朗文堂-好日録019 活版カレッジ台湾旅行 新活字母型製造法を日星鋳字行でみる。

《CAD システムを駆使した日星鋳字行の活字母型製造法》
今回の台湾旅行の最大の目的は、台湾・台北市にある活字版製造所/日星鋳字行(代表/張 介冠氏 チョウ-カイカン)をたずね、パンタグラフの比例対応方式を応用した、機械式活字父型・母型彫刻法(以下ベントン彫刻と略称)にかわる、あらたな活字母型の製造法、すなわち  Computer Aided Design(CAD)方式の採用による「あたらしい活字母型製造法」を実地に体験して、それを学習することにあった。

既報のとおり、わが国における近代活字の活字母型製造法とは、なんの疑いもなく、西洋近代の文明開化を象徴する新技術として、明治最初期から「電鋳法(電胎法とも)活字母型 Galvanic matrix」がほとんどであった。この方法は簡便ではあるが、「既成の活字から、それを複製原型として、あらたな活字母型、活字をつくる ──  Making Matrices from Type」、すなわち活字の不正複写が多発するとされて敬遠され、欧米ではオーナメントや精密画像の複製用などの「電気版 電胎版とも Electrotype」に使用される程度にとどまった技法であった。

ところがわが国では、近代タイポグラフィの導入期から、各地の活字鋳造所でひろくおこなわれていた活字母型製造法は、この不正複写問題が多発するとされ、欧米では敬遠された「電鋳法(電胎法とも)活字母型 Galvanic matrix」であったことは、そろそろ明確に記憶にとどめてもよいだろう(『Practical Typecasting』Theo Rehak, Oak Knoll Books, Delaware, 1993, p.152-163 )。

わが国では、ほかには「弘道軒清朝活字」を製造販売した「弘道軒活版製造所」など、ほんの数社が、欧米とおなじように、複製原型としての活字父型を彫刻して「パンチド・マトリクス方式  Punched Matrix」を採用して活字母型を製造していた。

すなわち世界的な規模において、近代タイポグラフィ界にあっては、ながらく、活字製造の複製原型は活字父型(木製のばあい種字とされることもある)であり、その活字父型(種字)の存在が、原鋳造所のなによりの誇りであり、証明となっていた。
当然活字父型はたいせつに保管されていたので、欧米各国の活字鋳造所、活字博物館、活字記念館などでは枢要な展示物として活字父型をみることができる。

わが国では、前述した弘道軒活版製造所の活字父型のほとんどは、関東大地震の被害をまぬげれて、神崎家 → 岩田百蔵氏 → 日本タイポグラフィ協会の手をへて、まだ未整理な段階にあるものの、現在は印刷博物館が所蔵している。
また岩田百蔵氏の時代、少数ながら弘道軒活版製造所のよく整理された資料が、女婿・平工栄之助の手に継承され、その資料は研究対象として現在朗文堂がお預かりして、公開展示や実際の印刷テストなどにももちいている(平工家蔵)。
【参考資料:「弘道軒清朝活字の製造法とその盛衰」『タイポグラフィ学会誌04』(片塩二朗、タイポグラフィ学会、2010年11月1日)】

イタリアのタイポグラフィの王者、王者のタイポグラファと称賛される Giovanni Battista BODONI(1740-1913、パルマ)の「ボドニ活字博物館」の収蔵資料。同館ではボドニの活字父型、活字母型、鋳造活字、それで印刷された書物がすべてセットで展示されているのが大きな特徴である。

このパンタグラフの原理を応用した機械彫刻方式は、リン・ボイド・ベントン(Benton, Linn Boyd  1844-1932)によって、1884年に活字父型彫刻機(Punch Cutting Machine)として実用化された「機械式活字父型・母型彫刻機、ベントン」であった。
しかしながらこの方式による活字母型製造法は、安形製作所、協栄製作所などの彫刻技術者が本2012年に相次いで逝去されたため、ここに、アメリカでの実用化から128年、国産化から62年という歴史を刻み、本2012年をもって事実上幕をおろすこととなった。
【参考資料:花筏 タイポグラファ群像*004 安形文夫】

すなわち、これからのわが国での活字鋳造の継続を考慮したとき、いかに慣れ親しんだ技法とはいえ、残存するわずかな原字パターンの字体にも時代性と齟齬がみられたり、もはやあまりにふるい「機械式活字父型・母型彫刻機、ベントン」という19世紀の技術にすがることなく、いずれ、あらたな活字母型彫刻法を開発しなければならない状況にあった。
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台湾における活字鋳造会社、日星鋳字行の存在と、そのCAD方式をもちいたあたらしい活字母型製造法の情報は、だいぶ以前から林昆範リン-クンファン氏(台湾中原大学助教授、タイポグラフィ学会会員)からいただいていた。
したがって、そもそもこの台湾旅行は、昨年中におこなわれる予定の企画だったが、2011年3月11日の東日本大震災の影響もあってのびのびになっていた。その間逆に、昨年末に数回、日星鋳字行の張 介冠 チョウ-カイカン 代表と、台湾活版印刷文化保存協会の 柯 志杰 カ-シケツ さんが、日本における活字鋳造の現状調査、台湾のテレビ取材の立ち会い、欠損部品の補充などを目的に、わざわざご来社いただくことが数度あった。

さらにふしぎなことに、昨2011年の年末、クリスマスの日も、年末をもって廃業される活字関連業者の設備移動に関して、急遽来日されたおふたりと過ごしていた。
なによりも日星鋳字行さんは《活版凸凹フェスタ2012》に独自スタンドをもうけて出展されており、アダナ・プレス倶楽部会員の皆さんとも、すっかり親しい間柄になっていた。
★アダナ・プレス倶楽部 活版凸凹フェスタ*レポート14 

   
  
   

上左・右)日星鋳字行のコンピューターで、あらかじめ送付しておいた原字データーに、鋳造活字にもとめられる「Bevel 傾斜面」のデーターを付加するなど、CAD彫刻方式に必要な画像処理が加えられていた。

中左)そののち、斬削加工機にデーターが搬送される。この斬削加工機はさして特殊なものではなく、金属加工業界ではふつうにもちいられている程度のものだそうである。
中右)所定の金属材料(マテ、Material のなまりか? 真鍮の角材)を、定められた位置に正確に置いて固定する。それ以後は操作パネルの操作で、極細のドリルが降下してきて、あとは自動的に彫刻がはじまる。

下左)ドリルの移動は、ベントン彫刻機が手技によって輪郭線をなぞる作業からはじまるのにたいして、本機ではデジタル・スキャナーと同様に、ドリルは上部から下部にかけて、水平運動を繰り返していく。ドリルは作業中交換されることは無く、この1本のみで終了する。これで初号から、現段階では実験的ながら、六号サイズまでの活字母型彫刻に対応しているとのことである。
下右)彫刻を終えた活字母型は、検品・補修のうえ、すぐさま活字鋳造がはじまった。日星鋳字行には活字鋳造機が、台湾製/2台と、日本・八光活字鋳造機製作所(長野県埴科郡戸倉町に旧在した)による「全自動活字鋳造機 セルフデラックス」1台があった。今回の活字鋳造は八光活字鋳造機製作所のものがつかわれた。

日星鋳字行の活字鋳造機は、上掲写真右側の八光活字鋳造機製作所(長野県埴科郡戸倉町に旧在した)の製造による「全自動活字鋳造機 セルフデラックス」とほぼ同型の機種であった。

今回の参加者全員の原字データーは、いったんアダナ・プレス倶楽部に集約されて、かつてのベントン彫刻機のパターン製造のときと同様に、あらかじめ簡便な「文字作成ソフトウェア」をもちいて、2インチ角の枠と、センター・トンボをつけた文字データとして日星鋳字行に送付しておいた。
作成予定の活字母型と活字は、初号活字(≒42ポイント角)であった。形象が複雑で、彫刻時間が長時間になるものは、あらかじめ日星鋳字行で機械彫刻が先行していた。

彫刻時間だけをみると、楷書体初号「朗」のひと文字を彫刻するのに15分ほど、おなじく「文」のひと文字を彫刻するのに10分ほどの時間がかかった。
斬削中はつねに操作面に機械油が注がれて、斬削粉の除去と、ドリルの加熱を防止していた。
なにぶん金属加工や機械関連には知識が乏しい。また、日星鋳字行の独自のノウハウも尊重しなければならない立場であった。そのため参考資料として【平田宏一氏 機械加工の基礎知識】をあげておいた。関心のあるかたは参考にしていただきたい。

《活版凸凹フェスタ2012》会場にて──2012年05月05日
上) 『昔字・惜字・習字』(臺灣活版印刷文化保存協會 2011年 中華民国100年12月
   同書の序文に「鉛活字印刷技術之復興 ── 風行一時、日星又新」とある。
   日台でのおもいは同じで、どちらも《活版ルネサンス》。柯 志杰さんによると、
   いまの台湾では、活字鋳造、活版印刷の崩壊をあやうく防止できたという段階に
   あり、これから徐徐に修復作業にとりかかり、将来課題として新刻作業に入る
   段階にあるとのこと
である。
左) 日星鋳字行  張 介冠(チョウ-カイカン)代表

右) 台湾活版印刷文化保存協会  柯 志杰(カ-シケツ)さん

日星鋳字行地階の作業場にて。後列はアダナ・プレス倶楽部 活版カレッジ修了生の皆さん。
前列右)日星鋳字行  張 介冠(チョウ-カイカン)代表
前列左)台湾活版印刷文化保存協会  柯 志杰(カ-シケツ)さん

   

  

 上左)日星鋳字行は活字版製造所(活字組版所)を兼ねているため、活字の在庫はふつうの活字鋳造所にくらべるときわめて多い。写真は文選箱を手に、ずらりと並んだ活字ケース架をぬって、台湾ならではの活字の購入に忙しい会員の皆さん。
上右)さまざまな国からの見学者が増え、カバンや手荷物が当たって活字の落下事故が増えているそうである。活字ケース架(ウマ棚)には手荷物の持ち込みはやめていただきたいとのこと。
また財政担当の張夫人がやつがれに「長時間見学や撮影だけして、なにも買わないか、せいぜい名前の活字2-3本だけ買って帰る人はねぇ」と、ポツリ……。結構こたえた!

下左)台湾では縦組み、横組みを問わず「句点  、」と「読点 。」も中央におかれる。そのための中付きの句読点の活字。
下右)台湾・日星鋳字行にもありました! 「活字列見」。
「やつがれ-これをナント呼んで、ナニに使っていますか」。「張代表-名前は知らないけど、欧文活字を鋳込むとき、ベースラインを見本活字とあわせるのに必ずつかっています」。「やつがれ-なるほど、日本とほとんど同じですね」。「柯さん-そうか、知らなかったなぁ」。

日本と台湾のタイポグラファの交流はこうして続いていく。

★タイポグラフィ あのねのね*016
これはナニ? なんと呼んでいますか?  活版関連業者からお譲りいただきました。

★タイポグラフィ あのねのね*018
Type Inspection Tools   活字鋳造検査器具  Type Lining Tester  活字列見

【この項つづく】