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【会員情報】 ぢゃむ 杉本昭生さん|活版小本新作 ── 佐藤春夫『指 輪』

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{ ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 一筆箋 }

『指輪』は佐藤春夫の小品です。
男は妻が欲しがっている指輪を同じ職場の若い女に買い与え、
社員旅行に行くふりをして、二人だけで何処かへ出かける計画をしています。
正直この話はいやな気分にさせられます。
そこで「いやな気分のおすそ分け」のつもりで本にしました。

何かくたびれた、華のない本になってしまいました。
洋本か和本か迷ったあげく、和本にしたのですが、案の定失敗しました。
横組の題簽も、本文の赤い枠も落着きのないものになっています。
見た目から自然に内容に導いていくような造本が
いつになったらできるのか、めざすところはまだ雲の上です。
よろしければご一読ください。

◉ 杉本昭生つぶやき:同じ体裁に少し飽きています。次回はもっと美しく格調高く。
◉ 吾輩つぶやき:過剰な感染症情報に身も心も萎え気味な昨今であったが、そろそろ ……. かな。
朝顏

【 詳細  ぢゃむ 杉本昭生 活版小本 】 { 活版アラカルト 活版小本 既出まとめ 

【台湾と日本】次世代に向けて-活版印刷術と活版業界用語「クワタ・へいけ・おばけ・お多福 …… 」の継承/日星鋳字行 & サラマ・プレス倶楽部

b14fa936c71ced6d80d52b63064e4fa9 8b7455c483bc078859723029ef6ea2b4 サラマ・プレス倶楽部の皆さんとサラマ・プレス倶楽部 活版カレッジ台湾旅行 日星鋳字行にて 2012 年 10 月06-08日
田中智子さん特製初号活字。写真提供とも。日星鋳字行/サラマ・プレス倶楽部会員:田中智子さんの依頼による初号活字母型と鋳造活字

《世代交代がすすむ 台湾:日星鋳字行、東京:朗文堂 サラマ・プレス倶楽部》
おもへらく、いつのまにか日星鋳字行:張 介冠ご夫妻との交流も10年をこえた。
日星鋳字行(行 は お店の意)は台湾唯一の活字鋳造所である。活字鋳造所とはいいながら、日星鋳字行では、鋳字(活字鋳造)、検字(文選)、そしてときには排版(組版)、印刷までおこなう。
代表の張 介冠さんは、金属加工会社に勤務していたが、中年になって父親の活字製造会社を継承した。また前職の金属加工業勤務の経験をいかし、独自の活字母型製造法をもちいて、「活字母型製造」と「活字鋳造」をにない、夫人の游 珠(阿 珠姐  ≒ 親しみをこめて シュおばさま)が検字(文選)作業をになっている。

同社によると、台北市・台南市を中心に、台湾には16ヶ所の「活字版印刷所」があり、排版(組版)と活版印刷業務にあたっている。活字の供給は当然日星活字鋳造行である。台湾ではまだページ物活版印刷物も多いが、もともと紙型鉛版方式はほとんどもちいず、活字原版刷りが多いとする。印刷機器は、日星鋳字行をふくめ、その設備の大半は日本製である。

[参考:花筏 朗文堂好日録-025 台湾の活版印刷と活字鋳造 日星鋳字行 +台湾グルメ、圓山大飯店、台湾夜市、飲茶 2013年01月22日]

DSCN5894 DSCN5897成長著しい台湾から2015年12月24日、若者が大挙して朗文堂サラマ・プレス倶楽部訪問
日星鋳字行・張 介冠氏のご子息、張 建堂さん(青いチェックのシャツのかた)ほか、小学校時代からの同級生06名で大挙来社。みんな快活・活発・優秀で、医学部や工学部の学生だという。上掲写真左端、髪を縛った女性:潘 怡静さんは日本語会話が流暢にできる。

《台湾の活版印刷を背負って立つ意欲満満の張 建堂さん》
高齢化と定年延長が目立つわが国であるが、中国と台湾では、壮年から老人、すなわちいまでも定年とされるのは60歳が一応の目安である。
張 介冠さんは吾輩よりは一廻りほど若いが、そろそろ後継者にバトンタッチの時だとされた。幸いご子息の張 建堂さんが、活字製造だけでなく、活版印刷に意欲的で、日星鋳字行の事業継承は順調にすすんでいるようである。

また、台湾行政府文化部(わが国の文部科学省に相当か)からの支援を受けて、長年の使用によって損傷が目立つ、同社使用の「電胎法活字母型」を、CAD 方式をもちいた、あたらしい活字母型製造法によって、試行的に「宋体 → わが国の明朝体」の One Font (ひとサイズでひと揃い)の製造を「臺灣活版印刷文化保存會」として受注されている。すなわちまだ現役バリバリの張 介冠さんである。

ところで、吾が朗文堂でも日星鋳字行と同様に、吾輩:片塩二朗から大石 薫への事業継承が進行中である。吾輩は生来の不精者であるから、社名変更だろうとなんであろうと、一刻も早く継承を終えたいが、大石は、
「動かざること岩のごとしーとうそぶいている片塩は、代表をやめたら会社にも出てこなくなる」
と見抜いて、死ぬまで酷使するつもりらしい。ヤレヤレである。

[参考:活版 à la carte 台湾の若者が大挙してクリスマスイヴに来社。日星鋳字行代表/張介冠氏のご子息が活版印刷機Salamaシリーズに興味津津 2015年12月25日]

《わが国でも成功、実施されている新活字母型製造法》

tsukiji5_01ネクタイ・デザイン 千星健夫氏:新技法による五号明朝体活字母型

わが国でも特殊書体を中心に、いまだにもちいられている「電胎法」による活字母型にも損傷が目立ち、少なくとも大幅な補修が必要な時代となっている。ところがデジタル全盛のいま、いかんせん130年余以前の技術である、パントグラフの技術を援用した機械式活字母型製造法、俗称「ベントン活字母型彫刻法」を復活させることは、関連技術や資材が途絶している現代では現実的ではなかった。

わが国の千星健夫氏とそのグループが、意欲的に採用した加工技術は「コンピューター数値制御切り削り加工」であり、金属加工業界では「CNC」とする一般的な加工技術で「Computer Numerical Controlled (CNC)Cutting」とされる技術である。
唯一の悩みは、台湾行政府文化部のような、強力な支援者や発注者がいないことである。

[参考:メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-17{展示報告 ①}[サラマ・プレス倶楽部会員]千星 健夫{新技法による活字母型の試作と活字鋳造}── ちいさな一歩、おおきな成果

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《2020年春、日星鋳字行:張 建堂さんから、サラマ・プレス倶楽部への質問と回答

年齢が近い張 介冠さんと吾輩との関係と同様に、張 建堂さんにとっては、大石が頼りになる相談相手らしい。中国語と日本語(おそらく潘 怡静さんの翻訳)で、ふるい活版印刷業界用語に関する質問があった。

回答にあたったのは大石で、資料は『印刷事典 第四版』であった。この『印刷事典 第四版』と版数まで明示したのには、四版と最新版としての五版にはおおきな段差があることによる。すなわちこれらの活版印刷用語は第五版では削除され、代わってデジタルプリント用語が増加している。

日星鋳字行の了承を得てここに紹介し、またわが国でもこうした用語の継承は断絶気味であるので、のちほど、本 WebSite 内の『活版印刷用語集』にも収録したい。朗文堂/サラマ・プレス倶楽部の WebSite 管理者は、前述の ネクタイ・デザイン:千星健夫 氏である。

マーク

日星鑄字行 ╳ 臺灣活版印刷文化保存會
http://www.letterpress.org.tw/

朗文堂 大石小姐

您好 久疏問候
這陣子在補充及整理鉛角,整理時聽父親(張先生)說,台灣以前產業內溝通時,有兩種鉛角有比較特殊的稱呼法,稱  3/4 鉛角音大概是 obake (obage),2/3 鉛角音大概 heike (heige)。
想跟您請教一些問題
請問日本也有這樣的稱法嗎 ?  如果沒有的話,請問怎麼稱呼鉛角 ?  關於這兩個特殊名稱可能會有什麼由來嗎 ?
感謝您

日星鑄字行
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朗文堂 大石樣
ご無沙汰しております。
伺いたい事があります。最近クワタを片付けていて、父からクワタの特別な呼び方を教わりましたが、それは五号の 3/4 は obake(obage)、五号の 2/3 は heike(heige)と呼ばれていたということです。でも、父はその由来を知りません。

そこで、大石様に伺いたいのです。日本ではそのような呼び方がありますか? その由来はご存知ですか? もしないなら、クワタそれぞれは、どうやって呼びますか?
どうぞよろしくお願いたします。

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日星鋳字行
張 健堂 様

こちらこそご無沙汰をいたしております。
さて、ご質問の件、拙著『 Viva!! カッパン 』に記載している内容と【 クワタ kuwata 】の復習も含め、以下にまとめましたので、参考にしてください。

なお、活版印刷関連機材の呼び方 ── 業界用語は、地域や印刷会社によっても異なります。その点もあらかじめご理解ください。
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【 クワタ kuwata 】
ラテン語で正方形や四角形を表す「 quadratum 」に由来し、英語では「 quadrat 」や「 quad 」と呼ばれます。そこから訛って(転訛)、日本では「クワタ kuwata」と呼ばれています。

日本語の組版では、「全角(正方形)」および「全角よりも大きな」倍物の込め物を「クワタ」と呼びます。
欧文組版では、「1/2よりも大きな」込め物を「クワタ」と呼びます。

ちなみに、全角の 1/2 が「半角」と呼ばれるようになったのは、写真植字の時代からだそうで、活字の時代は「二分-呼び方は nibun もしくは nibu 」と呼ばれていました[この印刷・デザイン用語としての  半角 の由来に関してはいずれ別項を設けて説明したい]。

なお、漢字活字や日本語の活字は、正方形の全角の body に鋳込まれることが基本となりますが、欧文活字では、文字ごとに body の横幅が異なりますので、漢字圏とアルファベット語圏では、全角や半角に対する意識が異なります。

欧文活字では、アルファベットの「 m-発音は em 」の横幅が全角に近く、「 n-発音は en 」の横幅が 1/2 に近い形状をしているため、全角のクワタを「 em 」、1/2のクワタを「 en 」と呼び、2倍のクワタは「 2 em 」、3倍のクワタは「 3 em 」と表します。

また、欧文組版では、
1/3 の込め物を「thick」   (厚目の分物のスペース)
1/4 の込め物を「middle」(中ぐらいの分物のスペース)
1/5 の込め物を「thin」     (薄目の分物のスペース)
と呼び表し、それより薄いスペースは「hair space」と呼ばれます。

【 へいけ heike 】
偏平活字の一種で、全角の 2/3 の大きさに作られたものです。五号活字サイズだけではなく、どの大きさでも全角の 2/3 の規格であれば、「へいけ」と呼ばれます。
込め物だけでなく、2/3 に作られた偏平の文字活字をも表します。へいけの和文活字は、ルビ活字として用いられることが多くありました。
呼び名の由来は「平型  heikei 」が訛ったものだと考えられます。

【 おばけ obake 】
偏平活字の一種で、全角の 3/4 の大きさに作られたものです。
五号活字サイズだけではなく、どの大きさでも全角の 3/4 の規格であれば、「おばけ」と呼ばれます。込め物だけでなく、3/4 に作られた偏平の文字活字をも表します。「おばけ」は、数字やルビ活字として用いられることが多くありました。

日本語の「おばけ」とは「お化け」、「化け物」や「妖怪」「幽霊」の類のことです。呼び名の由来は、3/4 の込め物は全角のクワタと大きさが近しいため、見間違えることも多く、クワタケースの中で、この 3/4 の込め物が全角のクワタの中に間違って紛れ込んでしまいがちであり、神出鬼没であることと、組版の際にこれらが混ざっていることに気が付かずに組み込んでしまうと、組幅がずれて、化かされたような感じの様子になることに由来すると考えられます。

【 お多福 otafuku 】
全角文字を偏平に作った活字のことです。つまり、「へいけ」も「おばけ」も、お多福の一種ということになります。主に表組、数字、ルビ、丁付けに使用されます。
名前の由来は偏平の活字形状が、「お多福-中国語では「丑女脸」にあたるのではないかと思います」の押し潰されたような顔の様子を彷彿とさせるからだと思います。
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その他にも活字の込め物関連で、日本での面白い業界用語としては、「切り餅」や「羊羹-ようかん」などがあります。

「切り餅」とは初号8倍角の、「羊羹」は初号4倍のジョスやクォーテーションと呼ばれる大型の込め物です。名前の由来は、それぞれの大きさや形状が、ちょうど「切り餅」(日本の餅には、餅を丸めて形作った丸餅だけでなく、伸した餅を四角く切り分けて形作った切り餅があります)や、切り分けた羊羹に似ているためだと思われます。

なお、「切り餅」や「羊羹」に関しては、凸版印刷(株)内での職人ことばかもしれません。ほかの印刷所で使用されているかどうかは不明です。
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朗文堂/サラマ・プレス倶楽部
大石 薫 (OISHI Kaori)