いま、朗文堂のブログがおもしろい!

2012年1月15日

本年より『朗文堂ニュース』をご訪問の皆さまに、ときおり朗文堂ブログロール『花筏 ハナ-イカダ』をご紹介させていただきます。ホームページには専用コーナーがございますので、そちらからご入場ください。また下記よりもご入場できます。 

ブログロール 『花筏 ハナイカダ』  こちら 

Websiteデザインに新鮮味はありませんが、コンテンツはそれなりに努力しております。全体にテキストが多く、画像が少ないのが特徴です。デバイスにより相違がありますが、現在は以下の4本のブログがロール・アップされています。
また『花筏アーカイブ』には、相当量の興味深いコンテンツが収納されていますので、ご面倒でもアーカイブから引きだしていただき、ご訪問、ご愛読をよろしくお願いいたします。 

◎ タイポグラファ群像*002
   杉  本  幸  治

 デジタルタイプのなかでも異彩をはなつ「本明朝体」「杉明朝体」の製作者、杉本幸治氏の生涯の記録。昨年の6月に掲載したものですが、貴重な写真・画像の使用許諾が得られましたので、ここにあらためて、ご紹介いたします。 

◎ 新 文字百景*003  
   「文と字」はおもしろいけれど、
   いろいろ困っています「片」の字で!
   ── その実例の様ざまを紹介

篆書・篆文の「木」の字を半分にすると、「左半分 爿・右半分 片」が字として成立します。「爿の部首」は常用漢字では、武將 → 武将のように「爿→丬」に変わりました。ところが常用漢字となった「片の部首」にも、おもわぬ落とし穴が……。 

◎ 新 文字百景*002  
  
中曽根などとは失敬千万?!
   ── 位階は従六位、
      勲等は大勲位であらせらるるぞ

元首相・なかそね氏は、中曽根? それとも 中曾根? 常用漢字と非常用漢字の字のなかには、さまざまな矛盾が潜んでいます。それは日常の書字と印刷用字体の相違でもあります。曽根さん、小曽根さん、大曽根さんをふくめて、「曽・曾」の字をとりまく諸相を、許愼『説文解字』にもどって検証するシリーズの第2弾です。 

◎ 朗文堂好日録*015
    ふしぎなエートスの存する町 五日市
    そして、佐佐木承周老師のことども

東京の西端の町、五日市。 源頼朝の創建にかかる寺院など、この町を特徴づける歴史とひとをとりあげました。風景とは、景観とは、そしてランドスケープ・デザインとはなにか。そして映画『スターウォーズ』のヨーダのモデルとされる怪僧・佐佐木老師のこと。
☆     ☆     ☆     ☆
 
 

活字と活版印刷がお好きな皆さま

ご一緒にタイポグラフィ・ルネサンス!!

《こんな時代だから、活版印刷機を創っています》と標榜し、朗文堂アダナ・プレス倶楽部が発足して早くも六年が経過しました。
発足前から、活版と金属活字には逆風が吹きつのっていましたが、外国の先行機をモデルに、独自設計にもとづくさまざまな改良・改善を加えた「21世紀の日本であらたに再生した」《活版印刷機Adana-21J》は、官公庁・印刷会社・教育機関をはじめ、多くの《活版愛好者》の皆さまに支えられて、堅実な歩みをつづけています。
アダナ・プレス倶楽部の主要広報物は「アダナ・プレス倶楽部会報誌」ですが、下記のWebsiteでも、活版、活字版印刷機、活字、込め物、メタルベース、活版専用インキなど、活版機器と周辺機材の紹介が盛りだくさんです。
2011年のトップ・ページは年賀状に使用した金属活字「ボドニ・ローマン体」と、輪郭罫の子持ち罫の使用法に関する興味深い内容がアップされています。ご訪問、ご愛読をお待ちしております。
 

アダナ・プレス倶楽部NEWS  こちら

新春お見舞い

2012年1月1日

近刊予告 『japan, japanese』

2011年12月14日

編集佳境 ナレド越年必至!
 ヘルムート シュミット著 ナラビニ デザイン
『japan, japanese』


『japan, japanese』 ジャケット仮デザイン

年末の繁忙期、皆さま元気にお仕事にお励みのことと存じます。
小社既刊書、ヘルムート シュミット著  『バーゼルへの道』に、しばしば皆さまから増刷発行(第3刷り)のご要望をいただいてまいりました。
こうしたご熱心な読者様のご要望に添えなかったおもな理由は、第3刷りともなると、デジタルタイプも旧世代のものとなって、相当の組み直しを予定していました。
ところが著者であり製作者のシュミット氏が、集中して次の著作の構想を練られており、そのために、精神をたかめ、意識を研ぎ澄ませ、そちらに全力を傾注しておられたために、遅滞を余儀なくされました。

既刊書『バーゼルへの道』は、オーストリアにうまれたひとりの少年(シュミット氏)が、なぜとおいスイスで働くにいたったのか、なぜ「学士」への道をすて、タイポグラファという「職人」への道を選択したのか。
そしてバーゼルの印刷工場でCompositor(活字植字工)として働きながら、尊敬おくあたわざるエミール ルーダーの私的な「タイポグラフィ実験室」への受講許可を待ちつづけたのかを『バーゼルへの道』として詳細につづったものでした。

いまやひろく知られるにいたったその「実験室」とは、ルーダーを中心とするタイポグラファが、ほぼボランティアで主宰した夜間の私塾で、定員は最大3名だったとされます。
講義のほとんどは、ルーダーが好んで「実験室」と呼んだ、活字版印刷の植字室でなされ、そこでの研究と創造のよろこび、濃厚なタイポグラフィ漬けの日日がテキストでつづられ、刮目すべきタイポグラフィの作品群の図版がならんでいます。

近刊書『japan, japanese』の原資料は、『ティポグラフィシェ モナーツ ブレッテル』(TM誌)に、1968年1月-1973年3月にかけて連載された記事をもとに、全面的に再構築したものです。
 スイスでまなび、タイポグラファとしておおきく成長したひとりの青年(シュミット氏)が、なぜ、とおい日本をその活動の本拠地としてえらび、なぜ、はるばると日本にやってきたのか。その日本で、なにを発見し、なにに惹かれ、そしてなぜ日本に定住する道を選択したのか……。

すなわち「日本を日本たらしめている、素晴らしいひとと造形の数数」を、繊細な視線と、すみきった明るい心境からときあかしています。
そこには、日本にうまれ、日本で育ったわたしたちが見落としがちな「すばらしい日本、すばらしい日本人」が、清明に、いきいきと描かれています。

本来、新刊書『japan, japanese』  は2011年のクリスマス・ブックとして、本年年末の刊行をめざしていました。
ですから今頃は、書店の店頭に『japan, japanese』 がならんでいるはずでした。
しかし……、どうやら版元スタッフ(小生)が余計なことをいった──写真は実に的確に「良き日本」をとらえているが、せっかくのシュミット氏の肉声が、独語・英語がほとんどで、和訳が一部にとどまっているのはあまりに残念だ──ために、全面的に編集をみなおし、翻訳の原点にまで戻ったために、年内刊行を断念した次第です。

欧米の造形者とはなしをすると、しばしば〈日本の造形)をかたった書物として、岡倉覚三(天心とも、1862-1913)『茶の本』、谷崎潤一郎(1886-1965)『陰翳礼讃』を話題にします。いずれもふるい時代の書物ですが、内容はすばらしく、各国語に翻訳もされています。
それでも、そんな状況が、20年-30年もの長きにわたって続いていることに、ときおり臍ホゾをかむおもいをしてきました。

いずれにしても、来春には『japan, japanese』 の刊行をみます。これからは、名著として評価のたかい『茶の本』、『陰翳礼讃』とならんで、わが国はもとより、世界規模でのあらゆる造形者が、日本と日本人を語りあう際に、互いの共通基盤として『japan, japanese』が絶好の書物になることを夢見て、すべてのテキストの和訳をお願いしました。

もう少しで『nippon no nippon』が入った、正式デザインによるジャケット紹介もできそうです。それまでもうしばらくのお時間をいただきます。
2012年にむけて、期待に満ちた、嬉しい話題を皆さまにお届けいたします。

── 『japan, japanese』 装本仕様(すべて予定) ──
菊判12ページ折り(重箱本)、108ページ
かがりとじ、上製本、ジャケット付
オフセット平版印刷、スミ1色
定価は未定です。

新宿私塾*公開講座

2011年11月9日

──終了いたしました──

新宿私塾公開講座『朝日新聞書体の研究』は、2011年12月8日、たくさんのご来場者をお迎えして無事に終了いたしました。年末多忙期にもかかわらず、ご来場たまわりました皆さまに、講師ともどもこころより感謝申しあげます。
ほんとうにちいさな学習塾ではありますが,〈新宿私塾〉では引きつづき真摯な努力と研鑽をかさね、
タイポグラフィの前衛の養成につとめてまいります。また年に1-2度はこうした〈新宿私塾〉公開講座を設けて、ひろく外部の皆さまとの交流につとめてまいる所存です。皆さまのご支援のほどよろしくお願いいたします。

新刊紹介

2011年10月27日

いまこそ、風景資本を考えるとき!

風景資本論

地域の資源となりうる風景ランドスケイプとは、
どのようなものか

風景の読み方、風景のデザインを、
本質と事例から考察する。

著   者  廣 瀬  俊 介
装   本  A5判 並製本 136ページ フルカラー
価   格  2,100円(本体2,000円)
発  行  所  株式会社 朗 文 堂
ISBN978-4-947613-85-1

◎ ご購入はお近くの有力書店か、小社直接購入も可能です。
◎ 直接注文は 朗文堂 @メール:robundo@ops.dti.ne.jp

朗文堂 営業部
160-0022 東京都新宿区新宿2-4-9
Telephone 03-3352-5070
Facsimile 03-3352-5160
http://www.ops.dti.ne.jp/~robundo


〔風景資本論発刊にあたって〕
――
リード・コピーから抜粋

風景のデザイン――ランドスケイプデザインとは、単にある土地のかたちを庭園のようにつくり替えることではなく、人間のつくる社会と自然との関係の調整を必須条件として、人間が生活する場をつくること、またはつくり直すことを指す。人間が心身ともに健やかに生きるには、自然と社会の関係を調える努力が欠かせない。それは人間が人間のために行うこの仕事の必須条件となる。
「風景」はある土地の姿である。土地の成因から人間が受けとる事物を含めて、風景の解釈を拡げる。
「資本」は、人間の生活と地域社会を持続可能にする基と定義する。
「地域経営」とは結局人間の生活と地域社会を持続可能にすることであって、それは環境、教育、福祉、医療、産業、文化……といった人間の生をささえる総てに留意をして、自然と人間の関係を調える営みにほかならない。

〔著者紹介〕
廣 瀬  俊 介  ひろせ しゅんすけ

1967年千葉県市川市生まれ。ランドスケイプデザイナー。風土形成事務所主宰、東北芸術工科大学建築・環境デザイン学科准教授、岩手大学大学院工学研究科デザイン・メディア工学専攻非常勤講師。
人間が生きる環境の形成のあり方を根源的かつ総合的に探究する手段としてデザインを選び、1989年以来活動を続けてきた。著書『町を語る絵本 飛騨古川』、共著『都市環境デザインの仕事』『テキスト ランドスケープデザインの歴史』、論考「風土形成序説––浪江町の風景を読むことを通して」「思い出の風景から考える被災地復興」(いずれも『季刊東北学』誌に寄稿)など。

新刊紹介/ハンドプレス・手引き印刷機

2011年9月2日

明治最初期、平野富二らが成し遂げた
鉄製印刷機製造、活字製造、鉄製艦船の造船とは
鋳型による“金属の鋳造 ≒ 複製”という
共通基盤を有していた!

書  名   ハンドプレス・手引き印刷機
著  者   板 倉  雅 宣
装  本   B5判 並製本 104ページ
発  売   2011年09月15日
定  価   1,900円(本体 1,995円)
        ISBN978-4-947613-84-4

明治の文明開化にともなって近代工業が勃興した。そのさきがけとなった「手引き活版印刷機」は、25歳にして長崎製鉄所所長 兼 小菅船渠掛 コスゲ-センキョ-カカリ だった平野富二らが、1872年(明治5)27歳にして上京した翌年から、東京京橋区築地二丁目において開発・製造された。
鉄製印刷機の製造とは、熔解・鋳型製造・鋳造・切断・研磨・組立などの広い技術基盤を要し、これもまた、鋳型によって鋳造(大量複製)された活字が「手引き印刷機」によって印刷(複製)され、当時の世界では有数の識字率を誇ったわが国「国民」の、情報伝達や図書の印刷に用いられた。

★     ★     ★     ★

わが国の近代印刷の黎明は、板目木版への刻字から、金属鋳造活字文字組版への変革をもたらし、バレン摺りから鉄製印刷機の使用への転換をともなった。蒸気機関や電動モーターなどの動力の実用化に先だつこのころ、総鉄製とはいえ「手引き印刷機」は、人力をもっぱらとする素朴な活字版印刷機であった。本書は幕末期に点描のように導入された輸入活版印刷機から説きおこし、1872年(明治5)長崎から進出した平野富二らによる「手引き印刷機/ハンドプレス  Hand Press」の開発と、その急速な全国への普及、追随した各社の動向を丹念に追っている。ともすると従来の近代活字版印刷の研究は、金属鋳造活字とその書体形象に集中したきらいがあった。ここに板倉雅宣氏を著者として、ようやく活字版印刷術の車の両輪ともいえる、印刷機と活字に関する近代タイポグラフィの開発史研究への道筋が明瞭に姿をあらわした。

はじめに――著者/板倉雅宣

幕末から明治最初期にはじまった、活字で印刷する仕事は、オフセット印刷に変わり、現在ではパソコンで文字を組んでプリント・アウトすれば、誰でも印刷ができるようになってきた。この方式は当初はDTP(デスク・トップ・パブリッシング)と呼ばれていた。

明治初年になって印刷機は木製から金属製になり、印刷版は木版から金属活字版になり、バレン摺りから機械刷りになった。また鋳造活字を量産販売するようになった。本木昌造は手引き印刷機を試作し、長崎製鉄所に在籍した平野富二は、平野造船所(のちの石川島播磨重工業)を創業して、造船を手掛けるかたわら、明治6年ころ「手引き印刷機」「ハンドプレス Hand Press」といわれ、印刷するのに手でハンドルを引いて行う形式で、英国で発明されたアルビオン・プレスを模作して販売した。

手引き印刷機は、明治5年ころから20年代までの文明開化の時代に、書物の印刷に欠かせなかった。特に政府の通達「達」「布告」等を印刷するために各県に採用をねがい、その普及につとめたので、全国で広くつかわれるようになった活版印刷の主力機であった。
明治9年頃になると動力が導入されるが、各社によってその導入時期は9-40年ころまでと様々であったが、次第に普及するのにつれ、手引き印刷機は終焉を迎えるようになる。

最近、活字版印刷に興味を持つ人が多く出てきた。ハンドプレスといって、手でハンドルを引いて印刷する小型印刷機Adana-21Jなどが人気を得ている。この機械は昔、名刺やはがき等を印刷するための印刷機として、名刺印刷屋で使われていたもので、「手キン」「手フート」と呼ばれていた。足踏み式(フート Foot)印刷機を小型にして、手で引いて印刷するようにしたもので、もとの名の「フート」という名が残っている。

これは従来の手引き印刷機が、手にインキヘラを持って、練盤の上でインキを練り、ローラーで版面につけるという「ハンド・インキング hand-inking」であったのに対し、自動的にインキを練って付ける「セルフ・インキング self-inking」方式になり、机の上で、素人にも簡単につかえるものになって普及していった。DTPの先駆けというべきものである。

このハンドプレスが現れる前に、やや大型の足踏み印刷機があった。プラテン印刷機(Platen press, 平圧印刷機)といわれるもので、これはシリンダープレス(円圧機械)に対することばで、ゴードン印刷機、ビクトリア印刷機などを思い浮かべるが、ワニが口を開けたような形状をした印刷機で、版盤が垂直に立っていて、圧盤がハンドルで開閉する仕組みになっている印刷機である。
清水卯三郎がパリ万国博覧会で見て購入し、日就社で『東京日日新聞』を印刷したというゴードンが開発した印刷機がこれである。
明治の印刷機械の事情を探ってみた。

 ハンドプレス・手引き印刷機  目 次

木製手引き印刷機
スタンホープ・プレス
明治初期の新聞印刷機と輸入機販売者
アマチュア用端物印刷機(手フート、手キン)
コロンビアン・プレス
ワシントン・プレス
アルビオン・プレス
国産のアルビオン型手引き印刷機
平野富二の丸Hマークはいつ頃のものか
内国勧業博覧会の印刷機械出品状況
活版社の創業と布達類の活版化
印刷機の設備状況
手引き印刷機の終焉
動力の導入
わが国に現存する国産手引き印刷機
わが国に現存する外国製手引き印刷機
手引き印刷機以外の機種で現存する印刷機械
アルビオン・プレスの構造
手引き印刷機のサイズと価格
手引き印刷機の印刷能力
印刷機械の輸出入
付  参考文献
   年  表
   参考資料 秀英舎の印刷設備 推移

新宿私塾第18期修了

2011年8月29日

タイポグラフィの前衛を養成することを目標とする、ちいさな私塾が新宿私塾です。新宿私塾第18期は、東日本大地震の襲来から間もなく、2011年3月22日に開講しました。
この大地震と原発事故の影響は新宿のちいさな私塾にも大きく、受講生として申込みを済ませていたひとのなかに、激甚被災地の出身のかたがいらして、ご家族の窮状から急遽入塾が中止になるなどの混乱もみられました。
また、開講からしばらくは、間断なくおそいかる余震への恐怖もありましたし、計画停電騒動から節電行動への変化もありました。また、いっこうに収束をみない原発事故への怖れなど、ともかく多難な環境でのスタートでした。

それでも、こんな困難を抱えた時代に、「われこそは、タイポグラファの前衛たらん」として結集した、意欲的な若者の集団は、環境が厳しくなればなるほど、結束し、毎回の講座は真剣かつ真摯な、熱い講義が展開しました。新宿私塾第18期生はみな、所定の24講座のすべてを修了し、8月27日[土]に終了制作発表会を迎えました。
終了制作発表会は午後1時-6時まで続き、その後も講師陣との質疑応答、同期生同士の別れがたいおもいからの談話会。そして、ついに席を代えての飲食会。終わってみれば11時をはるかにまわっていました。

造形界に吹く風は必ずしも順風とはいえないいま、ここに新宿私塾第18期生の意欲的な若者集団が、たくましく、大きくはばたく日がやってきました。皆さんのこれからの造形生活に幸多かれと祈るとともに、新宿私塾を支えていただいております講師陣の皆さまには、熱く御礼申しあげます。
なお、新宿私塾第19期生の申込み枠に、まだ若干のゆとりがあります。「われこそは、タイポグラファの前衛たらん」とおもう有志の皆さまのお申込みをお待ちしています。

小社図書2冊、グーテンベルク博物館に長期保存!

2011年8月17日

『VIVA!! カッパン♥』 

『バーゼルへの道』

ドイツのグーテンベルク博物館が
パーマネント・コレクション

 ¶ 皆さまにご愛読いただいてまいりました、小社刊行書2冊が、このたび、ドイツのグーテンベルク博物館にパーマネント・コレクションされました。
   ◎『VIVA!! カッパン♥』 
         (大石 薫 朗文堂 2010年5月11日)
    ◎『バーゼルへの道』  
         (ヘルムート・シュミット 朗文堂 1997年6月3日)
 

¶『VIVA!! カッパン♥』は、写真図版が主体ですが、日本語だけの活字版印刷術入門書の性格をもった書物です。ですからドイツのタイポグラファにとっては即座に理解できる書物とはおもえませんでした。それでも同館の優秀な学芸員は、本書の狙いと意義を理解され、『VIVA!! カッパン♥』を、長期保存書(パーマネント・コレクション)として選定されました。
 

¶ 『バーゼルの道』の正式名称は『der Weg nach Basel, The road to Basel, Basel e no michi』であり、書名があらわすように独・英・日のトリプル・リンガル表記のタイポグラフィの書物です。『バーゼルへの道』は、初版・再版と販売し、引き続いて、再再増刷の承諾をもとめているのですが、著者が別の版元から新刊書を発行したこともあって、残念ながら目下のところ、品切れ書になっています。

 ¶ ですからいまは、素直に近代活字版印刷術発祥の地・マインツのグーテンベルク博物館に、『VIVA!! カッパン♥』、『バーゼルへの道』の2冊の書物が長期保存された事実を喜び、読者の皆さまに、深甚なる感謝のおもいを込めてご報告いたします。

新宿私塾19期募集

2011年7月6日


「新宿私塾」はタイポグラフィの知・技・美の領域をバランス良くまなぶためのちいさな教育機関です。書物と活字づくり、すなわち「タイポグラフィ」の550 年におよぶ魅力的な歴史をまなび、本格的なタイポグラフィの教育と演習を通じて、あたらしい時代の要請に柔軟に対処する能力を身につけた、タイポグラフィの前衛を養成します。

詳細はこちら

「新宿私塾」は設立から8年余の歳月を有し、現在は第18期生が意欲的な学習を続けています。今回募集する第19期生は、2011年9月下旬―12年3月までの、半年間、24回の講座が予定されております。

定員10名で、お申し込み順に受付させていただきます。
受講料30万円のうち、申込金3万円を指定口座に振り込んでいただき、受付完了となります。

先ずは» send emailにてお問い合わせください。
件名/新宿私塾19期申し込み
お名前、住所、電話(携帯可)そして略歴を必ずお書きください。
講義の際に参考とさせていただきます。

受信後、返信をさせていただきます。

詳しく知りたいというかた、講座を見学したいかたは、
電話連絡(03-3352-5070 鈴木宛)をしてください。

タイポグラフィ講演会終了

2011年7月6日

On Type Designs

和字と漢字

今田欣一の書体設計

たくさんのご来場ありがとうございました

講師の今田欣一さん

2011年7月3日[日]、タイポグラフィ講演会《On Type Design 和字と漢字――今田欣一の書体設計》が無事終了いたしました。本講演会は、東洋美術学校を会場として、120名余のたくさんの聴講者をお迎えすることができました。ご多忙のところ、また、せっかくの日曜日、《On Type Design 和字と漢字――今田欣一の書体設計》のご聴講をたまわり、ありがとうございました。

講演でご紹介しました各種のデジタル・タイプは、Website 朗文堂 robundo type cosmique を中心に、CDRをメディアとし、また、各種の情報を添付して販売しております。また、ご来社、ご発注をたまわれば、紙媒体による詳細カタログを進呈いたしますが、事前に確認をご希望の方は、同じページの《欣喜堂書体シリーズ PDF版》からご確認いただけます。

今回の講演会にあたり、東洋美術学校様には会場を拝借し、学生諸君の力強いサポートもいただきました。また、タイポグラフィ学会会員の、株式会社視覚デザイン研究所様、リョービイマジクス株式会社様の両社から、デジタル・タイプの総合見本帳をご提供いただきました。さらに、目下各地を巡回展示中の「秀英体 100展」の情報を、大日本印刷株式会社秀英体開発室よりご提供いただきました。各社・各校には深甚なる謝意を申しあげます。

会場の大半を占めていたのは、新宿私塾と活版カレッジ修了生の皆さんでした。久しぶりにお顔を拝見するかたもいて、同期生同士の懐かしい輪がいくつもできていました。新宿私塾と活版カレッジ修了生の皆さんがおおきく成長され、また、逆風下の造形界で、どなたもたくましく活躍されていることをとても嬉しくおもいました。また近々こうした催しをご希望されるかたも多く、とても嬉しい一日でした。ありがとうございました。