活版凸凹フェスタ*レポート01

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本情報のオフィシャルサイトは アダナ・プレス倶楽部ニュース です。
ここ、タイポグラフィ・ブログロール《花筏》では、肩の力をぬいて、
タイポグラフィのおもしろさ、ダイナミズムなどを綴れたらとおもいます。
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《さぁ、活版凸凹フェスタ2012準備の開始》
ことしの冬は、ことのほか寒さがきびしく、雪国からは大量積雪のたよりがしばしば寄せられていました。そんななか、年明け早早から《活版凸凹フェスタ2012》の準備がはじまりました。
《活版凸凹フェスタ》は活字版印刷術(以下カッパン、活版とも)にまつわるさまざまを集めた、楽しいお祭りです。

活字をもちいて印刷をおこなう「活字版印刷術 Typographic Printing」と、各種の凸版類をもちいて印刷をおこなう「凸版印刷 Letterpress Printing」を中心に、凸版・凹版・平版・孔版といった、さまざまな印刷版式の紹介と、版画や製本といった関連技術も含めた作品と、製品を展示し、一部は販売もおこないます。

《五月の連休は活版三昧ザンマイ》をスローガンとして開催された《活版凸凹フェスタ》は、2008-9年に四谷・ランプ坂ギャラリーを会場として開催し、2010年には上野・日展会館に会場を移して開催されました。昨2011年は東日本大震災のために、申込者の集計もおわっていた段階で、被災地の皆さまと、出展者のお気持ちに配慮して、残念ながら中止といたしましたが、ようやく満を持してふたたび日展会館で再開の運びとなりました。

2012年2月16日、アダナ・プレス倶楽部のニュースに《活版凸凹フェスタ2012 出展者募集》が告知されました。お申込みの締め切りは2月29日。
このころはまだ東日本大震災から一年を経過していなくて、震災被害の爪痕がおおきく、景気は足踏み状態でした。また昨年の中止のあとだけに、どれだけの皆さんがご出展されるか不安がありました。ところが嬉しいことに、初回の2008年から参加されている皆さんを中心に、あたらしいメンバーからもたくさんのお申込みをいただきました。

3月の初旬から、広報・告知態勢が話しあわれました。活版印刷の祭典として位置づけられる《活版凸凹フェスタ》では、従来どおり紙媒体を中心に訴求し、それに加えて、あたらしいメディアも有効に活用することを確認し、デザインの確定、印刷用紙の手配、印刷担当企業との交渉と、作業は徐徐に進行しました。

《活版印刷なら任しとけ! 強力メンバー、そろい踏み》
なにぶん、活版印刷の祭典ですから、紙情報による広報態勢に困惑するわけはありません。すべてがお仲間、出展者との話し合いで円滑に進むはずでした。あくまで予定では、です……。
つまり、やはり、例年どおり、いよいよ《活版凸凹フェスタ2012》協奏曲(狂想曲?狂夢曲?)のはじまり、はじまり~、となっただけのことでした。

  ・アートディレクター   松尾篤史さん(バッカス松尾)
  ・印刷用紙提供     アワガミファクトリー/中島茂之さん
  ・ポスター印刷協力   弘陽/三木弘志さん
  ・はがき印刷協力    大伸/大澤伸明さん(若旦那)
  ・写真製版協力     真映社/角田光正さん(ジョーム)
  ・ムササビ・ベイシズ  日吉洋人・玉井一平   
  ・広報(後方)支援    朗文堂/鈴木 孝・片塩二朗(やつがれ)
  ・コンダクター       アダナ・プレス倶楽部/大石 薫

《アートディレクター/松尾篤史さんのこと》
アダナ・プレス倶楽部創設のときから、アートディレクションを松尾篤史さんにお願いしています。図書『VIVA♥!! カッパン』(大石薫、朗文堂)も松尾さんのディレクションによるものです。
かつての松尾さんは、クリエーターズ・ネームとして「バッカス松尾」(ともに酒の神とされる)を名乗るほどの酒豪でした。ですから、飲み屋の階段からころがり落ち、高額の壺を割って弁償させらりたり(ついでに怪我もしたが、たれも同情せず)、バイク(自転車)でフラフラ走って生け垣に突っこんで、これも高額な愛車を駄目にした(このときも顔中アザだらけ、仝前)こともありました。
気の毒なことに、アダナ・プレス倶楽部の会員は、壺やバイクといったモノの被害には、
「ワァー、たいへんだぁ。それっていくらかかったの」
と心配しても、バッカス松尾の怪我や躰のことは、またか! と洟にもかけません。独身時代の酒席での失敗談には事欠きません。

こんなこともありました。和民ワタミでかなり盛りあがって帰ろうとしたとき、バイクの脇でなにやらゴソゴソ、モゾモゾ。
「カラシロさ~ん、ヘボ、いや~、ヒボナッチは~、いくつーでしたっ  ケ?」
「いくつったって、黄金律のことだろう」(こっちは しらふ)
「そうじゃなく~って、カ~ズ、カズですよ~」
「ヒトヨ-ヒトヨニ-ヒトミゴロか、1.618のどっちかだろぅ」(こっちも いいかげん)
「そうれす、1618でした~」
こうしてバッカス松尾は、バイクをガードレールにつないでいたワイヤーのロック(キーナンバー/1618 すでに廃車)を外して、フラ~リ、フラッフララと帰っていったのでした。

このように松尾さんの独身時代の酒席での失敗談をあげればきりがありません。ところが前回の《活版凸凹フェスタ2010》の直後、福島由美子さんと結婚され、アダナ・プレス倶楽部では 松尾夫妻の結婚を祝う会 を開催しておふたりを祝福しました。そしていまでは由美子夫人の管理よろしきをへて、毎日愛妻弁当持参で出社され、お酒も煙草もほどほど──というところです。  

閑話休題トコロデ、本談にもどって……、 松尾篤史さんは、日ごろは知的でスタティックなデザインを展開されています。ところがアダナ・プレス倶楽部では、
「なにがスタティック(静的)よ。う~んと大胆に、もっともっとダイナミック(動的)にやって欲しい」
という、コンダクター/オーイシが待ち構えています。それでもそこはプロフェッショナル松尾。一見やんわりオーイシの意見を取りいれ、ダイナミックにみせながらも、実はきわめて周到な、こだわりの強いデザインを展開しています。

すなわちA3判レタープレス、オモテ1色/ウラ2色のポスター《活版凸凹フェスタ2012》においても、裏面紅赤色の、色ベタ内枠の天地は「わが国の活字の原器 504pt. の2倍 」、すなわち1,008pt. になっています。
当然内枠の左右は、1,008pt. から導きだされたルート比をもちいていますので、A3判という、ルート比例にもとづいたこのポスターサイズのなかで、内枠の色ベタは、とても座りがよい感じにみえてきます。このようなみえない仕掛けが随所にこらされているのが、松尾デザインの特徴です。

このタイポグラフィ・ブログロール《花筏》をよく閲覧いただいている読者ならご存知のように、わが国の活字の最小公倍数は504pt. である……、という紹介が年末年始にあって、ちいさな世界の、おおきな話題となりました。その報告は タイポグラフィあのねのね*019 【活字の原器と活字のステッキ 活字の最小公倍数504pt. とは】で、つい先ごろ本欄でなされました。

こうした金属活字の最小公倍数を駆使し、そのグリッド(格子)から導きだされた数値は、現代のDTP組版においても多いに有効なものだということが、この報告以後、各方面で急速に、追試・実証・実用されています。
この《活版凸凹フェスタ2012》ポスターは、504pt. の倍角=1,008pt. においても、デザイン・メソッドとしてきわめて有効な数値であることを、巧まずして実際のポスターとして証明しています。

《アワガミファクトリー/中島茂之さんのこと》
出展者の確定と、デザインラフ案の完成をまって、3月6日  アワガミファクトリー  の中島茂之さんと打ち合わせ。A3判ポスター用紙小数500枚+予備紙、A5判はがき用紙小数5,000枚+予備紙のご提供をお願いしました。

中島さんは体育系大学のご出身で、快活なご性格と、フットワークの良さが身上です。
申込みを快諾していただき、はがき用紙はアワガミファクトリー積極展開中の、竹の繊維を素材とした「竹和紙」にすんなり決定。
あわせてアワガミファクトリーが、活版印刷適性を検証するためと、販売促進をかねた、はがき大の作品提供の依頼を受けました。
これは直前で中止となった《活版凸凹フェスタ2011》で予定されていたプロジェクトでしたから、樹脂凸版によるレター・プレスを条件に、アダナ・プレス倶楽部会員、亀井純子さん、玉井玉文堂さん、成田長男さん、バッカス松尾さん、春田ゆかりさん、横島大地さんに製作担当をお願いしました。

活版印刷 弘陽さんの愛用機、菊四裁判(A3伸び)手差し活版印刷機 

ここまではなんの問題もなかったのです。本当に。ここから協議は次第に妙な方向に向かい、危険ゾーンに踏みこんでいきました。
ディレクター/松尾篤史さんと、コンダクター/大石薫は、ほぼ同世代ですが、アワガミファクトリーの「和紙見本帳」を繰っているうちに、ごくごく薄手の和紙、ふつう印刷・出版業界では「ウス」と呼んで、しばしば肖像写真の前に挟みこむ用紙に目をつけたのでした。

大石:「これにシー・スルー・レイヤード See-through Leyerd で印刷してみたら、面白い効果があるんじゃないかなぁ」
片塩:「なに、そのシー・スルー・レイヤードってのは。そんな印刷方式があるの?」
大石:「透けるようで、透けない。透ける効果と、透けない効果が面白いとおもうけど」
片塩:「なんだ造語か! 今回は失敗は許されんぞ。時間も無いし、予算も無い。しかもこんなウスは、手引き活版印刷機か、手差しの活版機でなけりゃ、エア抜けして印刷できないんだからな」
大石:「でも、和紙に印刷っていうと、いわゆる和風になることが多いけど、シー・スルー・レイヤードでやったら、この薄い和紙がおもしろい効果を発揮しそう。もしかしたら岩か岩盤のような、強靱な感じになりそう。松尾さんそんなデザインに変えられるでしょう?」
松尾:「いい書体があるから、きっとうまくいくと思うけど」

アワガミファクトリーの中島さんまですっかり乗り気になって、
中島:「3月19-21日に徳島本社に出かけますので、そこでわたしが断裁して、発送します」
ヤレヤレ。アラフォー3人組みの盛り上がりをよそに、やつがれはひとり、手差し活版印刷機と口走ってしまっとことを悔いていた。これがオフセット平版印刷なら、昼寝をしていても良いが、ウスに印刷となると、ハラハラ、ドキドキ、心配の種は尽きない。
実は前回《活版凸凹フェスタ2010》のポスター印刷に際して大失敗を演じた。いいわけができない、やつがれの管理ミスであった。それだけに今回は危ない橋は渡りたくなかったのだが……。

かつて四谷舟町だったか坂町に、三松堂という活版所があって、そこには手差しの活版印刷機があった。近在の最大手をふくめた印刷会社からの仲間仕事が中心で、用紙自動搬送装置つきの印刷機がエア抜けがあって不得手とする、ウスや和紙系用紙への印刷をウリにしていた。
三松堂では、チョウの羽のように、ヒラヒラと舞いあがりそうなウスに、同寸のアテ紙を添えて、一枚一枚手差しで印刷している風景をしばしばみたし、3度ばかり発注もしたことがある。
自伝・遺稿集・叙勲記念誌・受賞記念誌などの巻頭には、肖像写真が掲載されることが多い。その写真の前にウスは挿入される。印刷は名前だけのものが多かったが、写真のぬしが生存者ならスミインキ、物故者なら薄ネズインキで印刷することがならいであった。

ところがまずいことに、手差し印刷機と口走った瞬間に、これとまったく同じ、菊判四裁手差し活版印刷機が身近にあることをおもいだしたのである。それもアダナ・プレス倶楽部とはきわめて親しい、しかも《活版凸凹フェスタ》には初回からずっと参加されている企業に……。
キタッ!!
大石:「今回のポスターは弘陽の三木さんにお願いするつもりですけど、弘陽さんの手差しは菊四裁も刷れましたよ  ネ?」

《弘陽/三木弘志さんと活版工房》
活版印刷  弘陽 の代表、三木弘志さんは、手差し活版印刷機を所有され、身体性をともなった活版印刷をたいせつにされているかたです。また  ワークショップ 活版工房 も主宰され、多くの活版愛好者があつまる場の提供もされています。
《活版凸凹フェスタ》には、銀座・中村活字さんともども、初回から積極的にご参加いただいている企業です。

前述のようないきさつがあって、《活版凸凹フェスタ2012》のポスターは弘陽の三木さんにお願いしました。三木さんは困難で繁多な作業をいとわず、快くお引き受けいただき、無理な注文に名人技を発揮していただきました。また、排紙のスノコ取りのため、乾燥・定着をまちながら3回予定される印刷のたびに、大石が立ち会い兼お手伝いに参上することになりました。
以下立会場所、弘陽さんからの大石携帯報告と、帰社してからの協議をあわせて記録します。

・3月26日[月]────裏面 特色紅赤  ベタ版印刷
    大石:「水蜜桃の皮肌みたいないい感じ。おもしろくあがっている」
        「シースルー効果は、ドライダウンを確認するまで分からない」        
        「これだけ紅赤がオモテに透けると、逆にオモテ墨版文字のウラ抜けが心配」
        「オモテ墨版の色替えを検討しませんか?」
    松尾:「このままでいけるとおもいます。オモテの墨版も初志貫徹でいきましょう」
・3月28日[木]────表面 スミ版印刷
    大石:「墨版のウラ抜けは、おもったより少ない」
        「ウラ面のマニフェストと、出展者名簿の刷り色を十分考慮したい」
・4月 3日[火]────裏面 特色銀版印刷(この日爆弾低気圧襲来。猛烈な風と雨)
    大石:暴風雨のなか、特色銀、特色金、オペーク白などの1キロ缶インキを携帯して出発
        「刷り色は全色テストの結果銀に! 両面とも干渉しながらなんとか読めます」
    中島:見学兼立ち会いで弘陽さんを訪問。即刻スノコ取りの助手に変身。
    大石:夕刻タクシーで刷り本を抱え、ずぶ濡れで帰社。即刻松尾氏@メール、即来社。
    松尾:「ヤッタ-、いいじゃないですか、ネ!」

大石「ネ?」にはじまり、松尾「ネ!」に終わった、印刷新方式「シー・スルー・レイヤード See-through Leyerd」による、ハラハラ、ドキドキの10日間ほどのポスター製作の点描でした。

 
弘陽さんでの印刷の状況。左:弘陽 三木弘志さん、右:中島茂之さん 

 《写真製版所  真映社さんと、角田光正さん》
活版印刷に必要な、亜鉛凸版・樹脂凸版などを提供されている 写真製版 真映社 さんは、神田の印刷関連機器の老舗企業です。現在は写真製版が主業務で、ご兄弟で経営にあたられていますが、弟さんの角田光正さん(ジョーム)ご自身が、ふるくからの活版実践者でもあり、活版初心者にも親切に対応されています。
今回の《活版凸凹フェスタ2012》のポスターと、はがきの写真製版も真映社さんにお願いしました。また、出展者の多くが真映社さんを利用されていますから、活版愛好家の動向を真映社さんは意外なほど正確に把握されています。

ポスター印刷担当の弘陽さん、はがき印刷担当の大伸さんともに、ご昵懇ですので、真映社さんにデーターを送付すると、弘陽さんにも大伸さんにも凸版(ハンコ)が直送されて便利です。
前回の《活版凸凹フェスタ2010》の出展に際して、キャッチフレーズに【春のハン祭り】と謳って喝采をあびていました(山崎さんではなくて角田さんですけど)。あのジョームのことですから、ことしの《活版凸凹フェスタ》でも、なんとか皆さんをアッといわせようと秘策(オヤジ-ギャグかも?)を練っているようです……。

《通称 活版印刷屋 大伸/大澤伸明さん》
イベント告知はがき、絵柄面2色、宛名面1色の印刷は大伸さんにお願いしました。大伸さんは、「通称 活版印刷屋 大伸」ですが、さらに正確にしるすと「通称 活版印刷屋 大伸 三代目 若旦那 大澤伸明」さんとなります。

大澤さんは、一見豪放磊落にみえます(みせています)が、とてもこころの襞が繊細なかたです。またともかく照れ屋さんでもあります。また「ガツンと食い込んだ活版印刷」がキャッチ・フレーズですが、勢いあまって印圧をあげすぎて、まだまだ現役の大澤親分(二代目・お父さん)にお目玉を食らうことがあるそうですし、なにより愛妻家兼恐妻家でもあります。そんなわけで、今回のはがきの印圧は、適度に、軽めにとお願いしました。

大伸さんは、もともとはがき印刷は得意のジャンル。ですからすっかりお任せしていました。4月4日[水]、三代目若旦那みずからバイクでお届けいただきました。写真のような自身ありげなお顔(通称 ドヤガオ)を拝見すれば、もう安心でした。5ポイントという、出展者・出展企業のちいさなお名前も、潰れなく、丁寧に印刷していただきました。

4月6日[金]、出展者の皆さまを中心に、宅配便にてあらかたの発送を終えました。このブログロールをご覧いただく頃には、皆さまも、ご友人やお仲間と《活版凸凹フェスタ2012》のポスターやはがきをご覧になっているかもしれません。拙いものですし、簡素なものですが、こんな背景をもって懸命に製作しました。お楽しみいただけましたら嬉しくぞんじます。

《今回はイベント告知広報物製作の背景を紹介。次回は個人印刷者をご紹介》
今回のご出展者には、ハワイ、台湾、イギリスといった海外からの参加もあります。その関連の郵便物や@メールが盛んに交換されています。また個人の印刷者が懸命に作品製作のピッチをあげています。会期中の活版ゼミナールや、企画展のご紹介もいたします。そんなご報告を次回から順次いたしたくぞんじます。