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【朗文堂近刊紹介】 『タイポグラフィ論攷』 板倉雅宣著 6月19日発売開始

タイポグラフィ論攷_表紙
『タイポグラフィ論攷』 板倉雅宣著

B5 判 112ページ  並製本 図版多数
定価:本体2000円+税
    ISBN978-4-947613-94-3
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〔主要内容〕
目 次 から
まえがき ……………6
本木昌造の呼称 ……………9
本木昌造 長崎ゆかりの地 ……………19
『學問のすゝめ』活字版 ……………35
グーテンベルクが作った活字の高さをめぐって ……………63
ギャンブルがつくった日本語かな活字 ……………75
マージナルゾーンの語源を探る ……………87
[史料]中国の母型と活字に関するホフマンの報告 日本語訳 ……………93

板倉雅宣〔著者 まえがき〕
私ごとで恐縮ですが、当年八十五歳を迎えます。
その昔、小学校の学芸会で「すずめのお宿」という劇をやりました。
「一茶のおじさん、一茶のおじさん、あなたのお宿はどこですか」
「はいはい、わたしのお宿は信州信濃の山奥の、そのまた奥の一軒家、雀と暮らして居ったのじゃ」
というものでした。このおじいさんは腰が曲がっていて杖をついていました。子供の頃は、おじいさんは腰が曲がって杖をついていたという感じでした。
実際に八十五歳のおじいさんになっても、昔のおじいさんのようにはなっていませんでした。多少日常生活に支障はあってもなんとか生活できています。今日の医学の進歩によるものでしょうか、お陰様です。

さて、身の回りを整理しようと、日常、関心を抱いた事柄をファイルにしまっていたものが二五〇冊余にもなっていました。この中から、多少まとまったもの、といってもまとまっていないものが多いのですが、選んでみたのがここに載せた文章です。

◯ 「本木昌造の呼称」
これは本木昌造の読みが、「もとき」か「もとぎ」かという問いかけにこだわって、調べたもので、長崎歴史文化博物館、神戸市立博物館、江戸東京博物館、長崎史談会等々を調査し、東京大学史料編纂所のイサベル・ファン・ダーレン女史にも声をかけて、本木昌造の自筆欧文サインの発見に協力をいただきました。本木昌造の祖父の代までは「もとぎ」のサインがみつかり、親の代から「もとき」と名乗っていることがわかったという記録です。

◯ 「本木昌造 長崎ゆかりの地」
二〇〇九年に、タイポグラフィ学会の本木昌造賞を戴いた時に会場で配布したもので、二〇〇三年九月に朗文堂の片塩二朗氏と長崎を訪ねたときに巡ったときの写真を添えてあります。
この時の受賞記念メダルには「MOTOGI」と刻印されています。

◯ 「『學問のすゝめ』活字版」
東書文庫に全冊が収蔵されているのと、同じく東書文庫に所蔵されている『文部省雑誌 第一号』(明治七年一月刊)と、『学問のすすめ』初版の活字版の活字サイズが同じであることから調べ始めたことです。福沢諭吉と親交のあった芝神明前の尚古堂の岡田屋嘉七が関係したのかもしれません。

◯ 「ギャンブルが作った日本語かな活字」
明治初年に日本政府から要請を受けて、上海美華書館のウィリアム・ギャンブルが鋳造活字の製法を本木昌造に伝授しました。フルベッキとヘボンのやりとりが興味深いと思われます。美華書館のウィリアム・ギャンブルを招聘した経緯は後藤吉郎氏が「長老派教会歴史協会」で「アメリカ・プレスビテリアン教会・海外伝道会記録」のマイクロフィルムを調査されていますが、一部を公表されていますが、詳細は不明です。日本政府から$.5,000.を受け取ったとかいう記録が公開されるのを楽しみにしています。

◯ 「グーテンベルクがつくった日本語かな活字」
慶応義塾大学が購入した四十二行聖書を復刻して、二〇〇四年に公開シポジウム「よみがえるグーテンベルク聖書」で展示された。これは印刷博物館でも企画され、別のかたちで公開された。もともとグーテンベルクの活字は現存しておらず、活字の高さはわからなかった。活字を鋳造したテオ・レハクは活字の高さを0.928inchとしたという。この印刷物はミズノ・プリンティング・ミュージアムに収蔵してある。昔の史料を調べ、昔はどのような活字の高さだったのだろうかを調べました。

◯ 「マージナルゾーンの語源を探る」
戦後、「マージナルゾーン」ということばが現れて活版印刷の決め手となる特徴として知られるようになり、語源を探ると相原次郎が最初に使ったということがわかりました。

◯ 「[史料]中国の母型と活字に関するホフマンの報告 日本語訳」
オランダの東洋学者が日本の事情を知るために、ぜひ日本語の活字が欲しいということで、長崎に試作を依頼したが、出来上がったものは拙劣なものであったため、中国の四号活字の母型と活字を購入することになりました。その経緯を述べた「ホフマンの報告」を日本語訳にしたもの。
いずれも小品ですので、ゆっくりと楽しんでお読みになることをのぞみます。
平成二九年五月  板倉雅宣
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〔著者紹介〕
板倉雅宣 いたくら まさのぶ
一九三二年 東京上野 生まれ
一九五七年 千葉大学工学部工業化学科印刷専攻 卒業
京書籍株式会社入社
一九九〇年 東京書籍印刷株式会社 常務取締役
一九九四年 東京製版株式会社 社長
一九九九年 退任
受賞
二〇〇七年 感謝状 印刷図書館
二〇〇九年 第二回 本木昌造賞 タイポグラフィ学会

おもな著作
『東京書印刷株式会社三十年史籍−教科書製造の変遷』執筆編集 東京書籍印刷株式会社 1999.
「本木初号活字版『単語篇 上』の紹介」 『印刷史研究』第8号 2000.
『和様ひらかな活字』 Vignette 03. 朗文堂 2002.
『活字-東へ』 Vignette 07.  朗文堂 2002.
『教科書体変遷史』 朗文堂 2003.
「本木・平野系初期活字見本帳」 『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』 2003.
「本木昌造の活版事業 その展開と行方」 『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』2003.
「明治初期 官公庁印刷部門の動向」 『日本出版史料』8号 日本エディタースクール出版部 2003.
「明治初期における活版の効用発見と手引き印刷機」 『年報 印刷博物館 2003.』2004.
『号数活字サイズの謎』 Vignette 12. 朗文堂 2004.
『教科書にみる印刷術の歴史』 印刷朝陽会 2005.
『活版印刷発達史-東京築地活版製造所の果たした役割』 印刷朝陽会 2006.
「本木昌造の活版事業とその展開と行方」 大阪府印刷工業組合 2006.
「日本最初の石版印刷物」『印刷雑誌』 vol.89. 2006.11.
「オランダ商館文書にみる長崎の印刷技術と活字」『タイポグラフィ学会誌 02』2008.
「刷印から印刷へ 文部省『百科全書』底本と大槻文彦訳 「印刷術及石版術」『印刷雑誌』vol.91. 2008.1.
「スタンホーププレス渡来の謎」 『年報 印刷博物館 2006.』 2010.
『東京書籍百年史』 特別執筆 東京書籍株式会社 2010.
『かな活字の誕生 外国人の作った金属かな活字』 印刷朝陽会 2010.
『ハンドプレス・手引き印刷機』 朗文堂 2011.
「サイドベアリングの2つの解釈」『印刷雑誌』 vol.94. 2011.3.
「上海 修文書館のこと」『タイポグラフィ学会誌 05』 2012.
「教育書肆 集英堂 山中八郎・橋本源七について 栃木県特有の活字を尋ねて」『タイポグラフィ学会誌 06』2013.
「江川次之進の事績と江川活版製造所の変遷」 『タイポグラフィ学会誌 07』2014 共著.
論攷10-11 論攷20-21 論攷38-39 論攷64-65 論攷82-83 論攷88-89 論攷94-95

【増刷出来】 VIVA !! カッパン──活版印刷の楽しくてカワイイ入門書(サラマ・プレス倶楽部 大石 薫)

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◯ 書  名  VIVA !!  カッパン
◯ 編著者  サラマ・プレス倶楽部
◯ 装  本  B5判 オールカラー 136ページ 並製本ジャケット付
◯ 定  価  本体 3500円+税
ISBN978-4-947613-82-0 (4月17日出来予定)
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活版印刷の楽しくて カワイイ入門書 増刷 !!

{懐かしいのに新しい}
魅惑の印刷、カッパン
見て美しい! 知って楽しい!
 自分でやるともっと楽しい !!!
カッパンを愛する アナタの必携書です。 続きを読む

【新刊紹介】 江越弘人著 『長崎がうんだ奇妙人列伝』

プリント チラシ表 チラシ裏新江越_顔写真4c江越  弘人(えごし ひろと)

昭和10(1935)年、長崎市(旧高浜村)生まれ。
昭和34(1959)年、長崎大学学芸学部卒業。
 長崎県公立学校教員(小学校)を歴任。  平成8(1996)年、定年退職(最終勤務校、長崎市立鳴見台小学校)。
現在、長崎の歴史と史跡について講演やガイドを精力的に行なっている。

著書に 『白帆注進』(共著、長崎新聞社)。『幕末の外交官森山栄之助』(弦書房)。『〈トピックスで読む〉長崎の歴史』(弦書房)。『逃げる男 活版印刷の祖・本木昌造』(長崎新聞社)など。
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刊行にあたって 

「生きる」。それだけで面白い。
「無名」。それがなんだ。無名だからこそ、面白い。
人は、さまざまな人生を歩む。一人として同じ生きざまはない。
ただ一つ、人は「生まれ」、そして「死んで」いく。
ただ、人々は、生と死の間を、さまざまなシュチュエーションで繋げていく。この生と死の間の出来事は、他者からのさまざまな毀誉褒貶に覆われる。叩き抜かれ、笑い抜かれ、イジメ抜かれ、そうして、思いがけなく称賛の嵐を浴びた時にも、人間は、自分としての道を歩むほかに方法がない。

人生は思うようにならないものである。また、思った以上に大成功を収めることがある。
最も悪いのは、自分の人生を投げることである。
他人の人生も、滑稽であろうと笑うことはできない。人を笑い、貶めることは、自分を貶めていることである。
 人生は、自分の信じることを、己の個性・能力で生き抜き、生と死の間を繋いでいかねばならない。その「繋ぎ」は、人みな違っている。
つまり、人類はすべて「奇妙人」である。そこには、何ら価値の差はない。お金が入ってきても、来なくても、一生懸命に自分に課せられた環境・時代・能力などに従って生きていくことは、とてもたっといことである。
私は、この書を読んで、一地方に生きた奇妙人を知り、共感し、さらに、己の中の奇妙人を発見してくれたら、何よりもうれしいことだと思っている。他人の奇妙を知り、自分の奇妙を自覚することが、人を優しくするのである。
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◯ 書 名   長崎がうんだ奇妙人列伝

◯ 著 者   江越 弘人
◯ 装 本   四六判 上製本 148ページ
◯ 発 売   朗 文 堂    2016年4月27日
◯ 定 価   本体1,600円+税 ISBN978-4-947613-93-6 C0021

【 詳細 : 朗文堂 ブック・コスミイク

【朗文堂タイプコスミイク】 お待たせしました。元朝体 志安 Combination 3 新発売

元朝体パッケ表1元朝体は、中国・元代の福建地方の民間出版社からつくりだされた書体です。
中国・元代(1271—1368)は、漢民族圧迫政策により書物の出版にきびしい制限が加えられましたが、それでも福建地方の民間出版社では多くの書物を刊行しています。その刊本字様は趙子昂(チョウ-スゴウ 趙孟頫・趙松雪とも 1254—1322)の書風によるとされる脈絡を残した書体です。

宋代の福建地方の出版社では余 仁仲の「万巻堂」が知られていますが、元代になると余 志安の「勤有書堂」が有名になりました。この勤有書堂の刊本字様こそが典型的な元朝体です。勤有書堂の『分類補註李太白詩』(1310年)は趙子昂の書風である「松雪体」でかかれ、元時代の建安刊本の特徴がよくあらわれています。
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元朝体ロゴげんろく志安 ばてれん志安 ひさなが志安

◎OpenType
◎対応機種 : Macintosh、Windows
◎販売価格 : 本体 ¥35,000 + 税
                      ※梱包・送料別途請求
◎パッケージ内容 : CD-ROM 1 枚、ソフトウェア製品使用許諾書
◎ 原字設計 : 欣 喜 堂   パッケージ設計 : 白井敬尚形成事務所

◎特約販売店 : 朗文堂タイプ・コスミイク

【 詳細 : 朗文堂タイプ・コスミイク

ご愛読ありがとうございました。『 VIVA !! カッパン 』 が流通在庫をもちましてしばらくのあいだ品切れとなります

ヴィバ活版uu
書 名  VIVA !!  カッパン

編 集  アダナ・プレス倶楽部
装 本     B5判 オールカラー 136ページ 並製本 ジャケット付
定 価    2,800円+税
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ほんとうの実践に役立つ活版印刷入門書としてご愛読いただきました
『 VIVA !!  カッパン 』ですが、現在の流通在庫をもちまして品切れとなります。
ここにご報告申しあげますとともに、多くの皆さまのご愛読にふかく感謝いたします。
朗文堂 アダナ・プレス倶楽部では、新機種が加わった Salama シリーズを加えて
引きつづき改定増補版の刊行を予定しておりますが、それまでの間
委託倉庫会社によって販売不適本として保管されていた、一部に欠損のある
数十部の本書を、特売価格で限定直販いたします。
緊急に『 VIVA !!  カッパン 』をご希望の方は、小社担当 まで直接お申し込みください。

【タイポグラフィ学会】 『タイポグラフィ学会誌 08』を刊行。朗文堂にて販売開始

R0046680-2-teiDSCN2275uuDSCN2277uuDSCN2282uu20151020153401629_0005dl『  タイポグラフィ学会誌 08 』
<主要内容>

◯ 論文 : 「「雪岱文字」の誕生 春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ」 真田幸治
論文の概要 
真田幸治 「 「雪岱 セッタイ 文字」の誕生 — 春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ」
装幀家、挿絵画家などとして再評価が著しい小村雪岱セッタイであるが、その評価は主に泉鏡花の著書の意匠によるものだ。
しかしながら「雪岱文字」が大きな役割を担っていたという事実は知られていない。それは資生堂のロゴにおいても大きく寄与している。
そして春陽堂版『鏡花全集』の装幀において「雪岱文字」はひとつの完成を見る。
本論では「雪岱文字」が、どのように誕生し展開されていったのかを考察する。

◯ 研究ノート : 「ドイツ工作連盟の一九一四年ケルン会議での「定型化・標準化」の論争に関する疑問点」 山本太郎

◯ 研究ノート : 「大正・昭和期の築地系本文活字書体」 内田 明

◯ その他 : 執筆者紹介/第三回 本木昌造賞受賞者 阿津坂實氏紹介 など
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『  タイポグラフィ学会誌 08 』
A4判 80ページ かがり綴じ 並製本
ISSN 1882–2339
編集 ・ 発行 : タイポグラフィ学会
発行日 : 2015年09月30日
発 売(特別委託直販) : 朗 文 堂
定価 : 3,000円 (送料 ・ 税別)
発行部数 : 非会員向けには僅少部数のみの頒布となります。
学生向け特別頒布価格 : 2,000円 ( 学生証明書の提示が必要です。 送料 ・ 税別 )
【 詳細情報 : 朗文堂ブックコスミイク タイポグラフィ学会誌

タイポグラフィ学会 は、タイポグラフィという技芸に学問的な基盤を与え、その成果を実技 ・ 実践を通して社会に貢献することを目的に、2005年8月に設立されました。
『 タイポグラフィ学会誌 』 は2007年に創刊、今回が08号となります。
これらの研究成果が、日本国内のみならず各国の研究者によって広く参照されて、タイポグラフィ研究の発展に寄与することを希望するとともに、『 タイポグラフィ学会誌 』 が今後さらに、タイポグラフィの研究における特色ある媒体として成長していければと考えております

― タイポグラフィ学会
【 詳細情報 : タイポグラフィ学会

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* 本書はタイポグラフィ学会から朗文堂が特別委託を受けて販売するものです。
*本書のお申し込みは朗文堂宛てに直接お願いします。
* 学生向け特別頒布価格での購入の際は、学生証明書の提示が必要となります。
* 「書籍名 ・ 冊数 ・ 申込者氏名 ・ 郵便番号 ・ 送付先住所 ・ 電話番号 」 を明記の上、小社宛てに ファクシミリ または Eメール でご注文ください。
* 『 タイポグラフィ学会誌 01-08 』 バックナンバーでのご発注も可能です(在庫僅少)。
* 恐縮ながら送料 ・ 振込料はお客さまのご負担となります。
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お申込 ・ お問い合せ
株式会社 朗  文 堂
Telephone : 03-3352-5070
Facsimile : 03-3352-5160
E-mail : robundo@ops.dti.ne.jp

【 詳細情報 : 朗文堂ブックコスミイク タイポグラフィ学会誌

【展覧会】 ニッポンのニッポン ヘルムート・シュミット-京都dddギャラリー

京都dddギャラリー第205回企画展
2015年11月09日[月]-12月22日[火]
ニッポンのニッポン ヘルムート・シュミット
20151022181732461_0001 20151022181732461_0002【プリント用 PDF  kyouto-ddd02 】

まちが もみじに染まり、そして、比叡おろしの寒風が吹きつのるまでのあいだ。
京都の魅力が もっとも輝く、このよいときに、京都 ddd ギャラリーで
ヘルムート・シュミット <ニッポンのニッポン> 展が開催されます。
皆さまのご参観をおすすめいたします。

24歳ではじめて大阪の地を踏んで間もないころ、スイスのティポグラフィシェ・モナーツブレッテル(TM)誌の編集長から手紙を受け取った。タイポグラファの目を通して見た日本のフォルムや、暮らしの中の道具といったものを、紹介する記事を毎月TM誌に連載してみないかという誘いであった。
記事を書くということは、道具にふれるだけでなく、道具の作り手に会う機会も与えてくれた。このシリーズを私は 「Japan japanisch」(ニッポンのニッポン) と呼ぶことにした。
というのは、私自身が理解している日本、すなわち、かつて存在した、そして今も存在している日本、さらにこれから発見されるべき日本を伝えたいと思ったからだ。
この記事で使ったモノクロ写真は、わずかな例外をのぞいて、カメラマンの友人たちと撮影したものだ。

1969年、エミール・ルーダーから手紙を受け取った。
「TM誌の記事はすばらしい。日本滞在で貴君はなんと洗練されたことか、私にはよくわかります」
40年以上の時を経て、記事は新しい命を授かった。「 Japan japanisch 」 は 2012年に朗文堂より独・英・日本語で出版された。
京都 ddd ギャラリー での展示 「ニッポンのニッポン」 は、この本をきっかけに企画された。
展示に関わってくださったすべての人と、とりわけ日本 ―― 変わることなく刺激を与え続けてくれる国 ―― に感謝を捧げたい。 [ヘルムート・シュミット]

◯ 会場・会期
京都 ddd ギャラリー
2015年11月9日[月]-12月22日[火]
11:00-19:00(土曜は18:00まで)
日・祝日休館 入場無料
〒616‒8533 京都府京都市右京区太秦上刑部町10
TEL: 075-871-1480   FAX: 075-871-1267
地下鉄東西線 太秦天神川駅1番出口 徒歩3分
嵐電嵐山本線 嵐電天神川駅 徒歩5分

市バス・京都バス 太秦天神川駅前下車、駐車場無

◯ ギャラリートーク
日 時 : 2015年11月9日[月] 16:00 – 17:30
講 師 : ヘルムート・シュミット
会  場 : 京都 ddd ギャラリー 会議室
通訳付、入場無料、要予約、定員40名
※参加ご希望の方は、10月21日[水]以降にお申し込みください。

◯ オープニングパーティ
2015年11月09日[月] 17:30-19:00
会場 : 京都 ddd ギャラリー

◯ 作家略歴
ヘルムート・シュミット
1942年オーストリアうまれ。
西ドイツで植字工従弟期間を終了後、1960年代、スイスのバーゼルスクールで、モダンタイポグラファのエミール・ルーダーのもとで学ぶ。
1970年代中頃、西ドイツで社会民主党のウィリー・ブラント、ヘルムート・シュミット両首相のための制作活動に携わる。
1980年、大塚製薬の医家向け医薬品のパッケージや、ポカリスエットのアイデンティティの確立。
ヘルムート・シュミットは、現在大阪を本拠に、商業デザインの仕事と並行して、自主制作に携わっている。1992年以来、自主制作シリーズ「タイポグラフィック・リフレクション」を発行し、現在11号にいたる。また、専門誌「ベースライン」「アイデア」「TM」などへの寄稿者である。
著書 : 『タイポグラフィ・トゥデイ』(1980/2015年)誠文堂新光社発行、『バーゼルへの道』 (1997年) 朗文堂発行、『 japan japanese 』(2012年)朗文堂発行。フィヨルド・ゲイコの編集、デザインによる『 helmut schmid:design is attitude 』 が2006年ビルクホイザー社より発行。
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京都造形芸術大学 情報デザイン学科特別講義
タイポグラフィとタイポグラフィ

日  時 : 2015年11月26日[木] 17:00-18:30
講  師 : ヘルムート・シュミット
会  場 : 京都造形芸術大学 望天館1F B11ホール
共  催 : 京都造形芸術大学
      通訳付、入場無料、予約不要、定員100名、当日先着順

【緊急告知 青年劇場公演】 真珠の首飾り-ジェームス三木作 板倉哲演出 09月11日-20日 紀伊國屋ホール

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20150825135534289_0001  【 青年劇場 真珠の首飾り フライヤーPDF  seinengekijo-kouen 4.09MB 】
【 詳細情報 : 青年劇場Website   講演日時・場所・チケット申込

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《新塾餘談》
NHK WebSite のニュースが、
安保法案で与野党攻防 今夜にも最大のヤマ場に
参院本会議17日午前に 議運委員長職権で決定 (23時18分)
参院特別委は未明に 委員長職権で決定 (0時10分)
と、刻刻とつたえる09月17日未明にこの記事を書いています。

きょうは定例会<ちいさな勉強会 平野富二の会>のつどいがありました。緊迫した情勢がつづくこの日、定例のメンバーのなかで、数名が国会での「安保法案反対集会」に参加のために欠席でした。
初秋のつめたい雨がふり、つよい風も吹いていました。デモに参加している会員のことをおもいながら、定例会は淡淡と進行しましたが、ほとんどが終電帰宅となるいつもとちがい、皆さんはソワソワと帰宅をいそがれていました。やはり自宅のテレビでの報道を確認したかったのでしょうか。
青年劇場広告青年劇場の稽古場と、朗文堂は至近の距離にあります。そのためでしょうか、顔見知りの劇団員が公演パンフレットへの広告出稿と、公演会場:紀伊國屋ホールでの、鈴木 篤著『わたくしは日本国憲法です。』の販売協力を申しいれてきました。
09月11日の初日の公演に三名で駆けつけました。終演後青年日吉の目は赤く晴れあがり、
「何度も号泣した」
とかたっていました。やつがれも鼻の奥がむずむずしたがなんとか堪えました。

青年劇場「真珠の首飾り」は、新宿紀伊國屋ホールでの公演が20日までつづきます。そして「大田区区民プラザ 09月24日」、「かめあり リリオホール 09月25日」と巡回公演がつづきます。
何もできなかったではなく、何かをしなければならないときである。だからやつがれは芝居をみてカンパに応じました。観劇をおすすめいたします。
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《創立50周年記念・第6弾》
第113回公演 ―― ジェームス三木=作 板倉哲=演出

真珠の首飾り

国民主権。
    戦争放棄。
        基本的人権の尊重。

―― 一面焼け野原の東京で、憲法草案づくりが始まった。
彼らはそこに、何をこめたのか ――
演劇が完成する場は、舞台でも稽古場でもない。観客の胸の中である。それぞれの生き方、自由な考え方、独自の想像力によって、客席に色とりどりの花が咲けば、仕掛け人としていうことはない。
憲法改正の是非を問う前に、今の〔日本国憲法〕が、誰の手でどのようにつくられたのかを、みんなに知らせたくて、観客の心の畠に、せっせとタネつけをしたつもりだ。 さァ、花よ咲け。
ジェームス三木

<ものがたり>
1946年2月4日。焼け野原の皇居前に残された第一生命ビルの一室にGHQ(連合軍総司令部)民政局のメンバーが緊急招集された。そこで出された命令は「これからの一週間、民政局は全力を挙げて、憲法草案の作成にとりかかる」。明治憲法とほとんど変わらない日本政府の草案にたまりかね、憲法のモデル案を提示することを決めたのだ。
作成にあたって最も重要なことは、ポツダム宣言の内容に沿っていること。そして「天皇の地位保全」「戦争放棄」「封建制度の廃止」の三原則を入れ、かつ国連憲章の理念をも念頭に置くこと。
人権条項担当になった22歳のベアテ・シロタは、さっそく世界中の憲法を収集し、女性の権利条項作成に取りかかった。ケーディス大佐を中心とした運営委員会、それぞれの条項ごとの委員会メンバーも急ピッチで作業を進める。
やがてこのビルの密室で憲法をめぐる白熱した論議が始まった…… 。

2015年09月03日[木]は、本木昌造140回忌です

本木昌造02本木昌造 1824-75年
文政7年6月9日(新暦1824年7月5日)- 明治8年/1875年9月3日

本木家歴代の墓地 長崎市鍛冶屋町5-74 大光寺 2015年05月撮影DSCN9217DSCN9170DSCN9167DSCN9160DSCN9179これまで看過され、まだ精査が必要だが、本木家墓地、向かって右側の列の中央部、佛座像が彫りこまれたこぶりな墓標は、本木昌造の子息:本木小太郎の墓標とみられている。

下掲写真は長崎諏訪公園にある「本木昌造立像」。戦前は座像の銅像があったが戦時下の金属供出令でうしなわれた。1954年(昭和29)立像として再建されたが。近年は後背部と基礎部の石積みに破損が進行しているようである。
DSCN9269
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新 宿 餘 談

ことしの夏はひとしお暑かった。
そのため、ベランダ花壇の植木などはすっかりげんなりしていたが、新宿御苑の歩道にそって植えられたサルスベリ(百日紅=ヒャクジツコウ、Lagerstroemia indica)は、炎暑にもまけず、くれないの花をいっぱいにつけていた。
「風立ちぬ」 ―― 涼風のたった09月01日、百日紅をすぐ裏の御苑のへりの歩道で撮影してきた。

DSCN1144DSCN1149百日紅は中国南部の原産で、ミソハギ科の落葉中高木とされる。
花が美しく、耐病性もあり、必要以上に樹髙が大きくならないため、しばしば庭や公園などに植えられるという。

中国では、唐代長安の紫微シビ(宮廷)にこの樹木が多く植えられたため「紫薇」と呼ばれるが、比較的長い間紅の花が咲いていることから「百日紅」ともいう。
和名の「さるすべり」は、幹の肥大と成長にともなって古い樹皮が剥がれ落ち、新しいすべすべした樹皮を猿が登ろうとしても、滑ってしまうということで、「猿も滑る サルスベリ」と表記することもある。実際には敏捷な猿はこの程度では滑ることなく簡単にのぼってしまうという。

夏の炎暑の日日を彩った百日紅も、涼風がたつとともに、多くの花弁を落とし、歩道の一部はくれないの絨毯のように鮮やかだった。
夏も終わりがちかづいた。ときはまさに晩夏である。
いつの間にかカレンダーののころりも四枚だけ、すなわちいつのまにか一年の三分の二がすぎさってしまった。

日中の新宿御苑の杜ではアブラゼミの蝉時雨であるが、夕まぐれになると、ときおり甲高い声でヒグラシが哭く。長崎の照葉樹林の照りかえしのつよい夏をおもい、はるか長崎を偲んだ。
新宿邨の夏は、喧噪のまっただ中でおわりをむかえつつある。

【再紹介 在庫僅少】 島屋政一著 『本木昌造伝』-わが国活字ボディサイズ淵源に関する貴重な記録 修整部PDFデーターつき

朗文堂 ブックコスミイク 愛読者の皆さまへ

朗文堂刊行書のご愛読ありがとうございます。
今回あらためてご案内いたします 『本木昌造伝』(島屋政一、2001年08月20日) は、おかげさまで残存部数がのこりわずかとなりました。
島屋政一『本木昌造伝』は、1996(平成08)年07月、名古屋の旧津田三省堂(現ナプス)の筐底にひめられていた、島屋政一による未発表自筆稿本を原稿としています。この時点で島屋政一氏は物故していたとみられ、そのため著者校正を経ておらず、一部に正誤表を発表する必要が発生しております。

すでに島屋政一『本木昌造伝』をご購入済みのかたは、お申し出をたまわれば、正誤表とともに、板倉雅宣氏ご協力による索引を献呈させていただきます。
あわせて島屋政一『本木昌造伝』には、わが国の活字ボディサイズと、そのシステムに関し、類書にない貴重な資料が掲載されています。
目下愛読者の一部と考査中ですが、追試をかさねてみると、きわめて精度の高い資料であることが近年あきらかになりましたので、ここにその一部をご紹介いたします。

本項は<タイポグラフィ・ブログロール 花筏>における連続掲載記事の一環として、わが国の活字ボディサイズの淵源をたどる重要資料として再構成されて紹介されています。
あわせてご覧いただけましたら幸甚に存じます。
【花筏 [字学] わが国活字の尺貫法基準説からの脱却と、アメリカン・ポイントとの類似性を追う*04  島屋政一『本木昌造伝』における活字ボディサイズの新考証
hanaikada_color
20150421193950685_0003島屋政一『本木昌造伝』の序文にあたる「例言」には、このようにあります。

筆者はすでに『印刷文明史』を著わし、本木昌造のことをしるしたが、いささか冗長にながれ、またいささかの訛伝の指摘もあった。
さらには畏友にして活字界の雄たりし、青山進行堂活版製造所・青山容三〔督太郎〕氏、森川龍文堂・森川健市氏の両氏から、活字の大小の格〔活字ボディサイズ〕のことのあらたな教授もえた。

この「例言」をうけた記述が『本木昌造伝』 p.117-120 にみられます。
そこでの島屋政一は、大阪の活字鋳造業者/青山進行堂活版製造所・青山容三〔督太郎〕氏、森川龍文堂・森川健市氏の両氏から、活字の大小の格〔活字ボディサイズ〕のことのあらたな教授もえて、<わが国では近代活字版印刷の創始のころから、 号数制金属活字とは本木昌造がさだめたものであり、鯨尺や曲尺による、尺貫法にもとづいた製品である > としたそれまでの立場を捨てています。 それに代えて島屋政一は、

英国においてはトーマス・ハンサード(Thomas C. Hansard)が1825 年(文政08)に 『Typographia』 (原著:p.387–8) を著し、活字の標準化を提唱して、1 フィートにたいする活字の全角の個数〔本数〕の標準をつぎのように定めていた。
○ 一号  1 ft に32 本        Two-Line English 
○ 二号  1 ft に41 本1/2  Two-Line Small Pica
○ 三号  1 ft に56 本1/4     Two-Line Brevier
○ 四号  1 ft に64 本         English
○  五号  1 ft  に83 本    Small Pica
○ 六号  1 ft に112 本1/2    Brevier

とし、わが国の号数制活字の淵源を、「English 系統 一号、四号」、「Small Pica 系統 10.5 pt 基準。初号、二号、五号、七号」、「Brevier 系統 三号、六号、八号」であることを解明しています。
さいわい原著『Typographia』 (Thomas C. Hansard,  1825 年(文政08),   原著:p.387–8)を所有しておりましたので、原典照合をしたところ、一部にあきらかな転記ミスがみられましたので、下掲図にそれを正した図版をかかげ、また正誤表を作成いたしました。

また現在、<朗文堂ちいさな勉強会 平野富二の会>の会員を中心に、この島屋政一説を追試・検討をかさねておりますが、現状ではわが国の五号活字のボディサイズは、Small Pica 10.5 pt 基準 とみられるものの、一部に異なったサイズがみられ、それが島屋政一が紹介した「五号 1 ft に83 本 Small Pica」にちかい数値を示していることまでが判明しています。

以下は平野富二の東京本格進出を控えて急遽作製されたとみられる「天下泰平國家安全」の活字販売用見本(『 崎陽 新塾餘談 初編一、初編二 』 巻末口上。ともに壬申二月〔明治05 年02 月〕)の製作のときに完成していた、活字ボディサイズの該当部を抜粋して紹介します。
この調査・研究はまだ端緒についたばかりで、ひろく『本木昌造伝』愛読者の皆さまのご参加をお待ち申しあげております。

20150421193950685_000320150601175842929_0001 20150601175842929_0002『 新塾餘談 初編一 』巻末口上(活字ボディサイズ見本ならびに価格表 壬申二月〔明治05年02月、1872〕 刊、印刷博物館蔵 ) PDFデータ  】

◎ 関連既出情報
【[字学] わが国活字の尺貫法基準説からの脱却と、アメリカン・ポイントとの類似性を追う*01 考察のはじめに 】
【[字学] わが国活字の尺貫法基準説からの脱却と、アメリカン・ポイントとの類似性を追う*02 〔松本八郎〕 活字の大きさとシステム 】
【[字学] わが国活字の尺貫法基準説からの脱却と、アメリカン・ポイントとの類似性を追う*03   〔川田久長〕 活字の大きさとシステム

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朗文堂 愛着版

本 木 昌 造 伝

島 屋  政 一 著
朗 文 堂 刊

A5判 480ページ
口絵カラー写真20点、本文モノクロ写真172点、図版196点
上製本 スリップケース入れ 輸送函つき
背革にベラムのバックスキンをもちいて

ヒラにはコッカレルのマーブル紙をもちいました。

本書(索引・正誤表つき)は在庫僅少で、輸送箱の一部に汚損があるため、直販のみとし、一般書店では取り扱っておりません。
恐縮ながら、本書の入手をご希望の方は直接 朗文堂 ヘお申し込みください。
本体価格:16,000円(税・送料別)
【 詳細情報 : 朗文堂ブックコスミイク 本木昌造伝

【 目  次 】
・ 本木昌造の誕生から通詞時代

・ 長崎製鉄所時代の本木昌造
・ 近代活字創製の苦心
・ ガンブルの来日と活版伝習所の創設
・ 新街私塾と長崎活版製造会社
・ 長崎から東京へ/活版印刷術の普及
・ 本木昌造の終焉と本木家のその後
・ 凸版印刷と平版印刷、ライバルの登場
・ 印刷界の二大明星
・ 本木昌造をめぐるひとびと
・ 野村宗十郎とアメリカン・ポイント制活字
・ 印刷術の普遍化とわが国文化の向上
・ 印刷界の現状
・ 編集子あとがき

【 例    言 - はじめに 】
島 屋  政 一
わが国の印刷事業は、とおく奈良平安朝のむかしに寺院において創始され、久しきにわたって僧侶の手中にあった。 江戸期にはいって勅版がでて、官版および藩版がおこり、ついで庶民のあいだにも印刷事業をはじめるものがあらわれた。
寛文(1661-72)以後、木版印刷術おおいに発達して、正徳、享保時代(1711-35)からは木版印刷術が全国に普及をみたが、それは欧米諸国の近代活字版印刷術にくらべてきわめて稚拙なものだった。

幕末の開国とともに洋学が勃興して、印刷術の改善にせまられた。そのときにあたり、近代活字鋳造と近代印刷術の基礎をひらき、善く国民にその恩恵をひろめたものが本木昌造翁だった。

筆者はすでに『印刷文明史』を著わし、本木昌造のことをしるしたが、いささか冗長にながれ、またいささかの訛伝の指摘もあった。
さらには畏友にして活字界の雄たりし、青山進行堂活版製造所・青山容三〔督太郎〕氏、森川龍文堂・森川健市氏の両氏から、活字の大小の格〔活字ボディサイズ〕のことのあらたな教授もえた。
さらに筆者は、すぐる太平洋戦争において、おおくの蔵書を戦禍にうしなった。また青山進行堂活版製造所、森川龍文堂の両社はその活字の父型や母型のおおくをうしなっている。

このときにあたり、ふたたび、日本の近代文明に先駆して、開化の指導者としておおきな役割を演じた本木昌造の功績を顕彰し、それに学ぶところは大なるものがあると信ずるにいたった。
本木昌造はひとり近代印刷術の始祖にとどまらず、むしろ研究者であり教育者でもあった。
本木昌造の設立にかかる諸施設とは、むしろ「まなびの門」でもあったのである。

そうした本木昌造のあらたな側面を中枢にすえて本書をしるした。

  昭和24年10月20日
                              著 者 識

【 本木昌造伝 修整部 PDF  motogi-denn-syuusei 】 

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【再紹介 朗文堂ブックコスミイク】 鈴木 篤著 『わたくしは日本国憲法です。』

プリント

顔写真鈴木篤氏 『 わたくしは日本国憲法です。』 著者 : 鈴木 篤氏

【 朗文堂 ブックコスミイク : 『わたくしは日本国憲法です。』 フライヤーPDF
【 関連ブログ : 弁護士 鈴木 篤 の つれづれ語り
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わが国『憲法』の周辺がきわめて緊迫してきた。
国会での審議がおこなわれているが、TV 中継を意識するのか、委員会審議なのに選挙運動期間中さながら、躰ごと左右にふり向け、空虚なことばを強弁するわが国の総理大臣の姿に、もの哀しいものを感ぜずにはいられない。
こういう姿勢は、ふるくから「右顧左眄」として卑しまれてきたものであるからして……。

《 出版人として、タイポグラファとして、そして、なによりもひとりの国民として 》
小社刊 『わたくしは日本国憲法です。』 の著者 : 鈴木 篤氏は、なによりも日本国憲法の前文をおもくみている。当然そこには憲法全体をつらぬく精神と理念がしるされているが故である。
2014年09月06日の『わたくしは日本国憲法です。』出版記念パーティでも、掉尾を飾って会場に『日本国憲法』前文の画像がながれ、それを女性参加者が朗朗と朗読されて感銘をよんだ。
そして鈴木 篤氏は、『日本国憲法』をつぎのようにかたる。
「すばらしい憲法ではないでしょうか。私たち日本国民は、こんなすばらしい、世界に誇れる憲法を持っているのです」

もちろん図書『わたくしは日本国憲法です。』のなかにも、憲法の前文をふくめて、全文が紹介されている。
また<花筏 朗文堂好日録-045 卯月 四月がおわり、新緑と薫風の 皐月 五月のはじまり>でも、『MORGEN』誌での書評を紹介するなかで、『日本国憲法』前文を紹介した。

ところが、現状のコンピューター・ディスプレーは、大小を問わず、まだまだ可読性 Readability と 判別性 Legibility に劣るという段階にとどまっている。
それでもタイポグラファとしては、こうした貴重な文書に勝手に段落改行などは設けるべきではないと判断していた。
ところが、デバイスによる差はあるとはいうものの、やはりこれだけの文章量がつづくと、画面ではことばの壁となって、読む意欲を減衰させてしまう結果となっていた。

今回は、段落ごとに一行アキとして、ともかく読んでいただけるようにいささかの工夫をしたものである。筆者の意のあるところをお汲みいただけたら幸いである。
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日 本 国 憲 法

施行  昭和二二年五月三日

日 本 国 憲 法   前 文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

【Viva la 活版-すばらしき活版】 Viva la 活版 Let’s 豪農の館 Ⅲ 会場のいま

2015暑中見舞い 豪農の館_ロゴViva la 活版 Let’s 豪農の館
【 イベント名 】  Viva la 活版 Let’s 豪農の館
【 展示 期間 】  2015年10月10日[土]-12日[月・祝] 09:00-17:00
【 会       場 】  「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)
           新潟県新潟市江南区沢海 2丁目15-25
【 主       催 】  朗文堂  アダナ・プレス倶楽部
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ことしのアダナ・プレス倶楽部の<Viva la 活版-すばらしき活版>イベントは、<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>と題して、新潟市北方文化博物館内、明治初期の農家であった「吉ヶ平民家」を主会場として開催されます。
百数十年前、活版印刷の創始とほぼ同年代に建築されたこの民家は、板敷きの間に囲炉裏がきられていますが、エアコンはありません.。虫除けの網戸、展示用レール、展示用照明などもありません。ただ、ゆたかな自然と、本物の歴史にあふれています。DSCN4205 吉ヶ平古民家 遠景吉ヶ平古民家 吉ヶ平古民家 居間
みのりの秋とともに、北方文化博物館のこの古民家いっぱいに<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>が開催される。
「吉ヶ平民家」の前には、かつては稲田がひろがり、地元の小学生たちが田植えから稲刈りまでを担っていた。いまは「大賀ハス」が植えられており、七月下旬からつぎつぎと凜洌とした花をつけているという。
北方博物館学芸員のブログ から納涼をかねて紹介したい。
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北方博物館、移築古民家「「吉ヶ平民家」では、すぐ前にある蓮池の大賀ハス開花後の花托を使って染めた布などを飾った展示、植物染め作家  「浜五」 星名康弘 さんによる作品を展示しています。<水と土の芸術祭2015>市民プロジェクトのひとつです。


中央のグレーの布が大賀ハスの花托(かたく)を使って染めたもの


これは5月に見頃を迎えた大藤棚の「葉」を使って染めたもの。
緑の方は鉄と、黄色の方はミョウバンと反応させて出る色だそうです。
風が入るととてもきれいに揺れます。



【良書紹介】 『デザイン・ジャーナリズム 取材と共謀 1987-2015』 森山明子著、美学出版

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デザイン・ジャーナリズム 取材と共謀 1987-2015

著    者 : 森 山  明 子
A5 判 変型 ・ 並製 ・ 384頁
価   格 : 本体 2,800円 + 税
発   行 : 美学出版 2015年7月発行 ISBN 978-4-902078-39-8
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昭和から今日まで、めまぐるしく移り変わるデザイン。

デザインジャーナリストとして、その現場に立ち会った著者の執筆活動から八十本余りを厳選して編んだ一書。
徹底して人間肯定の思考であるデザインは、その点ではニュートラルな技術とも、否定を契機とすることの多いアートとも異なる。
こう考える著者がデザインとクロスする表現者も視野に入れ、変わるデザインと変わらない人間精神の相関、人の生を下支えするデザイン像に迫る。

<著者略歴>
森山明子  Akiko Moriyama 
デザインジャーナリスト、武蔵野美術大学教授。
1953年新潟県生まれ。
1975年東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。
特許庁意匠課審査官、国際デザイン交流協会勤務を経て、1986年日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。「日経デザイン」の創刊にかかわり、1993-98年同誌編集長。
1998年から現職、デザイン情報学科所属。
NHKハート展詩選考委員、グッドデザイン賞審査副委員長、芸術工学会副会長・理事、公益財団法人の三宅一生デザイン文化財団理事、日本デザイン振興会評議員などをつとめる。
主著は『まっしぐらの花 ―― 中川幸夫』、『石元泰博 ―― 写真という思考』、『新井淳一 ―― 布・万華鏡』。

【 詳細情報 : 美学出版URL    美学出版フライヤーPDF  bigakusyuppann-handbill 3.89MB 】

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ご冥福をお祈りいたします。ヘルマン・ツァップ氏を偲ぶ

ツアップを偲ぶ20150608134232723_0001Hermann Zapf  ヘルマン ・ ツァップ
1918年-2015年 享年96 (遺影は1995年ころのもの)

<Hermann Zapf  ヘルマン ・ ツァップ 略  歴(おもに1995年頃まで)>
◯ 1918年11月08日、ドイツのニュルンベルクにて生まれる
カリグラファ、タイプデザイナー、タイポグラフィ教育者
◯ 1972年より ドイツのフラックフルトとハイデルベルクの間に位置する学術都市、ダルムシュタットに居住
◯ 1947-56年
D. Stempel AG 活字鋳造所/フランクフルト アートディレクター
◯ 1948-50年
Werkkunstschule Offenbach オッフェッバッハエ芸学校でレタリングを教える
◯ 1960年
Carnegie Institute of Technology カーネギーエ科大学/ピッツバーグ 客員教授
◯ 1972-81年
Technische Hochschuie Darmstadt ダルムシュタットエ科大学でタイポグラフィを教える
◯ 1977-87年
Rochester Institute of Technology ロチェスターエ科大学/ニューヨーク州ロチェスター
タイポグラフィック ・ コンピュータープログラム教授
◯ 1977-85年
Design Processing International/ニューヨーク バイスプレジデント
◯ 1986年より
Zapf, Burns & Company(ニューヨーク)および URW Master Design GmbH(ハンブルク)のパートナーとなる
◯ 2015年
2015年06月04日逝去 享年96

メタルタイプ、写真植字、デジタルシステム用アフレフアベット 176種類をデザイン。
各国で講演および展覧会。

<Hermann Zapf  主要著作(おもに1995年頃まで)
“ William Morris ” 1948
“ Pen and Graver ” 1950,1952
“ Manuale Typographicum ” 16ヵ国語(1968年に18ヵ国語) 1954
“ Typographic : Variations ”  独・英・仏語版 1963
“ About Alphabets ” 1960, 1970
“ OrbisTypographicus ” 1980
“ Hermann Zapf: Hora fugit-Carpe diem ” 1984
“ Creative Calligraphy ” 独 ・ 英 ・ 仏 ・ 西語版 1985
“ Hermann Zapf and his design philosophy ”  独 ・ 英 ・ 日 ・ 伊版 1987
“ ABC-XYZapf ”  1989

ツァップ夫妻朗文堂未刊書 『活字と夢と』にお寄せいただいたツァップ夫妻の写真とシグネチュァ
左) Gudrun Zapf von Hesse グドゥルン・ツァップ・フォン・ヘッセ
       1918年01月02日 ドイツ、メクレンブルクうまれ
右) Hermann Zapf ヘルマン・ツァップ
        1918年11月08日-2015年06月04日 ドイツ、ニュルンベルクうまれ
花4C_Z花トビラABC1C花2C_Z© Hermann Zapf  Das blumen-ABC  ¶ この作品は「H. Zapf」のアナグラムになっています。Hirschkäfer(くわがたむし)、Zaunrüibe(スズメウリ)、Akazie(アカシア)、Postillon(モンキチョウ)、Fliege(蝿)。 ¶ カリグラフィはレオナルド・ダ・ヴィンチの寓話より引用。「スズメウリは自分の領分に満足できなくなって、巻きひげをのばして通りの向こうの生け垣につかまろうとした。ところがまもなく通行人にひきちぎられてしまった」
──────────
朗文堂既刊書 『ヘルマン・ツァップのデザイン哲学』 製作のおりおりのおもいで
Zapf 型押し用亜鉛凸版 ヘルマン・ツァップ氏 自邸の庭園にて カタシオ撮9784947613158The Design Philosophy of
HERMANN ZAPF
ヘルマン ・ ツァップのデザイン哲学

発行日
1995年4月11日
著     者
Hermann Zapf
翻 訳 者
池 野  晴 美
発   行
株式会社  朗 文 堂
定   価   16,800円[税別]
ISBN4-947613-15-7
──────────
The Design Philosophy of HERMANN ZAPF
ヘルマン ・ ツァップのデザイン哲学
HORA FUGIT – CARPE DIEM 烏兎匆匆 光陰矢のごとし ―― まえがき
Carl Zahn  Museum of Fine Arts, Boston (カール ・ ツァーン ボストン美術館)
20150608134232723_0005 20150608134232723_0002 20150608134232723_0003

20150608134232723_0004HORA FUGIT – CARPE DIEM

この<HORA FUGIT – CARPE DIEM 烏兎匆匆 ウトソウソウ 光陰矢のごとし>の銘文は、 Hermann Zapf が原図を描き、アルミニウムに彫刻したものである。ドイツのダルムシュタットの自宅アトリウムにある、カリグラフィック ・ スカルプチュアである。

この絡み合わされた文字は、カリフォルニア・ポピーが咲き乱れる、心地よい環境に囲まれて立つ。アトリウムの向こうにガラスのドアが開け放たれ、ひろびろとした芝生が見渡せる。その周りをめぐる花壇は Zapf 自身が花を植え世話をしているものだ。とりどりの実のなる木々が庭のそちこちに生え、鬱蒼と茂った公園の樹葉を借りて風景を完成させる。

この愛すべき家でのつれあいは、妻のGudrun Zapf-von Hesse (グートルン ・ ツアップ-フォン ・ ヘッセ 1918年01月02日うまれ)である。Zapf とおなじ年齢の妻もまた、才能あるカリグラファであり、またタイプデザイナーと製本家でもある。その先祖は名高いフランクフルトの活字鋳造者、17世紀から続く Luthersche Giesserei (ルテルシュ活字鋳造所)の Luther(ルター)家である。

この牧歌的な家での時間は、彼にとっては文字どおり<烏兎匆匆 光陰矢のごとく>、腕が頼りのタイプデザイン、カリグラフィ、ブックデザインの仕事とともに飛び去っていく。
Zapf は一秒たりともむだにしないマスタープランナー
であるが、忙殺されているようには決して感じられない。いつも友人たちのため、あるいは何か有意義なことのために時間を使っているらしい。〔中略〕

60歳をこえた Zapf に、この分野で並ぶ者はない。今なお新技術に挑戦する意気込みから察するに、これからも頂点にとどまるに違いない。
Zapf は、若いころは、電気エンジニアになるのが夢だった。その性向はいまも変わらないが、1933年当時、ドイツがおかれていた政治的状況のために、ニュルンベルクの工業大学に通うことはかなわず、第二志望の美術学校もあきらめた。かわりに進まざるをえなかった道は地元の印刷業者の徒弟であり、そこで 4 年間写真の修整に携わることとなった。

その間 Zapf は、カリグラフィとタイプデザインの美しさに開眼した。きっかけは、ニュルンベルクを同郷とする Rudolf Koch  (ルドルフ・コッホ)の遺作展である。 Zapf はその後 1938年になって Koch の息子ポールのところで働いた。フランクフルトの Hauszum Fürsteneck というプライベートプレスである。

Zapf は、Edward Johnston の “ Writing and Illuminating and Lettering (邦題 : 『書字法・装飾法・文字造形』エドワード・ジョンストン著、 遠山由美訳、朗文堂)”  という本を見てカリグラフィを勉強し、実習に励んだ。
その勤勉ぶり(そして天性の才能)のおかげで、ほどなくして、本人の言葉によると “ なかなかよい字を描ける ” ようになった。

Zapf は独学のカリグラファで、また一般には知られていないが、独学のタイポグラファでもある。修業の年季を終えるとフランクフルトに移り、そこで活字史研究家の Gustav Mori (グスタフ・モリ)と親しくなった。Mori の膨大な蔵書を使って、Zapf は独学を続けた。
Mori に紹介された Stempel(シュテンペル活字鋳造所)で、Zapf はAugust Rosenberger (アウグスト・ローゼンベルガー)という有名なパンチカッター(活字父型彫刻師)に出会った。その後二人は力を合わせ、いくつかのプロジェクトに取り組むことになるのである。

Zapf の最初のタイプデザインは Gilgengart (ギルゲンガルト)という Fraktur (フラクトゥール : ドイツの亀の子文字)であり、1938年にStempel 活字鋳造所で採用された。 Zapf はまだ20歳そこそこの年齢だった。
そして最初の偉大なる書物の仕事も始まった。“ Feder und Stichel (ペンと彫刻刀)″ というその本のプレートは、Rosenberger が戦時中に手で彫った。ただし当時は Zapf でさえ、徴兵されており、戦時中のほとんどを南フランスで過ごし、ボルドーで地図の作成にかかりきりという状態であった。

ユニークなスケッチブックが数冊、ひまを見ては仕上げられた。どのページにも戦争のシーンはなく、花々や、フランス各地で描いたスケッチでうまっていた。そして “ Das Blumen-ABC (フラワー アルファベット)″ のためのドローイング制作を始めている-この本には、自然の美しさに Zapf が寄せる共感と、観察結果を紙に描き移す能力がよくあらわれている。

Zapf の本やアートワークは全世界の公共・民間コレクションに所蔵されている。印刷部数が少ない出版物もあったため、すぐにコレクター・アイテムになったのである。
戦後 Zapf はフランクフルトに戻り、Stempel 活字鋳造所のプライベート・プリンティングオフィス(私家版印刷部門)のアートディレクターとなった。まもなく、みごとな新しいタイプデザインがつぎつぎと誕生した。[後略]
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万感のおもいを込めて-朗文堂ホームページのメーンタイトルの使用書体について
The type design depends on Hermann Zapf
プリント
朗文堂ホームページ メーンタイトル
Michelangelo Titling,   Zapfino - 1999 biginning to
use

  • ROBUNDO ―― ミケランジェロ・タイトリング(Michelangelo Titling)。この活字書体は、ヘルマン・ツァップによってデザインされたオールキャップスの活字書体で、いくつかのオルタナーティブ・キャラクター(異体字)を含む。D. Stempel AG /フランクフルト 1950年。
  • We love Typography ―― このツァッフィーノ (Zapfino) は、ヘルマン・ツァップによってデザインされ、1998年にライノタイプ社によって発表されたスクリプト(筆記体)系の書体である。 
  • ツァップと小林 章による2003年 Zapfino の改刻版がデジタルタイプとして Mac OS X にバンドルされており、その後さらに改刻を加えた Zapfino Extra も発売されている。

【展覧会】 戸 山 灰 ― KOYAMA Kai 個展 <メルト・ダウン>

20150611132238625_0002 20150611132238625_0003戸 山   灰 ― KOYAMA Kai 個 展
メルト・ダウン

◯ と き
2015年06月19日[金]-24日[水]
◯ じかん
13 :00-20 :00  最終日のみ18 :00まで
◯ ところ
Free Art Space  ポルトリブレ
東京メトロ「新宿三丁目」 C-8 出口 30秒
Telephone : 03-3341-2992
【 関連情報 : Free Art Space  ポルトリブレ 会場案内図
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正調明朝体

まだ四角四面が好きですか?
個展広報に<正調明朝体 金陵 をご使用いただきました>

「正調明朝体」とはすこしおおげさな名前かもしれません。このあたらしい書体はべつに古拙感を演出した筆写体でも、奇をてらった装飾体でもありません。
正調明朝体「金陵」は中国・南京の雅称から名づけられ、その金陵にあった大明南京国子監刊行の木版刊本『南斉書』にみられる端正な明朝体字様を現代に再生したものです。

 「現代明朝体」には近代化の名のもとに機械メスや電子メスが自在にはいって直線化がすすみ、水平線と垂直線ばかりが目立って、すっかり四角四面の硬直した活字書体になってしまいました。
そんな「現代明朝体」から人間味をとりもどしたいあなたに、あるいは奇形や媚態をみせるデザイン書体にはすでに飽いたとおっしゃるあなたのために、明朝体の端正にしてもっとも原型にちかい木版字様を復刻した正調明朝体「金陵」をおすすめします。
「金陵」には伝統のたかみにある和字書体(平仮名と片仮名)三書体が標準でセットされており用途に応じた選択ができます。
【 朗文堂タイプコスミイク 詳細情報 : 正調明朝体 金陵

THE ETERNAL LETTER(PAUL SHAW, THE MIT PRESS, 2015)に『トラヤヌス帝の碑文がかたる』(木村雅彦)が紹介されました。

kimura 01R0046004-2THE ETERNAL LETTER
TWO MILLENNIA OF THE CLASSICAL ROMAN CAPITAL
EDITED BY PAUL SHAW  2015

THE MIT PRESS
ISBN 978-0-262-02901-8
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9784947613592
ヴィネット01号
トラヤヌス帝の碑文がかたる
木 村 雅 彦 著
B5判 76頁 並製本
増 刷 出 来
定 価 : 本体 2,
600円+税

ローマのトラヤヌスの碑文は西暦114年に建立されて、すべてのローマ大文字の淵源とされるものです。ここからアイデアを得て、出発した欧文書体は数えきれないほどあります。
本書では18世紀のナポレオン3世による複製以来の拓本採取に成功して、その写真と拓本、大判折り込み 2 点を含む豊富な写真と図版によって、トラヤヌスの碑文の魅力をくまなく紹介しました。
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『 THE ETERNAL LETTER 』に紹介されたとおり、『 トラヤヌス帝の碑文がかたる』 は
事前のながいイタリア側との交渉の末、木村雅彦、春田(木村)ゆかり夫妻の
「 遅くなった新婚旅行 」 として1999年05月10日、原寸拓本採取と、撮影が完了
したものです。
『 トラヤヌス帝の碑文がかたる』のテキストは日本語だけですが、欧米でもやはり
関心がつよく、外国向け販売もすくなくありません。
『 THE ETERNAL LETTER 』(PAUL SHAW,THE MIT PRESS,  2015)は
オンライン・ブックショップなどで入手できますが、ここにあらためて
トラヤヌス帝の碑文がかたる 』(木 村 雅 彦 著、朗文堂) をご案内いたします。
ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
トラヤヌス帝トラヤ02トラヤ03トラヤ04【 詳細情報 : 朗文堂ブックコスミイク トラヤヌス帝の碑文がかたる 】

ふたつのブログロールの10ヶ月後――<一枚の絵はがき/Gallery Bar Kajima>, <弁護士 鈴木 篤のつれづれ語り>

大橋俊平展 2015.6.1 Mon. – 6.20 Sat. Gallery bar Kajima
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会社に住み込んでいる大橋が絵を描く時間があるのかなといぶかっていたら、
あれっと目を引く絵を描いてきた。
これは野獣派?、それとも抽象表現主義か。どこか懐かしい油絵の匂いと、
具象にもかかわらず、自己の内面にも関わった表現とが混在し
よくもまあ絵画仕上げてきたものだと、感心した。
バラバラの性格は、
微妙に神経質のままそのまま
確固とした人格が形成されている事に驚き
人はとても矛盾したものだと思う。
その矛盾と混在がそのまま絵になって成立してことに驚くとともに
今の大橋の有り様が素直に表現させられていることに興味を覚える。
( 加 島 牧 史 )
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加島 牧史   GalleryBar Kajima
営業時間
喫茶カジマ    14:00-18:00
Bar Kajima   18:00-24:00
日曜日・祭日休み
Mail : gbkajima@gmail.com
Web&Blog : gbkajima.jimdo.com
Tel: 03-3574-8720
〒104-0061 中央区銀座7-2-20 山城ビル2 階
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10ヶ月前、2014年09月05日に<ギャラリーバー カジマの オーナー加島牧史、弁護士 鈴木 篤   WebSite を開設する>という記事を本欄に掲載した。
ふたりともそこそこの年齢である。世間では、オヤジからジイサンと呼ばれる過渡期の馬齢 モトイ ゆたかな人生経験をかさねてきた。
したがって、半年もたてば、ふたりとも読者の顔が見えないブルグロールになぞ飽き、かつコンテンツも枯れはてて冬眠状態になっているこであろう…… 、とおもっていた。

ところがオーナー 加島は、飽きもせで 毎月写真添付の@メールを送ってくるし、紙媒体の「一枚の絵はがき」も丹念に送付され続けている。
また、弁護士 鈴木 篤は、超多忙をものともせず、ブログロール「弁護士鈴木 篤のつれづれ語り」で、憲法改悪反対の論陣を展開している。
趣味の水彩画がブログロールを味わいあるものにしているし、さらに最近は<顔本>まではじめたほどの騒ぎである。

その辺の「若ぇの」はスマホでチャカチャカやるばかりだが、ジイサンは情報発信をつづけるし、ともかく粘りつよく、がんばるのである。
前途ある「若ぇの」諸君、ジイサンパワーに負けてはいないだろうな。
既出の記事など、そこにリンクを設ければよいが、スマホでチャカチャカ組は、一旦このページをはなれたら、戻るのが面倒(戻ってこない危惧カナ?)なのではないかという老爺心から、下記に既出記事を再掲載しておいた。ジイサンは親切でもあるのである。

【 URL : 一枚の絵はがき/Gallery Bar Kajima と オーナー 加島牧史のWebSite 】
【 URL : 〔お知らせ〕 ブログ新開設 <弁護士鈴木篤のつれづれ語り> 】

ギャラリー バー カジマ 20140905192304067_0001比較的高齢者 モトイ 人生経験豊富なふたりが、最近あいついでパソコンメールを開始し、みずからの手で WebSite、ブログロール、短文ブログサイトなどのソーシャルメディアを開設した。
そのことを<タイポグラフィブルグロール 花筏>に、冷やかし モトイ こころからの応援の意をこめて紹介したところ、意外におおきな反響があっておどろいた。
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すなわち、すこしくらい年をかさねても、発表にたるコンテンツとテキストが十分にあるひとにとっては、ウェブデザイナーと称する、IT 技術者に依頼して製作された、小綺麗ながらも複雑すぎる「ホームページ」には、いいつくせないもどかしさがあり、なによりも自己表現の場としては、不適切 乃至 物足りない場になっているということであろうか。
これはメディア産業の末流に居住している小社にとってもおおきな問題ではある。

これは WebSite という、あまりに巨大化し、とらえどころが無く、関わりかたがさまざまにあるニューメディアに、年長者対応というあたらしいニーズが発生し、また IT 開発者にとっては想定外だったかも知れないが、ソーシャルメディアの名のもとに、比較的デジタル情報にうとい年長者でも対応ができる、軽便なインターアクティブの場ができたことのあらわれでもあるのだろう。
ともかくこのふたりとも、自作のメディアの開設以来、水を得た魚のように、いきいきと、豊富なテキストの発表がつづいている。

とうぜんながら IT スキルが低いために(ひとのことはいえたものでは無いが)、画面構成やデジタル処理に齟齬や瑕疵も見られないではないし、タイポグラフィカル ・ エラーにいたっては無数にみられる。
それでもこれらのブログの更新を楽しみにし、閲覧している多くの読者がいる現実がある。

【 URL : 一枚の絵はがき/Gallery Bar Kajima と オーナー 加島牧史のWebSite開設 】
【 URL : 【お知らせ】 ブログ新開設 <弁護士鈴木篤のつれづれ語り> 】

hanaikada_colorhttp://gbkajima.jimdo.com/

<ギャラリー バー カジマ> は銀座コリドー街の一画にある。
Gallery Bar Kajima  ギャラリーバーカジマ
東京都中央区銀座7-2-20 山城ビル2 階
営業時間 14 : 00-24 : 00 (日曜 ・ 祝日休業)
TEL : 03-3574-8720

白い色への憧れはいつの時代にもある。
白磁で有名な韓国の磁器に感動したことがある。大阪で名高い安宅コレクションを観たときだった。
こんなにも清廉な白さと、まるで浮いているかのような物体を観たのは初めてだった。
その背景には儒教精神の聖なるものへの憧れがあった。

近ごろ女性の陶芸作家の活躍が目立つようになった。電気窯の普及と共に手軽に窯場をもてるようになったからだろうか。
白さへの憧れにモダンな感性が加わり、より自由な表現となって現れてきた。
これほど女性陶芸家が輩出された時代はなく、まったく新しい現象だ。
この動きがどうなって行くのか興味深い。

そもそもアフリカでは、古代から器を作るのは女性の仕事だったといった本を読んだことがある。
縄文土器のあの曲線は、女性性を強く表現しているようにも思える。
日本でも古代、焼き物を作っていたのは女性なのだろうか。

ふと遠い昔を想像してみたくなる。( 加 島 ) ―― 改行/段落設定はやつがれによる。

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ところで〔昨2014年〕08月04日[木]、ギャラリーバー カジマから電子メールが届いた。内容はいつもは郵送の絵はがきによるギャラリーの次回展の案内で、

件名 : <榎本悦子 櫻木綾子 白磁器展  9/8―27 GalleryBar Kajima> とあった。
ついにギャラリーバー カジマのイベント告知も電子メールになったのか……、とおもいながらも削除はせず、メールとしては長文のオーナー加島牧史のテキストを読んだ。しかしいつもとちがって、すんなりとは頭に入らなかった。

翌日、08月05日[金]、ギャラリーバー カジマからいつものように絵はがきが届いた。
前日のメールと同一内容だったが、なにかホッとしたし、やはり馴れもあるのだろうが、すんなりと読めた。難しいものである。
宛名面をみたら、延期になっていたライブショーの告知がちいさくあった。
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9月11日[木] 19:30 start  【LIVE】 M.C ¥1,500 要予約
能管 : 松田 弘之   トンバク ・ フレームドラム ・ 唄 : 蔡 怜雄
「古事記神代の巻を踊る」
ダンス : 斎藤直子、加藤由美子、武沢昌子、柳井真弓、加島牧史
(詳細はサイトをご覧ください) Web&Blog  gbkajima.jimdo.com
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さほど広いとはいえないギャラリーバー カジマの店内、まして奥のギャラリーでは陶芸展も開催中だというのに、荘厳な舞踏劇であろう 「古事記神代の巻を踊る」 のライブショーを、オーナー加島は決行するらしい。
よくみれば、ダンスのメンバーの末尾に、なんと、まぁ、オーナー加島の名前まであった。
いっときではあろうが、オーナー加島はカウンターをぬけだし、ダンスに狂奔 モトイ 幽玄な舞踏の世界に没入するらしい。
ひろい日本、さまざまなひとがいるものである。
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そしてやつがれ、明日〔2014年09月06日[土]〕は小社刊 <『 わたくしは日本国憲法です。』 出版記念のつどい> がある。
主催は「殺さないで!生かそう 日本国憲法 『 わたくしは日本国憲法です。』 出版記念のつどい 事務局」である。

『わたくしは日本国憲法です。』 の著者:鈴木 篤氏も、つい最近、ブログロールと、短文ブログを開設した。
かれもまた、多忙な弁護士業務とあわせ、憲法改悪阻止に寝食をわすれて必死な奇妙人である。それがブログロールにあふれるから、勢いがある。
【 URL : 【お知らせ】 ブログ新開設 <弁護士鈴木篤のつれづれ語り> 】

鈴木 篤氏は、オーナー加島牧史氏より10数歳年嵩ということもあって、こちらのブログのサイトはいささか難航気味ではあるが、閲覧者数はとてつもなく多いことにおどろく。
明日はどんな会になるのか、報告を楽しみにしていただきたい。

【既刊書再紹介】 戸叶勝也先生、朗文堂刊『ヨーロッパの出版文化史』に続き、朝文社『カール・マイ冒険物語』全12巻執筆中

 


ヨーロッパの出版文化史

戸叶勝也 著
B5判 上製本 208ページ 図版多数
定 価 本体4700円 + 税
ISBN4-947613-77-7 C1022
【 詳細情報 : 朗文堂ブックコスミイク    同書目次PDF  】

戸叶先生著 者 : 戸 叶  勝 也 氏

筆者が特に力を入れて叙述した事柄について  著者「あとがき」より 

★ 筆写本の時代と同様に 活字版印刷の時代になっても書体が重視され続けたこと。
★ 活字版印刷術の発明に関する事柄を グーテンベルクの生涯とともに詳述したこと。
★ 新技術の印刷術が ヨーロッパ諸地域に伝播した様子と、代表的な初期印刷者の素描。
★ ルネサンス人文主義と 出版業との密接なつながり。
★ 宗教改革と 印刷物の普及。
★ ヨーロッパ各国語の形成にはたした印刷術の役割。
★ カトリック ・ ルネサンスと出版業の関係。
★ 印刷術と書籍の普及にはたした 書籍見本市のおおきな役割。
★ 17世紀におけるオランダの出版業の発展。
 
【 著 者 紹 介 】
 戸 叶  勝 也 ( とかの  かつや )
1938年  東京都にうまれる
1961年  東京大学文学部西洋史学科卒業
        NHK教育局、国際局(この間ドイツ海外放送勤務)を経て
       現在日本大学経済学部教授。専攻/ドイツ近現代史
 主要著書
『 ドイツ出版の社会史 ~グーテンベルクから現代まで~ 』 ( 三修社 1992年 )
『 レクラム百科文庫 ~ ドイツ近代文化史の一側面 ~ 』 ( 朝文社 1995年 )
『 人と思想 ~ グーテンベルク~ 』 ( 清水書院 1997年 )
『 ハプスブルク家のオーストリア 』 ( 共著  講談社 1982年 )
『 ドイツ啓蒙主義の巨人  フリ-ドリヒ ・ ニコライ 』 ( 朝文社 2001年 )
『 ヨーロッパの出版文化史 』 ( 朗文堂 2004年 )

現在戸叶勝也氏は、ドイツで百年以上にわたって読み継がれている大作、
『 カール ・ マイ冒険物語 』 全12巻の執筆中です。
小社刊行書 『 ヨーロッパの出版文化史 』 とあわせ、ご愛読をお勧めいたします。

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発行所 : 朝文社
113-0033 東京都文京区本郷3-15-6 秋田ビル
電   話 : 03-3814-5072
メール ・ アドレス : info@chobunsha.co.jp

【朗文堂ブックコスミイク】 出版記念講演会 髙野 彰 『洋書の話』を語る-終了しました。

【 プリント用 PDF   lecture_takano
講演会web

【 出版記念講演会 】
髙 野 彰 『 洋書の話 』 を語る
◯ 日   時  :  2015年03月14日[土] 14:00 - 16:00 
◯ 会   場  :  東洋美術学校 D 棟 学生ホール
◯ 主   催  : 朗 文 堂
◯ 後   援  : 学校法人 専門学校 東洋美術学校 産学連携事務局

※ 終了いたしました。ご来場ありがとうございました。
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P1160931 P1160924 P1160929[ 会場写真提供 : 中村将大さん ]

【朗文堂ブックコスミイク】 『わたくしは日本国憲法です。』を<朝日新聞>が紹介。

2015年03月03日、『 朝日新聞 』 朝刊 第29面(東京)に 『 わたくしは日本国憲法です。』 が紹介されました。
2015年03月11日、『 朝日新聞 』 朝刊 第29面(山梨)に 『 わたくしは日本国憲法です。』 が紹介されました。
< 憲法 > の周辺に暗雲がみられるこの頃です。 ご愛読をお待ちいたします。

顔写真鈴木篤氏 小

02わたくしは表紙わたくしは日本国憲法です。

本書は2014年10月15日 <日本図書館協会選定図書> に選定されました。
ご愛読をお願いいたします。
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著   者 : 鈴 木  篤  すずき あつし
発   行 : 2014年07月26日 
定   価 : 本体 1,200 円+税(四六判 ソフトカバー 190 ページ)
      ISBN978-4-947613-90-5 C0036
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朗文堂 営業部 : 160-0022 東京都新宿区新宿2-4-9
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             Facsimile   03-3352-5160
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             E-mail :  robundo@ops.dti.ne.jp

【 新刊案内 : ブックコスミイク 私は日本国憲法です。
【 関連情報 : ブログロール 弁護士 鈴木 篤 のつれづれ語り