部分)を実見されることを提案した。
この現存するふたつの石碑は、欧陽詢の筆になるが、はじめから石に刻されることを前提に書されたものである。つまりこの碑の前にたつことは「刻字」の妙をみることとなる。
いっぽう仮名はわが国の書写のなかからうまれ、誕生以来もっぱら紙の上に書されてきた。
すなわち刻字系統の字(漢字)と、書字系統の字(和字)をあわせるという命題は、相当おもいものがある。

大学への提出と審査を終えて、張さんが大きなキャリーバッグを引っ張って来社したのは、年が明けて1月の初旬だった。バッグから取りだした奇妙なものをクネクネと曲げて「字」ができてきた。ちょうどその日は「活版カレッジ アッパークラス」の日でもあり、三三五五来社される活版印刷実践者が、張さんの「論文報告会」に期せずして立ちあうこととなった。
活版印刷の実践者は、イラストや図版、コンピューターから吐きだされた平面のデーターが、凹状になり、凸状になる場面にしばしば遭遇する。なによりも金属活字は凸状を呈しており、それをプレスすることで平面に転写する体験を日常的にされている。

張さんの「論文報告」は、テキストの閲読とあわせて、アーティストのインスタレーションのようにして展開した。活版印刷実践者の皆さんは、漢字の背後に潜む立体構造をいつの間にか掌握されている。したがって字(漢字)のパースペクティブな構造は容易に理解されていた。ただしそこから仮名書風への転換にはきびしい声があった。

修士課程を修了されて、ひとまずホッとした張さんであったが、そのあたりの論及不足は十分承知されていた。したがってさらに大学院博士課程で学びたいとのつよい希望をおもちだった。
「朋有り、遠方より来たる、また楽しからずや」という。
張 文一さんの今後のさらなる頑張りに期待するゆえんである。