月別アーカイブ: 2017年11月

【展覧会】 文京ふるさと歴史館 季節のうた-歌人窪田空穂生誕140年・没後50年-

窪田空穂チラシ_01 窪田空穂チラシ-02文京ふるさと歴史館
「季節のうた-歌人窪田空穂生誕140年・没後50年-」
会期:平成29年10月21日[土]-12月3日[日]
開館時間: 午前10時-午後5時
休館日:毎週月曜日
入館料:一般300円・ 中学生以下・65歳以上は無料
──────────
窪田空穂(くぼた-うつぼ 1877-1967)は、50年をこえる月日を文京の地で過ごした、ゆかりの歌人・国文学者です。
明治・大正・昭和にわたる長い文芸活動のなかで、全集に掲載されるだけでも14,000首以上もの歌を詠み、また古典和歌や作歌について一連の研究を行い、早稲田大学などにおいて教鞭をとりつつ、和歌を研究・愛好する多くの後継者を育てました。

空穂生誕140年・没後50年を迎える今年、文京ふるさと歴史館では、文京の季節を詠んだ空穂の歌を中心に、空穂ゆかりの品々を展示する特別展を開催します。みなさまのご来館をお待ちしております。
【 詳細情報 : 文京ふるさと歴史館
──────────
hosuta[1]常設展示 ミニ企画コーナー (2階常設展示室)
『露伴最初の弟子、朗月亭羅文』
会期:平成29年9月27日(水)~12月24日(日)

 文京区根津に生まれ暮らした文人で、幸田露伴最初の弟子だったともいわれる朗月亭羅文、本名 瀧澤慎八郎(1863-1891)を紹介します。
根津の酒屋相模屋に生まれ、読売新聞や朝日新聞紙上で活躍しながらも、明治24年に29歳の若さで早世した羅文は、後に露伴から明治20年代前半の文壇の様子を説明する上で「なくてはならない時代人」と評されました。

展示では羅文の書いた手紙や出版された羅文の作品、羅文の葬儀時の香典帳などを展示します。
【 詳細情報 : 文京ふるさと歴史館

【展覧会】 澁澤龍彥 ドラコニアの地平 ─ 世田谷文学館

20171130165842_00001 20171130165949_00001
澁澤龍彥 ドラコニアの地平

[会   期]
2017年10月7日(土)-12月17日(日)
[会   場]
世田谷文学館 2 階展示室
[休館日]
月曜日
[料   金]
一般=800円
65歳以上、高校・大学生=600円
[主   催]
公益財団法人せたがや文化財団 世田谷文学館
──────────
フランス文学者であり、翻訳、評論、エッセー、小説にわたる多くの作品を執筆した澁澤龍彥。没後30年を迎える本展では、独自の文学表現活動を「澁澤スタイル」として、その創作と足跡をあらたな視点から総覧します。
澁澤はサドをはじめとする異色の文学を出発点としました。転機となったエッセー集『夢の宇宙誌』、代表作『高丘親王航海記』など300点を超える草稿・原稿・創作メモ類の自筆資料、愛蔵の美術品やオブジェ、和洋の蔵書などから、表現活動の背景と博物誌的世界の魅力に迫ります。伸縮自在な澁澤龍彥の創作世界、ドラコニアの領域にようこそ。

【 詳細情報 : 世田谷文学館

【展覧会】 上野アーティストプロジェクト 「現代の写実 ─ 映像を超えて」 東京都美術館

20171130170026_00004 20171130170026_00006
東京都美術館 展覧会
上野アーティストプロジェクト「現代の写実 ― 映像を超えて」
Ueno Artist Project: “Contemporary Realism — Transcending the Photograph and Video”
会       期 : 2017年11月17日[金]-2018年1月6日[土]
会       場 : ギャラリーA・C
休  室  日 : 12月4日[月]、18日[月]、25日[月]、31日[日]、1月1日(月・祝)
開室時間 : 9:30-17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室 : 金曜日は9:30-20:00(入室は閉室の30分前まで)
観  覧  料 : 一般 500円 / 65歳以上 300円
──────────
東京都美術館、東京藝術大学などがある「上野」は、多くの芸術家が育ち、輩出してきた長い歴史のある芸術家のメッカです。なかでも「公募展のふるさと」ともいわれる東京都美術館は、さまざまな芸術家の発表と成長の場として大きな役割を果してきました。
その歴史の継承と未来への発展のために、一定のテーマを決めて、現在公募団体で活躍している現代作家を紹介するシリーズ「上野アーティストプロジェクト」を開催します。

第1 回のテーマは「現代の写実― 映像を超えて」です。
都市の看板や大型スクリーン、そしてテレビやスマホなどを通して写真やビデオの映像情報がめまぐるしく氾濫する現代社会の中で、絵画でしかできない「現代の写実」を真摯に追究する画家たち 9 人を紹介します。
【出品作家】
稲垣考二(国画会)/岩田壮平(日展)/小田野尚之(日本美術院)/小森隼人(白日会)/
佐々木里加(女流画家協会)/塩谷 亮(二紀会)/橋本大輔(独立美術協会)/蛭田美保子(新制作協会)/元田久治(日本版画協会)

【 詳細情報 : 東京都美術館

【展覧会】 山種美術館特別展 没後60年記念 河合玉堂 ─ 四季 ・ 人々 ・ 自然 ─

20171130170026_00002 20171130170026_00003
山種美術館特別展  没後60年記念
河合玉堂 ― 四季 ・ 人々 ・ 自然 ―

会期:2017年10月28日[土]-12月24日[日]
* 会期中、一部展示替えあり(前期: 10/28-11/26、後期: 11/28-12/24)
会場:山種美術館
主催:山種美術館、日本経済新聞社
開館時間:午前10時-午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日
入館料:一般1200円・大高生900円
──────────

日本の山河をこよなく愛し、豊かな自然とそこに暮らす人々の姿を叙情豊かに描き出した川合玉堂(かわい-ぎょくどう 1873-1957)。
山種美術館では、没後60年を記念し、玉堂の画家としての足跡をたどり、その芸術を紹介する回顧展を開催いたします。

愛知に生まれ、岐阜で育った玉堂は、14歳で京都の画家・望月玉泉(もちづき-ぎょくせん)に入門。画壇デビューを果たした17歳から同じ京都の幸野楳嶺(こうの-ばいれい)に師事しました。1896(明治29)年には23歳で京都から東京へ移り、橋本雅邦(はしもと-がほう)のもとでさらなる研鑽を積んでいきます。
若い頃から好んで風景を描いた玉堂は、円山四条(まるやましじょう)派の基礎の上に、雅邦が実践した狩野派の様式を取り入れ、さらに各地を訪ねて実際の景色に触れることで、伝統的な山水画から近代的な風景画へと新たな境地を拓いていきました。
また、官展で審査員をつとめ、帝国美術院会員となる一方、東京美術学校教授、帝室技芸員に任ぜられるなど、東京画壇における中心的な役割を果たし、1940(昭和15)年には文化勲章を受章しています。戦後は、疎開先の奥多摩にとどまって晩年を過ごし、大らかで温かみのある画風を展開させました。

本展では、初期の《鵜飼》(1895年、山種美術館)から、大正期の《紅白梅》(1919年、玉堂美術館)をはじめとする琳派等さまざまな研究を経て新たな境地を拓いた作品、円熟期の《彩雨》(1940年、東京国立近代美術館)、晩年の牧歌的な作風を示す《早乙女》(1945年、山種美術館)や、《屋根草を刈る》(1954年、東京都)まで、代表作を中心とする名作の数々とともに、玉堂の70年にわたる画業をご紹介します。
また、少年時代から俳句を嗜み、晩年には俳歌集『多摩の草屋』を刊行するなど、句作や詠歌は玉堂の生活の一部となっていました。玉堂の詠んだ詩歌が書かれた作品をとおして、家族や親しい芸術家との交流にもスポットをあて、素顔の玉堂の魅力をお楽しみいただきます。

【 詳細情報 : 山種美術館

【資料・施設紹介】 モリサワ “ 文字の歴史館 ”

20171127210227_00001 20171127210227_00002 20171127211622_00001モリサワ “ 文字の歴史館 ”
所  在  地 : 株式会社モリサワ 本社ビル5階
開  館  日 : 月曜日-金曜日(祝日・年末年始などをのぞく)
開館時間 : 10:00-17:00(入館は16:00まで)

訪館の際は予約が必要です。
予約・問い合わせ
株式会社モリサワ
本社 556-0012 大阪市浪速区敷津東2-6-25
株式会社モリサワ総務課 TEL. 06-6649-2155

──────────
 “ 文字の歴史館 ” は、文字と書物の歴史を豊富な所蔵資料をもとにまとめたもので、モリサワの展示ゾーン MORISAWA SCUARE のガイドブック(A4判 40ページ 中綴じ フルカラー)です。
内容は主要項目、① アルファベット圏の文字 ② 漢字圏の文字 ③ 写植文字の時代 ④ デジタルフォントの時代からなり、STORY :近代日本の文字を支えた金属活字の100年を含みます。
会員の皆さん、とりわけ関西地区の会員にはお勧めの施設とコンテンツです。

【 詳細情報 : モリサワ  モリサワ文字の手帖

【展覧会予告】 世田谷美術館 {ボストン美術館─パリジェンヌ展─時代を映す女性たち}

20171130170026_00008 20171130170026_00009 20171130170026_00007
世田谷美術館 

{ボストン美術館-パリジェンヌ展-時代を映す女性たち}
会       期 : 2018年1月13日(土)-4月1日(日)
開館時間 : 10:00-18:00(入場は17:30まで)
休  館  日 : 毎週月曜日
* ただし、 2月12日(月・振替休日)は開館、翌13日(火)は休館
会       場 : 世田谷美術館 1・2階展示室
観  覧  料 : 一般1,500円、65歳以上:1,200円、大高生:900円
──────────
パリという魅力あふれる都市に生きる女性、パリジェンヌ。
サロンを仕切る知的な女主人、子を慈しむ美しい母、流行を生み出すファッショニスタ、画家のミューズ、そして自ら道を切り開き才能を開花させた画家や女優――その多様な生き方は、今なお私たちを惹きつけてやみません。

本展覧会では、マネの《街の歌い手》をはじめ、ドガやルノワールなど印象派の巨匠が描いた女性の肖像、カサットやモリゾなど女性芸術家による傑作、カルダンやバレンシアガの斬新なドレスからブリジット・バルドーほか映画や舞台で活躍した女優のポートレートまで、ボストン美術館所蔵の多彩な作品約120点を通して、18世紀から20世紀のパリを体現する女性たちの姿に迫ります。

【 詳細情報 : 世田谷美術館

【展覧会】 GOOD DESIGN Marunouchi ─ ASPaC Awards 2017

ASPaCWeek告知フライヤー案_1020.ai
ASPaC Awards 2017 展覧会

ASPaC Awards 2017「CHALLENGE」をテーマにした優秀作品の数々をご覧ください。
開催日 : 2017年12月5日[火]-10日[日]
時    間 : 11:00-20:00(最終日は 17:00まで)
会  場 :  GOOD DESIGN Marunouchi
東京都千代田区丸の内3-4-1 新国際ビル 1F
https://www.g-mark.org/gdm/access.html
入場料 : 無 料
共   催 : 独立行政法人 国際交流基金/一般社団法人 アスパック協会
企画・運営 : 公益社団法人 日本パッケージデザイン協会
──────────
アジア学生パッケージデザインコンペティション[アスパック]は、アジア各国・地域の行政機関や教育機関、民間企業、デザイナーが一体となり、デザイン分野におけるグローバルな人材交流を実施するプロジェクト。
独立行政法人国際交流基金、一般社団法人アスパック協会、そして公益社団法人日本パッケージデザイン協会が推進する事業です。

日本やアジアの学生の国際交流と “未来へ羽ばたく力や未来を拓く力” の育成を目的とします。アジア在住の学生を対象に国際的パッケージデザインコンペティションを開催し、各国・地域での予選を勝ち抜いた入賞者たちが日本で一堂に会します。
アジア各国・地域を代表するプロフェッショナルによる最終審査に基づき大賞他、各賞を授賞する画期的なアワードです。

【 詳細 : GOOD DESIGN Marunouchi 】

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-16  東京築地活版製造所アンソロジー 全日程を無事終了しました 

バーナー20171126221422_00001メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭
東京築地活版製造所アンソロジー
全日程を無事終了いたしました

協賛をたまわりました、株式会社 I H I、株式会社イワタ、株式会社モリサワをはじめ、力強い協力とご支援を頂戴しました、平野ホール、「平野富二生誕の地」碑建立有志の会、タイポグラフィ学会の皆さま、そしてサラマ・プレス倶楽部会員の皆さまにあつく御礼を申しあげます。
またプレイベント「江戸・東京 活版さるく」、本イベントにご参集いただきました多くの皆さまに、衷心より御礼を申しあげます。
──────────
<メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭>は、開港地の長崎にうまれ、27歳にして上京、それからの20年間、明治産業の近代化におおくの功績をのこして47歳で逝去した平野富二の生涯をつうじて、メディアの越したかたをさぐり、ゆくすえを見定める機会でした。

ご存知のように、「媒体・媒介物」をあらわす{medium ミィーディアム}の複数形が {media 媒体・手段}です。
産業革命の負の側面がまさに露呈したともいうべき、19世紀世紀末・英国でのメディアの大混乱と同様に、I T 革命進行中のいまは、メディアが多様化し、氾濫し、流動化して瞬発的・刹那的となって、まさに混乱のさなかにあります。

こんな時代だからこそ、あらためてメディアの原点をみつめ、メディアに降りつもった猥雑物や夾雑物を取りのぞいたとき、キラリと輝く原石のようなものがありました。その原石を平野富二がもたらした近代活字版印刷術 ≒ タイポグラフィとして、そのよき{Renaissance 復興・再生}をめざすために、今後ともかわらぬ精進を重ねてまいります。

【継続情報は、おもに { 朗文堂 花 筏 } になります。あわせて { サラマ・プレス倶楽部 イベントアーカイブ } に収録されますので、引きつづきご声援・ご支援のほどお願いいたします。

メディア・ルネサンスロゴ01 メディア・ルネサンスロゴ03 メディア・ルネッサンス
【速報写真集】
日展会館新館 一階講演会場 講師 : 平野正一氏 「子孫から見た 平野富二と縁者たち」、谷中霊園・明治産業人{掃苔会}を中心に

会員 : 春田ゆかりさん提供写真
R0063842 R0063972 R0063863 R0063808 R0063818 R0064010 R0063873 IMG_3036 R0063895 R0064021R0064160 R0064190 R0064208 R0064227

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-15  東京築地活版製造所アンソロジー 日展会館新館での展示・WS/講演会二日目を迎えてヒートアップ

バーナー_1040429 _1040541 _1040542東京築地活版製造所アンソロジー
日展会館新館での展示・WS/講演会
二日目を迎えてヒートアップ

本日はご来場ありがとうございました。
あす26日[日]は最終日。二階展示 ・ WS は10時開始
フィールドワークで{ 掃 苔 会 } そうたいかい が早朝10時半出発
13:30-14:30 【最終講演会】
講師 : 平野正一 「子孫から見た 平野富二と縁者たち」

より一層パワーアップしたコンテンツでご来場をお待ち申しあげます。
15時(午後三時で終了です。お早めにご来場ください)

【速報写真集】 日展会館新館 二階 主会場、一階講演会場をを中心に
会員 : 日吉洋人さん提供写真 _1040572 _1040556 _1040586 _1040433 _1040611 _1040613 _1040614 _1040578 _1040544 _1040516 _1040522 _1040518 _1040520 _1040525 _1040526 _1040524 _1040519 _1040521 _1040519 _1040523 _1040552 _1040561 _1040574 _1040575 _1040579 _1040581 _1040582 _1040515 _1040429 _1040498 _1040501 _1040502 _1040514 _1040566 _1040590 _1040567 _1040593 _1040601 _1040607 _1040595 _1040455 _1040456 _1040457 _1040460 _1040473 _1040475 _1040472 _1040485_1040494 

【長期展覧会 愈〻終了迫る】 書道博物館企画展 あの人、こんな字!-歴史上の人物たち- 前半《日本編》 後半《中国編》

20170619194737_00001 20170619194737_00002 20170620234234_00001台東区立書道博物館は、洋画家であり書家でもあった中村不折(1866-1943)が、その半生40年あまりにわたり独力で蒐集した、中国及び日本の書道史の研究上重要なコレクションを有する専門博物館である。
【企画展】
あの人、こんな字! -歴史上の人物たち-

《日本編》 06月27日[火]-09月18日(月・祝)
《中国編》 09月22日[金]-12月17日(日)
──────────
日本史や中国史に登場する人たちは、どんな字を書いていたのでしょう? 歴史に名を残した人物の文字の姿を、日本編と中国編に分けて館蔵品より紹介いたします。

平成29年は、正岡子規と夏目漱石の生誕150年にあたります。
《日本編》の特別コーナーにおいては、同館所蔵の子規や漱石の関係資料を一挙公開いたします。

《中国編》では、歴代皇帝の書を紹介する特別コーナー、また歴史上重要な人物が登場する写本として、同館の重要文化財「三国志」を期間限定で特別公開するコーナーを設けます。
《日本編》 第一期・二期の詳細が発表になりました。特設URLからご紹介

【 詳細 : 書道博物館 】  { 文字壹凜 まとめ }

【 次回展予告 : 呉 昌碩とその時代-苦鉄没後90年-呉昌碩とその時代 】

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-14  東京築地活版製造所アンソロジー 愈〻日展会館新館での展示・WS/講演会スタート

バーナー!cid_11D50FD2-7F39-4717-80C5-58E092A70F7E東京築地活版製造所アンソロジー
メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭年祭
11月24日[金] 会場点景報告

本日はご来場ありがとうございました。
あす25日[土]も、より一層パワーアップしたコンテンツで
ご来場をお待ち申しあげます。

DSCN4731

日展会館新館 二階 主会場を中心に 会員 : 時盛 淳さん提供写真
20171124_105125 20171124_105413 20171124_105430 20171124_113355 20171124_124230 20171124_124251 20171124_124402 20171124_124629 20171124_124650 20171124_124716 20171124_125109 20171124_124757 20171124_124901 20171124_124930 20171124_125024 20171124_125055 20171124_125742 20171124_124757 20171124_125808 20171124_125822 20171124_125833 20171124_151841 20171124_151809 20171124_151825 20171124_151852 20171124_125841 20171124_151905 20171124_152005 20171124_152016 20171124_125024 20171124_152058 20171124_152116 20171124_152153 20171124_152203 20171124_152215 20171124_152242 20171124_152251 20171124_152325 20171124_152333 20171124_152439 20171124_152452 20171124_152500 20171124_152539 20171124_152549

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-13 東京築地活版製造所アンソロジー 東京大学医学部と近代タイポグラフィ揺籃の地/津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋  

バーナー江戸名所道外尽 十 外神田佐久間町resized東京築地活版製造所アンソロジー
東京大学医学部と近代タイポグラフィ揺籃の地
津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋

《大名屋敷 上屋敷 ・ 中屋敷 ・ 下屋敷と、神田和泉町の成立》
 大名屋敷とは、参勤交代によって江戸に参勤する大名に幕府から与えられた屋敷である。
一六五七(明暦三)年のいわゆる「振袖火事」とよばれる江戸大火を契機に、幕府は江戸城内にあった尾張、紀伊、水戸の御三家をはじめ、幕府重臣の屋敷を城外に移すとともに、大名屋敷を、上(かみ)屋敷、中(なか)屋敷、下(しも)屋敷の三つに分けた。
以下に『切絵図・現代図であるく江戸東京散歩』 (人文社)から「東都下谷絵図」を紹介した。

 「切絵図」では、家紋の刷ってあるところが大名の上屋敷で、表門の位置もあらわす。■ 印は大名の中屋敷、● 印は大名の下屋敷をあらわす。それぞれ印のある位置が表門である。

江戸切り絵図秋葉原周辺この時代、地図左端に描かれた神田川にもうけられた橋があり、藤堂和泉守上屋敷にちなんで「和泉橋」と呼ばれていたが、神田川左岸に「和泉町」という呼称はまだなかった。
「和泉町」の起立は『千代田区史』によれば明治5年であるが、一般社会にその名が知られるのにはだいぶ時間がかかった。

現在はこの橋も道も拡幅されて昭和通りとなっている。当時はこの通りの左右に徒士衆カチシュウと呼ばれ、徒歩で行列の供をしたり、警固にあたった徒組カチグミに属する侍(下級士族)が多く居住しており、切絵図には「此通御徒町ト云」としるされている。現在の御徒町のゆらいである。

《伊勢の国 津藩 藤堂和泉守  二十七万九百五十石の上屋敷と門長屋》
<メディア・ルネサンス>の本番に先立ち、11月11日[土]開催のプレイベント「江戸・東京 活版さるく{愛称 :ブラ富二}」が開催された。
平野富二(1846-92)の生誕170年を記念して、平野の生誕地:長崎に設けられていた官立「長崎製鉄所」をはじめ、「海軍伝習所」、「医学伝習所」、そしてあまりにも資料不足だった「活版伝習所」などの、施設と人員と物資が、相互に関連しながら、いつ・どこへ・どのように江戸・東京にもたらされたのかを、豊富な資料をもとに探るツアーであった。

詳細な報告はいずれタイポグラフィ学会誌でなされるが、参加者のほとんどがおどろかれたのが、近代医学と近代タイポグラフィの揺籃の地が、ともにこの「東京都千代田区神田和泉町一」であり、明治最初期にはまさに激動のさなかにあったことであった。
詳細報告までの間、今回のイベントの AD をつとめられた日吉洋人さんの報告が日展会館でパネル展示によってなされることになった。
旗resized 缶バッジresizedブラ富二引率責任者日吉洋人さん医学館跡プレート 引率:日吉洋人神田某所一亀店主:山本氏・エミリー・字遊人 

津藩上屋敷-01 津藩上屋敷-02 【 プリント用PDF  津藩藤堂和泉守上屋敷・門長屋 】

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-12  東京築地活版製造所アンソロジー 連続講演会+掃苔会

バーナー

!cid_11D50FD2-7F39-4717-80C5-58E092A70F7E東京築地活版製造所アンソロジー 連続講演会
三日間 ・ 五人の講師による 連続七回の講演会

*     *     *
講演会場は日展会館新館一階になります。
講演時間は各講師とも一時間を予定しております。
貴重な原資料の展観をふくめ、著作・画像をまじえての講演となります。
友人・知人をお誘いのうえ、ふるってご参加ください(聴講・参加費無料)。
講座開始五分前までに一階会場にご集合ください。

──────────
★ 11月24日[金]

講演会 ① : 11:00-12:00
講師 古谷昌二氏
「第一部 平野富二、長崎から東京へ」
古谷昌二さんuu[1] DSCN0377 c878506326f7b271f6b5598137212bce[1] 平野DM表 平野DM裏

★ 11月24日[金]
講演会 ② : 13:30-14:30
講師 春田ゆかり氏
「本木一門創始による 京都〔點林堂〕」
1点林堂外観-M16-tei
★ 11月24日[金]

講演会 ③ : 15:00-16:00
講師 真田幸治氏
「明治の文芸雑誌と東京築地活版製造所 〔文芸倶楽部〕 と 〔新小説〕 」
明治28年 文藝倶楽部 第六編 泉鏡花「外科室」1頁目 明治28年 文藝倶楽部 第六編 表紙 明治28年 文藝倶楽部 第六編 木版口絵 水野年方
──────────
★ 11月25日[土]
講演会 ④ : 11:00-12:00
講師 板倉雅宣氏
「〔もとき〕 か 〔もとぎ〕か 本木昌造の呼称」
板倉雅宣 タイポグラフィ論攷_表紙 タイポグラフィ論攷フライヤー表 タイポグラフィ論攷裏

★ 11月25日[土]
講演会 ⑤ : 13:30-14:30
講師 古谷昌二氏
「第二部 平野富二、神田和泉町から築地・石川島へ」
古谷昌二さんuu[1]
江戸名所道外尽 十 外神田佐久間町resized東京築地活版製造所変遷
★ 11月25日[土]
講演会 ⑥ : 15:00-16:00
講師 春田ゆかり氏
「近代ひらがな活字の幕開け、池原香穉と周辺の人々」
2池原香穉書-抜刀隊50395-tei 3吉田晩稼碑63413-tei──────────
★ 11月26日[日]
講演会 ⑦ : 13:30-14:30
講師 平野正一
「子孫からみた 平野富二と縁者たち」
正一さんと平野富二 新旧長崎地図 e9fd275dc476af6b4d99a7f56e59b9b5[1] 平野富二-206x300[1]──────────

東京築地活版製造所アンソロジー
掃 苔 会

{掃苔会}は主会場の日展会館新館に隣接する谷中霊園を中心に
明治近代産業とメディアの勃興に貢献した著名人の
記念碑・顕彰碑・墓地・墓標などをめぐります。

プレイベント<江戸・東京 活版 さるく>をうけて、より一層充実した内容となります。
版を重ねた特製ガイドブックをもとに、ベテラン会員がご案内いたします。
歩きやすい靴と服装でご参加ください。また道中に自動販売機がありませんので飲み物を各自ご用意ください。
(26日[日]10:10  二階の受付前にご集合ください。資料代として参加費1,000円)。

20171122172426_0000120171122172426_0000320171122172426_0000420171122172426_00002

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-11  特別展示 : 東京築地活版製造所アンソロジー/『花の栞』全5回の刊行

バーナー東京築地活版製造所アンソロジー
『花の栞』 全五回

【展示協力】
第一回 ・ 第三回 株式会社モリサワ所蔵
第四回        きくもとグラフィックス株式会社・菊本裕三氏所蔵 兵庫県丹波市

花の栞第3回活版之部 表紙 1898(M38) 花の栞第3回活版之部 草創時三代肖像

『花の栞』第三回 明治31年10月 東京築地活版製造所出品
創業期の経営者三人、とりわけ第二回の編輯を終え、刊行を目前にして急逝した曲田成を偲んでの東京築地活版製造所「生徒」の製作である。
東京築地活版製造所では明治中期まで、本木昌造は翁、平野富二は先生、長崎新街私塾出身者を生徒とする慣わしがあった。
──────────
『花の栞』は、東京築地活版製造所第二代社長 : 曲田 成が、英国 『British Printer』 にならい、創刊直後の『印刷雑誌』をつうじて全国の印刷業者に呼びかけ、印刷技術の向上と新技術の普及をめざして発行したもので、現代のグラフィックデザイン年鑑・タイポグラフィ年鑑などのデザイン年鑑類のさきがけともいえる図書である。

『花の栞』の事務局は「印刷交換会」と称して東京築地活版製造所社内におかれ、印刷物の現物を公募収集し、それを冊子にまとめて発行したもので、公募作品は商用印刷物の提出は不可とされた。また印刷所名だけでなく、作業にあたった職工名、組版方式、印刷技法を明記するようもとめるなど画期的な逐次刊行物であった。
* 表題はいわゆる変体仮名で-はなのしほり・花のしをり-であるが、本稿では国立国会図書館にならってすべてを『花の栞』とした。

創始者の曲田成を第二号の刊行直前に急逝によって失い、逐年刊行はならなかったが、その遺志をうけた第三代社長:名村泰蔵によって刊行がつづけられ、
①明治26年12月 ②明治27年11月 ③明治31年10月 ④明治35年3月 ⑤明治41年6月
都合五回の刊行をみた。ただし名村泰蔵は貴族院議員でもあったので、印刷人は支配人:野村宗十郎の名で刊行されている。
発行部数は回を追うごとに漸減しているが、応募提出部数規定からみても最大150部程度とみられる。印刷図書館に全五回揃いがあり、国立国会図書館ではマイクロフィルム(モノクロ)で第1回・4回・5回を公開している。
また積極的に海外メディアにも送付していたため、海外の博物館にも一部が残存している。

花の栞4-0 花の栞4-1 花の栞4-2 花の栞4-3『花の栞』第四回 明治35年3月製本より

曲田成曲田 成(まがた-しげり)
東京築地活版製造所第二代社長
弘化03年10月01日-明治27年10月15日 1846. 11.19-1894. 10. 15  享年49

ここで東京築地活版製造所の基礎を築いた創業期の四人の社長をあらためて並べてみた。
◯ 平野 富二
東京築地活版製造所創設者/初代社長、長崎うまれ・元長崎製鉄所所長
弘化03年08月14日-明治25年12月03日 1846. 08. 14-1892. 12.03 享年47
◯ 曲 田 成
東京築地活版製造所第二代社長、淡路島洲本うまれ・元徳島蜂須賀藩士(士籍返上)
弘化03年10月01日-明治27年10月15日 1846. 11. 19-1894. 10. 15  享年49
◯ 名村 泰蔵
東京築地活版製造所第三代社長/長崎うまれ・原姓北村、高級司法官僚・貴族院議員
天保11年11月01日-明治40年09月06日 1840. 11. 24-1907. 09. 06 享年68
◯ 野村宗十郎
東京築地活版製造所第四代社長/長崎うまれ・原姓服部、長崎製鉄所職員、元大蔵官僚
安政04年05月04日-大正14年04月23日 1857. 05. 26-1925. 05. 04 享年69
──────────
平野富二は開港地であった長崎にうまれ、曲田成は当時徳島藩領であった淡路島中央東部、現洲本市にうまれた。ふたりはともに海をみながら幼少期を送ったが、1846(弘化3)年という同年のうまれである。わずかに一ヶ月半ほど平野が先に誕生している。
またふたりとも仕事人間で、平野富二は講演中に脳溢血に倒れそのまま卒した。曲田成は出張先の姫路の旅舎で倒れ、看取るものもなく卒した。わずかな違いは、曲田が二年ほど長命だっただけで、それでもふたりとも五〇歳を迎えることなく卒した。

近年国立国会図書館から『株式会社東京築地活版製造所社長 曲田成君略伝』(編輯兼発行/松尾篤三 明治28年10月16日 請求記号:特29-644)が公開されてさまざまな事柄が判明した。そのひとつが、英国の印刷業界誌『British Printer』とのやりとりから曲田が発案した「印刷物交換 『花の栞』」の刊行企画である。

曲田成は創刊直後の『印刷雑誌』(第1巻2号 明治24年3月28日)に、「印刷様本ノ交換」とする記事を投稿している(原文は文語調片かなまじり。若干意訳)。
「英国ロンドンに印刷用紙および印刷業の日報を発行する会社がある。近来その創意によって万国印刷者の印刷物様本〔見本〕の交換がなされている。それをわが国でも企画し、毎年一回これをおこないたい」
として、英国での現状を細かく紹介した。

ついで『印刷雑誌』(第3巻6号 明治26年7月28日)に11条にわたる詳細な「第一回日本全国印刷物交換方法」の応募規定を掲げて公募を開始した。 それによると、
「第1 条 本法は活版・石版・木版・銅版・亜鉛版・写真版・電気版・細網版・およびその他の製版方式などの各種の版式による印刷物をたがいに交換し、技術の進歩を計ることをもって目的とする。交換とは同様同数の印刷物と、異種の同数の印刷物を交換することの意である」
としている。 さらに寸法は天地 ≒ 31.5cm、横 ≒ 24.5cm(製本時に三方化粧断裁されている)、厚さはボール紙・台紙・合紙したものは不可としている。
事務局は東京築地活版製造所内におき、営利目的ではないので、出品者(有料)と広報のための配布のほか、市場販売はおこなわない旨がしるされている。

国立国会図書館から『株式会社東京築地活版製造所社長 曲田成君略伝』が公開されたこととあわせ、現在『花の栞』に関する研究も進行中である。
すなわち現在伝承されている東京築地活版製造所に関する事柄から、初代社長/平野富二、二代社長/曲田 成、三代社長/名村泰蔵の業績が抜けおち、象徴的な創業者/本木昌造が常にあらざるほど喧伝されてきた理由が判明しつつあり、その欠落部を埋める調査がなされている。
──────────
◎ 花の栞 第一回
東京市京橋区二丁目17番地 株式会社東京築地活版製造所構内
第一回印刷物見本交換事務所 曲田 成
序文執筆者/無署名(第二回と同一人物)
明治26年12月製本(118点収録)
◎ 花の栞 第二回
東京市京橋区二丁目17番地 株式会社東京築地活版製造所
印刷物見本交換事務所 野村宗十郎
序文執筆者/無署名(第一回と同一人物)
明治27年11月製本(111点収録)
◎ 花の栞 第三回
東京市京橋区二丁目17番地  株式会社東京築地活版製造所
印刷物見本交換事務所 野村宗十郎
序文執筆者/陽 其二
明治31年10月製本(110点収録)
◎ 花の栞 第四回
東京市京橋区二丁目17番地  株式会社東京築地活版製造所
印刷物見本交換事務所 野村宗十郎
序文執筆者/手島精一
明治35年3月製本(106点収録)
◎ 花の栞 第五回
東京市京橋区二丁目17番地  株式会社東京築地活版製造所
印刷物見本交換事務所 野村宗十郎
序文執筆者/手島精一
明治41年6月製本 (86点収録)

Seiichi_Tejima[1]手島精一(1849―1918)

創業から間もない平野富二、曲田成にフィラデルフィア万国博覧会(1876年・明治09年)へ漆器・陶磁器・扇子・屏風などのそれまでの博覧会の出展物だけでなく、文明開化の成果として、近代鋳造活字と活版印刷機の出展をうながし、また英国の印刷業界誌『British Printer』を紹介したのは手島精一だった。
手島精一は技術教育の先駆者。アメリカに遊学し(1870-1874)、帰国後東京開成学校監事、東京教育博物館長、東京図書館主幹を歴任した。その間フィラデルフィア、パリの万国博覧会に日本代表として出席、その後も内外博覧会に主役を演じた。

東京高等工業学校本館東京高等工業学校本館(ふつう蔵前の高等工業と呼ばれた)

1890年(明治23)東京職工学校校長に招かれ、以後、同校の後身である東京高等工業学校(現東京工業大学)の校長を1916年(大正5)まで務め、現場技術者の養成に貢献した。
東京高等工業学校は「蔵前の高等工業、芝浦の高等工芸」とされ、工業と技芸教育の双璧をなした拠点校であったが、関東大震災の被害が甚大で、現在地の目黒区大岡山に移転し、1929(昭和4)年に東京工業大学に昇格し現在にいたる。
手島精一は東京築地活版製造所にフィラデルフィア万博のころから支援をかさね、『花の栞』第四・五巻に序文をしるし、より創意にみちた意欲ある製作を呼びかけ激励している。

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-10  特別展示 : 夏目漱石全集と東京築地活版製造所-内田百間「築地活版所十三号室」

バーナー田中智子内田01 田中智子内田02
【作品名】 内田百間 『築地活版十三号室』より

【作者名】 著者 : 内田百間
                印刷 : 田中智子(はな工房)
【版式・技法】 文字 : 凸版(活字版印刷)

東京築地活版製造所アンソロジー : 夏目漱石全集と東京築地活版製造所
内田百間「築地活版所十三号室」

夏目漱石(1867年2月9日(慶応3年1月5日)-1916年(大正5)12月9日)は、1916(大正5)年12月9日に持病の胃潰瘍が原因で永眠した。
『漱石全集』は岩波書店が刊行した夏目漱石の著作集。第一次全集は1917(大正6)年-1919(大正8)年にかけて全14巻で刊行された。
活字組版・印刷製本は東京築地活版製造所であった。 後年刊行のものに「普及版」「新輯 定版」などがあるが、1935(昭和10)年の「決定版」は小宮豊隆により原稿を尊重して編纂されたもので、以降の漱石全集の基礎となった。
──────────
『思想』第162号・特輯漱石記念号(昭和10年11月)
「築地活版所十三号室」内田百間

大正六年の漱石全集初版の校正にあたつたのは、森田草平、石原健生、林原耕三の諸氏と私との四人である。
但し第十何巻日記書簡からは小宮豐隆氏が専らその任にあたられた。
私共がその仕事に取りかかつたのは、何年何月からであつたか、はつきりした記憶はないが、毎日みんなの顔を合はした場所は築地活版所の第十三号室である。〔中略〕

十三号室は本館に隣つた川添ひの煉瓦建の二階で、教室ぐらゐの廣さがあつた。その階段の下が職工達の通路になつてゐたので、夕方ぞろぞろと流れる様に帰つて行く職工達の間にふと老人の顔を見附けたり、綺麗な髷のお神さん風の姿に目を惹かれたりして何となく感慨を起こす様な事もあつた。
大正十二年の大地震で十三号室の建物はすつかり潰れて跡方もなくなつた様である。〔後略〕

M7,M37社屋Uchida_Hyakken内田 百間
(うちだ-ひゃっけん、戦後筆名を百閒と改めた〔読みは同じ〕。1889-1971)

夏目漱石門下の日本の小説家・随筆家。本名は内田榮造。別号百鬼園(ひゃっきえん)。
得体の知れない恐怖感を表現した小説や、独特なユーモアに富んだ随筆などを得意とした。
1910年(明治43)東京帝国大学文科大学入学。文学科独逸文学専攻。
1911年(明治44)療養中の夏目漱石を見舞い門弟となる。小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平らと知り合う。

『夏目漱石全集』(岩波書店)の校閲に従事したのは1917年(大正6)28歳のころ。
夏目漱石没後20年に際して刊行された『思想』第162号・特輯漱石記念号(昭和10年11月)に、「築地活版所十三号室」、「漱石全集は日本人の經典である」をしるしたのは46歳のころ。
また「築地活版所十三号室」には「大正十二年の大地震で十三号室の建物はすつかり潰れて跡方もなくなつた樣である。」とあるが、東京築地活版製造所の本社工場は大正11年のはじめに全面的に取りこわされ、新築がなって、移転の当日に関東大震災に襲われている。此の部分は百間の記憶違いである。
────────
内田百間による「築地活版所十三号室」の既述と、残された写真とを照合すると、運河沿いの二階角部屋、通路脇の一室が出張校正室につかわれていたことが判明し、大正年代、関東大震災襲来までの東京築地活版製造所の部屋割りの一部があきらかになった。

また東京築地活版製造所はもっぱら活字鋳造所として知られるが、明治初期からさまざまな版式の印刷を手がけており、活字版印刷も『虞美人艸』(夏目金之助〔漱石〕著、春陽堂、明治40年12月29日)をはじめ、岩波書店『漱石全集』14巻を二年ほどでまとめている。

◯ 『虞美人艸』(夏目金之助〔漱石〕著、春陽堂、明治40年12月29日)
菊判 本文606ページ、印刷者・野村宗十郎、印刷所・東京築地活版製造所
基本組版 : 五号明朝活字 一行33字詰め 字間五号四分 一頁13行 行間五号全角
20171122144039_00001 20171122144039_0000420171122144039_00005
◯ 『漱石全集』(第五巻 著作権者・夏目純一、漱石全集刊行会、大正7年5月5日)
菊判 本文970ページ、印刷者・大久保秀次郎、印刷所・東京築地活版製造所
基本組版 : 五号明朝活字 一行44字詰め 字間ベタ 一頁14行 行間五号全角
20171122144039_00002 20171122144039_00003 20171122144039_00006
〔推奨参考図書 『漱石全集物語』(矢口進也著 2016年11月 岩波書店)〕

【良書紹介】 「ミツカン水の文化センター」の機関誌『水の文化』 第57号発刊 特集{江戸が意気づく イースト・トーキョー}

20171105003923_00001「ミツカン水の文化センター」の機関誌『水の文化』 第57号
特集「江戸が意気づく イースト・トーキョー」

東京の東側が元気だ。例えば、蔵前や清澄白河といったエリアでは、若いクリエイターたちが隅田川と関連運河の水辺のまちに魅力を感じて移り住んでいる。
振り返れば、江戸時代の江戸(東京)の中心軸は今よりも東側だった。幕府が「明暦の大火」(1657年[明暦3])をきっかけに隅田川左岸の低湿地を開発したことで、市街地(町場)は東へと広がっていった。

今、行政や企業、住民などさまざまな担い手が、東京の東側で生み出しつつある「現代ならではの魅力」を、地域の資産である隅田川と関連運河の視点から探っていく。東京の東側「イースト・トーキョー」で起きている変化の裏には、いったい何があるのだろうか――。

【 詳細 : ミツカン 水の文化センター 】 { 文字壹凜 まとめ }

【展覧会】 国文学研究資料館 特別展示 「伊勢物語のかがやき-鉄心斎文庫の世界-」

伊勢物語01 伊勢物語02国文学研究資料館 特別展示
「伊勢物語のかがやき-鉄心斎文庫の世界-」
会  期 : 平成29年10月11日[水]-12月16日[土]
* 土曜日は正面入口が閉まっておりますので、
北側通用口(正面玄関左手)よりお入りください。

休室日 : 日曜日・祝日、展示室整備日(11月22日)
開室時間 : 午前10時-午後4時30分 * 入場は午後4時まで
場  所 : 国文学研究資料館1階 展示室   入場無料
主  催 : 国文学研究資料館
──────────
鉄心斎文庫は、品川区三和テッキ株式会社の社長であった故芦澤新二氏が、夫人の美佐子氏とともに40 年の歳月と情熱をかけて収集した、世界に類を見ない「伊勢物語」のコレクションであり、平成27 年度に約1000 点が当館へ寄贈されました。
日本文化を形成する基盤的作品として位置付けられる「伊勢物語」の優品約80点を、鉄心斎文庫の中から展示します。

【 詳細情報 : 国文学研究資料館

【展覧会】 高下せい子・手塚真梨子・天野美帆 三人展 11月20日─12月09日  GalleryBar Kajima

20171120202307_00001 20171120202307_00002

高下せい子 ・ 手塚真梨子 ・ 天野美帆  三人展
11月20日─12月09日
GalleryBar Kajima  加島牧史
営業時間:14:00-24:00 *日祝日休み
Mail :gbkajima@gmail.com
Web&Blog : https://gbkajima.jimdo.com/
104-0061 中央区銀座7-2-20 山城ビル2 階
Tel : 03-3574-8720
──────────
ちょっとした贅沢だな。個性もキャリアも共通点を見つけるのが難しいこれら三人の女性作家に出品をお願いすることは、何か気になるという直感だけだ。
ただいえることは、絵を描くことを、絵にしてゆくことを、ひとつの本能としてもっている作家たちだろうということ。
どこを描いているのかという興味があるのだ。
描かれなければならない絵が、ただ漠然と白い壁に掛った風景をぼんやりと眺めてみたいという贅沢なんだ。(加島牧史)   { 文字壹凜Summary }

【展覧会】 2018チャリティーカレンダー展+環境ポスター展 地球はともだち事務局 11月24日─30日

2017カレンダー 20171120202307_000042018 チャリティーカレンダー+環境ポスター展
会  場 : 山脇ギャラリー
会  期 : 2017年11月24日[金]-11月30日[木] * 26日休館
時 間 : 11:00〜18:00  * 初日24日は14:00から  * 最終日30日は14:00まで
──────────
『地球はともだち』を共通テーマにしたチャリティーカレンダー展・環境ポスター展を今年も市ヶ谷・山脇ギャラリーにて開催します。
様〻なジャンルのクリエイターによる環境ポスター展示と、内11名によるチャリティーカレンダーを展示・販売。
展覧会会場での売り上げは東北3県(岩手県・宮城県・福島県)に、カレンダーと共に寄贈します。
【 詳細情報 : 地球はともだち事務局

【展覧会】 「竹尾デスクダイアリーの60年」展 竹尾 見本帖本店 2F 2017年12月11日[月]-2018年1月19日[金]

20171122193619_00001 20171122193619_00002

bannar-S-1[1]

「竹尾デスクダイアリーの60年」展
会  期 : 2017年12月11日[月]-2018年1月19日[金]
土日祝日および年末年始(12/29-1/4)休
会  場 : 株式会社竹尾 見本帖本店 2F
時  間 : 10:00-19:00 * 1月5日[金]は17:00まで
──────────
1958年に最初の「竹尾デスクダイアリー」(1959年版)がつくられ60年。
さまざまなクリエイターがその制作に力を注いできました。
それは戦後日本のデザイン史にも重なり、
印刷や製本技術にも匠の技が込められています。
本展では2018年版までの全60冊を製本にまつわる記録映像や制作リストと共に公開。
 竹尾デスクダイアリーが歩んできた60年をぜひご覧ください。

【 詳細情報 : 株式会社 竹尾

【展覧会】 竹久夢二 心に残る風景を探して ─ 自然、旅、東京の景色を描く ─

竹久夢二
竹久夢二美術館

竹久夢二 心に残る風景を探して ― 自然、旅、東京の景色を描く―
会   期 :
9月29日[金]-12月24日[日]
開館時間 : 午前10時-午後5時 (入館は4時30分まで)
休 館 日 : 月曜日
料    金 : 一般900円/大・高生800円/中・小生400円 (弥生美術館と共通)
──────────
山の絵では世間が承知しないんだ。
  やっぱり女の子の絵しか売れない、悲しいよ
               (望月百合子「竹久夢二」より)

〈夢二式美人画〉と呼ばれる女性絵で、絶大な人気を得ていた竹久夢二(1884-1934)。
その一方で、自然を愛し旅を重ね、夢二は山の絵をはじめとする情趣豊かな風景画を数多く制作しました。ところがそのような作品は世間に受け入れられず、悲 しい思いを友人に伝えていました。
本展では、夢二の眼と心を通して表現された風景の世界を、日本画・水彩画・スケッチ、自身が表紙絵を飾った雑誌や楽譜を中心に紹介します。そして個性溢れる筆遣いで描かれた風景画を通じて、夢二の知られざる素顔に迫ります。

【 詳細情報 : 竹久夢二美術館

【展示会】 株式会社エヌ・ビー・アール(古澤省吾代表) 新ブランド “LINEN & BASIC” を立ち上げ IFFT 2017 に出展

20171113175823_00002 20171113175823_00001
株式会社エヌ・ビー・アール(古澤省吾代表)は、このたび 新ブランド “LINEN & BASIC” を立ち上げ、IFFT 2017(インテリア ライフスタイル リビング 2017)に 出展されます。
“LINEN & BASIC” は、リネン製品を使った暮らしの心地よさを、シンプルに表現するブランドとして、独自の商品づくりのもと、インテリア & ホームウェアまでのさまざまなカテゴリーのなかで、リネンのやさしさを実感していただける商品を幅広く企画し、提供するとされ、このたび IFFT 2017 展示会 でデビューする運びとなりました。

展示会  IFFT 2017 インテリア ライフスタイル リビング 2017
日  時     11月20日[月]-22日[水] (3 日間)
時  間  10:00-18:00(最終日は17:00まで)
会  場  東京ビックサイト 西 1 ホール   EVERYDAY / KITCHEN LIFE   C25 ブース
出展名  LINEN & BASIC / 株式会社エヌ・ビー・アール
* 入場には登録券と名刺二枚が必要です。

──────────
Linen Shop Cadeau 屋 (かどや)

Linen Shop Cadeau 屋 (かどや)は、1998年に創業した商社、
株式会社エヌ・ビー・アールが運営をしております、リネンの専門店です。

リネンはフラックスという亜麻科の一年草から採れます
フラックスの種蒔きは、春
場所はおもに亜寒帯
土が乾燥しぎず、日当たりが良いところ
ほぼ100日が過ぎた夏、青紫の可憐な花をつけ
朝早くに咲いた花は、お昼までには散ってゆきます

やがてタネを実らせたフラックスは
夏の風にカラカラと音を立て
収穫の時期を知らせます
刈り取られて地面にしばらく寝かせられたあと
茎を梳いて繊維が取り出され、リネンが誕生します
リネンの花言葉は “ 感 謝 ”
リネンのお店 Cadeau 屋 (かどや) へようこそ。

亜麻の花 古澤省吾さん2017.08.15resized[1]左) 字 遊 斎                      右) 古澤省吾さん

[ 関連情報 : 【研究会】 糸・紙・繊維・布 ─ 原 啓志さん 亜麻の花と亜麻の種

【展覧会】 PVC Design Award 2017 受賞展示会 GOOD DESIGN Marunouchi

PVCPVC Design Award 2017 受賞展示会
2017 PVC DESIGN AWARD
11月16日[木]-26日[日]
入場無料  11:00-20 :00
GOOD DESIGN Marunouchi
東京都千代田区丸の内3−4−1  新国際ビル1 F
TEL  03-6273-4414
──────────
2017 PVC DESIGN AWARDは、PVC(塩ビ)素材(軟質・硬質を含む)の特長を活かしたデザイン提案・製品を広く公募する賞です。
PVCは、加工性、印刷性、耐久性、耐摩耗性、耐腐食性、リサイクル性などに優れた素材です。この身近な素材として社会を支えてきたソフトPVCならではの、くらしや社会への持続可能な提案(デザインおよび製品)を募集する PVC DESIGN AWARD2017 の準大賞・優秀賞ほか、入賞作品を発表・展示します。

【 詳細情報 : GOOD DESIGN Marunouchi

【展覧会】 助手展 武蔵野美術大学助手研究発表 2017 11月27日[月]-12月22日[金]

20171113140420_00001 20171113140420_00002
武蔵野美術大学美術館
助手展 武蔵野美術大学助手研究発表2017
The Research Associate Exhibition 2017
会  期|2017年11月27日[月]-12月22日[金]
休館日|日曜日
時  間|10:00-18:00(土曜日は17:00 閉館)
入館料|無 料
会  場|武蔵野美術大学美術館 展示室1・2・4・5、アトリウム1・2
主  催|武蔵野美術大学 美術館 ・ 図書館
──────────
武蔵野美術大学研究室の一員である助手たちが、日頃の製作や研究の成果を発表する展覧会。
日々の授業運営などを担うかたわら、アーティスト、デザイナー、あるいは研究者としても活躍する助手たちの多彩な表現を展観する。
本展では出品作家である助手自身が企画運営にも携わる。

【 詳細情報 : 武蔵野美術大学美術館・図書館

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-08  活版印刷ゼミナール 展示・実演+講演会+掃苔会

掲示ポスター用

メディア・ルネサンスロゴ01[1] メディア・ルネッサンスweb !cid_11D50FD2-7F39-4717-80C5-58E092A70F7E プリント用 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭日程表 PDF

 * メーン会場は日展会館新館二階になります。
二階の展示場には、稀覯書をふくめた豊富な資料がならび、また活版印刷実践者による製作品の数数がならびます。皆さまには至近距離から展観していただけます。
また明治六年に平野富二がまっさきに製造したものと同型の、アルビオン型手引き式活版印刷機、朗文堂 サラマ・プレス倶楽部製造・販売 「Salama-21A」、「Salama-LP」 の小型活版印刷機二台を搬入して、ご来場の皆さまに操作・印刷していただきます。ぜひともご体験ください(一部有料です。上掲案内をご覧いただき会場にてお支払いください)。

* 講演会場は日展会館新館一階になります。
講演は各講師とも一時間を予定しております。貴重な原資料の展観をふくめ、著作・画像をまじえての講演となります。
友人・知人をお誘いのうえ、ふるってご参加ください(聴講・参加費無料)。

* 一階講演会場は映写室を兼ねています。
講演の終了後は、朗文堂サラマ・プレス倶楽部所蔵の貴重な動画・スライドショーをエンドレス・ロールでご覧いただきます。講演会が優先で中途上映打ち切りになることがあります。

* {掃苔会}は主会場の日展会館に隣接する谷中霊園を中心に、明治近代産業とメディアの勃興に貢献した著名人の記念碑・顕彰碑・墓地・墓標などをめぐります。
プレイベント<江戸・東京 活版 さるく>をうけて、より一層充実した内容となります。版を重ねた特製ガイドブックをもとに、ベテラン会員がご案内いたします。
歩きやすい靴と服装でご参加ください。また道中に自動販売機がありませんので飲み物を各自ご用意ください。
(11月26日[日]10:10  二階の受付前にご集合ください。資料代として参加費1,000円)
──────────
会場 日展会館新館
110-0002 東京都台東区上野桜木2-14-3
TEL 03-5809-0803
・ JR日暮里駅 南口跨線橋上の駅舎です)より谷中霊園碑文通り経由、徒歩8分
・ 地下鉄千代田線・千駄木駅もしくは根津駅より徒歩10分
日展会館新館地図【 Googleマップ 】

【展覧会】 調布市郷土博物館 近藤勇と調布の幕末維新

20171111205932_00001 20171111205932_00002調布市郷土博物館
近藤勇と調布の幕末維新
2017年10月11日-12月17日[日] 午前9時-午後4時
休館日:月曜日(月曜が祝日のばあいは翌日)
──────────
慶応3年(1867)、江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜は朝廷に政権を返上し、武家政権は終わりを告げ、明治という新しい時代へと転換していきました。
平成29年(2017)は、この大政奉還から150年を迎えます。

激動の幕末維新史に広く名の知られる新選組局長・近藤勇は、天保5年(1834)、武蔵国多摩郡上石原村の生まれで、調布の出身です。幕末の社会不安が江戸周辺農村にも広まり、農民が自衛の手段として武術を嗜んだ時代、近藤勇は調布の農村から移りゆく時代の最前線へと身を投じていきました。
本展では、大政奉還150周年を記念して、今年3月に市有形文化財に指定された「近藤勇養子縁組状」や市内に残された古文書などを展示し、甲州街道を通して江戸と結ばれる地域性のなかで近藤勇を生んだ幕末維新期の調布について紹介します。

調布市郷土博物館 東京都調布市小島町3-26-2 電話 042-481-7656]
* 近藤勇写真はサラマ・プレス倶楽部会員:桜井孝三氏蔵

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-01

メディア・ルネサンスロゴ01 メディア・ルネサンスロゴ02
☆ プレイベント:「江戸・東京 活版さるく」 
無事に終了しました。

  11月11日[土]開催 (バスツアー 先約40名様 参加費7000円)

☆ メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭
会  期 : 2017年11月24日[金]-26日[日] 10:00-17:00(最終日15時まで)
会  場 : 日展会館 新館 (東京都台東区上野桜木町2-14-3)
入場料 : 無 料(催事の一部には参加費が必要なものもあります)
* 展示のほか、講演会、活版ゼミナール、産業人掃苔会開催。詳細は後日WebSiteで

主    催 : 朗文堂 サラマ・プレス倶楽部 160-0022 東京都新宿区新宿2-4-9
協    賛 : 株式会社 I H I 、株式会社イワタ、株式会社モリサワ
協    力 : 平野ホール、「平野富二生誕の地」碑建立有志の会、タイポグラフィ学会

平野富二平 野  富 二
長崎新塾出張東京活版製造所/有限責任東京築地活版製造所 創設者
石川島平野造船所/有限責任石川島造船所(現 IHI) 創設者
明治産業近代化のパイオニア 生誕170年
弘化03年08月14日-明治25年12月03日 1846. 08. 14-1892. 12.03 享年47

【 継続詳細情報 : サラマ・プレス倶楽部 イベントアーカイブ にて連続紹介 】

Main image 製作/日吉洋人会員
主要使用書体/イワタ太ゴシック体欣喜堂・朗文堂 おゝことのはH欣喜堂・朗文堂 銘石B
{漢数字 二} 平野富二墓標「二」より採取・加工 原字:吉田晩稼書 大楷書(蚕頭雁尾)より

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-04 11月11日[土] プレイベント{江戸・東京 活版さるく}ご案内

 プレイベント{江戸・東京 活版さるく}は
好天に恵まれ、全日程を消化して無事に終了いたしました。
ご参加ありがとうございました。

つぎは「日展会館 新館」でお会いしましょう。
バーナー
さるく01resized さるく02resized さるく03resized さるく04resized    【 江戸・東京 活版さるく 案内パンフレット -参加者配付資料 】
A4判 46ページ 中綴じ 朗文堂 サラマ・プレス倶楽部
コンテンツ協力 : 古谷昌二 ・ 板倉雅宣  デザイン製作 : 日吉洋人会員

map-EdoTokyo1107-2     【 プリント用PDF  江戸・東京 活版さるく概略図 859MB 】
A3 判 カラープリント 参加者配付資料 朗文堂 サラマ・プレス倶楽部
コンテンツ協力 : 古谷昌二  デザイン製作 : 春田ゆかり会員
江戸・東京 活版 さるく【 プリント用PDF  江戸・東京 活版さるく旅程表  514KB 】
旗resized缶バッジresized

☆ プレイベント:「江戸・東京 活版さるく」
11月11日[土]開催 (バスツアー)

平野富二(1846-92)の生誕170年を記念して、平野富二の生誕地長崎に設けられていた官立「長崎製鉄所」をはじめ、「海軍伝習所」、「医学伝習所」、そしてあまりにも資料不足だった「活版伝習所」などの、施設と人員と物資が、相互に関連しながら、いつ・どこへ・どのように江戸・東京にもたらされたのかを、豊富な資料をもとに探るツアーです。

「さるく」とは肥前・肥後など九州北東部の方言で、ぶらぶら歩きをさします。昨年五月開催の<Viva la 活版 ばってん 長崎 崎陽長崎探訪・活版さるく>では、狭隘な長崎市街地を考慮して小型バス二台での「さるく」となりました。 ことしはより広い東京での開催となります。
バスツアーといいながら、相当徒歩でのコースもありますので、歩きやすい靴と服装でご参加ください。

【 お問い合わせ・申し込み先 : 朗文堂 サラマ・プレス倶楽部  » send email 】

【朗文堂ブックコスミイク】 好評既刊書 古谷昌二『平野富二伝-考察と補遺』 平野富二生誕170年祭

バーナー c744292ca56cacab6da941241b982f44[1] 平 野  富 二
長崎新塾出張東京活版製造所/有限責任東京築地活版製造所 創設者
石川島平野造船所/有限責任石川島造船所(現 IHI) 創設者
明治産業近代化のパイオニア 生誕170年
弘化03年08月14日-明治25年12月03日 1846. 08. 14-1892. 12.03 享年47
平野表紙uu[1]
平野DM表 平野DM裏『平野富二伝-考察と補遺』 フライヤー PDF 13.93MB 
朗文堂コスミイク 既刊書案内

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-06 <江戸・東京 活版さるく>訪問地:お玉が池種痘所

20171104170008_00004 20171104170008_00005

バーナーDSCN2784江戸・東京 活版さるく 訪問先
27 お玉ヶ池種痘所 跡
所在地 千代田区岩本町2丁目 (もと勘定奉行川路聖謨旧私邸内)

標示物 : 「お玉ヶ池と種痘所跡」標柱、記念プレート、解説板
概  要 : 安政5(1858)年5月に江戸の蘭方医83人が出資して、神田お玉が池に「種痘所」を設置した。この土地はのちに累進して幕府勘定奉行筆頭となった川路聖謨(かわじ としあきら 1801―68)が、かつて所有していた私有地を提供したと伝えられている。
しかしこの地での「種痘所」は、同年11月、開設からわずか半年にして火災により類焼したため、大槻俊斎(おおつき しゅんさい 1806―58)と、伊東玄朴(いとう げんぼく 1801―71)の家を臨時の種痘所とし、その後神田和泉町へ移った。→ ●43、●42

なおこの土地の提供者とされる川路聖謨は、のちに累進して幕府の勘定奉行となり、ロシアのプチャーチンとの外交交渉を担当したことでも知られる。
ロシア側は川路の聡明さを高く評価し、その肖像画(写真)を残そうとしたが、子供の頃に疱瘡(天然痘)を患ったために痘痕(あばた)顔であった川路は、
「自分のような醜男が、日本男児の標準的な顔だと思われては困る」
という機知に富んだ返答をしたという逸話が残っている。また筆まめで『長崎日記』、『下田日記』(東洋文庫124 平凡社)などをのこした。

Toshiakira_Kawaji[1]川路聖謨(1801-68)
天然痘をわずらったため、顔にはあばた(痘痕)が多かったとされる
天然痘予防の「種痘所」が旧宅に設けられたのは、なにか因縁を抱かせる

戊申の折には「表六番町-現在の市ヶ谷近くか」に隠居し、また中風になって右腕が不自由な躰であったが、江戸開城の報を聞き、割腹、さらにピストルを喉に発射、自死して徳川幕府に殉じた。日本で最初にピストル自殺をした人物ともされる。

!cid_4C0992BB-76C0-4C46-AD80-B76D1D4750F7──────────
読書家のかたにとっては、なにをいまさらといわれかねないが、吉村 昭『落日の宴-勘定奉行川路聖謨』 を読みなおしている。同書帯にも引用されているが、吉村 昭は文芸誌『群像』に連載する前に、二〇年余の準備期間ともいえる時間をかけて川路聖謨の取材をかさねていた。

『落日の宴-勘定奉行川路聖謨』  あとがき
〔前略〕 川路〔聖謨〕は、幕末に閃光のようにひときわ鋭い光彩を放って生きた人物である。軽輩の身から勘定奉行筆頭まで登りつめたことでもあきらかなように、頭脳、判断力、人格ともに卓越した幕吏であった。
このような異例の栄進は、一歩道をあやまれば日本が諸外国の植民地になりかねない激動期に、幕閣が人材登用を第一とし、家柄、序列その他をほとんど無視したからである。
大きな危機感をいだいていた閣老たちは、川路をはじめとした有能な幕吏を積極的に抜擢し、その期待にかれらは十分にこたえた。開国以後の欧米列国との至難な外交交渉、国内の目まぐるしい混乱をへて日本を明治維新にすべり込ませることができたのは、これらの秀れた幕吏の尽力に負う所が大きい。〔後略〕

20171106152311_00001徳川幕府の奉行職とは、ほとんど旗本がその職につき、知名度のわりに禄高はひくかった。
川路聖謨もはじめは200俵の扶持米の軽格であり、勘定奉行の時500石とされている。役職金の500石を加えても、さほどの禄を得ていたわけではない。

神田お玉が池の旧宅に、川路聖謨がいつの時代に居住したのかあきらかではないが、当時は藍染川にそった、湿気のたかい、簡素な家だったようである。
いまは東京大学医学部建立による簡素な石柱がある。

参考資料 : 『 国史大辞典 』 (吉川弘文館)

      川路聖謨 かわじとしあきら (一八〇一-六八)

江戸時代末期の勘定奉行。名は聖謨、通称は弥吉、ついで三左衛門、叙爵して左衛門尉と称し、隠居して敬斎と号し、死の直前に頑民斎と改めた。
享和元年(一八〇一)四月二十五日、幕府直轄領の豊後国日田(大分県日田市)に生まれた。父は日田代官所の属吏内藤吉兵衛歳由。 文化五年(一八〇八)父が幕府の徒士組に転じたので、伴われて江戸に移り、同九年十二歳で小普請組川路三左衛門光房の養子となった。
はじめ小普請組から支配勘定出役・評定所留役を経て、文政十年(一八二七)寺社奉行吟味調役となり、天保六年(一八三五)出石藩主仙石家の内紛の断獄にあたり、奉行脇坂安董を扶けて能吏としての名を挙げ、勘定吟味役に抜擢され、同十一年佐渡奉行、翌十二年小普請奉行、同十四年普請奉行、弘化三年(一八四六)奈良奉行、嘉永四年(一八五一)大坂町奉行を歴任、翌五年九月勘定奉行に昇進し海防掛を兼ねた。
同六年六月ペリーの浦賀来航には国書の受理を主張し、また若年寄本多忠徳に従って房総海岸を巡視した。
ついでプチャーチンの長崎来航により、同年十月露使応接掛を命ぜられ、十二月以降長崎において、翌安政元年(一八五四)十一月以降下田において談判し、十二月二十一日大目付筒井政憲とともに日露和親条約に調印した。
翌二年八月禁裏造営掛を命ぜられ、上京して大任を果たした。
同三年十月老中堀田正睦が外国事務取扱を兼ねると、外国貿易取調掛を命ぜられ、翌四年八月にはハリス上府用掛となった。

同五年正月正睦が条約勅許奏請のため上京するにあたり、外国事情に通じているところから目付岩瀬忠震とともに随行を命ぜられた。 かつて奈良奉行時代に青蓮院宮尊融入道親王(のち朝彦親王)に知遇を得、また禁裏造営掛として公卿間にも知己が多く、大いに運動したが失敗し、四月正睦と帰府した。
時に政治問題となっていた将軍継嗣では、一橋慶喜を擁立する一橋派に属していたため、大老に就任した井伊直弼に疎まれ、同年五月西丸留守居の閑職に左遷され、翌六年八月さらに免職・隠居を命ぜられ、差控に処せられ、家督は嫡孫太郎(寛堂)が継いだ。
文久三年(一八六三)五月外国奉行に起用されたが、十月老疾をもって辞した。
以来官途につかず、慶応二年(一八六六)二月中風を発して身体の自由を失い、読書に親しみ、かつ徳川家の高恩を思い、奉公の念を忘れなかった。
明治元年(一八六八)三月十五日の朝、東征軍が迫って江戸開城も目前にあるを察し、表六番町(千代田区六番町)の自宅において、
「天津神に背くもよかり蕨つみ飢にし人の昔思へは 徳川家譜代之陪臣頑民斎川路聖謨」
の辞世を残し、割腹ののち、短銃をもって果てた。六十八歳。法名は誠恪院殿嘉訓明弼大居士。
上野池ノ端七軒町(台東区池之端)大正寺に葬った。贈従四位。

川路聖謨は平素文筆に親しんで多くの遺著を残したが、遠国奉行中の日記をはじめ、露使と応接した『長崎日記』『下田日記』、京都に使いした『京都日記』『京日記』および晩年の日記は『川路聖謨文書』全八巻(『日本史籍協会叢書』)に収められる。
ちなみに下田奉行・外国奉行などを歴任、外交の第一線で活躍した井上清直は聖謨の実弟である。

──────────
59e3429eb264f1[1]吉村昭記念文学館
吉村昭 生誕90周年記念 企画展
「吉村昭とふるさとあらかわ ~生い立ちとその作品世界~」
会    期 : 10月28日[土]-12月10日[日]
* 11月26日[月]・16日[木]は休館
時    間 : 9時30分-17時(常設展示は20時30分まで)
入館料 : 無料
会   場 :  ゆいの森あらかわ 3階 企画展示室
──────────
荒川区出身の小説家、吉村昭(昭和2年-平成18年)の生誕90周年を記念して、
「吉村昭とふるさとあらかわ~生い立ちとその作品世界~」を開催します。

吉村昭は、昭和2年(1927)、現在の荒川区東日暮里六丁目に生まれました。多感な時期を荒川区で過ごし、その時の経験は「吉村昭」の原点となりました。随筆や短篇小説には度〻荒川区が登場し、最後の長篇小説も荒川区を舞台とした「彰義隊」でした。
本展示では、荒川区で過ごした幼少期から青年期にかけての写真やゆかりの品などから「吉村昭」の原点をたどり、自筆原稿や作品に関連する挿絵を通して、吉村の描いた作品世界を紹介します。

【 詳細 : 吉村昭記念文学館 】

【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭 ─ 07

バーナー メディア・ルネサンスロゴ01[1]メディア・ルネッサンスweb平野富二生誕メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭 活版ゼミナール 日程表 !cid_11D50FD2-7F39-4717-80C5-58E092A70F7E プリント用 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭日程表 PDF

* 一階講演会場は映写室を兼ねています。講演終了後は朗文堂サラマ・プレス倶楽部所蔵の貴重な動画・スライドショーをエンドレスロールでご覧いただきます。
* 講演は各講師とも一時間を予定しております。貴重な原資料の展観をふくめ、著作・画像をまじえての講演となります。友人・知人をお誘いのうえ、ふるってご参加ください。
* {掃苔会}は主会場の日展会館に隣接する谷中霊園を中心に、明治産業とメディア勃興に貢献した著名人の墓地・墓標・記念碑・顕彰碑などをめぐります。プレイベント<江戸・東京かっぱんさるく>をうけて、今回はより一層充実した内容となります。 版を重ねた特製ガイドブックをもとに、ベテラン会員がご案内いたします。歩きやすい靴と服装でご参加ください。
* 二階の展示場には、稀覯書をふくめた豊富な資料がならび、至近距離から展観していただけます。また明治六年に平野富二が製造したものと同様の、手引きアルビオン型活版印刷機、サラマ・プレス倶楽部製造の小型活版印刷機二台も搬入して、実際に操作・印刷していただきます。ぜひともご体験ください。 

【新宿私塾】 新宿私塾第31期順調に進行中──第32期受講生先行予約受付開始

私塾31期順調 Web31期入塾2 31期カリキュラム表紙たくさんの種子をつけたピラカンサス ひめやかに花をつけ豊かに薫る金木犀《 新宿私塾第31期、さわやかな秋の風のなか、意欲満満でスタートしました 》
ことしの夏は酷暑・猛暑の日日でしたが、晩夏になると天候不順の毎日がつづきました。
そんな日日のなか、09月26日[火]、新宿私塾第31期がスタートしました。

10月に入ると突然の解散・総選挙があり、同時にふたつの颱風が日本列島を駈けぬけていきました。
それでも霜月・11月をむかえたいまは、隣接する新宿御苑の遊歩道にはピラサンサがたわわに実り、金木犀のかおりがかすかにただよい、新宿私塾の教場は熱気をおびています。
DSCN4355resized DSCN4365resized[第3回講座 講師 : 木村雅彦さん] みずから採拓したトラヤヌス帝の碑文の拓本(AD114年)と、著作『ヴィネット01 トラヤヌス帝の碑文がかたる』をもとに、ローマ大文字の成立と、スウァンハイム、ダ・スピラ7、ニコラ・ジェンソンなどの活字をほとんど実際の印刷物からさぐり、現代への展開をはかるもっとも基礎的な講座です。

河野三男さん01resized 河野三男さん02[第4回講座 講師 : 河野三男さん]  講義:欧文書体を学ぶ-欧文書体の系譜・分類・部分名称。大量のオリジナルデーターと、副読本『欧文書体百花事典』をもとに、ブラックレターから近代活字までの歴史を俯瞰するもっとも基礎をなす講座です。
DSCN4606resized DSCN4618resized[第6回フィールドワーク] 株式会社理想社(田中宏明さん)。理想社は1921年(大正10)年創業の書籍印刷を中心とする名門印刷所です。
創業時は秀英舎系の組版所でしたが、三代96年におよぶ風雪に耐え、図書づくりに専念してきた同社から学ぶところはたくさんあります。土曜日午後のフィールドワークとして新宿私塾開設以来協力をいただいています。
──────────
私塾32期生募集新宿私塾第32期は来年04月から講座開始。来年09月までの開講が予定されています。
詳細スケジュールは現在のところ未定ですが、基本的に毎週火曜日、午後6時30分から9時40分が講座開設日時となります。
全25回の講座のうち、土曜日に設定されるフィールドワーク、特別講座が 2 回予定されています。
講義内容は現在開講中の第31期とほぼ同様です。
カリキュラム、受講料などの詳細は〔新宿私塾のウェブ〕でご覧いただけます。
──────────
入塾ご希望の方は、下記メールにご連絡をお願いいた します。メール受付順の入塾とさせていただきます。
◯ 朗文堂タイポグラフィスクール 新宿私塾
担当 : 鈴 木  孝  
robundo@ops.dti.ne.jp   » send email
件名/新宿私塾 第32期申し込み
   お名前(ヨミガナ)、送付物宛先住所、電話(携帯可)
その後の手続きは、メールをいただいたのちご連絡いたします。
そのほかに新宿私塾に関してのご質問などがある方は 電話連絡 (担当:鈴木 03-3352-5070)をしてください。
【 詳細データ : 新宿私塾

【印刷図書館】 財団創立70周年記念誌『印刷図書館コレクション』刊行/出版パーティー開催

一般財団法人 印刷図書館(理事長:山田雅義)は、2017年03月、財団設立70周年を迎えました。 その記念事業の一環として、『印刷図書館コレクション』(A4判/120ページ、上製本/非売品)を刊行。
20171104004014_00001『印刷図書館コレクション』刊行記念パーティが10月26日[木]一ツ橋如水会館で開催され、多くの来賓と会員が参集しました。
来賓の挨拶につづき、永年にわたって印刷図書館の司書として活躍されている松本佐恵美さんに感謝の花束が贈呈され、会場は華やかなふんいきにつつまれました。

DSCN4503 DSCN4505 DSCN4510 印刷図書館は、印刷及びその関連分野の資料を収集し、印刷技術及び印刷文化の発展向上に寄与することを目的とする専門図書館です。[入会案内
印刷図書館 所在地
〒104-0041 東京都中央区新富1-16-8  日本印刷会館3F
電話 03-3551-0506
FAX 03-3551-0509

【展覧会】 第三回 ぶっく寺す 真宗大谷派 雲雀山念興寺 11月25・26[土・日]開催

晩秋、懐かしい本や、深い教えに出会ってみませんか?
講演、発表会、ワークショップ、プチマルシェ……本・文化・「ご縁」を感じる二日間
[瓜生美幸(旧姓正成)さんからのメッセージ]

20171104170008_00002 20171104170008_00003瓜生夫妻 2015年秋撮影 瓜生(正成)みゆきさん
真宗大谷派 雲雀山念興寺 瓜生義寛住職

第三回ぶっく寺す フライヤー PDF  4.97MB 】

【展覧会】 戸谷成雄―現れる彫刻 Shigeo Toya – Sculpture to Emerge

toya_poster-r[1] むさび02
戸谷成雄―現れる彫刻
Shigeo Toya - Sculpture to Emerge

会  期|2017年10月16日[月]-11月11日[土]
休館日|日曜日、祝日、10月30日[月]
* 10月29日(日)は特別開館
時  間|10:00-18:00(土曜日、特別開館日は17:00閉館)
入館料|無 料
会  場|武蔵野美術大学美術館 展示室 2・3、アトリウム1
主  催|武蔵野美術大学 美術館 ・ 図書館
──────────
彫刻の根源的成り立ちから考察したうえで作り出されてきた戸谷成雄の作品は、彫刻が生み出す作品世界への深い思索を誘う。
下層に何かがうごめいているかのようにも見える彫刻の表面は、見えるものと見えないもの、現れることと現れないこと、といったふたつの領域の境界を示す。
展示空間全体を使った大型作品を中心に展示し、戸谷が思考してきた彫刻の構造とその発生の場を探る。

【 詳細 : 武蔵野美術大学 美術館 ・ 図書館

【展覧会】 英字新聞が伝えた「日本」――ジャパンタイムズ120年のあゆみ ニュースパーク(日本新聞博物館)

ニュースパーク01 ニュースパーク02英字新聞が伝えた「日本」――ジャパンタイムズ120年のあゆみ
Japan through the lens of an English-language newspaper
120 years of The Japan Times
・ ニュースパーク(日本新聞博物館)
・ 10月07日[土]-12月24日[日]
──────────
日本と諸外国との架け橋になることを目指し、日本で初めて日本人の手によって創刊された英字新聞 The Japan Times。
企画展では1897年の創刊から発行し続けた約50万ページに及ぶ紙面の中から、年代・テーマ別に約120点の紙面を厳選。政治経済情勢をはじめ生活や文化まで、日本をどのように報道してきたかを多角的に紹介します。

【 詳細情報 : ニュースパーク(日本新聞博物館)

【研究会】 糸・紙・繊維・布 ─ 原 啓志さん 亜麻の花と亜麻の種

原さん_亜麻01原 啓志さん水彩画  亜麻 ( Flax ; Linum usitatimum

高級リネンが 書簡用紙として
シガレットペーパーとして
コスメテイックペーパーとして生まれ変わる 〔原 啓志〕

亜麻 ( Flax ; Linum usitatimum )は、中央アジアおよびアラビア原産の一年生草本で、直径約 2 mm の茎が真っ直ぐ 1 m 程度まで生長する。
北緯40-50度の地域では、春に播種し、夏から秋にかけて開花、結実する。
暖かいナイル川流域では秋に播種する。
生育には100-120日、降雨量は 700 mm を必要とする。
下部の葉が落ちる頃、刈り取り又は引き抜き、川や池に浸けて精練(レッティング)を行った後、砕茎、打麻(スカッティング)により、長繊維(ライン)さらには亜麻布(リネン)を得る。この時に派生する短繊維(トウ、ウェイスト)の一部を亜麻パルプの原料とする。

エジプトの遺跡から発見された最古の布は亜麻でできていた。この後ピラミッドから発掘された見事な亜麻布は、ニューヨークのメトロポリタン博物館にもたくさん保管されている。
日本への渡来は1690年頃に製薬用の亜麻仁油を採るために栽培されたのが最初であり、明治に入って繊維用の栽培が北海道で初めて成功したが、現在日本ではほとんど栽培されていない。

ところで1100年から1700年頃にかけて、欧米各地に伝播した製紙における最初の原料は襤褸(ボロ)であり、木材パルプが作られるようになるまでは、衣料襤褸がおもな製紙用の原料であった。
中でもリネン襤褸は強度その他の特性から、高級筆記用紙、書簡用紙、高級ボンド紙、特殊薄葉紙、たばこ用巻紙、脂取り紙などに使用されてきた。
日本製紙パピリア株式会社ではこうした亜麻の特性を生かして、高級書簡用紙、印刷用紙のエクロンライティングのほか、旧三島製紙株式会社が創業以来生産している、たばこ用巻紙、脂取り紙などをつくっている。
ベルギーにある国立亜麻博物館に栽培されている亜麻の原種は、あまり背が高くなく、茎も分岐しているが、可憐な美しい花を有史以来咲かせ続けている。

原さんresized【 原 啓志 (はら-ひろし)さん プロフィール 】
・ 1949年  佐賀県生まれ 幼少時より東京北区で育ち、王子の「紙の博物館」が遊び場だった
・ 1973年  東京農工大学卒業  三島製紙株式会社入社
・ 1984年  農学博士(東京大学)
・ 2008年  日本製紙グループの事業再編に伴い、三島製紙株式会社が日本製紙パピリア株式会社となる
・ 2013年  日本製紙パピリア株式会社常務取締役を退任
・ 2014年  高知県製紙工業会紙産業特別技術支援員(2017年3月契約終了)

この間、三島製紙株式会社・日本製紙パピリア株式会社の、開発室長兼開発研究所所長、吹田工場長、原田工場長、本社技術開発本部長、高知工場長を歴任。
1981年と1989年に紙パルプ技術協会賞受賞。

和紙、非木材繊維、パルプ、紙の表面性、吸液挙動等の研究、シガレットペーパー、情報記録用紙、薄葉印刷用紙、ケナフ紙などの特殊印刷用紙、透き入れ紙、特殊紙の開発を手がけるほか、ISO 9000 シリーズ、PL 法対策にも関与。
紙や特殊紙の講演、執筆も多数。
ヨーロッパの手漉き紙に日本の山野草や小動物などを描いた個展を開く。
洋風の食材をモチーフにしたイラストとデザインで、1997全国カレンダー展日本印刷産業連合会会長賞を受賞など趣味も多い。
著書 : 『紙のおはなし』(日本規格協会)、『印刷用紙とのつきあい方』(印刷学会出版部)
共著 : 「最新加エガイド」、「特殊機能紙」、「現代デザイン事典」、「おもしろい繊維のはなし」、「紙パルプ技術便覧」、「紙パルプ事典」ほか

──────────
「十年ひと昔」という。このごろは「うしなわれた20-25年」ともいう。
製紙業界の中枢にながらく勤務された原 啓志さんとの交流は1992年にはじまった。すなわち「ふた昔半」前からのおつき合いであり、「経済一流、政治三流」とみずから嘯き、外国から揶揄されていたわが国が、国勢の下降をはじめた「失われた20-25年」と合致する。

20171012151428_00001 20171012151428_00002中国最古の字書『説文解字』(後漢の許慎著)より <糸 ・ 糸編の字の一部>
『説文解字』(中国紫禁城図書館 黄山書社 2010年 宋版徐本の復刻本)

25年前とは、やつがれが40代後半、原啓志さんが40代前半、まさに元気と勇気と遊気は旺盛だった。それでもいつお会いしても、「昔はよかった …… 」 というようなはなしに堕することがないことがうれしい。
はじめは「草-ケナフから紙をつくりたい」というやつがれの無謀なこころみが縁だった。
’70年代から中国にいくことが多く、宏大な大地における木材資源の枯渇を眼前にし、その地の十数億のひとたちの、印刷用紙・生活用紙・包装用紙の使用が漸増から激増するのをみて危機感をいだいた。
それで木材資源にかえて「草-ケナフから紙をつくりたい」と希望したが、当時はそんな試みは無謀とされ、たれも耳を貸さなかった。ところがそんな逆風のなか、たった一社、ひとり三島製紙の漢 オトコ たちが協力してくれた。

原さんはいかにも技術者らしく冷静にかたられた。
「草の繊維から布や紙をつくっていたのは、木材パルプよりずっと古い歴史があります。できないことはありません」
紆余曲折はあったが、こうして誕生したのが「ケナフ100」であり、その用紙をもちいて『 Y・M・D-モノ・ヒト・デザイン 飛躍する地場産業への提言』(五十嵐威暢企画、マギー・キンザー佐伯著 1993 品切 朗文堂)をつくって、フランクフルトのブックメッセに出展した。
日・英二ヵ国語表記であったが、メッセでは「草からつくった図書」として話題になった。9784947613097DSCN8199 『 Y・M・D-モノ・ヒト・デザイン 飛躍する地場産業への提言』のときは、その用紙を「ケナフ100」と呼び、いわば小社による三島製紙株式会社への特注品ともいえる、別寸特漉き印刷用紙だった。

《 文字百景 1995年6月-1999年12月 印刷用紙にケナフ100を全冊採用 》
B6 判中綴じの小冊子『文字百景』(組版工学研究会 朗文堂)百冊を、1995年6月-1999年12月、四年半ほどのときをかけて発行した。
印刷用紙は当時の三島製紙「ケナフ100グリーンエイド 四六判横目70kg」、題字製作 : 美登英利さん、フォーマット製作 : 白井敬尚さんであった。
「文字百景と謳ったんだから、百冊だすぞ」、と威勢はよかったが、当初は20-30冊も発行できれば……と内心はおもっていた。幸いおおくの協力者を得て百冊の刊行を終えた。
上掲写真は合本で、国立国会図書館、印刷図書館などが所蔵している。
20171030115826_00001 20171030115826_00002 20171030115826_00003「草からつくった紙-ケナフ」のことはあらかたここにしるした。関心のあるかたは PDFデーターからお読みいただきたい。『文字百景 022』 紙をつくってみました(1996年6月)

〔参考 PDF データー made of kenahupaper 18.70MB 〕 

《朗文堂愛着版『花あしび』(堀 辰雄著)に透かし紋様を入れた特注図書用紙を製造》

Bashibi[1]花あしびによすタイポグラフィつれづれ艸  花あしびによす

あえて朗文堂愛着版と謳った。この図書『花あしび』(堀 辰雄著 2000年 朗文堂)にはつよいおもいいれがあり、また故堀辰雄の夫人:堀多恵子氏の支援もいただいていた。
『花あしび』(堀 辰雄著)の本文用紙は三島製紙「オークバルキーオペーク グリーム」を選択した。
この用紙の原材料はカナダ産の広葉樹を中心としたパルプ材からつくられるもので、図書としての保存性を重視し安定した品質の「中性紙」で、わたしたちの要求にもっともちかい、すぐれた性質を有しており、また小社では書物用紙として普段から使いなれていた。

基本的な用紙の品質や印刷適性は安定していたのでなんの問題もなかったが、それでも市販品としての「オークバルキーオペーク クリーム」をそのまま使用したわけではなかった。
当時は「花あしびスペシャル」とよんでいたが、汎用性のたかい書物用紙を、『花あしび』専用に三島製紙に依頼して、「別寸特抄き」によって、透かし紋様(Water mark)をいれて抄造することにした。

書物としての風合いと重厚感をねらって、すこし厚くて重めの斤量、一平方メートルあたり104.7 g、すなわち四六判千枚あたりの重量が 90 キログラムで、一枚あたりの紙厚が 0.125 mm になる用紙を特別に注文した。
そして原材料のパルプ材には、「なにも足さない、なにも塗らない」を基本として、スーパーカレンダーにつよい圧力をくわえず、やわらかくて、やさしい、しなやかな風合いをねらってつくられた。

書簡用紙とは異なり、書物の本文用紙に透かし紋様をいれるばあいは、あくまでも印刷適性を損なわず、平滑性がある用紙にしあげることがもとめられた。またこの用紙が、印刷、製本などの工程をへて一冊の書物となったときに、あらかじめ指定した基本位置にマークが配置されるように工夫することももとめられた。
そもそも透かし紋様とは、全体が均一で平滑性のあることを目指す印刷用紙に、あえて不均一な部分を加えることになる。この二律背反した要求にこたえるために、すべての抄造工程や、寸法誤差や、紙の収縮を考慮したうえで、マークの形状や、おおきさをきめることがもとめられた。

そのために三島製紙株式会社の力づよいバックアップをいただき、何度か朝四時起きで東名高速道をはしり、三島製紙の主力工場:原田工場に出向いた。朝八時に三島に到着、当然そこには開発室長兼開発研究所所長の原 啓志さんがにこやかに出迎えてくれた。
ともかく巨大で精緻な、用紙の抄造機をみるとわかるが、恣意的で独断的な紋様を工場側に押しつけるだけでは、透かし紋様の抄造には困難をきたすことになる。

『花あしび』の企画では、透かし紋様自体が目的ではなく、堀辰雄先生へのオマージュがもともとのねらいだったから、多恵子夫人から拝借した、故堀辰雄氏愛用の印鑑「堀」の印影をもとに、極力抄造の作業が容易になるように、開発担当者:原 啓志さんの意見をうかがいながらマークの形象に検討をくわえた。
透かし紋様の技術には、用紙にたいして、マークの部分が凸状になる「黒透かし」と、マークの部分が凹状になる「白透かし」と呼ばれる技術がある。
『花あしび』には、マークは凹状の「白透かし」が実施されている。
これらの詳細は<『花あしび』制作ノート>にしるされ、『花あしび』と同梱で販売された。
──────────
《共通の友人:古澤省吾さんから 亜麻 の種子をお分けいただいた》
古澤省吾さん2017.08.15resized古澤省吾さんは神田駿河台で商事会社「株式会社 エヌ・ビー・アール」を営まれている。
きわめて行動力のあるかたで、いずれ本欄でも紹介したい魅力的なかたである。

たまたま同社の事業に「亜麻」があり、種子をすこしお分けいただいた。古澤さんは亜麻のやわらかい種子(仁)から、「亜麻仁油」を製造販売されている。
亜麻は冒頭の原 啓志さんの水彩画のように可憐な花が咲くらしい。そして糸ができ、布ができ、紙ができ、種子からは油ができるらしい。小社のノー学部育種科が夢中になるのもむべなるかなである。公開画像によれば下掲写真のようになる。
いまから播種のとき、春の到来と、「艸木風信帖」への報告がまたれるこのごろである。
亜麻の花

【バレエ公演】 K-BALLET COMPANY CLEOPATRA ─ 世界初演 Bunkamura オーチャードホール

20171102180536_00001 DSCN4619 DSCN4620
11月28日[土]、ノー学部にひっぱりだされ、寸暇を盗んで渋谷 Bunkamura オーチャードホールのバレエ公演を見に出かけた。
演目は「クレオパトラ」、芸術監督は熊川哲也、主演のクレオパトラは中村祥子だった。
しかもこれが世界初演だというからおどろいた。
クラシックバレエに男性バレリーナーがたくさん登場していささかとまどったが、すばらしい演技だった。これが世界各国で上演されることを願わずにいられなかった。

【 詳細 : K-BALLET COMPANY