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【展覧会】練馬区立 石神井公園 ふるさと文化館|企画展「田中小実昌-物語を超えた作家-」|’23年6月17日-8月13日|終了

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練馬区立 石神井公園 ふるさと文化館
企画展「田中小実昌-物語を超えた作家-」
会  期  令和5(2023)年6月17日[土]- 8月13日[日]
会  場  石神井公園ふるさと文化館 2 階 企画展示室
177-0041 東京都練馬区石神井町5-12-16 TEL 03-3996-4060
開館時間  9:00 - 18:00
休  館  日  月曜日  * 7/17[月・祝]は開館、7/18[火]は休館
観  覧  料  無 料
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作家・田中小実昌(大正14〈1925〉年 - 平成12〈2000〉年)は、昭和61(1986)年から逝去するまで練馬区早宮で暮らしました。毛糸の帽子がトレードマークの田中は「コミさん」や「コミちゃん」の愛称で親しまれ、執筆活動のほか、テレビや映画出演など幅広く活躍しました。

田中の作品は小説、随筆、翻訳、紀行、映画評論など多岐にわたります。執筆活動は主に翻訳から始まり、カーター・ブラウンの推理小説などの、軽妙洒脱な訳文が注目されました。次第に小説も発表するようになり、昭和54(1979)年に、戦中や終戦直後のできごとを題材とした「浪曲師朝日丸の話」「ミミのこと」で第81回直木賞を受賞、同年に父親のことなどを書いた短編集『ポロポロ』で第15回谷崎潤一郎賞を受賞しました。
独立教会の牧師を父にもつ田中は、旧制福岡高等学校在学中に初年兵となり出征、復員後は軽演劇場の文芸部員、米軍将校クラブのバーテンダー、香具師 – やし – などのさまざまな職を転々とし、それらの経験からも作品を書きました。整然たる物語となってしまわないよう、言葉が慎重に用いられ、独特の文体が生み出されました。飄々とした田中の表現には多くの読者が惹き込まれました。本展では、当館に一括して寄贈された原稿や書簡、書籍、写真資料などを中心に、田中の作品を紹介します。

※ 会期中にさまざまなイベントが企画されています。下掲詳細参照。
[ 詳 細 : 練馬区立 石神井公園 ふるさと文化館
{新宿餘談}
コミさんの歿後20年余、いまや歴史のひととなり、ふるさと文化館に祀られるひとらしい。
カメラのレンズのせいだろうか道幅がひろく見える。実際には網のように張り巡らされた路地と、二間間口もあれば立派な呑み屋が林立していた。
チラシ裏面に紹介された新宿ゴールデン街に佇むコミさん(ご本人の前では田中センセイ)の背後、二階建ての店が、若かりしころの稿者らのたまり場だった。最奥左が「ふたば」といったら、半分棺桶に足を突っこんでいる高齢者は懐かしいかもしれない。
ここでは
酔狂が嵩じると、愚か極まりないが、二階の窓から「仮面ライダ~、ウルトラのチチィ~」などと喚いては翔んでいた。ふしぎに怪我はしなかった。道にはコミさんがペタンと腰をおとして座りこみ、頭に「頭なりのキャップ」を乗せて「やぁぁあ、きょうもよく翔んでるなぁ~」と迎えてくれた。
しばしばコミさんは失禁していた。失禁状態ではタクシーにも乗れないので、夜半になるとコミさん贔屓の店のたれかが練馬の自宅に架電。すると迎えの車がやってきた。斯様にゴールデン街の住人はやさしかった。稿者は35歳まで馬鹿酒を呑んだが、体質があわなかったのか断酒した。昨年はついに禁煙までした。ここには断酒以降まったく行っていない。だんだん人生つまらなくなる。