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【もん】研究社のシンボルマーク|唐 獅 子|杉浦非水 昭和9年(1934)製作|’19年8月|

p004研究社のシンボルマークとなっている「唐獅子」は、徳川家の菩提寺として知られる東京の芝・増上寺の門扉にある彫刻を参考にして、杉浦非水(すぎうら ひすい 1876-1965)が原画を描いたものである。
このマークは「現代英文学叢書」(昭和9年・1934)ではじめて使用され、今日にいたるまで研究社のシンボルマークとなっている。

杉浦非水は、愛媛県出身。明治30 年に上京し、東京美術学校(現在の東京藝術大学)日本画科に入学し、在学中に近代洋画の父といわれる黒田清輝の知遇を得、影響を受けた。数〻のポスターなどを製作し、日本の近代商業美術の祖といわれている。昭和10 年には多摩帝国美術大学(現在の多摩美術大学)を創立、初代学長をつとめた。
研究社のシンボルマークの他にも、数多くの作品を手がけ、「光」「桃山」など、たばこのパッケージデザインも世に送りだした。〔研究社公表資料を参考〕

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【展覧会】東京国立近代美術館|イメージコレクター・杉浦非水展| 会場/東京国立近代美術館 2階 ギャラリー 4|前期:2019年2月9日-4月7日 後期:2019年4月10日-5月26日 終了企画参考紹介

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【ちいさな勉強会】研究社・研究社印刷の百余年に及ぶ歴史からまなぶ ── 講師:小酒井英一郎さん

IMG_0919研究社印刷株式会社 社長:小酒井英一郎さん
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《朗文堂 ちいさな勉強会──研究社印刷株式会社社長:小酒井英一郎さん》
去る07月19日[金]、研究社印刷株式会社:小酒井英一郎さんを講師にお招きして、朗文堂/タイポグラフィ学会/サラマ・プレス倶楽部/平野富二の会 ── 合同による「ちいさな勉強会」を開催。歴史と伝統を誇る研究社/研究社印刷の百余年にわたる歴史をお話しいただきました。

◉ 第一部 研究社百年の歩みを中心に
『 TYPE FACES 』

研究社印刷 1931(昭和6)年版 B 5 判 160 ページ かがり綴じ 上製本
この活字見本帳は、端物用、ページ物用の欧文活字書体の紹介がおもである。高島義雄 → 加藤美方をへて朗文堂に譲渡された。研究社印刷・小酒井英一郎氏によると、研究社の冊子型活字見本帳では、これが最古のものであり、またこれが唯一本とみられるとのことである。

『 SPECIMENS OF TYPE FACES 』
研究社印刷 1937(昭和12)年 同社蔵) B 5 判 160ページ かがり綴じ 上製本
前掲見本帳から7年後、同社が活字自動鋳植機モノタイプマシンを本格展開した際に製作されたとみられる活字見本帳。研究社とその関連部所に、都合 2 冊が現存する。
ライノタイプ・マシンが中心の1931年(昭和6)版での欧文活字書体は、Century Expanded, Granjon が中心だったが、モノタイプマシン中心の1937年(昭和12)版では Garamond, Aldine Bembo が中心書体に変わっている。いずれの書体も名書体として、いまなお評価が高いものばかりである。

『研究社八十五年の歩み』
1992年(平成4)12月15日発行、編者:研究社社史編集室、発行所:株式会社研究社本社、組版印刷:研究社印刷株式会社、製本:黒田製本所、B 5 判 上製本、312ページ ケース函入り

『研究社百年の歩み』
2007年(平成19)11月3日発行、編者:研究社社史編集室、発行所:株式会社研究社、組版印刷:研究社印刷株式会社、製本:株式会社ブロケード、B 5 判 上製本 520ページ ケース函入り

《研究社と研究社印刷》
◉ 研 究 社 は、
1907(明治40)年、小酒井五一郎(当時26歳)が「英語研究社」の名称で麹町区富士見町6丁目10番地に創業以来、一貫して英語関連の出版事業を展開している。1916(大正5)年、社名を「研究社」と改称した。
創業当初から、つねに世界に拓かれた出版をモットーとしてかかげ、現在、辞書・書籍・電子の領域において 最高水準の出版物を刊行するための努力を継続中の企業。現在の住所表記:東京都千代田区富士見 2ー11ー3

◉ 研究社印刷 は、
1919年(大正08年)研究社の印刷所として英文図書刊行に備え九段中坂に組版工場設立
1920年(大正09年)牛込区神楽坂に印刷工場新設
1924年(大正13年)改築の為一時飯田町に移転
1927年(昭和 02年)神楽坂印刷工場完成
1939年(昭和14年)吉祥寺印刷工場設立
1947年(昭和22年)富士整版工場設立
1951年(昭和26年)研究社印刷株式会社として分離独立
1984年(昭和59年)富士整版工場、吉祥寺工場を吸収合併し、新座市野火止に新社屋完成

[ 関連: 研究社 HOME   研究社会社案内  研究社印刷株式会社 ]
[ 参考: NOTES ON TYPOGRAPHY  【かきしるす】タイポグラファ群像*01|加 藤 美 方|かとう よしかた 1921-2000

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◉ 第二部 研究社の辞書の奥付をみる ── 武信和英大辞典を中心に
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創業から20年余ののち、小酒井五一郎率いる研究社は画期的な大型辞書に挑戦した。それは武信由太郎編『武信和英大辞典』の刊行であった。当時はまだ英和辞典ですら稚拙なものが多かった時代にあって、いきなり大型の和英辞典の刊行は無謀ともいえた挑戦であった。ところが『武信和英大辞典』は市場で熱狂的な好評を博し、研究社では増刷につぐ増刷を重ねることとなった。

研究社は創業以来、読み物は秀英舎、辞書・辞典類は東京築地活版製造所に組版・印刷を発注することが中心であった。したがって『武信和英大辞典』の当初の印刷担当は「東京市京橋区築地二丁目十七番地 東京築地活版製造所」であった。
印刷者として記録されている「大久保秀次郎」は東京築地活版製造所印刷部門の有能な責任者であったとみられ、岩波書店『漱石全集』の印刷者としてもこの名をみることができる。

研究社は1920年(大正09年)牛込区神楽坂に印刷工場を新設し、1924年(大正13年)改築の為一時飯田町に移転したのち、1927年(昭和 02年)神楽坂印刷工場を完成させている。したがっていつからこれだけの大冊図書を、東京築地活版製造所に代わって組版と印刷をはじめたのかはわからないが、最終図版に紹介した「昭和二年十月一日訂正第五十九版」の印刷所は「東京市麹町区飯田町六丁目一番地 研究社印刷所」となっている。影印からみる限り活字書体は東京築地活版製造所製とみられる。
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昭和15年ころになると、一部に「皇国史観」がみられ、英語は敵性言語とされて排斥される風潮が芽ばえた。また日中戦線が拡大し、太平洋戦争の予感が強まるのにつれて、物資が困窮をきたし、印刷活字界には官制の国民運動「変体活字廃棄運動」が横行した。研究社ももちろんその埒外にあるわけではなく、過酷な移転命令・活字没収・企業合同の荒波に翻弄されることとなった。
残念ながら小酒井英一郎さんによる講演はここで時間切れとなった。戦後の研究社/研究社印刷を中心に、再度の講演を依頼して歓談に移った。

ともあれ、研究社が「英和辞書」にとどまらず、「和英辞書」の刊行に挑んだ功績は大きかった。
また「和英辞書」刊行の功績者として、武信由太郎(たけのぶ よしたろう 1863-1930)の名が知られたことも大きかった。この辞典は、武信没後の1940年に『新和英大辞典』と改題して刊行され、現在にいたるまで研究社の和英辞典として確固たる名声を得ている。
ここでは同様に、三省堂における「漢和辞書」への挑戦も再度記録しておきたい。

わが国における「漢和辞書」成立の功績者は三島 毅(みしま-こわし 中洲と号す。文学博士 1830-1919)である。三島は旧幕臣で、老中板倉勝静の家臣だった人物である。
維新後は多くの碑文を撰し、そこには「東宮侍講從四位勲三等文學博士三島毅」と刻されていることが多い。

三島は重野安繹(しげの-やすつぐ 通称:厚之丞、薩摩藩士、昌平黌にまなぶ。維新後政府の修史事業にあたる。東大教授として国史科を設置。1827-1910)らとともに、三省堂編『漢和大字典』の編纂・監修にあたった。

研究社における「和英辞典」の刊行(大正7年9月25日)と同様に、「国語辞書」の成立に較べると、近代「漢和辞書」の成立は大きく遅れている。
すなわち三島 毅らは、急速に木版刊本の雕字工匠が姿を消した明治時代後半期にあって、活字版印刷術、とりわけ異体字・俗字など、ふつうはもちいられない特殊な漢字活字の開発と発展をまってから、ようやく「漢語 ⇄ 和語 漢和辞典」をつくることができるようになった。

一九〇三(明治三六)年、重野安繹・三島 毅・服部宇之吉監修、三省堂編『漢和大字典』は、清の康煕帝の勅命によって一七一一年に成った『佩文韻府』系(はいぶんーいんぷ 詩をつくったり、ことばの出典を調べる際の参考書。一〇六巻 佩文は康煕帝の書斎名による)の辞典で、その後のわが国の一連の「漢和字典・漢和辞典」の形式を創出した。

[ 参考: 花筏 【イベント】 メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-05 明治産業人掃苔会訪問予定地 戸塚文海塋域に吉田晩稼の書、三島 毅・石黒忠悳の撰文をみる