【展覧会】 直前情報再掲載/ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ-印刷博物館 and More

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ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ
書物がひらくルネサンス

会      期 : 2015年04月25日[土]―07月12日[日]
休  館  日 : 毎週月曜日( ただし05月04日[月 ・ 祝]は開館 )、05月07日[木] 
開館時間 : 10 : 00 - 18 : 00 ( 入場は 17 : 30まで )
入  場 料  : 一般 800円、学生 500円、中高生 300円、小学生以下無料
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「 ヴァチカン教皇庁図書館展 ― 書物の誕生 」 (2002年) 開催から13年目となる2015年。
〈 書物 〉 と 〈 ルネサンス 〉 をテーマに 第 2 回展を開催します。

 
ヴァチカン教皇庁図書館が誕生した時代、書物の再生がルネサンスとともに到来しました。旧来の手写本や、新たに登場した活字本、そして書物を飾ろうという要望にこたえて生まれた木版 ・ 銅版画は、書物の輝きを推進する役割を果たします。

本展では、ヴァチカン教皇庁図書館所蔵の中世写本、初期刊本、地図、書簡類計21点を中心に、印刷博物館および国内諸機関所蔵の書物を加えた計69点を展示、ルネサンス精神の比類なき生き証人である書物の魅力に迫ります。
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<おすすめ企画/ヴァチカン図書館展Ⅱ 関連講演会>

06月27日[土]
対談企画 「 アルド ・ マヌーツィオの魅力 」
雪嶋 宏一 ( 早稲田大学教育 ・ 総合科学学術院 教授 )
白井 敬尚 ( グラフィックデザイナー  白井敬尚形成事務所主宰 )

会 場  :  印刷博物館 グーテンベルクルーム ( 地階 )
時 間  :  14:00-16:00 ( 終了時間は予定です )
料 金  :  無料 ( 企画展にご入場の際は、別途入場料が必要です )
定 員  :  80名 事前申込制 先着順
【 講演会申込フォーマット : 「 ヴァチカン図書館展Ⅱ」 講演会

──────────  餘談ながら 〔 初出では S 氏 、K 氏としたが、ここでは本名でしるす 〕

【 初  出 : タイポグラフィあのねのね*013 マインツとグーテンベルク 2011年08月11日 】
【 再掲載 : タイポグラフィ あのねのね*014 アルダス工房、ドベルニ&ペイニョ、アーツ&クラフト運動 2014年12月01日 より部分】

活字版印刷術 タイポグラフィ と 情報は、水の流れにも似て……
五体と五感をもちいたアルチザンの拠点

烏兎匆匆か、はたまた 光陰矢のごとしか
◎ おあとは、よろしいようですね! ◎

デザイン界に、いまだ充実した 「 教科書 」 が不在だったころのはなしである。 そうふるい話しではない。 1997年のこと。
京都のさる美術大学が、四年制の通信教育学部をつくろうとなったとき、あたりまえといえばあたりまえだが、所轄官庁から 「 教科書 」 の製作を強くもとめられた。
そのタイポグラフィ篇の教科書の執筆を依頼されたが、単独執筆では偏りを生ずるおそれがあったので、白井敬尚氏、河野三男氏に依頼して、03名で共同執筆にあたった。

執筆に取り組んで、あらためておどろいた。 当時の美術大学や藝術大学 ( くどいようだが1997年のこと )には、どこにも、デザインの教科書はもとより、先行資料といえるようなまとまった資料はなかったのだ。 先行資料が無いということは、ある意味では提灯も無く暗い夜道を歩むようなものであった。

そのため、まったく手探りで、「 デザイン教育用の教科書 」 をまとめなくてはならなかった。 そのツメの段階にきたとき、資料不足が明確になったので、筆者を含む03名で、ヨーロッパ駆け足取材 ( 費用は各自負担だったケト ゙ ) を計画した。

執筆と旅行の準備に追われていたある日、白井敬尚氏が血相を変えて駆け込んできた。
ゲーテ 『 イタリア紀行 』 に,アルダス ・ マヌティウス 〔 アルド ・ マヌツィーオ 〕 の工房が、「 ベネツィアのサンセコンド2311番地 」 にあることが紹介されている、と興奮した面持ちでかたった。
18-19世紀の文豪 ゲーテ ( Johann Wolfgang von Goethe  1749―1832 ) が記録したその記録が、現在もまだ有効な資料かと半信半疑ながら、「 ヴェネツィア、サンセコンド2311番地 」 の名前だけは咒文のように記憶して出かけることになった。
20141203152153278_0001ともかく慌ただしい旅 ( 珍道中ともいえる ) であった。  ドイツに入り、パリを経由して 列車でスイスに、そしてまた列車でイタリアに入った。
イタリアでは拠点を パドヴァ のちいさなホテルにおいた。 すなわち長靴形のイタリア半島を上下に移動するのではなく、半島の付け根を左右に行ったり来たりした。
ミラノから取材をはじめ、翌日にはヴェローナのタイポグラファの友人、マルチーノ ・ マーダシュタイク氏からさなざまな支援を受けた。

当然、ヴェネツィアのアルダス工房の所在地も聞いたが、
「 ヴェネツィアのどこかに、いまもアルド ・ マヌッツィオ ( マルチーノの発音 ) の工房があることは聞いた気がするなぁ」
程度の曖昧な回答だった。

そこで、やはり ヴェネツィアに行くしかない……、 となった。
いまならグーグルマップで即刻詮索だろうが、この取材は1997年のこと。
ヴェネツィア駅に降り立って、すぐに詳細な街路図を購入して、駅前広場で地図をひろげて03人による鳩首検索。
おなじ列車で着いた旅行者は四散して、駅頭からすっかりひとがいなくなったのに、まだ駅前でただただ地図とにらめっこをしている奇妙な日本人が03人。
「あった~! ココにある」。
やはり最初に豆粒のような街路図から 「 サンセコンド 」 の名を見つけたのは白井敬尚氏だった。

さっそく いくつかの橋を ( 駆け抜けるように ) わたって 「 サンセコンド通り 」 に駆けつけた。
それからの興奮、舞いあがりのさまをしるすのは ( あまりに恥ずかしいから ) 控えよう。
ともかく03人は、いまはヴェネツィアン ・ グラスの工房 ( 写真向かって左 ) と、ブティック ( 写真向かって右 ) になっているこの建物に、( 買い物のふりをして ) 押し入り、仔細に ( 柱の1本1本に頬ずりをし、壁もナデナデして ) 内部構造もミタ。

まことに奇跡ではないかとおもった。 520年ほど以前 ―― わが国では足利幕府の時代、すなわち1495年ころから この工房は活動を開始し、20年余にわたって133冊 ( 種類 ) の評価のたかい書物をのこしている。 その工房がそっくりそのまま地上にのこっているのだから、高松塚古墳 モトイ ポンペイの遺跡が発掘されたときよりおどろいた !?

それから筆者はここを都合04回訪れ、いつもお義理でヴェネツィアン ・ グラスの安いものを購入していた。 そのため工房のあるじとも親しくなった。 店主はいかにも技芸の街、ヴェネツィアのアルチザンといった朴訥 ボクトツ なひとで、
「 最近、日本人のデザイナーが良く来る。 かれらは丁重で、必ず名刺を出して、死ぬほど写真を撮りまくる 」
と ( いうようなことを ) ボソボソとかたっていた。 それでも気のせいか、この建物に入ると、いつも活版インキ独特の甘い残り香をかんじていた。 なによりも、この 「 サンセコンド2311番地 」 の 建物正面の壁面には、重重しく銘板が埋め込まれており、以下のような文言がしるされている。

その名があまねく知れわたりし マヌティウス家の啓蒙者
アルダス ・ マヌティウス
このヴェネツィアの地にて 優れし印刷術に 身も心も捧げたひと

大学側の最初の説明では、通信教育学部の発足までに、各教科、都合10冊の教科書をつくることが必要だとされた。 吾吾03人組はなにはともあれ締め切りは守った。
それにしても……、常勤の大学教員はただただ傍観するだけ、その間なにもしなかったなぁ。 それがして、それまで美術大学に教科書が無かった理由かもしれない。

ともあれ、発足までに間にあったのは、吾吾が担当したタイポグラフィ篇と、別の著者によるイラスト篇だけだったようだ。 のこりの教科は、大学当局が監督官庁となんとかうまく話しあったのだろう。
したがってこのふたつが取りあえず合冊されて、『 情報デザイン演習Ⅰ 情報デザインシリーズ Vol.1  イラストレーションの展開とタイポグラフィの領域 』 と、えらく長い ( 大仰な ) タイトルがつけられて、1998年(平成10)04月01日に発行され、四年制の通信教育学部の発足をみた。
そして、それから数年もたたずに、あちこちの美術大学や藝術大学に 「 教科書 」 がもうけられるようになった。 わが国には <ちいさく右へ倣え> のふうがある。

【 詳細情報 : 凸版印刷 印刷博物館