【朗文堂 アダナ・プレス倶楽部】歳末恒例のことながら、年賀状の製作でおおわらわでした

adana年賀

《コンテンツと、活字書体の選択》
朗文堂 本体の年賀状は、すでに20年余にわたってほとんど変化のない内容とデザインによっています。
すなわち、すぐる年の新刊書籍と、新作タイプフェースの簡素な紹介に徹しています。
印刷はオフセット平版印刷で、白井敬尚さんを肝煎りとして、9-12名の造形者の皆さんと、「つけ合わせ方式」で印刷しています。経費を抑制するために、みんなが少しずつ我慢して、四六判四裁か菊判半裁で、絵柄面4色、宛名面1色という仕様です。

 いっぽうアダナ・プレス倶楽部の年賀状はおおわらわです。、例年、数ある欧文活字を、時代性によっていくつかのカテゴリーにわけ、それを歴史順に一書体ずつ選択して製作してきました。コンテンツも、その活字書体にちなんだものか、時代性を考慮しながら選択してきました。
これまでの年賀状では、ブラック・レターからはじまり、ヴェネチアン・ローマン、オールド・ローマン、トランジショナル・ローマン、モダン・ローマン、クラレンドンを経て、いよいよ今年はサン・セリフの「フランクリン・ゴシック」の新鋳造活字 24pt. のちいさなフォント・スキームを購入して使用しました。

「フランクリン・ゴシック」は、アメリカン・タイプ・ファンダース(ATF)のチーフ・デザイナーをつとめた、モーリス・フラー・ベントン(1872-1948)による活字書体です。M. F. ベントンは、200種以上の活字書体を設計した活字設計士として知られています。
このようにたくさんの活字書体を製作することができた背景には、発明家で、おなじく活字設計士でもあった、父 リン・ボイド・ベントンの開発による、いわゆる「ベントン機械式彫刻機」によって、活字父型および活字母型の製造効率が飛躍的に向上したことも見逃せません。

活版印刷時代の活字書体をたくさん紹介した、イギリス版活字書体事典『 ENCYCLOPAEDIA OF TYPE FACES 』によりますと、M. F. ベントンが「フランクリン・ゴシック」を、アメリカン・タイプ・ファンダース(ATF)からデビューさせたのは1903年のことです。
おなじ年にM. F. ベントンは、やはりアメリカン・タイプ・ファンダース(ATF)から、オルタネート・ゴシックと、エージェンシー・ゴシックも発表しています。
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ちょうどその頃、おなじアメリカ大陸で偉業を成し遂げたふたりの兄弟がいました。
ふたりとは、ライト家の5人兄妹の3男、ウィルバー・ライト(1867-1912)と、4男、オーヴィル・ライト(1871-1948)です。
ライト兄弟 として知られるウィルバーとオーヴィルは、奇しくも「フランクリン・ゴシック」が誕生した年とおなじ1903年に、人類初の有人動力飛行に成功しました。20世紀の初頭、まさに機械産業時代の幕開けを告げるできごとであり、あたらしい活字書体の誕生でした。

あまり知られていませんが、ライト兄弟は、飛行機の開発のほかに、活版印刷機械や活版印刷業とも、とてもゆかりの深い人物でした。飛行機の開発に成功する以前、10代の頃のライト兄弟は、活版印刷機や紙折り機をみずから製作し、取材記者もこなして、新聞『 West Side News 』の発行をしていました。
のちに「ライト&ライト印刷所」を創業して印刷業を続けるかたわら、自転車の製造・販売、そして、子供の頃からの夢であった、飛行機の開発へとつなげていきました。

今回の年賀状では、ライト兄弟の飛行実験の写真を亜鉛凸版で、そして、24pt.フランクリン・ゴシックの活字をもちいて、兄ウィルバーのことばを活字組版しました。
印刷は、活字版印刷機により、絵柄面2色3度刷り、宛名面2色2度刷りです。

  動力がなくとも飛ぶことはできる。
  しかし、知識と技術なしには
  大空を翔けることはできない。
         ――ウィルバー・ライト――

動力のない、手動式の活版印刷機をもちい、不自由で限られた活字を駆使して、活版印刷の知と技と美の研鑽をつづけているアダナ・プレス倶楽部会員の皆さまへ ────────
活版印刷の普及と存続のために、アダナ・プレス倶楽部の機材の製造と供給を支えてくださっている職人の皆さまへ ────────
すべての、身体性を伴なった「ものづくり」の現場の皆さまへ ────────
感謝と尊敬と応援の意を込めて、今年の念頭のご挨拶に代えて、このことばをお贈りいたします。