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【展覧会】宇都宮美術館 企画展|視覚の共振・勝井三雄 visionary ∞ resonance : mitsuo katsui|4月14日ー 6月2日 好評開催中

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宇都宮美術館 企画展
視覚の共振・勝井三雄
visionary ∞ resonance : mitsuo katsui
2019年4月14日[日] ー 6月2日[日]
開館時間  午前9時30分-午後5時   *入館は午後4時30分まで
休  館  日  毎週月曜日
観  覧  料  一般 800円、大学生・高校生 600円、中学生・小学生 400円 
主  催  宇都宮美術館

【 詳細: 宇都宮美術館 】 
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IMG_2153 IMG_2111 IMG_2054 IMG_2124 IMG_2079 IMG_2078 IMG_2079 IMG_2085 IMG_2086[ 写真提供: 日吉洋人   参考:日吉洋人 Facebook

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【平野富二の会】『通運丸開業広告』から|石川島平野造船所が最初に建造した「通運丸」シリーズ|東京築地活版製造所五号かな活字に影響をあたえた「宮城梅素-玄魚」

本項は、近日発行『平野号 平野富二生誕の地碑建立の記録』(編集:「平野富二生誕の地」碑建立有志の会、発行:平野富二の会、B 5 版、ソフトカバー、384頁、図版多数)より。
その抜粋紹介の記事として、「平野富二の会」のウエブサイトに掲載されたものを転載した。
表紙出力『平野号 平野富二生誕の地碑建立の記録』表紙Ⅰ

表紙の画像は以下より採取した。
◉ 右上:最初期の通運丸 ──『郵便報知新聞』(明治10年5月26日)掲載広告
◉ 右下・左上:『東京築地活版製造所 活版見本』(明治36年 株式会社東京築地活版製造所)電気版図版から採録

◉ 左下:『BOOK OF SPECIMENS MOTOGI & HIRANO』(明治10年 長崎新塾出張活版製造所 平野富二)アルビオン型手引き活版印刷機
◉ 中心部の図案:『本木號』(大阪印刷界 明治45年6月17日発行)を参考とした。

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【 石川島平野造船所 ── 現:石川島資料館 】

石川島資料館入口石 川 島 資 料 館
[ 所在地:中央区佃1丁目11─8 ピアウエストスクエア1階 ── もと佃島54番地 ]
digidepo_847164_PDF-6東京石川島造船所工場鳥瞰図『東京石川島造船所製品図集』
(東京石川島造船所、明治36年12月、国立国会図書館蔵)

石川島資料館の地は、平野富二が明治9(1876)年10月に石川島平野造船所を開設したところで、昭和54(1979)年に閉鎖されるまでの103年間にわたって、船舶・機械・鉄鋼物の製造工場であった。この地は嘉永6(1853)年、水戸藩が幕府のために大型洋式帆走軍艦「旭丸」を建造するための造船所を開設した所で、これをもって石川島造船所(現:I H I )開設の起点としている。

石川島資料館は、このような長い歴史を持つ石川島造船所の歴史を紹介するとともに、それと深い関わりを持つ石川島・佃島の歴史と文化を紹介する場として開設された。

web用_200090 300dpi 通運丸開業広告 印刷調整 軽量化-1『通運丸開業広告引札』明治10(1877)年
山崎年信 画 宮城梅素-玄魚 傭書 物流博物館所蔵

『通運丸開業広告引札』(物流博物館所蔵)には、平野富二が石川島平野造船所を開いて最初期に建造した「通運丸」が描かれている。
平野富二が石川島平野造船所を開いて最初に建造した船は、内国通運会社(明治5年に設立された陸運元会社が、明治8年に内国通運会社と改称。現:日本通運株式会社)から請け負った「通運丸」シリーズだった。

内国通運会社は、政府指導で組織化された陸運会社であったが、内陸部に通じる河川利用の汽船業にも進出した。
隅田川筋から小名木川・中川・江戸川を経由して利根川筋を小型蒸気船で運行する計画を立て、明治9(1876)年10月末に開設したばかりの石川島平野造船所に、蒸気船新造4隻と改造1隻を依頼した。

明治10(1877)年1月から4月にかけて、相次いで5隻の蒸気船が完成した。新造船は第二通運丸から第五通運丸まで順次命名された。第一通運丸と命名された改造船は、前年に横浜製鉄所で建造された船艇であったが、船体のバランスが悪く、石川島平野造船所で大改造を行ったものである。
同年5月1日から第一、第二通運丸により東京と栃木県を結ぶ航路の毎日往復運航が開始され、盛況を博した。

「通運丸」と命名された小型蒸気船は第五六号まで記録されており、昭和23年代まで運行されていた。

この絵図に描かれた通運丸が第何番船かを特定することはできない。しかし宣伝文から推察すると、利根川下流の木下や銚子まで運行していることから、すでに第五通運丸までが就航していると考えられる。
したがって、石川島平野造船所で納入した五隻の通運丸のいずれかが対象になる。後年、船体の外輪側面に大きく「通運丸」の船名が表示されるが、初期には、この航路は内国通運会社の独占だったため標示されていない。

津運丸帆柱付き帆柱のある通運丸を描いた「内国通運会社」新聞広告。当初は一本の帆柱を備えていた。
『郵便報知新聞』明治10年5月26日に掲載。(『平野富二伝』古谷昌二 著から引用)

web用_200097 300dpi 東京両国通運会社川蒸気往復盛栄真景之図 野沢定吉画-1 軽量化船体の外輪側面に大きく船名が表示された通運丸
『東京両国通運会社川蒸気往復盛栄真景之図』明治10年代
野沢定吉 画 物流博物館所蔵

上掲の『通運丸開業広告引札』明治10(1877)年は、画は山崎年信、傭書は宮城梅素ー玄魚の筆になる。以下に詳細を掲載した。

【山崎年信 ── 初代】(1857─1886)
明治時代の日本画家。安政四年うまれ。歌川派の月岡芳年(1839─92)に浮世絵をまなび、稲野年恒、水野年方、右田年英とともに芳年門下の四天王といわれた。新聞の挿絵、錦絵などをえがいた。明治19年没、享年30。江戸出身。通称は信次郎。別号に仙斎、扶桑園など。

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「傭書家: 宮 城 梅 素-玄 魚 」

通運丸開業広告引札』の撰並びに傭書は、宮城梅素・玄魚(みやぎ・ばいそーげんぎょ)によるものである。以下は錦絵に書かれた文章の釈読である。[釈読:古谷昌二]

廣 告

明治の美代日に開け。月に進みて
盛んなれば。實に民種の幸をやいはん。
國を冨すも亦。國産の増殖に在て。
物貨運輸。人民往復。自在の策を起
にしかず。されど時間の緩急は。交際
上の損益に關する事。今更論をま
たざるなり。爰に當社の開業は。郵
便御用を専務とし。物貨衆庶の乗
客に。弁利を兼て良製迅速。蒸気
数艘を製造なし。武總の大河と聞たる。
利根川筋を逆登り。東は銚子木下
や。西は栗橋上州路。日夜わかたず
往復は。上等下等の室をわけ。
發着の時間は別紙に表し。少も
遲〻なく。飛行輕便第一に。三千
余万の諸兄たち。御便利よろしと
思したまはゞ 皇國に報ふ九牛
の一毛社中の素志を憐み給ひて。
數の宝に入船は。出船もつきぬ
濱町。一新に出張を設けたる。内國
通運會社の開業より試み旁〻
御乗船を。江湖の諸君に伏て希ふ

      傭書の 序  梅素記

梅素_画像合成_02『通運丸開業広告引札』明治10(1877)年の錦絵の広告文を釈読に置き換えたもの

宮城梅素-玄魚(1817─1880)は、幕末から明治時代の経師・戯作者・傭書家・図案家である。
文化14年江戸うまれ。浅草の骨董商ではたらき、のち父の経師職を手つだう。模様のひな形、看板の意匠が好評で意匠を専門とした。
條野傳平・仮名垣魯文・落合芳幾らの粋人仲間の中核として活動。清水卯三郎がパリ万博に随行したおり玄魚の版下によってパリで活字を鋳造して名刺を製作したとされる。

明治一三年二月七日没。享年六四。姓は宮城。名は喜三郎。号:梅素(ばいそ)玄魚・田キサ・呂成・水仙子・小井居・蝌蚪子-おたまじゃくし-など。
江戸刊本の伝統を継承した玄魚の書風は東京築地活版製造所の五号かな活字に昇華されて、こんにちの活字かな書体にも影響を及ぼしている。

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東京築地活版製造所 五号かな活字(平野ホール所蔵)
『BOOK OF SPECIMENS MOTOGI & HIRANO』(明治10年 長崎新塾出張活版製造所)

2013平野富二伝記念苔掃会-10一恵斎芳幾(落合芳幾)が書いた晩年の宮城梅素-玄魚
『芳潭雑誌』より

【 詳細: 平野富二の会 】

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|武蔵野美術大学90周年記念|「清水多嘉示資料展-石膏原型の全てと戦後資料(第Ⅲ期)」-6月16日

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武蔵野美術大学 美術館・図書館
武蔵野美術大学90周年記念
「清水多嘉示資料展-石膏原型の全てと戦後資料(第Ⅲ期)」
会  期  2019年5月20日[月]-6月16日[日]
時  間  10:00-18:00  * 土曜日、特別開館日は17:00閉館
休  館  日  日曜日 * 6月16日[日]は特別開館
入  館  料  無 料

会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 1・2、アトリウム 1
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
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彫刻家・清水多嘉示(1897-1981)により1923年の渡仏から没する前年1980年までに制作され、現在遺されている全石膏原型約250点と戦後期の作品、文書、写真、印刷物などの多量の資料を展示し、共同研究「清水多嘉示の美術教育と武蔵野美術学校」の集大成として、清水多嘉示の制作活動と美術教育を含む広範な社会活動への関与と業績を解明・検証する。

【 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|内⽥あぐり ── 化身、あるいは残丘|5月20日-6月16日

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内⽥あぐり ── 化身、あるいは残丘
会  期  2019年5月20日[月]-6月16日[日]
時  間  10:00-18:00  * 土曜日、特別開館日は17:00閉館
休  館  日  日曜日 * 6月16日[日]は特別開館
入  館  料     無 料
会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 3・4、アトリウム 2
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
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絵画において⼈間の存在を示すものとは何かという根源的な問題を探るなかで、新たな⽇本画の可能性を提示してきた内田あぐり作品。

本展では、身体をめぐる絵画考から展示空間へと立ち現れた⼀つの残丘ともよべる新作を核に、人物の情念を発する濃密な初期の具象作、抽象表現により⾝体のリアリティに⾁迫した2000年前後の大作、そして空間を圧倒する世界観を放つ近年の大型作品などを展示し、その絵画表現に接近する。

【 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【展覧会】ギンザ・グラフィック・ギャラリー第373回企画展|井上嗣也展 Beginnings|05月14日-06月26日

20190426154558_00001 20190426154558_00002ギンザ・グラフィック・ギャラリー第373回企画展
井上嗣也展 Beginnings
会  期  2019年05月14日[火]-06月26日[水]
会  場  ギンザ・グラフィック・ギャラリー
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ギンザ・グラフィック・ギャラリー( g g g )の5・6月は、「井上嗣也展 Beginnings」を開催いたします。
“ 写真とタイポグラフィの斬新なデザイン ”、“ 写真が生きるための魔法のデザイン ”、それらを意のままに操り、鋭い感性の衝動性を示し続ける井上嗣也。  80年代から90年代、そして現在に至るまで、その凛としたアバンギャルドなクリエイティブに一寸のブレもありません。
g g g での初の個展から約10年。その後も広告と出版のふたつの分野において、井上の飽くなき好奇心と冒険心から生み出されてきた作品は、ますます進化と純化の一途をたどり続けています。

本展では、太陽、月、光、水、油、植物等の写真を駆使し、架空の宇宙を創出した「The Burning Heaven」、緊張感あふれる中にもユーモアと遊び心を忍ばせた「Happy Time」などの新作ポスターシリーズを中心に、数ある傑作から自選した代表作。そして、近年ますます拡がりをみせているファッション界とのコラボレーションによるポスターやブックデザインを一堂にご紹介します。
作品から放たれる、息をのむばかりの圧倒的オーラ。そこに潜む、未知の感覚を感じ取ってください。
井上嗣也の新たな旅のはじまりです。

【 詳細: g g g ギャラリー

【公演】森 郁 男さんゟ|薩摩琵琶 正 絃 会|琵琶演奏大会|2019年5月11日

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薩摩琵琶 正 絃 会
琵琶演奏大会
日  時  2019年5月11日[土] 正午開演
会  場  日本橋社会教育会館ホール

      日本橋社会教育会館(日本橋小学校等複合施設8階)
      〒103-0013 中央区日本橋人形町一丁目1番17号
      TEL 03-3669-2102・2794
入  場  料  無 料

主  催  薩摩琵琶 正 絃 会
      〒248-0007 鎌倉市大町3-20-11
      TEL・FAX  0467-25-1420
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日頃は、私ども正絃会に対しまして、力強いご支援と、あたたかいご声援を賜り誠にありがとうございます。
本会では、数百年来、鹿児島で培われてきた薩摩琵琶および中世芸能としての平曲という二つの琵琶楽の伝統を守り、師伝の芸風を次の世代に伝えていくことを目標に、毎月の定例演奏会を継続しております。

おかげ様にて近年は琵琶楽に興味を持つ若い力も加わり、会員一同その研鑚に励んでおります。その日頃の成果を多くの皆様にお聞きいただき、ご批評を賜りたいと存じまして今年も演奏大会を企画いたしました。
出演者一同、元気な演奏をご披露致したいと存じますので、どうぞお誘い合わせの上、ご来場賜りますようよろしくお願い申し上げます。

【 森郁男さんからのお便り + 薩摩琵琶とは 】

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【展覧会】瓜生美雪個展|Miyuki Uryuu Exhibition|「そのむこう」|北洋の館|5月1日-30日

20190418123949_00001 20190418123949_00002瓜生美雪個展
Miyuki Uryuu Exhibition
「そのむこう」
期  間  2019年05月01日[水]-30日[木] * 火曜日定休
会  場  北洋の館
      938-0084 富山県黒部市生地芦崎330 電話 0765-0138
時  間  10:00-18:00 * 01日は11:30ゟ 30日は15:00迄
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雨あがりの景色は、まるでたくさん泣いた後のように
すっきりときれいに光っている。

たくさん泣いたあと見える世界は、きっと眼球が掃除されて、
それまでよりもっときれいに見えているんだ。そう信じたい。
そんなことをぼんやり思いながら、描いたり刷ったりしていました。
四年ぶりの個展です。 [瓜生美雪]

【展覧会】目黒区美術館|京都国立近代美術館蔵 世紀末ウィーンのグラフィック ── デザインそして生活の刷新にむけて|4月13日-6月9日

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目黒区美術館
京都国立近代美術館蔵 世紀末ウィーンのグラフィック
── デザインそして生活の刷新にむけて
会  期  2019年4月13日[土]-6月9日[日]
時  間  10:00-18:00 * 入館は17:30まで
休  館  日  月曜日  * GW期間中の開閉館日はリンク先参照
観  覧  料  一般 800円、大高生・65歳以上 600円、小中生 無 料
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目黒区美術館は1987 年の開館以来、近現代の美術だけでなく、生活美術やデザイン、建築といった分野にも着目し、企画展やワークショップの活動に反映させてきました。
その中で、2009 年に開催した『上野伊三郎+リチ コレクション展 ── ウィーンから京都へ、建築から工芸へ』は、京都国立近代美術館のご協力により、同館所蔵の、1920 年代にウィーン分離派のヨーゼフ・ホフマンに建築を学んだ上野伊三郎とウィーン工房でデザイナーとして活躍したフェリーツェ・リックス(上野リチ)夫妻の作品・資料群を一堂に紹介したものでした。 

2015 年、京都国立近代美術館の収蔵品には、新たに世紀末ウィーンの優れたグラフィック作品がまとまった形で加わりました。当時のウィーンで生み出された版画や挿絵本とその原画、装丁、壁画の原画など、多様な表現による作品群で、アパレル会社キャビンの創業者、平明 暘(ひらあき いずる)氏が蒐集したコレクションです。 そして2019 年 1 月から2 月にかけて、京都国立近代美術館で同コレクションの全貌が紹介されました。これに続き、今春、目黒区美術館で『世紀末ウィーンのグラフィック』展を開催いたします。

1897年のウィーン分離派設立から1914 年の第一次世界大戦勃発まで、世紀末から二十世紀初頭のウィーンでは、グスタフ・クリムトやヨーゼフ・ホフマンらを中心に、新しい時代に相応しい芸術、そしてデザインの在り方が模索され、絵画、彫刻、建築をはじめ数多くの素晴らしい作品が生まれました。中でもグラフィックの分野は、印刷技術の発展や雑誌メディアの隆盛を背景にめざましく発展し、新しい芸術の動向を人々に伝え、社会に浸透させる上でも重要な役割を担いました。

本展は、京都国立近代美術館所蔵の約 300 件にのぼる膨大なグラフィック作品のコレクションを中心に、同じく平明氏旧蔵のリヒャルト・ルクシュによる石膏彫像と貴重なアドルフ・ロースの家具一式を加え、世紀末ウィーンの息吹と魅力をお伝えします。

【 詳細: 目黒美術館
[ 関連: 活版アラカルト[展示]チェコセンター「プラハの機能主義建築 ─ 伝統と現代建築への影響」2018年 終了企画

【Information Release 14】「平野富二生誕の地」碑建立有志の会|日本二十六聖人記念館:宮田和夫会員ゟ|長崎直近情報-碑前三の堀の櫻が満開に!

DSC_0681 「平野富二生誕の地」碑 正面

「平野富二生誕の地」碑建立有志の会 ── 皆さま
[日本二十六聖人記念館 宮田和夫]

ご無沙汰しております。
本日〔4月9日〕「平野富二生誕の地」記念碑の様子を見にいきました。
碑の表面側からみると、真正面に、なんと満開の桜が!
富二さんが毎年ちょうどこの季節に、満開の桜を愛でることができるようになった
気がしまして、
この場所に設置してよかったな、とはじめて思えました。

(撮影ポイントの制約で、添付写真では分かりにくいかもしれません)

長崎は風がつよく、ことしは春の黄砂? もありました。
碑の文字がかなり深く、太く彫り込まれている関係もありますが、

大切な碑文に土ぼこりが溜まりやすいことが分かりました。
ときどきふき取り作業にあたりたいと思います。

また今日は渋沢栄一の肖像が新一万円札に採用とのニュースもあり、
感慨深い一日となりました。

平野富二の会 ── 皆さまお元気でご活躍ください。[宮田和夫]
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「平野富二生誕の地」碑は2018年11月24日、長崎県勤労福祉会館
(長崎県長崎市桜町9 ― 6)脇、長崎市の歩道に設置されました。
碑は江戸時代の三の堀跡の方向をむいていますが、ここが櫻の名所だとは
知りませんでした。

宮田会員の写真で、前方突き当たり、満開の櫻並木を左手に曲がると、
そこから信号ひとつ、三分ほどで長崎奉行所立山役所(現:長崎歴史文化博物館)裏門です。
すなわち、安政4年-1857-数えて12歳の矢次富次郎少年 ── のちの平野富二が
当時のならいで、家僕(中間)ひとりをともなっての「通勤路」にあたります。
表門にまわっても七-八分ほど、どうやら富次郎少年の運動不足はいなめないようです。

長崎訪問の折は、ぜひともここにお立ち寄りいただき、平野富二「通勤路」を追体験いただき
できましたら碑周辺の清拭にあたっていただけたらと勝手なお願いを。
そして宮田さん、いつもながらご負担をおかけしまして恐縮です。

[ 参考: 長崎歴史文化博物館 日本二十六聖人記念館

【展覧会】三菱一号館美術館|ラスキン生誕200年記念|ラファエル前派の軌跡展|3月14日-6月9日

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三菱一号館美術館
ラスキン生誕200年記念
ラファエル前派の軌跡展

会  期  2019年3月14日[木]-6月9日[日]
開館時間  10:00-18:00  * 入館は閉館の30分前まで
      * 祝日を除く金曜、第2水曜、6月3日-7日は21:00まで
      * ゴールデンウィーク中の開館・閉館状況はリンク先で

休  館  日  月曜日  * 4月29日、5月6日、6月3日、トークフリーデーの3月25日、5月27日は開館
主  催  三菱一号館美術館

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1848年、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらが結成したラファエル前派兄弟団は、英国美術の全面的な刷新をめざして、世の中にすさまじい衝撃をもたらしました。この前衛芸術家たちの作品は、観る者の心に訴えかけ、広く共感を呼びました。人々は、社会の基盤が移りゆくなかで、彼らの芸術に大きな意義を見出したのです。
その精神的な指導者であるジョン・ラスキンは、あらゆる人にかかわる芸術の必要性を説く一方で、彼らとエドワード・バーン=ジョーンズ や ウィリアム・モリスら、そして偉大な風景画家 J. M. W ターナーとを関連づけて考察しました。

本展では、英米の美術館に所蔵される油彩画や水彩画、素描、ステンドグラス、タペストリ、家具など約150点を通じて、彼らの功績をたどり、この時代のゆたかな成果を展覧します。ラスキンが指し示した道から、新たな試みが芽生え、発展してゆくさまを、多彩な秀作によって跡づけます

【 詳細: 三菱一号館美術館
[関連:花筏|朗文堂-好日録005|ラファエル前派からウィリアム・モリス、ジョン・ラスキン|ラファエル前派兄弟団 P R G のこと|2010年12月21日]── ふるい記録で恐縮ですが…… 。

【展覧会】東京国立博物館|特別展「国宝 東寺 ― 空海と仏像曼荼羅」|3月26日-6月2日

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東京国立博物館
特別展「国宝 東寺 ― 空海と仏像曼荼羅」
会  期  2019年3月26日[火]-6月2日[日]
会  場  東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間  9:30-17:00(入館は閉館の30分前まで)

      * ただし、会期中の金曜・土曜は21:00まで
休  館  日  月曜日、5月7日[火] * 4月1日[月]は東寺展会場のみ開館
      4月29日[月・祝]、5月6日[月・祝]は開館
観覧料金  一般1600円、大学生1200円、高校生900円、中学生以下無料

主  催  東京国立博物館、真言宗総本山教王護国寺(東寺)、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
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東寺(教王護国寺)は、平安京遷都に伴って、王城鎮護の官寺として西寺とともに建立されました。唐で新しい仏教である密教を学んで帰国した弘法大師空海は、823年に嵯峨天皇より東寺を賜り、真言密教の根本道場としました。2023年には、真言宗が立教開宗されて1200年の節目を迎えます。

空海のもたらした密教の造形物は、美術品としても極めて高い質を誇り、その多彩さや豊かさはわが国の仏教美術の中で群を抜いています。

本展は、空海にまつわる数々の名宝をはじめ、東寺に伝わる文化財の全貌を紹介するものです。空海が作り上げた曼荼羅の世界を体感できる講堂安置の21体の仏像からなる立体曼荼羅のうち、史上最多となる国宝11体、重文4体、合計15体が出品されるほか、彫刻、絵画、書跡、工芸など密教美術の最高峰が一堂に会します。東寺が1200年にわたり、空海の教えとともに守り伝えてきた至宝をご堪能ください。

【 詳細: 東京国立博物館

【会員情報】 ぢゃむ 杉本昭生さん|活版小本新作 ─『パリの憂鬱』|フレデリック・ブウテ作、森 鴎外訳

物乞いをして暮らす「一本腕」は橋の下で寝起きしている。
雪の降るある日、いつものように帰ってくると見知らぬ老人がいた。穴だらけの外套を着、白い髭を生やした男は「一本腕」と同じ境遇のように見えた。老人は横になったまま「一本腕」が手にした一切れのパンを物欲しげに見ている …… 。

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{ ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 一筆箋 }

フレデリック・ブウテ作、森 鴎外訳の『橋の下』です。
物乞いをして暮らす「一本腕」は、橋の下をすみかにしています。

雪の降るある日、いつもの場所に戻ってくると見知らぬ老人がいました。
破れた外套を身にまとい白い髭は薄汚れています。
老人は「一本腕」に自分の過去を話しだしました。
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今回は表紙カバーが先にできたので、それに見合う表紙にするつもりでしたが、
うまくできないのでカバーの図版を表紙にしました。
光沢紙でも作ってみましたが、印刷インキが定着しないのと、
折り曲げた部分のトナーが剥がれるので
普通のコピー用紙にしました。ご一読ください。 [杉本昭生]

栄えゆく

【 詳細  ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 】 { 活版アラカルト 活版小本 既出まとめ 

【図書紹介】『夢と次代への挑戦』|平野富二の生涯 ─ 日本初の造船会社「石川島造船所」創業者|株式会社 I H I

20190405172141_00001『夢と次代への挑戦』
平野富二の生涯 ─ 日本初の造船会社「石川島造船所」創業者
株式会社 I H I
2019年4月1日発行

発行者  株式会社 I H I
     135-8710 東京都江東区豊洲三丁目1番1号
仕 様  新書判 128ページ モノクロ

編 集  広報・I R 部 社内報グループ   非売品
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《 主要内容 ── 目次より 》

はじめに
01 近代日本の幕開けとともに
02 機関手として、幕末の海をわたる
03 土佐藩に一時雇われ、龍馬と熱く語る

04 造船への道と、大きな挫折
05 恩師・本木昌造に導かれ、活版印刷の世界へ
06 新都・東京への旅立ち
07 東京築地活版製造所の誕生と、悲しい別れ
08 民間ではじめての造船所をひらく
09 約束を果たし、さらなる夢に挑む
10 試練のとき
11 夢の結晶~軍艦「鳥海」進水へ
12 富二がおこした新事業と、描いた理想
     ◯ 平野土木組
     ◯ 東京平野汽船組合
     ◯ 鉱山事業の機械化
     ◯ 東京中央市区改造計画論
     ◯ 官業払い下げをめぐる怒り
     ◯ わが国初の商業用水力発電所建設の提言
     ◯ 果たされなかった大規模物流計画
     ◯ 民間メーカー初の近代橋を建設
13 石川島造船所を支えた、澁澤榮一発案の「匿名組合」
14 闘病を経て、近代経営への道をあゆむ
15 永遠の熱き思いを胸に
監修あとがき

I H I の原点 ~ 平野富二と石川島 ~ 

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【展覧会】東京国立近代美術館|イメージコレクター・杉浦非水展| 会場/東京国立近代美術館 2階 ギャラリー 4|前期:2月9日-4月7日 後期:4月10日-5月26日

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東京国立近代美術館
イメージコレクター・杉浦非水展
会  場  東京国立近代美術館 2階 ギャラリー 4

会  期  前期 2019年2月9日[土]-4月7日[日]
      後期 2019年4月10日[水]-5月26日[日]
開館時間  10:00-17:00(金曜・土曜は20:00まで)
      * 入館時間は閉館30分前まで

休  館  日  月曜日(G W 中の休館情報はリンク先で)
観  覧  料  一般500円、大学生250円
主  催  東京国立近代美術館

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日本のグラフィックデザインの創成期、重要な役割を果たした図案家の杉浦非水(1876-1965)。当館ではご遺族から一括寄贈された非水のポスター、絵はがき、原画など700点以上を収蔵しています。本展では三越のためのポスターや、数多く手がけた表紙デザインの仕事、原画やスケッチなど、19年ぶりに当館の非水コレクションを一堂に展示します。

さらに今回は、非水が手元に残した海外の雑誌やスクラップブック、16mmフィルムなど、貴重な旧蔵資料も初公開します。図案の創作にいたるまでの「イメージの収集家」としての側面に焦点をあて、杉浦非水の活動を改めて紹介します。

【 詳細: 東京国立近代美術館

【展覧会】渋谷区立松濤美術館|女・おんな・オンナ ~ 浮世絵にみる女のくらし|4月6日-5月26日

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渋谷区立松濤美術館
女・おんな・オンナ ~ 浮世絵にみる女のくらし
2019年4月6日[土]-5月26日[日]
* 会期中展示替えがあります。リンク先で確認を。
入  館  料  一般1000円、大学生800円、高校生・60歳以上500円、小中学生100円
休  館  日  月曜日(4月29日、5月6日は開館)、4月23日[火]、5月2日[木・休]、7日[火]
      * 臨時休館日にご注意ください
主  催  渋谷区立松濤美術館
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江戸時代に生きた女性の「くらし」の様相を、描かれたもの、記録されたものから考えます。現代と異なる身分制社会の中で、公家・武家・農民・町人・商人・遊女など多様な階層の女性たちが何を身にまとい、働き、学び、楽しみ、どのように家族をつくったのか。女性のくらしが描かれた美人画や春画、着物や化粧道具などから、その様子をみていきます。
* 18 歳未満の方(高校生を含む)がご覧になれない作品が一部含まれます。

【 詳細: 渋谷区立松濤美術館

【展覧会】根津美術館 特別展|尾形光琳の燕子花図 寿ぎの江戸絵画|4月13日-5月12日

ogata_korins_irises根津美術館 特別展
尾形光琳の燕子花図
寿ぎの江戸絵画
2019年4月13日[土]-5月12日[日
休  館  日  毎週月曜日、4月15日[月]、22日[月]、5月7日[火]
開館時間  午前10時-午後5時  * 入館は午後4時30分まで
      夜間開館 5月8日[水]-12日[日] 午後7時まで開館  * 入館は午後6時30分まで
入  場  料       一般1300円 学生1000円 中学生以下は無料
会  場  根津美術館 展示室 1・2
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尾形光琳(1658-1716)による国宝「燕子花図屏風」は、草花図であると同時に『伊勢物語』の一節、八橋の場面に基づくともいわれます。さらに八橋は古来、和歌に詠われる「名所」でした。そうした多面性にちなみ、このたびの「燕子花図屏風」の展示は、三章で構成します。

第一章の作品の題材は、江戸時代の人々が憧れた公家風俗や王朝文学です。
つづく第二章で集める草花図も、江戸初期の宮廷周辺における草花ブームに端を発しています。
そして第三章は、祇園祭に沸く京の都や、社寺参詣や物見遊山の人々でにぎわう各地の名所を描いた作品。平和な時代を寿ぐ江戸時代の絵画の数々をお楽しみいただきます。

【 詳細: 根津美術館 】 { 活版アラカルトまとめ

【展覧会】五島美術館|[館蔵]春の優品展 ── 和と漢へのまなざし|4月6日-5月6日

poster_jidai_48五島美術館
[館蔵]春の優品展 ── 和と漢へのまなざし
2019年4月6日[土]-5月6日[月]
休 館 日  毎月曜日(4月29日・5月6日は開館)
開館時間  午前10時-午後5時(入館は午後4時30分まで)
入 館 料  一般1000円/高・大学生700円/中学生以下無料
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館蔵品の中から、『和漢朗詠集』と、その撰者・藤原公任に関連する古筆、あわせて日本・中国を題材とした絵画を選び展観。和歌と漢詩文の世界への憧れは、創作の源泉となり豊かな美の数々を生み出してきました。和と漢へのまなざしを映した名品約四十点を展示します。
(会期中一部展示替あり)

【 詳細: 五島美術館 】  { 活版アラカルトまとめ

【展覧会】竹久夢二美術館|竹久夢二という生き方|─ 明治・大正・昭和を駆け抜けたロマンチスト ─|4月4日-6月30日

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竹久夢二美術館
竹久夢二という生き方 
── 明治・大正・昭和を駆け抜けたロマンチスト ──
会  期  2019年4月4日[木]-6月30日[日]
開館時間  午前10時-午後5時  * 入館は4時30分まで

休  館  日  月曜日、5/7[火]
      * GW期間を含む4/23[火]-5/6[祝・月]は無休で開館
料  金  一般900円/大・高生800円/中・小生400円 * 弥生美術館もご覧いただけます────────────────
明治17(1884)年に生まれ、大正時代(1912-26)を象徴する画家として活躍し、昭和9(1934)年に世を去るまで、49歳11ヶ月の人生を駆け抜けた竹久夢二。

画家としての活動にとどまらず、デザイナー、詩人としても数多くの作品を残し、恋と旅を重ね、夢二はドラマチックな生涯を送りました。そして平成時代が幕を閉じようとする今もなお、夢二が残した美の世界は、注目され続けています。

本展では、明治・大正・昭和にわたる、ロマンに満ちた夢二の生き方と芸術を紹介し、さらに夢二をめぐる平成年間の動向も振り返り、その魅力を深く追求します。 

【 詳細: 竹久夢二美術館

【WebSite紹介】 明治産業近代化のパイオニア 平野富二|{古谷昌二ブログ24}|地方への活版普及 ── 茂中貞次と宇田川文海

6e6a366ea0b0db7c02ac72eae00431761[1]明治産業近代化のパイオニア
古谷03月

平野富二生誕170年を期して結成された<「平野富二生誕の地」碑建立有志会 ── 平野富二の会>の専用URL{ 平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が近代活版印刷術発祥の地:長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の情報を意欲的に記述しています。
本稿もこれまでの「印刷史研究」とは相当深度の異なる、充実した内容となっております。関係各位のご訪問をお勧めいたします。
──────────

古谷昌二ブログ ──── 地方への活版普及 ── 茂中貞次と宇田川文海 

ab8a2b0e21f54ff5474ba991de0cb37c-300x199◎ 古谷昌二ブログ
[管理人:「平野富二生誕の地」碑建立有志会事務局長 日吉洋人]

① 探索:平野富二の生まれた場所
② 町司長屋の前にあった桜町牢屋
③ 町司長屋に隣接した「三ノ堀」跡
④ 町司長屋の背後を流れる地獄川
⑤ 矢次事歴・平野富二祖先の記録
⑥ 矢次家の始祖関右衛門 ── 平野富二がその別姓を継いだ人
⑦ 長崎の町司について
⑧ 杉山徳三郎、平野富二の朋友
⑨ 長崎の長州藩蔵屋敷
⑩ 海援隊発祥の地・長崎土佐商会
⑪ 幕営時代の長崎製鉄所と平野富二
 官営時代の長崎製鉄所(その1)

⑬ 官営時代の長崎製鉄所(その2)
⑭ ソロバンドックと呼ばれた小菅修船場
⑮ 立神ドックと平野富次郎の執念
 長崎新聞局とギャンブルの伝習
 山尾庸三と長崎製鉄所
⑱ 本木昌造の活版事業
⑲ 五代友厚と大阪活版所
 活字製造事業の経営受託
 文部省御用活版所の開設
㉒ 東京進出最初の拠点:神田和泉町
㉓ 神田和泉町での平野富二の事績
㉔ 地方への活版普及 ── 茂中貞次と宇田川文海

 地方への活版普及 ── 茂中貞次と宇田川文海 主要内容 >

まえがき
1) 茂中貞次と鳥山棄三について
2) 宇田川文海(鳥山棄三)による平野富二の言動記録
3) 鳥山棄三の秋田での『遐邇新聞』発行
4) 茂中貞次による地方への活版印刷普及
ま と め
────────────────
[古谷昌二まとめゟ]
茂中貞次と鳥山棄三の兄弟は、明治5年(1872)から6年(1873)にかけて、神田和泉町に開設されたばかりの「文部省御用活版所」で小幡正蔵の下で勤務した。その後、小幡正蔵が独立したため、隣接する「長崎新塾出張活版製造所」に移り、平野富二の下で勤務した。

鳥山棄三は、のちに文筆家となって宇田川文海と名乗るが、その頃の事柄を自伝『喜寿記念』に残しており、平野富二の人柄を知るうえで貴重な記録となっている。

この兄弟二人は、関西地方と東北地方で最初の活版印刷による新聞発行に関わった。その後、兄の茂中貞次は活版所の経営者となり、弟の鳥山棄三は新聞記者、新聞小説家となって、兄弟共に神戸、大阪で活躍した。
現在では、宇田川文海といっても、その名前を知る人はほとんどいないが、その才能を見出し、その道に進むよう勧誘した平野富二の人を見る目を高く評価したい。

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わが国最初期の新聞のひとつ、『遐邇-かじ-新聞』、第一号(明治7年2月2日)の表紙

「遐邇-かじ」は遠近をあらわす。平野富二による長崎新塾出張活版製造所から派遣された鳥山棄三(のち宇田川文海)が編輯者となり、秋田県の聚珍社から発行された。長崎新塾出張活版製造所製の活字が用いられ、漢字は楷書風、ルビは片仮名。「人民をして遠近の事情に達し内外の形勢を知らしめ」と記されている。

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【平野富二 生誕の地 碑 建立 有志の会】日本近代医学とタイポグラフィ揺籃の地|東京都千代田区神田和泉町 1 資料|「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」安政六年(1858年)購入・披露

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「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」 安政六年(1858年)
「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」所蔵

「津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋」
日本近代医学とタイポグラフィ揺籃の地
東京都千代田区神田和泉町 1
[関連:「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」

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平野富二の東京初進出の場所を特定する

このたび「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」が、「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」(安政六年)を購入した。経緯は以下の通り。

  • 2016年12月20日、「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」の結成直前。
    板倉雅宣・櫻井孝三・古谷昌二・片塩二朗・大石 薫・日吉洋人氏が本会事務局に集合。
    長崎での平野富二 生誕地が判明した現在、平野富二の東京初進出の場所の確定が話題になる。
  • 文書記録では「神田佐久間町三丁目」が多く見られるが、それはどうも違うようだとの話となり、現:和泉公園の辺りではないか …… と活発な議論と成るも結論を得ずに散会。
  • 2016年年末-2017年正月、片塩氏が「ミミズのうわごと」状態となって、司馬遼太郎『本郷界隈』、森鷗外『雁』、石黒忠悳『懐旧九十年』、三谷幸吉『本木昌造・平野富二 詳伝』、第一期『印刷雑誌』など関連資料を乱読。
  • 第二次種痘所が幕府に移管され西洋医学所 → 医学所となり、維新後に公収され、また隣接していた津藩藤堂和泉守上屋敷(現:東京都千代田区神田和泉町 1 )に移転。同所は維新後の混乱のなかで、医学所 → 軍陣病院(合併)→ 医学校 → 大病院 → 医学校兼病院 →(大学校分局)→ 大学東校 → 東校 → 第一大学区医学校 → 東京医学校と短期間に呼称が変遷したことを東京大学医学部図書館資料などから確認。
  • 津藩藤堂和泉守上屋敷の門長屋(現:東京都千代田区神田和泉町 1 )に本木昌造らによる「文部省御用活版所」が開設され、その隣接地に平野富二一行が進出したことを確認。
  • 2017年01月初旬、「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」結成。同会にて神田和泉町関連資料の抜粋が紹介された。
    あわせて天文方にはじまり、蕃所調所、洋書調所、開成学校から大学南校 → 東京開成学校となった系譜の調査と、昌平坂学問所(昌平黌)、昌平学校、大学となって、この三つの系譜が現東京大学の枢要部(法学部・理学部・医学部)に連なったおおきな潮流の把握が「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」の研究テーマとして設定された。
  • まもなく古谷昌二氏より都立中央図書館所蔵、まったく同日に、平野正一氏より国立国立国会図書館所蔵「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画 安政六年」デジタルデーターが発掘された。
  • 2017年11月11日、「メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭」のプレイベントとして、バスツアー「江戸・東京 活版さるく」(主催:朗文堂 サラマ・プレス倶楽部)が開催され、参加者とともに、神田佐久間町と神田和泉町(明治5年起立『千代田区史』)を訪問し、位置関係を確認、「神田佐久間町三丁目」としか記録できなかった当時の状況を参加者とともに理解した。
  • 2017年11月24日[金]-26日[日]、「メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭」(日展会館新館)にて開催され、展示・講演資料として「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画 安政六年」(国立国会図書館所蔵・東京都立中央図書館所蔵)を公開。
  • ここまでの研究の成果は、翌2018年秋『タイポグラフィ学会誌 11』(タイポグラフィ学会発行)に発表され、江戸錦絵「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画 安政六年」が、ひろく知られるようになった。 
  • 2019年02月06日、懇意の古書店より「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」(安政六年 1858年)を「平野富二 生誕の地碑 建立 有志の会」として購入した。

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「メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭」展示資料
「津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋」
【 プリント用PDF  津藩藤堂和泉守上屋敷・門長屋 】

また「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会」代表:古谷昌二氏のブログにて、下記の関連記事が公開されている。
[関連:古谷昌二ブログ 2018年10月 文部省御用活版所の開設
[関連:古谷昌二ブログ 2019年01月 東京進出最初の拠点:神田和泉町

bc3c96ef94bc9b6103fa4d238de187f1御用活版所の設立認可(『公文類聚』、明治4年、国立公文書館蔵)

この公文書によって本木昌造は、大学・大学東校・大学南校の活版御用を申し付けられ、御用活版所の用地拝借を願い出た結果、大学東校区域内にある長屋と接続地に御用活版所を設置する政府からの許可を明治4年6月15日に得たことが分かる。
この大学東校区域は現在の千代田区神田和泉町1番地に当たる。

65660edef684f9d89514f4d8993eff66上野下谷外神田辺絵図(近吾堂版、嘉永2年)

津藩藤堂家上屋敷の東西(絵図で左右)の長さは約350メートルで、その周囲は堀と門長屋に囲まれていた。屋敷の南側(上方)の道路に面して豪華な表門が設けられていた。神田川に架かる和泉橋を通る道路は和泉橋通りと称し、現在の昭和通りに相当する。
もう一つの新シ橋-あたらしばし(現、美倉橋)を通る道路は現在の清洲橋通りに相当する。

91c5b93791e1fcb16a3133bec141b742明治4年 藤堂和泉守上屋敷跡絵図(吉田屋又三郎板『東京大絵図』〈明治4年8月改正〉)

藤堂和泉守の上屋敷は新政府に接収されて大病院となった。ここに医学校が移転してきて、大学東校、東校、第一大区医学校、東京医学校と改称を繰り返して、1876(明治9)年に本郷元富士町、現東京大学医学部敷地に移転した。

90f447fb8c8840e3d119534e879f5f51旧東校表門通りの現状写真

画面の左手の道路が旧東校表門通り(現、佐久間学校通り)で、中央に見えるコンクリート壁面から先方が旧藤堂家上屋敷で、道路沿いに堀と門長屋が表門を介して続いていた。
アイビーの絡まる和泉小学校の壁面の辺りは東校表門の東側門長屋で、この一画に平野富二一行によって「長崎新塾出張活版製造所」が設けられたとみられる。手前は和泉公園で、ここは旗本能勢熊之助の屋敷地だった。

[関連:活版アラカルト メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-13 東京築地活版製造所アンソロジー 東京大学医学部と近代タイポグラフィ揺籃の地/津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋] 

【古谷昌二 新ブログ】 東京築地活版製造所 歴代社長略歴|第四代専務取締役社長 名 村 泰 蔵

古谷昌二名村東京築地活版製造所 第四代社長 名村泰蔵

(1)第四代社長として専務取締役に就任
(2)名村泰蔵の出自と名前の変遷
(3)東京築地活版製造所に招聘されるまでの略歴
(4)東京活版製造所での事績
     〔株主総会関連〕
     〔事業拡張〕
     〔営業活動〕
     〔徒弟の基礎教育〕
     〔その他〕
ま と め
名村泰蔵は、幼名を島村子之松、少年の頃、オランダ通詞北村元七郎の養子となって北村元四郎、30歳になってオランダ語、英語、フランス語を学んだ名村八右衛門の名跡を継いで名村泰蔵となった。
北村元四郎を名乗っていた幕末から明治初期には、神奈川奉行所詰め(22歳)、横浜製鉄所の建設工事でフランス語通訳を勤め、八丈島に漂着していた本木昌造一行の救助に向かった幕府蒸気船に搭乗(27歳)、パリ万国博覧会に幕府随員として参加(28歳)し、帰国後、長崎に戻って上等通弁(29歳)となった。
慶應4年(1868)、30歳のとき、名村八右衛門・名村貞四郎の名跡を継いで名村泰蔵と改名し、長崎の「広運館」仏学局でフランス語の助教を務める傍ら、本木昌造の経営する新街私塾で英語とフランス語を教えていた。
明治5年(1872)に上京して司法省に出仕し、岩倉使節団の後発団員としてヨーロッパに派遣された。以後、明治26年(1893)、54歳のとき、大審院長心得を辞任して退官するまでの22年間を司法畑で過ごした。

東京築地活版製造所は、もともと、新街私塾の出張所(長崎新塾出張活版製造所)であったこともあり、名村泰蔵もその縁に連なる人である。そのことから、あらかじめ退官を期に東京築地活版製造所に役員として招聘される内諾があったと見られる。
第三代社長曲田成の急逝により、第四代社長として専務取締役に選任された名村泰蔵の東京築地活版製造所に於ける業績は、資本金8万円の会社から20万円の会社に成長させたこと、印刷機械を含む諸器械の専門工場として月島分工場を設立し、経営の拡大と安定を計ったことが挙げられる。また、各種博覧会に新製活字を出品して受賞し、業界のトップ企業としての地位を確立した。さらに、徒弟として入社した年少者の基礎教育を制度化した。

名村泰蔵を語る伝記や私記は見当たらない。東京築地活版製造所の正史とも言うべき『株式会社東京築地活版製造所紀要』(昭和4年10月発行)には、名村社長についての記述は僅かに4行しかない。そのこともあってか、その事績はほとんど知られていない。
明治26年9九月退官。明治27年貴族院議員となり実業界でも活躍。明治40年(1907)9月6日東京築地活版製造所社長在任のまま歿す。68歳。特旨により正三位に叙せられ、祭祀料を賜わり、勅使をその邸に遣わされて幣帛を賜わった。
名村角判 tukisima 平野富二甲1 名村墓所青山霊園────────────────

古谷昌二さんuu[1]平野富二生誕の地碑建立有志の会の< WebSite 平野富二──明治産業近代化のパイオニア >において、精力的に「平野富二」に関する最新研究成果を<古谷昌二ブログ>に連続発表されている古谷昌二氏。その蓄積は2017年01月-2018年06月にわたり、都合24回の連載をかさねています。

平野富二は長崎から上京後、わずか20年ほどのあいだに、明治産業近代化のパイオニアとしてさまざまな事業を手がけました。そのひとつが活字製造と活字版印刷関連機器の開発・販売で、東京築地活版製造所の名称でひろく知られます。ところが同社は昭和初期に解散したために、企業史の側面からの研究は十分とはいえない状況にありました。

近年、長崎と東京で「活版さるく」をはじめとするさまざまなイベントが開催され、東京築地活版製造所関連資料があらたに発掘され、周辺では共同研究も盛んになってきました。
これらの成果の一端として、<古谷昌二 新ブログ  東京築地活版製造所歴代社長略歴>は、明治18年(1885)6月16日に設立され、昭和13年(1938)3月17日、臨時株主総会の決議によって解散を迎えるまでの東京築地活版製造所の消長を、個性ある歴代の社長の姿を追うことで明らかにしようとするものです。ご愛読をたまわりたく存じます。
[平野富二生誕の地碑建立有志の会 事務局長:日吉洋人]

【 詳細: 東京築地活版製造所歴代社長 略伝 】

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|平成30年度 武蔵野美術大学 造形学部卒業制作・大学院修了制作 優秀作品展|4月3日-4月27日

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武蔵野美術大学 美術館・図書館
平成30年度 武蔵野美術大学 造形学部卒業制作・大学院修了制作
優秀作品展
会  期  2019年4月3日[水]-4月27日[土]
時  間  10:00-18:00(土曜日は17:00閉館)
休  館  日  日曜日
入  館  料  無 料
会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 1・2・3・4・5、アトリウム1・2
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
────────────────
本学造形学部卒業制作および大学院修了制作において、優秀賞を受賞した学生約100名の作品を全館にわたり紹介する展覧会。限りある学生生活の中で受賞者それぞれが身につけてきた表現力や思考力を、社会へ向けて発信する足がかりの場となる。
新しい年度を迎えた新入生や在学生へ、あるいは、若い才能を迎える社会の人々に向けて、みずみずしく力強い彼らの作品を紹介する。

【 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【長崎歴史文化協会】越中哲也翁-本年三月で三十六年に及んだ幕をおろす ── 今後ともご壮健で{長崎越中節}を熱望するいま

_DSF0300「平野富二生誕の地」碑建立記念祭 除幕式で祝辞を述べられた折りの越中哲也氏
2018年11月24日

越中哲也〔えっちゅう てつや〕
大正一〇年(一九二一)長崎市に光源寺の子息としてうまれる。龍谷大学文学部を卒業して間もなく応集、復員後、長崎市立博物館に学芸員として勤務。昭和四九年(一九七四)長崎市立博物館館長に就任。昭和五六年(一九八一)長崎市立博物館館長を定年退職。
昭和五七年(一九八二)長崎歴史文化協会設立、理事長就任。
昭和五八年(一九八三)純心女子短期大学英米文化科教授となる。平成一〇年(一九九八)純心大学長崎学研究所研究員となり、現在顧問。

現在、長崎歴史文化協会理事長。長崎地方文化歴史研究家であり『ながさきぶらぶら節』(なかにし礼、新潮文庫)に出てくる長崎学の第一人者・古賀十二郎氏の孫弟子にあたる。
長崎史や長崎を中心とした美術・工芸の研究と紹介に努めるかたわら、数多くの執筆活動や監修を手掛ける。
「長崎くんち」や「精霊流し」の季節になると、解説者としてテレビに出演し、長崎の人びとに愛されている。著書に『長崎の西洋料理』(第一法規出版株式会社)、「写真集・長崎」(国書刊行会)ほか多数。

DSCN3496長崎市桶屋町の「長崎歴史文化協会事務所」入口

長崎歴史文化協会事務所は創設以来十八銀行が全面支援にあたっていた。稿者もなんどかこの門をたたき、二階の事務所で越中哲也翁の含蓄あるおはなしをうかがった。2019年3月をもって同会が閉鎖されると報道された。一抹のさびしさはあるが、多年・多岐にわたった越中翁のご功績にふかく感謝申しあげる次第である。
また「平野富二生誕の地」碑建立記念祭の除幕式に際してご臨席をたまわり、祝辞を頂戴した。また、次世代を担う若者とともにお元気な越中哲也翁の謦咳に接し、それを記録する機会を得たことを喜びとしたい。

長崎歴史文化協会
昭和五七(一九八二)年五月、長崎における歴史文化を研究し、各文化団体とも連携の上、地域文化の発展に寄与することを目的として設立。

関係図書資料を整備し、必要に応じて一般に公開し、長崎に関する歴史文化の調査研究に対し適切な助言・指導をおこなう。
また、長崎に関する古文書・史料で未刊・未発表のもの、その他学術的に価値あるものについて整理し発刊をおこなっている。

長崎歴史文化協会 2019年3月で幕 ── 越中さん36年を振り返る

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【展覧会】国立公文書館|平成31年春の特別展 江戸時代の天皇|4月6日-5月12日

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国立公文書館
平成31年春の特別展 江戸時代の天皇
会  期  平成31年4月6日[土]-5月12日[日]
開館時間  月-水、土、日、祝日  午前9時45分-午後5時30分
      木・金曜日       午前9時45分-午後8時  * 祝日を除く
      ※入館は、それぞれ閉館30分前まで(特別展は、期間中無休)
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料    無 料
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平成31年(2019)は天皇陛下の御退位と皇太子殿下の御即位が行われます。
本展では、この御退位・御即位を記念し、江戸時代の天皇について取り上げます。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康ら天下人が登場し、それに続く江戸幕府による支配の中で、天皇・朝廷はどのように渡り合い、関係を構築していったのか。光格天皇による朝廷儀式の再興、江戸時代の元号の選定と改元などについて、当館所蔵の絵巻物や公家日記などを中心に御紹介いたします。

【 詳細: 国立公文書館 】 

主な展示資料

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【良書紹介】「ミツカン水の文化センター」の機関誌|『水の文化』 第61号発刊|特集「 水が語る佐渡 」

水の文化61

『 水 の 文 化 』61号
水が語る佐渡
2019年 2月
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古来、「金の島」として知られる佐渡。日本海に浮かぶこの島は、金銀はもちろんのこと、鉱山技術を応用した水利による稲作および水の力(北前船)で運び出された産品によって隆盛を誇った。
金銀山の閉山・休山で基幹産業を失っても人々は暮らしつづけ、今ではトキをシンボルとするブランド米で持続可能な農業を目指している。
日本の縮図ともいわれる佐渡の歴史を「水」の視点から見つめ、「人と自然の共生」のあり方や、私たちがこれから大事にすべきものを探った。

【 詳細 : ミツカン 水の文化センター 】 { 活版アラカルト まとめ }

【展覧会】書道博物館 企画展|みんなが見たい優品展 パート14|歴史に名を残した日本人の書|3月12日-6月16日

20190304152709_0000420190304152709_00005書道博物館
企画展 歴史に名を残した日本人の書
展示期間  3月12日[火]-6月16日[日]
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14回目を迎える恒例のリクエスト展。アンケートでリクエストの多かった作品を、可能なかぎり組み込んで展示を構成します。

【会員情報】宮川雅一著『高島秋帆』長崎文献社|東京板橋区の「高島平」は長崎町年寄・砲術師:高島秋帆にちなむ

20190304152709_00001シリーズ 長崎偉人伝
高島秋帆     
宮川雅一著
定 価 1600円+税
体 裁 四六判 並製
ISBN978-4-88851-282-4 C0023
長崎文献社

東京「高島平」に名をのこす。
砲術師の生涯をひもとく。
門弟たちの業績が「明治産業革命遺産」に輝く。
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著 者 宮 川 雅 一 氏 紹 介

宮川先生2018年11月24日「平野富二生誕の地」碑建立記念祭「祝賀会」にて
ご祝辞をいただき、乾杯の音頭をとっていただきました

宮川雅一〔みやがわ まさかず〕

昭和九年(一九三四)長崎市の老舗の酒類・食料品店にうまれる。勝山国民学校・新制長崎中学校・長崎東高等学校卒。
昭和三二年(一九五七)東大法学部卒業後、自治庁(自治省を経て現・総務省)に入る。
以来、自治省・大蔵省(現・財務省)・公営企業金融公庫(現・地方公共団体金融機構)・福岡・滋賀・愛媛・香川各県庁に勤務。
昭和五四年(一九七九)公益財団法人日本都市センター研究室長から長崎市助役に就任。昭和六一年(一九八六)助役を退職し、長崎都市経営研究所を設立。

現在、長崎史談会会長を経て同理事、長崎釈尊鑚仰会会長、長崎近代化遺産研究会会長、唐寺研究会代表幹事、長崎聖福寺大雄宝殿修復協力会世話人代表、長崎ちびっ子くんち実行委員会会長、出雲大社長崎分院・松森天満宮・伊勢宮の各責任役員など。著書に「長崎散策」シリーズ、『宮川雅一の郷土史 岡目八目』(長崎新聞社)、『長崎偉人伝 高島秋帆』(長崎文献社)ほか。

【展覧会】Gallery 芽楽|山口恵味版画(アクアチント)展 ─ 雨夜に月を探すワニ ─|3月2日-3月17日

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Gallery 芽楽
山口恵味版画(アクアチント)展
── 雨夜に月を探すワニ ──
会  期  3月2日[土]-3月17日[日]

休  廊  日  火曜日・水曜日
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◉ 作家メッセージ
踏まれたら 根を張ればいい

ゆっくり しっかり
いつまでも長く 広げて行こう
[山口恵味]

◉ 展覧会について
アクアチントの版画家山口恵味、まずその色彩に惹かれる。

深い闇に浮かぶ鮮やかな赤、黄、青、みどり……
しっとりとした深い味わいを醸している。
作品は詩情を湛える。
寓意的なキャラクター、月、イチゴ、鍵、一つ目などを配し

心の奥深くひそむ、不安、欲望、夢、希望……を詞的に描く。
日本版画協会展で奨励賞を受賞するなど研鑽を重ね5年振りの個展、
是非ご覧ください。
Gallery 芽 楽

【Information Release 13】明治産業近代化のパイオニア「平野富二 生誕の地」碑 建立 記念祭|特別 YouTube 映像公開

披露01 披露02明治産業近代化のパイオニア「平野富二生誕の地」碑建立記念祭

◯ 会  期
    2018年11月23日[金・祝]、24日[土]、25日[日]──三日間
◯ 時  間

    23日[金・祝]15:00-19:00/24 日[土]10:00-19:00/25 日[日]10:00-17:00
◯ 記念式典

    「平野富二 生誕の地」 碑 除幕式・祝賀会  11月24日[土]11:00より開催
◯ 会  場

    長崎県勤労福祉会館4階(長崎県長崎市桜町9 ― 6)
◯ 入  場 料

    無  料 
    *展示のほかに、講演会、活版ゼミナール、ミニ・活版さるくを開催。
◯ 主  催
    「平野富二 生誕の地」碑建立有志の会
    160-0022 東京都新宿区新宿2-4-9 朗文堂内
    Telephone:03-3352-5070 Facsimile:03-3352-5160
    E mail : info@hirano-tomiji.jp  WebSite : http://hirano-tomji.jp

kazari-downner昨年晩秋に大型イベント<明治産業近代化のパイオニア「平野富二生誕の地」碑建立記念祭>を終えた「平野富二 生誕の地」碑建立有志の会は、引きつづき、仮称『平野富二生誕の地碑 建立の記録』(B5判 並製本 380ページ見当)の編集作業を継続しております。
その記録収集に際しては、画像提供:上野隆文・木村雅彦・日吉洋人・大石 薫会員の協力をいただきました。

今回ご紹介する動画は、グラフィックデザインが専門の福士大輔会員の撮影によるものを提供いただきました。来賓の祝辞・挨拶などは編集部でテープ起こしをし、ご本人の確認と補整を加えたものを記念誌には収録予定です。したがいまして本動画収録内容と若干の変更があるかたもいらっしゃることをお断りいたします。
動画は「平野富二 生誕の地」碑建立有志の会によって特別映像三点を YouTube にアップロードされているものを共有しました。大きな画面でご覧になりたいかたは「 YouTube の文字部」をクリックされると、別ウインドウで拡大画面が開きます。

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特別映像

室内横断幕B_web-3
◉ 01 【「平野富二生誕の地」碑建立記念祭「除幕式」音が出ます 27:44 】


◉ 02【「平野富二生誕の地」碑建立記念祭「祝賀会」音が出ます 40:32 】


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◉ 03【「平野富二生誕の地」碑建立記念祭 ミニ・活版さるく 平野富二ゆかりの地 音が出ます 28:29 】


【 詳細:「平野富二 生誕の地」碑建立有志の会

【ことのは】クリスマスローズ Christmas rose|花ことのは-わたしの不安を救い給え

DSCN9701【クリスマスローズ Christmas rose】  [学]Helleborus niger L.

キンポウゲ科の常緑多年草。ヨーロッパの原産で明治のはじめに渡来した。根茎は太く短い。葉は根生し、15-30センチメートル、掌状複葉で革質、暗緑色。小葉は7-9片で先端部に鋸歯がある。花茎はよく分岐して1-3花をつける。花の大きさは径5-6センチメートルであるが、花弁は小さく、筒状で、雄しべより短く目だたない。萼-がく-の5片が大きく花弁状をなして美しく、咲き始めは白色で、のちに紫色を帯びる。

根にはサポニンが含まれていて強心剤、利尿剤として用いられる。
変種も多いが、オリエンタリス H. orientalis Lam. は西南アジアの原産で、花茎が分岐して3-6花をつける。緑色または黄緑色で縁辺は紫色。花期は4、5月で、栽培されるものの多くは本種の系統が主体になる。寒さに強く、排水のよい半日陰地を好む。繁殖は11月ころの株分けが普通で、実生-みしょう-もできる。
クリスマスローズ
<民間伝承>
クリスマスローズはその黒い根に魔力があると信じられ、古代ギリシア時代には狂気をなおす霊薬の一つに数えられていた。また、頭を良くする薬として当時の劇作家や哲学者が服用したともいわれ、イギリスではこの根を取るための魔術的な方法が定められていた。それは、花のまわりに剣で円を描き、呪文を唱えて引くというものである。

また、引き抜いている姿をワシに見られると、採取者は死ぬともいわれた。《セルボーンの博物誌》には、イギリスの婦人が子どもの虫下しにこの葉の粉末を飲ませるとある。

俗説によれば、アダムとイブが楽園を追われたとき、きたるべき罪の浄化の象徴として持ち出したのが、この花であったとされ、以来、この花を〈楽園の思い出〉の象徴とする美意識も生まれ、コールリジや H.G.ウェルズ らがそれを文学化した。花のことのは〈私の不安を救いたまえ〉。

[参考:『日本大百科全書』(小学館)、『世界大百科事典』(平凡社)]

【展覧会】根津美術館|企画展 ほとけをめぐる花の美術|2月28日-3月31日

floral_beauty_in_buddhist_art根津美術館
企画展 ほとけをめぐる花の美術
展示期間  2月28日[木]-3月31日[日]

休  館  日  毎週月曜日
開館時間  午前10時-午後5時(入館は午後4時30分まで)
入  場  料  一般 1100円 学生 800円
会  場  根津美術館 展示室 1・2
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泥の中から伸び、水に触れることなく清らかな花を咲かせるハスは、“ 蓮華-れんげ ” と呼ばれ、仏教を象徴する花として知られています。
「ほとけをめぐる花の美術」展は、この蓮華をはじめ、釈迦の生涯を見守った無憂樹ーむゆうじゅ-や、沙羅-しゃら・さら、想像上の花である宝相華-ほうそうげ-や、宝樹-ほうじゅ、日本の聖地に咲く桜など、30数件の仏教絵画に描かれたさまざまな花をご覧いただく展覧会です。
さらに、経箱、華鬘-けまん、華籠-けこ-など、蓮華をあしらった工芸品約10件が、ギャラリーに華を添えます。 華麗な花をまとうビジュアル・イメージをともなうことで、仏教の教えは人々の心に鮮やかな印象を刻み、広まっていったのでしょう。

【 詳細: 根津美術館 】 { 活版アラカルト既出まとめ }

【展覧会】五島美術館|[館蔵]中国の陶芸展|2月23日-3月31日

五島美術館 ポスターデザイン=宇野泰行五島美術館
[館蔵]中国の陶芸展
期  間  2月23日[土]-3月31日[日]
休  館  日  毎月曜日

開館時間  午前10時-午後5時(入館は午後4時30分まで)
入  館  料  一般 1000円/高・大学生 700円/中学生以下無料
────────────────
漢時代から明・清時代にわたる館蔵の中国陶磁器コレクション約60点を展観。戦国時代の計量道具から、唐三彩の壺、宋時代の砧青磁、明時代の青花・五彩まで、時代順に展示し、2000年にわたる中国のやきものの歴史を展望します。館蔵の日本刀剣約10振も同時公開。

【 詳細: 五島美術館 】 { 活版アラカルト既出まとめ }  

【公演】京都南座 新開場記念|坂東玉三郎特別公演|3月2日初日-26日千穐楽

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京都南座 新開場記念
坂東玉三郎特別公演
平成31年3月2日[土]初日-26日[火]千穐楽
午後2時ゟ
   * 3月8日[金]、15日[金]、22日[金]は午後6時ゟ
   [休演]3月7日[木]、14日[木]、20日[水]

<演目と配役>
一、壇浦兜軍記-だんのうらかぶとぐんき
  阿 古 屋

         遊君阿古屋  板東玉三郎
         岩永左衛門  坂東 亀蔵
        秩父庄司重忠  板東彦三郎

二、太刀盗人-たちぬすびと

      すっぱの九郎兵衛  板東彦三郎
       目代丁字左衛門  中村吉之丞
        田舎者万兵衛  坂東 亀蔵

三、傾城雪吉原-けいせいゆきのよしわら

           傾 城  板東玉三郎

<みどころ>

一、壇浦兜軍記-だんのうらかぶとぐんき
  阿 古 屋
平家滅亡後、源頼朝の命令により残党狩りが行われるなか、平家の武将悪七兵衛景清の行方を問い質すため、景清の愛人である遊君阿古屋(玉三郎)が問注所に引き出されます。景清の所在を知らないという阿古屋に対し、代官の岩永左衛門(坂東亀蔵)は拷問にかけようとしますが、詮議の指揮を執る秩父庄司重忠(彦三郎)は、阿古屋に琴、三味線、胡弓を弾かせることで彼女の心の内を推し量ろうとします。言葉に嘘があるならば、わずかな調べの乱れでも分かる重忠ですが、そんななか阿古屋は……。
阿古屋は三曲を実際に舞台上で演奏しながら、微細な心情を表現する女方の大役。音曲と共に華やかな舞台を存分にご堪能ください。

二、太刀盗人-たちぬすびと
京へやって来た田舎者の万兵衛(坂東亀蔵)は、国元への土産を買おうと新市を見て回っているところ、その様子を見たすっぱの九郎兵衛(彦三郎)は、万兵衛が持つ黄金づくりの太刀を奪い取ろうと企てます。これに気づいた万兵衛が騒ぎ立てるところへ、目代(吉之丞)が現れ二人の争いを裁くことになります。二人に刀の名前や由来を尋ねると、万兵衛が答えるのを、横で盗み聞きして九郎兵衛も同じことを繰り返して答えます。踊ってみせる二人ですが、やがて万兵衛は、九郎兵衛が自分の真似をしていることに気がついて……。
万兵衛を真似て九郎兵衛が半間ずつ遅れて舞う舞など、対照的な二人による賑やかで可笑しみあふれる一幕です。

三、傾城雪吉原-けいせいゆきのよしわら
雪景色の新吉原を舞台に、昨年(2018年12月)歌舞伎座にて新作歌舞伎舞踊として上演された、恋人を思い春を待つ傾城(玉三郎)を主人公とした情趣ある舞踊劇です。
音もなく雪が降りしきる中、美しい傾城が現れ、豪華絢爛な衣裳を身にまとい、恋する人への思いを募らせながら、優雅に舞います。大雪の中、恋しい相手から手紙が届くこともなく、やがて二人が出会った春の頃を思い出す春の場面に移り、いつしか夏、秋、冬と季節は移り変わります。恋しい相手と過ごした時に思いを馳せる傾城を四季の情景に合わせて美しく魅せます。傾城は、いつまでも降り続ける雪景色の中、恋人も必ず訪れるであろうという思いを抱くのでした……。
古風な趣と格式を魅せる幽艶な舞踊です。

【 詳細: 京都南座 歌舞伎美人

【情報過多の時代の NEWS】歌舞伎公式総合サイト|歌舞伎美人 ── かぶきびと 第641号<最終号>|2019年2月28日

歌舞伎人メルマガ最終回歌舞伎公式総合サイト
歌舞伎美人 ── かぶきびと
第641号<最終号> 2019年2月28日
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歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人 ── かぶきびと」のメールマガジンがついに最終回を迎えた。
ふるい奴だ、I T 弱者め ── なんと罵られてもかまわない。淋しいおもいでいっぱいである。
10年余の付きあいだったのだろうか、ほぼ毎週木曜に「かぶきびと」は配信されてきた。
最初は画像はちいさく、情報量も少なかったと記憶している。最近は「画像の表示」が設定されて、これをクリックすると大きな画像が表示されるようになった。

今後は「松竹公式 LINE 」を中心に「Facebook」「Twitter」で情報提供がなされるらしい。
ふるい奴だ、I T 弱者め ── なんと罵られてもかまわない。いずれもやつがれはできるだけ関わりたくないメディアである。
そもそも歌舞伎は庶民藝能として発祥し、時代の尖端を駈けぬけてきたエンターテイメントである。その挑戦が積みかさなって伝統芸能と呼ばれるにいたった。したがって「伝統」などということばにおぼれることなく、あたらしいメディアに移行することに異論はない。

それでも40年余にわたって歌舞伎をみつづけ、「かぶきびと」に馴染んできたやつがれらを、安易に軽便なメディアに誘導するのには抵抗がある。すなわち大きな座館で大歌舞伎をみようと念願する愛好者が、たとえきっかけだけとしても、スマートフォンの小さな画面での情報収集に満足できないことは自明の理ではなかろうか。
せめて当分のあいだは、<歌舞伎公式総合サイト歌舞伎美人 ── かぶきびと>の WebSite で、パソコンの大画面で情報を閲覧できるようにしておいて欲しいと念願するしかないいま。

【会員情報】“ Cherenkov radiation ” KOYAMA Kai Art Exhibition|チェレンコフの光 ── 戸山 灰 個展|3月8日-16日

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チェレンコフの光 ── 戸山 灰 個展
“ Cherenkov radiation ”   KOYAMA Kai Art Exhibition
会   期  2019年3月8日[金]-16日[土]

時   間  12:00-18:00(会期中無休)
作家在廊日  3月8日、9日、10日、14日、16日

「チェレンコフの光」とは、強い放射線が水中を通るときに生まれる光のこと。福島原発事故いらい、私たちは見えない放射線に日々、射抜かれて暮らしている。抽象画の展示。
★アーティストトーク「武器輸出?原発?絵画?」
3月9日[土]15:00~17:00
詳細はギャラリーへお問い合わせください

ギャラリー 水・土・木 -みず・と・きー
クレイワークスタジオ陶芸工房・みずとき版画工房
〒176-0004東京都練馬区小竹町1-44-1
Tel/Fax 03-3955-2508
E-mail:sachiko@jc5.so-net.ne.jp

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「線について」 戸山灰(こやま・かい アーティスト)

絵画は光を、ただの平面の上で表現しようとする。
そのために色があり、面が作られ、形が生まれる。

けれども、人の似姿や、テーブルの上の瓶などを描くのはそれほど好きではなかった。
デッサンからなんとか逃げ出そうとすることが、私の絵の始まりだった。
ではいったい何を描こうというのだろうか。

2011年3月11日が来た。その時期、この社会はいっぺんに崩壊してしまいそうに見えた。
私はガイガー・カウンターを買い、あちらこちらを計測しては、デジタル表示器に現れる数字を凝視した。
道の側溝や水たまり、滑り台の下。水が集まるところには、見つけようと思えば比較的線量の高い場所がたくさんもあった。

こうして、放射線を見る「もうひとつの目」を持つことにはなったが、私の絵が、そのことで急に変わったわけではない。

ただ、前にしていたように、目に見える光景の抽象度を高めるといった、ゆるやかな作業をしていては、とても現実に追いつくことはできないし、また、風刺画のような手法を使って、放射能に汚染された社会や政治を描くこともまた、私の脱・具象の取り組みのなかでは、おそらく「逆コース」になってしまうだろうということも感じていた。

そんなある日に、濃い紺色の油絵具の置かれた面をひっかいてみたら、絵の中に、ふいに細くて白い線が現れた。
もともと油絵は色で作られた面の連続によって何かを描こうとする。しかしここには、新しい描き方が見つかりそうだった。
目に見えないものに近づくこともできるかもしれない。
絵の上の線は、放射線にも通じる。「チェレンコフの光」は描けるか。

【 詳細: ギャラリー 水・土・木 戸 山  灰 】 { 活版アラカルトまとめ

【しるす】文字組版の基本|ポイント (points)、パイカ (picas)、ユ ニット (units) |現代の文字組版者にとって基本尺度/スケールは不要なのか?

pica 20190115184008_00001ジェイムズ・グレイグ『欧文組版入門』の原著者:ジェームス・クレイグ氏 1989年

計測単位 Measuring Type

デザイナーなら必ず知っておきたい文字の計測単位に、ポイント (points)、パイカ (picas)、ユ
ニット (units) の 3 つがある。
デザイナーにとってのこれらの計測単位は、いわば建築家のフィ
ートやインチにあたるものであり、これらの計測単位によってデザイナーは印刷物の紙面を整える。


ポイント ── は文字サイズを表す単位であり、パイカ ── は行の長さを表す単位として使われる。
12 ポイントは 1 パイカ、そして 6 パイカ(または 72 ポイント)は 1 インチに相当する。


インチをフィートに換算できるように、ポイン卜もパイカに換算できる。ただし文字サイズを指定する時には、パイカではなく常にポイントを使う。

ユニットはアルファベット各文字の幅や、字間のアキ、語間のアキを表す単位として使われる。

注:本書ではインチ、ポイント、パイカ、ユニットという単位を使っている。しかし、イギリ
スやヨーロッパでは、文字組版の基準になる計測単位にメートル法を採用しようという活発な
動きがあるので、読者はこのことを知っておいたほうがよい。

[『欧文組版入門』20ページゟ]
────────────────
もう30年余も前のこととなる。
『欧文組版入門』(ジェームス・クレイグ著、朗文堂、1989年12月5日)の原著は『 Basic Typography A Design Manual 』(James Craig,  Watson – Guptill Publication, New York,  1978)であった。
原著の刊行年、1978年(昭和53)とは、アメリカでもまだ DTP システムの夜明け前であったが、いわゆる「電算写植」システムが普及して、次世代の大変革を予感させる微妙な年であった。したがって同書の巻頭扉ページの著者の献辞には以下のようにあった。

「あいまいな知識だけで欧文写植を使っているデザイナー諸氏に本書を捧げる」

当時J・クレイグ氏とはしばしば続編のはなしがあり、ジョークとして献辞は

「あいまいな知識でパソコン組版を使っているデザイナー諸氏に本書を捧げる」

にしようと嗤っていた。すなわち原著は写真植字ユーザーに向けて記述され、増刷のたびに一部を修整して刊行がつづけられており、J・クレイグ氏は DTP システムはもはや自分の埒外だとされた。
しかしながら原著は、平易に文字組版に関する必要事項を説いていたので好評を呼び、本書を使って学ぶ米国の大学は、イエール大学をはじめ64校におよび、専門学校を加えると82校の多数を数えていた。こんな時代を背景として、1989年(平成元年)、小社の邦訳書が発行されることになった。

しかしながらここ30年の文字組版環境は、あまりにも急激に、大きく変化した。そのためこの邦訳書は小社でも四刷りまでの刊行をみたが、急速に普及したパーソナル・コンピューターと、その組版システムへの対応が遅れ、残念ながら現在は品切れ状態にある。
また印刷用保存データーがフィルムのため、コンピューター・データーから直接印刷版を製造する工程(CTP)がほとんどとなった現在は、フィルムからの印刷版製造(CTF)はきわめて困難になったため、事実上の絶版状態にある。

原著者:ジェームス・クレイグ氏は当時イエール大学で非常勤講師のようなかたちで教鞭をとっており、同大に学んでいた新島 実氏(武蔵野美術大学教授)の紹介を得て、版元交渉・翻訳・組版に二年ほどをかけて1989年(平成元年)に邦訳書が刊行された。もうあれから30年、まさに平成の世も終わるのかという感慨がある。

クレイグ氏とはNYで三度ほど直接面談したが、当時アメリカでもよく用いられていたヨーロッパ産の「電算写植機」の多くがメートル法に基づいていたことと、当時のアメリカではメートル法への移行が真剣に議論されていたこともあって、同氏はアメリカでもちかい将来にメートル法が全面的に採用されると予測されており、上掲のような一文を基本編にのこし、巻末にはメートル法への換算表を詳細に記録していた。
しかしながらDTPポイントが開発され、アメリカでは依然としてインチ・ヤード法が健在である。
あまりにも早い時代の推移のなかに消滅していこうとしている書物となったゆえんである。

【展覧会】町田市立国際版画美術館|企画展 パリに生きた銅版画家 長谷川潔展 ─ はるかなる精神の高みへ ─|3月9日-4月7日

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DM町田市立国際版画美術館|企画展
パリに生きた銅版画家 長谷川潔展
── はるかなる精神の高みへ ──
会  期  2019年3月9日[土]-4月7日[日]
休  館  日  月曜日
観  覧  料  一般 600円、大・高生 300円、65歳以上 300円
会   場  企画展示室 1・2
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パリで創作活動して評価を得た銅版画家、長谷川潔(1891-1980)の作品122点を展示し、その精神的表現世界を再考します。併せて長谷川が敬愛したルドンや、さらにフランスで交流のあった画家らの作品45点も展示することで、長谷川の創作活動の背景を探りつつ作品の特徴や内容を浮き上がらせたいとおもいます。

長谷川潔は1910年代半ばに版画家として創作活動を開始、 1918年に日本を去ってフランスへ渡って以来、パリを拠点に活動した銅版画家です。サロン・ドートンヌやフランス画家・版画家協会に所属してパリの画壇で高く評価されたほか、フランス文化勲章を授与されるなど、芸術家としての功績がたたえられています。現在は日本でも、版画史上きわめて重要な作家として位置づけられています。

町田市立国際版画美術館は開館まもない1988年に、フランス時代の代表作を多数含んだ長谷川潔の銅版画を約70点収蔵し、その後も50点以上の作品を収蔵する機会に恵まれてきました。それによって、現在長谷川潔作品は、質量ともに国際版画美術館の重要なコレクションのひとつとなっています。
本展覧会はそれらの作品を展示して、この版画家が目指した表現世界を探るものです。その精神性豊かな作品は、情報の海に身をゆだねる現代人の思考のあり方を問うことにもなるでしょう。

【 詳細: 町田市立国際版画美術館

【会員情報】臺灣の林 昆範さんから春節のご挨拶|会員からバレンタインデーのプレゼント|お年玉付き年賀はがき

林02 20190221144735_00001臺灣の会員:林 昆範さんから恒例の「春節-旧暦のお正月」のカードが到着。
林 昆範-リン クンファン-さんは、 近年中国での活動がおおいようで、珍しく簡体字で中国福建省漳州市「福建璞魨文化創意有限公司 副総裁」の名刺が同封されていた。
いずれにせよ、友人・知人がどんどん活躍の舞台を拡げているのは嬉しいことである。
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【 02月14日[木]はバレンタインデー 】

DSCN9661 DSCN9663DSCN9665そう遠くないむかしだった。たれかの仕掛けとしかおもえなかったが、突如「発生」したあのバレンタインデー プレゼント の狂奔ぶりとはなんだったのだろうとおもう。いまならさしずめ「恵方巻き」。好きでもないチョコレートをお義理でいただき、ホワイトデーなるお返しに呻吟した苦いおもいでがのこる。

この日知人から頂いたのは、ハート型ではあるが、チョコレートならぬお煎餅。キリスト教徒ならぬ、浄土真宗西本願寺派、浄土真宗東本願寺派の念佛門徒のふたりにはうってつけのプレゼントだった。
こののち、おいしい煎茶を淹れて、プレゼンターともどもバリバリとお煎餅を食した。当然ホワイトデーなんぞはプレゼンターもわれわれも、脳裏にかけらも無い。
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切手

【 なかなかあたらないものです。お年玉付き年賀はがき 】

( 平成31年・2019年・亥年 年賀状用 )
1 等 当選番号:(下 6 ケタ)710129
現金30万円または同額相当のプレミアム賞品
当選本数:2,571本(100万本に1本)
2 等 当選番号:(下 4 ケタ)1763
ふるさと小包など
当選本数:257,189本(1万本に1本)
3 等 当選番号:(下 2 ケタ)78 42 02
お年玉切手シート
当選本数:77,156,865本(100本に3本)
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もともとずぼらであるし、正月のなにがめでたいのかよく解らないこともあって、年賀状には消極的であった。それでも几帳面な社員が代行してくれていたが、昨年退職したので、朗文堂本体の年賀状は欠礼してしまった。そこで寒中見舞いでもとおもったが、あまりの寒さでこれも欠礼した。いつもと変わらず新春祝賀をいただいた皆さまには申し訳なくおもう。
それでも、朗文堂 サラマ・プレス倶楽部 は例年通り、大晦日寸前まで活字版印刷にいそしみ、三が日の間には投函したようである。

ところで郵便局はがきの「お年玉付き年賀はがき」。長いつき合いではあるが、一等賞・二等賞とはまったく無縁であった。しかも100枚につき三枚があたるとされる、三等賞の「お年玉切手シート」すらなかなかあたらなかった。ことしはくじ運に恵まれたのか五枚が三等賞だったらしい。

百万枚につき一本あたる一等賞は、仮に毎年500枚ずつ「お年玉付き年賀状」を頂いたとすると、単純計算すると、二千年に一本の確立となる。まことに気の遠くなるようなはなしである。
宝くじの印刷を請けおっているある印刷企業の職員の述懐として、大型トラックで続続と搬出される膨大な量の「印刷物-宝くじ」を見慣れており、その内の一枚が抽選で三億円や五億円の大金の当たり籤になるとしても、到底手をだす気にはなれないとこぼしていると仄聞した。
まことにもって夢のない時代になったものである。

【会員情報】 ぢゃむ 杉本昭生さん|活版小本新作 ── ボードレール『パリの憂鬱』

ボードレールは18世紀のフランスの詩人で「近代詩の父」といわれています。『パリの憂鬱』は散文詩と呼ばれる新たなジャンルを切り拓いたもので、韻律も脚韻もない散文形式で近代人の孤独と憂鬱を語り、ランボー、ヴェルレーヌ、マラルメら後の詩人たちに大きな影響を与えました。
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{ ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 一筆箋 }

ボードレールは、一八世紀のフランスの詩人です。
もっと最近の人だと思っていましたが、活躍していたのは江戸時代の終わり頃です。
生前に発表された『悪の華』は風俗壊乱のかとで、罰金と詩六編の削除を命じられました。
今回は彼の死後出版された、散文詩集『パリの憂鬱』から五篇を選んで作りました。
時代を感じさせない新鮮な感覚で都会人の憂鬱や孤独を描いています。
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今回は割と迷わずできました。
早く表紙カバーを作りたくて急いで作業しました。
自分のセンスのないのを棚に上げていうならば
表紙だけだとどうしても限定され無難なものしかできませんが
カバーをつけることで、イメージの幅が広がるように思います。
次回からは背文字も入れたちゃんとした本を目指します。[杉本昭生]

梅

【 詳細  ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 】 { 活版アラカルト 活版小本 既出まとめ 

【新ブログ絶好調】私の獨逸日記|戸叶勝也ブログ|ドイツの冒険作家 カール・マイ その03|冒険物語の足跡をたどって(01)

戸叶03

ブログ著者紹介 ── 戸叶 勝也
とかの かつや 1938年 うまれ

DSCN2591-300x242ドイツ史学・ドイツ文学、日本大学元教授。 東京生まれ。1961年 東京大学文学部西洋史学科卒業。NHK教育局、国際局勤務。その間ドイツ海外放送勤務。88年日本大学経済学部助教授、91年教授、2009年定年退任。専攻、ドイツ近現代史。

特にドイツ出版文化史、ドイツの冒険作家カール・マイの翻訳・研究を行う。

カール・マイ冒険物語 全12巻 朝文社

著 書
ドイツ出版の社会史( グーテンベルクから現代まで) 三修社  1992.12
レクラム百科文庫 ~ドイツ近代文化史の一側面~ 朝文社  1995.12
グーテンベルク  清水書院  1997.8 (人と思想シリーズ)
ドイツ啓蒙主義の巨人 フリードリヒ・ニコライ  朝文社  2001.2
ヨーロッパの出版文化史  朗文堂  2004.10
知られざるドイツの冒険作家カール・マイ  朝文社  2011.10

Bbunkashi1ヨーロッパの出版文化史 朗文堂

翻 訳

カール・マイ冒険物語 1 サハラ 砂漠からメッカへ    朝文社 2013.12
カール・マイ冒険物語 2  ティグリス河の探検      朝文社    2014.2
カール・マイ冒険物語 3 悪魔崇拝者           朝文社 2014.5
カール・マイ冒険物語 4   クルディスタンの奥地にて     朝文社 2014.8
カール・マイ冒険物語 5 ペルシア辺境に沿って       朝文社 2014.10
カール・マイ冒険物語 6 バグダードからイスタンブールへ 朝文社 2015.1
カール・マイ冒険物語 7    ブルガリア南部にて       朝文社 2015.8
カール・マイ冒険物語 8 バルカン峡谷にて         朝文社 2015.12
カール・マイ冒険物語 9 オスマン帝国の辺境        朝文社 2016.4
カール・マイ冒険物語 10  マケドニアを行く         朝文社 2016.8
カール・マイ冒険物語 11   アルバニア山地にて       朝文社 2016.12
カール・マイ冒険物語 12 アドリア海へ         朝文社 2017.4

ヒッタイト帝国~ 消えた古代民族の謎 ~ヨハネス・レーマン著  佑学社 1979.5
シュメール文明~ 古代メソポタミア文明の源流~ ヘルムート・ウーリッヒ著  佑学社 1979.
オスマン・トルコ帝国~ 世界帝国建設への野望~ ウルリッヒ・クレーファー著  佑学社 1982.4
ギリシア・ローマ時代の書物  ホルスト・ブランク著  朝文社 2007.10
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私の獨逸日記|戸叶勝也ブログ

◯ ドイツの冒険作家 カール・マイ(01)
その01 没後百年祭に参加して
◯ ドイツの冒険作家 カール・マイ(02)
その02 冒険物語の魅力はどこに ?
◯ ドイツの冒険作家 カール・マイ(03)
冒険物語の足跡をたどって(01)

チュニジア旅行(2009年12月)
  <物語の叙述>
  <私の旅行記の記述>
エジプト~ナイルの船旅~(2018年2月)
  <物語の叙述>
  <私の旅行記の記述>

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