【ちいさな勉強会】戦後の復興期から高度学術書印刷に挑戦を重ねたひと ── 講師:小宮山 清さん

小宮山清氏。昭和6年2月26日うまれ。講師:小宮山 清さん ── 1931年(昭和6)2月26日うまれ
《第11回活版ルネサンスフェア》にご来場のおりの写真。当時御年85歳

もしかすると「小宮山印刷のおじいちゃん」(失礼!)と呼んで、親しくおつき合いされているサラマ・プレス倶楽部の皆さんは、この情報と、小宮山印刷工業  のWebsite  の詳細をみて驚かれるかもしれない。
小宮山清さんの実父:小宮山幸造さんは、1921年(大正10)10月、個人営業をもって「小宮山印刷所」を創立し、東京都新宿区早稲田鶴巻町371番地において一般印刷事業の経営に着手。
戦後に第二代社長としてその事業を継承した小宮山 清さんは、活字活版印刷にとどまらず、林栄社、八光社製の活字自動鋳造機を導入して活字自家鋳造に着手し、さらに「小池式日本語モノタイプ活字鋳植機」を設置し、ついには海外から「モノタイプ自動活字鋳植機」を導入して、高度学術書の組版・印刷にあたられた。

現在は事業をすべてご子孫に任せて第一線を引かれているが、現在の「小宮山印刷工業」の概要だけを紹介したい。

小宮山印刷工業株式会社
代表取締役社長/小宮山恒敏

現所在地/本  社:東京都新宿区天神町78番地
宮城工場:宮城県気仙沼市本吉町猪の鼻169-7
KOPAS(仙台営業所):宮城県仙台市青葉区木町通2-5-19
KOPAS LANKA Company (Pvt.) Ltd.
従業員数/251名

10年ほど前から、小宮山さんの名刺には「小宮山印刷工業株式会社   小宮山  清」とだけしるされていた。肩書きに類するものはまったくなかった。その名刺もことしからは用いないことに決められたそうである。
それでも小宮山 清さんは、ページ物欧文組版、欧文印刷、とりわけ欧米有力大学の東洋学の分野における「欧文・漢文、欧文・和文」混用となる高度学術書の組版・印刷に関しては、わが国有数の知識と経験を有されている。

ランストン・モノタイプ社製 Type Lining Tester 活字列見。欧文のベースラインの揃いなどを確認・調整するための器具。実際の使用に際しては90度回転させて、マイクロ・ゲージが下部になるようにしてもちいる。小宮山清氏蔵。
LINING-TESTER-拡大イメージ これはナニ?

[ 参照資料:タイポグラフィ あのねのね*018  Inspection Tools 活字鋳造検査器具  活字列見 ]

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またその企業 小宮山印刷工業 とは、学術・研究書を中心にきわめて高い評価があり、小宮山清さんがときおり本郷あたりに出没すると、少壮研究者のころから、論文のまとめや執筆・刊行にお世話になったとして、並みいる大学教授が深深とお辞儀をするほどの人物であることはほとんど知られていない。
また小宮山印刷工業独自の一貫生産システム ──  Komiyama Orijinal Printing Automation Systemは「K O P A S」と呼ばれ、同システムによる学術書出版への評価はたかく、スリランカ(旧・セイロン)にも関連企業を有している。
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小宮山 清さんは、サラマ・プレス倶楽部やタイポグラフィ学会主催のイベントには、しばしば気軽に足を運ばれている。そこで活版印刷実践者の若者たちと、あれこれと活字・印刷・製本などの技術を物語ることが至極楽しそうである。

ご本人はまったく偉ぶることが無いし、質問には懇切丁寧にこたえられ、自分の功績や会社の規模を誇ることはないから、サラマ・プレス倶楽部の会員の皆さんは、ほんとうに親しく「小宮山さん、小宮山印刷のおじいちゃん」として敬愛しているようである。

アダナ・プレス倶楽部餅プレス大会-小宮山清さん

サラマ・プレス倶楽部 餅プレス大会で、威勢よく杵をふるう小宮山 清さん。このとき御年83歳。お元気である。ともかく若者は、つきたてのおいしい餅を食べることと、呑むことに夢中なので、三臼ほどを小宮山さんが率先して搗きあげていた。2011年11月27日。足立区ママースの協力にて。

《2011年3月11日、あの日のこと……》
宮城県気仙沼市本吉町猪の鼻169-7 に主力工場を置き、仙台市に「COPAS  事業部」をおく小宮山印刷工業にも、あの日の被害はおおきかった。

小宮山清さんに、津波が近在の河川をつたって、本当に気仙沼工場の直下まで激しい勢いで押しよせた映像をみせていただいた。
「びっくりしたけどねぇ、それでも高台に工場をつくっておいたから助かった。若い社員のみんなが頑張って、もうすっかり復旧させましたよ」

いつもの抑揚せまらぬ口調で、おおきな災害をかたられた。
小宮山印刷工業は、いまは小宮山清さんのご子息や甥の経営陣が主体であり、四代目にあたる孫世代への継承がつづいているそうである。小宮山清さんはそんな現状を、自分はやりきったおもいでみまもるだけで、余計な口出しはしないそうである。
そんな小宮山 清さんに、タイポグラフィの来し方、行く末をうかがいたい。
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「朗文堂ちいさな勉強会」
戦後の復興期から高度学術書印刷に挑戦を重ねたひと ── 講師:小宮山 清さん
本講座は狭隘な会場で開催されています。基本的に会員のみのご参加で、一般公募は実施しておりませんのでよろしくお願いいたします。

【展覧会】根津美術館|新創開館10周年記念 企画展|美しきいのち 日本・東洋の花鳥表現|9月7日-11月4日

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根津美術館 新創開館10周年記念 企画展
美しきいのち
日本・東洋の花鳥表現
会  期  2019年9月7日[土]-11月4日[月・祝]
休  館  日  毎週月曜日  * 月曜日が祝日または振替休日の場合は開館、翌日休館

開館時間  午前10時-午後5時(入館は午後4時30分まで)
入  場  料  一般 1100円 学生 800円、中学生以下は無料
会  場  根津美術館 展示室 1・2
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色も形もとりどりの花や、艶やかな羽を持つ鳥は、洋の東西を問わず、古くから賞玩の対象とされてきました。ことに中国を中心とする東アジアでは、花や鳥を描く花鳥画が、人物画や山水画と並び、絵画の主要なジャンルとなりました。
一方、現代ではスケッチの意味で使われる「写生」ということばは、本来、花鳥画において、対象を観察し、その形や生態、ひいては生き生きとした様子を写し取ることを意味するものでした。すなわち花鳥画とは、美しい動植物をモチーフに、いのちの輝きを描きとどめようとするものといえます。
ときに異国や極楽のイメージを喚起し、またときに吉祥をまといつつ、しばしば工芸意匠にもなった、東洋、とくに中国と日本における花鳥表現の展開をたどります。

* ご注意     絵画はすべて、前期(9月7日[土]-10月6日[日])と、後期(10月8日[火]-11月4[月・祝])で展示替え、もしくは巻替えを行います。鏡および陶磁は、全期間展示します。

【 詳細: 根津美術館 】 { 活版アラカルトまとめ }

【ちいさな勉強会】研究社・研究社印刷の百余年に及ぶ歴史からまなぶ ── 講師:小酒井英一郎さん

IMG_0919研究社印刷株式会社 社長:小酒井英一郎さん
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《朗文堂 ちいさな勉強会──研究社印刷株式会社社長:小酒井英一郎さん》
去る07月19日[金]、研究社印刷株式会社:小酒井英一郎さんを講師にお招きして、朗文堂/タイポグラフィ学会/サラマ・プレス倶楽部/平野富二の会 ── 合同による「ちいさな勉強会」を開催。歴史と伝統を誇る研究社/研究社印刷の百余年にわたる歴史をお話しいただきました。

◉ 第一部 研究社百年の歩みを中心に
『 TYPE FACES 』

研究社印刷 1931(昭和6)年版 B 5 判 160 ページ かがり綴じ 上製本
この活字見本帳は、端物用、ページ物用の欧文活字書体の紹介がおもである。高島義雄 → 加藤美方をへて朗文堂に譲渡された。研究社印刷・小酒井英一郎氏によると、研究社の冊子型活字見本帳では、これが最古のものであり、またこれが唯一本とみられるとのことである。

『 SPECIMENS OF TYPE FACES 』
研究社印刷 1937(昭和12)年 同社蔵) B 5 判 160ページ かがり綴じ 上製本
前掲見本帳から7年後、同社が活字自動鋳植機モノタイプマシンを本格展開した際に製作されたとみられる活字見本帳。研究社とその関連部所に、都合 2 冊が現存する。
ライノタイプ・マシンが中心の1931年(昭和6)版での欧文活字書体は、Century Expanded, Granjon が中心だったが、モノタイプマシン中心の1937年(昭和12)版では Garamond, Aldine Bembo が中心書体に変わっている。いずれの書体も名書体として、いまなお評価が高いものばかりである。

『研究社八十五年の歩み』
1992年(平成4)12月15日発行、編者:研究社社史編集室、発行所:株式会社研究社本社、組版印刷:研究社印刷株式会社、製本:黒田製本所、B 5 判 上製本、312ページ ケース函入り

『研究社百年の歩み』
2007年(平成19)11月3日発行、編者:研究社社史編集室、発行所:株式会社研究社、組版印刷:研究社印刷株式会社、製本:株式会社ブロケード、B 5 判 上製本 520ページ ケース函入り

《研究社と研究社印刷》
◉ 研 究 社 は、
1907(明治40)年、小酒井五一郎(当時26歳)が「英語研究社」の名称で麹町区富士見町6丁目10番地に創業以来、一貫して英語関連の出版事業を展開している。1916(大正5)年、社名を「研究社」と改称した。
創業当初から、つねに世界に拓かれた出版をモットーとしてかかげ、現在、辞書・書籍・電子の領域において 最高水準の出版物を刊行するための努力を継続中の企業。現在の住所表記:東京都千代田区富士見 2ー11ー3

◉ 研究社印刷 は、
1919年(大正08年)研究社の印刷所として英文図書刊行に備え九段中坂に組版工場設立
1920年(大正09年)牛込区神楽坂に印刷工場新設
1924年(大正13年)改築の為一時飯田町に移転
1927年(昭和 02年)神楽坂印刷工場完成
1939年(昭和14年)吉祥寺印刷工場設立
1947年(昭和22年)富士整版工場設立
1951年(昭和26年)研究社印刷株式会社として分離独立
1984年(昭和59年)富士整版工場、吉祥寺工場を吸収合併し、新座市野火止に新社屋完成

[ 関連: 研究社 HOME   研究社会社案内  研究社印刷株式会社 ]
[ 参考: NOTES ON TYPOGRAPHY  【かきしるす】タイポグラファ群像*01|加 藤 美 方|かとう よしかた 1921-2000

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◉ 第二部 研究社の辞書の奥付をみる ── 武信和英大辞典を中心に
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創業から20年余ののち、小酒井五一郎率いる研究社は画期的な大型辞書に挑戦した。それは武信由太郎編『武信和英大辞典』の刊行であった。当時はまだ英和辞典ですら稚拙なものが多かった時代にあって、いきなり大型の和英辞典の刊行は無謀ともいえた挑戦であった。ところが『武信和英大辞典』は市場で熱狂的な好評を博し、研究社では増刷につぐ増刷を重ねることとなった。

研究社は創業以来、読み物は秀英舎、辞書・辞典類は東京築地活版製造所に組版・印刷を発注することが中心であった。したがって『武信和英大辞典』の当初の印刷担当は「東京市京橋区築地二丁目十七番地 東京築地活版製造所」であった。
印刷者として記録されている「大久保秀次郎」は東京築地活版製造所印刷部門の有能な責任者であったとみられ、岩波書店『漱石全集』の印刷者としてもこの名をみることができる。

研究社は1920年(大正09年)牛込区神楽坂に印刷工場を新設し、1924年(大正13年)改築の為一時飯田町に移転したのち、1927年(昭和 02年)神楽坂印刷工場を完成させている。したがっていつからこれだけの大冊図書を、東京築地活版製造所に代わって組版と印刷をはじめたのかはわからないが、最終図版に紹介した「昭和二年十月一日訂正第五十九版」の印刷所は「東京市麹町区飯田町六丁目一番地 研究社印刷所」となっている。影印からみる限り活字書体は東京築地活版製造所製とみられる。
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昭和15年ころになると、一部に「皇国史観」がみられ、英語は敵性言語とされて排斥される風潮が芽ばえた。また日中戦線が拡大し、太平洋戦争の予感が強まるのにつれて、物資が困窮をきたし、印刷活字界には官制の国民運動「変体活字廃棄運動」が横行した。研究社ももちろんその埒外にあるわけではなく、過酷な移転命令・活字没収・企業合同の荒波に翻弄されることとなった。
残念ながら小酒井英一郎さんによる講演はここで時間切れとなった。戦後の研究社/研究社印刷を中心に、再度の講演を依頼して歓談に移った。

ともあれ、研究社が「英和辞書」にとどまらず、「和英辞書」の刊行に挑んだ功績は大きかった。
また「和英辞書」刊行の功績者として、武信由太郎(たけのぶ よしたろう 1863-1930)の名が知られたことも大きかった。この辞典は、武信没後の1940年に『新和英大辞典』と改題して刊行され、現在にいたるまで研究社の和英辞典として確固たる名声を得ている。
ここでは同様に、三省堂における「漢和辞書」への挑戦も再度記録しておきたい。

わが国における「漢和辞書」成立の功績者は三島 毅(みしま-こわし 中洲と号す。文学博士 1830-1919)である。三島は旧幕臣で、老中板倉勝静の家臣だった人物である。
維新後は多くの碑文を撰し、そこには「東宮侍講從四位勲三等文學博士三島毅」と刻されていることが多い。

三島は重野安繹(しげの-やすつぐ 通称:厚之丞、薩摩藩士、昌平黌にまなぶ。維新後政府の修史事業にあたる。東大教授として国史科を設置。1827-1910)らとともに、三省堂編『漢和大字典』の編纂・監修にあたった。

研究社における「和英辞典」の刊行(大正7年9月25日)と同様に、「国語辞書」の成立に較べると、近代「漢和辞書」の成立は大きく遅れている。
すなわち三島 毅らは、急速に木版刊本の雕字工匠が姿を消した明治時代後半期にあって、活字版印刷術、とりわけ異体字・俗字など、ふつうはもちいられない特殊な漢字活字の開発と発展をまってから、ようやく「漢語 ⇄ 和語 漢和辞典」をつくることができるようになった。

一九〇三(明治三六)年、重野安繹・三島 毅・服部宇之吉監修、三省堂編『漢和大字典』は、清の康煕帝の勅命によって一七一一年に成った『佩文韻府』系(はいぶんーいんぷ 詩をつくったり、ことばの出典を調べる際の参考書。一〇六巻 佩文は康煕帝の書斎名による)の辞典で、その後のわが国の一連の「漢和字典・漢和辞典」の形式を創出した。

[ 参考: 花筏 【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-05 明治産業人掃苔会訪問予定地 戸塚文海塋域に吉田晩稼の書、三島 毅・石黒忠悳の撰文をみる

【良書紹介】「ミツカン水の文化センター」の機関誌|『水の文化』 第62号発刊|特集「 再考 防災文化」

水の文化

『 水 の 文 化 』62号
特集:再考 防災文化
2019年 7月
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日本は災害大国といわれる。堤防が決壊すると浸水してしまう低地に人口の約50%が住み、資産の75%が集中しているからである。そのために古くから治水に投資しつづけ、また幾度もの災害を乗り越えることで、地域特有の備えや知恵も生まれた。

かつて水害が常態化していた時代、人々は水害を「わがこと」と捉えていたはずだ。河川改修などが進んで水害は減ったが、それによって水害をはじめとする防災への意識が薄れてしまったのではないか。
従来の観測記録を上回る短時間強雨が増え、台風も巨大化する兆しがあるなか、今こそみんな(社会全体)で備える必要がある。各地のさまざまな取り組みを見つめることによって、日本人の水害への備え、さらにそれを通じて、これからの防災について考えてみたい。

葛飾区東京の東部を流れる荒川と、荒川の左岸から合流する中川
(ミツカン 水の文化センター WebSite ゟ 提供:葛飾区)

【 詳細 : ミツカン 水の文化センター 】 { 活版アラカルト まとめ }

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|日本・ポーランド国交樹立100周年(1919-2019年)記念事業|スタシス・エイドリゲヴィチウス:イメージ ── 記憶の表象|9月2日-11月9日

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日本・ポーランド国交樹立100周年(1919-2019年)記念事業
スタシス・エイドリゲヴィチウス:イメージ ── 記憶の表象
会  期  2019年9月2日[月]-11月9日[土]
時  間  10:00-18:00(土曜日、特別開館日は17:00閉館)
休  館  日  日曜日・祝日、10月24日[木]、28日[月]
      * 9月16日[月・祝]、23日[月・祝]、10月14日[月・祝]、27日[日]、11月4日[月・祝]は特別開館
入  館  料  無   料
会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 3・4・5、アトリウム 2
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
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ポーランド共和国と日本の国交樹立100周年を記念して、同国を代表するアーティスト、スタシス・エイドリゲヴィチウスを紹介する。本展では彼の50年に及ぶ活動の中から、細密画、パステル画などの絵画作品を中心に、蔵書票、絵本、ポスター、さらに写真や演劇など多角的にスタシス作品を展観する。人物像をめぐって、多様なメディアに描き出されたスタシス作品のイメージ—「記憶の表象」をたどり、その作品の本質と魅力にふれる。

[ 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【展覧会】東京藝術大学大学美術館|円山応挙から近代京都画壇へ|前期:8月3日-9月1日 後期:9月3日-9月29日

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東京藝術大学大学美術館
円山応挙から近代京都画壇へ
会  期  前期:2019年8月3日[土]-9月  1日[日]
      後期:2019年9月3日[火]-9月29日[日]
      前期後期で大展示替え! * ただし、大乗寺襖絵は通期展示
開館時間  午前10時 – 午後5時(入館は閉館の30分前まで)
休  館  日  月曜日 * 月曜日が祝日または振替休日の場合は開館、翌日休館
会  場  東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2、3、4
観  覧  料  一般1,500円、高校・大学生1,000円、(中学生以下は無料)
主  催  東京藝術大学、朝日新聞社
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江戸時代、京都では、伝統的な流派である京狩野、土佐派をはじめとして、池大雅や与謝蕪村などの文人画、近年一大ブームを巻き起こした伊藤若冲や曽我蕭白、岸駒を祖とする岸派や原在中の原派、大坂でも活躍した森派など、様々な画家や流派が群雄割拠のごとく特色のある画風を確立していました。しかし、明治維新以降、京都画壇の主流派となったのは円山・四条派でした。円山・四条派とは、文字通り円山派と四条派を融合した流派です。

円山派の祖である円山応挙が現れたことで京都画壇の様相は一変しました。応挙が得意とした写生画は画題の解釈を必要とせず、見るだけで楽しめる精密な筆致が多くの人に受け入れられ、爆発的な人気を博しました。京都の画家たちはこぞって写生画を描くようになり、応挙のもとには多くの門下生が集まって、円山派という一流派を形成しました。

四条派の祖である呉春は、初め与謝蕪村に学び、蕪村没後は応挙の画風を学んだことで、応挙の写生画に蕪村の瀟洒な情趣を加味した画風を確立しました。呉春の住まいが四条にあったため四条派と呼ばれたこの画風は、弟の松村景文や岡本豊彦などの弟子たちに受け継がれ、京都の主流派となりました。呉春が応挙の画風を学んでいる上、幸野楳嶺のように円山派の中島来章と四条派の塩川文麟の両者に師事した画家も現れたこともあり、いつの頃からか円山派と四条派を合わせて円山・四条派と呼ぶようになりました。

応挙・呉春を源泉とする円山・四条派の流れは、鈴木百年、岸竹堂、幸野楳嶺等へと受け継がれ、それぞれの門下から、近代京都画壇を牽引した竹内栖鳳、山元春挙、今尾景年、上村松園等を輩出しました。彼らは博覧会や、日本で初めての公設美術展覧会である文部省美術展覧会で活躍し、全国に円山・四条派の名を広めました。一方で、栖鳳たちは、自身の塾や、教鞭を執った京都府画学校や京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校で多くの近代京画壇の発展に資する後進たちを育てています。
本展では、応挙、呉春から戦前までの系譜を丁寧に追うことで、円山・四条派の全貌に迫るとともに、日本美術史のなかで重要な位置を占める京都画壇の様相の一端を明らかにするものです。

[ 詳細: 東京藝術大学大学美術館  公式サイト  https://okyokindai2019.exhibit.jp/

【展覧会】東京国立博物館|日中文化交流協定締結40周年記念|特別展「三国志」|7月9日-9月16日

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日中文化交流協定締結40周年記念特別展「三国志」 
会  期  2019年7月9日[火]-9月16日[月・祝]
会  場  東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間  9:30-17:00(入館は閉館の30分前まで)
      * ただし、会期中の金曜・土曜は21:00まで開館)
休  館  日  月曜日、7月16日[火]
      * 7月15日[月・祝]、8月12日[月・休]、9月16日[月・祝]は開館
観覧料金  一般1,600円、大学生1,200円、高校生900円、中学生以下無料
主  催  東京国立博物館、中国文物交流中心、 N H K、N H K プロモーション、朝日新聞社──────────────
本展は、「リアル三国志」を合言葉に、漢から三国の時代の文物を最新の成果によって読み解きます。2世紀末、漢王朝の権威がかげりをみせるなか、各地の有力武将が次々に歴史の表舞台へと躍り出ました。そうして魏、蜀、呉の三国が天下を分かち、新時代へと向かう大きなうねりとなりました。近年、三国志をめぐる研究は「曹操高陵-そうそうこうりょう」の発掘など空前の活況を呈しています。それらは実物ならではの説得力と、歴史書や物語をしのぐ迫力があります。

[ 詳細: 東京国立博物館

【展覧会】東洋文庫ミュージアム|漢字展 ― 4000年の旅|2019年5月29日ー9月23日

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東洋文庫ミュージアム 
漢字展 ― 4000年の旅
会  期  2019年5月29日[水]ー9月23日[月・祝]
会  場  東洋文庫ミュージアム
〒113ー0021  東京都文京区本駒込2ー28ー21
電話:03-3942-0280
料  金  一般 900円 / 65歳以上 800円 / 大学生 700円 / 中・高校生 600円 / 小学生 290円
イベント開催中の休館日
火曜日(火曜日が祝日の場合は翌平日)※9/13[金]は14:00最終入館、15:00閉館──────────────
古代中国で誕生した漢字は、世界史上もっとも字数が多い文字といわれています。日本へは5世紀頃に伝来し、日本語の発達および学問、文化と切り離せない存在です。

本展では、漢字の成り立ち、漢字文化圏の広がり、日本における漢字文化、文字の由来など、日常的に使っていながら意外と知らないことの多い漢字にまつわる様々な知識を、国宝を始めとする文化財を中心とした展示によって分かりやすく紹介いたします。

[ 詳細: 公益財団法人 東洋文庫

【展覧会】ギンザ・グラフィック・ギャラリー|第375回企画展|Sculptural Type コントラプンクト|08月30日ー10月12日

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ギンザ・グラフィック・ギャラリー第375回企画展
Sculptural Type コントラプンクト
2019年08月30日[金]ー10月12日[土]

会 場
東京都中央区銀座7-7-2  DNP 銀座ビル 1 F
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(g g g)
TEL:03-3571-5206/FAX:03-3289-1389
11:00 am-7:00 pm
日曜・祝日休館/入場無料
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シェアツイートURLコピーギンザ・グラフィック・ギャラリーでは「Sculptural Type」と題して、2001年以来2度目の登場となるデンマークのデザイン会社、コントラプンクトの展覧会を開催いたします。
これまでに多数の企業のオリジナルのタイプデザインを手がけてきた Kontrapunkt(コントラプンクト)。「私たちにとって、タイプ(書体)デザインは彫刻のように物語る一つの形であり、しかもそのストーリーはここで終わるのではありません」とコントラプンクトのボー・リネマンは語ります。
彼らが手がけた10のプロジェクトを紹介する今回の展覧会を通じて、今一度、書体に対する見方を考え直し、日々それとなく使っているタイプデザインに違った見方ができるようになり、一人一人がタイプデザインを見直す機会になればと思っています。

◎コントラプンクト
北欧のリーディングデザインエージェンシー。35年の歴史の中で、政府機関、インフラ、NGO、文化団体から大企業に至るまで、多数のブランディングを手がける。世界中のデザイン賞も多数受賞。グラフィックデザインから、空間デザイン、タイポグラフィ、デジタルと多岐にわたるエリアのデザインでブランディングを一貫して手がけている。
2015年には日本法人も設立。機能美がありつつ、心の琴線に触れるデザインを基本とし、国境や文化を超え、時を超えるようなデザインを得意とし、日本の企業のブランディングデザインも多数手がける。

【詳細: ggg ギャラリー 】

【展覧会】山種美術館|広尾開館10周年記念特別展|大観・春草・玉堂・龍子 ─ 日本画のパイオニア|8月31日ー10月27日

20190726204637_00002 20190726204637_00003山種美術館 広尾開館10周年記念特別展
大観・春草・玉堂・龍子 ── 日本画のパイオニア
会  期  8月31日[土]ー10月27日[日]

会  場  山種美術館
主  催  山種美術館、朝日新聞社
開館時間  午前10時-午後5時 (入館は午後4時30分まで)
休  館  日  月曜日
      9/16日、9/23日、10/14日[月]開館、9/17日、9/24日、10/15日[火]休館)
入  館  料  一般 1200円・大高生 900円・中学生以下無料
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山種美術館では広尾開館10周年を記念して、近代日本画を代表する4人の画家、横山大観(よこやまたいかん、1868ー1958)・菱田春草(ひしだしゅんそう、1874ー1911)・川合玉堂(かわいぎょくどう、1873ー1957)・川端龍子(かわばたりゅうし、1885ー1966)の作品を一堂に展示し、ご覧いただく展覧会を開催します。

大観・春草・玉堂・龍子はいずれも、伝統をふまえながら新しい時代に即した絵画を模索し、日本画の発展を導きました。一方で、彼らの主な活動の場は異なっています。大観と春草は日本美術院において、さまざまな技法や表現を試み、革新的な日本画を生み出しました。玉堂は官展を中心に活躍し、日本画における風景表現に新境地を拓いています。また、龍子は、再興日本美術院を脱退して自ら主宰する青龍社を創立、大画面の迫力ある作品を発表して画壇にインパクトを与えました。これら4人の画家に焦点をあて、彼らの画業をたどりながら、近代日本画の歩みを振り返ります。

さらに、晩年の大観・玉堂・龍子の三人による松竹梅展(1955ー1957年、画廊・兼素洞で開催)にも注目します。松竹梅展は当館創立者・山﨑種二の希望により企画された展覧会です。種二は彼らと交流を重ねながら作品を蒐集していました。

本展では、当館所蔵の松竹梅展の作品を全点展示するとともに、南画とやまと絵を融合させた大観《作右衛門の家》、光や空気の描出に挑んだ「朦朧体ーもうろうたい」の代表作である春草《釣帰(ちょうき)》、田園の情景を生き生きと表した玉堂の《早乙女》、第1回青龍展に出品された記念碑的な龍子《鳴門》など、山種コレクションから各画家の珠玉の作品をご紹介します。近代日本画のパイオニアとして画壇を牽引した、大観・春草・玉堂・龍子の競演をお楽しみください。
* 文中の作品はいずれも山種美術館蔵。

[ 詳細: 山種美術館

【会員情報】「活版TOKYO 2019」|8月30日・31日、9月1日|会員多数参加・ご参観を

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OLYMPUS DIGITAL CAMERAOLYMPUS DIGITAL CAMERA会場写真は前回のものです

活版TOKYO 2019」  
日  程  2019年8月30日[金]、31日[土]、9月1日[日] 雨天決行
時  間  30日[金]12:00-19:00、31日[土]・9月1日[日]11:00-17:00
会  場  神保町三井ビルディング 1 F エントランス/千代田区神田神保町1-105 
                      テラススクエア 1 F、2 F/千代田区神田錦町3-22
料  金  入場無料
主  催  活版TOKYO運営事務局
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活版 TOKYO とは、活版印刷という昔ながらの技術に再び光を当て、活版印刷の魅力を様々な世代の人達に知って欲しいという思いから、2015年より始まったイベントです。製版業者やデザイナーなど、印刷に関わる作り手と、印刷や紙に興味のある方が直接出会い、より身近に活版印刷の魅力を感じ触れていただく場として、今回で5回目の開催となります。 活版 TOKYO は、これからの活版印刷の在り方を様々な形で発信していきます。

[詳細・問いあわせ先:活版 TOKYO 運営事務局 担当:東條 E-mail:info@kappan.tokyo ]

【会員情報】長崎大村市つじ印刷:辻 義宣さん|坂本龍馬の大ファン|Viva la 活版 ばってん 長崎の思いで写真

20190729185004_00001亀山社中記念館 市販絵はがきゟ(高知県立坂本龍馬記念館提供)
20190729185004_00002坂本龍馬立像(長崎市亀山社中記念館)市販絵はがきゟ

2016年05月 Viva la 活版  ばってん 長崎 開催
早いものです、あれから三年。長崎県大村市に新会員が誕生

b8e5804fb494123badf17905fc073dec-723x1024 b0612f29a783c99675385c03b72c3288-724x10242016年5月6-8日《Viva la 活版  ばってん 長崎》は五月晴れの長崎で開催されました。
主会場は長崎県印刷会館の四階と一階を拝借してのイベントでしたが、全国各地からサラマ・プレス倶楽部会員が長崎に集結して、とてもにぎやかなイベントでした。
ご存知のように、長崎はわが国の近代活版印刷術導入の地であり、本木昌造や平野富二をはじめ、多くの印刷人ゆかりの地であります。その「長崎」においてのイベント開催は、活版印刷の「知と技と美」を研鑽されてきた造形者の皆さんにとって、集大成の、そしてまた、あらたなる進化・発展の第一歩となりました。
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新会員:株式会社 つじ印刷 代表取締役社長:辻 義宣 さんは、長崎空港にちかい大村市を本拠地として MANBOW 事業部、福岡営業所などを併設されています。そして大の坂本龍馬ファントして、自社のレターヘッドにも坂本龍馬像を用いるほどの入れ込み様です。今回は「長崎市亀山社中記念館」市販の絵はがきをたくさんお送りいただきました。
《Viva la 活版  ばってん 長崎》の「崎陽探訪・活版さるく」では、風頭山の伊良林公園も訪問しましたが、亀山社中記念館は前を通りすぎて、寺町通りの禅林寺方向に向かって歩きましたから、この絵はがきは初見でした。

辻さんご提供の絵はがきとともに、三年前のおもいでの地:長崎と「崎陽探訪・活版さるく」の折の写真を紹介いたします。[写真提供:春田ゆかり会員]

6-10-49199 6-6-49192 DSC00679 DSC00681 6-5-49191 DSC00694 DSC00700 6-11-49201-02 DSC00676 6-12-49202-02

【展覧会】山種美術館|広尾開館10周年記念特別展|生誕125年 速 水 御 舟|6月8日-8月4日

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山種美術館 広尾開館10周年記念特別展
生誕125年 速 水  御 舟
会  期  6月8日[土]-8月4日[日]
      * 会期中一部展示替えあり(前期:6/8-7/7、後期:7/9-8/4)
会  場  山種美術館
主  催  山種美術館、日本経済新聞社
開館時間  午前10時-午後5時 (入館は午後4時30分まで)
休  館  日  月曜日
入  館  料  一般 1200円・大高生 900円・中学生以下無料
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20190726204316_00001速水御舟「昆虫二題」《粧蛾舞戯》1926(大正元)年 山種美術館蔵
山種美術館市販の絵はがきゟ
20190726204316_00002速水御舟「炎舞」[重要文化財]1925(大正14)年(山種美術館蔵)
山種美術館市販の絵はがきゟ
20190726204316_00003速水御舟「桃花」1923(大正122)年(山種美術館蔵)
山種美術館市販の絵はがきゟ
日付と署名・落款に「瘦金体」の書がみられる。NOTES ON TYPOGRAPHY で別途紹介。

本年は、日本画家・速水御舟(はやみ ぎょしゅう 1894-1935)の生誕から125年、そして山種 美術館が現在の渋谷区広尾の地に移転し開館してから10年目にあたります。この節目の年を記念し、当館の「顔」となっている御舟コレクションの全貌を紹介する展覧会を開催いたします。

当館創立者の山崎種二(1893-1983)は御舟とは一つ違いでしたが、御舟が40歳という若さで早世したため、直接交流することがかないませんでした。しかし、御舟の芸術を心から愛した種二は、機会あるごとにその作品を蒐集し、自宅の床の間にかけて楽しんでいました。
一方、御舟は23歳の若さで日本美術院同人に推挙され、横山大観や小林古径らにも高く評価された画家。

「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い」
という御舟の言葉どおり、彼は生涯を通じて、短いサイクルで次々と作風を変えながら、画壇に新風を吹き込んでいきました。

御舟は40年という短い生涯に、およそ700余点の作品を残しましたが、その多くが所蔵家に秘蔵されて公開されることが少なかったため、「幻の画家」とも称されていました。1976年、旧安宅産業コレクションの御舟作品105点の一括購入の相談が種二のもとに持ち込まれ、種二は購入の決断をします。その結果、すでに所蔵していた作品とあわせて計120点の御舟作品が山種美術館の所蔵となり、以来当館は「御舟美術館」として親しまれてきました。

本展では、御舟の代表作ともいえる《炎舞》、《名樹散椿》(ともに重要文化財)をはじめとして、《錦木》など初期の作品から《牡丹花(墨牡丹)》など晩年の作品まで、各時代の作品をまとめてご覧いただきます。
当館の御舟コレクション全点公開は2009年の広尾開館以来10年ぶりとなります。この機会に、御舟芸術の真髄をお楽しみください。

[ 詳細: 山種美術館

 { 新 塾 餘 談 }

IMG_20190726_165751美術鑑賞の余韻のなかで過ごす心地よいカフェ Cafe 椿
山種美術館へご来館のお客様に、上質なくつろぎのひとときをお過ごしいただける
カフェ「Cafe 椿」は、御舟作品の白眉《名樹散椿》(重要文化財)からネーミングさ
れました。季節や開催中の展覧会にちなんだオリジナルメニューをご用意しています。

青山の老舗菓匠「菊家」に特別にオーダーした Cafe 椿オリジナル和菓子ほか、素材
と季節感にこだわった女性にやさしいランチメニューもおすすめです。ガラス越し
にまるでオープンカフェのように季節のうつろいがよく眺められる、42席の静かな
スペース。お気軽にお立ち寄りください。
山種美術館ツィッター山種美術館 2016年11月13日のツィターゟ
日付と署名・落款に「瘦金体」の書がみられる。NOTES ON TYPOGRAPHY で別項紹介。

ちなみに山種美術館:山崎妙子館長は、実家の証券会社で働くために、慶應義塾大学経済学部を卒業。その後、山種美術館を継ぐために、東京藝術大学の大学院で修士・博士課程を修了。大学院での研究テーマは早見御舟 ── という努力のひとです。また皇太子(現天皇)のお妃候補でもあったと仄聞します。

現在、山種美術館にあれだけお客さんが来るようになったのは、ひとえに山崎妙子館長ご自身のメディアへの露出と、広報活動によるものが大きいと感じながら展観しました。[大石]

【展覧会】渋谷区立松濤美術館|美ら島からの染と織 ── 色と文様のマジック|8月10日-9月23日

松濤03 無題松濤04渋谷区立松濤美術館
美ら島からの染と織 ── 色と文様のマジック
会  期  8月10日[土]-9月23日[月・祝]
      * 会期中展示替えがあります
      A期 8/10-25 B期 8/27-9/8 C期 9/10-23
入  館  料  一般500円、大学生400円、 高校生・60歳以上250円、小中学生100円
休  館  日  月曜日 * ただし、8月12日、9月16日、23日は開館、8月13日(火)、9月17日(火)
主  催  渋谷区立松濤美術館
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沖縄は明治時代以前には琉球王国として栄え、そこでは独自の染織文化が花開きました。本展では、紅型をはじめとする、最高の質を誇る国宝の琉球国王尚家伝来の染織品を中心に、芭蕉布、上布などの優品を展示し、同地で発達した高度な染織文化をご紹介します。
また紅型の道具や文様見本帖などによってその技法の一端にふれ、染織文化への理解を深めていただきます。そして、今日までこうした技術が伝承されてきていることをふまえ、人間国宝の作家らによる現代の最高峰の諸作品により、沖縄の染織の現状もあわせて展覧します。

本展覧会は、沖縄県立博物館・美術館、一般財団法人沖縄美ら島財団および那覇市歴史博物館の全面的なご協力とそのコレクションにより構成いたします。通常の展覧会では国内各所からの出品が多いなか、本展覧会の出品はすべて制作地に直接由来する沖縄からのものであり、この点が大きな特色となります。

[ 詳細: 渋谷区立松濤美術館

【艸木風信帖】空中庭園に謎のキノコが大量発生|連日異常繁殖展開中|灼熱の夏よ早く来たれ

コガネキヌカラカサタケかねがね雑艸という名の艸は無いといいつづけてきた。ところがことしの異常気象 ── 気温の低下と長雨にはいささか困惑している。「海の日」を過ぎても梅雨があけず、吾が空中庭園では、なんと謎のキノコが大量発生した。

高層階のベランダの内側に固定して設置してある小型の植木鉢だが、写真は鉢植えのランタナ(パニックドーム)の咲き終わりの姿で、右は蚊よけの「蚊連艸」である。
長雨で水遣りは控えていたつもりだったが、昨週週末にニョキッとキノコの発生をみた。7月21日[日]は参議院議員選挙で、投票から戻ったらニョキニョキと、もっとたくさん生えていた。

さっそくノー学部が「きのこ図鑑」で調べたところ「コガネキヌカラカサコケ」ではないかと診断した。

ウィキペディア ゟ
和名:コガネキヌカラカサタケ 英名:flowerpot parasol ,  plantpot dapperling
コガネキヌカラカサタケ (黄金絹唐傘茸  Leucocoprinus birnbaumii )は、ハラタケ目ハラタケ科に属するキノコである。 
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熱帯性であり、沖縄などでは夏から秋にかけ、植え込み、芝生の上、室内の植木鉢などあらゆる場所に発生する。傘は綿くず状の片鱗に覆われ、高さは 7 cm ほど。腐葉土など養分の多い土壌を好み、本州でも見られるが、自生はせず、熱帯地方から持ち込まれた腐葉土に混ざった菌から発生することが多い。子実体の色はおおむね白褐色から黄色になる。
<食  毒>
本種に関する詳しい文献はまだ少なく、食毒不明として扱われているが、その一方で非常に美味であるともいわれる。詳しいことはわかっていないので食べるべきではない

サラマ・プレス倶楽部では、かつてはこの「海の日」の三連休にさまざまなイベントを実施していた。ところが地球温暖化がやかましくなり、2013年のこの時期のイベントは、東京をはなれ、北海道美唄市で<Viva la 活版  Viva 美唄>を展開した。このときは北海道でも例年にない暑さということで、来場者もスタッフも疲労困憊状態となったので、それ以降夏のイベントは控えるようにしていた。
[ 関連: 活版 à la carte Viva la 活版  Viva 美唄

最近は新潟での地震があり、長崎五島列島では渇水をうれえていたら、集中豪雨に見舞われ、全島避難騒ぎとなったという。全国各地にサラマ・プレス倶楽部の会員が増えてきた今、どの地域・地方でも、つつがなく梅雨が明け、蟬がうるさく啼きつのる猛暑の夏を待つきょうこのごろである。
[関連:活版 à la carte 【Lingua Florens 草木風信帖】雨にうたえば|合歓木/サルビア・ガランチカ/ニオイバンマツリ(匂蕃茉莉)|ことしも元気に開花中

【展覧会】渋谷区立松濤美術館|華めく洋食器 大倉陶園100 年の歴史と文化|6月8日-7月28日

松濤01 松濤02渋谷区立松濤美術館
華めく洋食器
大倉陶園100 年の歴史と文化
会  期  2019年6月8日[土]-7月28日[日]
入  館  料  一般500円、大学生400円、 高校生・60歳以上250円、小中学生100円
休  館  日  月曜日
主  催  渋谷区立松濤美術館、神奈川新聞社
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1919(大正8)年に大倉孫兵衛、和親父子によって創設された大倉陶園は、日本を代表する洋食器メーカーとして、今日まで世界に誇る製品を生み出し続けてきました。本展は、同園の優れたデザインや品質を紹介するとともに、多くの財界人や老舗ホテル等のために製作された作品を展示し、日本の洋食器文化における大倉陶園の役割を探ります。また、最新の調査結果を反映し、これまで知られることのなかった創業当時の様子を伝える資料も併せてご覧いただきます。

[ 詳細: 渋谷区立松濤美術館 ] *会期中展示替えがあります

【展覧会】目黒区美術館|太田喜二郎と藤井厚二 ─ 日本の光を追い求めた画家と建築家 ─|7月13日-9月8日

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目黒区美術館
太田喜二郎と藤井厚二
── 日本の光を追い求めた画家と建築家 ──
会  期  2019年7月13日[土]-9月8日[日]
休  館  日  月曜日
* 7月15日[月・祝]、8月12日[月・休]開館。7月16日[火]、8月13日[火]休館

時  間  10:00-18:00(入館は17:30まで)
観  覧  料  一般 1,000円、大高生・65歳以上 800円、小中生以下 無 料
主  催  公益財団法人目黒区芸術文化振興財団 目黒区美術館、 読売新聞社、美術館連絡協議会
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京都を代表する洋画家 太田喜二郎(1883-1951)は、東京美術学校卒業後、師 黒田清輝の勧めでベルギーに留学し、帰国後は、 点描表現で農村風景を描いた明るい洋画で注目を集めたことが知られています。点描表現や印象派を日本にもたらした画家として、紹介、研究されてきましたが、1917 年頃より、点描を棄て平明な洋画へと画風を変貌させて以後のことについては、従来、十分な研究がされてきたとはいえませんでした。しかし、近年、太田 の幅広い人間関係を評価し、太田と他分野との深い関係の研究が進められています。

2017 年には、太田と京都帝国大学の考古学者 濱田耕作の関係を取り上げた京都文化博物館による「京都の画家と考古学-太田喜二郎と濱田耕作-」展が開催されました。そのほか、東洋史学者の内藤湖南や羽田 亨など、大正期の太田がさまざまな研究者と密接な交流を持っていたことが徐々に紐解かれています。さらに 京都大学工学部講師として建築学科で太田がデッサンを教えていたことにより、武田五一や藤井厚二 (1888-1938) などの建築家とも親しい関係にあったことが明らかになってきました。

大正期、京都に建築された《太田邸》(1924 年竣工)は、藤井の設計によるもので、北側採光をうまく取り入れたアトリエを持つモダンな住宅です。この太田家の設計に関する藤井のスケッチや、藤井との交流の様子を示す絵巻物・書簡などの所在が確認されるなど、京都文化博物館の研究チームによる調査が進んでいます。

広島県福山市に生まれた藤井は、東京帝国大学の建築科を卒業後、竹中工務店を経て京都帝国大学建築学科に着任します。海外視察の時に見聞した西洋の様式と日本の気候風土を融合させた環境工学を研究し、「日本の住宅」を追求しました。その究極が、何度も実験を繰り返した京都大山崎にある自邸《聴竹居》(重要文化財)です。日本の住宅にモダンな要素が加わった上に、構成が斬新なこの自邸は、自然の環境をとりこんだ空間として、近年話題になっている建築です。

本展は、太田研究を進めている京都文化博物館と、収集方針の一つに日本人美術家の滞欧米作をあげ、太田の滞ベルギー作品を収集し、さらに建築やデザインに関する展覧会を積極的に開催している目黒区美術館との共同研究により開催します。

[ 詳細: 目黒区美術館

【展覧会】武蔵野美術大学 美術館・図書館|くらしの造形20「手のかたち・手のちから」|8月9日-9月21日

20190719150722_00001 20190719150722_00002武蔵野美術大学 美術館・図書館
くらしの造形20
「手のかたち・手のちから」
会  期  2019年8月9日[金]-9月21日[土]
時  間  10:00-18:00(土曜日、特別開館日は17:00閉館)
休  館  日  日曜日、祝日 * 8月18日[日]、9月16日[月・祝]は特別開館
入  館  料  無  料
会  場  武蔵野美術大学美術館 展示室 1・2、アトリウム 1
主  催  武蔵野美術大学 美術館・図書館
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「手」の役割は人類誕生から今まで多様に展開したが、その重要性は変わりない。
本学教養文化・学芸員課程教授である神野善治の調査チームは 8 年にわたり、福井県若狭地方の三方石観世音に奉納された 6 万点余の「手足形」の調査を行った。
その造形の魅力を紹介しつつ、人間のくらしを支える「手」の働きが道具に展開するあり方をとらえ直す。

[ 詳細: 武蔵野美術大学 美術館・図書館

【会員情報】「活版TOKYO 2019」|8月30日・31日、9月1日|会員多数参加・ご参観を

logo2 OLYMPUS DIGITAL CAMERA OLYMPUS DIGITAL CAMERA会場写真は前回のものです

活版TOKYO 2019」  
日  程  2019年8月30日[金]、31日[土]、9月1日[日] 雨天決行
時  間  30日[金]12:00-19:00、31日[土]・9月1日[日]11:00-17:00
会  場  神保町三井ビルディング 1 F エントランス/千代田区神田神保町1-105
                      テラススクエア 1 F、2 F/千代田区神田錦町3-22
料  金  入場無料
主  催  活版TOKYO運営事務局
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活版 TOKYO とは、活版印刷という昔ながらの技術に再び光を当て、活版印刷の魅力を様々な世代の人達に知って欲しいという思いから、2015年より始まったイベントです。製版業者やデザイナーなど、印刷に関わる作り手と、印刷や紙に興味のある方が直接出会い、より身近に活版印刷の魅力を感じ触れていただく場として、今回で5回目の開催となります。 活版 TOKYO は、これからの活版印刷の在り方を様々な形で発信していきます。

[詳細・問いあわせ先:活版 TOKYO 運営事務局 担当:東條 E-mail:info@kappan.tokyo

【Lingua Florens 草木風信帖】雨にうたえば|合歓木/サルビア・ガランチカ/ニオイバンマツリ(匂蕃茉莉)|ことしも元気に開花中

IMG_2259ネムノキ(合歓木)この時期もっとも楽しめる大型の花。

天候不順の日々が続くきょうこのごろ、 Lingua Florens では艸木が懸命に花をつけています。
ここはビルの谷間で、直射日光は快晴でも一日に十五分ほどしか射し込まず、水はけも好ましくはない小庭です。

こちらの Lingua Florens へ朗文堂の移転計画を発表してから早くも半年余が経過。ところが計画は遅遅としてすすまず、いまだに活版印刷関連機器と、相当量の活字で溢れかえっています。
とりわけ欧文活字は大型のダブル・ケースに入ったまま積みかさなっているために、その特別収納ケースを活版木工所に依頼して製作しています。別寸特製となるため価格も馬鹿にならず、追加でいくつ製作してもまだまだ収納が済む見通しがたちません。
それでも艸木は吾関せずとばかり、長雨もものともせずに花をつけています。

IMG_2262日照時間が少なくても、今一番元気なサルビア・ガランチカ

IMG_2252 IMG_2255 IMG_2257ニオイバンマツリ(匂蕃茉莉)── 癖のある独特の匂いがするが花は可憐
開花直後は赤紫であるが、次第に純白になっていく。
合歓木と同様に、どちらも巨木になるので、大型の鉢植えにしている。

【 JAGDA Topics 】「ヒロシマ・アピールズ」ポスター2019年版|澁谷克彦氏が制作

JAGDA Topics
「ヒロシマ・アピールズ」ポスター2019年版は澁谷克彦氏が制作
JAGDA は、ヒロシマ平和創造基金および 広島国際文化財団との共催により、ことばを超えて「ヒロシマの心」を訴えるポスターキャンペーン「ヒロシマ・アピールズ」を実施しています。
毎年 JAGDA 会員 1 名がポスターを制作し、広島市長に贈呈するとともに、国内外に広く頒布することで平和を希求する活動です。
この 度、澁谷克彦氏(東京)による2019年版のポスター(シリーズ22作目)が完成しました。HA2019

タイトル:「希望」
デザイン:澁谷克彦

主 催:公益財団法人ヒロシマ平和創造基金
    一般財団法人広島国際文化財団
    公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)広島地区

制作者コメント ── 渋谷克彦
被爆直後の広島を描いた本に、“ 羽の焼けたつばめは空を飛べなくなって ピョンピョンと地面を歩いて ” いたと記されていた。もちろん爆心地を飛んでいたものたちは跡形もなくなってしまっただろうが、どの鳥より素早いつばめが羽を焼かれてしまうことこそ、原爆の一瞬の威力に他ならない。巣の中の雛たちは、飛べなくなった親を待ち続けたのか。
広島に原爆が落ちて長い時間が経ち、市民の多くは被爆した人々の子供や孫の世代になった。しかしそのとき壊されたものは彼らの心身に入り込み、終わりはなく、そこにこの原子爆弾というものの異様さを感じる。
子供は未来への希望。新しい世代をとりまく世界が平和であり続けるため、少しでも多くの人が世界の大人たちに広島の物語を語り伝えて欲しいと、そんな思いをポスターに込めた。

制作者略歴
澁谷克彦 Katsuhiko Shibuya
東京生まれ。1981年東京藝術大学デザイン科卒業、同年株式会社資生堂宣伝部入社、多くの広告やブランドのクリエイティブディレクション、アートディレクション、CI、グラフィックデザインを手がける。2012年同社の宣伝・デザイン部長およびエグゼクティブクリエイティブディレクター、2017年よりフリーランスとして活動。

【 詳細: JAGDA 広島地区

【展覧会】国立公文書館|令和元年度 第 2 回企画展|「雨に詠えば ― 空模様の古典文学 ―」|7月27日-9月8日

公文書館01 公文書館02国立公文書館
令和元年度 第2回企画展|「雨に詠えば ― 空模様の古典文学 ―」
会  期  令和元年7月27日[土]-9月8日[日]
開館時間  月-日曜日 午前9時15分-午後5時00分
      * 期間中無休 入館は閉館30分前まで
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料  無   料
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雨 ── それは季節や時間でさまざまに表情を変え、恵みをもたらすこともあれば、人々の生活を脅かすこともあります。古くから日本人はこの雨の変化に心を配り、時には和歌や物語に描くことで、さまざまな感情を託してきました。
本展では身近な気象現象である雨をテーマに、上代から近世までに成立したさまざまな古典文学をご紹介します。
0107_01万 葉 集
本資料は慶長年間(1596-1615)に出版された『万葉集』で、徳川家康に仕えた学者である林羅山(1583-1657)が所蔵していたものです。
掲載の巻十には七夕の日の雨を詠んだ歌が収められており、画像の一首目は天の川を渡る彦星の船から散る櫂の雫-かいのしずく-を例えたものです。

0107_02 (1)源 氏 物 語
本資料は承応 3 年(1654)に挿絵入りで出版された『源氏物語』で、紅葉山文庫 に所蔵されていたものです。
画像は「帚木ーほうきぎ」より、夏の雨の晩に光源氏らが集まり、女性の品評や思い出話を語り合う「雨夜の品定め」の場面です。
0107_03曾 我 物 語

父の仇討ちを誓った曾我十郎・五郎の二人の兄弟を描いた『曾我物語』は、鎌倉時代に実際に起きた事件を元に成立しました。主人公の二人が仇討ちを決行するクライマックスは、五月の雨の晩。本資料は貞享4年(1687)に挿絵入りで出版されたもので 紅葉山文庫 の旧蔵です。

【 詳細: 国立公文書館

【さようなら】有限会社東信堂印刷所:桜井孝三さん|ご報告:2019年6月14日 逝去されました|1934-2019

20190710201627_00001桜 井  孝 三
1934年(昭和09)6月22日-2019年(令和元)6月14日 享年84

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【 桜  井  孝  三 】

昭和09年(1934)東京都台東区浅草に生まれた。第二次世界大戦にともなう強制疎開により、長野県埴科郡雨宮縣村(現・千曲市雨宮-あめのみや)の母方の実家で育ち、昭和25年の春中等教育を終えて上京。
浅草一帯は焼亡していたため、印刷会社の見習いをしながら、夜学の都立小石川工業高校印刷科に学ぶ。10年間活版印刷の植字工・印刷工として勤務したのち、昭和35年(1955)04月、26歳で調布市上石原で東信堂印刷所を創業。社名の由来は「東京でうまれ、信州で育った」ことにちなんで有限会社「東信堂」とした。

昭和55年(1980)から四年間、東京都印刷工業組合三多摩支部長を務め、没年まで顧問。また東京都印刷工業組合本部理事を務める。その傍ら、『多摩の印刷史』編纂委員長、『東京の印刷組合百年史』「画像集篇」の史料収集を担当。平成11年(1999)東京都印刷工業組合三多摩支部『創立50周年記念誌』編集長。
この間、幕末・明治初期の洋式活版印刷術の研究に没頭。また近藤勇の生家が東信堂印刷所から至近の地にあったため、新選組の史実の究明に励む。
amenomiya遺著となった『雨宮 アメノミヤ の渡し ─ 詩碑建立の真実』(印刷・発行/有限会社東信堂印刷所  A5判  224ページ  上製本)は、川中島合戦において、上杉陣が千曲川、雨宮の渡しを渡河したのを記念して、賴 山陽-らい さんようーの「鞭声粛々」の詩を石に刻み、後世に残そうと建てられた「鞭声の詩碑」の調査研究書である。
[関連:【会員情報】図書紹介/高松宮殿下御視察の川中島古戦場『雨宮の渡し ── 詩碑建立の真実』 桜 井 孝 三 著 印刷・発行/東信堂印刷所 2018年07月31日

{「平野富二生誕の地」碑建立有志会}には率先して参加、終始協力されていた。また2018年(平成30「平野富二生誕の地建立記念祭」には講演担当を申し出るほどお元気だったが、秋口から躰調を崩され、11月のイベントには訪崎を断念。その後「間質性肺炎」と診断されて入院加療につとめたが、薬石効なく2019年(令和元)6月14日逝去された。
枕もとには完成直後の『平野号』が置かれていた。
葬儀は密葬をもっておこなわれ、有限会社東信堂(182-0035 東京都調布市上石原1-31-10 電話 042-485-2131)は、子息:桜井伸昭氏が社長に就任してその事業を継続中である。

【桜井孝三 執筆作品記録】

◎ 活版印刷関係

9995ff87a10127b11b4daaa0f529bd33 2015.9.19学会レクチャー_ページ_09陽其二陽  其 二 肖像(桜井孝三提供)

  • 「本木活字をたずねて」『印刷雑誌』1988年10月
    (印刷学会出版部刊)
  • 「適塾門下生調査資料(湯浅芳斎)」『適塾』No.21
     1988年11月(適塾記念会刊)
  •  「幕末における本木昌造の書物と活字」(1)『印刷雑誌』
     1989年1月号(印刷学会出版部刊)
  •  「幕末における本木昌造の書物と活字」(2)『印刷雑誌』
     1989年2月号(印刷学会出版部刊)
  •  「『横浜毎日新聞』は木活字で創刊」『印刷雑誌』
     1990年9月号(印刷学会出版部刊)
  • 「横浜活版社の出版活動と陽 其ニ」『印刷雑誌』
     1990年10月号(印刷学会出版部刊)
  •  「幕末・八王子の活字版蘭書」『アステ』No. 9
     1991年11月(リョービイマジクス株式会社刊)
  •  「青木芳斎の鋳造活字と日本の翻刻本」『民権ブックス』No. 5
     1992年3月(自由民権資料館編集・町田市教育委員会発行)
  •  「本木昌造、平野富ニ異聞」『印刷雑誌』1995年7月号
     (印刷学会出版部刊)
  •  「多摩の印刷史を語る」梅津敬・桜井孝三 講 演 録『民権ブックス』No. 9
     1996年3月(自由民権資料館編集・町田市教育委員会発行)

◎ 新選組関係

  • 「土方歳三の写真」を解明する『幕末史研究』No.35 (土方歳三特集)
     1999年2月(三十一人会刊・小島資料館発売)
  • 「『近藤勇の写真』撮影地を確定する」『歴史読本』
     1999年11月号(沖田総司特集)(新人物往来社刊)
  • 「近藤・土方供養塔建立の真実」『歴史読本』
     2000年12月号(新選組全史)(新人物往来社刊)
  • 「高幡不動『殉節両雄之碑』建立秘話」『歴史読本』
     2004年3月号(近藤・土方・沖田の新選組)(新人物往来社刊)

 { 新 塾 餘 談 }

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【展覧会】お札と切手の博物館|令和元年度 第1回特別展|なるほど! なっとく! お札の文字のひみつ|7月17日-9月1日

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お札と切手の博物館
令和元年度 第1回特別展
なるほど! なっとく! お札の文字のひみつ 
開  催  日  令和元年7月17日[水]-9月1日[日]
開催時間  9:30-17:00
休  館  日  月曜日(祝日の場合は翌平日)
開催場所  お札と切手の博物館 2階展示室
入  場  料  無 料
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今回の特別展は、お札に書いてある文字がテーマです。使う人がお札を便利に、そして本物であると信用して使えるように、お札の文字にはさまざまな役割があります。

どんな文字が入っているのか、どうしてその文字がお札に入れられるようになったのか、いろいろな人が使うお札だからこその工夫など、日本のお札と海外のお札を比べながら、お札の文字のひみつに迫ります。

[ 詳細: お札と切手の博物館

【展覧会】水戸芸術館 現代美術ギャラリー|大竹伸朗 ビル景 1978-2019|7月13日-10月6日

20190708231725_00005 20190708231725_00003 20190708231725_00004水戸芸術館 現代美術ギャラリー
大竹伸朗 ビル景 1978-2019
開  催  日  7月13日[土]-10月6日[日]
開催時間  9:30-18:00(入場は17:30まで)
休  館  日  月曜日 * 7月15日、8月12日、9月16日、9月23日(月・祝/振)は開館、
7月16日、8月13日、9月17日、9月24日(火)は休館

お問合せ  水戸芸術館   TEL:029-227-8111
入館料金  一般 900円
主  催  公益財団法人水戸市芸術振興財団、読売新聞社、美術館連絡協議会
────────────────
大竹伸朗(1955- )は、1980年代初めにデビュー以降、絵画を中心に、印刷、音、写真や映像などの多彩な表現を展開し、その活動は、現代美術の世界だけでなく、文字やデザインなど、幅広いジャンルに影響を与えてきました。
本展では、1970年代から現在までの約40年間にわたり、大竹が「ビル景」という絵画シリーズを描き続けていることに注目します。
「ビル景」とは、現在の風景をそのまま描いたものではありません。大竹の中に記憶された、香港、ロンドン、東京といった様々な都市の、湿度や熱、騒音、匂い。それらがランダムにミックスされ、「ビル」という形を伴って描き出される仮想の風景です。
今回、多数の未発表作品から最新作まで800点以上を調査し、ビルシリーズ全作品集の発行とあわせて、可能な限り展示することで、「ビル景」シリーズの全貌を明らかにします。
デジタル技術全盛の現代において、一人のアーティストが数十年にわたり、自らの手で絵を描き、作り続けることの意味とは何か。本展を通じて感じてください。

[ 詳細: 水戸芸術館 現代美術ギャラリー

【艸木風信帖】吾が空中花壇の女王|トロロアオイとウィキョウ|ことしも元気に開花です

トロロアオイ写真

ごてごてと 草花植ゑし 小庭かな

正岡子規(俳人・歌人 1867-1902)「小園の記」ゟ

吾が空中庭園 ── 失礼千万ながら、ひとにより「ベランダ鉢植え雑艸園」ともいう ── の女王「トロロアオイ」が花をつけている。もともと晩夏のころに咲いていたが、徐徐に開花時期がはやくなり、ことしの開花のはじめは6月6日で、それからほぼ毎日、一輪から三輪ほどのおおきな花をつけている。
この種子のもとは2009年05月に、都下あきる野市五日市町の軍道紙-ぐんどうがみ-工房からわけていただいた数株の苗にはじまった。あれから10年にもなるのかと驚くばかりである。もちろん中途に種子から育苗したので、これが何代目かわからないが、すくなくとも越冬年越しすること三回の古株である。

正岡子規の旧宅「子規庵」は、筋向かいの「書道博物館」ともども、鶯谷駅からしばらくの通路の環境はちょっとアレだが、お気に入りの場所でときおり訪れている。子規庵の庭には、いまなら朝顔が咲きはいめているだろうし、晩夏になると糸瓜-へちま-がぶらりと垂れさがっているのもよい。

フェンネル NHK趣味の園芸NHK 趣味の園芸 ゟ

ところでトロロアオイの左うしろでひょろひょろと咲いているのは「フェンネル ウイキョウ・茴香」である。吾が郷里信州では茴香と呼んで、新芽は茎ごとゆがいて食していたし、その根はタマネギにも似て、大きく甘みがあってなかなか良い。実家の庭に茫茫と勝手に生えていたので、野生かとおもっていたら栽培植物だった。もちろん空中庭園では一株だけの栽培である。

【トロロアオイ/黄蜀葵】
アオイ科の一年草。中国原産。草丈は本来2メートル近くになるが、最近は0.5-1メートルの丈の低い品種が多く栽培されている。葉は互生し、葉柄が長く、掌状に深く裂ける。
夏から秋、淡黄色で中心部が濃赤紫色、径15-20センチメートルのおおきな五弁花をつける。花は1日でしぼむが、茎の下位から上位へと順に次〻と開く。植物体全体、とくに根に粘質物を多く含み、これを手漉き紙を漉くときの糊剤(ネリ)として利用する。また花を観賞用・食用ともする。糊原料をとるための栽培では、開花・結実させないために、つぼみがついたら先端部を刈り取って根に養分をたくわえる。
活版 à la carte トロロアオイまとめ

【フェンネル、ウイキョウ(茴香、学名: Foeniculum vulgare)】
セリ科ウイキョウ属の多年生草本である。別名ショウウイキョウ(小茴香)。英語名からフェンネル(Fennel)またはフェネル、仏語名からフヌイユ (fenouil) とも呼ばれる。
フェンネルの鱗茎(葉柄基部が肥大したもの)はフィノッキオ (finocchio) とも呼ばれ、野菜としてタマネギなどのようにサラダや煮物、スープなどに用いられる。茎・葉は生食されるが、そのほかにも佃煮、シチューなど肉料理の香味野菜として使用される。

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バウハウス+ディスティル-2明治百五十年祭をはじめ、周年事業が盛んである。
オランダの新造詣運動<DE STIJL>は1917-1931、同名の雑誌『DE STIJL』に結集した造形者によって展開された。
<BAUHAUS> はデザイン教育機関で、第一次・第二次世界大戦の狭間にあって設けられた。

どちらも創刊100年であり、学校開設100年を迎えている。
2019年もなかばを過ぎたいま、小規模な展示会や講演会の話題はチラホラしているが、かつてのように大型展開催の情報は管見に入らない。上掲二冊の図書は、二十世紀初頭の混乱期にありながらも熱かった造形界の記録である。この忘れ去られたような二冊の図書をみていると、梅雨寒の昨今の陽気と似て、どこか造形界のモチベーションが低下しているようでさびしいおもいもある。

[画像データー作製:青葉水竜]

【寄席定席】新宿末廣亭|七月定例番組ゟ|上席・中席・下席・余一会紹介|一年三百六十三日笑い転げている場所が新宿にはある

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新 宿 末 廣 亭
寄席の興業方法のご案内

寄 席 ── それは日本人の心のふるさと。めまぐるしく激動する現代のオアシスでもあります。
ここ新宿末廣亭は、ビル化していく寄席の風潮をよそに、江戸以来の寄席の伝統を重んじ、その雰囲気を現代にとどめる落語色物定席です。
新宿末廣亭は十日毎に出演者を替えて興行しています。すなわち月の 1 日-10日を上席-かみせき、11日-20日を中席-なかせき、21日-30日を下席-しもせき- とよんでいます。──────────────

  日   1 日-12  29 
  日  12  30 日、31 
入 場 料  当日券-全自由席(昼の部・夜の部  入替無)

      一般 3,000円、シニア(65歳ゟ)2,700円、学生 2,500円、小学生 2,200円
昼 の 部  開場 11:40- 開演 12:00- 終演 16:30
夜 の 部  開場 16:45- 開演 17:00- 終演 21:00
・予約はありません(会員制度ほか各種割引があります)。
・入場券は窓口にてご入場の際にお買い求めいただき自由席となります。
・学生の方は学生証を提示してください。
・余一会、正月期間興行、定席のうち特別企画による興行などで、時間、料金、入替の有無が変更になるばあいもあります。あらかじめご了承ください。

新宿末廣亭 七月定例番組ゟ 上席 カミセキ・中席 ナカセキ・下席 シモセキ 紹介
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《 七月は大の月 七月三十一日[水] 余一会 特別興業 》
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《新宿末廣亭》余一会 特別興業
昼の部・文治・扇治  二人会  夜の部・柳家花緑独演会+笑福亭鶴瓶

令和元年 07月31日[水]昼夜入替です
☆ 昼 (01:00ゟ-04時20分迄)
☆ 夜 (05:00ゟ-08時20分迄)
当日券料金:一般 3,500円 学生 3,000円 小学生 2,500円

【詳細: 新宿末廣亭 】 { 活版アラカルト 新宿末廣亭まとめ }

【展覧会】東京大学総合研究博物館|スクール・モバイルミュージアム|昆虫の形と色の不思議 ── オサムシ研究の巨匠・ 石川良輔博士の軌跡|5月25日-10月5日

東大01 東大02東京大学総合研究博物館
スクール・モバイルミュージアム
昆虫の形と色の不思議 ── オサムシ研究の巨匠・
石川良輔博士の軌跡
会  期  2019年5月25日[土]-10月5日[土] 
休  館  日  日曜日・祝日
開館時間  9:00-17:00
会  場  文京区教育センター 2 階 大学連携事業室
東京都文京区湯島4-7-10

入  館  料  無 料

[ 詳細: 東京大学総合研究博物館

【展覧会】宇都宮美術館|水木しげる ── 魂の漫画展|7月28日-9月23日

20190701183713_00002 20190701183713_00003宇都宮美術館
水木しげる ── 魂の漫画展

会  期  7月28日[日]-9月23日[月・祝]
開館時間  午前9時30分-午後5時 * 入館は午後4時30分まで
休  館  日  毎週月曜日、8月13日[火]、9月17日[火]
      * 8月12日[月]、9月16日[月]、9月23日[月]は開館
主  催  宇都宮美術館、下野新聞社
観  覧  料  一般 1000円、大学生・高校生 800円、中学生・小学生 600円
────────────────
『ゲゲゲの鬼太郎』などで知られる日本漫画界の鬼才:水木しげる(本名:武良 茂 1922-2015)。
彼は鳥取県境港で過ごした少年時代に、“ のんのんばあ ” に連れられてみた正福寺所蔵の「地獄極楽絵図」に心を奪われて以来、生涯に渡って不思議な世界を探求・表現し続けました。
激戦地ラバウルで生死の境をさまよい片腕を失い、極貧時代を乗り越え、独自の漫画表現に到達した水木の画業を、300点あまりの漫画原稿や原画、愛用の道具、多彩な映像資料で紹介します。探求心と洞察力、緻密な作画によって生み出された水木ワールドをぜひご覧ください。

【 詳細: 宇都宮美術館

【会員情報】 ぢゃむ 杉本昭生さん|活版小本新作 ── 夏目漱石『永日小品』ゟ「モナリサ」「懸物」

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{ ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 一筆箋 }

漱石の『永日小品』より「モナリサ」と「懸物」を選びました。
はじめ「火鉢」か「声」を加え、三作品で一冊作るつもりでしたが
頁が増え過ぎるので二作品にしました。
とちらも古いものにまつわる話で、時代を感じさせる好短編です。

薄い半紙があったので使いましたが、薄すぎて
片面刷りでも裏の文字が透けてしまいました。
しかたなく間にもう一枚挟んで写らないようにしています。
今回も、何となくかたちになるだろう、といい加減にはじめたせいで
随分遠回りをしてしまいました。
よろしければお読みください。
────────────────
余談ですが、森茉莉の『父の帽子』に
鷗外の「半日」について書いた文章がありました。
以前、遺言書をブログに掲載しましたが、改めて「半日」を読むと
妻への冷遇も納得させられた気がしました。

あじさい

【 詳細  ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 】 { 活版アラカルト 活版小本 既出まとめ 

【WebSite 紹介】 瞠目せよ諸君!|明治産業近代化のパイオニア 平野富二|{古谷昌二ブログ26}|活版製造所の築地への移転

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平野富二生誕170年を期して結成された<「平野富二生誕の地」碑建立有志会 ── 平野富二の会>の専用URL{ 平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が近代活版印刷術発祥の地:長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の情報を記述しています。
本稿もこれまでの「近代産業史研究・近代印刷史研究」とは相当深度の異なる、充実した内容となっております。関係各位のご訪問をお勧めいたします。
────────────────
[古谷昌二まとめゟ]
明治6年(1873)7月、平野富二は築地2丁目に土地を求めて工場を新設し、神田和泉町から移転した。その頃になると、活字の需要も急速に拡大し、各地からの活版印刷機引合にも応じる必要が増大していた。

当初は約150坪の土地であったが、需要の拡大に応じて次〻と隣接地を買増して工場を拡大すると共に、事務所や倉庫も設けた結果、わずか2年後の明治8年(1875)には敷地850坪余りの東京でも有数の大工場となった。

神田和泉町における約1年間の活字販売高は50万個程度であったが、築地に移転後は、年々増加し、明治11年(1878)9月に活版製造事業を本木家に返還する頃には、年間7百万個以上の販売高に達するようになっていた。
事業主の本木昌造は、明治7年(1874)夏と翌年の春に上京して、平野富二に委託した活版製造事業の現状を確認し、五代友厚からの多額の融資金返済の目途もたったことを悦び、長崎に戻ったが、明治8年(1875)9月、長崎で病没した。
しかし、この時点では、平野富二が本木昌造と約束した経営の安定化の達成と、本木昌造の嫡子小太郎を後継者として育成するまでには至っていなかった。

明治11年(1878)9月に本木昌造没後3年祭を行うのに際して、東京で後継者教育を行っていた本木小太郎を伴って長崎を訪れた平野富二は、活版製造事業の出資者に集まってもらい、東京で行った事業成果を報告し、その事業すべてを本木家に返還することを申し出た。その中には活版製造事業の成果を流用して進出した造船事業も含まれていた。
思いもよらない申出を受けた長崎の出資者たちは、即座には平野富二の申し出を受け入れることはできなかった。

翌12年(1879)1月、平野富二は本木小太郎を伴って再び長崎を訪れ、長崎本店で出資者たち立ち合いの下で資産区分を行った。その結果、資本金4万円相当の石川島造船所と3千円相当の築地の工場用地は平野富二の所有とし、資本金10万円相当の築地活版製造所は出資者を含めた本木家に返還することとなった。また、本木家と平野家とで双方の資本金1万円を持ち合い、永く関係を維持することとなった。

以後、東京の築地活版製造所の所長は本木小太郎となり、平野富二は後見人として身を引いた。しかし、平野富二の出番はこれで終わることはなかった。その後については追い追い紹介する。

古谷昌二ブログ ── 活版製造所の築地への移転

はじめに
(1)築地への移転
(2)営業活動の再開
(3)隣接地の買増しと事務所・工場の増設
(4)急速に伸びた活字の需要と販売高
(5)本木昌造の東京視察
(6)築地に於ける設備増強
(7)活字類の品揃えと改刻
(8)本木家に活版製造事業を返還
ま と め

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【展覧会】横溝健志|第五回 溝活版展 ── 俳句を刷る|7月2日-7月31日

20190625130051_0000120190625130051_00002横溝健志
第五回 溝活版展 ── 俳句を刷る
期  間  2019年7月2日[火]-7月31日[水]

時  間  12:30-18:30 * 最終日 17:00まで
      日・月・第一・第三土曜(6日・20日)休廊
会  場  珈琲 & ギャラリー ウィリアム・モリス
      150-0002 渋谷区渋谷1-6-4  The Neat 青山 2F
      t e l . 03-5466-3717

【展覧会】国立近代美術館|高 畑 勲 展 ── 日本のアニメーションに遺したもの|7月2日-10月6日

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国立近代美術館
高畑勲展 ── 日本のアニメーションに遺したもの
会  場  東京国立近代美術館 1 F 企画展ギャラリー
会  期  7月2日[火]-10月6日[日]
開館時間  10:00-17-00(金曜・土曜は10:00-21:00)* 入館は閉館30分前まで
休  館  日  月曜(7月15日、8月12日、9月16日、9月23日は開館)、7月16日(火)、 8月13日(火)、9月17日(火)、9月24日(火)
観  覧  料  一般 1,500円  大学生 1,100円  高校生 600円
────────────────
初の長編演出(監督)となった「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968年)で、悪魔と闘う人〻の団結という困難な主題に挑戦した高畑は、その後つぎつぎにアニメーションにおける新しい表現を開拓していきました。
70年代には、「アルプスの少女ハイジ」(1974年)、「赤毛のアン」(1979年)などのTV名作シリーズで、日常生活を丹念に描き出す手法を通して、冒険ファンタジーとは異なる豊かな人間ドラマの形を完成させます。
80年代に入ると舞台を日本に移して、「じゃりン子チエ」(1981年)、「セロ弾きのゴーシュ」(1982年)、「火垂るの墓」(1988年)など、日本の風土や庶民生活のリアリティーを表現するとともに、日本人の戦中・戦後の歴史を再考するようなスケールの大きな作品を制作。
遺作となった「かぐや姫の物語」(2013年)ではデジタル技術を駆使して手描きの線を活かした水彩画風の描法に挑み、従来のセル様式とは一線を画した表現上の革新を達成しました。

このように常に今日的なテーマを模索し、それにふさわしい新しい表現方法を徹底して追求した革新者・高畑の創造の軌跡は、戦後の日本のアニメーションの礎を築くとともに、他の制作者にも大きな影響を与えました。
本展覧会では、絵を描かない高畑の「演出」というポイントに注目し、多数の未公開資料も紹介しながら、その多面的な作品世界の秘密に迫ります。

[ 詳細: 国立近代美術館  特設サイト

【展覧会】鉄道博物館|2019年春の企画展|「鉄道マンの仕事アルバム ── 鉄博フォトアーカイブ展」|3月9日-6月30日

20190618144544_00001 20190618144544_00002鉄道博物館
2019年春の企画展「鉄道マンの仕事アルバム ── 鉄博フォトアーカイブ展」
会  期  3月9日[土]-6月 30 日[日]
会  場  鉄道博物館本館2F スペシャルギャラリー1
入  場  料  無 料  * 鉄道博物館の入館料のみでご覧いただけます。
【参考】鉄道博物館入館料
一般 1,300 円   小中高生 600 円   幼児300 円   * 幼児は3歳以上未就学児。いずれも消費税込み。
────────────────
本展では、当館の所蔵資料のうち約13万点を占める写真資料の中から、鉄道に従事する人〻の姿や仕事の様子を撮影した写真に焦点を当てて展示します。
写真に記録されている懐かしい道具類の実物や、昭和50年代に撮影された貴重な映像資料なども交えて、いつの時代も変わらない鉄道マンの魂と、安全輸送にかけるひたむきな姿を紹介します。

[ 詳細: 鉄道博物館

【展覧会】ギャルリー 宮脇|宮川隆 作品展|「日々の祈り」 自動筆記ドローイング|6月21日-7月13日

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ギャルリー 宮脇
宮川隆 作品展「日々の祈り」
自動筆記ドローイング
会  期  2019年6月21日[金]-7月13日[土]
時  間  午後 1 時-午後 7 時  日・月休廊
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宮川隆は1955年宮古島生まれのグラフィック・デザイナー。デザイン業のかたわら、1993年からインク線描によるドローイングをするようになる。
「肉体の反応のままに描いてみた」というその作品は、宇宙から自身の身体へと降りそそぐメッセージを受信し、ひたすら自動筆記的に紙上に描き下ろされる。
それは一見、文字のような形態の線描となって表されている。メッセージの記録であるから画家本人は解読できるそうだが、見るものにはさっぱりわからない。
それは、稲妻のようなジグザグの線描であり、柳葉のような流麗な曲線であり、蔓髭のような渦巻きの絡まり合いであり、そして宇宙のような真空の余白である。ケオティックだが美しい、無秩序の秩序だ。こうした宮川隆の作品は、この宇宙のどこかに存在する光景あるいは何某かの “ 意味 ” を顕現しているのではない。

[ 詳細: ギャルリー 宮脇

【展覧会】東京ステーションギャラリー|メスキータ|6月29日-8月18日

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メスキータ
会  期  2019年6月29日[土]-8月18日[日]
休 館日  月曜日[7月15日、8月12日は開館]、7月16日(火)
開館時間  10:00-18:00
      * 金曜日は20:00まで開館    * 入館は閉館の30分前まで
入 館料  一般 1,100円 高校・大学生 900円
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サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ(1868-1944)は、オランダでデザインや版画の指導者として教鞭をとるかたわら、さまざまな技法を用いて個性的な版画を数多く制作しました。ナチスによって家族もろとも連れ去られ、家族全員が強制収容所で亡くなりますが、自宅に残されていた作品は、だまし絵で知られる M.C. エッシャー ら教え子たちが必死に守りました。
本展はメスキータの全貌を紹介する日本初の展覧会となります。

[ 詳細: 東京ステーションギャラリー ] 

【展覧会】東京ステーションギャラリー〔予告〕| 神田日勝 ── 大地への筆触|2020年4月18日-6月28日

20190618144131_00001 20190618144131_00002東京ステーションギャラリー〔予告〕
神田日勝 ── 大地への筆触
会  期  2020年4月18日[土]-6月28日[日] 巡回展が予定されています。
十勝の大地で農業をしながら制作を続けた神田日勝。その没後50年を記念した本展は、東京での40年ぶりの本格的な回顧展となります。
神田日勝は N H K 連続テレビ小説「なつぞら」の山田天陽のモチーフとなった画家です。馬や労働者を力強いリアリズムで描いた作品で知られますが、一方で同時代の美術にも敏感に反応し、多くの新しい試みを行いました。本展では、最新の研究成果も反映し、日勝の全貌に迫ります。

[ 詳細: 東京ステーションギャラリー

【講演会】第27回モリサワ文字文化フォーラム|[個 と 群 と 律]組市松紋の仕組み|6月27日

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【講演会】第27回モリサワ文字文化フォーラム
[個 と 群 と 律] 組市松紋の仕組み
講  演  者  野 老   朝 雄
日  時  2019年6月27日[木]15:00-17:00(14:30開場)
場  所  モリサワ本社  4 F 大会議室(大阪市浪速区敷津東2-6-25)
参  加  費  無  料
定  員  150 名
主  催  株式会社モリサワ
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美術家・野老 朝雄氏は、9. 11 アメリカ同時多発テロに大きなショックを受け、世界の断絶を「つなげたい」という願いからピースマークを考えはじめました。そのマークをつなげることが、現在の紋様制作の出発点になっています。
紋や紋様の平面作品はコンピューターを使って作図していますが、紋様をかたちづくる[個]と[群]は組体操のように一つ一つパーツを置いて描く手法のため、コンパスと定規さえあれば再現可能です。
野老氏の代表作のひとつである「東京2020エンブレム」は、菱形パーツを組み合わせることがベースになっています。今回の講演では「組市松紋」の仕組みを紐解きながら、野老氏の制作の核になっている「律」について語ります。

[ 詳細・申し込み先: 株式会社モリサワ 文字文化フォーラム事務局
[ 参考:活版 à la carte 【字様・紋様】「石畳・霰-あられ」を「 市 松 紋 様 」の名にかえた 歌舞伎役者・佐 野 川 市 松

【展覧会】国立西洋美術館 企画展示室|国立西洋美術館開館60周年記念|松方コレクション展|6月11日-9月23日

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国立西洋美術館 企画展示室
国立西洋美術館開館60周年記念
松方コレクション展
会  期  6月11日[火]-9月23日[月・祝]
開館時間  9:30-17:30 毎週金・土曜日/9:30-21:00
      * 入館は閉館の30分前まで
休  館  日  月曜日(ただし7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)は開館)、7月16日(火)
観覧料金  一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円
主  催  国立西洋美術館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
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神戸の川崎造船所(現・川崎重工業株式会社)を率いた松方幸次郎(1866年-慶応元年12月1日-1950)は、第一次世界大戦による船舶需要を背景に事業を拡大しつつ、1916-1927年頃のロンドンやパリで大量の美術品を買い集めます。当時の松方のコレクションは、モネやゴーガン、ゴッホからロダンの彫刻、近代イギリス絵画、中世の板絵、タペストリーまで多様な時代・地域・ジャンルからなり、日本のために買い戻した浮世絵約8000点も加えれば1万点に及ぶ規模でした。

しかし1927年、昭和金融恐慌のあおりで造船所は経営破綻に陥り、コレクションは流転の運命をたどります。日本に到着していた作品群は売り立てられ、ヨーロッパに残されていた作品も一部はロンドンの倉庫火災で焼失、さらに他の一部は第二次世界大戦末期のパリでフランス政府に接収されました。戦後、フランスから日本へ寄贈返還された375点とともに、1959年、国立西洋美術館が誕生したとき、ようやく松方コレクションは安住の地を見出したのです。

開館60周年を記念した本展では、名高いゴッホ《アルルの寝室》や、2016年に発見されたモネの《睡蓮、柳の反映》など国内外に散逸した名品も含めた作品約160点や歴史資料とともに、時代の荒波に翻弄され続けた松方コレクションの百年に及ぶ航海の軌跡をたどります。

[ 詳細: 国立西洋美術館 特設コーナー

【展覧会】国立公文書館|令和元年度 第1回企画展「紙に願いを-建白・請願の歴史 -」|5月25日-7月7日

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国立公文書館
令和元年度 第1回企画展「紙に願いを -建白・請願の歴史 -」
会  期  令和元年5月25日[土]-7月7日[日]
開館時間  月-日曜日    午前9時15分-午後5時00分
      * 期間中無休 入館は閉館30分前まで
会  場  国立公文書館 本館
入  場  料  無   料
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国立公文書館では、板垣退助・江藤新平らが提出したことで知られる民撰議院設立建白書をはじめとした建白書や、大日本帝国憲法で国民の権利として規定された請願権に基づいて国民から政府に提出された請願書を所蔵しています。
本展では、建白・請願に関する制度の変遷とともに、時代を映し出す建白書や請願書から、当時の人びとが紙にこめた願いをご紹介します。

【主な展示資料】

0105_01民撰議院設立建白書
明治7年(1874)1月17日、板垣退助-いたがきたいすけ・後藤象二郎-ごとうしょうじろう・副島種臣-そえじまたねおみ・江藤新平-えとうしんぺい-らが左院に提出した建白書。翌日の新聞「日新真事誌-にっしんしんじし」に建白書の内容が公表されると大きな反響を呼び、政府に対して多くの建白がなされるきっかけとなりました。

0105_02足尾銅山鉱毒に関する請願書
栃木県の足尾銅山から排出された有害物質によって引き起こされた農作物などの被害について、明治35年(1902)に群馬県渡瀬-わたらせ-村などの住民から出された請願書。明治34年12月、田中正造-たなかしょうぞう-が明治天皇に直訴した事件が起こったことにより、鉱毒事件に対する世間の関心が高まる中で書かれました。
同資料では、銅山における鉱業の停止、政府の手による被害地の復旧など、事件の根本的解決を求めています。

0105_03請 願 令
大日本帝国憲法に定められた請願権(第30条)により、天皇や帝国議会への請願が可能となりました。当初、天皇や行政機関への請願手続きは法令などで明示されていませんでしたが、大正6年(1917)に制定された請願令により、天皇や行政機関に対する請願の具体的な手続きが定められました。

[ 詳細: 国立公文書館