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【展覧会】新潟県立近代美術館|企画展 望郷の画家 橋本龍美展 ─ 神も、庶民も、バケモノも|’23年4月15日ー6月4日|終了

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新潟県立近代美術館
企画展 望郷の画家 橋本龍美展
── 神も、庶民も、バケモノも
会  期  2023年4月15日[土]ー 6月4日[日]
開催時間  9:00 ー 17:00 * 観覧券販売は 16:30 まで 
休  館  日  月曜日 * ただし5月1日[月]は開館します。
観  覧  料  一般:1,200円、大学・高校生:1,000円、中学生以下は 無 料 
      * 大学・高校生は学生証を提示してください.
      * 障害者手帳をお持ちの方は観覧料が免除になります。手帳をご提示下さい
会  場  新潟県立近代美術館
      940-2083  新潟県長岡市千秋3丁目278-14
      電話: 0258-28-4111 ファックス:0258-28-4115
主  催  新潟県立近代美術館
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橋本龍美(1928-2016/本名誠吉)は、新潟県加茂市出身の日本画家です。幼いころ忙しかった母に代わり、乳母によって育てられた誠吉少年は、毎夜乳母が語ってくれる夜噺に心をふるわせ、また年に一度の青海神社の祭の華やかさ、またそこで掛かる見世物小屋の蛇娘やサーカスに心ときめかせながら、四季折々の自然を満喫しつつ、多感な少年時代をすごしました。

独学により画家を志した龍美は、新制作協会の日本画部に出品、やがてその独特の画風により受賞を重ね、中央画壇に躍り出ます。「新世代の登場」と高い評価を得た背景には、幼い頃に体験した、夜噺に登場する魑魅魍魎たちや、加茂祭の賑わいと興奮がありました。
創画会の創立会員になってからも、龍美は、夜を跋扈する妖怪たちをユーモラスに描き、そして次第に懐かしい故郷の自然とそこに暮らす人々の姿も描くようになります。その根っこはすべて幼い時代の原風景であり、さらにそこには森羅万象に神が宿るという日本古来の宗教観が存在するものと思われます。

このたび、平成28年に亡くなった橋本龍美の没後初めてとなる大規模な回顧展により、その画業を振り返ります。〈異色の作家〉と呼ばれた橋本龍美が描く絵画世界は、観れば観るほど新しい発見があります。魅力的なユーモアあふれる独自の世界をお楽しみください。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 新潟県立近代美術館

【展覧会】新潟県立近代美術館|コレクション展|没後50年 横山操展(2023年度 第1期)|’23年4月11日ー6月18日|終了

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 新潟県立近代美術館
コレクション展 没後50年 横山操展
(2023年度 第1期)
会  期  2023年4月11日[火]ー 6月18日[日]
開催時間  9:00 ー 17:00 * 観覧券販売は 16:30 まで
休  館  日  月曜日
      * 4/17(月)、24(月)、 5/8(月)、15(月)、22(月)、29(月)、 6/5(月)、12(月)
観  覧  料  一般:430円、大学・高校生:200円、中学生以下は 無 料
      * 大学・高校生は学生証を提示してください.
      * 障害者手帳をお持ちの方は免除になります。手帳をご提示下さい
会  場  新潟県立近代美術館 展示室 1-3
      940-2083  新潟県長岡市千秋3丁目278-14
      電話: 0258-28-4111 ファックス:0258-28-4115
主   催  新潟県立近代美術館
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新潟県立近代美術館所蔵品 全68点を一挙公開!
他館所蔵品の特別展示も

(うち36点は『中央公論』表紙絵 1966年1月号-1968年12月号)
現在の燕市に生まれた日本画家・横山操(1920-1973)は、火山の噴火や都市の建設現場、故郷新潟の風景などを巨大な画面に描き、現代に相応しい日本画表現を探求しました。今回は当館所蔵の全68点を一挙公開し、その創作の軌跡を振り返ります。

< 横山 操(1920 - 1973)>
新潟県西蒲原郡吉田村(現在の燕市)に生まれる。最初洋画を志すが転向し、川端画学校で日本画を学ぶ。復員後、青龍展に出品を続け、青龍賞・奨励賞を受賞。豪放な作風で多くの意欲作・話題作を発表し、戦後の日本画壇を代表する一人となる。青龍社脱退後は無所属で活躍、多摩美術大学の教授もつとめた。水墨画に新しい日本画の可能性を求めた。

◉ 展覧会のみどころ
1 大自然や現代都市のエネルギーを表現した大画面作品
操の真骨頂といえる1950-60年代の大画面作品を多数展示します。旅先で遭遇した桜島の大噴火を描いた《炎々桜島》(幅454cm)は青龍展で最高の青龍賞を受賞。《十勝岳》は巨大な画面サイズ(幅639cm)を批判され、青龍社脱退のきっかけとなりました。五輪開催に向け、東京の景観が変貌していく様子を捉えた《高速四号線》(幅480cm)には、操のジャーナリスティックな視点が感じられます。
2 原点回帰―故郷新潟と水墨画への眼差し
青龍社脱退後、個展やグループ展で作品発表を行う中で、操は幼い頃故郷新潟で見た風景や水墨画の伝統的表現に関心を抱くようになります。銀箔で吹雪を描いた《雪峡》や水墨による《親不知夜雨》には、それまでの作品にない寂寥感や叙情性が漂います。自らの原点を見つめ、新たな段階を探っていた操でしたが、1971年脳卒中で倒れて右半身不随となり、73年に53歳で急逝、その探求は途絶えることになります。
3 小画面にみるデザイン・センス―『中央公論』表紙絵 全36点
操は駆け出しの頃ポスターの仕事に携わり、復員後はネオン会社でデザインの仕事をした経験もあって、独特のデザイン感覚を発揮します。「実生活から遊離した富士山なんかに興味はない」と豪語しつつ、後年「赤富士」の連作に取り組むなど、日本画の装飾的表現への関心も示しました。今回は色紙大の小画面に描かれた月刊誌『中央公論』表紙絵全36点を展示し、豪放な側面とは異なる操のもう一つの顔にも焦点を当てます。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 新潟県立近代美術館