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中国の友人/年賀状の交換を巡って 原 博 さんの〈夢〉&北京点描

DSCN0787 DSCN0784DSCN0793上 ・ 中〉 中国の名門大学 清華大学美術学院副教授 原 博 先生(中央ショートヘアのかた)
下〉 「老北京-ふるき よき 北京」にある「胡堂 フートン」の情景の絵画。 硝子ケースがテカッテマス。ご容赦を。
adana年賀adana年賀宛名面アダナ ・ プレス倶楽部リンク : アダナ・プレス倶楽部 2014年(平成26)年賀状

今年 [2014年] の年賀状は、ライト兄弟の1903年(明治36) 飛行実験の写真を亜鉛凸版で、そしておなじ年に誕生した、24pt. フランクリン・ゴシックの活字を用いて、ライト兄弟の兄、ウィルバーのことばを活字組版しました。

  動力がなくとも飛ぶことはできる。
  しかし、知識と技術なしには
  大空を翔けることはできない。
         ――  ウィルバー ・ ライト ――

動力のない、手動式の活版印刷機をもちい、不自由で限られた活字を駆使して、
活版印刷の知と技と美の研鑽をつづけている、アダナ ・ プレス倶楽部会員の皆さまへ ——
活版印刷の普及と存続のために、アダナ ・ プレス倶楽部の機材の製造と供給を
支えてくださっている、おおくの職人の皆さまへ ——
すべての、身体性を伴なった「ものづくり」の現場の皆さまへ ——
感謝と尊敬と応援の意を込めて、今年の念頭のご挨拶に代えて、このことばを贈ります。

《きっかけは、『 VIVA!! カッパン♥ 』 を購入したいとのご希望であった 》
——やつがれこと 片塩二朗 wrote
大石が年度末対応でおおわらわなので、代わってやつがれがアダナ ・ プレス倶楽部の〈活版アラカルト〉を訪問。
皆さんのお名前を出したので、やつがれ 片塩二朗 も本名で記述させていただいた。

中国で北京大学と双へきをなす名門大学、清華大学 美術学院 副教授 原 博 先生とご交誼をいただくことになった。
そのきっかけは 『 VIVA!! カッパン ♥ 』 (アダナ ・ プレス倶楽部 大石薫編著 朗文堂 ) のご購入であった。

ここのところしばしば中国にでかけている。 中国、北京、ひろしといえども、活字製造業者はほぼ消滅し、活版印刷実践者は、現状では日本より少ないようである。
ところが国土がひろいだけに、「つぶやきクン」 「顔本クン」 のたぐいの中国版がさかんで、やつがれと大石が中国にでかけると、北京どころか、上海、西安、成都など、ひろい中国の、せまい活版印刷実践者のあいだに、瞬時に情報が伝わるらしい。
原 博先生もそんな数少ない活版実践者のおひとりである。だからウカウカできないのだ。

ことばの壁があるにせよ、中国の活版印刷実践者のあいだでは、『 VIVA!! カッパン ♥ 』 は単なる活版作品集ではなく、実践に役立つ図書とのうれしい評価をいただいている。
原 博 先生も、同書を所有している友人のもとでご覧になって、入手を希望されて@メールをいただいた。

原 博 先生は、中国東北部 ( 旧満州 ) ハルビンのご出身で、大学卒業後に来日され、東京藝術大学大学院にまなばれ、博士号を取得されている。 したがって日本語は流暢であるが、ホテルのロビーで最初の出会いのときに、ちょっとしたハプニングがあった。
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このきのホテルは、紫金城(故宮博物院)と、王府井 ワンフーチン にはさまれた 「 老北京-ふるき よき 北京 」 にある 「 胡堂 フートン」 をすっかり近代化したもので、二階建ての煉瓦づくり、低層階の建物が複雑に入り組んだものだった。
「 胡堂 フートン」 のふるい情景は、ガラスケースがテカって恐縮だが、「 茶館 」 にあったものを上掲写真で紹介した。

このホテルの周辺は景観保存区域であり、高層階のビルは禁止であり、煉瓦の色彩も、おもい灰色で統一されている。
わが国でいうなら、スケールはだいぶちがうが、皇居と銀座のあいだともいえる地区である。 ここは交通が便利なわりに、庶民的なまちで、ホテルの中庭には上掲写真の胡堂でも描かれている、棗 ナツメ のおおきな古木がのこされていた。

その木陰のベンチで、持参した図書 ( 本にあらず-後述 ) を読み、紫煙をくゆらすひとときは、まさしく至福のときとなる。
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ホテルのロビーにて。しばらく三人、たがいを見やって無言。

「 あの~、ハラ 先生でいらっしゃいますか ? 」
「 エ~ッ、オオイシ さんですか ?! 」
ともかく吃驚仰天。 三人ともに、なんの疑いもなく、原  博さん、大石 薫 とは、相互に男性だとおもっていたためのハプニングだった。

やつがれにも@メールをCCで同着していたが、なんの疑念ももたずに 「 原 博 さん 」 は、日本読み 「はら  ひろし 」、中国読み 「 ゲン ハク 」 とでも読むのだろうし、当然男性だとおもっていた。
大石は、名の「 薫 」 を、「 薫 かおる と読めば男性 」、「 薫 かおり と読めば女性 」 という経験をなんどもしているので、さほど抵抗はなかったようだが、女性の原 博先生の登場にはやつがれもおどろいた。
のちほど 「 原  博 」 の読みかたをうかがったが、日本留学時代は 「 ゲンさん 」 と呼ばれていたということであった。 辞書的にいうと 「 原 yuán 博 bó 」 となるらしい。

そんな出会いがあったため、すっかりうち解けて、やつがれのリクエストで、ホテルのカフェではなく、「 タバコのすえる喫茶店~ 」 をめざしてでかけた。 徒歩で05分たらずで、ふるくからの繁華街、王府井 ワンフーチン につくが、ひとでいっぱいの、スターバックスやマクドナルドはあれど、「 タバコのすえる喫茶店 」 はなかった。
結局、清朝時代からつづいている老舗の 「 茶舗 」 の階上に、ふんいきのよい 「 茶館 」 を発見。 茶舗の店頭は混雑していたが、二階の茶館は禁煙ながらすいていた。 そこで撮影したのが上掲03点の写真。

一杯目のお茶をのんで ( これがしみじみとうまいのだ!)、屋外の灰皿にでかけて一服。
そこで考えた。

〈 原先生は 『 VIVA!!  カッパン♥ 』 を清華大の学生にみせるのだろう。 ところで、アダナ ・ プレス倶楽部を中国風に紹介すると、どんな表記になるのかな……。 阿多那押圧印倶楽部 渾名、はたまた艶菜刷印倶楽部かな……〉
などとボォ~と考えていたら、地方からみえたとおぼしき中年の夫婦に、道をたずねられた。つづいて女子高生とおぼしきグループにも地図を片手に道をたずねられる。

やつがれ、鞄を背負っているとめったに間違えられないが、から手でボーッとしていると、しばしば現地中国人と間違えられる。
やつがれのわずか二代前は、信州の山奥、ふるくからの百姓だし、パスポートは真っ赤なのに、新宿の中国料理店などでも、親しげに中国語で話しかけられたりする。 ふしぎであり、中国流なら不可思議である。

くだんの女子高生たちは、
「cやだ~、日本人に道をきいちゃった~」
といって 〈 多分 〉、キャッキャッと笑いながら、隣の灰皿のオヤジのほうに駆けていった。

このときの訪問で撮影した写真を紹介しよう。

DSCN0342 DSCN0338 DSCN1012上) 地下鉄01号線、再開発され、若者の町として急速に発展した、西単駅前にある 「 北京図書大厦ビル 」。 ここには新華書店を中心に、多くの書店が出店している。 従来は王府井の新華書店が北京最大だったが、その数倍の規模となっている。
店内通路はひろく、立ち読みも、座り込み読みもさかんだが、高額図書は鍵つきのケースに入っていて、店員に依頼して出してもらう。 在庫がおおすぎてクラクラする。 あまり大きいのも考えものかもしれない。
客の多くはスーパーの買い物籠のようなものに紐をつけて、店内をズルズルと引っぱってあるく。 購買意欲はきわめて旺盛だった。

店外サインをみると 「 図書(表示は簡体字) BOOKS 」 とあり、このビルでは 「 図書 ≒ 書籍 」 はあつかうが、雑誌はほとんど扱わない。 また「本」には、中国では 「 もとい、基本 」 にちかい意味がつよくあって、「 図書 」 「 書籍 」 とするのが一般的である。
また中国では欧州諸国と同様に、図書にも明確に廉価版と高額版があり、図書 Book と、 雑誌 Magazine も、流通、販売経路が分離している。

下) 雑誌 ・ 新聞類は、ふつう街角のキオスクのようなスタンドが販売している。新旧のお正月をひかえて店頭ははなやかだった。
わが国の 「 本 ・ 本屋 」 という、便利すぎて、意味領域が拡散した呼称は、電子メディアの進展とともに見直されることになりそうである。

DSCN0794 DSCN0813上) ホテルの近くの「 中国風手打ちソバ屋さん 」。 昼間の散策であたりをつけておいて、夕食に飛びこんだ。 大当たりで、安くてうまかった。
オーダーがあってからソバをうつので、時間はかかるが、その間は前菜料理がたっぷりと。 もちろん中国風で、日本蕎麦ではない。 ふつう中国では、大衆レストランでも、「 ラーメン一杯だけ 」 ということはめったにない。

下) 中国の柿。 くだもの ( 水果 ) 屋さんも多い。 カタチが中国絵画でよくみる、いかにも柿らしい姿がおもしろかったので購入。
くだものの難点は、飛行機には、くだものナイフは危険性への配慮から持ちこめないし、どのホテルもやはり安全を配慮するのか、貸すことをしぶること。 洋食用のナイフを借りて、苦労して剥いて食す。 極旨。 くだものは持ち帰れないのが残念である。

DSCN0460 DSCN0462 DSCN0777上) ホテル近くの路地をトコトコと散歩していた狗 モトイ 豚。 首輪もリードもなくて放し飼いだったが、車道には出ないお利口ちゃんだった。 尻尾をふりながらついてくるので  HOUSE !  といったらしょんぼりともどっていった。 この豚は人語がわかるらしい。
ところで、なにせ豚肉料理が大好きな中国のことゆえ、おおきくなったらこの豚ちゃんは……。 心配ではある。

下) 北海公園 閲古楼ちかくの猫。 人なつっこい猫で、しばらくつきまとっていた。
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古今東西をとわず、女性の長~話はつとに知られるところである。
これにはやつがれもほとほと辟易するが、原 博先生との会話は、ときおり筆談を交えて、楽しかったし、きわめて有益だった。

原先生とは、翌2014年01月中旬にも北京で再会した。そのときのお話しでは、中国では間もなく春節 ( 旧暦のお正月 ) になり、大学も休暇になるということであった。

別の友人は、2014年の法定祝日 ( 旧暦の元旦 ・ 春節 ) は01月31日[金]で、休日は01月31日[金]-02月06日[木]の7連休となるが、ともかく春節の前後は、物流もとどこおり、一ヶ月ほどは仕事に集中できないとこぼしていた。
【 リンク : エッ、いまごろお正月 !?上海在住の会員がご来社。& 「老北京のご紹介」2014年02月10日 】

そして、2014年03月10日、原 博先生からうれしいメールを頂戴した。 キーワードは〈 夢 〉。
あらかじめお断りしておくが、大石は昨年年末、航空郵便で年賀はがきをお送りした。そのお返事が03月10日に到着したということ。 なにごとも、のんびり、おおらかなのが中国である。
原 博先生と大石 薫とのメールが、やつがれにも CC 送付されてきたのでご紹介したい。

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大石 薫 様
もうすぐ桜の花咲く季節となりますね。 大石さん、片塩さんはお元気ですか。
大石さんの年賀状が届きました。 春節と冬休みで拝見するのが遅くなりました。
ウィルバー ・ ライトの話、とても好きになりました。ありがとうございます。
確かにこの時代に生きている私たちにとって、知識と技術は重要なことです。
そのほかにもう一つ重要なことは「夢」だと思います。
書体設計と研究は片塩さんの夢で、
活版印刷とアダナ·プレス倶楽部は大石さんの夢で、

デザイン教育は私の夢です。
2014年 夢の実現のために頑張りましょう。
原 博
2014年3月10日
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原 博 先生
日本の暦では先週の木曜日が啓蟄ケイチツでしたが、
土曜日にはまた雪が降り、今週もとても寒い毎日です。
三寒四温といいますが、今年の東京は、急に18度まで気温が上がったかと思うと、
例年にない大雪が降ったりと妙な気候です。

さて、年賀状到着のご連絡ありがとうございました。
私が航空便扱いで年賀はがきをポストに投函したのは、日本のお正月のときですので、
1月[18日]にまたお会いした際には、すでにそちらに到着していることと思っていました。

時間差があるところが、郵便のおもしろいところだと、あらためて思いました。
電子通信が発達して、遠い外国へも気軽に通信ができるようになりましたが、
紙メディアならではの、このようなのんびりとしたやりとりも、楽しいですね。
なにより、無事に年賀状が到着して安心しました。

片塩はよく、タイポグラフィには 「 知 」と 「 技 」と 「 美 」 のバランスが大切だといいますが
原先生のおっしゃるとおり、何事にも 「 夢 」 はとても大切ですね。
またお会いできる日を夢見て、楽しみにしております。
ご連絡と、素敵なお言葉をありがとうございました。

朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部
大 石  薫(かおり)
2014年3月11日