カテゴリー別アーカイブ: 展覧会

【展覧会】 ニッポンのニッポン ヘルムート・シュミット-京都dddギャラリー

京都dddギャラリー第205回企画展
2015年11月09日[月]-12月22日[火]
ニッポンのニッポン ヘルムート・シュミット
20151022181732461_0001 20151022181732461_0002【プリント用 PDF  kyouto-ddd02 】

まちが もみじに染まり、そして、比叡おろしの寒風が吹きつのるまでのあいだ。
京都の魅力が もっとも輝く、このよいときに、京都 ddd ギャラリーで
ヘルムート・シュミット <ニッポンのニッポン> 展が開催されます。
皆さまのご参観をおすすめいたします。

24歳ではじめて大阪の地を踏んで間もないころ、スイスのティポグラフィシェ・モナーツブレッテル(TM)誌の編集長から手紙を受け取った。タイポグラファの目を通して見た日本のフォルムや、暮らしの中の道具といったものを、紹介する記事を毎月TM誌に連載してみないかという誘いであった。
記事を書くということは、道具にふれるだけでなく、道具の作り手に会う機会も与えてくれた。このシリーズを私は 「Japan japanisch」(ニッポンのニッポン) と呼ぶことにした。
というのは、私自身が理解している日本、すなわち、かつて存在した、そして今も存在している日本、さらにこれから発見されるべき日本を伝えたいと思ったからだ。
この記事で使ったモノクロ写真は、わずかな例外をのぞいて、カメラマンの友人たちと撮影したものだ。

1969年、エミール・ルーダーから手紙を受け取った。
「TM誌の記事はすばらしい。日本滞在で貴君はなんと洗練されたことか、私にはよくわかります」
40年以上の時を経て、記事は新しい命を授かった。「 Japan japanisch 」 は 2012年に朗文堂より独・英・日本語で出版された。
京都 ddd ギャラリー での展示 「ニッポンのニッポン」 は、この本をきっかけに企画された。
展示に関わってくださったすべての人と、とりわけ日本 ―― 変わることなく刺激を与え続けてくれる国 ―― に感謝を捧げたい。 [ヘルムート・シュミット]

◯ 会場・会期
京都 ddd ギャラリー
2015年11月9日[月]-12月22日[火]
11:00-19:00(土曜は18:00まで)
日・祝日休館 入場無料
〒616‒8533 京都府京都市右京区太秦上刑部町10
TEL: 075-871-1480   FAX: 075-871-1267
地下鉄東西線 太秦天神川駅1番出口 徒歩3分
嵐電嵐山本線 嵐電天神川駅 徒歩5分

市バス・京都バス 太秦天神川駅前下車、駐車場無

◯ ギャラリートーク
日 時 : 2015年11月9日[月] 16:00 – 17:30
講 師 : ヘルムート・シュミット
会  場 : 京都 ddd ギャラリー 会議室
通訳付、入場無料、要予約、定員40名
※参加ご希望の方は、10月21日[水]以降にお申し込みください。

◯ オープニングパーティ
2015年11月09日[月] 17:30-19:00
会場 : 京都 ddd ギャラリー

◯ 作家略歴
ヘルムート・シュミット
1942年オーストリアうまれ。
西ドイツで植字工従弟期間を終了後、1960年代、スイスのバーゼルスクールで、モダンタイポグラファのエミール・ルーダーのもとで学ぶ。
1970年代中頃、西ドイツで社会民主党のウィリー・ブラント、ヘルムート・シュミット両首相のための制作活動に携わる。
1980年、大塚製薬の医家向け医薬品のパッケージや、ポカリスエットのアイデンティティの確立。
ヘルムート・シュミットは、現在大阪を本拠に、商業デザインの仕事と並行して、自主制作に携わっている。1992年以来、自主制作シリーズ「タイポグラフィック・リフレクション」を発行し、現在11号にいたる。また、専門誌「ベースライン」「アイデア」「TM」などへの寄稿者である。
著書 : 『タイポグラフィ・トゥデイ』(1980/2015年)誠文堂新光社発行、『バーゼルへの道』 (1997年) 朗文堂発行、『 japan japanese 』(2012年)朗文堂発行。フィヨルド・ゲイコの編集、デザインによる『 helmut schmid:design is attitude 』 が2006年ビルクホイザー社より発行。
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京都造形芸術大学 情報デザイン学科特別講義
タイポグラフィとタイポグラフィ

日  時 : 2015年11月26日[木] 17:00-18:30
講  師 : ヘルムート・シュミット
会  場 : 京都造形芸術大学 望天館1F B11ホール
共  催 : 京都造形芸術大学
      通訳付、入場無料、予約不要、定員100名、当日先着順

【展覧会】 東京国立博物館 特別展「始皇帝と大兵馬俑」

20150915184431888_000120150915184431888_0002【 始皇帝と大兵馬俑フライヤー PDF  sikoutei-heibayou  5.6 MB 】

特別展「始皇帝と大兵馬俑」
東京国立博物館 平成館 特別展示室  
2015年10月27日[火]- 2016年2月21日[日]

今から約2200年前に「最初の皇帝」を名乗り、中国大陸に統一王朝を打ち立てた秦の始皇帝。
その陵墓のほど近くに埋められた「兵馬俑 ヘイバヨウ」は、20世紀の考古学における最大の発見のひとつと謳われ、出土以来、新しい知見と驚きをもたらし続けています。
本展では、バリエーション豊かな兵馬俑と、始皇帝にまつわる貴重な文物を一堂に紹介し、始皇帝が空前の規模で築き上げた「永遠の世界」の実像に迫ります。
──────────
<開催概要>
◎ 会    期   2015年10月27日[火]-2016年2月21日[日]
◎ 会    場   東京国立博物館 平成館(上野公園)
◎ 開館時間   9:30-17:00(入館は閉館の30分前まで)
           特別開催日、休館日があります。詳細は下記参照。
◎ 観覧料金   一般1600円、大学生1200円、高校生900円、中学生以下無料

◎ 主    催   東京国立博物館、陝西省文物局、陝西省文物交流中心、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社
◎ 後    援   中国大使館

【 詳細情報 : 東京国立博物館  トーハク特別展「始皇帝と大兵馬俑」専用ページ

【展覧会】 笹井祐子展 ー 日々の彩り -

笹井_01 笹井-02

笹 井 祐 子 展
「 日 々 の 彩 り 」
Gallery  A R K

<開催期間> 2015年10月15日[木]-10月24日[土]
<開廊時間> 11:00-18:00 ( Last day  17:00 まで)
          会期中無休
<詳細情報> Gallery  A R K 

【展覧会】 奥村浩之彫刻展「大地の詩」+WebSiteギャラリー メキシコの石に刻す彫刻作品 Okumura Hiroyuki

奥村_01 奥村_02

奥 村  浩 之 彫刻展
「 大 地 の 詩 」
ギャラリー f 分の1

<開催期間> 2015年10月14日[水]-10月24日[土]
<開廊時間> 11:00-18:30 (初日は13:00から/日曜・祝日・最終日は17: 00まで)
10月19日 月曜は休廊
<詳細情報> ギャラリー f 分の1
http://galleryf-1.net/exhibit/2015/151014okumura/1014okumura.html ,  http://galleryf-1.net/index.html

◆    ◆    ◆

【 WebSite ギャラリー 】
奥村 浩之 Okumura Hiroyuki
メキシコの石に刻す彫刻作品

本稿の初出は2015年06月16日であったが、そのままここに転載した。

okumura04k[1]okumura01k[1]奥 村  浩 之  Okumura Hiroyuki
<略 歴>
1963年    石川県に生まれる。
1986年     金沢美術工芸大学美術学部彫刻科卒業
1988年     金沢美術工芸大学大学院修士課程修了
1989年-   メキシコに渡る
現在、メキシコを本拠地に、彫刻制作に没頭
【 YouTube 2:42  奥村浩之 彫刻を語る  https://youtu.be/US5XMIHnT5I

──────────
<“ FSPONTÁNEIDAD ” わ が 宝  奥 村 浩 之>
日本での石との対話から、さらに大きな石との格闘を求めて渡ったメキシコでは、石のほかに、メキシコ時間との出会いがあり、ESPONTÁNEIDAD (のびのびとした) ということばが、何をすべきか、僕を大きく成長させ変貌させた。
メキシコの豊かな大地と歴史、メキシコの人々の心が育て上げたメキシコ時間の精髄で、その真意を知ったとき、僕は真に自由になり、メキシコと同化したことを自覚した。

ESPONTÁNEIDAD は僕を僕たらしめ、僕の宝となった。 そしてそれは彫刻表現の方向をも導いてくれ、さらにもうひとつのことば 「GOZOSO」 (楽しい) も連れてきてくれた。
DSCN9656左) 奥村浩之  Hiroyuki Okumura さん。右) 笹井(奥村)祐子 Yuko Okumura-Sasai さん

彫刻家/奥村浩之、版画家/笹井祐子。
このおふたりとすごした初夏の日日、そのわずかで永かった時間は、どこか模糊としてとらえどころがなく、それでいて充実し、こころをなごませるひとときとだった。
奥村浩之の彫刻作品は、すべての作品にギャラリーがつき、勝手に紹介することはできなかった。それよりも、どの作品も巨大で、WebSiteのちいさな画面ではとうてい紹介できる造形物ではなかった。
それでも秋の個展まで待てないからと、無理を承知で、朗文堂の周囲に紹介する写真を依頼した。

いまはアトリエに戻り、なにごとも悠然とながれる「メキシコ時間」のなかにいる奥村浩之である。したがって写真の到着までにはだいぶ時間がかかるであろうと予測していた。ところがナント、おそらく汗を拭き拭き写真を選択したものとおもえたが、小品ながらも力作ばかり、五点の写真データを送付してくれた。
奥村浩之はことしの秋に東京での個展を予定している。それに際しては令室の笹井祐子をわずらわせてデータをいただき、あらためてここにご紹介したいが…… 。

地球の向こう側で、硬くて、堅い、メキシコの岩や石と格闘している彫刻家/奥村浩之のこころは、きわめてのびやかで、やさしかった。そしてその躰をながれる血液は、まぎれもない日本男子のそれである。

──────────
1 NIDO DE VIENTO(ニィード デ ベィエント)― 風の巣 ―
  火山岩 48 x 37 x 30 cm    2012年
ニードデビィエント

2    CONTRA VIENTO(コントラ ベィエント)―風に向かって ―
   オニックス  56 x 30 x 33 cm    2012年
コントラビィエント

3    LA CASA DEL NORTE(ラ カサ デル ノルテ)― 北の家 ―
   火山岩  48 x 79 x 14 cm    2012年
ラカサデノルテ
4  VIENTO VERDE(ベィエント ベルデ) ― 緑の風 ―
   大理石  53 x 20 x 14 cm   2012年
ビィエントベルデ

5  VIENTO ROJO(ベィエント ロホ) ― 赤い風 ―
   火山岩   45 x 52 x 21 cm  2011年
ビィエントロホ

【 詳細情報 : 奥村浩之 HP  Curriculum vitae Hiroyuki OKUMURA

活版印刷の祭典 【Viva la 活版-すばらしき活版】 Viva la 活版 Let’s 豪農の館 Ⅴ 10月10日[土]-12日[月・祝]いよいよ開催

Web02豪農の館Viva la 活版 Let’s 豪農の館
【 イベント名 】  Viva la 活版 Let’s 豪農の館

【 展示 期間 】  2015年10月10日[土]-12日[月・祝] 09:00-17:00
【 会       場 】  「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)
           新潟県新潟市江南区沢海 2丁目15-25
【 主       催 】  朗文堂  アダナ・プレス倶楽部
──────────
越後平野を貫流するふたつの大河、信濃川と阿賀野川の水利にめぐまれ、会期のころには越後平野では実りの秋をむかえているころです。
朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部ではその準備が佳境を迎えております。
皆さまのご来場をお待ちしております。

【 関連情報 : 北方文化博物館 10月のスケジュール

【クレマチスの丘 ヴァンジ彫刻庭園美術館】 クリスティアーネ・レーア 宙を つつむ

              Christiane Löhr
                  encircling the orbit
クリスティアーネ・レーア  宙を つつむ 

《Little Agglomeration》2015,  Photo : Serge Domingie, © Christiane Löhr

クリスティアーネ・レーア 宙をつつむ
Christiane Löhr : encircling the orbit
会       期 : 2015年4月5日[日]-  8月31日[月]
主       催 : ヴァンジ彫刻庭園美術館
協       力 : タグチファインアート
開館時間 : 10:00-18:00 (入館は閉館の30分前まで)
休  館  日 : 水曜日(祝日の場合は翌日休・4/30は開館)
入  館  料 : 大人1,200円/高・大学生800円/小・中学生500円(400円)
問合わせ : ヴァンジ彫刻庭園美術館  Tel. 055-989-8787

自然から素材を採取し、「空間に生成されるかたち」を探求する作家 クリスティアーネ・レーア
【展覧会概要】
ドイツとイタリアで活躍するクリスティアーネ・レーアの、国内の美術館では初となる展覧会を開催いたします。
レーアは自然から採取してきたタンポポやアザミなど、身近な植物の茎や種子、また馬の毛を素材にし、その特性を活かしたかたちを作りあげていきます。
はかなく細やかな生命の欠片たちが、作家の手作業によって一つ一つ丁寧に組み合わせられた作品は、その小ささの中に普遍的な美しさを感じとることができます。
「空間に生成されるかたち」という彫刻だけでなく平面の作品にも共通するレーアの主要な問題から、かたちは素材の内的な構造に従いながら作られていき、とても軽やかで繊細でありながらも、建築物のような確かな安定を備えています。
作家の身体性と精神が深く根ざしたそれらの作品に対峙するとき、私たちは世界がもつ豊かさに気づくことでしょう。

 本展では、美術館の開放的な空間に広がる彫刻とドローイング作品がご覧いただけます。人と自然、そして環境や物質との関係が問題となり1960年代に起こったアルテ・ポーヴェラやミニマル・アートに影響を受け、幼少期の体験から慣れ親しんだ自然の中に作品の萌芽を見つめるクリスティアーネ・レーア。自然との直接の触れあいから生み出されてきた数々の作品によって、現代に生きる私たちと世界のつながりが、今あらためて問いかけられます。

 【作家紹介】
クリスティアーネ・レーア Christiane Löhr
1965年ドイツ ヴィースバーデン生まれ。
ボン大学でエジプト考古学や歴史学、マインツ大学で芸術教育学などを学んだ後、デュッセルドルフ美術アカデミー ヤニス・クネリス教室修了。美術アカデミー在学中から植物や馬の毛を用いた作品を作り始め、注目を集める。

 現在、ケルン(ドイツ)とプラート(イタリア)を拠点に活動。ミラノ近郊のパンザ・ヴィラ・アンド・コレクションでの個展をはじめ、世界各地で展覧会を開催。主なパブリックコレクションにヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡)、ボン市立美術館(ドイツ)、パンザ・コレクション(イタリア)ほか多数。

【 企画詳細 : ヴァンジ彫刻庭園美術館 企画展

【宇都宮美術館】 パウル・クレー だれにも ないしょ。

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パウル・クレー だれにも ないしょ。

心の奥深くに呼びかける、どこまでも謎めいた絵。
20世紀の美術に比類ない足跡をしるしたパウル・クレー(1879–1940)は、「秘密」を愛した画家でした。世界の根源的な謎を、童心の神秘を、魔的なものの華やぎを、彼は澄んだ響きを発する画面のうちに、精妙に映し出してみせました。
 「この世で僕を捉まえることはできない」
と言い残したクレーは、けれども、秘密に近づくための合図をそれとなく画中にしのばせてもいます。 秘密を宿しながら解読へと誘い、ときに身をかわし、最後には解けない謎へと導いていく。 そうした画家の微笑の跡をたどるべく、本展は 6 つのテーマで、クレーの思考と感性に分け入ります。

ベルンのパウル・クレー・センターおよび遺族コレクションの全面的な協力を得て、日本初公開31点、日本国内の優品も加えた110点あまりを紹介。 うち40点は、クレー自身が「特別クラス」と指定し、非売として愛蔵した作品です。

【 会      期 】
2015年7月5日[日]-9月6日[日]
※会期中、日本国内より出品される作品の一部を展示替えをいたします。
【 開館時間 】
午前9時30分-午後5時(入館は午後4時30分まで)

8月11日[火]-16日[日]は午後7時まで開館(入館は午後6時30分まで)
【 休  館  日 】
毎週月曜日(7月20日は開館)、7月21日[火]
【 観  覧  料 】
一般1,000円/大学生・高校生600円/中学生・小学生400円

──────────  図版引用許諾取得済み

《子どもの胸像》1933年 パウル・クレー・センター(ベルン)蔵
ⒸZentrum Paul Klee c/o DNPartcom
exhibition-002[1]
《彼女は吠え、僕らは遊ぶ》1928年 パウル・クレー・センター(ベルン)蔵
ⒸZentrum Paul Klee c/o DNPartcom
exhibition-003[1]
《魔が憑く》1939年 パウル・クレー・センター(ベルン)蔵
ⒸZentrum Paul Klee c/o DNPartcom
exhibition-004[1]
《ピラミッド》1930年 パウル・クレー・センター(ベルン)蔵
ⒸZentrum Paul Klee c/o DNPartcom
exhibition-006[1]

──────────
宇都宮美術館の長期休館が終了した。これからの宇都宮美術館の企画展は興味深いものがつづく。

◯ パウル・クレー だれにも ないしょ。
   Paul Klee – Spuren des Lächelns
   会 期 : 平成27年7月5日[日]-平成27年9月6日[日]
◯ 夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ
   The Dream of French Paintings ― from Impressionism to École de Paris
      2015年9月20日[日] – 2015年11月23日[月・祝]
◯ ビアズリーと日本
   Aubrey Beardsley and Japan
      2015年12月6日[日] – 2016年1月31日[日]

【 詳細情報 : 宇都宮美術館 ホームページ 企画展 】

【書道博物館】 <漢字のヒ・ミ・ツ――甲骨文字から楷書まで>

 ※ 書道博物館では、現在お蔵の改修工事のため、この中庭には八月初旬までは立ち入りができないようです。詳しくは同館URLをご確認ください。 DSCN4253 DSCN4248書道博物館 中庭と、復元された明治のお蔵。この中庭の櫻が咲くときは圧巻です
────────────
書道博物館の次回展は、
<漢字のヒ・ミ・ツ――甲骨文字から楷書まで>2015年08月01日-11月15日となります。
内容はたんなる「夏休み企画」をこえて充実していますし、常設展示も見逃せません。地方のかたで上京の折は、ぜひ「書道博物館」をお訪ねください。

すでに小社には次回展<漢字のヒ・ミ・ツ――甲骨文字から楷書まで>のポスター、フライヤー数十部が届いておりますが、近年書道博物館は引用に厳格になっていますので、公開情報(フライヤー)をJPG紹介だけでなく、PDFデーターでもご紹介いたします。
20150714221946930_000120150714221946930_0002 <漢字のヒ・ミ・ツ――甲骨文字から楷書まで フライヤーPDF  20150714222131529 3.68MB >

【 企画詳細 : 書道博物館URL

【会員情報】 龍骨堂 FANSY ART展 終了しました

龍骨堂02ご無沙汰しております。
以前個展でお世話になりました
ゑいじう様の特別企画のグループ展に
参加させていただくことになりました。 龍骨堂
──────────
ゑいじう特別企画
FANSY ART 展
2015年07月14日[火]-25日[土] 終了しました。
会期中無休 11時-19時

【 龍骨堂URL : 龍骨堂 La gare veilles 】   会場案内 : COFFEE&GALERY ゑいじう 】
──────────

活版凸凹フェスタ2013  会場:日展会館 龍骨堂 展示
20120811_5436[1]20120911_72219[1]龍骨堂個展展示 2012年09月 会場:ゑいじう
20150705_1688088[1]
20150713_1697851[1]20150713_1697850[1]

龍骨堂さんは、Adana-21J のユーザーとして、もっとも最初期からの
アダナ・プレス倶楽部会員のおひとりです。
<ポケットの中や、抽斗の奥に、こっそりとしまっておきたい
密やかなるものを求めて制作しております>
とされる龍骨堂は、活版造形をこころから愛され、ケレンの
無い作品を、コツコツと丁寧に造りつづけておられます。
──────────
龍骨堂の製作物と久しぶりにあってきた。
四谷の坂道をのんびりたどり、ゑいじうの旨い珈琲とともに
龍骨堂の、ひそやかにして、心のこもった作品に触れることができた。
ひとであふれた<Flea market ―― 蚤の市> のようなイベントは
活気があってよいが、とかく喧噪で疲労をおぼえることがある。
龍骨堂のこういった物静かな製作物と、その語りかけが
かえって心にしみた夏の日のたそかれだった。
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【Bunkamura 展覧会】 エリック・サティとその時代展

エリック・サティとその時代展

【Bunkamura 展覧会】 エリック・サティとその時代展

◯ 開催期間
2015年07月08日[水]-08月30日[日] 開催期間中無休
◯ 開館時間
10:00-19:00(入館は18:30まで)
 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
◯ 会    場
Bunkamura   ザ ・ ミュージアム
◯ 主   催
Bunkamura
◯ 入 館 料
一 般 1,400円 (消費税込み)
──────────
エリック・サティ(1866-1925)は、20 世紀への転換期に活躍したフランスの作曲家です。

サティは芸術家たちが集い、自由な雰囲気をたたえていた、モンマルトルで作曲家としての活動を開始し、その後も生涯を通じて芸術家との交流を続けました。

第一次大戦中から大規模な舞台作品にも関与し、パブロ・ピカソとはバレエ・リュスの公演《パラード》を、フランシス・ピカビアとはスウェーデン・バレエ団の《本日休演》を成功させました。また一方では、アンドレ・ドラン、ジョルジュ・ブラック、コンスタンティン・ブランクーシ、マン・レイ、そして数数のダダイストたちがサティとの交流から作品を生み出していきました。 

本展ではマン・レイによって「眼を持った唯一の音楽家」と評されたサティの活動を芸術家との交流のなかで捉え、刺激を与え合った芸術家たちの作品を通して、作曲家サティの新たな側面を浮かび上がらせます。
【 詳細情報 : Bunkamura  展覧会エリック・サティとその時代展
【 YouTube : Bunkamura  展覧会エリック・サティとその時代展 1:42 】

【WebSiteギャラリー】 奥村 浩之 Okumura Hiroyuki メキシコの石に刻す彫刻作品

okumura04k[1]okumura01k[1]奥 村  浩 之  Okumura Hiroyuki
<略 歴>
1963年    石川県に生まれる。
1986年     金沢美術工芸大学美術学部彫刻科卒業
1988年     金沢美術工芸大学大学院修士課程修了
1989年-   メキシコに渡る
現在、メキシコを本拠地に、彫刻制作に没頭
【 YouTube 2:42  奥村浩之 彫刻を語る  https://youtu.be/US5XMIHnT5I
──────────
<“ FSPONTÁNEIDAD ” わ が 宝  奥 村 浩 之>

日本での石との対話から、さらに大きな石との格闘を求めて渡ったメキシコでは、石のほかに、メキシコ時間との出会いがあり、ESPONTÁNEIDAD (のびのびとした) ということばが、何をすべきか、僕を大きく成長させ変貌させた。
メキシコの豊かな大地と歴史、メキシコの人々の心が育て上げたメキシコ時間の精髄で、その真意を知ったとき、僕は真に自由になり、メキシコと同化したことを自覚した。
ESPONTÁNEIDAD は僕を僕たらしめ、僕の宝となった。 そしてそれは彫刻表現の方向をも導いてくれ、さらにもうひとつのことば 「GOZOSO」 (楽しい) も連れてきてくれた。
DSCN9656左) 奥村浩之  Hiroyuki Okumura さん。右) 笹井(奥村)祐子 Yuko Okumura-Sasai さん

彫刻家/奥村浩之、版画家/笹井祐子。
このおふたりとすごした初夏の日日、そのわずかで永かった時間は、どこか模糊としてとらえどころがなく、それでいて充実し、こころをなごませるひとときとだった。
奥村浩之の彫刻作品は、すべての作品にギャラリーがつき、勝手に紹介することはできなかった。それよりも、どの作品も巨大で、WebSiteのちいさな画面ではとうてい紹介できる造形物ではなかった。
それでも秋の個展まで待てないからと、無理を承知で、朗文堂の周囲に紹介する写真を依頼した。

いまはアトリエに戻り、なにごとも悠然とながれる「メキシコ時間」のなかにいる奥村浩之である。したがって写真の到着までにはだいぶ時間がかかるであろうと予測していた。ところがナント、おそらく汗を拭き拭き写真を選択したものとおもえたが、小品ながらも力作ばかり、五点の写真データを送付してくれた。
奥村浩之はことしの秋に東京での個展を予定している。それに際しては令室の笹井祐子をわずらわせてデータをいただき、あらためてここにご紹介したいが…… 。

地球の向こう側で、硬くて、堅い、メキシコの岩や石と格闘している彫刻家/奥村浩之のこころは、きわめてのびやかで、やさしかった。そしてその躰をながれる血液は、まぎれもない日本男子のそれである。
──────────
1 NIDO DE VIENTO(ニィード デ ベィエント)― 風の巣 ―
  火山岩 48 x 37 x 30 cm    2012年
ニードデビィエント

2    CONTRA VIENTO(コントラ ベィエント)―風に向かって ―
   オニックス  56 x 30 x 33 cm    2012年
コントラビィエント

3    LA CASA DEL NORTE(ラ カサ デル ノルテ)― 北の家 ―
   火山岩  48 x 79 x 14 cm    2012年
ラカサデノルテ
4  VIENTO VERDE(ベィエント ベルデ) ― 緑の風 ―
   大理石  53 x 20 x 14 cm   2012年
ビィエントベルデ

5  VIENTO ROJO(ベィエント ロホ) ― 赤い風 ―
   火山岩   45 x 52 x 21 cm  2011年
ビィエントロホ

【 詳細情報 : 奥村浩之 HP  Curriculum vitae Hiroyuki OKUMURA

【展覧会】 根津美術館 尾形光琳300年記念特別展 燕子花と紅梅梅 光琳デザインの秘密

根津美術館の特別展 < 尾形光琳300年記念特別展  燕子花 カキツバタ と 紅梅梅 コウハクバイ  光琳デザインの秘密 > の会期終了が迫ってまいりました。
会期末に際して根津美術館では、夜間開館を 05月12日-05月17日、午後 7時 まで開館 (  入館は午後 6 時30分まで ) しています。 ご参観をお勧めいたします。

燕子花と紅白梅

◯ 開催期間
2015年04月18日[土]-05月17日[日]
◯ 休  館 日
月曜日
◯ 
開館時間
午前10時-午後 5 時 ( 入館は午後 4 時30分まで )
【 夜間開館 】 05月12日-05月17日
午後 7時 まで開館 ( 入館は午後 6 時30分まで )
◯ 
入  場 料
一般1200円、学生[ 高校生以上 ]1000円
◯ 会  場
根津美術館 展示室 1 ・ 2 ・ 5
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2015年は、享保元年(1716)に59歳で没した尾形光琳の300年忌にあたります。
それを記念して、当 根津美術館が所蔵する 「 燕子花図屏風 」 と、MOA美術館が所蔵する 「 紅白梅図屏風 」の、尾形光琳が描いた 2 点の国宝の屏風を中心とする特別展を開催します。

このふたつの屏風からもうかがわれる光琳のデザイン性に、あらためて注目したいと思います。 光琳は京都の高級呉服商を生家として、美しい衣裳に囲まれて育ち、また縁戚にもあたる本阿弥光悦や俵屋宗達によって生みだされた 江戸初期の装飾芸術に親しみ、かつ新しい時代の感覚も取り込んで、独自の世界をつくりあげました。
本展では、光琳の 「 模様 」 のような屏風の系譜を宗達からたどり、光悦に関わりのある雲母や金銀泥による木版摺りが光琳に与えた影響を探り、さらに漆器の図案、弟 ・ 乾山の陶器の絵付けなども含めたデザイナー ・ 光琳の営みを総覧します。

【 詳細情報 : 根津美術館 展覧会 燕子花と紅白梅

【展覧会】 直前情報再掲載/ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ-印刷博物館 and More

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ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ
書物がひらくルネサンス

会      期 : 2015年04月25日[土]―07月12日[日]
休  館  日 : 毎週月曜日( ただし05月04日[月 ・ 祝]は開館 )、05月07日[木] 
開館時間 : 10 : 00 - 18 : 00 ( 入場は 17 : 30まで )
入  場 料  : 一般 800円、学生 500円、中高生 300円、小学生以下無料
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「 ヴァチカン教皇庁図書館展 ― 書物の誕生 」 (2002年) 開催から13年目となる2015年。
〈 書物 〉 と 〈 ルネサンス 〉 をテーマに 第 2 回展を開催します。

 
ヴァチカン教皇庁図書館が誕生した時代、書物の再生がルネサンスとともに到来しました。旧来の手写本や、新たに登場した活字本、そして書物を飾ろうという要望にこたえて生まれた木版 ・ 銅版画は、書物の輝きを推進する役割を果たします。

本展では、ヴァチカン教皇庁図書館所蔵の中世写本、初期刊本、地図、書簡類計21点を中心に、印刷博物館および国内諸機関所蔵の書物を加えた計69点を展示、ルネサンス精神の比類なき生き証人である書物の魅力に迫ります。
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<おすすめ企画/ヴァチカン図書館展Ⅱ 関連講演会>

06月27日[土]
対談企画 「 アルド ・ マヌーツィオの魅力 」
雪嶋 宏一 ( 早稲田大学教育 ・ 総合科学学術院 教授 )
白井 敬尚 ( グラフィックデザイナー  白井敬尚形成事務所主宰 )

会 場  :  印刷博物館 グーテンベルクルーム ( 地階 )
時 間  :  14:00-16:00 ( 終了時間は予定です )
料 金  :  無料 ( 企画展にご入場の際は、別途入場料が必要です )
定 員  :  80名 事前申込制 先着順
【 講演会申込フォーマット : 「 ヴァチカン図書館展Ⅱ」 講演会

──────────  餘談ながら 〔 初出では S 氏 、K 氏としたが、ここでは本名でしるす 〕

【 初  出 : タイポグラフィあのねのね*013 マインツとグーテンベルク 2011年08月11日 】
【 再掲載 : タイポグラフィ あのねのね*014 アルダス工房、ドベルニ&ペイニョ、アーツ&クラフト運動 2014年12月01日 より部分】

活字版印刷術 タイポグラフィ と 情報は、水の流れにも似て……
五体と五感をもちいたアルチザンの拠点

烏兎匆匆か、はたまた 光陰矢のごとしか
◎ おあとは、よろしいようですね! ◎

デザイン界に、いまだ充実した 「 教科書 」 が不在だったころのはなしである。 そうふるい話しではない。 1997年のこと。
京都のさる美術大学が、四年制の通信教育学部をつくろうとなったとき、あたりまえといえばあたりまえだが、所轄官庁から 「 教科書 」 の製作を強くもとめられた。
そのタイポグラフィ篇の教科書の執筆を依頼されたが、単独執筆では偏りを生ずるおそれがあったので、白井敬尚氏、河野三男氏に依頼して、03名で共同執筆にあたった。

執筆に取り組んで、あらためておどろいた。 当時の美術大学や藝術大学 ( くどいようだが1997年のこと )には、どこにも、デザインの教科書はもとより、先行資料といえるようなまとまった資料はなかったのだ。 先行資料が無いということは、ある意味では提灯も無く暗い夜道を歩むようなものであった。

そのため、まったく手探りで、「 デザイン教育用の教科書 」 をまとめなくてはならなかった。 そのツメの段階にきたとき、資料不足が明確になったので、筆者を含む03名で、ヨーロッパ駆け足取材 ( 費用は各自負担だったケト ゙ ) を計画した。

執筆と旅行の準備に追われていたある日、白井敬尚氏が血相を変えて駆け込んできた。
ゲーテ 『 イタリア紀行 』 に,アルダス ・ マヌティウス 〔 アルド ・ マヌツィーオ 〕 の工房が、「 ベネツィアのサンセコンド2311番地 」 にあることが紹介されている、と興奮した面持ちでかたった。
18-19世紀の文豪 ゲーテ ( Johann Wolfgang von Goethe  1749―1832 ) が記録したその記録が、現在もまだ有効な資料かと半信半疑ながら、「 ヴェネツィア、サンセコンド2311番地 」 の名前だけは咒文のように記憶して出かけることになった。
20141203152153278_0001ともかく慌ただしい旅 ( 珍道中ともいえる ) であった。  ドイツに入り、パリを経由して 列車でスイスに、そしてまた列車でイタリアに入った。
イタリアでは拠点を パドヴァ のちいさなホテルにおいた。 すなわち長靴形のイタリア半島を上下に移動するのではなく、半島の付け根を左右に行ったり来たりした。
ミラノから取材をはじめ、翌日にはヴェローナのタイポグラファの友人、マルチーノ ・ マーダシュタイク氏からさなざまな支援を受けた。

当然、ヴェネツィアのアルダス工房の所在地も聞いたが、
「 ヴェネツィアのどこかに、いまもアルド ・ マヌッツィオ ( マルチーノの発音 ) の工房があることは聞いた気がするなぁ」
程度の曖昧な回答だった。

そこで、やはり ヴェネツィアに行くしかない……、 となった。
いまならグーグルマップで即刻詮索だろうが、この取材は1997年のこと。
ヴェネツィア駅に降り立って、すぐに詳細な街路図を購入して、駅前広場で地図をひろげて03人による鳩首検索。
おなじ列車で着いた旅行者は四散して、駅頭からすっかりひとがいなくなったのに、まだ駅前でただただ地図とにらめっこをしている奇妙な日本人が03人。
「あった~! ココにある」。
やはり最初に豆粒のような街路図から 「 サンセコンド 」 の名を見つけたのは白井敬尚氏だった。

さっそく いくつかの橋を ( 駆け抜けるように ) わたって 「 サンセコンド通り 」 に駆けつけた。
それからの興奮、舞いあがりのさまをしるすのは ( あまりに恥ずかしいから ) 控えよう。
ともかく03人は、いまはヴェネツィアン ・ グラスの工房 ( 写真向かって左 ) と、ブティック ( 写真向かって右 ) になっているこの建物に、( 買い物のふりをして ) 押し入り、仔細に ( 柱の1本1本に頬ずりをし、壁もナデナデして ) 内部構造もミタ。

まことに奇跡ではないかとおもった。 520年ほど以前 ―― わが国では足利幕府の時代、すなわち1495年ころから この工房は活動を開始し、20年余にわたって133冊 ( 種類 ) の評価のたかい書物をのこしている。 その工房がそっくりそのまま地上にのこっているのだから、高松塚古墳 モトイ ポンペイの遺跡が発掘されたときよりおどろいた !?

それから筆者はここを都合04回訪れ、いつもお義理でヴェネツィアン ・ グラスの安いものを購入していた。 そのため工房のあるじとも親しくなった。 店主はいかにも技芸の街、ヴェネツィアのアルチザンといった朴訥 ボクトツ なひとで、
「 最近、日本人のデザイナーが良く来る。 かれらは丁重で、必ず名刺を出して、死ぬほど写真を撮りまくる 」
と ( いうようなことを ) ボソボソとかたっていた。 それでも気のせいか、この建物に入ると、いつも活版インキ独特の甘い残り香をかんじていた。 なによりも、この 「 サンセコンド2311番地 」 の 建物正面の壁面には、重重しく銘板が埋め込まれており、以下のような文言がしるされている。

その名があまねく知れわたりし マヌティウス家の啓蒙者
アルダス ・ マヌティウス
このヴェネツィアの地にて 優れし印刷術に 身も心も捧げたひと

大学側の最初の説明では、通信教育学部の発足までに、各教科、都合10冊の教科書をつくることが必要だとされた。 吾吾03人組はなにはともあれ締め切りは守った。
それにしても……、常勤の大学教員はただただ傍観するだけ、その間なにもしなかったなぁ。 それがして、それまで美術大学に教科書が無かった理由かもしれない。

ともあれ、発足までに間にあったのは、吾吾が担当したタイポグラフィ篇と、別の著者によるイラスト篇だけだったようだ。 のこりの教科は、大学当局が監督官庁となんとかうまく話しあったのだろう。
したがってこのふたつが取りあえず合冊されて、『 情報デザイン演習Ⅰ 情報デザインシリーズ Vol.1  イラストレーションの展開とタイポグラフィの領域 』 と、えらく長い ( 大仰な ) タイトルがつけられて、1998年(平成10)04月01日に発行され、四年制の通信教育学部の発足をみた。
そして、それから数年もたたずに、あちこちの美術大学や藝術大学に 「 教科書 」 がもうけられるようになった。 わが国には <ちいさく右へ倣え> のふうがある。
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ヴェネツィア、サンセコンド2311番地 15世紀後半- ( 白井敬尚氏撮影 )

アルダス工房は、水の都とされるヴェネツィアの運河沿い ( 工房の真裏が運河になっている ) に、出版総合プロデューサーともいうべき アルダス ・ マヌティウス ( アルド ・ マヌツィーオ  Aldus  Manutius  1450―1515 ) によって1490年ころに創設された。 工房には、編集者、校閲者、組版工、印刷工らの職人が常時30名ほど働いていたとされる。

もともと東方貿易によって繁栄をきわめたヴェネツィア共和国だったが、15世紀中ごろに トルコによってギリシャが占領されたために、その難民が大挙してヴェネツィアに避難し、古代ギリシャの写本などの文献も豊富に持ちこまれていた。 そして、そのギリシャからの文献をもとめて、人文主義者らがヴェネツィアにたくさん集まっていた。

こんな歴史を背景として、アルダス工房の書物の大半は ギリシャ語活字によって組版 ・ 印刷されている。
しかしながらこんにち評価が高いのは、数は少なかったが ラテン語 ・ イタリア語による書物で、そこにもちいられたアップライト ・ ローマン体活字が、ボローニャ出身の有能な活字父型彫刻士、フランチェスコ ・ グリフォ ( Francesco Griffo   ? ―c.1518 ) の設計 ・ 彫刻によって、1495―99年にかけてつぎつぎと誕生した。

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上) 朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部 2006年ニューイヤー ・ カード 使用活字書体 「 ベンボ 」
下) 朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部 2007年ニューイヤー ・ カード 使用活字書体 「 ポリフィラス 」

この時代のアルダス工房のローマン体は、まず1495年  「 アルダス/第 1 ローマン体 」 と呼ばれ、ピエトロ ・ ベンボ著 『 De Aetna 』 にもちいられた。
この 「 アルダス/第 1 ローマン体 」 は1929年にスタンリー ・ モリスンの監修によって復刻され、最初の 『 De Aetna 』 の著者の名をとって 「 ベンボ 」 と名づけられた。 この 「 ベンボ 」 は、いまなお金属活字でも電子活字でも入手が可能である。

「 アルダス第 2 ローマン体 」 は、1496年にグリフォによって彫刻され、レオニセヌス著 『 Epidemia 』 にもちいられた。
「 アルダス第 3 ローマン体 」 は、1499年に おそらくこれもグリフォによって彫刻され、美しい木版画をともなって著名な 『 Hypnerotomachia  Poliphil 』 ( 邦名 : ポリフィラスの夢 or ポリフィロの狂恋夢 ) にもちいられた。

この 「 アルダス第 3 ローマン体 」 も、1923年にスタンリー ・ モリスンの監修によって復刻され、モノタイプ社から最初の書物の名をとって 「 ポリフィラス  or  ポリフィリ 」 として発売をみた。 この 「 ポリフィラス 」 も、いまなお金属活字でも電子活字でも入手が可能である。

さらにアルダス工房の名をたかめたのは、「 手早く書かれた、やや傾斜のある非公式の書 体 ≒ チャンセリー ・ カーシブ 」 に着目し、それを活字書体としてグリフォによって彫刻させ、 詩集など小型判の書物にもちいたことである。

このように出版プロデューサーとしてのアルダス ・ マヌティウスの企画力と、アルチザンとしてのフランチェスコ ・ グリフォの手腕によって製作された活字書体は、こんにち 「 オールド ・ ローマン体 」 として、いまなお活字界においては屹立した存在である。

そしてこのアルダス工房など、15世紀後半に各地のアルチザン工房がのこしたさまざまな書物は、のちにドイツの書誌学者によって、まだ活字と書物がゆりかごのなかにあった時代の書物、すなわちラテン語のゆりかごからの意から 「 インキュナブラ   Incunabula  揺籃期本 」 と命名され、きわめて評価がたかい図書となっている。

そしてアルダス工房の活字は、やがてルネサンスの精神とともに、フランスに影響を与え、クロード ・ ギャラモンらによって一層の発展をみた。
そしてグリフォの、「手早く書かれた、やや傾斜のある非公式の書体 ≒ チャンセリー ・ カーシブ 」 活字は、フランスではイタリックと呼ばれ、これまた一層の充実をみた。

そしてわが朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部では、毎年のニューイヤー ・ カードにおける活字紹介シリーズとして、2006年 「 ベンボ 」、2007年 「 ポリフィラス 」 の両活字書体を紹介した。
そしていまなお手を尽くして、モノタイプ母型による金属活字の輸入販売にもあたっているのである。
すなわちヴェネツィアの運河を背にした、このちいさな工房の歴史のおもさをおもわずにはいられないのである。
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 と、ここまで書き進めて、吾輩ハタと気づいた。 吾輩は 「 烏兎匆匆 ウト-ソウソウ ② 」 としてこのページをしるしていることをである。 すなわちこのテーマは今後どなたかにお任せするとしているのである。
いまや復習したり、再考 ・ 再検証するときではない。 まして、アルダス工房とその書物と活字にたいする関心は世界規模でおおいにたかまっている。 もはや吾輩の出る幕ではない。

以下にもうふたつのテーマを紹介するが、もうしつこくは書かないゾ。
ところがじつは、そのどちらかは、これから一層集中 ・ 注力するテーマとしている。 どちらかは秘密だけどネ。 いずれにしても、あとはお任せなのである。

 しかしである。 しかしながら、オールド ・ ローマン体の研究を深めるためには、先行したヴェネツィア ・ ローマン体の研究をもっとふかめる必要がある。 すなわち、アルダス ・ マヌティウスより30歳ほど年長で、これも同じくヴェネツィアを本拠地とした、ニコラ ・ ジェンソン ( Nicolas Jenson  1420―80 ) の工房調査がまったく進行していない事実にいまさらながら気づいた。

アルダス工房の調査も ( 大袈裟にいえば、世界のタイポグラファがみな )、ここにしるしたような些細なことから大きく進捗したのである。

そ こで最後に、真摯なタイポグラファの皆さんに声を大にして のお願い。

ニコラ ・ ジェンソン工房の調査を、ぜひ !

【 詳細情報 : 凸版印刷 印刷博物館

【展覧会】 宇都宮美術館 遊亀と靫彦 ─師からのたまもの・受け継がれた美─

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◯ 会    期 : 2015年04月05日[日]-05月17日[日]
◯ 開館時間 : 午前09時30分-午後05時(入館は午後04時30分まで)
◯ 休 館  日: 毎週月曜日、(ただし5月4日は開館)、および4月30日[木]、5月7日[木]
◯ 観  覧  料 : 一般900円
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端正な線と豊麗な色彩で多くの歴史人物画を残した安田 靫彦(やすだ ゆきひこ 1884-1978)。
その愛弟子で、モダンで新しい日本画表現に果敢に挑んだ小倉遊亀(おぐら ゆき 1895-2000)。
二人の画家は、共に近代日本画の歴史に大きな足跡を残しました。

奈良女子高等師範学校卒業後、教鞭をとりながら絵画制作を続 けていた遊亀は、1920年(大正9)、靫彦に入門。 遊亀独自の絵画世界へ向けて確かな一歩を踏み出しました。
そして、この師弟をつないだともいえるのが、「 大和の生き字引 」 といわれた歴史学者、水木 要太郎(みずき ようたろう 1865-1938)でした。 水木は、靫彦が奈良に内地留学した際に親しく交流を持ち、また、遊亀の高等師範学校時代の恩師でもありました。

本展覧会では、安田靫彦、小倉遊亀、それぞれの名品をご覧いただ き、さらに、広範囲な文物のコレクターでもあった水木の旧蔵品から、 二人と関係する作品や資料を展示いたします。 また、宗達など古人の残した作品の研究を重ね、自らの制作に生かした靫彦の遺愛の古美術品なども取り上げます。

こうした様々な視点から安田靫彦と小倉遊亀をご覧いただくことにより、それぞれが生み出した美と、師から弟子へと引き継がれたものを感じ取っていただく、またとない機会となるでしょう。
【 関連情報 : 宇都宮美術館 企画展

<次回展のお知らせ 詳細紹介は後日>20150323141331112_0003

【展覧会】 中村不折が愛した 中国 ・ 南北朝時代の書 書道博物館

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書道博物館 中村不折コレクション

不折が愛した 中国 ・ 南北朝時代の書

-439年から589年、王朝の興亡を越えて-

◯ 開催期間
2015年03月24日[火]-07月20日[月 ・ 祝]
◯ 休  館 日
毎週月曜日
ただし03月30日[月]、04月06日[月]、05月04日[月・祝]、07月20日[月・祝]は開館。
05月07日[木]は閉館。

※ 会期中(05月18日)に一部展示替えがあります。
※ < E – メール : 書道博物館ニュース 第10号より >
03月30日と、04月06日の月曜日は休館日ですが、この時期に書道博物館中庭の桜が満開になることが予想されます。
また、お出かけするにもよい季節となりますので、臨時に開館しまして、みなさまのお越しをお待ちしています。 展示作品を見ていただきながら、桜も見ていただければと思います。
DSCN4253 DSCN4248書道博物館の
中庭と、復元された明治のお蔵。 この中庭の櫻が咲くときは圧巻です。
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中村不折が到達した独特のスタイルを持つ書風は、主に439年から589年にかけての150年間の混沌とした中で発展した南北朝時代の書がその源となっています。
南朝の柔軟で優雅な書風や、北朝の力強い粗野な書風など、それぞれが王朝の興亡を繰り返す中で、書は変遷を遂げていきました。
不折はその多彩で変化に富む書に惚れ込み、実に多くの南北朝時代の書を収集しています。

本展覧会では、不折が愛した数々の南北朝時代の名品と、その古典をもとに自らの書風を形成した不折の書を、書道博物館の所蔵品より紹介します。

【 企画詳細 : 書道博物館

【会員からの情報】 ターシャ ・ テューダー展 MATSUYA GINZA

20150312144204579_000220150312144204579_0001ガーデニング ・ 絵本 ・ ドールハウス  愛する暮らし
生誕100年 

ターシャ・テューダー展

◯ 会  場 : 松屋ギンザ 8 階イベントスクエア
◯ 日  時 :
2015年3月18日[水]-2015年4月6日[月]
<最終日は17:00閉場 ※入場は閉場の30分前まで>
◯ 入場料 : 一般 1,000円
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アメリカ ・ バーモント州の山奥で、ガーデニングを楽しみ、92歳で亡くなるまで創作活動を続けた 絵本作家 ターシャ ・ テューダー ( 1915年-2008年 )。
子育てを終えたターシャは、大好きだったコーギ犬やペットのチャボと共に、鶏や山羊を飼い、毎日の生活のほとんどを手作りするライフスタイルを続けました。 その合間に絵を描き続け、70年間に発表した絵本は約100点にのぼります。

こうした暮らしが NHK の番組や書籍などで紹介されると、大きな反響を呼び、彼女は今なお多くの女性の憧れの存在です。
本展では、生誕100年を記念して、愛用していた食器や家具、ガーデニンググッズ、ドレスや絵本の原画、日本初公開となるドールハウスと人形を含む約200点を展観いたします。

また、ガーデンデザイナー杉井明美さんによる 「 ターシャの庭 」 を特別展示いたします。
「 思うとおりに歩めばいいのよ 」 と語り、夢を追いかけ、心豊かに生きたターシャ。
シンプルで優雅、そして喜びに満ちた独自の世界をお楽しみください。
[ 会員の レッツ ・ ラーン ・ スタジオ/出原 速夫さんからのご紹介です ]

【 企画詳細 : MATSUYA GINZA  展覧会&ギャラリー 】

【特別展】 紙幣と官報 2 つの書体とその世界/お札と切手の博物館

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特別展示

平成26年度 第 2 回特別展
紙幣と官報 2 つの書体とその世界

書体とは文字の姿のことです。
活字印刷技術の誕生以来、これまでに多くの書体が生み出されてきました。
印刷局でも、独自の書体をつくっています。
印刷局の独自書体
は 2 種類あり、ひとつはかつて活版印刷物用として開発され、官報に用いられたもの、もうひとつはお札などの偽造防止対策が必要な印刷物用につくられたものです。
本展は、これらの書体が、官報が法令を伝えるために、あるいは、お札がお金としての信頼を得るためにどのような役割を担ったのか、その誕生背景などから探ります。

◯ 開 催  日
平成26年12月16日[火]-平成27年03月08日[日]
◯ 
開催時間
09 : 30 -17 : 00
◯ 
休 館  日
月曜日 ( 祝日の場合は翌平日 )
◯ 
開催場所
お札と切手の博物館 2 階展示室
◯ 
入 場  料
無  料

【 展示詳細 : お札と切手の博物館 特別展示
【 展示詳細 : お札と切手の博物館 特別展示 見どころ解説 】

【展覧会】 宇都宮美術館 薄久保友司展<光 風 人々 私>

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薄久保友司展
光 風 人々 私
Tomoji Usukubo Exhibition
Light, Wind, Human Being and Myself 

2015年02月08日[日]-03月22日[日]

宇都宮市に生まれ、 新制作協会で活躍する画家、薄久保友司。
森羅万象に主題を求め、 生きとし生けるものに深い愛情を注ぐその画業を、 初期から現在にいたるまで紹介する。
また、彼のもうひとつのライフワークである 絵本、 教科書の仕事も同時に展示する。

【 企画詳細 : 宇都宮美術館  企画展年間スケジュール
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ここのところ意欲的な展覧会がつづく宇都宮美術館である。
同館は、年末 ・ 年始およびメンテナンスのためにしばらく休館しているが、はやくも次回展のポスターとフライヤーが送られてきた。 

本欄でも紹介したが、昨年の掉尾をかざった 『 月映  TSUKUHAÈ 1914-1915 』(終了) は、現在ではたった一部しか残されていない 「 私輯 『 月映 』」 と呼ばれる私家版や、油彩画、ペン画などの貴重な関連作品も多数展示したすばらしい企画で、多くの来館者をよんでいた。
すこし遠いが、新宿から宇都宮までの直通電車もあり、訪館はさほど困難ではない。 宇都宮名物<餃子>もたのしめる。 ぜひともご覧いただきたい企画である。

『 月映 』 1914-1915
TSUKUHAÈ 1914-1915
2014年11月16日[日]-12月28日[日]-終了企画

命を削りながら作品を創り続けた田中恭吉。
死の淵からの希望を掲げた藤森静雄の版画。
抽象的な表現を開拓していく恩地孝四郎。
二十代の若者たちによる詩と版画の雑誌 『 月映 』 は、 近代日本美術史の中で鮮烈な輝きを放っている。 版画を中心に、貴重な油彩画、ペン画などから、刊行100年を迎える 『 月映 』 の世界に迫る。