【書体使用例紹介】 正調明朝体 金陵 ー 鹿児島市立美術館 海老原喜之助展/樹脂凸版での使用に好適なデジタルタイプです。

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《 紙メディアが元気なまちでした ―― 鹿児島市の公共施設のフライヤー、ポスター 》

活版礼讃-<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO> のために鹿児島にでかけました。
県都 : 鹿児島市は人口60余万のまちです。
イベントの前後、このまちに五日ほど滞在しましたが、おどろいたことに、このまちではまだまだ、フライヤー、チラシ、ポスターなどの紙メディアが有効なことでした。

おもへらく、東京、大阪などの巨大都市はもとより、人口100万人見当の政令指定都市にあっては、良かれ悪しかれ、あまりに情報が錯綜し、情報過多になっている現状があります。
かててくわえて、あたらしいデジタルメディアの氾濫によって、印刷 ・ 紙メディアのフライヤーなどをせっかく製作しても、たれも持ち帰らないし、がんばってポスターを製作しても、掲示する場所が無いといった惨状がみられます。

もとろん鹿児島でも、喫緊の課題として、少子化による人口減少の歯止めが急務とされ、また総体としての印刷業はやはり逆風下にあるということでした。
それでも書店をのぞくと、図書と雑誌の陳列のほかに、郷土誌とタウン誌の特別コーナーがもうけられ、そこには公共施設のイベント告知を中心に、さまざまな印刷物がところ狭しと置かれています。
すなわちこのまちの[もちろん一部とはいえ]書店は、「 売らんかな ― いざ」 という、たんなる図書と雑誌の展示販売所に堕すことはなく、いまだに良き文化と情報の発信拠点であることが、嬉しくもあり、おどろきでもありました。
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鹿児島ではここにご紹介した <鹿児島市立美術館 海老原喜之助展> のポスターがあちこちで掲出されているのをみましたし、フライヤーも、書店だけでなく、カフェやレストランなどにさりげなく置かれていました。

< 鹿児島市立美術館 海老原喜之助展 > の企画展の平面設計士(グラフィックデザイナー) のお名前は公開資料には記録されていませんが、とても丁寧に製作されており、好感をもちました。
またデジタルタイプも、ありきたりな書体ではなく、主要書体として 「 秀英体 」 をもちい、見出し部に 「 正調明朝体 金陵 」 を配していました。
というわけで、ここに鹿児島で偶然であったデジタルタイプの使用例をご紹介しました。

【 関連情報 : 鹿児島市立美術館 企画展

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《 明治維新から150年、鹿児島の観光施設は記念イベントで賑わっていました 》
鹿児島市の中央部に、歴代の薩摩藩主の居城であった鶴丸城があります。
この鶴丸城の背後には 「 城山 」 と呼ばれる急峻な丘があり、現在は観光地のひとつになっていますが、そこには 砦 程度の施設がつくられただけで、居城は平地にある鶴丸城でした。

むしろ薩摩藩主 : 島津家には <薩摩は人をもって城となす> とする考えがあって、おおきな城郭や天守閣をかまえることは無く、さほど高くない石垣と、わずかな濠にかこまれた平ヒラ城を 「 鶴丸城 」 と呼んで居城としていました。

鶴丸城は、薩英戦争、西南の役、第二次世界大戦の空襲など、多くの戦乱に巻きこまれ、現在はそれらの戦乱の弾痕を留めた石垣がのこるだけになっています。
その鶴丸城の主要部、二の丸の跡地の一画に、「 城山 」に向かって左から順に、鹿児島県立博物館、鹿児島市立美術館、鹿児島県立図書館、鹿児島県立歴史資料センター 黎明館 などの大型公共施設があります。

この一画にある美術館で <鹿児島市立美術館 海老原喜之助展> が開催されていました。観光業者のはりきりをよそに、これらの公共施設は淡淡と日常業務を展開していました。
できたら参観し、図録があれば購入したかったのですが、イベントのスケジュールに追われてそれは叶いませんでした。
正調明朝体 正調明朝体B

大明南京國史監 南齋書

まだ 四角四面が お好きですか?
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「 正調明朝体 金陵 」 とはすこしおおげさな名前かもしれません。 このあたらしい書体はべつに古拙感を演出した筆写体でも、奇をてらった装飾体でもありません。
「正調明朝体 金陵 」 は中国 ・ 南京の雅称から名づけられ、その金陵にあった大明南京国子監コクシカン刊行の木版刊本 『 南斉書 』 にみられる端正な明朝体字様を現代に再生したものです。

明王朝(1368-1644)は漢民族の朱元璋 ・ 太祖が、蒙古族の元王朝をたおして南京に建朝しましたが、四代目の皇帝 ・ 成祖のときから都を北京に移しました。
また国子監とは、もともとは隋王朝のころに設立された大学のことですが、明王朝になってからは中央官僚を養成する大学の機能とともに、国家によるすべての学問を統括する中央官庁となりました。

都が北方の北京に移転してからも、王朝による出版活動は 「 南監本 」 とされて、文化の集積が厚い南京を中心に展開されました。 その明王朝によるもっとも典型的な官刊本、すなわち正調明朝体字様がうかがえる書物のひとつが 『 南斉書 』 といってよいでしょう。

「 現代活字明朝体 」 には、近代化の名のもとに、機械メスや電子メスが自在にはいって、直線化がすすみ、水平線と垂直線ばかりが目立って、すっかり四角四面の、硬直した活字書体になってしまいました。
そんな 「 現代活字明朝体 」 から人間味をとりもどしたいあなたに、あるいは奇形や媚態をみせるデザイン書体にはすでに飽いたとおっしゃるあなたのために、明朝体の端正にしてもっとも原型にちかい、木版字様を復刻した 「 正調明朝体 金陵 」 をおすすめします。
「 正調明朝体金陵 」 には伝統のたかみにある和字書体(平仮名と片仮名。あおい金陵 きざはし金陵 さおとめ金陵)三書体が標準でセットされており、用途に応じた選択ができます。

《 正調明朝体 金陵、正調明朝体 金陵 B は、活版印刷実践者におおいに有効です 》
ご覧いただいておわかりのように、「 正調明朝体 金陵 」 「 正調明朝体 金陵 B 」は、適度で、嫌みのない古拙感があり、また、道具や機械よりも、ひとの手の痕跡-手技による身性をおもくみて製作され、通常の 「 明朝体 」 よりも横線がいくぶん太く製作されています。
そのために、本文用書体としての十分な可読性 (Readability) があり、見出しなどにもちいると誘目性 (Inducibility-目につきやすさ) を発揮することができます。

すなわち 「 正調明朝体 金陵 」 シリーズは、活版印刷の現場での、いわゆる横線のトビ、カスレに悩まされることがすくなく、活版実践者で、おもに樹脂凸版を愛用のかたにはお勧めのデジタルタイプです。いちどご試用をお勧めしたいデジタルタイプといえるゆえんです。
お求めは、朗文堂タイプコスミイクからできます。

【 詳細情報 : 朗文堂タイプコスミイク 正調明朝体 金陵 Combination 3
【 詳細情報 : 朗文堂タイプコスミイク 正調明朝体 金陵 B Combination 3