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【オンラインイベント】チェコセンター|アドルフ・ロース Pioneer of Modern Living|生誕150周年

チェコセンター
アドルフ・ロース Pioneer of Modern Living
今年は、ブルノ生まれの建築家 アドルフ・ロース の生誕150周年です。モダニズム建築の先駆者のひとりとして活躍し、「装飾は罪悪である」という言葉を生んだロースの建築作品は、今なお多くの建築家に影響を与えています。
チェコセンターでは、生誕150周年を祝い、Facebook を中心として情報発信をしていくほか、オンラインでのイベントを行っていく予定です。

ナビゲーター:アダム・ゲブリアン(建築家)
主 催:チェコセンター・ロンドン
協 力:Mall.tv、ヴィンターニッツ邸 https://www.loosovavila.cz/

【詳細: チェコセンター 】

◉アドルフ・ロース  Adolf Loos (1870 – 1933)
ブルノ生まれ(当時はオーストリア=ハンガリー帝国)。19世紀末のヨーロッパで、最も影響力をもっていた建築家のひとり。同時に、モダニズム運動の基礎を形作る言論を著して注目を集めたことでも知られる。
リベレツおよびドレスデンで建築を学び、その後1893年から1896年まで3年間アメリカ合衆国に滞在し、アメリカの工業建築の革新的な効率の良さに感銘を受け、自身の作品にもその影響が表れている。その後ウィーンに移り、そこで数多くの論評を書き綴った。
特筆すべきなのは『装飾と犯罪』(Ornament und Verbrechen)で、建築において装飾要素をそぎ落とすことは精神力の象徴であると主張した。

ロースは内装の空間配置に関して独自の原理、すなわち「ラウムプラン」を提唱し、プラハのミュラー邸やヴィンターニッツ邸で実装した。個人の邸宅を手掛けたほかには、ウィーンのミヒャエル広場にあるゴールドマン&ザラチェの商業ビルや、カフェ・ムゼウム、またアメリカンバー・ケルントナーなどがとりわけ有名である。DSCN0487DSCN0654DSCN0653DSCN0545DSCN0561DSCN0609DSCN0639DSCN0499プラハ市内 ミュラー邸(2016年 大石 薫撮影)
[参考:活版 à la carte「プラハの機能主義建築 ─ 伝統と現代建築への影響」
ウィーン中央市民墓地(正面入口から入場、直ぐ左折・直進して突きあたりに所在)
[参考:タイポグラフィつれづれ艸 文字講座 知識としての文字 石のエクリチュール

【NEWS】2025年日本国際博覧会ロゴマーク公募事務局|大阪・関西万博 ロゴマーク最優秀作品決定|8月25日

公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
2025年日本国際博覧会ロゴマーク公募事務局     2020年8月25日

最優秀作品
デザインコンセプト
踊っている。跳ねている。弾んでいる。だから生きている。大阪・関西万博。1970年のデザインエレメントを DNA として宿した CELL たちが、2025年の夢洲でこれからの未来を共創する。 関西とも、大阪府ともとれるフォルムを囲んだメインシンボルだけでなく、CELL たちは、文字や数字を描きだし、キャラクターとしてコミュニケーションする。自由に。有機的に。発展的に。いのちの輝きを表現していく。

受 賞 者
グループ名      TEAM INARI(チーム イナリ)
作者(代表者) シマダ タモツ
        生年 1965年
        職業 アートディレクター/グラフィックデザイナー
グループメンバー
雨宮 深雪・大亦 伸彦・上村 慎也・布川 侑己・藤澤 勇佑

[ リンク : 2025年日本国際博覧会ロゴマーク公募事務局

【会員情報】OMOTESANDO ROCKET|遠山由美 個展「Cosmic Ego ─ 自我からの解放をめざして ─」|6月26日-7月1日

MOTESANDO  ROCKET
遠山由美 個展「Cosmic Ego ── 自我からの解放をめざして ──」
開催日時  2020年6月26日[金]-7月1日[水]
      11:00-19:00 会期中無休  * 7月1日[水]18:00まで

* 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針により、営業時間が変更となる場合がございます。
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独自の手法で新しいカリグラフィの領域を模索しながら、時代と呼応するかのように言葉と文字で表現した作品を国内外で発表する遠山由美の2年ぶりとなる新作展を開催します。
本展では、昨年 “ 弱肉強食 ” について考えるプロセスで ego とかきつづけ、その行為をとおして自己と向き合い、闘った私的記録でもある表題作「Cosmic Ego」のほか、依存と自立のはざまを探る「家になる私」「出口と入口」など、今日の状況を暗示するかのような主題の作品を展示。カンヴァスに墨やアクリル、油絵具などで描いた大型作品から最新の書画まで、内省的世界観の提示を目指す作品の数々を、ぜひご覧ください。


新型コロナウイルスの出現によって、わたしたちに本当に必要なものと、じつは必要なかったものが顕在化した。いま何より求められるのは、一人一人が自己の内側で起きている変化をみつめると同時に、他者の領域(ソーシャルディスタンス)を尊重し、互いの立場や価値観の違いを認め合うことではないだろうか。一個人の探求の軌跡を見ることで、気づきのいとぐちになればと願う。     ────  遠山由美

【 遠山由美 / Yumi Tohyama  profile 】
東京都生まれ。1990年代後半より日本語と英語を統合した両面文字、Non Dual Letterなど独自性と象徴性のあるカリグラフィを展開している。

gallery 360°(東京)のほか国内外のギャラリーや美術館等で個展、グループ展を多数開催。Akademie der Kunste (Berlin)に作品所蔵。作品集『両面文字/Dual Letter』、訳書に『漢字物語』、『書字法・装飾法・文字造形』がある。書く瞑想の場「ドゥブサル写本室」主宰。東京を拠点に長野県北部のアトリエで制作している。

[ 詳細 : OMOTESANDO  ROCKET 遠山由美 / Yumi Tohyama ]

【展覧会】国立公文書館|令和2年度 第1回企画展|「競い合う武士たち ─ 武芸からスポーツへ ─」 |令和2年6月16日-8月30日|会期変更開催

国立公文書館
令和2年度 第1回企画展 「競い合う武士たち ── 武芸からスポーツへ ──」
会  期  令和2年6月16日[火]-8月30日[日]会期を変更して開催
開館時間  月-日曜日 午前9時15分-午後5時00分
      * 期間中無休 入館は、閉館30分前まで
      * 期間中、展示室内の密接を避けるため、入室制限を行うことがあります。
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料    無 料
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本展では、日本の近代スポーツの前史として、「武芸」を取り上げます。「武芸」の歴史を古代まで遡り、戦場での「武芸」や儀礼としての「武芸」、魅せる「武芸」、そして泰平の世となり戦場で戦うことがなくなった江戸時代の武士たちの「武芸」など、時代とともに武士の姿と武芸の性格が変化していく様相をご紹介します。

【主な展示資料】
小笠原礼書(おがさわられいしょ)
泰平の世となった江戸時代。衰退していった武芸を再興させるため、八代将軍徳川吉宗は古来の弓馬故実等の書物を閲覧していました。当館にはその書物や閲覧の記録が残されています。そのひとつが『小笠原礼書』と呼ばれる武家故実書でした。
『小笠原礼書』は、小笠原流の犬追物(いぬおうもの)・流鏑馬(やぶさめ)・笠懸(かさがけ)等、武家の弓馬の故実を伝える書物で、弓馬の故実だけでなく、器物の取扱法・配置法・書式・挨拶法等についても記されています。紅葉山文庫所蔵、全46冊12軸。

大狩盛典(たいしゅせいてん)
戦(いくさ)を知らない江戸時代の武士にとって、狩猟は、戦の場で求められる組織的な行動を学ぶ数少ない機会であり、身体鍛錬の場でもありました。
『大狩盛典』は、歴代将軍の狩猟に関する記録集です。特に享保・寛政・嘉永年間に行われた小金原(こがねはら)(現在の千葉県松戸市)の狩猟の様子が詳しく記されており、狩猟に動員された役人たちの羽織の図版等も記されています。紅葉山文庫所蔵、全163冊34鋪2軸。

[ 詳細 : 国立公文書館 ]

【News Release】千代田区|まちの記憶保存プレート|1872年 明治五年 活字を用いた近代印刷の起点|千代田区神田和泉町1和泉小学校地先 植栽帯内に設置

千代田区「まちの記憶保存プレート」
設  置  者:東京都千代田区
設置場所:東京都千代田区神田和泉町1和泉小学校地先 区道植栽帯内
設置年月:2019年12月24日

◉ JR中央線・総武線「秋葉原」駅 昭和通り口より徒歩5分

まちの記憶
1872年
明治五年
活字を用いた近代印刷の起点
鋳造活字製造の事業化を果たした平野富二は、津藩主藤
堂和泉守屋敷の門長屋を再活用した活版製造・販売所を
開設し、これを機に全国的な規模で活版印刷が普及した。


[ 詳細: 平野富二の会 ]
[ 参考:活版 à la carte【平野富二の会】日本近代医学とタイポグラフィ揺籃の地|東京都千代田区神田和泉町 1 資料|「江戸名所道外盡 外神田佐久間町 廣景画」安政六年(1858年)披露 ]

【平野富二の会】長崎直近情報|「平野富二生誕の地」碑前、三の堀跡の櫻が満開に!|日本二十六聖人記念館:宮田和夫会員情報ゟ|

「平野富二生誕の地」碑建立有志の会 ── 皆さま
[2020年04月06日 日本二十六聖人記念館 宮田和夫]

ご無沙汰をいたしております。
何かと心落ち着かない日常が続きますが、当地長崎は今まさに桜が満開の時期となりました。
代わり映えしませんが 昨年同様 長崎桜町の桜と「平野富二生誕の地」碑の写真をお送りします。
冨二さんはことしも花見を楽しんでおられることと思います。
平野富二の会 ── 皆さまお元気でご活躍ください。[宮田和夫]
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「平野富二生誕の地」碑は2018年11月24日、長崎県勤労福祉会館(長崎県長崎市桜町9 ― 6)脇、長崎市の歩道に設置されました。
碑は江戸時代の三の堀跡の方向をむいていますが、ここは現在桜並木になっています。

宮田会員の写真で、前方突き当たり、満開の櫻並木を左手に曲がると、そこから信号ひとつ、三分ほどで長崎奉行所立山役所(現:長崎歴史文化博物館)裏門です。すなわち、安政4年-1857-数えて12歳の矢次富次郎少年 ── のちの平野富二が幼少ながら「特例をもって」、また当時のならいで、家僕(中間)ひとりをともなって長崎奉行社へ勤務した「通勤路」にあたります。
奉行所表門にまわっても七-八分ほどでしょうか、どうやら富次郎少年の運動不足はいなめなかったようです。

長崎訪問の折は、ぜひともここにお立ち寄りいただき、平野富二の「通勤路」を追体験していただき、またできましたら碑周辺の清拭にあたっていただけたらと勝手なお願いを。
そして宮田さん、いつもながらご負担をおかけしまして恐縮です。

[ 参考 : 長崎歴史文化博物館 日本二十六聖人記念館 ]
[ 関連 : 平野富二-明治産業近代化のパイオニア ]

【お知らせ】会社住所移転のお知らせ|朗文堂/サラマ・プレス倶楽部ゟ

当社の移転計画を発表してから時間が経過しましたが、2020年02月01日より、朗文堂/サラマ・プレス倶楽部は下記住所地に移転いたしました。
この間なにかとご不便をおかけいたしましたことを深くお詫び申しあげます。
恐縮ながら、お手元の住所録の「住所のみ」をご変更たまわりたく存じます。電話、ファクシミリ、URL アドレスなどには変更がございません。

セキュリティ管理の厳しい建物となりましたので、お手数ながら来社ご希望のお客さまは、必ず事前にご予約のうえ、お越しいただけますようお願い申しあげます。

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  株式会社  朗 文 堂 / サラマ・プレス倶楽部
  162-0065 東京都新宿区住吉町8-13-204

  電    話 03-3352-5070(変更ありません)
  ファクシミリ 03-3352-5160(変更ありません)
  http://www.robundo.com  http://robundo.com/salama-press-club/
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【緊急のお知らせ】新型コロナウイルス感染防止策|国立博物館、国立劇場などが休館・公演中止|報道:毎日新聞 ’20年2月26日

新型コロナウイルス感染防止策
国立博物館、国立劇場などが休館・公演中止

              毎日新聞 2020年2月26日 20時04分

萩生田光一文部科学相は26日、新型コロナウイルス感染防止策として、3月15日まで、国立の博物館や美術館、劇場に閉館するよう要請した。
これを受けて、東京国立博物館(東京都台東区)では、27日から3月16日までの全館休館を決めた。

同13日から開催予定だった特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」は同17日に開幕を延期する方針。また、同24日から5月10日の会期で開催準備が進んでいた特別展「敦煌 シルクロードのみほとけ」は延期する。実施会期は未定。

このほか、▽京都国立博物館(京都市)▽奈良国立博物館(奈良市)▽九州国立博物館(福岡県太宰府市)▽新国立劇場(東京都渋谷区)▽国立能楽堂(同)▽国立劇場(千代田区)▽国立演芸場(同)▽国立文楽劇場(大阪市)── が休館や主催公演の中止を決めた。
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本{ NOTES ON TYPOGRAPHY }では、国立劇場をはじめ、各種劇場・博物館・美術館関連の情報もたくさん提供してまいりました。本日、これらの各種施設から「緊急プレスリリース」などをもって、公演・展示・イベントの中止・延期情報が到着しています。
また施設によっては、いま現在では詳細な結論にいたっていないとされるケースもありますので、中止が公表されたイベントでも、もうしばらく本欄では該当イベントの削除などはいたしません。

したがいまして、恐縮ながら読者の皆さまは、該当イベント紹介の最終部に必ず表記してある[ 詳細 : リンク先 ]をご確認の上、ご参加・お出かけたまわりたく存じます。
いずれにしましても、いまだ事態は流動的であり、予断はできません。ここは周章狼狽することなく、冷静沈着に対応したいところです。そして新型コロナウイルス感染症の一刻もはやい終息と、皆〻様のご健勝をこころより祈念いたします。

【特別催事】文化庁/独立行政法人 日本芸術文化振興会/国立劇場|日本博2020 オープニング・セレモニー|3月14日

文化庁/独立行政法人 日本芸術文化振興会/国立劇場
日本博2020 オープニング・セレモニー
日  時  3月14日[土] 午後6時開始(終了予定時間午後7時20分)
会  場  東京国立博物館 本館前庭
      観覧無料(ただし東京国立博物館の当日の観覧料が必要です)
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2020年、いよいよ本格的に始動する日本博。
その幕開けとしてオープニング・セレモニーを開催します。
アイヌ古式舞踊とミュージカル『刀剣乱舞』により華々しく開幕する第1部記念式典に続き、第2部記念公演では、歌舞伎、文楽、能、雅楽、琉球芸能、合唱など多くの舞台芸術が、東京国立博物館本館前庭に設営された特設舞台に集い、本館壁面のプロジェクション・マッピングやユリノキのインスタレーションがその舞台を彩ります。

「日本の美」のエッセンスに酔いしれる、一夜かぎりの春の宴です。
どうぞお気軽にご参加ください。

オープニング・セレモニーは、上野公園竹の台広場(噴水広場)にて同時開催される「メディアアンビショントウキョウ2020」や、東京国立博物館敷地内でも、ライブ・ビューイングでお楽しみいただけます。

◉ 主な出演者・内容
第1部 記念式典
  アイヌ古式舞踊 アイヌ民族文化財団
  ご挨拶
  ミュージカル『刀剣乱舞』刀剣男士(髭切/膝丸)

◉ 第2部 記念公演
月雪花-つきゆきはな-にあそぶ ―日本の音と声と舞―

  笙      宮田まゆみ
  日本舞踊   尾上紫
  胡弓     川瀬露秋
  声明     天台聲明七聲會
  能      観世清和
  尺八     ジョン・海山・ネプチューン
  文楽     豊竹呂太夫 鶴澤清介 桐竹勘十郎
  琉球古典音楽 新垣俊道
  合唱     三澤洋史 新国立劇場合唱団
  歌舞伎    尾上菊之助
  フィナーレ

◉ 観覧方法
セレモニーの様子は自由にご覧いただけます。なお、東京国立博物館内に事前にお申込みいただいたお客様のための観覧エリア(本館前庭の立ち見エリアまたは平成館大講堂のライブ・ビューイング観覧席)を設けます。

このエリアは、「事前受付観覧エリア入場券」をお持ちのお客様を対象とした観覧スペースです。
※事前にお申込みいただく場合と、お申込みせずご覧になる場合とでご案内場所が異なりますのでご注意ください。

* 新型ウイルス感染症対応のため本イベントは中止となりました。
[ 詳細: 独立行政法人 日本芸術文化振興会 日本博事務局 ]

【公演】国立劇場 |小劇場 主催公演| 令和2年3月歌舞伎公演「通し狂言 義経千本桜」|’20年3月3日-3月26日

国立劇場
小劇場 主催公演
令和2年3月歌舞伎公演「通し狂言 義経千本桜」
公演期間  2020年3月3日[火]-3月26日[木]
開演時間  A = 『義経千本桜』二段目(伏見稲荷鳥居前の場・渡海屋の場・大物浦の場)

      B = 『義経千本桜』三段目
        (下市村椎の木の場・下市村竹藪小金吾討死の場・下市村釣瓶鮓屋の場)
      C = 『義経千本桜』四段目(道行初音旅・河連法眼館の場)
      * 下掲詳細参照
休  演  日  10日[火]・11日[水]は休演
前売開始  電話・インターネット予約開始=2月6日[木] 午前10時 ゟ 
      窓口販売開始=2月7日[金]
演  目

竹田出雲・三好松洛・並木千柳=作
通し狂言義経千本桜 (よしつねせんぼんざくら)
国立劇場美術係=美術
《Aプロ》
伏見稲荷鳥居前の場
渡海屋の場
大物浦の場
《Bプロ》
下市村椎の木の場
下市村竹藪小金吾討死の場
下市村釣瓶鮓屋の場
《Cプロ》
道行初音旅 清元連中 竹本連中
河連法眼館の場

主な出演者

[ 詳細: 国立劇場 ]

【展覧会】たばこと塩の博物館 |「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」|’19年12月14日-’20年2月16日

たばこと塩の博物館
「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」
会  期  2019年12月14日[土]-2020年2月16日[日]
主  催  たばこと塩の博物館
会  場  たばこと塩の博物館 2階特別展示室
開館時間  午前10時-午後6時  * 入館は午後5時30分まで
休  館  日  毎週月曜日
入  館  料  大人・大学生 100円、小・中・高校生 50円
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たばこと塩の博物館(通称:たば塩)では、1890年代から現代に至る、国内外のたばこ広告をはじめとしたポスターを多数所蔵しています。
明治期、まだ民営だったたばこ業界では、各会社が看板、新聞、ビラ、宣伝隊など、様〻な形で宣伝をおこないました。その中でも、色鮮やかな石版印刷のポスターは当時の先端を行くメディアであり、販売促進を図るべくより美しいポスターを追求したことから、印刷技術も発展していきました。
同館のポスターコレクションには、この時代の石版印刷ポスターはもちろん、その原画も含まれています。原画が現在にまで残っていることは非常に珍しく、印刷工程を示す写真と合わせることで日本の商業印刷黎明期の足跡をうかがうことができます。

本展では、たばこと塩の博物館のコレクションの中から、ポスターが広告メディアの花形だった1890年代から1960年代に製作された作品を展示します。明治期の美しい石版印刷ポスター、大正から昭和にかけて活躍した図案家によるポスター、名コピーが登場した昭和30年代のポスターなどを展示、日本のグラフィックデザインの変遷を紹介します。合わせて、サビニャックほか有名デザイナーの作品を含む海外のたばこポスターもご覧いただきます。

村井兄弟商会
「ピーコック」ポスター原画
伏木英九郎画(東洋印刷株式会社) 1902年頃 水彩画 75.3×50.6cm
村井兄弟商会
「ピーコック」ポスター
1902年頃 多色石版 74.9×52.0cm

[ 詳細: たばこと塩の博物館 ]

たばこと塩の博物館
「たば塩コレクションに見る ポスター黄金時代」はきわめて意欲的かつ充実した内容であるが、残念ながら図録の作製はなされていない。ここに同館から画像データーの提供をいただいて、本コーナーでの紹介を試みた。また最末尾には凸版印刷・凹版印刷・孔版印刷とならび、四大印刷版式のひとつとしての平版印刷をリトグラフ(石版印刷)に絞って紹介した。

◉ ポスター黎明期

世界における近代ポスターの誕生は1880年代とされ、石版印刷の技術とともに発展していきました。日本では、江戸時代から商品の広告や芝居の告知を目的として制作された「引札」や「絵びら」がありました。これらは、現在のチラシに類する広告宣伝用の摺り物で、浮世絵版画(木版)の技法を使い、美人や風景などの挿絵が描かれたものに商店名や商品名を入れて配りました。
明治時代になると、日本でも欧米からの輸入紙巻きたばこ(シガレット)を宣伝するために、現地で作られた石版刷りのポスターが街を飾るようになりました。文明開化の日本では、「引札」などの伝統的な広告と、欧米生まれのポスターが同時代的に街を飾りました。

◉ たばこポスター全盛期 明治たばこ宣伝合戦

1890年代から1900年代初頭(明治20-30年代)には、日本でも多色石版印刷のポスターが製作されるようになりました。
明治初期に紙巻たばこが国内で製造されるようになると、たばこ製造業者が販売競争を繰り広げるようになりました。その中でも「天狗煙草」で名を馳せた東京の岩谷松平と、「サンライス」「ヒーロー」といった商品を販売した京都の村井吉兵衛の争いは、のちに「明治たばこ宣伝合戦」と称されるほど有名でした。
看板・新聞・ビラ・宣伝隊など、当時考えられるあらゆるメディアを使ったたばこの宣伝活動は、明治の広告業界をリードし、その中でも石版印刷のポスターは先端を行くメディアでした。たばこ産業の宣伝活動は印刷技術の向上に大きな役割を果たしました。20世紀、日本でポスターというメディアの幕を開き、リードしたのはたばこ産業であったといえます。

◉ 収蔵品に見る明治期のポスターの作り方

たばこと塩の博物館では、明治のたばこ王・村井吉兵衛が自社製品のパッケージ印刷のために1899年に設立した東洋印刷株式会社(後に大蔵省専売局京都印刷工場)の関係資料を所蔵しています。たばこの民営期から専売時代を含み100年続いたこの工場の資料には、当時の石版印刷ポスターはもちろん、その原画や印刷工程を示す写真も含まれ、明治から昭和へと移りゆく印刷の歴史がうかがえます。原画が残っていることにより、画工が手描きで石版に写す工程を持つ石版印刷にとって、画工の腕が完成ポスターの出来を大きく左右するものだったことがうかがえます。ポスター用の美人画校正刷り
1894年頃 多色石版
83.6×56.2cm
原画と印刷物を比較するために刷られたもので、女性の表情や着物の質感などから画工の腕の良さがうかがえる。
合名会社村井兄弟商会
「ヒーロー」ポスター
1894年 多色石版
72.5×50.4cm
上掲図版の作品を手がけた画工とは違う画工が手がけたと思われる。女性の表情や着物の柄の質感が異なってしまっている。
岩谷商会
「天狗煙草」ポスター
1900年頃 多色石版
56.6×43.5cm
岩谷商会
「天狗煙草」ポスター
1900年頃 多色石版
57.2×43.5cm
どちらのポスターも同じ原画を元にしているが、別の画工が石版に描き写し印刷した結果、女性の背中の描写、表情などが全く異なる。このように、画工の腕によってポスターの出来は大きく変わった。

◉ 「図案」という概念

印刷所内で原画を作成しているところ
原画を元に石版に手書きで描画しているところ

大正から昭和初期にかけて、写真製版をはじめとする印刷技術の発展と、留学生からの情報や海外の雑誌などに掲載された作品の影響で、「図案=デザイン」の概念を導入したポスターが製作されるようになりました。三越呉服店や上野から浅草駅間地下鉄ポスターで知られる杉浦非水らが「図案家」として登場し、商業美術の時代を切り開いていきました。
大蔵省専売局では、こうした商業美術の発展を受け、杉浦非水に製作依頼し、弟子である野村昇をパッケージやポスターの製作に関わらせたりしました。明治時代のポスター製作では、原画を忠実に石版に描き写すことが画工に求められましたが、写真技術の発達にともない写真を利用して製作できるようになったことで、図案家たちは写真とは違った、手描きならではの面白さや構図を追求しました。

◉ その他のポスター

当館が所蔵するポスターには、1950年代後半から1960年代、高度成長期の日本で再び迎えたたばこポスター全盛期の作品も多くあります。名コピーが散りばめられた作品や、秋山庄太郎や樋口忠男といったフォトグラファーによる美しい写真が使用された作品などには、広告ポスターに勢いがあった時代を感じることができます。
一方、19世紀から20世紀初頭、ポスター文化が花開いたフランスで街角を飾る芸術でもあったたばこポスターや、キャッチコピーも鮮やかな20世紀初めのアメリカのたばこポスターなども所蔵しています。ポスター誕生の地である欧米の作品からは、グラフィックデザインの発展と合わせ、世界の文化・風俗を垣間見ることができます。

{ 新 宿 餘 談 }

日本専売公社
「いこい」ポスター
1958年 オフセット 55.1×74.0cm
「今日も元気だ たばこがうまい」の名コピーとともに働く人々を捉えた写真が使用された。
──────────────
昭和30-40年代のたばこ屋さんとは、まさしくこのような風情の店舗であった。
また小生がたばこを美味しいと感じたのは、オヤジの PEACE をくすねて吸ったとき。本格的に喫煙者になったのは、まさにこの「いこい」からはじまった。「今日も元気だ たばこがうまい」とは実に名キャッチコピーであった。
ところで、最近躰がおもくて たばこ → 莨 があまり旨くない。こんなご時世ではあるが、はやく躰調を戻して旨いたばこを吸いたいものである。

平版印刷(へいはん lithography)

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【展覧会】文京区立森鷗外記念館|コレクション展|「父と母 ~ 鷗外のファミリー・ヒストリー」|’20年1月18日-4月5日

文京区立森鷗外記念館
コレクション展「父と母 ~ 鷗外のファミリー・ヒストリー」
会  期  2020年1月18日[土]-4月5日[日]
開館時間  10時-18時(入館は17時30分まで)
休  館  日  1月28日[火]、2月25日[火]、2月26日[水]、3月24日[火]
観  覧  料  一般 300円   *中学生以下  無 料
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森鷗外(陸軍軍医、作家。本名、森林太郎)は文久2(1862)年1月19日、石見国津和野藩(現在の島根県津和野町)に生まれました。父は静男、母は峰子、森家は藩主の典医をしていました。
遠戚・西周(あまね 哲学者)が静男に宛てた、鷗外と赤松登志子-としこ-との結婚式に関する明治22(1889)年2月の書簡があります。書中には、赤松則良(のりよし 海軍中将)の夫人・貞-てい、娘・登志子、周夫人・升子-ますこ、貞の父・林洞海(どうかい 医師)らが登場します。本展ではこうした館蔵資料を通して、鷗外の父母とその人物交流をたどります。

そして、鷗外を思わせる「博士」と、その父母が登場する近代小説『カズイスチカ』(明治44年)、『本家分家』(大正4年)から鷗外の父母像をひもときます。さらに、歴史小説『山椒大夫』『最後の一句』(いずれも大正4年)、翻訳戯曲『街-ちまた-の子』(明治44年)など親子関係が見える作品を紹介します。
鷗外の父と母や作品を追跡する、鷗外のファミリー・ヒストリーをお楽しみください。

◉ 森鷗外記念館 臨時休館延長のお知らせ 2020年3月12日
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、3月2日[月]-3月15日[日]まで臨時休館を決定しておりましたが、令和2年3月2日[月]-令和2年3月31日[火]までの臨時休館を延長いたします。
皆様にはご迷惑をおかけしますがご理解のほど、よろしくお願いいたします。なお再開については、今後の状況により変更する場合があります。詳しくは当館ウェブサイトにてお知らせします。

[ 詳細: 森鷗外記念館 ]

【展覧会】東京国立博物館 平成館|日本書紀成立1300年 特別展|「出雲と大和」|’20年1月15日-3月8日

東京国立博物館 平成館
日本書紀成立1300年 特別展「出雲と大和」
会  期  2020年1月15日[水]-3月8日[日]
会  場  東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間   9:30-17:00
      * 入館は閉館の30分前まで、会期中の金曜・土曜は21:00まで開館
休  館  日  月曜日、2月25日[火]  * ただし2月24日[月・休]は開館
観覧料金      一般 1,600円、大学生 1,200円、高校生 900円、中学生以下無料
主  催  東京国立博物館、島根県、奈良県、NHK、NHKプロモーション、読売新聞社
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令和2年(2020)は、我が国最古の正史『日本書紀』が編纂された養老4年(720)から1300年という記念すべき年です。
その冒頭に記された国譲り神話によると、出雲大社に鎮座するオオクニヌシは「幽」、すなわち人間の能力を超えた世界、いわば神々や祭祀の世界を司るとされています。
一方で、天皇は大和の地において「顕」、すなわち目に見える現実世界、政治の世界を司るとされています。つまり、古代において出雲と大和はそれぞれ「幽」と「顕」を象徴する場所として、重要な役割を担っていたのです。
「幽」と「顕」を象徴する地、島根県と奈良県が当館と共同で展覧会を開催し、出雲と大和の名品を一堂に集めて、古代日本の成立やその特質に迫ります。

[ 詳細: 東京国立博物館  展覧会公式サイト ]

【展覧会】国立公文書館|令和元年度 第3回企画展 「初づくし ─ 初にまつわる江戸時代の行事・風習 ─」 |令和2年1月25日-3月8日

国立公文書館
令和元年度 第3回企画展
「初づくし ── 初にまつわる江戸時代の行事・風習 ──」
会  期  令和2年1月25日[土]-3月8日[日]
開館時間  月ー日曜日 午前9時15分-午後5時00分
      * 期間中無休
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料   無 料
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お正月の初詣や書き初め、また、お食い初めや初午-はつうま-など、日本人の生活には「 初 」 にまつわる行事・風習が多く存在しています。これらに加えて、江戸時代には謡初-うたいぞめ-などの幕府・朝廷の行事をはじめとして、現代には見られない行事・風習もおこなわれていました。新元号になって「 初 」の年明けを迎えて開催する本展では、江戸時代の 「 初 」 にまつわる資料をご紹介します。

【関連イベント】ギャラリー・トーク
日 時  令和2年1月29日[水]、3月4日[水] 午前11時-午前11時30分
      2月19日[水] 午後2時-午後2時30分
場 所  国立公文書館(千代田区北の丸公園 3-2)1 階展示ホール
     企画展の見所について企画者が解説します。事前申込みは不要です。

[ 詳細: 国立公文書館 ] { 活版 à la carte まとめ }

【展覧会】国文学研究資料館|通常展示「書物で見る 日本古典文学史」|令和2年1月14日-3月31日

国文学研究資料館
通常展示「書物で見る 日本古典文学史」
会  期  令和2年1月14日[火]-3月31日[火]
休  室  日  日曜日・祝日、展示室整備日(2月12日、3月11日)
開室時間  午前10時-午後4時30分 * 入場は午後4時まで
場  所  国文学研究資料館 1 階 展示室
      入場無料
主  催  国文学研究資料館
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本展示では、上代から明治初期までの文学を、書物(古典籍)によってたどります。
最近の研究動向にも配慮はしましたが、むしろ教科書でなじみの深い作品を中心に据えて、文学史の流れを示しました。写本の表情や版本の風合いに触れながら、豊かな日本古典文学史の諸相をお楽しみください。

◉【展示室】臨時休室のお知らせ  2020/3/11
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点から、2月28日[金]-3月31日[火]までの間、当館展示室を臨時休室とさせていただきます。
再開時期及び次回の展示は、決定次第、ウェブページ及び SNS でお知らせいたします。

[ 詳細: 国文学研究資料館 ]

【展覧会】奈良国立博物館|特別展 毘沙門天 ── 北方鎮護のカミ ──|令和2年2月4日-3月22日

奈良国立博物館
特別展 毘沙門天 ── 北方鎮護のカミ ────
会  期  令和2年2月4日[火]-3月22日[日]
会  場  奈良国立博物館 東新館・西新館
休  館  日  毎週月曜日、2月25日[火] * ただし2月24日[月・振休]は開館
開館時間  午前9時30分-午後5時
      * 毎週金・土曜日は午後7時まで     * 入館は閉館の30分前まで
観覧料金  一般 1,500円、高校・大学生 1,000円、小・中学生 500円
      * 前売り・団体など各種割引制度があります。
主  催  奈良国立博物館、朝日新聞社、NHK奈良放送局、NHKプラネット近畿、
      文化庁、独立行政法人日本芸術文化振興会
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四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)は、須弥山-しゅみせん-世界の四方にいて、仏教世界や仏法を守るカミです。このうち北方を守護する多聞天は、「毘沙門天」の名で単独の像としても造像、信仰され、四天王のなかでも特別の存在でした。

近年、毘沙門天像の優品が相ついで発見されています。奈良時代、8世紀制作と考えられる木心乾漆造-もくしんかんしつづくり-の像(愛媛・如法寺)や、絵の中から抜け出てきたかのような激しい運動感を示す作例(京都・弘源寺)、保安5年(1124)の年紀銘が確認された平安彫刻の貴重な基準作例(個人蔵、米国・ロサンゼルス・カウンティ美術館保管)、また仏師運慶の流れをくむ作者の手になると見られる彩色の美しい鎌倉時代の作品(当館蔵)、あるいは密教修法における調伏法-ちょうぶくほう-に用いられた珍しい双身-そうしん-(二体合体)の像(奈良・東大寺蔵)など、いずれも斯界(しかい)の研究進展に資する重要作例です。

本展は、従来知られている毘沙門天彫像のなかから、とくに優れた作品を厳選し、それらを一堂に会することで、毘沙門天彫像の魅力を存分に味わうことのできる展覧会となります。

 ◉奈良国立博物館国立博物館 臨時休館のお知らせ
政府の要請により、新型コロナウイルス感染防止のため2月27日[木]-3月16日[月]まで臨時休館としていましたが、本措置を継続するよう、あらためて要請がありましたので、3月17日[火]以降も当面は臨時休館を延長いたします。
なお、その後の予定につきましては、あらためてお知らせいたします。
[ 詳細: 奈良国立博物館 ]

【展覧会】東京国立博物館|特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」|’20年3月13日-5月10日

東京国立博物館
特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」
会  期  2020年3月13日[金]-5月10日[日]
会  場  東京国立博物館 本館特別 4 室・特別 5 室(上野公園)
開館時間  9:30ー17:00
      (入館は閉館の30分前まで、会期中の金曜・土曜は21:00まで開館)
休  館  日  月曜日
      (ただし3月30日[月]、5月4日[月・祝]は開館)
観覧料金  一般 1,200円、大学生 600円、高校生 400円、中学生以下無料
主  催  東京国立博物館、法隆寺、朝日新聞社、
      N H K、 N H K プロモーション、文化庁、日本芸術文化振興会
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世界遺産・法隆寺。その西院伽藍の中心をなし、世界最古の木造建築である金堂には、およそ1300年前の飛鳥時代に描かれた壁画がありました。2020年は、法隆寺金堂の火災をきっかけに、1950年に文化財保護法が成立してから70年となる節目の年です。
本展では、「法隆寺金堂壁画」の優れた模写や、焼損後に再現された現在の壁画、そして日本古代彫刻の最高傑作の一つである国宝・百済観音など金堂ゆかりの諸仏を展示します。
法隆寺金堂の美の世界を体感していただくとともに、文化財を保護し継承することの大切さを伝えていきます。

* 新型ウイルス感染症対応のため開催が遅延しています。下記の詳細を確認の上お出かけを。
[ 詳細: 東京国立博物館  展覧会公式サイト ]

【展覧会】江戸東京博物館|特別展「江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-」|’20年2月8日-4月5日

江戸東京博物館
特別展「江戸ものづくり列伝-ニッポンの美は職人の技と心に宿る-」
会  期  2020年2月8日[土]-4月5日[日]
会  場  東京都江戸東京博物館 1 階特別展示室
開館時間  午前9時30分-午後5時30分(土曜日は午後7時30分まで)* 入館は閉館の30分前まで
休  館  日  毎週月曜日(ただし2月24日は開館)、2月25日[火]
観  覧  料  一般 1,100円、大学生・専門学校生 880円
主  催  公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館、毎日新聞社
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日本の伝統美術は、日本人の暮らしとともにありました。四季折々の生活シーンに応じて配される建具や調度品は、人びとに潤いと彩りを与えました。開国後の日本を訪れた西洋人が一様に驚いたのは、こうした品々に宿る日本人の豊かな遊び心と繊細な美意識でした。その日本の美を作り上げてきたのが、ものづくりに生きる職人たちです。

本展では、特色のある5人の名工たちを取り上げます。江戸が生んだ二人の蒔絵師・原羊遊斎-はら ようゆうさい-と、柴田是真-しばた ぜしん、尾形乾山-おがた けんざん-の陶法を継承し、軍艦の建造も手がけた鬼才の陶工・三浦乾也-みうら けんや、葛飾北斎の弟子で絵師から金工の道に転じた府川一則-ふかわ かずのり、江戸の職人気質を受け継ぎ超細密工芸を究めた小林礫斎-こばやし れきさい。
彼らは江戸東京で活動し、時代の空気を吸いながら、それぞれの道に精進して新たな創造に挑戦し続ける人生を歩みました。

本展では、明治前期に日本を訪れたヨーロッパ貴族バルディ伯爵の日本コレクション(ベニス東洋美術館所蔵)の日本での初公開をはじめ、当館のコレクションを中心に、江戸東京で活躍した職人たちの仕事と人生に光を当て、日本が世界に誇るものづくりの力の源泉を見つめたいと思います。

◉ 江戸東京博物館では 東京都の方針に則り、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止する観点から、2020年3月31日[火]まで、展覧会をはじめとする主催事業を休止または中止させていただきます。
[ 詳細: 江戸東京博物館 ]

【珍客訪問】有朋自遠方来、不亦楽乎|バウマン&バウマンの愛娘 カルラが訪問|フランスで建築家になっていて吃驚仰天

ドイツのバウマン&バウマンはふるい友人。かぞえてみたら優に30年を越える交際になる。
12月某日、そのバウマン夫妻の愛娘カルラが、トートーバックひとつと、スマートフォンを片手にひょっこりと訪問。少女からすっかりレディーになっていてびっくり。

カルラは現在パリの著名な建築家の事務所に勤務しており、ビジネスで日本にやってきたとのこと。弟のレオンともどもいまだに結婚はしていないそうだ。オヤジは頭が痛くて、頭髪の養生には悪影響があろかと想像する。
ガラスが乱反射しているが、ポスターはバウマン&バウマンによる。この活字書体と、カルラの後方の「NO SMOKING」が気になるひとは初期活字小児病。専門医の治療をうけることをお勧め。

ドイツ中西部にあるシェベービュッシュ・ギュムントの街。ふるい城壁に囲まれた石畳の街。
バウマン家は、街の郊外、小高い丘の中腹にあり、大型の荷物は専用ケーブルカーで運ぶ。

カルラとレオンの姉弟。亡妻と野面で花冠をつくって遊んでいた無邪気な少女がカルラだった。

カルラのスマホ画面でバウマン一家の近影を拝見。即スカイプ接続で日独テレビ電話。ゲアド・バウマンは顎髭までまっ白になって、まるでサンタクロース。おまけにレオンまでオヤジに似て頭髪の大部分を失っていた。不覚ながら懐かしさのあまり涙がにじんだ。

ちょうど移転作業中で社内は散らかっていたが、古い写真もでてきた。あわせて紹介したい。
ふるく中国でいう ──

有 朋 自 遠 方 来、不 亦 楽 乎
朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや

バーバラ・バウマン+ゲアド・バウマン b+b WebSite

【 文字壹凜まとめ 】
【 文字百景26  バウマン+バウマンと私たち PDF moji-hyakkei 26 B&B_1 】

バウマン夫妻初来日のとき。1994年10月10日。体育の日とイベントの秋で、講演・展示会会場探しで往生した記憶。 左】中島 安貴輝さん、バウマン、やつがれ。後方は板東孝明さん。早速「逆さダルマ」のあだ名がついた。バウマンも気に入って各地でダルマを買いあさっていた。

【良書紹介】「ミツカン水の文化センター」の機関誌|『水の文化』 第63号発刊|特集「桶・樽のモノ語り」

ミツカン 水の文化センター
『水の文化』63号
桶・樽のモノ語り
水をはじめとする液体を貯蔵、あるいは運ぶために使われてきた桶と樽。桶とは桶側-おけがわ・箍-たが・底板からなる木製の容器のことであり、樽はその桶に蓋を付けて密閉できるようにしたものだ。
江戸期の日本は世界でも有数の桶と樽の生産地であり、昭和初期まで人々の暮らしのみならず産業や経済を支えていたのは桶と樽だ。戦後、桶と樽はあまり使われなくなったが、今でも桶や樽にこだわる人は存在する。
持続可能性が求められる現代において、今なお使いつづけられる桶と樽の価値とはいったい何なのか。大型の貯水・貯蔵装置の視点から考えたい。

木桶がひしめくしょうゆのもろみ蔵。この蔵独特の生態系をつくるのに木桶の果たす役目は大きい(香川県・小豆島のヤマロク醤油にて) ミツカン 水の文化センター WebSiteゟ

【 詳細 : ミツカン 水の文化センター 】 { 活版アラカルト まとめ }

【展覧会】東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画|生誕550年記念 特別展|文徴明とその時代 ─ 天下の書法、蘇州に帰す!|東京国立博物館 東洋館 8 室|書道博物館

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画
生誕550年記念 特別展
文徴明とその時代 ── 天下の書法、蘇州に帰す!
◉ 東京国立博物館 東洋館 8 室
会  期  2020年1月2日[木]-3月1日[日]
休  館  日  月曜日、1月14日[火]、2月25日[火]
      * 1月13日[月・祝]、2月24日[月・祝]は開館
観  覧  料  一般 620円、大学生 410円
◉ 台東区立書道博物館
会  期  2020年1月4日[土]-3月1日[日]
休  館  日  月曜日、1月14日[火]、2月25日[火]
      * 1月13日[月・祝]、2月24日[月・祝]は開館
観  覧  料  一般・大学生 500円、高・中・小学生 250円
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明時代の中期に活躍した文徴明(1470-1559)は、蘇州における芸苑の領袖として君臨し、90歳の長寿を全うしました。 文徴明の子や甥も書画を善くしたことから、文一族は後世にも多大な影響を与えました。海を隔てた日本も例外ではなく、江戸時代においても一世を風靡しました。
2020年は、文徴明の生誕550年にあたります。17回目を迎える 東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画では、国内に現存する文徴明や同時代に活躍した書画に焦点をあて、文徴明の魅力に迫るとともに、後世に与えた影響を紹介します。

[ 詳細: 東京国立博物館   東京国立博物館 東洋館 台東区立書道博物館 ]
◉【台東区立書道博物館 臨時休館延長のお知らせ】
新型コロナウイルス感染防止のため、3月31日[火]まで臨時休館を延長いたします。
その後の予定につきましては、あらためてお知らせいたします。

【WebSite 紹介】 瞠目せよ諸君!|明治産業近代化のパイオニア 平野富二|{古谷昌二ブログ28}|国内外の博覧会と活字・印刷機の出品(その1)

6e6a366ea0b0db7c02ac72eae004317611-300x75明治産業近代化のパイオニア

平野富二生誕170年を期して結成された
<「平野富二生誕の地」碑建立有志会 ── 平野富二の会>の専用URL
 平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が
近代活版印刷術発祥の地:長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の
情報を記述しています。

本稿もこれまでの「近代産業史研究・近代印刷史研究」とは相当深度の異なる
充実した内容となっております。読者諸賢の訪問をお勧めいたします。

古谷昌二ブログ ── 国内外の博覧会国内外の博覧会と活字・印刷機の出品(その1)

ab8a2b0e21f54ff5474ba991de0cb37c-300x199-300x199まえがき
(1)1867年のパリ万国博覧会 L’Exposition du Paris, 1889
    博覧会の概要
    清水卯三郎の参加
    清水卯三郎の輸入した印刷機
(2)フィラデルフィア万国博覧会 The Centennial Exposition, Fairmount Park, Philadelphia.USA
    博覧会の概要
    平野富二の出品
    活字見本帳と手引印刷機の出品(考察)
    政府事務官として渡航した吉雄永昌
(3)第一回内国勧業博覧会
    博覧会の概要
    平野富二による鉛版活字の出品
    印刷機の出品
    平野富二が印刷機を出品しなかった理由(考察)

    府下縦覧工場として指定
まとめ

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[ 国内外の博覧会国内外の博覧会と活字・印刷機の出品(その1)  古谷昌二まとめ ゟ ]

幕末から明治期に開催された博覧会に出品された鉛活字と印刷機は、近代化を目指すわが国にとって文明の利器として欠くことのできないものとなった。

1867(慶應3)年4月にフランスでパリ万国博覧会が開催された。これは、わが国が国家として最初に参加した万国博覧会であった。幕府は自らの出品と共に諸藩や江戸商人に呼び掛けて出品を募った結果、薩摩藩、肥前藩と浅草天王町に居住していた清水卯三郎が手を挙げた。
活字と印刷機については時期尚早のため、わが国の出品物の中には無かった。しかし、江戸商人として参加した清水卯三郎の「フランスみやげ」の中に、仮名文字の活字母型、石版印刷機と足踏印刷機があった。
活字母型は宮城玄魚による平仮名の版下を持参してフランスで作製依頼したものであるが、活字鋳造は行われなかったという。石版印刷機と足踏印刷機については清水卯三郎自身では使用せず、販売のため店先に置いてあった。
この足踏印刷機は、後に条野伝平がこれに眼を付け、『東京日日新聞』の創刊に関わることになった。また、別の一台は平野富二による足踏印刷機の国産化対象となった。

1876(明治9)年5月にアメリカのペンシルヴァニア州フィラデルフィアにおいて、アメリカ建国100年を記念した万国博覧会が開催された。この万国博覧会参加のために政府事務官の一人として任命された吉雄永昌(勧業寮十二等出仕、会計)は、平野富二と知己であったことから、平野富二による「活字紙型等の見本各種」の出品がなされたと見られる。
この見本各種の中には、明治9年版活字見本帳『活版様式』と小型手引印刷機が含まれていたと見られる。これらについて考察を加えた。また、吉雄永昌について平野富二、築地活版製造所との関連を参考に述べた。

明治10年(1877)8月に第一回内国勧業博覧会が東京の上野公園で開催された。これはわが国政府主催の最初の博覧会であった。このとき平野富二は築地活版製造所で製造した「楷書・仮名等の鉛版活字」を出品した。しかし、平野富二の名前で出品した印刷機はなかった。
このとき、「鉛版活字」の摺り見本として明治10年版とされる活字見本帳『BOOK OF SPECIMENS MOTOGI & HIRANO』が一緒に出品されたと見られるが、疑問もある。また、国産化した活版印刷機を本格的に製造できる体制を整えたにも拘わらず、平野富二の名前で出品された印刷機はなく、築地活版製造所で造られたとみられる手引印刷機が、出版人である野村長三郎の名前で出品された。これらについて考察を加えた。

引続き第二回内国勧業博覧会(明治14年3月開催)、ロンドン発明品博覧会(明治17年5月)、第三回内国勧業博覧会(明治23年4月開催)などが開催されたが、これらについては、次回ブログ「国内外の博覧会と活字・印刷機の出品(その2)」で紹介する。

【展覧会】無印良品|ATELIER MUJI GINZA|「インドの手仕事、文字になる」展|’19年12月20日-’20年3月8日

無印良品 ATELIER MUJI GINZA
「インドの手仕事、文字になる」展
開催期間  2019年12月20日[金]-2020年3月8日[日]
時  間  10:00-21:00
開催場所  無印良品 銀座 6 F  ATELIER MUJI GINZA Gallery  2
      入場無料
主  催  無印良品
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世界は、文字であふれています。今日のデジタル社会において、書体 (文字の形とスタイル)の重要性はさらに高まりました。表現したい、伝えたい、残したい、わかり合いたい。書体は、私たち人類にとって豊かな表情や物語、美しさを備えた道具であり糧でもあります。
本展では、地域固有の文化とイノベーションが融合し、社会に新しい価値を生み出すデザインについて、インドにおける書体をめぐる挑戦を紹介します。

インドのデザイナーが2011 年に立ち上げたプロジェクト「The Typecraft Initiative -タイプクラフト構想」では、デザイナーとインド各地の工芸や民俗芸術の職人である女性たちが、ワークショップ形式でインド・ラテン語のデジタル書体を共同制作しています。地域の生活に根ざした入れ墨、刺繍、陶芸、絵画など幅広い分野の職人たちと、時間をかけてその特性や個性に合わせたワークショップを実施。
この過程を経て創られた書体をフォントとして製品化することで、デザインの可能性や職人である女性たちの新たな職域を広げる取り組みです。それは、近代化の波に消えゆくインドの手仕事を、未来につなげる活動にも通じています。
さまざまな魅力と背景を持つインド各地の文化が文字になる、この壮大なプロジェクト。女性たち職人の手仕事から生まれる文字は、今日もインドの暮らしの中で育まれています。

The Typecraft Initiative(タイプクラフト構想)
2011年にデザイナーのイシャン・コースラが、インドの無形遺産である伝統の手仕事を伝え、刷新し、その功績を讃えるために設立。多様で異なる手仕事によるプロダクトやプロセスを介した書体を作成していくことを目指している。伝統に新たな息吹を吹き込むコミュニケーションや学びのため、様々な分野の職人たちとのワークショップ形式で、これまで5つの書体を作成。それらをデジタル化して商品に発展させる活動は、職人たちの新しい職域を広げている。

[ 詳細: ATELIER MUJI GINZA ]

【展覧会】ミサワバウハウスコレクション|第30回企画展|「バウハウスの曲線 ─ バイヤー、ブロイヤー、ヴァーゲンフェルト」|’19年11月15日-’20年03月19日

ミサワバウハウスコレクション
第30回企画展「バウハウスの曲線 ── バイヤー、ブロイヤー、ヴァーゲンフェルト」
開催期間  2019年11月15日[月]-2020年03月19日[木]
開館日時  10:00-12:00,  13:30-17:30
      水・土・日・祝祭日および12月25日-1月5日は休館
予約受付  03-3247-5645
      同館は予約制です。休館日を除いた前日までに電話で日時をご指定ください。
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ミサワバウハウスコレクションでは、3年ぶりの企画展「バウハウスの曲線 ── バイヤー、ブロイヤー、ヴァーゲンフェルト」を開催致します。
バウハウスといえば直線や硬質な幾何学形のイメージですが、本展では曲線をテーマに、ヘルベルト・バイヤー、マルセル・ブロイヤー、ヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルトを取り上げます。3人ともバウハウスで学び、バイヤーは広告印刷工房、ブロイヤーは家具工房のユングマイスターとして工房を指導し、ヴァーゲンフェルトはワイマールに残って後継校の金属工房を指導しました。
バイヤー、ブロイヤーはアメリカで、ヴァーゲンフェルトはドイツに留まりますが、3人ともその後長く活躍しています。
バウハウスは社会に積極的に関わる新しいタイプの芸術家の養成をめざしました。バウハウスにとって、この3人はまさにバウハウスがめざした理想の実現だったのです。
バウハウス時代の作品から、その後の展開を75点の作品でご覧戴きます。

また、バウハウス100周年を記念し、バイヤーのデザインで世界を巡回したバウハウス50年展と、本年のドイツでの動きを紹介します。
本展は、バウハウス100ジャパンの「バウハウスの星座」39番目の星となります。
全国のバウハウス関連イベントで行なうスタンプラリーに参加し、特製スタンプを用意してご来館をお待ちしています。公式台紙「バウハウス・パスポート(bauhaus100jp 学生証付き)」は渋谷TSUTAYA 7 階で販売中です。

◆ギャラリートーク
同館学芸員による解説をおこないます。
12月6日[金]、 1月10日[金]、 2月14日[金]、 3月6日[金] 
14時より 1時間半程度。有料(詳細はお問い合わせください)

◉ 2020/02/28 (金)
予約受付を休止します
新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、現在新規の予約受付を休止しています。

[ 詳細: ミサワバウハウスコレクション ]{活版 à la carte まとめ

【展覧会】お札と切手の博物館|令和元年度 第2回特別展|乙百円-おつひゃくえん-誕生の軌跡 日本人が初めて肖像をデザインしたお札|令和元年12月17日-令和2年3月1日

お札と切手の博物館
令和元年度 第2回特別展
乙百円-おつひゃくえん-誕生の軌跡 日本人が初めて肖像をデザインしたお札
開  催  日  令和元年12月17日[火]-令和2年3月1日[日]
開催時間  9:30-17:00 
休  館  日  月曜日(祝日の場合は開館し、翌平日)、年末年始(12/29-1/3)、2月9日
開催場所  お札と切手の博物館 2 階展示室
入  場  料  無 料
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明治時代初期、日本のお札や切手は、お雇い外国人として来日したキヨッソーネの尽力により近代化を遂げました。図案・原版彫刻・製版といった技術の全てを担っていたキヨッソーネが印刷局を去った後、日本の技師たちは自らの力でお札をつくる道を歩みはじめます。
アメリカで技術を研鑽した工芸官の大山助一-おおやますけいち-が伝えた技法を弟子の森本茂雄-もりもとしげお-らが受け継ぎ、欧米の技術や様式を吸収しながら、印刷局は発展を遂げ、昭和5(1930)年に日本銀行兌換券「乙百円」(以下、乙100円券)が誕生しました。

当時最新の技術と日本独自の図柄を用いた乙100円券は、初めて聖徳太子の肖像が採用されたお札としても知られますが、その肖像は日本人が初めてデザイン・彫刻を手がけたものです。
乙100円券が発行されるまでの日本のお札は、キヨッソーネの残した原版に基づいて肖像が作成されていましたが、初めて聖徳太子の肖像が採用された乙100円券では、人物の描写、考証、文様、図柄などのすべてを一から製作する必要がありました。
また、その図柄には肖像にゆかりのある法隆寺の宝物などを元に図案化したものが多用されていることが特徴で、当時最新の印刷技術を用いることによって実現したものです。

本展では、お雇い外国人から学んだ技術を日本の技術者たちが自ら成熟させ、生粋のお札を生み出すまでの軌跡を辿り、乙100円券が誕生するまでの背景や肖像の下図が完成するまでの過程、当時最新の偽造防止技術などについて、同時代の海外のお札や関連資料と併せてご紹介します。

[ 詳細: お札と切手の博物館 ] {活版 à la carte 既出まとめ

【展覧会】徳川美術館 蓬左文庫 特別展|没後190年記念 良寛さん-その人と書|’19年11月16日-’20年1月31日|後期展示開催中

徳川美術館 蓬左文庫
特別展 没後190年記念
良寛さん-その人と書
会  期  2019年11月16日[土]-2020年1月31日[金]
      【前期】2019年11月16日[土]-12月15日[日]
      【後期】2020年01月04日[土]-01月31日[金]
開館時間  午前10時-午後5時(入館は午後4時30分まで)
休  館  日  月曜日(ただし1/13は開館、12/16~1/3・1/14は休館)
観  覧  料  一般 1,400円・高大生 700円・小中生 500円
      * 蓬左文庫「奏でる ―楽器と調べ―」展と共通
主   催  徳川美術館・毎日新聞社
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「良寛さん」と呼ばれ、今も多くの人々に愛され続ける良寛(1758-1831)は、名利にとらわれぬ生活を送った托鉢僧でした。清貧の中で生きとし生けるものに慈愛の心を注ぎ、子どもらと手まりをついて戯れ、友と語り、和歌や漢詩など芸術にいそしみました。
また、仏教者としても菩薩行を実践した希有な人でした。その人間性を表出した書は、見る者の心にあたたかさと感動を与えてくれます。
本展では、日本有数の良寛コレクター秘蔵の遺墨を中心に、新たにそのコレクションに加えられた48件を含む約150件を公開します。その書と芸術に触れていただく絶好の機会となります。

[ 詳細: 徳川美術館 ]

【WebSite 紹介】 瞠目せよ諸君!|明治産業近代化のパイオニア 平野富二|{古谷昌二ブログ27}|活版印刷機械の製造体制

明治産業近代化のパイオニア

平野富二生誕170年を期して結成された
<「平野富二生誕の地」碑建立有志会 ── 平野富二の会>の専用URL
 平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が
近代活版印刷術発祥の地:長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の
情報を記述しています。

本稿もこれまでの「近代産業史研究・近代印刷史研究」とは相当深度の異なる
充実した内容となっております。関係各位のご訪問をお勧めいたします。

古谷昌二ブログ ── 活版印刷機の製造体制

まえがき
(1)神田和泉町における活版印刷機製造
(2)築地二丁目に移転後の印刷機製造
    初期の活版器械製造工場
    活版器械専用工場の建設
    部品・素材の調達:当初は街の鋳物師に発注
    大形部品の製造:石川島造船所と横浜製鉄所に依頼
(3)築地にあった鉄工部の石川島移転
(4)印刷機械部の解散と離職者の独立支援
     離職従業員の独立支援
     当時の印刷機製造業者
(5)大阪活版製造所での印刷機製造
(6)月島分工場での印刷器械製造
ま と め

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[ 活版印刷機の製造体制  古谷昌二まとめ ゟ ]
平野富二にとって活版印刷機の製造・販売はあくまでも活字・活版の販売を促進するための手段だった。活版印刷をおこなう用具として見れば共通であるが、活字・活版の製造と活版印刷機の製造は異質のもので、その製造設備は全く異なるものである。

したがって、活版印刷機の製造をはじめた当初の神田和泉町時代は、細かい手細工を除いて、ほとんどを外部に依存していたが、築地二丁目に移転してからは金属加工機械を輸入して活版の製造と印刷に用いられる諸々の器械・器具の製造を兼ねて自社内での生産体制を整えた。

しかし、活版印刷機の製造に必要な鋳造設備や鍛冶設備が無いため、小物部品は街の鋳物師や鍛冶師に外注し、大物部品は石川島造船所に鋳造・加工を依頼していた。
明治9年(1976)になって、平野富二が杉山徳三郎の経営する横浜製鉄所に経営参加すると、横浜製鉄所で活版印刷機の製造をおこなうようになった。しかし、同じ年の内に平野富二が海軍省から旧石川島造船所の跡地を借り受けて石川島平野造船所を設立したのに伴い、築地活版所にあった印刷機部門と製造設備を石川島造船所構内に移転させた。当初、石川島造船所には機械加工設備がなかったため、築地から移転させた設備を使用して船舶用機器の製造もおこなった。

平野富二にとっては、活版印刷機の製造は一般産業機械の製造の一環としておこなわれるものであって、活版印刷機専用の製造設備を保有することは無駄で、勿体ないと思っていたに違いない。このような製造設備があれば、船舶用はいうに及ばす、他の一般産業分野で必要とする機械、器具類を製造して、広くわが国の産業発展に寄与できると考えていたと思われる。
平野富二は、江戸の職人だった者たちを積極的に雇用し、また、築地活版製造所で技術を身につけた従業員の退社に際しては、むしろその技術を生かして独立するように支援している。これも、わが国産業発展の基盤とすることを意図したものと見られる。

東京築地活版製造所における活版製造と活版印刷機製造の営業上の位置付けを見ると、株式組織となった明治18年(1885)の売上高は活字類が23,521円(80%)に対して5,750円(20%)にすぎない。活字の売上高が圧倒的に高いことは後年になっても変わらず、活版印刷機の売上高比率はむしろ低下している。
東京築地活版製造所は、明治9年(1876)に築地にあった印刷機製造設備を石川島に移設して以来、第4代社長名村泰蔵が計画・建設した月島分工場が完成した明治40年(1907)まで、自社内に印刷機の製造設備を持つことは無かった。

名村泰蔵が活版印刷機の自社内製造を決意した背景には、大阪活版製造所での事業整理による印刷機製造部門の廃止があるが、新聞・雑誌類の発行部数が大きく伸びて大型印刷機の需要が増大したこと、高いレベルにある自社の印刷技術を印刷機に反映させることができることを念頭に置いたと見られる。
しかし、明治後期から大正にかけて、世の中の動きは活版をそのまま使用する活版印刷機の時代から、輪転印刷機、石版印刷機、オフセット印刷機の時代へと移行しつつあった。

東京築地活版製造所では、活字・活版の製造・販売を主業務としていたため、活版印刷機の製造・販売にこだわって、活版をそのまま使用することのない輪転印刷機や、平版に属する石版印刷機やオフセット印刷機の製造については関心を示さなかった。
関東大震災による罹災から復旧はしたものの、印刷分野の技術革新に乗り遅れたこともあって、活版印刷機の受注は伸びず、昭和9年(1934)になって月島分工場は廃止されるにいたった。
その4年後に伝統ある東京築地活版製造所は解散に追い込まれた。

昭和13年(1938)3月17日に開催された臨時株主総会において代表取締役社長に指名された松田一郎は、その場で会社解散を提議し、株主総会の承認を得て清算業務に入った。
会社解散を決議した松田一郎は、東京築地活版製造所の最後の社長として、その後の清算業務を無事に実行させることが自らの役割となった。
しかし、どのように清算が行われ、何時、清算を完了して会社解散の届け出を行ったのかは、業界紙誌も沈黙を守っており明らかになっていない。

【もんじ】古写真 新吉原大門-しんよしわら おおもん|福地櫻痴揮毫 春夢正濃満街桜雲 秋信先通両行燈影|撮影 小川一真

「古写真」 新吉原大門(長崎大学 附属図書館所蔵)

明治14年(1881)に建てられた新吉原の大門前から、吉原の中央を貫いていた通り仲之町に向かって撮影されたもの。門上にガス燈と思われるものが置かれ、門柱には福地櫻痴の書「春夢正濃 満街櫻花 秋信先通 両通燈影」が彫りつけられている。中央に配された人力車夫ほか数人の人物がカメラの方を見ている。
明治中期、東京、撮影者:小川一真、クレジット:長崎大学附属図書館所蔵/共同通信イメージズ 

※この説明文は、画像の委託時につけられた情報です。研究の進展により記載の情報が変わる可能性があります。
提供元:長崎大学附属図書館[整理番号6‐21‐0] 
* 写真転用はご遠慮ください。
長崎大学附属図書館から提供をいただいた吉原大門の写真と説明文を紹介した。吉原大門は上方風に「おおもん」と呼ぶのがならわし。現在はわずかに都バスの停留所名にその名をのこす。
向かって右の門柱には「春夢正濃 満街櫻花」と解説があったが、実際の画像を確認すると「春夢正濃 満街櫻雲」であった。
福地櫻痴は書芸家では無いが、いかにも粋人らしく、咲きほこる大輪の牡丹の花のように豊饒な書をいくつかのこしている。ここに読みやすく紹介した。[図版協力:青葉水龍]

新吉原大門 揮毫者:福地櫻痴(国立国会図書館所蔵)

長崎市崇福寺通りに「福地櫻痴生誕の地」碑がある。福地櫻痴はきわめて毀誉褒貶のおおい人物だが、毎日新聞の前身『東京日〻新聞』主筆兼社長、衆議院議員・東京府府議会議員(議長)・初代歌舞伎座の創設者・戯作家・文筆家など多方面で活躍した明治ならではの怪物である。
稿者は訪崎に際しては寸暇をぬすんでこの碑の前にたつことが多い。

稿者の後方、坂をくだると、そこはもう、江戸の新吉原、京都の島原とならび、三大遊郭のひとつとされた丸山遊郭である。即ち稿者にとっては、明治、もっとも興味ぶかい人物は、福地源一郎こと、福地櫻痴である。

[続編はのんびりと{花筏}に近日アップロードの予定]

【タイポグラフィ学会】第5回 平野富二賞 授賞式と記念講演|10月14日

第 5 回 平野富二賞 授賞式と記念講演

「平野富二の会」代表の古谷昌二氏が、「第5回 平野富二賞」をタイポグラフィ学会(会長:山本太郎)より授与されました。

授賞式と記念講演が下記の日程にて開催されました。

日 時 2019年10月14日[月曜・祝日]
場 所 NATULUCK(ナチュラック)四ツ谷駅前
    3 階 大会議室(セミナールーム)
内 容:15:40-17:30 頃   第 5 回「平野富二賞」授賞式 古谷昌二氏
    記念講演(古谷昌二氏)
    平野家所蔵品(新装「池原香穉書画軸」他)お披露目
    18:30-20:30頃 懇親会(近隣別会場にて)

[ 詳細: タイポグラフィ学会 ]

【展覧会】東 塔 堂|羽原肅郎 展 「色 color の形 form と季節 season」|11月1日-11月23日

東 塔 堂
羽原肅郎 展 「色 color の形 form と季節 season」
会  場  東 塔 堂 | Totodo
会  期  2019年11月1日[金]-11月23日[土]
時  間  12:00-20:00[日曜休み]
協  力  加藤勝也
入  場  無 料
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2020年版のカレンダーは、色と形で季節を表す新しい試みです.
会場では新作の手札サイズの愛らしい水彩画のシリーズ「四角形への詩!」を展示販売いたします.また、羽原肅郎が敬愛するアーティストに捧げた transparent box を先着順で用意しております.

羽 原  肅 郎
1935年, 広島県に生まれる.
桑沢デザイン研究所リビング・デザイン科研究クラス卒業.
建築写真家:二川幸夫に師事.
美術出版社・月刊『デザイン』誌編集責任者, 東京造形大学助教授, 二玄社出版部部長として『CG』誌等の編集に参加.
鹿島出版会『SD』誌デザインエディター, JIDA 事務局長を歴任.
明星大学 造形芸術学部 造形芸術科 教授.
武蔵野美術大学, 筑波大学, 東京YMCAデザイン研究所, 多摩美術大学等の非常勤講師を務めた.
著書に『構造の芸術』『本へ!』等がある.
『世界デザイン史』等にも執筆.
コンクリート・ポエトリーの制作も行っている.

[詳細: 東 塔 堂