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【展覧会】高島屋史料館|企画展 画工画-がこう え|明治の画工、世界に挑む|’22年9月10日-12月19日|後半展示開催仲

高島屋おおさか01 高島屋おおさか02

高島屋史料館
企画展 画工画-がこうえ
明治の画工、世界に挑む
会  期  2022年9月10日[土]-12月19日[月]
        〔第Ⅰ部〕 高島屋の画室
        9月10日[土]-10月24日[月]
        〔第Ⅱ部〕下画と染織品
        11月5日[土]-12月19日[月]
      * 会期は変更となる場合があります。
開館時間  10:00-17:00(入館は16:30まで)
休  館  日  火・水曜日
      *10月27日[木]-11月4日[金]は展示替のため休館
会  場  高島屋史料館 企画展示室
      〒556-0005 大阪市浪速区日本橋3-5-25 高島屋東別館3階
      電話:06-6632-910
      入館無料
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明治中期、京都の小さな呉服商であった高島屋は新しく貿易業を始めました。輸出したのは美術染織品。当時、「画工-がこう」と呼ばれた人々が描いた下画-したえ-をもとに、職人が染・織・刺繍を駆使して額絵や壁掛、屏風などに仕立てました。
高島屋の製品は世界各国の博覧会で高い評価を受け、異国の邸宅を彩る室内装飾品として続々輸出されました。世界市場を視野に入れた製品の下画は、伝統的な日本の絵画を基本としつつも、洋風のモチーフや構図を意欲的に取り込んだ斬新な画が多く見られます。

世界が認めた製品の下画を描いたのは誰か―。今に残る書簡や出勤簿から、岸竹堂、今尾景年、幸野楳嶺、竹内栖鳳ら、名だたる面々が手がけていたことが知られます。けれども、下画は下画であるが故に、署名も印も残されていません。そんな〝名も無き〟画工たちによる下画の数々と、稀少な製品の展観を通して、世界に挑んだ明治の画工の気概と矜持を感じていただければ幸いです。
※本展は会期をⅠ部・Ⅱ部に分け、展示作品のほとんどを入れ替えて構成します。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上参観を。
[ 詳細 : 髙島屋史料館
{新宿餘談}
本稿では大阪の「居職-いじょく 自宅で仕事をする職業。裁縫士・印判士など ⇔  出職-でしょく ほかに出かけて、そこで仕事をする職業。左官・屋根職・庭士の類」(広辞苑)などの業界用語の一環、「画工-がこう、画工画-がこうえ、下画-したえ」などを知ることができる。

業界用語とは、時代差・地域差も大きく、「版下-大阪/はんじた、関東/はんした」と昭和のころのオフセット印刷業界では呼んでいた。これも「居職ーいじょく 出職-でしょく」(広辞苑)を知ればなにほどのことも無い。令和のいまは、印刷版の製作は「プリプレス」を経て、単に「データ作製(業界内一部では制作)」となったらしい。版下職人であった「出職のひとつ-製版会社員」の一部は、居職に変わり、オンライン勤務となったらしい。