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【展覧会】国立公文書館|令和元年度 第 2 回企画展|「雨に詠えば ― 空模様の古典文学 ―」|7月27日-9月8日

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令和元年度 第2回企画展|「雨に詠えば ― 空模様の古典文学 ―」
会  期  令和元年7月27日[土]-9月8日[日]
開館時間  月-日曜日 午前9時15分-午後5時00分
      * 期間中無休 入館は閉館30分前まで
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料  無   料
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雨 ── それは季節や時間でさまざまに表情を変え、恵みをもたらすこともあれば、人々の生活を脅かすこともあります。古くから日本人はこの雨の変化に心を配り、時には和歌や物語に描くことで、さまざまな感情を託してきました。
本展では身近な気象現象である雨をテーマに、上代から近世までに成立したさまざまな古典文学をご紹介します。
0107_01万 葉 集
本資料は慶長年間(1596-1615)に出版された『万葉集』で、徳川家康に仕えた学者である林羅山(1583-1657)が所蔵していたものです。
掲載の巻十には七夕の日の雨を詠んだ歌が収められており、画像の一首目は天の川を渡る彦星の船から散る櫂の雫-かいのしずく-を例えたものです。

0107_02 (1)源 氏 物 語
本資料は承応 3 年(1654)に挿絵入りで出版された『源氏物語』で、紅葉山文庫 に所蔵されていたものです。
画像は「帚木ーほうきぎ」より、夏の雨の晩に光源氏らが集まり、女性の品評や思い出話を語り合う「雨夜の品定め」の場面です。
0107_03曾 我 物 語

父の仇討ちを誓った曾我十郎・五郎の二人の兄弟を描いた『曾我物語』は、鎌倉時代に実際に起きた事件を元に成立しました。主人公の二人が仇討ちを決行するクライマックスは、五月の雨の晩。本資料は貞享4年(1687)に挿絵入りで出版されたもので 紅葉山文庫 の旧蔵です。

【 詳細: 国立公文書館

【さようなら】有限会社東信堂印刷所:桜井孝三さん|ご報告:2019年6月14日 逝去されました|1934-2019

20190710201627_00001桜 井  孝 三
1934年(昭和09)6月22日-2019年(令和元)6月14日 享年84

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【 桜  井  孝  三 】

昭和09年(1934)東京都台東区浅草に生まれた。第二次世界大戦にともなう強制疎開により、長野県埴科郡雨宮縣村(現・千曲市雨宮-あめのみや)の母方の実家で育ち、昭和25年の春中等教育を終えて上京。
浅草一帯は焼亡していたため、印刷会社の見習いをしながら、夜学の都立小石川工業高校印刷科に学ぶ。10年間活版印刷の植字工・印刷工として勤務したのち、昭和35年(1955)04月、26歳で調布市上石原で東信堂印刷所を創業。社名の由来は「東京でうまれ、信州で育った」ことにちなんで有限会社「東信堂」とした。

昭和55年(1980)から四年間、東京都印刷工業組合三多摩支部長を務め、没年まで顧問。また東京都印刷工業組合本部理事を務める。その傍ら、『多摩の印刷史』編纂委員長、『東京の印刷組合百年史』「画像集篇」の史料収集を担当。平成11年(1999)東京都印刷工業組合三多摩支部『創立50周年記念誌』編集長。
この間、幕末・明治初期の洋式活版印刷術の研究に没頭。また近藤勇の生家が東信堂印刷所から至近の地にあったため、新選組の史実の究明に励む。
amenomiya遺著となった『雨宮 アメノミヤ の渡し ─ 詩碑建立の真実』(印刷・発行/有限会社東信堂印刷所  A5判  224ページ  上製本)は、川中島合戦において、上杉陣が千曲川、雨宮の渡しを渡河したのを記念して、賴 山陽-らい さんようーの「鞭声粛々」の詩を石に刻み、後世に残そうと建てられた「鞭声の詩碑」の調査研究書である。

{「平野富二生誕の地」碑建立有志会}には率先して参加、終始協力されていた。また2018年(平成30「平野富二生誕の地建立記念祭」には講演担当を申し出るほどお元気だったが、秋口から躰調を崩され、11月のイベントには訪崎を断念。その後「間質性肺炎」と診断されて入院加療につとめたが、薬石効なく2019年(令和元)6月14日逝去された。
枕もとには完成直後の『平野号』が置かれていた。
葬儀は密葬をもっておこなわれ、有限会社東信堂(182-0035 東京都調布市上石原1-31-10 電話 042-485-2131)は、子息:桜井伸昭氏が社長に就任してその事業を継続中である。

【桜井孝三 執筆作品記録】

◎ 活版印刷関係

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  • 「本木活字をたずねて」『印刷雑誌』1988年10月
    (印刷学会出版部刊)
  • 「適塾門下生調査資料(湯浅芳斎)」『適塾』No.21
     1988年11月(適塾記念会刊)
  •  「幕末における本木昌造の書物と活字」(1)『印刷雑誌』
     1989年1月号(印刷学会出版部刊)
  •  「幕末における本木昌造の書物と活字」(2)『印刷雑誌』
     1989年2月号(印刷学会出版部刊)
  •  「『横浜毎日新聞』は木活字で創刊」『印刷雑誌』
     1990年9月号(印刷学会出版部刊)
  • 「横浜活版社の出版活動と陽 其ニ」『印刷雑誌』
     1990年10月号(印刷学会出版部刊)
  •  「幕末・八王子の活字版蘭書」『アステ』No. 9
     1991年11月(リョービイマジクス株式会社刊)
  •  「青木芳斎の鋳造活字と日本の翻刻本」『民権ブックス』No. 5
     1992年3月(自由民権資料館編集・町田市教育委員会発行)
  •  「本木昌造、平野富ニ異聞」『印刷雑誌』1995年7月号
     (印刷学会出版部刊)
  •  「多摩の印刷史を語る」梅津敬・桜井孝三 講 演 録『民権ブックス』No. 9
     1996年3月(自由民権資料館編集・町田市教育委員会発行)

◎ 新選組関係

  • 「土方歳三の写真」を解明する『幕末史研究』No.35 (土方歳三特集)
     1999年2月(三十一人会刊・小島資料館発売)
  • 「『近藤勇の写真』撮影地を確定する」『歴史読本』
     1999年11月号(沖田総司特集)(新人物往来社刊)
  • 「近藤・土方供養塔建立の真実」『歴史読本』
     2000年12月号(新選組全史)(新人物往来社刊)
  • 「高幡不動『殉節両雄之碑』建立秘話」『歴史読本』
     2004年3月号(近藤・土方・沖田の新選組)(新人物往来社刊)

 { 新 塾 餘 談 }

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【展覧会】お札と切手の博物館|令和元年度 第1回特別展|なるほど! なっとく! お札の文字のひみつ|7月17日-9月1日

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お札と切手の博物館
令和元年度 第1回特別展
なるほど! なっとく! お札の文字のひみつ 
開  催  日  令和元年7月17日[水]-9月1日[日]
開催時間  9:30-17:00
休  館  日  月曜日(祝日の場合は翌平日)
開催場所  お札と切手の博物館 2階展示室
入  場  料  無 料
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今回の特別展は、お札に書いてある文字がテーマです。使う人がお札を便利に、そして本物であると信用して使えるように、お札の文字にはさまざまな役割があります。

どんな文字が入っているのか、どうしてその文字がお札に入れられるようになったのか、いろいろな人が使うお札だからこその工夫など、日本のお札と海外のお札を比べながら、お札の文字のひみつに迫ります。

[ 詳細: お札と切手の博物館

【展覧会】水戸芸術館 現代美術ギャラリー|大竹伸朗 ビル景 1978-2019|7月13日-10月6日

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大竹伸朗 ビル景 1978-2019
開  催  日  7月13日[土]-10月6日[日]
開催時間  9:30-18:00(入場は17:30まで)
休  館  日  月曜日 * 7月15日、8月12日、9月16日、9月23日(月・祝/振)は開館、
7月16日、8月13日、9月17日、9月24日(火)は休館

お問合せ  水戸芸術館   TEL:029-227-8111
入館料金  一般 900円
主  催  公益財団法人水戸市芸術振興財団、読売新聞社、美術館連絡協議会
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大竹伸朗(1955- )は、1980年代初めにデビュー以降、絵画を中心に、印刷、音、写真や映像などの多彩な表現を展開し、その活動は、現代美術の世界だけでなく、文字やデザインなど、幅広いジャンルに影響を与えてきました。
本展では、1970年代から現在までの約40年間にわたり、大竹が「ビル景」という絵画シリーズを描き続けていることに注目します。
「ビル景」とは、現在の風景をそのまま描いたものではありません。大竹の中に記憶された、香港、ロンドン、東京といった様々な都市の、湿度や熱、騒音、匂い。それらがランダムにミックスされ、「ビル」という形を伴って描き出される仮想の風景です。
今回、多数の未発表作品から最新作まで800点以上を調査し、ビルシリーズ全作品集の発行とあわせて、可能な限り展示することで、「ビル景」シリーズの全貌を明らかにします。
デジタル技術全盛の現代において、一人のアーティストが数十年にわたり、自らの手で絵を描き、作り続けることの意味とは何か。本展を通じて感じてください。

[ 詳細: 水戸芸術館 現代美術ギャラリー

【艸木風信帖】吾が空中花壇の女王|トロロアオイとウィキョウ|ことしも元気に開花です

トロロアオイ写真

ごてごてと 草花植ゑし 小庭かな

正岡子規(俳人・歌人 1867-1902)「小園の記」ゟ

吾が空中庭園 ── 失礼千万ながら、ひとにより「ベランダ鉢植え雑艸園」ともいう ── の女王「トロロアオイ」が花をつけている。もともと晩夏のころに咲いていたが、徐徐に開花時期がはやくなり、ことしの開花のはじめは6月6日で、それからほぼ毎日、一輪から三輪ほどのおおきな花をつけている。
この種子のもとは2009年05月に、都下あきる野市五日市町の軍道紙-ぐんどうがみ-工房からわけていただいた数株の苗にはじまった。あれから10年にもなるのかと驚くばかりである。もちろん中途に種子から育苗したので、これが何代目かわからないが、すくなくとも越冬年越しすること三回の古株である。

正岡子規の旧宅「子規庵」は、筋向かいの「書道博物館」ともども、鶯谷駅からしばらくの通路の環境はちょっとアレだが、お気に入りの場所でときおり訪れている。子規庵の庭には、いまなら朝顔が咲きはいめているだろうし、晩夏になると糸瓜-へちま-がぶらりと垂れさがっているのもよい。

フェンネル NHK趣味の園芸NHK 趣味の園芸 ゟ

ところでトロロアオイの左うしろでひょろひょろと咲いているのは「フェンネル ウイキョウ・茴香」である。吾が郷里信州では茴香と呼んで、新芽は茎ごとゆがいて食していたし、その根はタマネギにも似て、大きく甘みがあってなかなか良い。実家の庭に茫茫と勝手に生えていたので、野生かとおもっていたら栽培植物だった。もちろん空中庭園では一株だけの栽培である。

【トロロアオイ/黄蜀葵】
アオイ科の一年草。中国原産。草丈は本来2メートル近くになるが、最近は0.5-1メートルの丈の低い品種が多く栽培されている。葉は互生し、葉柄が長く、掌状に深く裂ける。
夏から秋、淡黄色で中心部が濃赤紫色、径15-20センチメートルのおおきな五弁花をつける。花は1日でしぼむが、茎の下位から上位へと順に次〻と開く。植物体全体、とくに根に粘質物を多く含み、これを手漉き紙を漉くときの糊剤(ネリ)として利用する。また花を観賞用・食用ともする。糊原料をとるための栽培では、開花・結実させないために、つぼみがついたら先端部を刈り取って根に養分をたくわえる。
活版 à la carte トロロアオイまとめ

【フェンネル、ウイキョウ(茴香、学名: Foeniculum vulgare)】
セリ科ウイキョウ属の多年生草本である。別名ショウウイキョウ(小茴香)。英語名からフェンネル(Fennel)またはフェネル、仏語名からフヌイユ (fenouil) とも呼ばれる。
フェンネルの鱗茎(葉柄基部が肥大したもの)はフィノッキオ (finocchio) とも呼ばれ、野菜としてタマネギなどのようにサラダや煮物、スープなどに用いられる。茎・葉は生食されるが、そのほかにも佃煮、シチューなど肉料理の香味野菜として使用される。

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バウハウス+ディスティル-2明治百五十年祭をはじめ、周年事業が盛んである。
オランダの新造詣運動<DE STIJL>は1917-1931、同名の雑誌『DE STIJL』に結集した造形者によって展開された。
<BAUHAUS> はデザイン教育機関で、第一次・第二次世界大戦の狭間にあって設けられた。

どちらも創刊100年であり、学校開設100年を迎えている。
2019年もなかばを過ぎたいま、小規模な展示会や講演会の話題はチラホラしているが、かつてのように大型展開催の情報は管見に入らない。上掲二冊の図書は、二十世紀初頭の混乱期にありながらも熱かった造形界の記録である。この忘れ去られたような二冊の図書をみていると、梅雨寒の昨今の陽気と似て、どこか造形界のモチベーションが低下しているようでさびしいおもいもある。

[画像データー作製:青葉水竜]

【寄席定席】新宿末廣亭|七月定例番組ゟ|上席・中席・下席・余一会紹介|一年三百六十三日笑い転げている場所が新宿にはある

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新 宿 末 廣 亭
寄席の興業方法のご案内

寄 席 ── それは日本人の心のふるさと。めまぐるしく激動する現代のオアシスでもあります。
ここ新宿末廣亭は、ビル化していく寄席の風潮をよそに、江戸以来の寄席の伝統を重んじ、その雰囲気を現代にとどめる落語色物定席です。
新宿末廣亭は十日毎に出演者を替えて興行しています。すなわち月の 1 日-10日を上席-かみせき、11日-20日を中席-なかせき、21日-30日を下席-しもせき- とよんでいます。──────────────

  日   1 日-12  29 
  日  12  30 日、31 
入 場 料  当日券-全自由席(昼の部・夜の部  入替無)

      一般 3,000円、シニア(65歳ゟ)2,700円、学生 2,500円、小学生 2,200円
昼 の 部  開場 11:40- 開演 12:00- 終演 16:30
夜 の 部  開場 16:45- 開演 17:00- 終演 21:00
・予約はありません(会員制度ほか各種割引があります)。
・入場券は窓口にてご入場の際にお買い求めいただき自由席となります。
・学生の方は学生証を提示してください。
・余一会、正月期間興行、定席のうち特別企画による興行などで、時間、料金、入替の有無が変更になるばあいもあります。あらかじめご了承ください。

新宿末廣亭 七月定例番組ゟ 上席 カミセキ・中席 ナカセキ・下席 シモセキ 紹介
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《 七月は大の月 七月三十一日[水] 余一会 特別興業 》
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《新宿末廣亭》余一会 特別興業
昼の部・文治・扇治  二人会  夜の部・柳家花緑独演会+笑福亭鶴瓶

令和元年 07月31日[水]昼夜入替です
☆ 昼 (01:00ゟ-04時20分迄)
☆ 夜 (05:00ゟ-08時20分迄)
当日券料金:一般 3,500円 学生 3,000円 小学生 2,500円

【詳細: 新宿末廣亭 】 { 活版アラカルト 新宿末廣亭まとめ }

【展覧会】東京大学総合研究博物館|スクール・モバイルミュージアム|昆虫の形と色の不思議 ── オサムシ研究の巨匠・ 石川良輔博士の軌跡|5月25日-10月5日

東大01 東大02東京大学総合研究博物館
スクール・モバイルミュージアム
昆虫の形と色の不思議 ── オサムシ研究の巨匠・
石川良輔博士の軌跡
会  期  2019年5月25日[土]-10月5日[土] 
休  館  日  日曜日・祝日
開館時間  9:00-17:00
会  場  文京区教育センター 2 階 大学連携事業室
東京都文京区湯島4-7-10

入  館  料  無 料

[ 詳細: 東京大学総合研究博物館

【展覧会】宇都宮美術館|水木しげる ── 魂の漫画展|7月28日-9月23日

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水木しげる ── 魂の漫画展

会  期  7月28日[日]-9月23日[月・祝]
開館時間  午前9時30分-午後5時 * 入館は午後4時30分まで
休  館  日  毎週月曜日、8月13日[火]、9月17日[火]
      * 8月12日[月]、9月16日[月]、9月23日[月]は開館
主  催  宇都宮美術館、下野新聞社
観  覧  料  一般 1000円、大学生・高校生 800円、中学生・小学生 600円
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『ゲゲゲの鬼太郎』などで知られる日本漫画界の鬼才:水木しげる(本名:武良 茂 1922-2015)。
彼は鳥取県境港で過ごした少年時代に、“ のんのんばあ ” に連れられてみた正福寺所蔵の「地獄極楽絵図」に心を奪われて以来、生涯に渡って不思議な世界を探求・表現し続けました。
激戦地ラバウルで生死の境をさまよい片腕を失い、極貧時代を乗り越え、独自の漫画表現に到達した水木の画業を、300点あまりの漫画原稿や原画、愛用の道具、多彩な映像資料で紹介します。探求心と洞察力、緻密な作画によって生み出された水木ワールドをぜひご覧ください。

【 詳細: 宇都宮美術館

【会員情報】 ぢゃむ 杉本昭生さん|活版小本新作 ── 夏目漱石『永日小品』ゟ「モナリサ」「懸物」

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{ ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 一筆箋 }

漱石の『永日小品』より「モナリサ」と「懸物」を選びました。
はじめ「火鉢」か「声」を加え、三作品で一冊作るつもりでしたが
頁が増え過ぎるので二作品にしました。
とちらも古いものにまつわる話で、時代を感じさせる好短編です。

薄い半紙があったので使いましたが、薄すぎて
片面刷りでも裏の文字が透けてしまいました。
しかたなく間にもう一枚挟んで写らないようにしています。
今回も、何となくかたちになるだろう、といい加減にはじめたせいで
随分遠回りをしてしまいました。
よろしければお読みください。
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余談ですが、森茉莉の『父の帽子』に
鷗外の「半日」について書いた文章がありました。
以前、遺言書をブログに掲載しましたが、改めて「半日」を読むと
妻への冷遇も納得させられた気がしました。

あじさい

【 詳細  ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 】 { 活版アラカルト 活版小本 既出まとめ 

【WebSite 紹介】 瞠目せよ諸君!|明治産業近代化のパイオニア 平野富二|{古谷昌二ブログ26}|活版製造所の築地への移転

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平野富二生誕170年を期して結成された<「平野富二生誕の地」碑建立有志会 ── 平野富二の会>の専用URL{ 平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が近代活版印刷術発祥の地:長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の情報を記述しています。
本稿もこれまでの「近代産業史研究・近代印刷史研究」とは相当深度の異なる、充実した内容となっております。関係各位のご訪問をお勧めいたします。
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[古谷昌二まとめゟ]
明治6年(1873)7月、平野富二は築地2丁目に土地を求めて工場を新設し、神田和泉町から移転した。その頃になると、活字の需要も急速に拡大し、各地からの活版印刷機引合にも応じる必要が増大していた。

当初は約150坪の土地であったが、需要の拡大に応じて次〻と隣接地を買増して工場を拡大すると共に、事務所や倉庫も設けた結果、わずか2年後の明治8年(1875)には敷地850坪余りの東京でも有数の大工場となった。

神田和泉町における約1年間の活字販売高は50万個程度であったが、築地に移転後は、年々増加し、明治11年(1878)9月に活版製造事業を本木家に返還する頃には、年間7百万個以上の販売高に達するようになっていた。
事業主の本木昌造は、明治7年(1874)夏と翌年の春に上京して、平野富二に委託した活版製造事業の現状を確認し、五代友厚からの多額の融資金返済の目途もたったことを悦び、長崎に戻ったが、明治8年(1875)9月、長崎で病没した。
しかし、この時点では、平野富二が本木昌造と約束した経営の安定化の達成と、本木昌造の嫡子小太郎を後継者として育成するまでには至っていなかった。

明治11年(1878)9月に本木昌造没後3年祭を行うのに際して、東京で後継者教育を行っていた本木小太郎を伴って長崎を訪れた平野富二は、活版製造事業の出資者に集まってもらい、東京で行った事業成果を報告し、その事業すべてを本木家に返還することを申し出た。その中には活版製造事業の成果を流用して進出した造船事業も含まれていた。
思いもよらない申出を受けた長崎の出資者たちは、即座には平野富二の申し出を受け入れることはできなかった。

翌12年(1879)1月、平野富二は本木小太郎を伴って再び長崎を訪れ、長崎本店で出資者たち立ち合いの下で資産区分を行った。その結果、資本金4万円相当の石川島造船所と3千円相当の築地の工場用地は平野富二の所有とし、資本金10万円相当の築地活版製造所は出資者を含めた本木家に返還することとなった。また、本木家と平野家とで双方の資本金1万円を持ち合い、永く関係を維持することとなった。

以後、東京の築地活版製造所の所長は本木小太郎となり、平野富二は後見人として身を引いた。しかし、平野富二の出番はこれで終わることはなかった。その後については追い追い紹介する。

古谷昌二ブログ ── 活版製造所の築地への移転

はじめに
(1)築地への移転
(2)営業活動の再開
(3)隣接地の買増しと事務所・工場の増設
(4)急速に伸びた活字の需要と販売高
(5)本木昌造の東京視察
(6)築地に於ける設備増強
(7)活字類の品揃えと改刻
(8)本木家に活版製造事業を返還
ま と め

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【展覧会】横溝健志|第五回 溝活版展 ── 俳句を刷る|7月2日-7月31日

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第五回 溝活版展 ── 俳句を刷る
期  間  2019年7月2日[火]-7月31日[水]

時  間  12:30-18:30 * 最終日 17:00まで
      日・月・第一・第三土曜(6日・20日)休廊
会  場  珈琲 & ギャラリー ウィリアム・モリス
      150-0002 渋谷区渋谷1-6-4  The Neat 青山 2F
      t e l . 03-5466-3717

【展覧会】国立近代美術館|高 畑 勲 展 ── 日本のアニメーションに遺したもの|7月2日-10月6日

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国立近代美術館
高畑勲展 ── 日本のアニメーションに遺したもの
会  場  東京国立近代美術館 1 F 企画展ギャラリー
会  期  7月2日[火]-10月6日[日]
開館時間  10:00-17-00(金曜・土曜は10:00-21:00)* 入館は閉館30分前まで
休  館  日  月曜(7月15日、8月12日、9月16日、9月23日は開館)、7月16日(火)、 8月13日(火)、9月17日(火)、9月24日(火)
観  覧  料  一般 1,500円  大学生 1,100円  高校生 600円
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初の長編演出(監督)となった「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968年)で、悪魔と闘う人〻の団結という困難な主題に挑戦した高畑は、その後つぎつぎにアニメーションにおける新しい表現を開拓していきました。
70年代には、「アルプスの少女ハイジ」(1974年)、「赤毛のアン」(1979年)などのTV名作シリーズで、日常生活を丹念に描き出す手法を通して、冒険ファンタジーとは異なる豊かな人間ドラマの形を完成させます。
80年代に入ると舞台を日本に移して、「じゃりン子チエ」(1981年)、「セロ弾きのゴーシュ」(1982年)、「火垂るの墓」(1988年)など、日本の風土や庶民生活のリアリティーを表現するとともに、日本人の戦中・戦後の歴史を再考するようなスケールの大きな作品を制作。
遺作となった「かぐや姫の物語」(2013年)ではデジタル技術を駆使して手描きの線を活かした水彩画風の描法に挑み、従来のセル様式とは一線を画した表現上の革新を達成しました。

このように常に今日的なテーマを模索し、それにふさわしい新しい表現方法を徹底して追求した革新者・高畑の創造の軌跡は、戦後の日本のアニメーションの礎を築くとともに、他の制作者にも大きな影響を与えました。
本展覧会では、絵を描かない高畑の「演出」というポイントに注目し、多数の未公開資料も紹介しながら、その多面的な作品世界の秘密に迫ります。

[ 詳細: 国立近代美術館  特設サイト

【展覧会】鉄道博物館|2019年春の企画展|「鉄道マンの仕事アルバム ── 鉄博フォトアーカイブ展」|3月9日-6月30日

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2019年春の企画展「鉄道マンの仕事アルバム ── 鉄博フォトアーカイブ展」
会  期  3月9日[土]-6月 30 日[日]
会  場  鉄道博物館本館2F スペシャルギャラリー1
入  場  料  無 料  * 鉄道博物館の入館料のみでご覧いただけます。
【参考】鉄道博物館入館料
一般 1,300 円   小中高生 600 円   幼児300 円   * 幼児は3歳以上未就学児。いずれも消費税込み。
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本展では、当館の所蔵資料のうち約13万点を占める写真資料の中から、鉄道に従事する人〻の姿や仕事の様子を撮影した写真に焦点を当てて展示します。
写真に記録されている懐かしい道具類の実物や、昭和50年代に撮影された貴重な映像資料なども交えて、いつの時代も変わらない鉄道マンの魂と、安全輸送にかけるひたむきな姿を紹介します。

[ 詳細: 鉄道博物館

【展覧会】ギャルリー 宮脇|宮川隆 作品展|「日々の祈り」 自動筆記ドローイング|6月21日-7月13日

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ギャルリー 宮脇
宮川隆 作品展「日々の祈り」
自動筆記ドローイング
会  期  2019年6月21日[金]-7月13日[土]
時  間  午後 1 時-午後 7 時  日・月休廊
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宮川隆は1955年宮古島生まれのグラフィック・デザイナー。デザイン業のかたわら、1993年からインク線描によるドローイングをするようになる。
「肉体の反応のままに描いてみた」というその作品は、宇宙から自身の身体へと降りそそぐメッセージを受信し、ひたすら自動筆記的に紙上に描き下ろされる。
それは一見、文字のような形態の線描となって表されている。メッセージの記録であるから画家本人は解読できるそうだが、見るものにはさっぱりわからない。
それは、稲妻のようなジグザグの線描であり、柳葉のような流麗な曲線であり、蔓髭のような渦巻きの絡まり合いであり、そして宇宙のような真空の余白である。ケオティックだが美しい、無秩序の秩序だ。こうした宮川隆の作品は、この宇宙のどこかに存在する光景あるいは何某かの “ 意味 ” を顕現しているのではない。

[ 詳細: ギャルリー 宮脇

【展覧会】東京ステーションギャラリー|メスキータ|6月29日-8月18日

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メスキータ
会  期  2019年6月29日[土]-8月18日[日]
休 館日  月曜日[7月15日、8月12日は開館]、7月16日(火)
開館時間  10:00-18:00
      * 金曜日は20:00まで開館    * 入館は閉館の30分前まで
入 館料  一般 1,100円 高校・大学生 900円
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サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ(1868-1944)は、オランダでデザインや版画の指導者として教鞭をとるかたわら、さまざまな技法を用いて個性的な版画を数多く制作しました。ナチスによって家族もろとも連れ去られ、家族全員が強制収容所で亡くなりますが、自宅に残されていた作品は、だまし絵で知られる M.C. エッシャー ら教え子たちが必死に守りました。
本展はメスキータの全貌を紹介する日本初の展覧会となります。

[ 詳細: 東京ステーションギャラリー ] 

【展覧会】東京ステーションギャラリー〔予告〕| 神田日勝 ── 大地への筆触|2020年4月18日-6月28日

20190618144131_00001 20190618144131_00002東京ステーションギャラリー〔予告〕
神田日勝 ── 大地への筆触
会  期  2020年4月18日[土]-6月28日[日] 巡回展が予定されています。
十勝の大地で農業をしながら制作を続けた神田日勝。その没後50年を記念した本展は、東京での40年ぶりの本格的な回顧展となります。
神田日勝は N H K 連続テレビ小説「なつぞら」の山田天陽のモチーフとなった画家です。馬や労働者を力強いリアリズムで描いた作品で知られますが、一方で同時代の美術にも敏感に反応し、多くの新しい試みを行いました。本展では、最新の研究成果も反映し、日勝の全貌に迫ります。

[ 詳細: 東京ステーションギャラリー

【講演会】第27回モリサワ文字文化フォーラム|[個 と 群 と 律]組市松紋の仕組み|6月27日

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【講演会】第27回モリサワ文字文化フォーラム
[個 と 群 と 律] 組市松紋の仕組み
講  演  者  野 老   朝 雄
日  時  2019年6月27日[木]15:00-17:00(14:30開場)
場  所  モリサワ本社  4 F 大会議室(大阪市浪速区敷津東2-6-25)
参  加  費  無  料
定  員  150 名
主  催  株式会社モリサワ
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美術家・野老 朝雄氏は、9. 11 アメリカ同時多発テロに大きなショックを受け、世界の断絶を「つなげたい」という願いからピースマークを考えはじめました。そのマークをつなげることが、現在の紋様制作の出発点になっています。
紋や紋様の平面作品はコンピューターを使って作図していますが、紋様をかたちづくる[個]と[群]は組体操のように一つ一つパーツを置いて描く手法のため、コンパスと定規さえあれば再現可能です。
野老氏の代表作のひとつである「東京2020エンブレム」は、菱形パーツを組み合わせることがベースになっています。今回の講演では「組市松紋」の仕組みを紐解きながら、野老氏の制作の核になっている「律」について語ります。

[ 詳細・申し込み先: 株式会社モリサワ 文字文化フォーラム事務局
[ 参考:活版 à la carte 【字様・紋様】「石畳・霰-あられ」を「 市 松 紋 様 」の名にかえた 歌舞伎役者・佐 野 川 市 松

【展覧会】国立西洋美術館 企画展示室|国立西洋美術館開館60周年記念|松方コレクション展|6月11日-9月23日

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国立西洋美術館 企画展示室
国立西洋美術館開館60周年記念
松方コレクション展
会  期  6月11日[火]-9月23日[月・祝]
開館時間  9:30-17:30 毎週金・土曜日/9:30-21:00
      * 入館は閉館の30分前まで
休  館  日  月曜日(ただし7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)は開館)、7月16日(火)
観覧料金  一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円
主  催  国立西洋美術館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
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神戸の川崎造船所(現・川崎重工業株式会社)を率いた松方幸次郎(1866年-慶応元年12月1日-1950)は、第一次世界大戦による船舶需要を背景に事業を拡大しつつ、1916-1927年頃のロンドンやパリで大量の美術品を買い集めます。当時の松方のコレクションは、モネやゴーガン、ゴッホからロダンの彫刻、近代イギリス絵画、中世の板絵、タペストリーまで多様な時代・地域・ジャンルからなり、日本のために買い戻した浮世絵約8000点も加えれば1万点に及ぶ規模でした。

しかし1927年、昭和金融恐慌のあおりで造船所は経営破綻に陥り、コレクションは流転の運命をたどります。日本に到着していた作品群は売り立てられ、ヨーロッパに残されていた作品も一部はロンドンの倉庫火災で焼失、さらに他の一部は第二次世界大戦末期のパリでフランス政府に接収されました。戦後、フランスから日本へ寄贈返還された375点とともに、1959年、国立西洋美術館が誕生したとき、ようやく松方コレクションは安住の地を見出したのです。

開館60周年を記念した本展では、名高いゴッホ《アルルの寝室》や、2016年に発見されたモネの《睡蓮、柳の反映》など国内外に散逸した名品も含めた作品約160点や歴史資料とともに、時代の荒波に翻弄され続けた松方コレクションの百年に及ぶ航海の軌跡をたどります。

[ 詳細: 国立西洋美術館 特設コーナー

【展覧会】国立公文書館|令和元年度 第1回企画展「紙に願いを-建白・請願の歴史 -」|5月25日-7月7日

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国立公文書館
令和元年度 第1回企画展「紙に願いを -建白・請願の歴史 -」
会  期  令和元年5月25日[土]-7月7日[日]
開館時間  月-日曜日    午前9時15分-午後5時00分
      * 期間中無休 入館は閉館30分前まで
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料  無   料
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国立公文書館では、板垣退助・江藤新平らが提出したことで知られる民撰議院設立建白書をはじめとした建白書や、大日本帝国憲法で国民の権利として規定された請願権に基づいて国民から政府に提出された請願書を所蔵しています。
本展では、建白・請願に関する制度の変遷とともに、時代を映し出す建白書や請願書から、当時の人びとが紙にこめた願いをご紹介します。

【主な展示資料】

0105_01民撰議院設立建白書
明治7年(1874)1月17日、板垣退助-いたがきたいすけ・後藤象二郎-ごとうしょうじろう・副島種臣-そえじまたねおみ・江藤新平-えとうしんぺい-らが左院に提出した建白書。翌日の新聞「日新真事誌-にっしんしんじし」に建白書の内容が公表されると大きな反響を呼び、政府に対して多くの建白がなされるきっかけとなりました。

0105_02足尾銅山鉱毒に関する請願書
栃木県の足尾銅山から排出された有害物質によって引き起こされた農作物などの被害について、明治35年(1902)に群馬県渡瀬-わたらせ-村などの住民から出された請願書。明治34年12月、田中正造-たなかしょうぞう-が明治天皇に直訴した事件が起こったことにより、鉱毒事件に対する世間の関心が高まる中で書かれました。
同資料では、銅山における鉱業の停止、政府の手による被害地の復旧など、事件の根本的解決を求めています。

0105_03請 願 令
大日本帝国憲法に定められた請願権(第30条)により、天皇や帝国議会への請願が可能となりました。当初、天皇や行政機関への請願手続きは法令などで明示されていませんでしたが、大正6年(1917)に制定された請願令により、天皇や行政機関に対する請願の具体的な手続きが定められました。

[ 詳細: 国立公文書館

【展覧会】静嘉堂文庫美術館|書物に見る海外交流の歴史 ~ 本が開いた異国の扉 ~|6月22日-8月4日

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静嘉堂文庫美術館
書物に見る海外交流の歴史 ~ 本が開いた異国の扉 ~
会  期  2019年6月22日[土]-8月4日[日]
休 館 日  毎週月曜日(ただし7月15日は開館)、7月16日

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長い豊かな時を持つ日本の歴史は、各時代を通し、海外とのさまざまな交流の上に育まれてきたものといえるでしょう。古代以来、我が国の文化は大陸や半島の影響を大きく受けてきましたが、江戸時代にはそれらに加えて西洋の事物も大きな力を持つようになりました。本展では、日本の歴史と文化の基層を成す海外との多彩な交流の姿を、書物の中で辿ります。

【出品作品】
schedule_img_08寺島良安編『和漢三才図会』 江戸時代・正徳~享保(1711-35)刊

schedule_img_09司馬江漢撰『天球全図』のうち「ヲルレレイ図」 江戸時代・寛政8年(1796)頃刊

[ 詳細: 静嘉堂文庫美術館

【展覧会】チェコセンター|写真展「ビロード革命 > 1989」|5月17日-6月26日

100X100__05-kotek-l今年は1989年の ビロード革命 からちょうど30年の節目です。40年にわたる共産党政権の独裁体制が終わり、チェコの新たな時代の幕開けとなる瞬間をとらえた写真作品を集めた記念展示を開催いたします。
1988年の全体主義体制に対するデモ、1989年に起こった動乱、そして1989年11月17日のビロード革命、それに続く熱狂。さらに、ビロード革命の終結を意味する1990年から1991年にかけてのソ連軍のチェコスロバキアからの撤退など、チェコの写真家15名による35点の作品をご紹介いたします。
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会  期  2019年5月17日[金]-6月26日[水]

      平日 10:00-17:00(火・木は19:00まで開館)
会  場  チェコセンター東京展示室

      〒150-0012 東京都渋谷区広尾2-16-14 チェコ共和国大使館内
      電話 03-3400-8129  入場無料

主  催  チェコセンター
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◉ 写 真

ラデク・ベイガル、ラドヴァン・ボチェク、カレル・ツドリーン、プシェミスル・フニェフコフスキー、ルボミール・コテク、ヤロスラフ・クチェラ、ミハル・クルムプハンズル(チェコ通信社)、ダナ・キンドロヴァー、ペトル・マチチュカ(チェコ通信社)、ロマン・セイコット、ヤン・シビーク、パヴェル・シュテハ、イジー・フシェテチュカ、ミロスラフ・ザイーツ

◉キュレーター
ダナ・キンドロヴァー Dana Kyndrová(1955年生まれ)
プラハ・カレル大学哲学部にてフランス語とロシア語を専攻(1979年卒)。10年間チェコ工科大学機械工学部言語学科で勤めた後、1989年11月以降はプラハ芸術アカデミー言語学科勤務。1992年からはフリーの写真家として活動、チェコ国内外で多数の展示を開催するほか、これまでに母親であるリブシェ・キンドロヴァーとの共作を含め8冊の書籍を出版。
受賞歴:
1995年-1999年、Czech Press Photo (合計7賞を獲得)

1998年、Fujifilm Euro Press Photo Awards 全国大会最優秀賞(1992年2月ロンドンにおけるヨーロッパ大会でチェコ代表として出場)
2006年、ロシア正教会巡礼の作品シリーズにてプラハ市助成金を獲得し、プラハのホームレスをとらえた作品を制作
近年では自身の制作活動に加え、写真関連のキュレーター、オーガナイザーとしても活動しはじめた。ドキュメンタリー写真家のミロニュ・ノヴィーに関しての論文を発表(2000年)したほか、戦後のチェコに焦点をあてた展示を複数企画し、展示写真集も刊行している。このキュレーション活動が認められ、チェコプロ写真家協会より「チェコ写真における人物2008年」に選出された。

◉ 文
イジー・スク Jiří Suk
(チェコ科学アカデミー 現代史研究所 歴史家 1966年生まれ)

チェコ科学アカデミー現代史研究所研究職。専門は1948年2月以降の共産主義体制、反体制の知的・政治的相続、1989年11月以降の共産主義政権後の変容。書籍や研究、論文の編纂のほか、自身も共産党体制や革命をテーマとした書籍を多数執筆。

[ 詳細: チェコセンター

【展覧会】千代田区立図書文化館 特別展|アートになった猫たち展 ~ 今も昔もねこが好き ~|4月26日-6月23日

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千代田区立図書文化館
特別展 アートになった猫たち展 ~ 今も昔もねこが好き ~

会  期  426日[金]-623日[日]
休  館  日  6月17日[月]

観覧時間  月曜日-木曜日:午前10時-午後7時、金曜日:午前10時-午後8時、
      土曜日:午前10時-午後7時、
      日曜日・祝日:午前10時-午後5時 * 入室は閉室の30分前まで
会  場  千代田区立日比谷図書文化館 1階特別展示室
  覧  料  一般300円、大学・高校生200
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日比谷図書文化館では「アートになった猫たち展」を開催いたします。現在、空前の猫ブームといわれていますが、200年も前の江戸時代から猫ブームは存在していました。
江戸の町では、愛猫家の絵師・国芳が人気を博し、多様な猫の姿が浮世絵に描かれました。愛らしく、時に神秘的な猫は、美人画や戯画に登場し、女性と戯れる猫、踊る猫、芸をする猫、猫顔で人気役者になりきって愛嬌たっぷりの姿を披露する猫など、江戸の庶民に広く親しまれてきました。
また近代では、竹久夢二、藤田嗣治、水野年方、海外ではビアズリーなどが自らの作品に好んで猫を描き、多くの人々を魅了してきました。

本展は、本展は、浮世絵蒐集家・中右瑛氏が長年にわたり蒐集した浮世絵と近代美人画のコレクションを中心に、暮らしの中に描かれた猫や、猫を愛した芸術家たちの作品約100点(展示替えを含む)を紹介するものです。 人々を惹きつけてやまない猫たちと、人と猫の深い関わりをお楽しみください。

[ 詳細: 日比谷区立図書文化館

【展覧会】住友コレクション 泉屋博古館|企画展「日本の書 ── 和歌と詩のかたち」|5月25日-6月30日

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住友コレクション 泉屋博古館
企画展「日本の書 ── 和歌と詩のかたち」
主  催  公益財団法人泉屋博古館、京都新聞
会  場  住友コレクション 泉屋博古館
      〒606-8431 京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24
      電話 075-771-6411
会  期  2019年5月25日[土]-6月30日[日]
開館時間  午前10時-午後5時 * 入館は午後4時30分まで
休  館  日  月曜日

入  館  料  一般800円/高大生600円/中学生350円(小学生以下無料)
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心に去来する想いを言葉にしたのが詩であるならば、文字として書かれた詩は、消えゆく想いをとどめ、より広く伝える役目を果たしてきたといえるでしょう。やがて、詩はしたためられた姿そのものが、観る者の目を楽しませ心揺さぶることともなりました。

日本の詩を代表する和歌は、平安時代、王朝貴族たちの繊細な美意識によって完成された「かな」によって、他に類をみない造形美を結ぶこととなりました。流麗な線、きわどい字形、緩急自在な字流れに絶妙な配置、さらには装飾された料紙―それらが響き合い、三十一文字の限られた世界を変化に富むものへと昇華させたのです。

当館が所蔵する住友コレクションの日本書跡にも詩歌の作品が多く含まれています。本展では、かな古筆の白眉とされる《寸松庵色紙》をはじめ、料紙装飾も美しい歌切、歌会の和歌懐紙、さらには画賛など、平安から鎌倉時代に高揚し、長く書き継がれた和歌の造形を紹介します。また中国からの新風に触発された漢詩文の条幅など、近世に生まれた詩歌表現の形にも注目します。
{主な展示品 出品作品リスト(PDF)は こちら }

[ 詳細: 住友コレクション 泉屋博古館 ]

【寄席定席】新宿末廣亭|令和元年 六月定例番組ゟ|上席・中席・下席 紹介|

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新 宿 末 廣 亭
寄席の興業方法のご案内

寄 席 ── それは日本人の心のふるさと。めまぐるしく激動する現代のオアシスでもあります。
ここ新宿末廣亭は、ビル化していく寄席の風潮をよそに、江戸以来の寄席の伝統を重んじ、その雰囲気を現代にとどめる落語色物定席です。

新宿末廣亭は十日毎に出演者を替えて興行しています。すなわち月の 1 日-10日を上席-かみせき、11日-20日を中席-なかせき、21日-30日を下席-しもせき- とよんでいます。──────────────
  日   1 日-12  29 
  日  12  30 日、31 
  料  当日券-全自由席(昼の部・夜の部  入替無)
      一般 3,000円、シニア(65歳ゟ)2,700円、学生 2,500円、小学生 2,200
  部  開場 1140- 開演 1200 終演 1630
  部  開場 1645- 開演 1700 終演 2100

・予約はありません(会員制度ほか各種割引があります)。
・入場券は窓口にてご入場の際にお買い求めいただき自由席となります。
・学生の方は学生証を提示してください。

新宿末廣亭 六月定例番組ゟ
上席 カミセキ ・中席 ナカセキ・下席 シモセキ紹介
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《  六  月は小の月  余一会はございません》

【詳細: 新宿末廣亭 】 { 活版アラカルト 新宿末廣亭まとめ }

【朗文堂ブックコスミイク】好評既刊書|『評伝 活字とエリックギル』(河野三男 訳・著)|在庫僅少

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産業としての印刷と、文化としての文字活字、すなわち文明と文化の狭間で
もがきくるしんだエリック・ギルの
『AN ESSAY ON TYPOGRAPHY』の全訳を中心に

近代思想と産業主義に、つよい疑念を表明した
エリック・ギルとその活字にせまります。
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原著:ERIC GILL   An Essay On Typography(撮影:青葉水竜)

An Essay On Typography は自主製作活字 Joanna の完成をまって、ハンドセットで1931年初版、1936年第二版が刊行された。第二版からはファンドリー・タイプで 12 points, 左右 19 picas, 3 points leading(行間)の活字組版であった。1941年第三版、1954年第四版と刊行され、1988年には第五版が Linotron 202 13 機によって 13 points で組版された。
本書『評伝 活字とエリック・ギル』は第二版と第五版を比較検討しながら翻訳され、第四章「エリック・ギル設計の活字」pp 279-356 には「パペチュア書体/ギル・サン書体/ジョアンナ書体」が詳細に分析・紹介されている。 

主な内容 ── 目次より

  まえがき
Ⅰ エリック・ギルを読むために
Ⅱ エッセイ・オン・タイポラフィ (全訳)
Ⅲ エッセイ・オン・タイポラフィ (解説にかえて)
Ⅳ エリック・ギル設計の活字

『評伝 活字とエリック・ギル』
河野三男 訳・著
四六上製本 360ページ 図版多数
発 行:1999年12月14日
定 価:本体2900円+税
ISBN4-947613-49-1

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小社直送のばあいは、送料のご負担をいただきます。
※ 残部僅少となっております。また保存データーが製版フィルム方式(C T F)のため
増刷は事実上不可能となりますのであらかじめご了承たまわりたく存じます。
{関連:朗文堂ブックコスミイク 『詳伝 活字とエリック・ギル』

朗 文 堂

TEL. 03-3352-5070 FAX. 03-3352-5160
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【編著者:まえがきより 部分】

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【古谷昌二 新ブログ】 東京築地活版製造所 歴代社長略歴|第五代専務取締役社長 野村 宗十郎

東京築地活版製造所第五代野村宗十郎

東京築地活版製造所 第五代社長 野村宗十郎

(1)第五代社長として専務取締役社長に選任
(2)東京築地活版製造所に入社までの略歴
(3)東京築地活版製造所への入社とその後の昇進
(4)支配人時代の事績
    1)活字のポイントシステム調査と導入・普及
    2)コロタイプによる写真印刷の実用化
    3)組織改革と営業活動、博覧会出品
      <組織改革> <営業活動> <博覧会出品>
    4)業界活動と社会貢献
      <外部団体の役員就任> <印刷物見本交換会の開催>
(5)専務取締役社長としての事績
      <事業の拡張・縮小> <ポイントシステムの普及> <社外活動><博覧会出品> 
      <エピソード>
    1)内田百閒と築地13号室
    2)新社屋の裏鬼門
      <持病の悪化と死去>
(6)没後の記録
まとめ
────────────────
ま と め
野村宗十郎は、長崎に居住する薩摩藩御用商人の服部家に生まれた。親戚の野村家当主が戦死したため、その名跡を継いで長崎製鉄所の第3等機関方となった。しかし、それは短期間で、技術者としての素養を身に着けたとは考えられない。
実父は、維新により家職を失い、明治3年(1870)に本木昌造が開いた長崎の新町活版所に勤務した関係から、野村宗十郎も活版印刷に多少の関わりを持ったと言われている。

その後、病弱の身を押して勉学にはげみ、大学予備門を中退して簿記を学び、大蔵省に入省した。しかし、専ら外回りの勤務に見切りをつけて退省した。その時、すでに数え年33となっていた。
退省した野村宗十郎は、陽其二の推薦を得て、明治22年(1889)7月、東京築地活版製造所に将来の幹部候補として招聘された。野村宗十郎が最初に配属された先は倉庫係だったが、3年後の明治25年(1892)8月には早くも社長曲田成の下で副支配人となり、その翌年8月に支配人となった。

さらに、明治29年(1896)4月に社長名村泰蔵の下で取締役支配人となった。明治40年(1907)9月には、名村泰蔵死去の跡を継いで専務取締役社長に選任され、大正14年(1925)4月23日に数え年69で病没するまで社長職を務めた。
支配人として15年間、取締役として11年間、専務取締役社長として18年間、それぞれ重複する期間はあるが、東京築地活版製造所の経営に関わったことになる。

野村宗十郎は、入社して間もなく、活版製造事業について学ぶ中で、活字サイズの決め方に疑問を持ち、外国文献にポイント・システムがあることを知った。結果的に、野村宗十郎に一人合点と思い違いがあったと見られるが、このポイントシステムが本木昌造の決めた活字体系に合致することを知り、改めて本木昌造にたいする尊敬の念を強めるとともに、わが国の統一システムとして普及させることを決意したと見られる。

曲田社長の理解と名村社長の積極的後援を得て、野村宗十郎は死去する直前までポイントシステムに焦点を当てて、その普及に努めた。その結果、新聞社がその利便性に着目して採用するものもあったが、読者の受け入れ易さを主に、紙面の構成やバランスなどを試行錯誤する状態が続いた。やがて、全国の新聞界はすべてポイント活字に風靡されるようになり、一般の印刷工場においてもポイント活字を整備することになった。
このようなことから、大正5年(1916)2月15日、野村宗十郎は、ポイント式活字の創造と普及によりわが国の文運隆興を補助したとして、藍綬褒章を下賜された。

会社の経営面から見ても、ポイントシステムへの切替需要により、順調に増収増益を重ね、大正11年(1922)後期の決算では、資本金が30万円であったが、売上高57.7万円余、純利益10.5万円を記録している。
しかし、牧治三郎によると、東京築地活版製造所の全盛期は大正12年(1923)を以って終わった。活字鋳造が次第に自動鋳造機械の普及に従って、大口需要家の新聞社をはじめ、一般印刷業者も自家鋳造へと移行する形勢を示した。
それにも関わらず、関東大震災でほとんど全ての製造設備を失った東京築地活版製造所が採った対応は、旧態依然とした手廻鋳造機を中心とする活字製造事業に注力し、手工業的体質からの脱却、活字需要者の変化に対する対応が見られない。

大正時代になると、一般製造業の発展により女工不足が深刻となった。また、職工組合による賃上げ要求ストライキが発生するようになっていた。
野村宗十郎は、創業者である本木昌造を敬うあまり、実質的に活版製造を事業として完成させ、海外需要にも目を向けた平野富二、時代の局面で同業組合による協調で切り抜けた曲田成、日清・日露の戦争による好況、不況を積極経営で乗り切った名村泰蔵の3人の社長が敷いた布石を発展させることなく、ポイントシステムの成功に酔いしれていたとしか考えられない。

曲田社長が糸口を付けたコロタイプ版や網目版による写真印刷は、新しい印刷事業の方向性を示すものであったが、その後の展開が見られない。また、印刷物蒐集交換会も、社長に就任してから1回開催しただけで、中止してしまった。
明治18年(1885)には、石版技手人名鏡に東京築地活版製造所が国文社と共に勧進元となっているように、活版印刷と石版印刷〔オフセット平版印刷につらなった〕の双方の印刷分野でトップクラスの技術と実績を持っていた。

さらに、名村社長が復活を手掛けた印刷機械製造事業についても、その製造機種は依然として平野富二が製品化した機種ばかりで、急速に普及しつつある輪転印刷機やオフセット印刷機などの国産化には全く関心がなかったようである。
さらに問題なのは、次期社長とするべき後継者を育成することなく死去したことである。
そのため、遠隔地である長崎に居住し、多くの会社の役員を兼任する松田精一が引き継がざるを得なくなった。
それでも、有力な支配人が実質的な経営に取り組んでいれば別であるが、昭和3年(1928)6月の株主総会で取締役に指名された支配人大沢長橘は知名度が低く、それまで、どのように経営に関わっていたかは知られていない。

野村宗十郎は、活版の大業に一大功績を残し、東京築地活版製造所の興隆に尽くしたとされている。しかし、結果的にバランスを欠いた経営が、その後の苦境を乗り切れず、その死去から13年目に会社解散に追い込まれる要因になったと見られる。

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【展覧会】第7回 手で作る本の教室 展|世田谷美術館 区民ギャラリーA|2019年6月4日-6月9日

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第7回 手で作る本の教室 展

会  期  2019年6月4日[火]-6月9日[日]
      午前10時から午後6時まで。
     (初日の4日は午後1時から。最終日の9日は午後5時まで)
会  場  世田谷美術館 区民ギャラリーA
      〒157-0075 世田谷区砧公園1−2
お問い合わせは
山崎曜 tobuhon@icloud.com

[ 詳細: 製本アーティスト 山崎 曜

【朗文堂ブックコスミイク】『平野号 平野富二生誕の地碑建立の記録』|発行:平野富二の会|発売:朗文堂

平野号_書影 チラシ広報 チラシ広報『平野号』プリント用 PDF 】

平野号 平野富二生誕の地碑建立の記録

B 5 判、408 ページ 図版多数
ソフトカバー
定価:本体 3,500 円+税
ISBN978-4-947613-95-0  C1020

発行日 2019年5月30日 初刷
編 集 「平野富二生誕の地」碑建立有志の会
発 行 平野富二の会
発 売 株式会社朗文堂
    www.robundo.com
    typecosmique@robundo.com

<おもな内容 ── 目次より>
記念式典
平野富二 略伝/平野富二 略伝 英文
平野富二 年譜
明治産業近代化のパイオニア
「平野富二生誕の地」碑建立趣意書
 平野富二生誕の地 確定根拠
長崎 ミニ・活版さるく
平野富二ゆかりの地 長崎と東京
 長崎編
出島、旧長崎県庁周辺、西浜町、興善町、桜町周辺、新地、銅座町、思案橋、油屋町周辺、寺町(男風頭山)近辺、諏訪神社・長崎公園、長崎歴史文化博物館周辺、長崎造船所近辺
 東京編
  平野富二の足跡
  各種教育機関
  官営の活字版印刷技術の伝承と近代化
洋学系/医学系(講義録の印刷)/工部省・
太政官・大蔵省系(布告類・紙幣の印刷)
  平野富二による活字・活版機器製造と印刷事業
  その他、民間の活版関連事業
  勃興期のメディア
 「谷中霊園」近辺、平野富二の墓所および関連の地
「平野富二生誕の地」建碑関連事項詳細
「平野富二生誕の地」碑建立
募金者ならびに支援者・協力者 ご芳名
あとがき

跋にかえて ── ちいさな活字、おおきな船 
『平野号』出発進行、ようそろ!

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【もんじ】吉祥もんじ 合体字|招財進寶ーしょうざいしんぽう|

招財進寳

《馴染みのお店がどんどん消える昨今》
衣食住にはこだわりが無い …… と公言してきた。それはいまも変わらないが、さいきん馴染みの飲食店の廃業が続いてなさけない思いをしている。

酒は呑まないので和食の店はおおきく制限される。中国料理も大型店だとひと皿五人分ほどの料理が提供されるので、退勤途中にちょっと何品かで食事というのには重すぎるし、定食では飽きて物足りないこともある。

お気に入りだった中国料理店は「臺灣 ≒ 台湾小皿料理店」で、ママさんは中国瀋陽(中国東北部・旧奉天)出身であるが、コックさんとスタッフは台湾の出身。したがって少量で安いので、フラリと寄っても四-五皿の料理を楽しめるし、南部のお米料理・北部の万頭料理も過不足無くたのしめた。店がすいていれば 莨 も遠慮しながらではあるが吸うことができた。馴染みの店とはそんなものである。

この店が人手にわたったらしい。とたんにすっかり料理もふんいきも変わり、即座に逃げだしたが代わりの店が無かった。ようやく「新宿御苑共和会通り」に気に入りの店をみつけた。ホールは小姐-シャオジェとオバサンの中間ほどの姉妹で、キッチンはふたり。旨くて安いから30-40名ほどの団体も相当はいるが、このふたりは平然と消化しているからかなりのものである。

団体席との仕切りに「吉祥もんじ ── 合体字」があった。手許の辞書に熟語「合体字」はなかったが、「合体-ふたつ以上のものがあわさって、ひとつになること」で十分だろう。
月例会でこの写真が話題になり、中国大連近郊出身の張さんが、中国陝西省(日本でも)で流行っている「ビャンビャンメン」も例にあげて「合体字」の解説にあたってくれた。

【 YouTube 李玉萍 (萍萍老師) 書法/春聯教學 金字「招財進寶」楷書 1 : 49 】


《招財進寶の字画構成と意味》
招財進寶
「招財進寶ーzhaocai-jinbaoーしょうざいしんぽう」は金運を招き寄せる吉祥紋ーもんじである。

まず「たから-の異体字のひとつ、寳」を選び、ウカンムリから上部を書き進める。下部の「貝」は何役も兼ねるのでいくぶん細身に書く。ついで右側に「才」を置くと「財」になる。「才」をテヘンにみなしてさらに右に「召」を書くと「招」が完成し、左側に「隹」を書き、「辶-シンニュウ」を勢いよく蚕頭燕尾にまとめると、アラふしぎ ── 招財進寶のできあがりである。

ほとんどの中国人はお金へのこだわりを隠そうとしない。それでもこれで、安くて旨い中国料理を食し、お店もお客も大判小判がザックザクとなればいうことなしである。
張 文一さん西安にて上掲写真は張さんが陝西省西安で撮影した「ビャンビャンメン」。この合体字も麺もあまりうまくなかったとは張さんの言。
稿者は2010年に発祥地とされる陝西省西安でこの扁平幅広の麺を食したことがある。その後にも北京の陝西省料理店と、なぜか木工所訪問の帰りに葛飾区亀有でも食べた。
いつのころからか、この「もんじ」は日本の一部ではやっているという。稿者はやはり流行り物の一種とみたし、「合体字」としてはいささか不出来とみた。味も調理にも格別の意見はない。

中国と台湾には、ほかにも吉祥もんじとして「集字」「畳字」があるが、わが国では別の意味でもちられているので、すこし整理していずれ紹介したい。

[協力:青葉水竜さん、張 さん]

【会員情報】 ぢゃむ 杉本昭生さん|活版小本新作 ── 永井荷風『罹災日録抄 偏奇館炎上』

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{ ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 一筆箋 }

永井荷風の『罹災日録抄 偏奇館炎上』です。
昭和二十年の日記をまとめた「罹災日録」の中から
三月九日未明の東京大空襲の記録を一冊にしました。
荷風六十六歳、この戦争がなければ悠々自適の老後だったかもしれません。
────────────────
連休中、毎日毎日古書展で本の背をながめたせいか、
食傷気味で、作る気持ちが起こらず放っていました。
気持ちの伝わるものを作りたいと思ってはいるのですが
なかなか昇華できません。
難しい事を考えだすと迷路に迷い込むので。
ふわふわと気楽に本造りを楽しむようにしています。
お暇な時にご一読ください。

青楼や

【 詳細  ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 】 { 活版アラカルト 活版小本 既出まとめ 

【展覧会】宇都宮美術館 企画展|視覚の共振・勝井三雄 visionary ∞ resonance : mitsuo katsui|4月14日ー 6月2日 好評開催中

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宇都宮美術館 企画展
視覚の共振・勝井三雄
visionary ∞ resonance : mitsuo katsui
2019年4月14日[日] ー 6月2日[日]
開館時間  午前9時30分-午後5時   *入館は午後4時30分まで
休  館  日  毎週月曜日
観  覧  料  一般 800円、大学生・高校生 600円、中学生・小学生 400円 
主  催  宇都宮美術館

【 詳細: 宇都宮美術館 】 
────────────────
IMG_2153 IMG_2111 IMG_2054 IMG_2124 IMG_2079 IMG_2078 IMG_2079 IMG_2085 IMG_2086[ 写真提供: 日吉洋人   参考:日吉洋人 Facebook

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【平野富二の会】『通運丸開業広告』から|石川島平野造船所が最初に建造した「通運丸」シリーズ|東京築地活版製造所五号かな活字に影響をあたえた「宮城梅素-玄魚」

本項は、近日発行『平野号 平野富二生誕の地碑建立の記録』(編集:「平野富二生誕の地」碑建立有志の会、発行:平野富二の会、B 5 版、ソフトカバー、384頁、図版多数)より。
その抜粋紹介の記事として、「平野富二の会」のウエブサイトに掲載されたものを転載した。
表紙出力『平野号 平野富二生誕の地碑建立の記録』表紙Ⅰ

表紙の画像は以下より採取した。
◉ 右上:最初期の通運丸 ──『郵便報知新聞』(明治10年5月26日)掲載広告
◉ 右下・左上:『東京築地活版製造所 活版見本』(明治36年 株式会社東京築地活版製造所)電気版図版から採録

◉ 左下:『BOOK OF SPECIMENS MOTOGI & HIRANO』(明治10年 長崎新塾出張活版製造所 平野富二)アルビオン型手引き活版印刷機
◉ 中心部の図案:『本木號』(大阪印刷界 明治45年6月17日発行)を参考とした。

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【 石川島平野造船所 ── 現:石川島資料館 】

石川島資料館入口石 川 島 資 料 館
[ 所在地:中央区佃1丁目11─8 ピアウエストスクエア1階 ── もと佃島54番地 ]
digidepo_847164_PDF-6東京石川島造船所工場鳥瞰図『東京石川島造船所製品図集』
(東京石川島造船所、明治36年12月、国立国会図書館蔵)

石川島資料館の地は、平野富二が明治9(1876)年10月に石川島平野造船所を開設したところで、昭和54(1979)年に閉鎖されるまでの103年間にわたって、船舶・機械・鉄鋼物の製造工場であった。この地は嘉永6(1853)年、水戸藩が幕府のために大型洋式帆走軍艦「旭丸」を建造するための造船所を開設した所で、これをもって石川島造船所(現:I H I )開設の起点としている。

石川島資料館は、このような長い歴史を持つ石川島造船所の歴史を紹介するとともに、それと深い関わりを持つ石川島・佃島の歴史と文化を紹介する場として開設された。

web用_200090 300dpi 通運丸開業広告 印刷調整 軽量化-1『通運丸開業広告引札』明治10(1877)年
山崎年信 画 宮城梅素-玄魚 傭書 物流博物館所蔵

『通運丸開業広告引札』(物流博物館所蔵)には、平野富二が石川島平野造船所を開いて最初期に建造した「通運丸」が描かれている。
平野富二が石川島平野造船所を開いて最初に建造した船は、内国通運会社(明治5年に設立された陸運元会社が、明治8年に内国通運会社と改称。現:日本通運株式会社)から請け負った「通運丸」シリーズだった。

内国通運会社は、政府指導で組織化された陸運会社であったが、内陸部に通じる河川利用の汽船業にも進出した。
隅田川筋から小名木川・中川・江戸川を経由して利根川筋を小型蒸気船で運行する計画を立て、明治9(1876)年10月末に開設したばかりの石川島平野造船所に、蒸気船新造4隻と改造1隻を依頼した。

明治10(1877)年1月から4月にかけて、相次いで5隻の蒸気船が完成した。新造船は第二通運丸から第五通運丸まで順次命名された。第一通運丸と命名された改造船は、前年に横浜製鉄所で建造された船艇であったが、船体のバランスが悪く、石川島平野造船所で大改造を行ったものである。
同年5月1日から第一、第二通運丸により東京と栃木県を結ぶ航路の毎日往復運航が開始され、盛況を博した。

「通運丸」と命名された小型蒸気船は第五六号まで記録されており、昭和23年代まで運行されていた。

この絵図に描かれた通運丸が第何番船かを特定することはできない。しかし宣伝文から推察すると、利根川下流の木下や銚子まで運行していることから、すでに第五通運丸までが就航していると考えられる。
したがって、石川島平野造船所で納入した五隻の通運丸のいずれかが対象になる。後年、船体の外輪側面に大きく「通運丸」の船名が表示されるが、初期には、この航路は内国通運会社の独占だったため標示されていない。

津運丸帆柱付き帆柱のある通運丸を描いた「内国通運会社」新聞広告。当初は一本の帆柱を備えていた。
『郵便報知新聞』明治10年5月26日に掲載。(『平野富二伝』古谷昌二 著から引用)

web用_200097 300dpi 東京両国通運会社川蒸気往復盛栄真景之図 野沢定吉画-1 軽量化船体の外輪側面に大きく船名が表示された通運丸
『東京両国通運会社川蒸気往復盛栄真景之図』明治10年代
野沢定吉 画 物流博物館所蔵

上掲の『通運丸開業広告引札』明治10(1877)年は、画は山崎年信、傭書は宮城梅素ー玄魚の筆になる。以下に詳細を掲載した。

【山崎年信 ── 初代】(1857─1886)
明治時代の日本画家。安政四年うまれ。歌川派の月岡芳年(1839─92)に浮世絵をまなび、稲野年恒、水野年方、右田年英とともに芳年門下の四天王といわれた。新聞の挿絵、錦絵などをえがいた。明治19年没、享年30。江戸出身。通称は信次郎。別号に仙斎、扶桑園など。

────────────────────

「傭書家: 宮 城 梅 素-玄 魚 」

通運丸開業広告引札』の撰並びに傭書は、宮城梅素・玄魚(みやぎ・ばいそーげんぎょ)によるものである。以下は錦絵に書かれた文章の釈読である。[釈読:古谷昌二]

廣 告

明治の美代日に開け。月に進みて
盛んなれば。實に民種の幸をやいはん。
國を冨すも亦。國産の増殖に在て。
物貨運輸。人民往復。自在の策を起
にしかず。されど時間の緩急は。交際
上の損益に關する事。今更論をま
たざるなり。爰に當社の開業は。郵
便御用を専務とし。物貨衆庶の乗
客に。弁利を兼て良製迅速。蒸気
数艘を製造なし。武總の大河と聞たる。
利根川筋を逆登り。東は銚子木下
や。西は栗橋上州路。日夜わかたず
往復は。上等下等の室をわけ。
發着の時間は別紙に表し。少も
遲〻なく。飛行輕便第一に。三千
余万の諸兄たち。御便利よろしと
思したまはゞ 皇國に報ふ九牛
の一毛社中の素志を憐み給ひて。
數の宝に入船は。出船もつきぬ
濱町。一新に出張を設けたる。内國
通運會社の開業より試み旁〻
御乗船を。江湖の諸君に伏て希ふ

      傭書の 序  梅素記

梅素_画像合成_02『通運丸開業広告引札』明治10(1877)年の錦絵の広告文を釈読に置き換えたもの

宮城梅素-玄魚(1817─1880)は、幕末から明治時代の経師・戯作者・傭書家・図案家である。
文化14年江戸うまれ。浅草の骨董商ではたらき、のち父の経師職を手つだう。模様のひな形、看板の意匠が好評で意匠を専門とした。
條野傳平・仮名垣魯文・落合芳幾らの粋人仲間の中核として活動。清水卯三郎がパリ万博に随行したおり玄魚の版下によってパリで活字を鋳造して名刺を製作したとされる。

明治一三年二月七日没。享年六四。姓は宮城。名は喜三郎。号:梅素(ばいそ)玄魚・田キサ・呂成・水仙子・小井居・蝌蚪子-おたまじゃくし-など。
江戸刊本の伝統を継承した玄魚の書風は東京築地活版製造所の五号かな活字に昇華されて、こんにちの活字かな書体にも影響を及ぼしている。

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東京築地活版製造所 五号かな活字(平野ホール所蔵)
『BOOK OF SPECIMENS MOTOGI & HIRANO』(明治10年 長崎新塾出張活版製造所)

2013平野富二伝記念苔掃会-10一恵斎芳幾(落合芳幾)が書いた晩年の宮城梅素-玄魚
『芳潭雑誌』より

【 詳細: 平野富二の会 】

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|武蔵野美術大学90周年記念|「清水多嘉示資料展-石膏原型の全てと戦後資料(第Ⅲ期)」-6月16日

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武蔵野美術大学 美術館・図書館
武蔵野美術大学90周年記念
「清水多嘉示資料展-石膏原型の全てと戦後資料(第Ⅲ期)」
会  期  2019年5月20日[月]-6月16日[日]
時  間  10:00-18:00  * 土曜日、特別開館日は17:00閉館
休  館  日  日曜日 * 6月16日[日]は特別開館
入  館  料  無 料

会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 1・2、アトリウム 1
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
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彫刻家・清水多嘉示(1897-1981)により1923年の渡仏から没する前年1980年までに制作され、現在遺されている全石膏原型約250点と戦後期の作品、文書、写真、印刷物などの多量の資料を展示し、共同研究「清水多嘉示の美術教育と武蔵野美術学校」の集大成として、清水多嘉示の制作活動と美術教育を含む広範な社会活動への関与と業績を解明・検証する。

【 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|内⽥あぐり ── 化身、あるいは残丘|5月20日-6月16日

ムサビ01ムサビ02 武蔵野美術大学 美術館・図書館
内⽥あぐり ── 化身、あるいは残丘
会  期  2019年5月20日[月]-6月16日[日]
時  間  10:00-18:00  * 土曜日、特別開館日は17:00閉館
休  館  日  日曜日 * 6月16日[日]は特別開館
入  館  料     無 料
会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 3・4、アトリウム 2
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
────────────────
絵画において⼈間の存在を示すものとは何かという根源的な問題を探るなかで、新たな⽇本画の可能性を提示してきた内田あぐり作品。

本展では、身体をめぐる絵画考から展示空間へと立ち現れた⼀つの残丘ともよべる新作を核に、人物の情念を発する濃密な初期の具象作、抽象表現により⾝体のリアリティに⾁迫した2000年前後の大作、そして空間を圧倒する世界観を放つ近年の大型作品などを展示し、その絵画表現に接近する。

【 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【展覧会】ギンザ・グラフィック・ギャラリー第373回企画展|井上嗣也展 Beginnings|05月14日-06月26日

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井上嗣也展 Beginnings
会  期  2019年05月14日[火]-06月26日[水]
会  場  ギンザ・グラフィック・ギャラリー
────────────────

ギンザ・グラフィック・ギャラリー( g g g )の5・6月は、「井上嗣也展 Beginnings」を開催いたします。
“ 写真とタイポグラフィの斬新なデザイン ”、“ 写真が生きるための魔法のデザイン ”、それらを意のままに操り、鋭い感性の衝動性を示し続ける井上嗣也。  80年代から90年代、そして現在に至るまで、その凛としたアバンギャルドなクリエイティブに一寸のブレもありません。
g g g での初の個展から約10年。その後も広告と出版のふたつの分野において、井上の飽くなき好奇心と冒険心から生み出されてきた作品は、ますます進化と純化の一途をたどり続けています。

本展では、太陽、月、光、水、油、植物等の写真を駆使し、架空の宇宙を創出した「The Burning Heaven」、緊張感あふれる中にもユーモアと遊び心を忍ばせた「Happy Time」などの新作ポスターシリーズを中心に、数ある傑作から自選した代表作。そして、近年ますます拡がりをみせているファッション界とのコラボレーションによるポスターやブックデザインを一堂にご紹介します。
作品から放たれる、息をのむばかりの圧倒的オーラ。そこに潜む、未知の感覚を感じ取ってください。
井上嗣也の新たな旅のはじまりです。

【 詳細: g g g ギャラリー

【公演】森 郁 男さんゟ|薩摩琵琶 正 絃 会|琵琶演奏大会|2019年5月11日

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薩摩琵琶 正 絃 会
琵琶演奏大会
日  時  2019年5月11日[土] 正午開演
会  場  日本橋社会教育会館ホール

      日本橋社会教育会館(日本橋小学校等複合施設8階)
      〒103-0013 中央区日本橋人形町一丁目1番17号
      TEL 03-3669-2102・2794
入  場  料  無 料

主  催  薩摩琵琶 正 絃 会
      〒248-0007 鎌倉市大町3-20-11
      TEL・FAX  0467-25-1420
────────────────

日頃は、私ども正絃会に対しまして、力強いご支援と、あたたかいご声援を賜り誠にありがとうございます。
本会では、数百年来、鹿児島で培われてきた薩摩琵琶および中世芸能としての平曲という二つの琵琶楽の伝統を守り、師伝の芸風を次の世代に伝えていくことを目標に、毎月の定例演奏会を継続しております。

おかげ様にて近年は琵琶楽に興味を持つ若い力も加わり、会員一同その研鑚に励んでおります。その日頃の成果を多くの皆様にお聞きいただき、ご批評を賜りたいと存じまして今年も演奏大会を企画いたしました。
出演者一同、元気な演奏をご披露致したいと存じますので、どうぞお誘い合わせの上、ご来場賜りますようよろしくお願い申し上げます。

【 森郁男さんからのお便り + 薩摩琵琶とは 】

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【展覧会】瓜生美雪個展|Miyuki Uryuu Exhibition|「そのむこう」|北洋の館|5月1日-30日

20190418123949_00001 20190418123949_00002瓜生美雪個展
Miyuki Uryuu Exhibition
「そのむこう」
期  間  2019年05月01日[水]-30日[木] * 火曜日定休
会  場  北洋の館
      938-0084 富山県黒部市生地芦崎330 電話 0765-0138
時  間  10:00-18:00 * 01日は11:30ゟ 30日は15:00迄
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雨あがりの景色は、まるでたくさん泣いた後のように
すっきりときれいに光っている。

たくさん泣いたあと見える世界は、きっと眼球が掃除されて、
それまでよりもっときれいに見えているんだ。そう信じたい。
そんなことをぼんやり思いながら、描いたり刷ったりしていました。
四年ぶりの個展です。 [瓜生美雪]

【展覧会】目黒区美術館|京都国立近代美術館蔵 世紀末ウィーンのグラフィック ── デザインそして生活の刷新にむけて|4月13日-6月9日

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目黒区美術館
京都国立近代美術館蔵 世紀末ウィーンのグラフィック
── デザインそして生活の刷新にむけて
会  期  2019年4月13日[土]-6月9日[日]
時  間  10:00-18:00 * 入館は17:30まで
休  館  日  月曜日  * GW期間中の開閉館日はリンク先参照
観  覧  料  一般 800円、大高生・65歳以上 600円、小中生 無 料
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目黒区美術館は1987 年の開館以来、近現代の美術だけでなく、生活美術やデザイン、建築といった分野にも着目し、企画展やワークショップの活動に反映させてきました。
その中で、2009 年に開催した『上野伊三郎+リチ コレクション展 ── ウィーンから京都へ、建築から工芸へ』は、京都国立近代美術館のご協力により、同館所蔵の、1920 年代にウィーン分離派のヨーゼフ・ホフマンに建築を学んだ上野伊三郎とウィーン工房でデザイナーとして活躍したフェリーツェ・リックス(上野リチ)夫妻の作品・資料群を一堂に紹介したものでした。 

2015 年、京都国立近代美術館の収蔵品には、新たに世紀末ウィーンの優れたグラフィック作品がまとまった形で加わりました。当時のウィーンで生み出された版画や挿絵本とその原画、装丁、壁画の原画など、多様な表現による作品群で、アパレル会社キャビンの創業者、平明 暘(ひらあき いずる)氏が蒐集したコレクションです。 そして2019 年 1 月から2 月にかけて、京都国立近代美術館で同コレクションの全貌が紹介されました。これに続き、今春、目黒区美術館で『世紀末ウィーンのグラフィック』展を開催いたします。

1897年のウィーン分離派設立から1914 年の第一次世界大戦勃発まで、世紀末から二十世紀初頭のウィーンでは、グスタフ・クリムトやヨーゼフ・ホフマンらを中心に、新しい時代に相応しい芸術、そしてデザインの在り方が模索され、絵画、彫刻、建築をはじめ数多くの素晴らしい作品が生まれました。中でもグラフィックの分野は、印刷技術の発展や雑誌メディアの隆盛を背景にめざましく発展し、新しい芸術の動向を人々に伝え、社会に浸透させる上でも重要な役割を担いました。

本展は、京都国立近代美術館所蔵の約 300 件にのぼる膨大なグラフィック作品のコレクションを中心に、同じく平明氏旧蔵のリヒャルト・ルクシュによる石膏彫像と貴重なアドルフ・ロースの家具一式を加え、世紀末ウィーンの息吹と魅力をお伝えします。

【 詳細: 目黒美術館
[ 関連: 活版アラカルト[展示]チェコセンター「プラハの機能主義建築 ─ 伝統と現代建築への影響」2018年 終了企画

【Information Release 14】「平野富二生誕の地」碑建立有志の会|日本二十六聖人記念館:宮田和夫会員ゟ|長崎直近情報-碑前三の堀の櫻が満開に!

DSC_0681 「平野富二生誕の地」碑 正面

「平野富二生誕の地」碑建立有志の会 ── 皆さま
[日本二十六聖人記念館 宮田和夫]

ご無沙汰しております。
本日〔4月9日〕「平野富二生誕の地」記念碑の様子を見にいきました。
碑の表面側からみると、真正面に、なんと満開の桜が!
富二さんが毎年ちょうどこの季節に、満開の桜を愛でることができるようになった
気がしまして、
この場所に設置してよかったな、とはじめて思えました。

(撮影ポイントの制約で、添付写真では分かりにくいかもしれません)

長崎は風がつよく、ことしは春の黄砂? もありました。
碑の文字がかなり深く、太く彫り込まれている関係もありますが、

大切な碑文に土ぼこりが溜まりやすいことが分かりました。
ときどきふき取り作業にあたりたいと思います。

また今日は渋沢栄一の肖像が新一万円札に採用とのニュースもあり、
感慨深い一日となりました。

平野富二の会 ── 皆さまお元気でご活躍ください。[宮田和夫]
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「平野富二生誕の地」碑は2018年11月24日、長崎県勤労福祉会館
(長崎県長崎市桜町9 ― 6)脇、長崎市の歩道に設置されました。
碑は江戸時代の三の堀跡の方向をむいていますが、ここが櫻の名所だとは
知りませんでした。

宮田会員の写真で、前方突き当たり、満開の櫻並木を左手に曲がると、
そこから信号ひとつ、三分ほどで長崎奉行所立山役所(現:長崎歴史文化博物館)裏門です。
すなわち、安政4年-1857-数えて12歳の矢次富次郎少年 ── のちの平野富二が
当時のならいで、家僕(中間)ひとりをともなっての「通勤路」にあたります。
表門にまわっても七-八分ほど、どうやら富次郎少年の運動不足はいなめないようです。

長崎訪問の折は、ぜひともここにお立ち寄りいただき、平野富二「通勤路」を追体験いただき
できましたら碑周辺の清拭にあたっていただけたらと勝手なお願いを。
そして宮田さん、いつもながらご負担をおかけしまして恐縮です。

[ 参考: 長崎歴史文化博物館 日本二十六聖人記念館

【展覧会】三菱一号館美術館|ラスキン生誕200年記念|ラファエル前派の軌跡展|3月14日-6月9日

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三菱一号館美術館
ラスキン生誕200年記念
ラファエル前派の軌跡展

会  期  2019年3月14日[木]-6月9日[日]
開館時間  10:00-18:00  * 入館は閉館の30分前まで
      * 祝日を除く金曜、第2水曜、6月3日-7日は21:00まで
      * ゴールデンウィーク中の開館・閉館状況はリンク先で

休  館  日  月曜日  * 4月29日、5月6日、6月3日、トークフリーデーの3月25日、5月27日は開館
主  催  三菱一号館美術館

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1848年、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらが結成したラファエル前派兄弟団は、英国美術の全面的な刷新をめざして、世の中にすさまじい衝撃をもたらしました。この前衛芸術家たちの作品は、観る者の心に訴えかけ、広く共感を呼びました。人々は、社会の基盤が移りゆくなかで、彼らの芸術に大きな意義を見出したのです。
その精神的な指導者であるジョン・ラスキンは、あらゆる人にかかわる芸術の必要性を説く一方で、彼らとエドワード・バーン=ジョーンズ や ウィリアム・モリスら、そして偉大な風景画家 J. M. W ターナーとを関連づけて考察しました。

本展では、英米の美術館に所蔵される油彩画や水彩画、素描、ステンドグラス、タペストリ、家具など約150点を通じて、彼らの功績をたどり、この時代のゆたかな成果を展覧します。ラスキンが指し示した道から、新たな試みが芽生え、発展してゆくさまを、多彩な秀作によって跡づけます

【 詳細: 三菱一号館美術館
[関連:花筏|朗文堂-好日録005|ラファエル前派からウィリアム・モリス、ジョン・ラスキン|ラファエル前派兄弟団 P R G のこと|2010年12月21日]── ふるい記録で恐縮ですが…… 。