タグ別アーカイブ: 東京大学総合研究博物館

【シンポジウム】東京大学総合研究博物館|シンポジウム『工学主義と近代日本』|11月17日

東大総研 東大総研02

東京大学総合研究博物館
シンポジウム『工学主義と近代日本』
日  時  2018年11月17日[土]14:00-17:00(13:45開場)
会  場  インターメディアテク 2 階 ACADEMIA(レクチャーシアター)
参  加  費  無 料(事前予約不要)
使用言語  日本語・英語(レクチャー:対訳資料配付有り、ディスカッション:通訳付き)
席  数  60席(先着順、桟敷席含む)
主  催  東京大学総合研究博物館
助  成  公益財団法人東芝国際交流財団
────────────
本シンポジウムでは、近代における日本の工学を共通テーマに、それぞれ多様な研究関心のもとに、米国・英国・日本で活躍する研究者 5 名によるレクチャーとディスカッションを行います。「工学」とは、明治期の近代化において西洋から輸入された学問を指すと同時に、日本の近代国家建設を担った西洋由来の技術でありました。一方、「エンジニアリング」の訳語に用いられた「工」とは、「たくみ」と訓読みされるように、小さな細工ものから大きな建造物まで、それを形にする「たくみな」技術力を表し、西洋化以前から日本に存在していた概念でした。
このように、近代日本における工学という学問や技術の発展には、西洋の近代技術の導入と日本の在来技術の展開が複雑に絡み合う様相を見て取ることができます。これは、工学史や技術史の観点のみならず、この時代特有の文化的事象として眺めたときにも、非常に興味深い点であるといえるでしょう。

シンポジウムのタイトルに掲げた「工学主義」とは、2017年に東京大学総合研究博物館小石川分館で開催した特別展示『工学主義 ── 田中林太郎・不二・儀一の仕事』で用いたキーワードです。
日本における工学分野の発展を支えた田中家に関係する当館所蔵資料を紹介したこの展覧会では、林太郎・不二・儀一という三代の主要な仕事から浮かび上がる、彼らのパイオニアとしての進取の精神と、取り巻く人々を含めた集団としての協調の精神を「工学主義」という言葉で表しました。英文タイトルに用いた造語「Pio-engineers」とは、この「工学主義」の精神をもつ人々を指しています。
本シンポジウムでは、各レクチャーで取り上げられる「工学主義」の精神に連なる人物や彼らによる仕事を手がかりに、日本の近代化プロセスを多角的に読み解きながら、さまざまな研究領域の専門家から一般の皆様まで多くの方にご参加いただき、日本の過去、そしてそれにつながる現在や未来の姿について考えてみたいと思います。

【詳細: 東京大学総合研究博物館 】

【プログラム】

続きを読む

【展覧会】東京大学総合研究博物館|特別展示 『珠玉の昆虫標本 — 江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション』|7月14日-10月20日 終了企画

!cid_652CF666-23F5-429C-98DB-46821D5C2E87 !cid_3B48AD3A-8210-4558-A063-6FB2548E5B6D東京大学総合研究博物館
特別展示
『珠玉の昆虫標本 —— 江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション』
開催日時  2018年7月14日 — 2018年10月20日
会  場  東京大学総合研究博物館(東京大学本郷キャンパス内)
時  間  10:00-17:00(入館は16:30まで)
休  館  日  月曜日(ただし月曜日が祝日の場合は翌日の火曜日)、その他館が定める日
参  加  費  無 料
主  催  東京大学総合研究博物館
────────────
日本の昆虫学は東京大学に端を発し、様〻な学術分野や研究機関に枝分かれして今に至ります。この学問の発展には専門機関の研究者だけでなく、むしろ在野の研究者の貢献も大きいところです。その間、学術研究や教育普及のために収集され、本学に集積・寄贈されてきた昆虫標本も膨大な数に及びます。

本特別展では、東京大学総合研究博物館に収蔵されている約70万点の昆虫標本のうち、日本の昆虫研究史の源流ともいえる学術標本から、現在に至るまで、継続的に収集、研究されてきた秘蔵コレクション約40,000点を一挙公開します。
この中には約200年前の江戸時代に製作された日本最古の昆虫標本、近代養蚕学の父・佐々木忠次郎やミツクリザメで知られる箕作佳吉の明治-大正期の昆虫標本、昭和初期に採集された鳥類学者の侯爵・山階芳麿の昆虫標本、ブータン国王陛下から贈呈されたブータンシボリアゲハ、昆虫学史上に名を連ねる加藤正世、五十嵐邁、石川良輔のコレクションなどが含まれます。

これらの自然史遺産ともいえる貴重な昆虫標本を一堂に展示することで、いわば日本の昆虫博物誌を体感してもらうことを一つの趣意としています。また、これを機に多様な昆虫への幅広い興味や科学的な探究心を抱いてもらえたら幸いです。

【詳細: 東京大学総合研究博物館

【主な展示コレクション】

続きを読む

【展覧会】 東京大学総合研究博物館 特別展示「赤門」— 溶姫御殿から東京大学へ

東大総研赤門展東京大学総合研究博物館
特別展示 「赤門」— 溶姫御殿から東京大学へ」
2017年3月18日-5月28日[日]
入館無料  お問い合わせ:ハローダイヤル 03-5777-8600
──────────
東京大学本郷キャンパスの大半は加賀百万石、前田家本郷邸跡地と重なっている。
したがって、数〻の加賀前田家ゆかりの歴史的遺構が本郷キャンパスの景観をいろどっている。中でも最も著名なのは旧加賀屋敷御守殿門、すなわち赤門であろう。

現在ある赤門は文政10年(1827)、徳川家斉の息女溶姫が前田家13代藩主、斉泰へ輿入れするにあたって建立された。以来、190年、本郷邸の歴史の半分近くもの間、赤門は、江戸の終焉から東京大学の創設、発展の歴史を見守ってきた。
加えて、2017年は本郷邸開設400年の節目の年にあたり、かつ、東京大学設立140周年の節目の年にあたる。これらを機に、赤門という国指定重要文化財が語る本郷邸の歴史を提示するのが本展である。

近年著しく進展した本郷キャンパス埋蔵文化財の発掘、歴史文書の集成、そして本学施設部記録の調査。それらの成果をあわせ、赤門の由来を本郷邸開設にまでさかのぼって知る機会としたい。

【 詳細 : 東京大学総合研究博物館

{ 新宿餘談 }
800px-University_of_Tokyo_Tetsumon東京大学には正門・赤門などのほかにも、いくつかの著名な門がある。森鷗外や夏目漱石の時代、帝国大学(現:東京大学)の正門は<鉄門>であった。
この門は同大の源流のひとつ、神田和泉町「種痘所・西洋医学所・医学所」の遺構を移築したのであった。
(「医学部付属病院〔鉄門〕再見記念式典」
『東大病院だより No.54』 PDF 1.50 MB)。

東大医学部は安政5年(1858年)に、長崎や大阪でオランダ医学を学んだ伊東玄朴を中心とする82名の者の寄附金で設立された〝お玉ヶ池種痘所〟をルーツとする(中略)。すでに種痘は全国で実施されていたが、江戸では江戸城の将軍の御典医の漢方学派の多紀グループが反対したためにそれまで実施できなかった。

これはジェンナーの種痘のことで、日本中に猛威を振るった天然痘の予防ワクチンのことである。伊東玄朴らは拒否され続けた種痘所が遂に設立が認められた年である。しかし〔お玉ヶ池種痘所は設立後〕たった6ヶ月で火事で類焼した。
佐倉の豪商の援助で、すぐに現在の三井記念病院のある下谷の和泉橋通りに再建され、〝西洋医学所〔種痘所・医学所〕〟と名称を変えた。医学所は教育・診療をかねた医学校の前身であった。医学所には鉄の門扉が取り付けられていたので、江戸町民はこの医学所そのものを鉄門と呼んだ。

明治10年に東京大学が10万坪もある加賀藩のお屋敷跡に設立された。しかしすべての学部が同時に出来たのではない。一番目にやってきたのが医学部である。
大学構内の南側に医学部本館、病院、教室が置かれた。無縁坂寄りに第4通用門があって、ここから入ると富山藩の御殿があった。この門は明治12年医学部の開業式が行われたときには表門と呼ばれた。この表門は鉄製の美しいデザインで鉄門と呼ばれるようになった。
(上掲『東大病院だより No.54』より抜粋。同資料は豊富な図版も掲載されている)

したがって鷗外や漱石がのこした作品には、しばしば無縁坂とあわせて<鉄門>が登場する。現在は改装されて昔日の面影は少ないが、不忍池から上野へとくだる無縁坂にそって、東大医学部中央診料棟 2 の前にある。
「赤門展」とあわせて、ぜひおたずねいただきたいものである。