月別アーカイブ: 2014年8月

【会員情報】 中国の友人、原 博さんがご来社に!

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 中国の名門大学 清華大学美術学院の副教授 原 博 先生(ショートヘアのかた)
上)原さんのデジカメ(セルフタイマー)で撮影。 下)やつがれ撮影(めずらしく撮れた)。

中国 ・ 北京の友人/清華大学美術学院の副教授 原 博(yuán bó)先生が来日されて、2014年08月23日[土]、朗文堂アダナ ・ プレス倶楽部を訪問されました。
原先生とは、昨年末、ことしのはじめと、二度にわたって北京でお会いしましたが、日本でお会いするのははじめてでした。

久しぶりの来日で慌ただしい日程のなか、土曜日の午後に朗文堂にご来社いただきました。
原先生を中心に、いよいよ北京精華大学でのタイポグラフィ教育の一環として、活版印刷の実習を本格化されるとのこでしたが、やはり悩みは活版印刷機と周辺機器の整備であり、活字の供給体制のようでした。

教育施設へのこうした機器の供給態勢はアダナ ・ プレス倶楽部の得意とするところであり、原先生と大石は、ときのたつのも忘れて打ち合わせを重ねていました。
そこで、いささか手持ちぶさたのやつがれ。撮影係をかってでましたが、ふたりともまったくやつがれの手腕を信用せず、まずは原先生のデジカメのセルフタイマーでの撮影。 その後ようやくやつがれが撮影にあたりました。
めずらしく無事に撮影成功。下掲の写真がその成果です。
【活版アラカルト:中国の友人/年賀状の交換を巡って 原 博 さんの〈夢〉&北京点描 

アダナ・プレス倶楽部会報誌 <Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO>情報満載 第25号完成・配布中です。

アダナ・プレス倶楽部の会報誌
『Adana Press Club NewsLetter Vol.25』(Summer 2014)を
刊行し、会員の皆さまへ配布中です。

会報誌25号

『Adana Press Club NewsLetter Vol.25』 (Summer 2014)
表紙使用活字 : 和文活字:12pt. 明朝体 ルビ活字:6pt. 明朝体 欧文活字:12pt. ボドニ
           図版:罫線(波罫=ブル罫)、記号活字、約物活字
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 主な内容(目 次) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【イベント情報】 『欧文書体百花事典』普及版刊行記念連続講演会
【イベント情報】 Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO 開催決定!
           ──── 出展者・参加者募集のお知らせ
【新企画・新規商品のご案内】
           欧文活字「サンセリフ体」 ギル・サン活字大紹介
【連載 活字版印刷豆知識 25】
           中国の時代区分とそれぞれの時代を代表する活字書風
【連載 活版まんが】
           トンカツ ニンニク コンニャク & カッパンの巻き=ブル罫
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なお、毎号バックナンバーの在庫がございませんため、 会報誌の配布はお申込みの次号からとなります。ご了承ください。

中国 上海の活字製造と活版印刷事情 ── アダナ・プレス倶楽部会員 畠中結さんから情報提供をいただきました。

Studio1 Studio2 Studio3《錯綜する中国の活字製造と活版印刷関連情報》
なにしろ広大な国土の中国ですから、活字製造と活版印刷関連情報とひとくちにいっても、とかく情報が混乱して錯綜しています。
情報がはいりやすい北京とその近郊には、すでに活字製造業者は無いことは確実のようですが、
「中国東北部の吉林省や遼寧省
では、まだ活版印刷業者があって、活字も供給されているようだ」
「中国南西部の四川省でも、まだ金属活字の製造が継続しているようだ」
といった、伝聞や風評ばかりで、歯がゆいものがありました。

ところで、上海で活躍する版画家:楊 黙さんと畠中 結さんのご夫妻は、2012年の暮れに、朗文堂 アダナ・プレス倶楽部から <小型活版印刷機 Adana-21J >をご購入されました。上掲写真のように、 Adana-21J は楊 黙さんのスタジオに設置されて、その造形活動の拡大に貢献しています。
そんなおふたりから、今般上海郊外の活字鋳造所の現況報告と写真をご送付いただきました。〈活版アラカルト〉のページでご紹介いたします。
アダナ新コラム
【 関連記事 】
★ YANG MO  楊 黙
★  エッ、いまごろお正月 !? 上海在住の会員がご来社に。そして「老北京のご紹介」 2014年02月10日
★  <在時間的某処>, Somewhere in time, ある日どこかで。 2014年05月21日
★ 中国 上海の活字製造と活版印刷関連情報 ── 畠中結さんからのご報告

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1_1[1] 6_work02[1] 7_privarte10_v2[1] 9_work03[1] 8_privarte112[1]楊 黙  Yang Mo ┊ 1980年中国うまれ
中国上海在住。日常生活のすべてを芸術、デジタル・デザイン、版画製作に捧げているアーティスト。
楊氏は南京芸術大学を卒業し、そののち版画製作の最先端の研究を、ドイツ中央部、芸術と大学都市、カッセル(Kassel)で続行した。同地で日本から留学中の畠中 結さんと知り合って結婚した(中国では夫婦別姓がふつう)。
中国に帰国後、ふたりは上海にアトリエを開設して、中国各地でいくつかの展覧会を開催した。また2012年の東京TDC賞にも選ばれている。
楊氏はおもにデジタル・デザイナーとして活躍しているが、常に彼自身の版画作品をつくって、現代中国では顧みられることの少ない、あたらしい版画芸術を提案し続ける、意欲にあふれる造形家である。
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東京国立博物館・書道博物館 連携企画<趙之謙の書画と北魏の書> 後期展示案内

20140717214438189_0002 20140717214438189_0001東京国立博物館・書道博物館 連携企画 ── 悲盦没後130年 ──

趙之謙の書画と北魏の書

詳細:東京国立博物館  http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=623
詳細:書道博物館     http://www.taitocity.net/taito/shodou/index.html

書道博物館では、特別展『趙之謙の書画と北魏時代の書』―悲盦(ひあん)没後130年―がはじまってから一ヶ月がたちました。残暑のきびしい日日でしたが、東京国立博物館、書道博物館ともに多くの来館者をみたようです。
08月26日[火]からは、一部の展示替えを終えて後期展示がはじまりました。本展は09月28日[日]まで開催されています。
ここにあらためてご案内いたします。

本2014年は中国清朝後期のひと、趙之謙(ちょう-しけん 1829-84)の没後130年にあたります。 趙之謙は会稽カイケイ(浙江省紹興)の裕福な商家にうまれましたが、十代のころから家産がかたむいて貧困を余儀なくされました。
それでも趙之謙は書画や篆刻で生計を立てながら勉学にはげみ、やがて結婚しました。妻は苦しい家計をやりくりし、なんとか幸せな家庭を築くかにみえました。

ところがこのころから、江西省に興ったキリスト教系の宗教結社[上帝会]による「太平天国の乱」[別名:ボクサーの乱。弁髪を廃して長髪をたくわえ、南京を首都として太平天国と称した。曾国藩・李鴻章らによって鎮圧されたが清朝崩壊の遠因となった。1851-64]が会稽にも波及し、自宅は焼失し、妻子も争乱の犠牲となりました。
家と家族をもろともに失った絶望の果てに、趙之謙はみずからの号を「悲盦 ヒアン ≒ 悲庵」とあらためました。ときに趙之謙34歳のときのことでした。

こののち趙之謙は趙家の再興をめざして科挙[高級官吏登用試験]に挑みました。挑戦すること再再にわたりましたが、ついに科挙登第の夢を果たせずにおわりました。
それでも北京での滞在中に数多くの金石キンセキ資料に接し、その研究に没頭しました。 なかでも北魏[鮮卑族王朝、398-556]の書に心酔して、のちに「北魏の書」と呼ばれるあたらしい書の表現を確立しました。

北魏の書に触発され、雄偉きわまりない書風を創出した趙之謙は、碑学派の中心的な人物として活躍し、清朝後期の碑学派は全盛期をむかえました。
この碑学派をおもくみる風潮は明治の日本の書壇にも継承され、趙之謙の独特な作風に影響をうけたわが国の書芸家は少なくありません。

いっぽう趙之謙はその後も科挙に挑戦していましたが、ついに高級官僚の途を断念して、44歳の時地方官僚として江西省に赴任して政務に奔走しました。しかし積年の過労がたたり、数えて56歳でその生涯をとじました。
[書道博物館のフライヤーよりご紹介]

<西湖のほとりにある趙之謙を紀念する半隠亭と、復元された墓址> ──────────
中国浙江省杭州市の西湖をめぐる堤のひとつに楊公堤ヨウコウテイがある。
楊公堤は明の正徳03年(1508)当時の杭州知事:楊 孟瑛が西湖を浚渫した際にでた湖底の泥をもちいて築いたとされる。
2003年に大改修がなされて、並木の美しい散策路と、二車線の舗装道路になった。全長は3,228メートルとおおきな堤である。

趙之謙は赴任先の江西省で没したとされるが、墓地は郷里の会稽(浙江省紹興)からちかい、この西湖のほとり、丁家山麓に設けられていたとされる。
小社スタッフが、趙之謙の書画と篆刻が好きだったために、2011年の中秋に西湖の趙之謙の墓地をたずねた。その記録をご紹介したい。
DSCN8047 DSCN8049 DSCN8050 DSCN8056 DSCN8055 DSCN8062 DSCN8060杭州西湖の観光地図をみるなら、楊公堤の「三台雲水」のちかくに趙之謙の墓地はあるが、多くの観光案内図には墓地の所在地は触れられていない。
丁家山とは、やまというより、所詮堤のなかのわずかな高所であり、また道路の改修前には訪れることも困難な場所であったという。そのためにいつの間にか墓所は毀損されて、その正確な位置はわからなくなっていた。

それでも趙之謙の遺徳をしのぶひとがおおく、かつて墓地があったとされる高台に、あずまや風の「半隠亭」がもうけられ、そこからの西湖の眺望はすばらしい。
墓地は道路をはさんで斜め前方に簡素に再建されている。
碑学派の書芸家や篆刻家の一大拠点、杭州西湖にはふさわしい眺望である。
【URL:百度百科 趙之謙画像集 百度百科 趙之謙

<西湖余談> ────────
天下の名勝として知られる西湖には、楊公堤、蘇堤(蘇軾ソ-ショク・蘇東坡ソ-トウバ 1036-1101  の築堤と伝える)などいくつかの人工堤防がある。
もっとも著名なのは東の断橋から錦帯橋を通って、西の平湖秋月まで、長さ1kmにわたって西湖を東西に分断する形で造られた堤防「白堤 ハクテイ」であろう。
この堤は、当初は「白沙堤」と呼ばれ、宋の時代には「孤山路」とも呼ばれた。

堤防の上には外側(湖面側)に桃、内側(湖岸側)に柳が植えられ、春になると桃の花の薄紅色と、柳の新緑とのコントラストが美しい。また初夏から盛夏にかけては、湖面を埋めて咲きほこる、うす紅色の蓮花の芳香につつまれる。
晩夏ともなると、その蓮の実をリヤカーや天秤に満載して売りあるく近在のひとが、近づく杭州の秋の到来をつげる。
これらの光景は、杭州西湖と白堤を代表する景観として知られている。

中唐代の大詩人・白居易 ハク-キョイ(あざな : 楽天 ラクテン 772-846)が杭州の刺史(長官)であった時、西湖の開拓と大規模な水利工事をおこして民に恩恵を与えたことから、後世のひとがその徳を忍んで、この堤はいつのころからか「白堤」と呼ばれるようになったという。
閑静な楊公堤とはことなり、「白堤」と「蘇堤」は四季をとわずひとであふれている。

ついでながら……、杭州は人口880万の大都市でもあり、観光地の周辺は混雑のためもあってタクシーは不足がちである。
もし楊公堤の<趙之謙墓地>をたずねるのなら、わかいひとは湖畔の随所にある「レンタサイクル」を利用されるか、タクシーでいくなら、ともかくちいさな案内板を見過ごさないように注意して、
現場で待機してもらったほうが安心である。

【 関連情報 : 活版 à la carte 十五夜のお月さま――月に叢雲ムラクモ、花に風といいますね。月餅と最中、Flea Market 蚤の市 】
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【講演会】 『欧文書体百花事典』 その後Ⅳ <装飾は罪悪か? 花形装飾活字クロニクル> 白井敬尚氏 終了しました。

欧文書体百花その後IV

『欧文書体百花事典 その後』第 4 回は 2014年08月24日[日]
「装飾は罪悪か ?   花形装飾活字クロニクル」
講師は 白井敬尚さんの担当で
アダナ・プレス倶楽部も花形活字による活版実演をいたしました。
たくさんの皆さまのご来場ありがとうございました。
詳細画像報告は画像スライドショーが楽しめる
<  活版アラカルト> にアップいたしました。

白井さん P1110532 ──────────
『欧文書体百花事典』普及版 刊行記念特別連続講演会(全 6 回) 第 4 回
『 装飾は罪悪か ?  花形装飾活字クロニクル 』
講 師 : 白井 敬尚
日 時 : 2014年08月24日[日] 午後1時より約3時間程度(ワークショップを含む)
会 場 : 東洋美術学校 階段教室
161-0067 東京都新宿区富久町2-6
地図 
http://www.to-bi.ac.jp/access/
聴講料 : 各回1,000円(要申込登録)
主 催 : 株式会社 朗 文 堂
後 援 : タイポグラフィ学会
             学校法人専門学校 東洋美術学校  産学連携事務局 デザイン研究会アクティ 

欧文書体その後チラシ

林 昆範さんが Red Dot 賞を獲得されました。

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台湾で活躍する林 昆範さん。林 昆範さんは中国大陸の少数民族とその造形の調査を精力的に重ねています。
2014年05月には山東省に調査に出かけて骨折されましたが、順調に恢復されて、07月02日久しぶりに来日されて、<タイポグラフィ講演会 『中国の古典書物』増刷版 刊行記念講演会>を担っていただきました。
08月にはいると、ふたたび大陸にわたり、中国広西チワン族自治区のまち、陽朔県にでかけられています。

林 昆範さんはまた、今年の春に二つの iF 賞を受賞されましたが、07月末には産学協同プロジェクトの成果として、中国南東部の少数民族衣装に使われた文様と伝統色を生かして、陽朔にある観光会社のブランドイメージをつくり、Red Dot 賞を獲得されました。
ここに受賞作の一部をご紹介いたします。

【 花筏 : 朗文堂好日録-036 台湾春節:林昆範さんの年賀状 】
【 活版アラカルト : 林 昆範 『中国の古典書物』増刷版 刊行記念講演会の記録 】