朗文堂好日録-033 毎+水=? 【設問編】 年度末の宿題を、年末年始に回答です。

毎+水=?

【 設 問 編 】

朗文堂ニュース 2013年03月11日】に、上掲の図版を掲げて、皆さんに質問を投げかけた。
おりしも年度末、慌ただしいときであった。
回答は、この【タイポグラフィ・ブログロール 花筏】で報告するとしていたが、忙しさにかまけ、いつの間にか忘れていた。

ところで「宿題」の件である。設問から半年余もたったので、もう皆さんはお忘れかとおもっていた。ところがWebsite には「ウェブ検索」のほかに、「画像検索」のコーナーがあり、そこにはしっかりと上掲の図も掲載されていた。

いままでやつがれは、ほとんど「画像検索」コーナーはもちいなかったが、最近この Website のサポートにあたっているキタクンは、もっぱら「画像検索」コーナーからはいって、検索をガシガシとはじめる。
デジカメもケータイも、すぐに壊したり、なくすので、「使う資格無し」として没収されるほど「機械オンチ」のやつがれは、こういう作業を「ググる」というのだとようやく知った。やがてキタクンを真似て、結構「画像検索」を試みるようになって便利なこともある。

検索ソフトのグーグルは、どのように画像データーを収集・編集・処理するのか知らないが、「朗文堂画像検索」編はあまりにふるく、画像も低解像度のものが多かったせいか、いくぶん貧相である。
どちらかというと、【朗文堂花筏 画像】編にあたらしいデータが収録されている。そこにこの「設問」の画像が逃げようもなく存在していた。
そんなことを気にしているうちに、ついに歳末に読者からの叱声がきた!
「朗文堂NEWS にアップした、 毎 と 水 のかさなった 字 の解説はどうした…… !?」
というわけで……、上掲の課題を越年させて、ポチポチとしるしている次第。

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森永チョコレートアイスクリームPARM ブランドサイト《平日のちょっと贅沢なライフスタイルマガジン Daily Premium Calendar》に、2013年11月、15回にわたるタイポグラフィ・エッセイをしるした。
この写真の施設は「甲骨文」出土地として知られる、中国河南省安陽市の駅前に新設された「文字博物館」である。撮影は斜めから撮ったものだが、ファサード正面にむかって巨大なモニュメントが一直線上にならんでいる。

一番手前は金色に輝く「文 鳳凰文」である。その背後に「字 宀 ベン、メン、うかんむり≒家のなかでつぎつぎとうまれた子供=字」を象徴する巨大なモニュメントがそそり立つ。
ここ「文字博物館」での「文字」には、ちょっと注意が必要である。たしかに「文字」そのものは、中国漢代にもその使用例がある(『漢語大詞典』)が、その意味するところは、現代日本語の「文字」とはおおきくかけはなれている。

やっかいなことだが、中国ではほとんど「文字」とはいわない。そのために「文字博物館」の図録の序文には、「文≒紋」と、「字」のなりたちが、正面入口のふたつのモニュメントを例として丁寧に説かれている。
すなわちわれわれ日本人がもちいる意味での「文字」は、かの国では「字」である。
したがって甲骨文、金文、石鼓文、籀文(チュウブンン ≒小篆)などは、まだ定まった型 Type を持たないがゆえに「徴号」とされて、《字》としての扱いはうけずに、「文」と表記される。

このことの説明に際していつも苦慮するが、例をケータイ電話などでの「顔文(字)」に喩えたらわかりやすいかも知れない。
ケータイ電話の「顔文(字)」は、同一メーカー所有者など、一定の集団のあいだでは共有されるが、その意味範疇はあいまいであり、伝達の範疇は意外と狭いものがある。
またわが国の一部の資料に「文は部首である」とするものもある。これはにわかには首肯できない。

《正式な学問として存在する中国での字学》
甲骨文を研究する学問を、中国では「甲骨学」とし、その著名な開拓者を「甲骨四堂」、あるいは「甲骨学 四堂一宣」シドウイッセン とよんで尊敬している。
四堂とは、郭 沫惹カク-マツジャク/鼎堂、羅 振玉ラ-シンギョク/雪堂、王 国維オウ-コクイ/観堂、董 作賓トウ-サクヒン/彦堂であり、一宣とは、胡 厚宣コ-コウセンのことである。

郭沫惹氏 百度百科よりわが国ではあまり知られていないが、「甲骨学 四堂一宣」の大家、郭沫惹(カク-マツジャク、あざなは鼎堂テイドウ。中国四川のひと。日本の九州大学医学部卒。中日友好協会会長をながくつとめた。1892-1978)が、中国河南省鄭州の「河南省文物考古研究所」(王 潤杰オウ-ジュンケツ館長)のために書した、同所の扁額とパンフレットの題字の「殷虚」は、悪相とされる漢の字「殷虚」の形象・字画を巧妙にさけて、ご覧のような「好字、好相の字」におきかえている。
ところがこれらの「好字、好相の字」は、残念ながら携帯電話の「顔文(字)」と同様に、あたらしいメディア上には表示できない。

つまり中国河南省鄭州テイシュウなどの遺跡で発掘される、前商(殷)時代・周時代初期の土器や銅器などにみられる、眼と角を強調した、奇異な獣面文様の「饕餮文トウテツ-モン」などは、字学より、むしろ意匠学や紋様学や記号学の研究分野とされることが多い。すなわちかの国では「文」と「字」は、似て非なるものである。
【リンク:吾、台湾にて佛跳牆を食す !

やっかいなことだが、わたしたちはいつのまにかすっかり「文字」ということばに馴れてしまい、相当な専門書にも、「甲骨文」にかえて「甲骨文字」などとしるされている。もしこれをよしとするならば、青銅器などにみる「金文」は「金文字」となり、「籀文 チュウブン」は「籀文字」となり、つづみ形の石に刻まれた「石鼓文セッコブン」(現在は移転して北京:故宮博物院所蔵)は「石鼓文字」となる。つらいはなしではある。

したがって、わたしたちにとっては、この安陽の施設は「文モン or 紋モン and 字 の博物館 ≒ もん と じ の博物館」としてとらえたほうが誤解が少ないようである。
そんな予習のためにも、炬燵・蜜柑にアイスクリームを加えていただき、下記情報をご笑覧いただきたい。
平日のちょっと贅沢なライフスタイルマガジン Daily Premium Calendar 2013年11月12日
朗文堂好録-027 台湾再訪Ⅱ 吾、仏跳牆を食す。「牆」と異体字「墻」のこと
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水+毎=?さて、本題にもどろう。上掲の「字 ≒ 文字」は、ひとつの「字」である。
漢の字、中国の字(漢字、中国では字 or 国字)というより、国字(わが国でつくられた漢字風の字)、もしかしたら個人の創意、あるいはわずかなテライ、もしくは軽い諧謔ユーモアをこめてつくられた「字」かもしれない。
図版でおわかりのように、上部に「毎」をおいて、下部に「水」をおき、ひとつの「字」としたものである。

やっかいなことに、この「字」は、わが国の歴史上で実際に書きしるされており、しかも複数の貴重な文書の上になんども登場していて、一部の「集団」からは、いまなおとてもおもくみられている「字」である。
したがって簡単に「俗字」「異体字」として片付けるわけにもいかず、原典文書の正確な引用をこころがける歴史学者などは、ほかの字に置きかえられることをいやがることがある。

1970年代の後半だったであろうか……。まだ写研が開発した簡易文字盤製造キット「四葉  シヨウ」もなかったころのことである。展覧会図録として、この「字」をふくんだ文書の組版依頼があった。
当時は原始的というか、当意即妙というのか、原字版下を作成して、ネガフィルムをおこし、それをガラス板にはさんで写真植字法で組版するという、簡便な方法で対処したことがあった。もう40年ほど前のこととて、その資料も、使用例も手もとにはない。

もちろん現代の文字組版システムは汎用性にすぐれており、こうした「特殊な字」は、アウトラインをかけるなどして「画像」とすればいいということはわかっている。それでも学術論文までもが Website で発表されるという時代にあって、やはりなにかと困った「字」ではある。
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先まわりするようだが、デジタル世代のかたが愛用するパソコン上の「文字パレット」や、「手書き文字入力」ではでてこないはずだ(やつがれのばあいは ATOK であるが)。
ちなみにこの「字」のふつうの字体は、人名・常用漢字で、JISでは第一水準の「字」であり、教育漢字としては小学校二年で学習(配当)する、しごくあたりまえの「字」である。

また、一部のかたが漢の字の資料としておもくみる『康煕字典』では、「毎」は部首「母部」で、「辰集下 五十七丁」からはじまり、「水」は部首「水部・氵部」で、「巳集上 一丁」からはじまる。
現代中国で評価がたかい字書のひとつ『漢語大詞典』(上海辞書出版社)もある。これらのおおがかりな資料にもこの「字」は見あたらない。為念。

また、わが国のふつうの『漢和辞書』とされるものは、なんらかの中国資料の読みかえがほとんどであるから、当然でてはこない。
管見ながら、これらの資料には「標題字」としては、上掲の「毎+水の字」は掲載されていないようである。もしかして、万がいつ、応用例としてでも、ちいさく紹介があったらごめんなさいである。
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とかく「漢字」「文字」というと、ほんの一部のかたのようではあるが、にわかに知的興奮にでもかられるのか、妙に衒学的になったり、エキセントリックになるふうがみられるのは残念である。
ここではやわらか頭で、トンチをはたらかせ、
「なぁ~んだ、つまらない」
「ナンダョ~、簡単じゃないか」
とわらって欲しい。
そしてこの「字」をつくりだした、天性のエンターティナーに、おもいをはせてほしい。
「回答」というほどのものではないが、答えは タイポグラフィ・ブログロール《花筏》にのんびりしるしていくつもりである。