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【古谷昌二 新ブログ スタート】 東京築地活版製造所 歴代社長略歴 ── 初代社長 平 野 富 二

社長略史01【古谷昌二 新ブログ スタート】
東京築地活版製造所

歴代社長略歴

初代社長 平 野  富 二

(1)初代社長就任とその実績
(2)築地活版製造所の前史
     〔本木昌造の活字製造事業を受託〕
     〔活版製造事業の改革〕
     〔事業責任者として大阪・東京に出張〕
     〔事業所の東京移転〕
(3)平野富二の貢献
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古谷昌二さんuu[1]平野富二生誕の地碑建立有志の会の< WebSite 平野富二──明治産業近代化のパイオニア >において、精力的に「平野富二」に関する最新研究成果を<古谷昌二ブログ>に連続発表されている古谷昌二氏。その蓄積は2017年01月-2018年06月にわたり、都合18回の連載をかさねています。

平野富二は長崎から上京後、わずか20年ほどのあいだに、明治産業近代化のパイオニアとしてさまざまな事業を手がけました。そのひとつが活字製造と活字版印刷関連機器の開発で、東京築地活版製造所の名称でひろく知られます。ところが同社が昭和初期に解散したために、企業史の側面からの研究は十分とはいえない状況にありました。

近年、長崎と東京で「活版さるく」をはじめとするさまざまなイベントが開催され、東京築地活版製造所関連資料があらたに発掘され、周辺では共同研究も盛んになってきました。
これらの成果の一端として、<古谷昌二 新ブログ 東京築地活版製造所歴代社長略歴>は、明治18年(1885)6月16日に設立され、昭和13年(1938)3月17日、臨時株主総会の決議によって解散を迎えるまでの東京築地活版製造所の消長を、個性ある歴代の社長の姿を追うことで明らかにしようとするものです。ご愛読をたまわりたく存じます。

[平野富二生誕の地碑建立有志の会 事務局長:日吉洋人]
平野富二 03ea964d3f22efbbfc3e02f6c3213aee 727888b699973808e40cc8ca99d760c0 7448e9df747f3cf40629d5bdf0b3b66c 55ebe9892c555028e236a51c24cad9c0 『印刷雑誌』第1巻第8号1891.09m24 部分拡大

【特別催事】活版TOKYO 2018 真夏の活版イベント 7月27・28・29日開催 

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活版TOKYO  2018
真夏の活版イベント
開催期日  2018年7月27日[金]・28日[土]・29日[日]
               * 27日   12:00-17:00
               * 28・29日 11:00-17:00
会  場  神保町三井ビルディング/テラススクエア
主  催  活版 TOKYO 運営事務局

朗文堂 サラマ・プレス倶楽部会員の皆さんも多数出展されています。
ご参観をお勧めいたします!

☆ 開 催 内 容 ☆
活版マーケット・活版ワークショップ
ほしおさなえトークショー・活版 Meets Creators
世界の活版展「Letterpress Around The World」
「大人の科学・小さな活版印刷機」特別ブース など
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活版 TOKYO  2018 特設サイト
詳細情報は随時更新されています。

【催事】大峯本宮 天河大辨財天社-てんかわだいべんざいてんじゃ 例大祭 7月21日-7月22日

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大峯本宮 天河大辨財天社-てんかわだいべんざいてんじゃ 例大祭
◯ 宵 宮 祭 7月16日午後  7時ゟ  各種奉納予定
◯ 例 大 祭 7月17日午前10時ゟ  採燈護摩厳修、能楽奉納
開  催  名  大峯本宮 天河大辨財天社 例大祭

開催期間   2018年7月16日[月・祝]-7月17日[火] 
開催場所   天河大辨財天社
連  絡  先  0747-63-0558 (天河大辨財天社)
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今年は、平成元年の「天河大辨財天社 平成の大造営」から30年を向かえます。
これを記念して、恒例の例大祭を「御造営三十年記念大祭」と称して、7月16日から22日まで開催します。期間中は、本殿参殿の特別開帳や各種芸能音楽等の奉納が予定されています。

<奈良県観光公式サイト なら旅ネット>ゟ
ea71a76981d9dca80c5381dfeed91c1c【詳細: 大峯本宮 天河大辨財天社 】

【公演】国立演芸場 平成三十年 七月番組 中席-なかせき- 7月11日-7月20日

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国立演芸場
平成三十年  七月番組 中席-なかせき-
公演期間  2018年7月11日[水]-7月20日[金]
開演時間  開演 午後1時 * 13日[金]は午後1時と6時の2回公演
      ◯午後1時開演の部
      開場予定  12時15分
      前座    12時45分
      開演    午後1時(午後4時15分終演予定)
      ◯午後6時開演の部(13日[金]のみ)
      開場予定  午後5時30分
      前座    午後5時45分
      開演    午後6時(午後9時15分終演予定)

<演目・主な出演者>
七月中席  七月上席は紹介済み

落語(日替)  柳家かゑる(11・14・19・20日)
        鈴々舎八ゑ馬(12・15・16・18日)
        柳家緑君(13昼夜・17日)
落語(日替)  鈴々舎馬るこ(13昼夜・14・15・16・17日)
        柳家三語楼(11・12・18・19・20日)
漫才      すず風にゃん子・金魚

落語      古今亭菊春
落語      柳家小はん
   ― 仲入り ―
奇術      アサダ二世

落語      橘家蔵之助
曲芸      鏡味仙三郎社中
落語      柳家小さん

【詳細: 国立演芸場

<七月中席公演 タイムテーブル>
七月なかせきTT
{桂 歌丸師匠のご冥福をお祈りいたします}

すでに多くの報道がなされておりますが 落語家:桂 歌丸師匠 が2018年7月2日逝去されました。
桂 歌丸師匠は、落語芸術協会会長であり、テレビ番組「笑点」の名司会者として、お茶の間でも人気者でした。

師匠の最後の高座は、本欄03月15日に紹介した【[公演]国立演芸場 主催公演 四月中席 ── なかせき ── 4月11日-4月20日 】で、「小間物屋政談」の口演でした。
「公益社団法人 落語芸術協会」のメールマガジンで以下の報告がありましたので、ここに故人をしのび、当該公演の「国立演芸場」のフライヤー画像とともに、平成時代の演芸のわずかな記録として残しておきます。

◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◇
芸協メールマガジン 平成30年7月20

発行:落語芸術協会
◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆

メルマガ読者の皆さんこんにちは。
当協会の会長 桂 歌丸が、平成30年7月2日(月)午前11時43分、慢性閉塞性肺疾患のため、横浜市内の病院にて逝去しました(享年82)。

長きにわたり、当協会のみならず落語界を牽引し続けた功労者であり、テレビの世界でも長寿番組「笑点」の番組当初からの出演者としてお茶の間で人気を博したことは皆様ご存知の通りです。
新作落語を志して入門しましたが、のち古典落語を中心に取り組むようになりました。60代からは落語の中興の祖:三遊亭円朝の長編作品の掘り起こしにあたりました。
晩年は腸閉塞、肺炎、呼吸器不全など病魔との闘いの連続で、入退院を繰り返しておりました。本年4月19日国立演芸場定席が最後の高座となりました。(演目「小間物屋政談」)
本当に大きな存在の方でしたので残念でなりません。協会員一同、歌丸会長の意志を引き継ぎ落語界発展の為に邁進して参ります。何卒よろしくお願い申し上げます。
公益社団法人 落語芸術協会

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【映画祭】第34回 あきる野映画祭 7月21日、7月27-29日+技藝家:高橋敏彦氏のことども

!cid_84CADA52-690B-42AF-A27E-6B124E9D2C88第34回 あきる野映画祭    34th Theme〔 kaikan ! 〕
1. あきる野映画祭 映像市 ’18
2018年7月21日[土] @まほろばホール(無料)
2. あきる野映画祭[メインスクリーン]
7月27日[金]-29日[日] @五日市会館(有料)
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今年で34回目となる、あきる野映画祭は「kaikan!」をテーマに、映画祭発祥の地である「五日市会館」をメイン会場として開催します。大スクリーンと臨場感溢れる音響、温かみある手作りの会場で、ほかにはない映画体験を楽しんでみませんか。

あきる野映画祭公式ホームページはこちらをご覧ください!(別ウインドウで開く)

映像市【無料上映】

期 日  平成30年7月21日[土]午後0時30分から午後5時
場 所  まほろばホール(五日市地域交流センター3階)
内 容  西多摩地区にゆかりのある方が関わった作品と西多摩地区の映像が含まれた作品を
     上映します。

映画祭メインスクリーン【有料上映】

期 日  平成30年7月27日[金]-29日[日曜日] 
場 所  五日市会館
内 容  澤登翠さん(活動弁士)による活弁付無声映画の上映や

     ゲストによるトークなど、上映作品に関連したイベントが予定されています。 

【詳細: あきる野市 あきる野映画祭公式ホームページ 】

{ 新 宿 餘 談 }

〔 あきる野映画祭公式ホームページ ゟ 〕
あきる野映画祭のポスター・チラシのデザインは、市内のデザイナー高橋敏彦さんによるものです。下記のような思いを込めて作成されました。

秋川渓谷の自然環境の中で映画を守りつづけるそんな夢のある街がこのあきる野。
今も若者がこの芸術・文化を守り続けるために活動する恵まれたこの大地とここに集う人々。

☆     ☆     ☆

【 花筏 朗文堂-好日録015 五日市ランドスケープ 2011年11月23日 ゟ一部抜粋
ことしも「あきる野映画祭」のときがきた。34回目にもなるというそのポスターをみて
高橋敏彦翁と喫茶むべ、映画『五日市物語』(主演:遠藤久美子、プロデュース:高橋敏彦)
をおもいだした。ここに「花筏」からの記録を再紹介したい。

《茶房 むべと、高橋敏彦氏》
東京都あきる野市、とりわけ五日町一帯では、ある種のおだやかなデザインの統一がみられ、それがふしぎな「景観」をかもしだしている。

たとえば、秋川谷口にある料理屋「黒茶屋」併設されている「茶房糸屋」の看板や各種の印刷物、あきる野市と第三セクターが開発した「瀬音の湯」のカログラムなど数えきれない。
そこにもちいられている、てらいのない飄逸な書と、ほのぼのとした絵とが、CI とも町おこしともバナキュラともいわず、たくまずしてこのあたりの「景観」を形成していることに驚かされる。

これらの書藝や絵画を精力的に製作しているのは高橋敏彦氏という。1942年(昭和17)うまれ、御年69歳(本稿初出から7年余。いまは76歳ほどか)。ごま塩まじりの白髪で、美鬚の技藝家である。
高橋氏はかつて都心部、渋谷区青山にデザイン事務所を構えたこともあったが、30年ほど前から、檜原村との境にちかい、五日市の高台の地に住まい、地元密着のデザインをねばり強く展開してきた。さらに自宅離れを増改築して、自作の「ミニ・ギャラリー」と、「茶房 むべ」を開設した。

「むべ」とはこのあたりでは「アケビ、木通、通艸」のことである。むべは蔓状をなして山地に自生する。春たけなわのころ、あわい紅紫のちいさな花をつける。晩秋のころ、果実が紫に熟して縦に割れる。果肉は厚く、半透明の白色で、たくさんの黒色の種子を含んでおり、とろりとした甘味があり食用になる。蔓は強靱で「アケビ蔓細工」として籠やザルなどの各種細工にもちいられる。

やつがれ、五日市に出かける楽しみのひとつが、「茶房 むべ」の香味のつよい珈琲を味わい、高橋翁とのくさぐさのかたらいのひとときである。こんかいは、庭先に「むべ アケビ」がブラリとさがっていた。それがなんともいえずよかった。
店内は禁煙なので、いつも(たとえ少少寒くとも)庭先の四阿アズマヤに腰をおろし、秋川渓谷の清澄な川面をわたる薫風や、山颪ヤマオロシの木の香を愉しむ。そして鳥や蟲の聲、かそけき渓谷の瀬音に耳をかたむけながら、一杯の珈琲を味わい、紫煙をくゆらすのを無上のよろこびとする。

2011年11月19日[土]、折からの雨だったが、フトおもいたって五日市にでかけた。雨はきらいではない。むしろ人混みがすくなく、景観が落ちつき、しっとりしていてよいとおもう。
itsukaishi-dvd町のあちこちに、映画『五日市物語』のポスターが貼られていた。タイトルの書はあきらかに高橋敏彦氏の手になるもの。サブタイトルに、

「五日市、それは時が止まったような、東京のふしぎなまち」
とあった。
そのフライヤーを四阿アズマヤでよくみたら、「プロデューサー:高橋敏彦」とあった。もちろん「茶房 むべ」のあるじにして、高橋敏彦氏のことである。

映画「五日市物語」製作概要
1 映画製作に至った経緯
五日市は、かつて江戸の暮らしを支えるエネルギーや材木の供給基地として発展しながら、文化人をはじめ商人や知識人など多くの人を惹きつける魅力があり、豊かな文化圏を形成していました。
幕末から明治初期には、五日市憲法草案を起草した千葉卓三郎や、看護師として国内外で活躍し、世界初のナイチンゲール記章を受けた萩原タケを輩出しました。また、五日市には、歴史的価値のある寺社も多く、森林や里山に抱かれた四季折々の美しい装いは私たちの宝です。

このように、豊な歴史や自然に恵まれた私たちのまち五日市は、まさに「東京のふるさと」といえます。
ふるさとの先人が刻んできた歩みを絶えることなく未来へと受け継ぐことが今を生きる私たちの使命であり、そして古き良き時代の風情が残るまちの素晴らしさを発信すると共に、自然愛や郷土愛を育んでもらうため「市制15周年記念事業」として、東京のふるさと「五日市物語」を映画製作することにしました。

2 映画のあらすじ
渋谷の情報収集会社に勤める主人公友里(遠藤久美子)は、「五日市は今・・・平成の大合併のさきがけの街から」というテレビ番組の情報収集のため、あきる野市にやって来た。取材を進めていくにしたがって、五日市の歴史、自然、そこに住む人のパワーに惹かれていく友里であったが、番組が延期になり取材は中止となってしまう。

しかし、五日市に強い魅力を感じていた友里は、退職してまで夢だったルポライターとして五日市の素晴らしさを多くの人に伝えようと、泊り込みで取材活動を始めた。その中でさまざまな人との出会い、興味深い歴史などに引き込まれていき、やがて友里は、五日市が自分にとっての“ふるさと”ではと思うようになっていく・・・。
あきる野市 映画『五日市物語』関連事業]ゟ

高橋氏は字も書くし(書藝をまったく誇らないが良い字だ!)、ほっこりした絵も描く。そして陶芸もこなすらしい。
つまりひと世代前の、図案屋さんとよんでいたような、本物のデザイナーであり、なんでもかんでも造形家であり、技藝家でもある。すなわち誇り高きアルチザンである。

そして、その技倆と、知性が卓越していることが、このひとを特徴づけ、地元・地域の信頼をあつめている。今回は映画『五日市物語』のプロデューサーをつとめていた。
〔補記:現在はあきる野市役所ほかで DVD 発売中。 YouTube予告編 2:01

主演女優は遠藤久美子であるが、フライヤーにもちいられた写真では、マグカップを両の手で抱えていた。この写真におもわず視線が釘づけ! これは高橋氏の製作に違いないとおもった。
やつがれ、10年ほど愛用していたお気に入りのマグカップ──信濃追分・堀達雄記念館入り口のカフェ車屋で買ったもので、立原道造モデルとして愛着があった──をわってしまって、さびしいおもいをしていた。

遠藤久美子はいかにもいとおしいという手つきで、木肌色のマグカップを両のてのひらに抱えていた。大きさといい、色味といい、質感といい、これは好みだ! もちろん遠藤久美子ではなく、マグカップ。
リンクを貼っておいたので『五日市物語』の公式サイトをぜひみていただきたい。
おもわず奪いとりたくなる逸品ではないか。
ウ~ン、映画鑑賞の前に、まずは高橋氏にこのマグカップをねだらなくてはならないようだ。

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【演奏会】真宗高田派本山 専修寺-せんじゅじ- 御影堂/如来堂 国宝指定記念 東儀秀樹演奏会 7月22日

7_22a真宗高田派本山 専修寺-せんじゅじ-
御影堂/如来堂 国宝指定記念
東儀秀樹演奏会
日 時  2018年7月22日[日] 18:30 開演
会 場  真宗高田派本山 専修寺-せんじゅじ- 御影堂
* 入場には整理券が必要です。リンク先あるいは{続きを読む}をご覧ください。
【関連:〔公演予告〕国立劇場 大劇場 浄土真宗の声明 真宗高田派本山 専修寺 ― せんじゅじ ― の「報恩講式」9月1日上演 7月12日ゟ予約開始 】
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〔専修寺-せんじゅじ 真宗高田派本山 専修寺〕
三重県津市一身田町-いっしんでんちょう-にある真宗高田派本山。高田山と号し、専修阿弥陀寺、無量寿寺-むりょうじゅじ-ともいう。本尊は阿弥陀如来。
1226年(嘉禄2)親鸞が下野-しもつけ-国大内庄高田(栃木県真岡市高田)に創建したのがはじめで、親鸞が京都に帰るに際して弟子の真仏にゆだねられ、以来、東国における親鸞教団の中心として栄えた。

1465年(寛正6)第10世真慧-しんえ-のとき、寺基を現在地に移し、旧地には別院を建てて、親鸞が長野善光寺で感得したという一光三尊の弥陀像を安置した。
1478年(文明10)勅願所となり、1511年(永正8)には後柏原-ごかしわばら-天皇の第二皇子真智-しんち-が入室したが、足利12代将軍義晴の猶子-ゆうし-として堯慧-ぎょうえ-が入寺し、第12世を継いで門跡となるに及び、真智は越前国(福井県)熊坂に別に専修寺を建てて住した。
こののち一身田の専修寺は豊臣秀吉や藤堂家の外護で栄え、1664年(寛文4)には越前の分派をあわせ、さらに1666年には炎上した堂宇も再興された。御影堂(開山堂)、如来堂(本堂)は国の重要文化財であったが、平成29年(2017年)11月28日国宝に指定されている。
寺宝は親鸞自画の真影、親鸞自筆の『三帖和讃-さんじょうわさん』『西方指南抄』(ともに国宝)ほか、すこぶる多い。
(参考資料:『日本大百科全書』(小学館)ゟ)
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【詳細: 真宗高田派本山 専修寺 】  御影堂・如来堂の堂宇写真は専修寺サイトゟ

【関連:〔公演予告〕国立劇場 大劇場 浄土真宗の声明 真宗高田派本山 専修寺 ― せんじゅじ ― の「報恩講式」9月1日上演 7月12日ゟ予約開始

東儀 秀樹 演奏会 応募方法 続きを読む

【図書紹介】高松宮殿下御視察の川中島古戦場『雨宮の渡し ── 詩碑建立の真実』 桜 井 孝 三 著 印刷・発行/東信堂印刷所

20180613155358_00003高松宮殿下御視察の川中島古戦場
『雨宮の渡し ── 詩碑建立の真実』

桜 井  孝 三 著
印刷・発行/東信堂印刷所
A5判 224ページ 上製判 カラー図版多
定価:本体2,000円+税(送料 200円)

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戦国時代の世、第四次川中島合戦において上杉軍勢が千曲川「雨宮ーあめのみや-の渡し」を渡河したのを記念して、跡地に 賴 山陽-らい さんよう-の詩を石に刻み、後世に残そうと建てられた「鞭声の詩碑」。いつ、誰が、どんな想いで、建立事業に携わったのか。
髙松宮殿下のお尋ねの一言など、詩碑完成にいたるまでのさまざまな秘話が、78年ぶりに明るみに出ることになった。
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〔 著者自己紹介 〕
桜井孝三(1934年6月22日生 83歳)
昭和9年浅草に生まれ、強制疎開により長野県更埴市(現・千曲市)で育ち、昭和25年の春上京しました。印刷会社の見習いをしながら、夜学の都立小石川工業高校印刷科に学びました。10年間植字工として勤務した後、昭和35年4月、26歳で調布市上石原で東信堂印刷所を創業しました。

昭和55年から4年間、東京都印刷工業組合三多摩支部長を務め、現在は顧問です。また本部理事を務める傍ら「多摩の印刷史」編纂委員長、「東京の印刷組合100年史」の史料収集を担当、そして平成11年に三多摩支部創立50周年記念誌の編集長をしました。この間、幕末・明治初期の洋式活版印刷術の研究に没頭し、ここ数年は新選組の史実の究明に励んでおります。
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〔 注 文 先 〕
有限会社 東信堂印刷所
182-0035 東京都調布市上石原1-31-10
TEL  042-485-2131  FAX  042-485-2003
Email:info@toshindo.com   http://www.toshindo.com
郵便振替:00100-3-48531 (有)東信堂印刷所
取引銀行:みずほ銀行調布支店・さわやか信用金庫調布支店

【詳細: 東信堂印刷所

『雨宮(あめのみや)の渡し ── 詩碑建立の真実』
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【公演】歌舞伎美人──かぶきびと──NEWS 2018年06月12日 「信州・まつもと大歌舞伎」『切られの与三』開幕

歌舞伎美人──かぶきびと──NEWS   2018年06月12日
「信州・まつもと大歌舞伎」『切られの与三』開幕

matsumoto_aa06106月12日[火]、長野県のまつもと市民芸術館で、信州・まつもと大歌舞伎『切られの与三』が初日を迎えました。
開幕前には出演者と、演出・美術の串田和美が「登城行列」に登場。また、公開舞台稽古前の囲み取材では初日に向けての意気込みを語りました。

初日を前にした10日[日]に行われたのが、出演の七之助、梅枝、萬太郎、笹野高史、片岡亀蔵、扇雀と、演出・美術の串田和美が人力車に乗って参加した「登城行列」。松本市民の皆さんが神輿を担ぎ出し、威勢のよいかけ声に沿道からの屋号のかけ声、「お帰りなさい!」の声も加わっておおいに賑やかな行列となりました。
今年は七回忌を迎えた十八世勘三郎の神輿も繰り出し、信州・まつもと大歌舞伎をこよなく愛した故人に、あらためて思いを寄せる行列となりました。
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「信州・まつもと大歌舞伎」『切られの与三』  左より、中村鶴松、中村歌女之丞、笹野高史、中村梅枝、中村七之助、串田和美、中村扇雀、片岡亀蔵、中村萬太郎、真那胡敬二。〔中央でマイクをもっているのが二代目中村七之助/十八代目中村勘三郎の次男〕

松本城に到着した一行は、本丸庭園の特設ステージに登壇。「とうとう 6 回目になりました」と、声を大にして市民の皆さんの応援に感謝した串田の呼び込みで、壇上に10人が並びました。
七之助が「私は皆勤賞、歌舞伎俳優で一番まつもと市民芸術館の舞台に立っているのは僕でございます。この記録はずっと続けていきたいと思っております」と笑顔を見せると、会場から大きな拍手が送られました。

「松本は初めてでございまして、コクーン歌舞伎も初参加でございます」と挨拶した梅枝を、温かい歓迎の空気が包み込み、「また蕎麦三昧の日々が続くと思うと、楽しみでしょうがありません」という笹野のひと言に、会場がどっと沸きました。
「松本の歌舞伎には10年ぶりの出演でございます」と切り出した歌女之丞には、たくさんのお帰りなさいの声が飛び、鶴松は「大好きな松本の地でお芝居ができるのがうれしい」と喜びを弾けさせました。

真那胡敬二が「6 回のうち 4 回も来ていると、ちょっと誇らしげな気持ちになりました」と述べたのに続き、「一日一日を大切に、また松本に呼んでもらえるように頑張ります」と意気込みを見せたのは、初参加の萬太郎。亀蔵は、七之助と同じく「僕も皆勤賞です。今年は公演が 1 カ月早いので助かりますね、涼しくて。でも、舞台は熱いのでよろしくお願いします」と呼びかけてこれまた熱い声援を浴びました。

285px-Nakamura_Kanzaburo_XVIII五代目 中村勘九郎 十八代目 中村勘三郎
屋号 中 村 屋
1955-2012 享年57
ウィキペディアゟ(PDデーター)

最後に「松本愛」の強さを語った扇雀〔三代目中村扇雀 成駒屋〕が、十八世勘三郎七回忌にふれて「七之助さんをはじめゆかりの俳優さん、私を含めてお兄さん〔十八代目中村勘三郎〕の魂を引き継いで、一所懸命舞台を勤めますので、中村屋一門と私たちの心意気をぜひ、舞台で感じていただきたいと思います」と、公演へのご来場をお願いした後、松本の皆さんと三本締めをしてステージを後にしました〔以下略〕。

【詳細: 歌舞伎美人   NEWS 0612

{ 新 宿 餘 談 }

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〔歌舞伎美人-かぶきびと-NEWS〕 信州・まつもと大歌舞伎『切られの与三』公演 6月12日-18日

松本公演

〔歌舞伎美人-かぶきびと-NEWS〕
信州・まつもと大歌舞伎『切られの与三』公演のお知らせ
2018年6月12日[火]-18日[月]
会 場  長野県 まつもと市民芸術館
信州・まつもと大歌舞伎2018『切られの与三』
──────────
5月9日[水]に開幕したばかりの渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾『切られの与三』ですが、東京での公演終了後は、劇場を まつもと市民芸術館 に移して上演されます。
これまで『夏祭浪花鑑』以来、『佐倉義民傳』、『天日坊』、『三人吉三』、『四谷怪談』と、シアターコクーンで上演された歌舞伎を上演、市民の間にも定着して市民サポーターの数も増えています。
街をあげての熱烈な応援は、「信州・まつもと大歌舞伎」の大きな特徴となりました。今回の公演関連情報などは、まつもと市民芸術館の特設サイトでご確認ください。
━━━━━━━━━━━━━
信州・まつもと大歌舞伎2018
『切られの与三』
━━━━━━━━━━━━━
演目と配役、みどころは渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾『切られの与三』に同じです。

◯ 日 時  2016年6月12日[火]-18日[月]
6月 12日(火)16:00
  13日(水)13:00
  14日(木)18:00
  15日(金)13:00
  16日(土)12:00/17:00
  17日(日)12:00
  18日(月)18:00

◯ 場 所  まつもと市民芸術館 主ホール
      長野県松本市深志3-10-1

【催 事】第19回 笹山じょうもん市2018  火焔型土器を聖火台に みんなでひとつの輪になって! 6月3日 終了企画

十日町おもて 十日町うら

第19回笹山じょうもん市2018
火焔型土器を聖火台に みんなでひとつの輪になって!
共生と平和の心を世界へ!

日 時  平成30年6月3日[日] 午前9時30分-午後2時 雨天決行
場 所  笹山遺跡広場・笹山縄文館(新潟県十日町市中条乙3081番ほか)
主 催  笹山じょうもん市実行委員会
共 催  十日町市
協 賛  大井田地区振興会、新座地区振興会、飛渡地区振興会
後 援  新潟県十日町地域振興局、新潟日報社、十日町新聞社、十日町タイムス社、(有)妻有新聞社、エフエムとおかまち、信濃川火焔街道連携協議会
【お問合せ】 NPO笹山縄文の里 電話 025-761-7332(笹山縄文館内)
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■ 内  容

< 体  験 >
竪穴住居(復元)で縄文の火とくらしを体験
アクセサリー作り
弓矢作り
土偶消しゴム作り
アンギン編み
縄文ファッション着替え
ダンス

< 会場イベント >
笹山遺跡出土土器展示(笹山縄文館3階)
ささやまムラ クイズラリー(笹山縄文館3階で受付。参加賞・全問正解賞・特別賞それぞれに景品あり)
縄文占い
絵合わせゲーム

< おいしく 楽しい 縄文横丁 >

17町内ほかの屋台村

 【ステージイベント・タイムスケジュール】

〇 午前 9:30ゟ

縄文練り歩き
中条大の坂(舞踊)
天神ばやし
吹奏楽(中条中学校)
雄叫び大声コンテスト
歌のステージ(中条小学校)
葦木啓夏-あしきひろか-さんのステージ

〇 午後 12:30ゟ
笹山縄文太鼓
踊り「風のこころ」
縄文連携地域の友好アピール
フィナーレ
* 予告なく変更する場合があります。

【詳細: 十日町市博物館

{ 新 宿 餘 談 } 
ずいぶん盛りだくさんなイベントですね。しかも雨天決行とか。
越後の国十日町市の信濃川を遡上すると、信州信濃の国にはいり、千曲川と川の名称もかわります。十日町市から 30 km ほど上流の 飯山 がやつがれのふるさと。どちらも雪国で、冬には丈余の雪が降りつもります。

東京国立博物館 平成館 特別展示室「縄文 ─── 1 万年の美の鼓動」、7月3日-9月2日の期間で、縄文土器に関する大型展が予定されています。すこし{活版アラカルト}でも「縄文土器・火焔型土器」関連の情報を追記していきましょう。

【なら旅ネット】唐招提寺 鑑真和上-がんじんわじょう-像(国宝)特別公開 6月5日-7日 終了

about_ph1唐招提寺
鑑真和上-がんじんわじょう-像(国宝)特別公開
開  催  名  鑑真和上像(国宝)特別公開
開催期間  2018年6月5日[火]-6月7日[木] 
時  間  09:00-16:00
開催場所  唐招提寺
問合わせ  電話 0742-33-7900(唐招提寺) 
料  金  通常拝観料600円+新宝蔵拝観料500円
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鑑真和上像は新宝蔵にて公開されます。
鑑真和上像が元々安置されておりました「御影堂」は現在修復工事中(2021年頃まで掛かる予定)ですので、それまでは御影堂も東山魁夷の襖絵も、唐招提寺での公開予定はございません。

<唐招提寺とは>
唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。
多くの苦難の末、来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部(にたべ)親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。
「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺としてはじまった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。
金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。
現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。

about_ganjinph2<鑑真大和上-がんじんだいわじょう 688-763年>
唐の揚州に生まれ、14歳で出家し、洛陽・長安で修行を積み、713年に故郷の大雲寺に戻り、江南第一の大師と称されました。

天宝元年(742)、第9次遣唐使船で唐を訪れていた留学僧・栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、渡日を決意。その後の12年間に5回の渡航を試みて失敗、次第に視力を失うこととなりましたが、天平勝宝5年(753)、6回目にして遂に日本の地を踏まれました。
以後、76歳までの10年間のうち5年を東大寺で、残りの5年を唐招提寺で過ごされ、天皇をはじめとする多くの人々に授戒をされました。
その渡航の様子は、「東征伝絵巻」(重文)に描かれています。

【詳細: 唐招提寺 なら旅ネット 】 [写真画像は WebSite 唐招提寺ゟ]

【展覧会】Bunkamura Gallery 画家デビュー十周年記念企画 蜷川有紀絵画展 「永遠の薔薇」 ─ 深紅の螺旋に思いを馳せて─ 5月9日-5月20日 終了企画

ぶんかむら0509蜷川有紀「永遠の丘」 118.5 × 97.0 cm 和紙、岩絵具 2018年

Bunkamura Gallery
画家デビュー十周年記念企画
蜷川有紀絵画展 「永遠の薔薇」
── 深紅の螺旋に思いを馳せて──
開催期間 2018年5月9日[水]-5月20日[日]
開館時間 10:00-19:30    * 5月16日(水)は17:00まで
会  場 Bunkamura Gallery
主  催 Bunkamura Gallery
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女優として表現の世界に足を踏み入れ、映画作家としても活躍していた 蜷川有紀 は 2008年 Bunkamura Gallery「薔薇めくとき」にて画家デビュー。その多岐にわたる活躍が評価され、同年には情報文化学会芸術大賞を受賞しました。
その後も薔薇をモチーフに都市、旅、迷宮など、さまざまなテーマに取り組み、海外でも紹介されるなど表現の場を広げています。その節目となる今回、画家デビュー10周年を記念した絵画展を開催いたします。

昨年、ダンテ作『神曲』地獄篇の 縦 3 m 幅 6 m ある超大作に挑戦し、アートイベントとして異例の成功をおさめた彼女。これまでギュスターブ・ドレ、ボッティチェッリなどの偉大な画家たちが描いてきたテーマを彼女なりの解釈で表現し、観る者の心を揺さ振りました。
そして画家として作品を世におくり出して以来、一貫して薔薇を描き続け、遂には地獄にまで薔薇を咲かせたのです。

その薔薇を描き出す色彩には非常にこだわりを持っており、中でも赤い色をつくる岩絵具、それは卑弥呼が愛した真紅の顔料『紅辰砂-べにしんしゃ』。水銀を含む古墳時代の顔料で、塗れば生体を腐らせない。永遠の命と美の象徴を理想の色彩を生むお気に入りとして使用しています。

本展では次回作、煉獄編・天獄編へのプレリュードとなる作品群を発表。「永遠」をテーマにした新作は、真摯に岩絵具に向き合ってきた蜷川にしか出せない自由な筆致と、国も時代も超えた新たな世界観もご覧いただけます。
更にデビュー10周年を記念し、過去の代表作品も登場。今回しか観ることのできない、蜷川有紀のこれまでとこれからを是非ご堪能ください。

【詳細:Bunkamura Gallery 問い合わせ 03-3477-9174 】

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〔 歌舞伎美人-かぶきびと-NEWS 〕 「六月博多座大歌舞伎」船乗り込み 終了企画+花筏に記録をのこしました

hakataza_hune

歌舞伎美人-かぶきびと-NEWS
「六月博多座大歌舞伎」船乗り込み
今年の「六月博多座大歌舞伎」は、二代目 松本白鸚、 十代目 松本幸四郎の襲名披露です。博多の初夏の風物詩としてすっかりお馴染みとなっている船乗り込み、今年は5月30日[水]の開催となりました。
襲名披露する白鸚、幸四郎ほか、出演者がそろってご当地の皆さんに顔を見せ、博多川をゆっくりと舟で進んで博多座へと乗り込みます。
式典の行われるキャナルシティ、博多リバレインでは出演者挨拶も行われ、川端ぜんざい広場前では、狂言名題を読み上げる「口上」もあります。
お近くへお越しの際はぜひ、声援をお送りください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
松本幸四郎改め 二代目 松本白 鸚
                 襲名披露
市川染五郎改め 十代目 松本幸四郎
「六月博多座大歌舞伎」船乗り込み
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日  時  2018年5月30日[水]
      * 雨天の場合は14:15より博多リバレイン フェスタスクエアにて式典のみ開催
◯ 当日のスケジュール
13:00 乗船式典(キャナルシティ博多 地下1階サンプラザステージ)
13:25 乗船・出発(清流公園)
13:45 口 上(川端ぜんざい広場)
14:00 下 船(博多リバレイン)
14:05 参 拝(鏡天満宮)
14:15 式 典(博多リバレイン フェスタスクエア)
14:40 終了予定       * 時間は目安です。

◯ お問い合わせ
博 多 座 092-263-5858

【朗文堂 サラマ・プレス倶楽部】春を迎えて一斉に各種講座{活版カレッジ 春期夜間部・朗文堂ちいさな勉強会『紙』・新宿私塾第32期}が開講しました

活版カレッジ1IMG_1860IMG_1863<活版カレッジ>は、身体性がもたらす造形精神とそのよろこびをおもくみています。
そのために、科学と、学術的根拠にもとづいた実技と実践を基盤とし、小型活版印刷機 Salama-21A を中心として、小型活版印刷機 Salama シリーズ によるケーススタディ ・ メソッドをふんだんに駆使し、あたらしい時代の活版印刷の現場での、現実的な課題の解決方法を学ぶことを目的とします。
──────────
活版カレッジ>は少人数の学習機関ですし、造形によろこびをみいだす仲間が中心となります。今回開講した<活版カレッジ 春期夜間部>は男性三名・女性一名の構成です。ともかく少人数なので、講座はいつも和気藹藹としたなかにも、技芸者をめざす緊張がみなぎっています。

<活版カレッジ>は、三ヶ月九回の講座で、基本的に春季・夏季・秋季・冬季と、イベント開催時期をのぞいて一年に三回開講されますが、ここ数回にわたって事前予約者が多く、ほとんど一般公募ができない状態がつづいています。

つづいて<活版カレッジ 夏期夜間部>が開講予定ですが、次期講座にも相当数のご予約をいただいております。ともかく受講のご意思のあるかたは、まずご一報をいただき、ご予約をお願いいたします。開講が迫りましたら、最終ご意思の確認と受講料の納入をもって受付となります。
詳細は <サラマ ・ プレス倶楽部 教室のご案内 Salama-21A 操作指導教室 >をご覧ください。

【 お申し込み・お問い合わせ : 朗文堂 サラマ・プレス倶楽部  » send email 】

!cid_CCF74AAA-0228-4CFC-BA15-338977D21FD5DSCN7681DSCN7684DSCN7689DSCN7754原 啓志 さんを講師にお迎えしての{朗文堂ちいさな勉強会『紙』講座}は、毎月第二水曜日・連続六回の開催が予定されています。受講者は19名の多数を数え、4月11日[水曜日]に第一回講座が開催され、5月9日には第二回講座が予定されています。

受講者のほとんどは{活版カレッジ}の修了生で、実践に役立つ貴重な紙情報が語られています。受講者のなかに 商事会社「エヌ・ビー・アール」を営まれているかたがおられ、参加者有志に「フラックス・亜麻」の種子が少量配布されました。
亜麻の花フラックスはやがてうす青紫の可憐なはなをつけ、その茎が亜麻色に変化したころに収穫して「亜麻パルプ」とし、そこから高級筆記用紙、書簡用紙、高級ボンド紙、特殊薄葉紙、たばこ用巻紙、脂取り紙などに使用されてきたという。

原 啓志さんと受講生の皆さんによる、熱い講座がつづきます。

!cid_5CEEADC8-9D79-4D99-B0DC-2FF062628233!cid_5B8B4C39-FF56-457E-9D19-CB0B144159A632期入塾DSCN7722DSCN7898新宿私塾では、タイポグラフィにおける 「 知 ・ 技 ・ 美 」 のみっつの領域で、バランスのよい学習をモットーとしています。 それはまた 「 知に溺れず、技を傲らず、美に耽らず 」 という、つよい自戒をともないます。
この半年のあいだ、塾生の皆さんがおおきな収穫が得られるように、講師陣はもとより、300名をこえた「新宿私塾修了生」の皆さんも、精一杯の努力と応援をいたします。

新宿私塾に入塾をご希望の方は、下記メールに随時ご連絡をお願いいた します。入塾お申し込みのメール受付順の入塾とさせていただきます。

◯ 朗文堂タイポグラフィスクール 新宿私塾
担当 : 鈴 木  孝  robundo@ops.dti.ne.jp    » send email
件名/新宿私塾 第32期申し込み、お名前(ヨミガナ)、送付物宛先住所、電話(携帯可)

その後の手続きは、メールをいただいたのちご連絡いたします。そのほかに新宿私塾に関してのご質問などがある方は 電話連絡 (担当:鈴木 03-3352-5070)をしてください。

【 詳細データ : 新宿私塾 】

【新宿私塾】梅の薫りがかすかにただよう三月中旬{新宿私塾 第31期 全課程を終え無事に終了しました}

!cid_FD6264CF-5712-4E9C-9163-F49D6E5BD55C31期修了_01いつものことですが、出あいはうれしく、別れはさびしいものです。
<新宿私塾 第31期>は、金木犀のかおりが新宿御苑からかすかにただよう、2017年09月26日に開講し、梅の香ただよう早春の2018年03月13日、全員が無事に全課程を修了し、おおきく成長して羽ばたいていきました。

最終講座は<第25回 タイポグラフィの基本技術の再構築>と題して大石 薫の担当でした。この演習講座を終え、これからは<新宿私塾修了生>の一員となった塾生の諸君は、わかれがたいおもいがあったのかしばらく教場での談笑がつづき、やがて再開を約して新宿の町に消えていきました。
大石講義31期修了_02<新宿私塾>は毎回全25講座が開講されますが、「造形のよろこび」、「身体性をともなった造形のよろこび」をモットーとしています。
同時に<新宿私塾>では、タイポグラフィにおける 「知・技・美」 の三領域で、バランスのよい学習をモットーとしています。それはまた 「知に溺れず、技を傲らず、美に耽らず」 という、つよい自戒をともないます。
31期カリキュラム表紙resized長いようで短かった半年間でした。ことしはあいにくの厳しい冬でしたし、颱風なみの爆弾低気圧が日本列島をまっぷたつにして縦断、きびしい寒波がなんども襲来し、東京でも例年にないほどの積雪までみました。

さいわい最終講座の03月13日は、うららかな春をおもわせる暖かな日でした。講座の終了後、塾生諸君は時計を気にしながら、しばしのお別れに際してメアドの交換を急ぎ、同期会の幹事をきめて再会を約しての修了となりました。
造形界にはきびしい逆風がみられる昨今ですが、新宿私塾31期修了生の皆さんは大きく羽ばたいて旅だちました。
何人かの終了生は、すでに<平野の会>に加入されていますし、いずれ<活版カレッジ>の受講を予定されているかたもおられます。
きっと、いつかまた、どこかで、笑顔での再会を楽しみにしています。

【建築講座】東京ステーションギャラリー 〝東京駅で建築講座 ─ たてる・つくる・みせる─〟2月16日開催

20180123222046_00001 20180123222046_00002東京ステーションギャラリー
特別企画
東京駅で建築講座 ─ たてる・つくる・みせる ─
開催日:2018年2月16日(金)・17日(土)・18日(日)

──────────
東京ステーションギャラリーは日本の近代建築を象徴する東京駅丸の内駅舎で活動する美術館として、これまで国内外の建築家を紹介する展覧会を開催してきました。本企画は今後当館で開催する建築展[「くまのもの」(隈研吾)展、「アルヴァ・アアルト」展]にちなんで、建築に携わるさまざまなプロフェッショナルを講師に迎え、「たてる」「つくる」「みせる」を切り口に開催する連続講座です。

【登壇者一覧】 隈 研吾(建築家)、堀部安嗣(建築家)、安東陽子(テキスタイルデザイナー・コーディネーター)、佐藤 淳(構造家)、保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員)、林 アンニ(ARTEK/Vitra株式会社)

【詳細情報: 東京ステーションギャラリー 】

【催事】{歌川広重 王子装束ゑの木 大晦日の狐火}再現 第25回 王子 狐の行列 大晦日夜九時ゟ

王子大晦日狐オモテ 王子大晦日狐ウラ

第25回 王子 狐の行列
平成29年12月31日-平成30年1月1日開催

{歌川広重 王子装束ゑの木 大晦日の狐火}再現
2017年12月31日 大晦日 午後九時ゟ
装束稲荷から王子稲荷神社へ
──────────

王子装束ゑの木 大晦日の狐火王子装束ゑの木 大晦日の狐火 国立国会図書館 請求記号:寄別1-8-2-1

王子には古くから大晦日に各地から集まった狐が大きな木の下で装束を整えて王子稲荷神社に詣でたという伝承があります。
その木の下に狐が集まる様子を描いた歌川広重の浮世絵、その木の脇に祀られた社が「装束稲荷」です。

平成5年大晦日からその伝承を元にここをお護りする者同士が集ったとき、広重の浮世絵 にならって揃って 王子稲荷神社に初詣をしました。ささやかな行列でしたが、 それが「狐の行列」のはじまりでした。以来、王子の街の私たちは、古い文化を新しい街づくりに生かそうと、ずっとこの風習を大切に大切に守り育てているのです。

【詳細情報:王子 狐の行列

【映像紹介】DNP 大日本印刷 {秀英体 映像アーカイブ}

映像アーカイブ
秀英体の紹介映像と活版印刷の職人映像をご覧いただけます。

人に想いを届けるフォント。大日本印刷の秀英体
「秀英体」は創業以来100年以上にわたり開発を続け、金属活字からデジタルフォントへと進化してきました。現在も各種印刷物や電子書籍、ウェブサイトや映像用の文字として活躍の場を広げています。印刷技術の変遷の中で生き続ける「秀英体」の姿を、イメージ篇と本篇の2つの映像で伝えます。

「イメージ篇」
秀英体が持つ伝統や先進性を紹介するとともに、オリジナル書体「秀英体」に込めたDNPの想いをまとめました。
DNP秀英体画像
「本  篇」

◯「秀英体のデザイン」…デザインの特徴やなりたち
◯「秀英体と出版事業」…活版からデジタル化に至る印刷技術の変遷や出版事業との関わり
◯「秀英体のいまと未来」…今も続く秀英体の改良や未来の文字環境への展望
の三部構成です。 〝活字の分身〟 のオリジナルキャラクター「秀英くん」による解説のほか、岩波書店「広辞苑」の編集者・平木靖成さんと、資生堂「花椿」のアートディレクター・澁谷克彦さんへのインタビューを通じて、秀英体やタイポグラフィを楽しく、深く知ることができます。
DNP秀英体画像02
その手が文字をつくるまで ~活版印刷の職人たち~
DNPは1876(明治9)年の創業以来、書籍や雑誌の印刷を通じて出版と深く関わってきました。長年にわたり出版文化を支えたDNPの金属活字による活版組版部門は、印刷技術の変化に伴い2003(平成15)年、127年の歴史に幕をひきました。

これまで日本の出版文化を支えてきた活版印刷職人の技を、「活版印刷の流れ」と、各工程の詳細「①作字」「②鋳造(ちゅうぞう)」「③文選」「④直彫り」「⑤植字」「⑥ゲラ刷り」の全7編で構成された映像で紹介します。各工程の映像では、手法や道具の工夫点やノウハウを、職人のインタビューを交えて解説します。

【 詳細情報:DNP大日本印刷  秀英体映像アーカイブ

【印刷図書館】 財団創立70周年記念誌『印刷図書館コレクション』刊行/出版パーティー開催

一般財団法人 印刷図書館(理事長:山田雅義)は、2017年03月、財団設立70周年を迎えました。 その記念事業の一環として、『印刷図書館コレクション』(A4判/120ページ、上製本/非売品)を刊行。
20171104004014_00001『印刷図書館コレクション』刊行記念パーティが10月26日[木]一ツ橋如水会館で開催され、多くの来賓と会員が参集しました。
来賓の挨拶につづき、永年にわたって印刷図書館の司書として活躍されている松本佐恵美さんに感謝の花束が贈呈され、会場は華やかなふんいきにつつまれました。

DSCN4503 DSCN4505 DSCN4510 印刷図書館は、印刷及びその関連分野の資料を収集し、印刷技術及び印刷文化の発展向上に寄与することを目的とする専門図書館です。[入会案内
印刷図書館 所在地
〒104-0041 東京都中央区新富1-16-8  日本印刷会館3F
電話 03-3551-0506
FAX 03-3551-0509

【会報誌】 サラマ・プレス倶楽部会報誌 第35号 (Previous 2017 ) 完成 ・ 配布中

サラマ・プレス倶楽部の会報誌
『 Salama Press Club NewsLetter  Vol. 35』 (Previous 2017 )を刊行し
会員の皆さまへ配布中です。

会報誌35号表紙resized『 Salama Press Club NewsLetter  Vol. 35 』 (Previous 2017 )
表紙使用活字 : 36 pt.  セントール〔Centaur〕、 18 pt.  花形活字

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 主な内容 (目次) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★ 【お薦め情報】
〔映 画〕 The Secret of Kells ブレンダンとケルズの秘密

★ 【お知らせ】
「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志会 発足!

★ 【イベント情報】
――メディア・ルネサンス―― 平野富二 生誕170年祭

★ 【レポート】
アルフォンス・ミュシャ(ムハ)と『スラヴ叙事詩』 ―サラマ・プレス倶楽部的 プラハ紀行―

★ 【連載 活字版印刷豆知識35】 活字は小粒でピリリと重い
活版印刷 人物伝⑦ 《15世紀》欧州 ニコラ・ジェンソン

★ 【会員からのお知らせ】
新潟会員 紙漉き「サトウ工房」佐藤徹哉さんからの「良寛と巻菱湖」展報告レポート

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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【良書紹介】 カール・マイ冒険物語 オスマン帝国を行く── 全12巻完結 カール・マイ著・戸叶勝也訳 朝文社刊

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カール・マイ冒険物語 オスマン帝国を行く

ドイツの国民作家 カール・マイ。
ドイツでは聖書につぐ発行を記録した波瀾万丈の物語。
没後100年を経て「カール・マイ冒険物語」全12巻日本語訳全12巻完結
中東、オリエント地域の風土、民族、習慣も冒険物語のなかでわかる
面白さとテンポのあるストーリー展開に魅了される

『カール・マイ冒険物語 オスマン帝国を行く〔12〕 アドリア海へ』
カール・マイ著 戸叶勝也訳
四六判
定価:本体2,480円+税
朝 文 社
──────────
〔著者紹介〕
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戸叶勝也(とかの かつや)
著者1938年 東京に生まれる。
1961年 東京大学文学部西洋史学科卒業
NHK 教育局、国際局(この間ドイツ海外放送勤務)、日本大学経済学部教授
を経て、現在同大学元教授。専攻:ドイツ近現代史


主要著書
『ドイツ出版の社会史~グーテンベルクから現代まで~』(三修社1992年)、『レクラム百科文庫~ドイツ近代文化史の一側面~』(朝文社1995年)、『人と思想~グーテンベルク~』(清水書院1997年)、『ドイツ啓蒙主義の巨人フリードリヒ・ニコライ』(朝文社2001年)、『ヨーロッパの出版文化史』(朗文堂2004年)

主要訳書
『ギリシア・ローマ時代の書物』(朝文社2007年)、『シュメール』(アリアドネ企画1998年)、『オスマン・トルコ』(アリアドネ企画1998年)、『ヴァイキングの足跡』(共訳、アリアドネ企画1997年)、 『ノルマン民族の秘密』(共訳、佑学社1977年)、『ヒッタイト帝国』 (共訳、佑学社1979年 『カール・マイ冒険物語 オスマン帝国を行く全12巻』(朝文社2017年)ほか
──────────
〔カール・マイ冒険物語 刊行を終えて-戸叶勝也〕
「カール・マイ冒険物語 ~オスマン帝国を行く~ 第12巻アドリア海へ」は、私か翻訳してきたシリーズ全12巻の最終巻に当たります。
この12巻には、巻末の訳者あとがきに、「カール・マイ没後百周年記念行事」に参加した後でネット誌に寄稿した記事を再録して載せました。
また特別企画として、中東ジャーナリスト勝又郁子さんとの対談「マイの物語と中東世界の現実」を載せました。これらをぜひお読みくださるようお願い申し上げます。

ところでこのドイツの冒険作家カール・マイの存在を、私は1970年代の前半に、当時の西ドイツのケルン市にあった『ドイツ海外放送』の日本語番組で仕事をしていた時に知りました。
それ以来かれこれ40年以上になりますが、帰国後、1977年から1981年まで、東京のエンデルレ書店から、「カール・マイ冒険物語」のオリエント・シリーズ第1巻-第4巻を刊行しました。その時も私の計画では全12巻の長いシリーズを翻訳し、順次刊行していくはずでしたが、出版社側の都合で、第4巻で打ち切りとなりました。

訳者としては大変残念な気持ちで、それ以後も翻訳作業は、本業(大学での授業その他の業務)の傍ら続けてまいりました。そして2012年になって、今回のシリーズ「カール・マイ冒険物語 ~ オスマン帝国を行く」全12巻を刊行することを、朝文社の渡部社長が引き受けてくださいました。
この朝文社からはそれに先立つ2011年10月に、私か書いたカール・マイの評伝『知られざるドイツの冒険作家カール・マイ』が刊行されました。それに続いて作品の翻訳刊行が続けられ、今回全12巻が完結した次第です。

第12巻をお読みくださり、興味を持ってくださった方々には、是非そのほかの巻もお読みくださるようお願い申し上げます。そして感想などがありましたら、下記にお寄せいただければ、幸いです。
2 0 17年5月
戸叶 勝也
154-0021 東京都世田谷区豪徳寺2-19-3
メール : katsuya.tokano*jcom.home.ne.jp   〔*→ @〕
──────────
{新宿餘談}
このたび戸叶勝也先生が、『カール・マイ冒険物語 オスマン帝国を行く〔12〕 アドリア海へ』(朝文社刊)をもって、同書全12巻の刊行を完結されました。
同書に向けた40年余のご精進に多大なる敬意を表明するとともに、皆さまのご愛読をお願いいたします。
同書の詳細は 朝文社URL にて閲覧できます。また紀伊國屋書店新宿本店(03-3354-0131)、八重洲ブックセンター(03-3281-1811)の両店にて常備図書となっています。
なお戸叶勝也先生は、朗文堂でも『ヨーロッパの出版文化史』を刊行されておられます。
併せてのご愛読をお願い申しあげます。 

◯ 朝文社URL         http://www.chobunsha.co.jp/index.html
◯ 朗文堂ブックコスミイク  http://www.ops.dti.ne.jp/~robundo/Bbunkashi.html
◯ 朗文堂文字壹凜まとめ  http://www.robundo.com/robundo/ichirin/?s=%E6%88%B8%E5%8F%B6%E5%8B%9D%E4%B9%9Fヨーロッパの出版文化史

【「平野富二生誕の地」碑建立有志の会】 「平野富二生誕の地」確定根拠を発表

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平野富二の生前に発行された東京築地活版製造所編纂『長崎新塾活版所東京出店ノ顛末 並ニ 継業者平野富二氏行状』によると、「平野富二氏、幼名ハ富次郎、長崎ノ士人、矢次豊三郎ノ二男、……、弘化三年丙午八月十四日、長崎ニ於テ生ル。」とある。

平野富二の生家である矢次ヤツギ家の記録「矢次事歴」によると、1874(明治7)年4月に記録された矢次家の住居表示は、第一大区四ノ小区引地町50番地となっている。

矢次家の始祖矢次関右衛門は元大村藩士で、故有って浪人となり長崎に移り住んでいたところ、正徳3年(1713)、空席となった町使役を仰せ付けられた。のちに町使は町司と表記されるようになるが代々世襲して、父豊三郎は矢次家八代目として町司を勤めていた。

町使長屋は、寛文3年(1663)、現在の引地町ヒキヂマチに初めて建てられたが、宝暦5年(1755)に類焼したため建て替えられた。以前は11軒(戸)だったものが13軒(戸)となって、2軒(戸)が追加された。このことは「引地町町使長屋絵図」〈添付資料1  長崎歴史文化博物館所蔵「長崎諸御役場絵図」第一巻〉に記載されている。

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添付資料1
上図:「長崎諸御役場絵図」第一巻、長崎歴史文化博物館所蔵
下図:上図の白枠部分の拡大図
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添付資料1 は焼失後に建て替えられた町使長屋の絵図で、2棟ある長屋の各軒(戸)に入居名が記載されている。絵図で右側に描かれている長屋の右端から二番目に「矢次」と明記されている。

焼失前の町使長屋の絵図も別途存在するが、それには「矢次」の名前はどこにも記載されていない。そのことから、矢次家が引地町の町使長屋に入居したのは、建て替えられて2軒(戸)が追加されたときの1軒(戸)に入居したと見られる。

引地町町使長屋の位置は、明和年間(1765年頃)に作成されたと見られる『長崎惣町絵図』〈添付資料2 長崎歴史文化博物館所蔵〉に「町使屋舗」と表示されている。
くだって嘉永3年(1850)に再板された『長崎明細図』〈添付資料3 長崎勝山町文錦堂刊〉には、その位置に「丁じ長や」と明記されている。嘉永三年(1850)は平野富二が数え年五歳であることから、引地町にある町使長屋が平野富二の生誕の地であると見ることができる。

w21_引地町町使長屋国立公文書館『長崎諸役所絵図』より「引地町町使長屋」

添付資料1と類似の絵図が国立公文書館所蔵の「長崎諸役所絵図」に含まれている。その絵図を現在の長崎法務局の「国土基本図」に重ね合わせて合成し、「町使屋鋪」と表示した地図〈添付資料4〉が、布袋厚著『復元! 江戸時代の長崎』に掲載されている。
それには現在の勤労福祉会館の建物などに重ね合わせて町使屋舗が描かれており、それによって矢次家の在った場所を確定することができる。 以上

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上図:「長崎惣町絵図」明和年間制作、長崎歴史文化博物館所蔵

下図:上図の白枠部分の拡大図
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上図:「長崎明細図」嘉永3年(1850)再板、長崎勝山町文錦堂刊

下図:上図の白枠部分の拡大図
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◯ 添付資料4
『復元! 江戸時代の長崎』布袋 厚 著から引用

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〈備考〉平野富二生誕の地 位置確定目安
引地町町使長屋は、7戸建てと6戸建ての2棟の長屋が引地町筋の道路に面して建てられており、この2棟の長屋は本大工町筋に抜ける道路によって隔てられている。

添付図2によると、矢次家のある7戸建て長屋が建てられている敷地は、前面道路に沿って長さ27間(当時、長崎では六尺五寸を一間としていたことから、これを換算すると約53.1メートルとなる)と表示されている。1戸当たりの幅は平均約7.6メートルとなる。

焼失前の「町使町絵図」(添付省略)によると、同じ敷地と見られる場所にある6戸建て長屋には、5戸が間口5間、一戸が4間と表示されている。長屋内に路地は設けられていないので、長屋の全長は29間となる。添付図2とは2間の差があるが、その理由は不明。この「町使町絵図」には「矢次」の名前はない。

添付図1では、各戸はすべて間口が3間と表示されており、これとは別に前面道路から裏庭に通じる路地が7戸建て長屋では4本ある。その内、2本の路地には途中に井戸があり、他の2本の路地には井戸はないので同じ幅とは限らない。路地の幅は明記されていないので、長屋全体の長さ(間口)は不明である。

敷地の北東に隣接する窪地に現在建てられているビルの境界が当時と同じとすれば、境界を基点としてほぼ8メートルから15メートルの間が矢次家居所跡、すなわち平野富二生誕の地の目安となる。
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〈参考〉添付資料1の左側添え書き

【原文】
此図元長崎奉行所支配普請方用屋敷所蔵也明治維新後故西道仙翁得本図十襲不措後與故長崎區長金井俊行氏謀模寫本図納諸長崎區役所以便研究者焉 大正二年 月及翁歿余請得本図於其嗣某氏分為弐巻施装訂就明嶽道人有馬祐政先生龍江深浦重光先生求其題字以備座右

巻中所在自政所衛門至陣営望台米廩等凡四拾有弐図(全長約拾弐間、上下弐巻)奉行所幷管掌町悉載焉 實長崎史研究者必須之図也
大正四年孟春下沈      鶴城 福田忠昭識

【現代文】
この図は、元長崎奉行所支配普請方の用屋敷に所蔵されていたものである。明治維新の後、故西道仙翁が本図を得て大切に秘蔵して手放さなかった。後に故長崎区長金井俊行氏と相談して本図を模写し、長崎区役所に納めて研究者の便とした。大正二年 月、西翁が没し、私はその嗣者である某氏から本図を得た。分割して二巻とし、装丁を施し、明嶽道人有馬祐政先生に従って龍江深浦重光先生にその題字を依頼し、座右に備えた。
巻中には、政所・衛門から陣営・望台・米蔵などに至るまでおよそ四十二図(全長約十二間、上下二巻)があり、奉行所と管掌する町がことごとく載せてある。実に、長崎史研究者にとって必須の図である。

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【タイポグラフィ学会】 第12回 タイポグラフィ学会 総会 が終了しました

2016-Sokai{タイポグラフィ学会事務局}
去る9月25日日曜日「第12回 タイポグラフィ学会 総会」を開催、無事に終了いたしました(会場:学校法人 専門学校 東洋美術学校)。
総会の討議ではタイポグラフィに関する学術的な研究や活動を支えるべく、より充実をはかることを具体的な提案をもって議論や意見交換がされました。
今年度は「タイポグラフィ学会誌」09、 10号の刊行、論文発表会などが計画されております。
【 詳細 : タイポグラフィ学会 】

【会員情報】 大阪芸術大学 文芸学科 活版印刷教育本格スタート - デジタルの時代に「刷る」楽しみを

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デジタルの時代に、「刷る」楽しみを。

デジタルプリントが主流の現代において、活版印刷物の凸凹やインクのにじみといった質感が注目されています。
そんな背景もあってか、オープンキャンパスにおける文芸学科の展示のなかでも、ひと際人気を集めたのが、この活版印刷機です。

当日は、珍しい印刷機を展示するだけでなく、その場で名刺印刷を体験できるコーナーを展開。活字と呼ばれるハンコのような字型を選び、印刷機にセット。ハンドルをガシャンと下ろせば、名刺に自分の名前が印刷される、という仕組みです。シンプルな工程ですが、完成した名刺は、世界で一枚だけのいわばオリジナル作品。昔ながらの独特の味わいを持ったこの〝お土産〟を、参加者は大事そうに持ち帰っていました。

【 詳細情報 : 大阪芸術大学 文芸学科 活版印刷 】
op2016_03[1] pic_01[1] pic_01[2] pic_02[1]大阪芸術大学 文芸学科での活版印刷機器の購入は数年前から着実に前進していました。担当教員は 福江泰太教授
福江先生は図書の原典を探るべく、数年前に「活版カレッジ」を自ら受講されるとともに、小型活版印刷機 Salama-21A と、和文活字を中心に設備され、授業では文選、植字、印刷をきちんとマスターするように指導しておられます。

大阪芸術大学 文芸学科ではさらに講座の充実をはかり、Salama-Antiqua のような「はがき倍版」の印刷機の導入をはかるとともに、「印刷・製本演習」という科目のスタートが計画されています。
大学教育機関での活版印刷講座があちこちで計画され、小社アダナ・プレス倶楽部は積極的にお手伝いさせていただいておりますが、外部スタッフや助手任せの大学より、やはり常任教員ご自身が自らとり組まれると、無理と無駄無く、スムーズに企画構成がすすむようです。

どうなっているの? すこし強引すぎませんか <MicrosoftではWindows 10へのアップグレードをお勧めしています>

スクリーンショット OS10パソコンのことなどはあまり話題にしたくないが、月曜朝からチョイと不愉快。
選択肢のない画面がディスプレー中央にドカンとでてきて消えない(容易には消せない)。
前から類似の情報がわき出ていたが「×」で退散していた。パソコン管理会社からは周辺機器、アプリソフトとの整合性に問題があり、アプデは当面止めてほしいと通知もあった。
XPからなかば強引に2020年までのサポート保証でWindows 7にした(された)が、今度の選択肢のない画面は強力で、追放退散すなわちアプデ勝手に実行らしい。結局なんとか退散させたが、この騒ぎに30分余もかかった。
国産機愛用でPCにしたが、OSが米国製だとこれだからなぁ。

【時事通信】 民進党が党のロゴマークを決定

AS20160510004575_comm[1] 0160510at52_p[1]民進党は5月19日、党のロゴマークを決定した。青と赤の2本のラインで党名の頭文字である「M」をかたどったデザイン。岡也代表は記者発表で「躍動感のある良いマークだ。(有権者に)しっかり浸透できるよう努力したい」と語った。
インターネットの意見募集では「三重県の菓子メーカーのロゴに似ている」との指摘もあったが、同県選出の岡田氏がメーカーに電話し、「問題ない」との回答を得たという。(2016/05/19-10:07

【会員情報】 世界遺産の地/鹿児島仙巌園・尚古集成館にて Salama-21A 小型活版印刷機いよいよ始動

DSCN7235薩摩藩主・島津家の別邸「仙巌園 センガンエン」(鹿児島市吉野町)は大型連休中の5月5日、活版印刷のイベントをおこなうことを発表しました。
西欧の活版印刷技術とふかいつながりを有する薩摩藩の歴史を知ってもらう。参加者を募集している。

日本の近代活版印刷は明治初期、長崎で実用化されたとされるが、それに先立つ幕末の1864年、薩摩藩主・島津斉彬に依頼された江戸の木版士・木村嘉平が、鉛やろう石活字の鋳造に成功したという。型となる種字や印刷機などは仙巌園の尚古集成館に所蔵され、1998年に国指定重要文化財となっている。
同園では「鹿児島と活版印刷は深いつながりがあることは意外と知られていない。こどもから大人まで楽しめるので試してください」と来園を呼びかけている。
読売新聞 2016年4月28日 鹿児島地域版

【東京五輪】 エンブレムは野老朝雄氏の組市松紋に決定 森山明子氏の論評を紹介

2020年東京五輪・パラリンピックの大会エンブレムは、野老トコロ朝雄氏の組市松紋に決しました。
それをうけて『オリンピックとデザインの政治学』の共著者、森山明子氏が『読売新聞』(文化欄 04月26日)に「五輪エンブレム決定」とされる論評を発表されました。
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五輪新エンブレム _MG_4319 コピー ~ 01オリンピックとデザインの政治学rs

【速報】 東京五輪エンブレム「A案」に決定 大会組織委 市松模様に特徴

五輪新エンブレム2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は25日、公式エンブレムの最終候補四作品を審査した結果、市松模様をモチーフにした「A案」を採用することを決定した。
A案の作品コンセプトは「組市松紋」。
江戸時代に広まったデザインを日本の伝統色である藍色で表現し、形の異なる図形の組み合わせることで「多様性と調和」を表したという。

組織委のエンブレム委員会(委員長・宮田亮平文化庁長官)は25日午前から最終審査を行い、21人の委員の過半数の支持を得たA案を選定。その後開かれた理事会で承認され、公式エンブレムへの採用が決まった。

公式エンブレムは昨年7月、アートディレクターの佐野研二郎氏のデザインがいったん採用されたが、同年9月に白紙撤回。限られたデザイナーらによる不透明な選考過程に批判が集まったことから、再選考では応募資格を一般に開放した。
応募作品は1万4599作品にのぼり、4作品に絞った後は、ネットやはがきで国民から意見募集していた。
日本経済新聞 速報

 

【展覧会】 恩地孝四郎展/東京国立近代美術館 会期末迫る & 恩地家三代公式記録 multirhythm WebSite紹介

国立近美恩地孝四郎展日本における抽象美術の父にして木版画近代化の立役者、そして時代に先駆けたマルチクリエイター恩地孝四郎、過去最大規模の回顧展。
日本で最初の抽象表現《抒情『あかるい時』》はもちろん、海外美術館所蔵の重要作62点を含む約400点を一挙公開します。
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日本における抽象美術の先駆者であり木版画近代化の立役者でもある恩地孝四郎の、20年ぶり3回目、当館では実に40年ぶりとなる回顧展です。

恩地は抽象美術がまだその名を持たなかった頃、心の内側を表現することに生涯をかけた人物です。
彼の創作領域は一般に良く知られ評価の高い木版画のみならず、油彩、水彩・素描、写真、ブックデザイン、果ては詩作に及ぶ広大なもので、まるで現代のマルチクリエイターのような活躍がうかがえます。
本展では恩地の領域横断的な活動を、版画250点を中心に過去最大規模の出品点数約400点でご紹介いたします。

また見逃せないのは、里帰り展示される62点。戦後、特に外国人からの評価が高かった恩地の作品は、その多くが海を渡っていきました。
本展では海外所蔵館(大英博物館・シカゴ美術館・ボストン美術館・ホノルル美術館)の多大な協力のもと、現存作が一点しか確認されていない作品や摺りが最良の作品など恩地の重要作をご覧いただきます。
【 詳細 : 東京国立近代美術館
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この 【展覧会】 恩地孝四郎展 ―― 形はひびき、色はうたう 東京国立近代美術館 に関する情報は、東京国立近代美術館からの情報をもとに、本コーナーには02月08日に紹介した。
その際別途に、恩地孝四郎嫡孫・恩地元子様からも封書で、長文の文書と招待券を頂戴していた。
忙しさに取り紛れて文書をじっくり拝読していなかったことが悔やまれるが、とても貴重な資料をご提供いただいていたことを改めて確認したのでここに皆さまにご紹介したい。

恩地家三代――恩地孝四郎(1891-1955)、恩地邦郎(1920-2001)、恩地元子(現当主)は、いずれも東京藝術大学にまなび、才能と個性と造形力がゆたかなかたばかりであるが、やつがれは荻窪の恩地邸にしばしば押しかけ、恩地邦郎氏とそのご夫人展子様にたいへんお世話になった。

恩地孝四郎は1935年(昭和09)04月創刊の『書窓』(アオイ書房、志茂太郎)の第一号から1944年06月、志茂太郎が官製の国民運動「変体活字廃棄運動」に抵抗したため、強制疎開によって郷里の岡山に帰郷したための終刊号、『書窓』(第17巻第05号、通巻103号 日本愛書会書窓発行所)まで、一貫して編輯・執筆・造形・装本にあたっていた。
つまりやつがれは、わが国における近代版画家、抽象絵画の祖としての恩地孝四郎ではなく、印刷・出版人としての恩地孝四郎像を追っていた。

アオイ書房/志茂太郎と、『花あしび』(堀辰雄、2000年10月06日、朗文堂)の刊行を企画していたころ、堀辰雄関係の知人の紹介を得て、荻窪の恩地邸(遠藤 新 アラタ 設計)をはじめて訪問したのは、恩地邦郎氏が長年にわたった明星学園での教職をはなれた直後のことであり、おそらく1990年ころであったとおもう。
恩地邦郎氏ご夫妻はこころのあたたかなかたで、いつも居間でくつろぎ、展子夫人のピアノ演奏もたのしませていただいた。
やがて当時の「金曜かい」の若手の諸君(いまは50代初頭の中年になっているが)も恩地邸に押しかけるようになり、お庭のアカンサスを愛で、孝四郎氏と邦郎氏の二代にわたるアトリエや、入口の書庫の隅隅までも拝見させていただいた。

それからは、毎年のように銀座の画廊で個展を開催されたので、そこでお会いしたりしていたが、ご著作『随想 春の雪』(恩地邦郎、1997、ぶんしん出版)を頂戴した。それからまもなく2001年に行年81をもって恩地邦郎氏は逝去された。
近年になり、宇都宮美術館の企画で<恩地孝四郎邸見学会>があり、そのグループの一員として、やつがれと大石とで懐かしい荻窪の恩地邸をおとづれた。
およそ15年ぶりほどの訪問であったが、恩地家第三代・恩地元子様が、故邦郎・展子ご夫妻とほとんど変わらぬ笑顔で、隅隅まで恩地邸をご案内されていた。
──────────
前置きがながくなった。恩地家三代 ―― 恩地孝四郎(1891-1955)、恩地邦郎(1920-2001)、恩地元子(現当主)の三人の活動について、お知らせ、報告するWebSiteが開設されている。

URL :  multirhythm

管理・運営は恩地元子氏によるもので、いわば恩地家公式WebSiteといえるものであるが、とても丁寧なつくりこみがなされており、情報も正確でゆたかである。
初代・恩地孝四郎の歿後60年余、二代・恩地邦郎の歿後15年余のときが経過した。ともすると記憶はしだいに鮮明さをうしない、精度を欠くようになる。
このWebSiteの誕生を欣快とし、皆さまにご紹介するゆえんである。

恭賀新禧 萬事如意 香港商務印書館 毛 永波さんから{春節祝い}のカード到着

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左) 李 晨光( 中華書局  デジタル出版センター主任 ) 右) 毛 永波( 商務印書館〔香港〕有限公司 取締役 ・ 副編集長 ) 2015年04月03日 於:朗文堂

◎ 毛 永波 さん  香港商務印書館 取締役・副編集長
商務印書館は中華人民共和国の代表的な印刷会社 兼 出版社。
上海租界(外国租借地)にあった米国美華書館(American Presbyterian Mission Press)の職員であった、夏 瑞芳、鲍 咸恩、鲍 咸昌、高 鳳池ら四人が、米国籍の長老会牧師 George Field Fitch ( 中国表記 : 費啓鴻、1845-1923 ) の支援をえて、1897年(清朝光緒期 ・ 明治30 ) 02月11日に上海において設立された。
現在は本社を北京王府井におき、支社網を全土に置き、商業印刷にとどまらず、総合出版 ・ 印刷所として中国第一の規模をほこる。
【 関連情報 : [お客さまご訪問]中華書局:李 晨光氏、商務印書館(香港):毛 永波氏

【展示会】 page2016 「未来を創る-メディアビジネスの可能性を拡げる」 JAGAT 日本印刷技術協会

page2016

page2016  開催概要
◯ 開催期間   2016年2月3日(水)-5日(金)
◯ 場   所 サンシャイン コンベンションセンター
◯ 主   催 公益社団法人 日本印刷技術協会
──────────
page とは
page 展は1988年の開催以来、2016年で29回目を迎える印刷メディアビジネスの総合イベントです。
page2016 のテーマは「未来を創る」
前回の page2015 でのテーマ「変わるニーズ。変わるビジネス。」の解決編の意味も含んでいます。
印刷ビジネスへのニーズがどのように変わったのか? どのようにビジネスを変えていかなければならないのか? を具体的に捉え、実際のビジネスとしてどのように対処するかを示唆します。
JAGATでは発刊した「未来を創る」をテーマに印刷業の未来について考えてきましたが、その集大成として page2016 をお届けします。

戸叶勝也先生 カール・マイ冒険物語 オスマン帝国を行く 全一二巻第八巻『バルカン峡谷にて』 戸叶勝也訳 朝文社より刊行

戸叶先生
もうアダナ・プレス倶楽部の皆さんとは、<活版礼讃 Viva la 活版 Let’s 豪農の館>、<餅と餃子の忘年会>などですっかりお馴染みの 戸叶勝也 先生。
重厚かつ温厚なお人柄で、いつも楽しそうに各種のイベントにご参加されておられます。

20160105182918570_0001現在戸叶勝也先生は、ドイツで百年以上にわたって読み継がれている大作『 カール ・ マイ冒険物語 』 全12巻の翻訳執筆中。
このたび『カールマイ冒険物語』第08巻「バルカン峡谷にて」を朝文社より刊行されました。
小社刊行書 『 ヨーロッパの出版文化史 』 とあわせて、ご愛読をお勧めいたします。


◯ 発行所 : 朝 文 社
◯ 住   所 : 113-0033 文京区本郷三―一五―六  秋田ビル

◯ 電   話 : 03-3814-5072
◯ メール : info@chobunsha.co.jp

【会員情報】 日吉洋人さんが武蔵野美術大学助手展に出展。作品はビアトリス・ウォードの格言{This is a Printing Office}

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2015年武蔵野美術大学助手展に、同大学基礎デザイン学科助手として勤務されている日吉洋人さんが活字版印刷による作品を発表されました。
タイポグラフィをクリスタルゴブレットでたとえたビアトリス・ウォード(1900-69)の著名な格言 「 This is a Printing Office 」 がテーマです。
このレリーフは米国政府印刷所のエントランスホールに設置されています。また拙訳ながら邦訳が「タイポグラフィ格言集/ここは印刷所なり」にあります。
日吉洋人さんの益〻のご活躍に期待いたします。

アダナ・プレス倶楽部歳末恒例 手づくり<餅と餃子の忘年会>開催

本項はスライドショーで画像をお楽しみいただけます。

ここ数年、アダナ・プレス倶楽部、活版カレッジ修了生を中心として、小社の限られたスペース内でこじんまりと続けていた「餅と餃子の忘年会」。
それが年年メンバーも増えて、小社内のスペースでは納まりきれなくなってきた。

なにも手づくりにこだわらず、どこか庶民的な飲食店での開催も可能とおもえるが
そこは身体性のある物づくりをおもくみるアダナ・プレス倶楽部のことゆえ
活版印刷も調理もともに造形活動のひとつと見ているから例年おお騒ぎになる。
そんな折、小社からほど近い四谷駅前に、手頃なレンタルキッチンスペースがオープンしたので、今年はそのひとつ  < レンタルキッチンスペース Patia >を借りて
恒例の「餅と餃子の忘年会」が開催された。

朗文堂 アダナ・プレス倶楽部 手づくり<餅 と 餃子 の 忘年会>
[日  時]  2015年12月12日(土) 18:00―23:00
[会  場]  レンタルキッチンスペース Patia (パティア)

────────── <仕込み・準備>
小社内で、餅つき(機械式餅つき器)、豚汁、餃子の仕込み。
駆けつけていただいたのは、石田さん、松尾Bさん、そして小酒井さん。

小酒井さんは例年「大根おろし係」をご担当されてきたが、ことしはついにセラミック製の「マイピーラー」(野菜皮むき器・百均で調達したらしい)と、毎度差し入れをお願い(無理強い)しているワイン「ラクリマ・クリスティ 通称:キリストの泪」を持参されての参加でした。

しかも例年どおり、ほかの集会(忘年会?)とも重なって、19時には退出されるとのこと。
今年も餅と餃子の完成には立ち会えず、皆さんのために、ただひたすら大根をおろしてくださる小酒井さんなのであった。
DSCN5771 DSCN5774────────── <キッチンスペース Patia にて仕込み継続>
荷物ギッシリ、タクシー二台に分乗して、四ツ屋駅前<キッチンスペース Patia >に18:00ちょうどに到着。
会場ではすでに、小宮山さん、古谷さんらの長老がお待ちかねであった。早速時間のかかる「機械式餅つき器」のスィッチを入れて、長老会員も参加されて調理に取りかかる。
DSCN5788 DSCN5789 DSCN5790 DSCN5795うれしいことに各地の会員からの差し入れも多い。
沖縄会員からは「泡盛」の12年物の古酒と、「うちなーむん」おつまみセット。
大分会員からは「麦焼酎」、新潟会員からは越後銘酒とエゴ。
関西会員からはおつまみ「野菜煎餅」の差し入れ、長野会員からはリンゴ、千葉会員からは落花生。
そして横ちゃんの実家がお茶と海苔やさんなので、いそべ餅用の海苔の差し入れもたっぷりと。
皆さまありがとうございました。
20151126212028183_0001DSCN5765大根おろしの作業をおえた小酒井さんは、三木さん、小林さんらとすでに席について一杯はじめていたが、次次と到着される参加者を加えて、調理班はおおわらわ。
会場壁面には、先日のメキシコ旅行の写真が、未整理なままスライドショーで投影されていた。プロジェクターも常備されており、使い勝手の良い会場だった。またその土産、わが国では市販されていないという「高級? テキーラ」もテーブルにのっていた。
DSCN5798 DSCN5806DSCN5800 DSCN5801 DSCN5807DSCN5809 DSCN5810DSCN5812DSCN5817そうこうしているうちに、平野さん、春田さん、鈴木さん、美登さん、堀内さんらも次次と登場。加久本さんは、会計係・撮影係・調理班の担当で、三角巾姿も凛凛しくまずは腹ごしらえ。
やつがれ、ここで調理班を手伝おうと、十分手洗いもすまして近寄ったら、たれかが
「手伝わなくてもいいから、邪魔はしないで」
のひとこと(おそらくノー学部)。

はいはい、やつがれの特技はどうせ、「動線を塞ぐこと」と、「手伝うつもりが裏目に出て仕事を増やす結果に……」ですよ。
手持ちぶさたなので、加久本カメラが始動するまで撮影担当。
その後、施設のドアがオートロックのため、平野さんをロビーにさそって「メーンドア開閉係」というたいせつな任務をかってでた。実際にはそれを平野さんに押しつけて、もっぱら入口付近の喫煙所で待機。

────────── <うたげ  たけなわ / かたや仕込みはまだまだ続く>
DSCN5822 DSCN5823 DSCN5826 DSCN5820千星さん、鈴木Mさん、上野・栃木・文暢クン、三木さんのアシスタントをされておられる清水さんと、どんどん人数がまし、ようやく田中さん担当の豚汁ができあがる。
新潟会員差し入れの焼き餅は、瞬時に消えていく。ただ「機械式餅つき器」は、煮る・蒸す・搗くの工程があり、まだテーブルにはのらない。

アダナ・プレス倶楽部名物、具だくさん餃子の製造は、具材の練り込み、皮のチネリ、のし、包みと手分けして、ワイワイ賑やかな作業が継続中。

まだ年末進行で追われる若手デザイナーの登場がここまでは少ない。
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ここまであまり料理に手を出さず、ひたすらお酒を楽しんでいた美登さんが、やおら立ち上がり飄然と動きだす。なにをするのかと見ていたら、調理班のうしろ、スタッフの堀内さんの作業、餃子の皮ののしの手つきを黙って見学しただけだった。
席に戻りがけに、赤ワイン「ラクリマ・クリスティ 通称:キリストの泪」を調達して「旨いな~」。
上野・栃木家の文暢クンは到着直後から眼をこすっていたが、お利口にぐっすりとお昼寝。
つまり、要約すると、美登さん、文暢クン、やつがれの三人はまったく働かなかった。

DSCN5856 DSCN5862DSCN5841 DSCN5842 DSCN5844 DSCN5846 DSCN5851 DSCN5855 DSCN5857 DSCN5859お餅のひと臼目は瞬時になくなったようで、ドア係と称して外の喫煙コーナーで煙草をすっていたやつがれにはまったく配給なし。すでにふた臼目がウィ~ンウィ~ンと動いていた。
このあたりで、ほかの集会から駆けつけられた戸叶先生。そして真田さん、日吉さんら、デザイナーの諸君が登場したが、片付け時間間際だったため、皆さん、ふたりに慌てて給仕するのに集中して、彼らの写真を撮るのを忘れてしまったらしい。

22:00からポツポツと片付けに入った。最新鋭の食器洗い機が設置されていたおかげもあって、おもったよりも作業がはやかった。スペースの利用規約で23:00には退出しなければならないため、皆、怒濤の勢いで片付けをこなしてゆく。

毎回、イベントのたびに実感するのだが、このようなときのアダナ・プレス倶楽部の面面の結束力はすごい。会場によってはかなりタイトな撤収時間しか割けない場合もあるが、年齢も経歴もさまざまな、あれだけ個性豊かな皆さんが、一致団結しながらも、とりたてて打ち合わせや指示もなしに、それぞれが自身の役割を自覚してもくもくと動く姿には、うっすらと感動すらおぼえる。

そして皆さん、三三五五つれだってご帰宅に。お別れのご挨拶が、
「佳いお年をおむかえくださ~い」
とあった。やつがれ、まだまだ年内にやらねばならないことが多すぎる。
しかも、この「餅と餃子の忘年会」の報告を急がないと、会場に駆けつけられなかった会員をお待たせすることになる。
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────────── 後日談
12月13日(日)、「餅と餃子の忘年会」の翌日だったが、印刷機出荷の準備のため出社した。お昼のご飯はハンバーグだという。
なにも考えずに、おおきなハンバーグだなぁとおもって口にしたら、昨夜の餃子の具ののこりであった。
おもわず嗤ったが旨かった。餃子とハンバーグが親戚だということをはじめて知った。

どうやら来年の歳末も、手づくり「餅と餃子の忘年会」はつづくらしい。

【Salama シリーズ開発報告】 嗚呼技術者! 円盤形インキディスクは背面主軸のため熱変形 ヒケ オチョコ との苦闘が。研磨まで終えた技術者の笑顔

IMG_0589アダナ・プレス倶楽部の企画・製造による小型活版印刷機 Salama シリーズは精密機械。
すべての Salama シリーズののインキの着肉は、レバーの上げ下げごとに、円形インキディスクがひと刻みずつ回転するセルフインキング方式です。

インキディスクは精度のたかい鋳型でつくられますが、中央部の背面に太い主軸があるために、熱変形 (ヒケ・オチョコ) に悩まされます。
ついで研磨。工場用語では鏡面研磨ですが、ここでも設計図どおりの寸法確保がもとめられます。これらの作業がうまくいったとき、技術者は鏡面にみずからの顔を写し、安堵と満足のとてもよい笑顔をみせます。カメラを向けたら渋面をつくっていましたが・・・・・・。

インキディスクの仕上げはこれで終わりではなく、こののちナント残酷なことに、インキの着肉を安定させるために、角度を切りながら軽く粗め立ての作業がなされてマット調の金属円盤となって完成品となります。IMG_0590

大阪の大同印刷所・大西祐一郎さんを訪問。あらたな、強力な{活版}ルネサンスの拠点。今後東西相携え復興に邁進を念願

大阪の株式会社大同印刷所は1937年(昭和12)の創業。
積極的に UV 印刷などの特殊印刷にとり組む企業として知られ、またまもなく創業八〇年を迎える名門印刷所である。

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その大同印刷所三代目・大西祐一郎さんを12月05日におたずねした。
大西さんは製紙会社に勤務されたのち、三代目を継承され、2010年「なにわ活版研究所」を開設された。
印刷へのこだわりと愛情にあふれたかたで、時間のたつのもわすれて話し合い。
株式会社大同印刷所 公式HP
なにわ活版研究所 ブログ  facebook

<活版ルネサンスフェア 11月27-28日>を終了し、Salama-21A, Salama-LP, Salama-Antiqua 撮影を実施

たくさんのご来場者をむかえて<活版ルネサンスフェア>が11月27-28日に終了した。
そこでのご要望の一部も取り入れて、翌週週末、12月03-04日、小型活版印刷機 Salama シリーズ三機種の撮影が実施された。DSCN5541 DSCN5542 DSCN5546 DSCN5549印特尓名片の印刷機 撮影風景撮影は<Fumikou  Photographer : 上野隆文、Designer : 栃木香織>のユニット。
おふたりはご夫婦でもあり、アダナ・プレス倶楽部のアイドル:文暢クンの両親。
そしてふたりとも新宿私塾修了生で、栃木香織さんは活版カレッジも修了された、いわば肝胆相照らす間柄でした。今回は栃木さんはアシストにまわり、「レフ担」「手タレ代行」と大活躍でした。
それでも本番の撮影は蛍光灯は消し、真剣かつ長時間におよび、その整理をまってカタログづくり、マニュアルづくりと作業が進行します。

うれしいことに小型活版印刷機 Salama シリーズ三機種へのお問い合わせが激増しています。最終価格の発表をふくめ、もうしばしのお時間をいただきます。

播種時を失しかわいそうなことをした/晩夏に咲くトロロアオイが初冬のいま、けなげに、可憐に、つぎつぎと開花中

咲きましたよ、ついにトロロアオイの花が。
空中花壇を改装工事で失ってからガーデニングの楽しみが半減。
ことしは鉢から生えてきた 有毒帰化植物イヌホウヅキ を トロロアオイ と勘違いして八月上旬まで育てていた。
ノー学部に間違いを指摘され、お盆あけにあわてて取り置きの種子を密植状態で播いたが、いかんせん遅きに失した。
それでも肥料・水遣りをかさねたら、蝶も蜂もこない一二月中旬ではあるが花をつけた。
仙台・埼玉・鹿児島にもトロロアオイ育成者がいる。これで皆さんも安心してくれそう。

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