【会員情報】図書紹介/高松宮殿下御視察の川中島古戦場『雨宮の渡し ── 詩碑建立の真実』 桜 井 孝 三 著 印刷・発行/東信堂印刷所

20180613155358_00003高松宮殿下御視察の川中島古戦場
『雨宮の渡し ── 詩碑建立の真実』

桜 井  孝 三 著
印刷・発行/東信堂印刷所
A5判 224ページ 上製判 カラー図版多
定価:本体2,000円+税(送料 200円)

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戦国時代の世、第四次川中島合戦において上杉軍勢が千曲川「雨宮ーあめのみや-の渡し」を渡河したのを記念して、跡地に 賴 山陽-らい さんよう-の詩を石に刻み、後世に残そうと建てられた「鞭声の詩碑」。いつ、誰が、どんな想いで、建立事業に携わったのか。
髙松宮殿下のお尋ねの一言など、詩碑完成にいたるまでのさまざまな秘話が、78年ぶりに明るみに出ることになった。
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〔 著者自己紹介 〕
桜井孝三(1934年6月22日生 83歳)
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昭和9年浅草に生まれ、強制疎開により長野県更埴市(現・千曲市)で育ち、昭和25年の春上京しました。印刷会社の見習いをしながら、夜学の都立小石川工業高校印刷科に学びました。10年間植字工として勤務した後、昭和35年4月、26歳で調布市上石原で東信堂印刷所を創業しました。

昭和55年から4年間、東京都印刷工業組合三多摩支部長を務め、現在は顧問です。また本部理事を務める傍ら「多摩の印刷史」編纂委員長、「東京の印刷組合100年史」の史料収集を担当、そして平成11年に三多摩支部創立50周年記念誌の編集長をしました。この間、幕末・明治初期の洋式活版印刷術の研究に没頭し、ここ数年は新選組の史実の究明に励んでおります

<2018年7月20日 信濃毎日新聞『雨宮の渡し ── 詩碑建立の真実』を紹介>PDF データ
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〔 注 文 先 〕
有限会社 東信堂印刷所
182-0035 東京都調布市上石原1-31-10
TEL  042-485-2131  FAX  042-485-2003
Email:info@toshindo.com   http://www.toshindo.com
郵便振替:00100-3-48531 (有)東信堂印刷所
取引銀行:みずほ銀行調布支店・さわやか信用金庫調布支店

【詳細: 東信堂印刷所 】

『雨宮(あめのみや)の渡し ── 詩碑建立の真実』
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はじめに

私は、新選組局長・近藤勇の生誕地である、東京・調布市にて印刷業を営む傍ら、昭和六十三年(一九八八)から「幕末から明治初期の活版印刷史」の研究を『印刷雑誌』に発表。以来さらに平成九年(一九九七)からは、新選組、特に近藤勇と土方歳三の写真や墓碑、顕彰碑の事績についても研究。成果を『歴史読本』などに発表してきました。
近年は、近藤勇の書状と石版印刷による複製版の事実や、賴山陽の書風に傾倒していたとされる近藤勇の書体との対比などを調査の対象としていました。

そうした中で、平成十九年(二〇〇七)の四月初め頃、以前から懇意にしていた東京・神田の古書店「大屋書房」を訪れました。近藤勇の書風は、そっくり同じと言っていいほど、賴山陽の影響を受けていました。私は、近藤勇と賴山陽の書風(文字の書きぶり)といったものを調べたいと思っていたのですが、所狭しと並んだ貴重な古書の山の中で、ふと目を引いた本がありました。それが賴山陽の『山陽遺墨選』です。その場でめくってみると、中に『川中島七絶』と題した「鞭声粛々」(べんせいしゅくしゅく)の掛軸の写真版が載っていました。
それを見たとき、私の脳裏に浮かんだのは、「これは戦時中、小学生の頃疎開し、数年を過ごした母方の郷里、長野県埴科郡雨宮縣村(現・千曲市雨宮)の「雨宮の渡し跡」にある詩碑の原本なのではないか」ということでした。

以前、従兄弟からもらった、詩碑からとった拓本の文字とあまりにも似ていたからです。この段階ではあくまでも私の憶測でしたが、とにかく比べてみようと思い、『山陽遺墨選』を購入。持ち帰って、畳一畳分もあろうかという、くだんの拓本を広げ、『山陽遺墨選』の写真版と比べてみたところ、全く同じものであることがわかりました。私の直感が当たっていたことがとても嬉しく思った瞬間であり、これが雨宮の渡し「鞭声粛々の詩碑」建立にまつわる資料探索の旅の始まりでもあったのです。

賴山陽の自筆による『鞭声粛々』の詩碑 …… その建立にまつわる記録、そして知られざるエピソードの数々を掘り起こすきっかけとなったのは、賴山陽の選集『山陽遺墨選』を偶然、手にしたことでした。
川中島合戦において、上杉陣が千曲川、雨宮の渡しを渡河したのを記念して、賴山陽の「鞭声粛々」の詩を石に刻み、後世に残そうと建てられた「鞭声の詩碑」。いつ、誰が、どんな想いで建立事業に携わったのか。詩碑完成に至るまでのさまざまな秘話が、七十八年ぶりに明るみに出ることになり、その全貌をここに記しておくことを決意した次第です。