【公演】二十五世観世左近記念 観世能楽堂 八 月 観 世 会 定 期 能 8月5日上演 終了企画

観世能楽堂観世能楽堂
二十五世観世左近記念 観世能楽堂
104-0061 東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX  地下 3 階

1900年(明治33)の「観世会」の創立にともない建設された、観世流の活動拠点となる「観世能楽堂」。1972年に東京都新宿区新小川町(大曲)から渋谷区松濤に移転し、古典芸能の伝承と発展に日夜努めて参りました。その松濤での43年の歴史に幕を下ろしたのが2015年春。東京・松濤の慣れ親しんだ地に別れを告げ、2017年4月に、東京・銀座 6 丁目に松濤の檜舞台を移築し、新しくも、歴史を踏まえた新能楽堂「 二十五世観世左近記念 観世能楽堂 」が誕生しました。

201806041223427729観世会定期能 八月で紹介された能面
小夜姫-さよひめ
「松浦佐用姫」専用の面-おもて。しもぶくれで、日本人離れした大陸的な容貌。高松塚古墳の美人画などと共通するものがある。
「小面」系の面-おもて-であるが、目がつりあがり、切れ長で、彩色も特殊であり、膠が強い。龍右衛門作。重要美術品。室町時代。

二十五世観世左近記念 観世能楽堂
八月観世会定期能
開催日時  平成30年8月5日[日]
      開場:午後12時20分  開演:午後 1 時

  能  『菊慈童』 遊舞之楽  木月 孚 行
狂言 『狐 塚』 小唄入   山本 東次郎
  能  『松浦佐用姫』      観世 清 和
    他 仕舞

入  場  料  SS指定席 1万2500円、S指定席 9000円、A指定席 7000円、B指定席 5000円

201806041223585522問いあわせ先/観世能楽堂事務所 ☎ 03-6274-6579
インターネットチケット販売    6月5日[火]10時より発売
[ハッピーアワーチケットの販売について]

* 当日空席が出た場合、ハッピーアワーチケットを午後1時45分より販売します。
一般 3000円、学生 1500円

【詳細: 観世能楽堂

{観能の参考に …… 観世流の簡略史}

小社と新宿御苑を隔てて、ほぼ対極する位置に「国立能楽堂」がある。やつがれの聴覚がまだ良好なころは、ときおりお能をみにいった。また、活字書体「本明朝シリーズ」の原字製作者:杉本幸治氏 が健在のころは、春秋に謡曲の発表会が能楽堂でなされ、その公演には必ず聴きにいっていた。

ところで …… 、各所・各地で開催される能楽を鑑賞すると、観客のなかに西洋人、それも、どことなく知的な風貌の人〻が多いことに驚かされる。最初のうちはエキゾチシズムかオリエンタリズムのなせるところかとおもっていたが、きわめて熱心に観能し、どうもエスニックなどとはいえないようである。
そのためもあるのか、国立能楽堂を筆頭に、各流派とも各種外国語のパンフレットを用意することが多いし、英語の字幕を公演に際して用意することも多い。
また新宿私塾と活版カレッジの修了生に、アメリカ出身の青年がいるが、謡曲と奏楽をまなんでいるという。当然お能や歌舞伎にも熱心でもある。

欧州諸国が15-17世ににかけて、新大陸に到達し、活発な海外進出が諸国におこって、政治・経済・技術と藝術(技藝)に重大な影響をもたらした。この時代はそのため「発見時代」ともよばれている。
それに続いて、いわゆる産業革命(Industrial Revolution)が興って産業の基礎が一変し、手工業的なちいさな「仕事場」に代わって、動力と機械設備による大工場が成立し、社会構造が根本的に変化し、近代資本主義経済が確立することになった。「産業革命」は1760年代のイギリスにはじまり、1830年代以降欧州諸国に波及したとされる。
本2018年は明治維新150年とされ、あらためて「西欧先進国」に追いつこうとした風潮の再評価もみられるときがある。その反面では、西欧諸国の技術と藝術(技藝)が閉塞感におおわれ、その再興への手探りに入っているのではないかとおもっている。
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本項は「能楽師:観世流」を紹介しようとしていたが、ここまで執筆中に ──〔狂言方和泉流の能楽師〕野村萬斎氏 ── に関する、おもわぬ、嬉しいニュースが飛びこんできた。技術と藝術(技藝)をとらえなおし考え直すきっかけになればうれしい。急遽紹介したい。

日本経済新聞
2018年7月30日(月)

統括責任者に野村萬斎氏 東京五輪・パラ開閉会式の演出

2020年東京五輪・パラリンピックの開閉会式で、演出の総合統括責任者に狂言師の野村萬斎氏(52)が就任することが30日、福島県で開催中の大会組織委員会理事会で決まった。開会式では日本の「和」を世界に発信する狙いがある。五輪開幕まで2年弱。大会の競技日程やチケット価格帯が決定し、9月にはボランティアの募集が開始するなど、運営面の準備が本格化する。

〔狂言方和泉流の能楽師〕野村萬斎氏は古典芸と現代演劇を融合させた演出に取り組み、俳優として多くのテレビドラマに出演するなど「日本の伝統から現代に至るまでの幅広い見識」(組織委幹部)が評価された。野村氏は「才能を結集させ、機知に富んだ式典にするため尽力していく」とコメントを発表した。
五輪は「ALWAYS 三丁目の夕日」などの作品で知られる映画監督の山崎貴氏(54)、パラリンピックはサントリー「BOSS」のCMを手掛けたクリエーティブディレクターの佐々木宏氏(63)が統括する。

{活版アラカルト既発表関連記事:[公演]明治維新150年記念 山口薪能 ── やまぐちたきぎのう 野田神社能楽堂 7月29日 終了企画
{活版アラカルト公演予告記事:[公演]野村万作 野村萬斎  平清盛公生誕900年記念 嚴島神社奉納「宮島狂言」9月29日・30日

野村万作
二世 野村 万作(1931年- )は、狂言方和泉流の能楽師。「万作の会」主宰。東京出身。東京都立小石川高等学校、早稲田大学文学部卒業。称号 (現学位)は文学士。紫綬褒章。人間国宝。練馬区名誉区民。子:二世野村萬斎がいる。

野村萬斎
二世野村 萬斎(1966年- )は、狂言方和泉流の能楽師、俳優。能楽狂言方和泉流野村万蔵家の名跡である。二世野村万作と詩人阪本若葉子の長男として生まれる。野村裕基は萬斎の長男。

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【観世流-かんぜりゅう】

能の一流派。シテ方 *01 五流のひとつ。
流祖は名を観世丸といった観阿弥清次(かんあみきよつぐ 1333-84)。結崎座-ゆうざきざ-と称し、円満井-えんまい-座、外山-とび-座、坂戸-さかと-座に次いで奈良の興福寺に属し、大和猿楽-やまとさるがく-四座といわれる。

1374年(文中3・応安7)以降、足利義満の後援を得た観阿弥・世阿弥-ぜあみ-父子は、能を芸術的に大成した。三世は世阿弥の子観世元雅-もとまさ-であったが、足利義教-よしのり-は元雅の従弟の音阿弥-おんあみ-を偏愛し、次の大夫-たゆう-とした。そのため現在の観世家は元雅を世代に数えず、音阿弥を三世としている。
音阿弥の子の観世信光-のぶみつ-や、その子観世長俊-ながとし-らが歴代の大夫を支え、また革新的な能をつくって室町末期の動乱の時代を乗り越えた。

南北朝以来の四座と、新興の喜多流が「式楽-しきがく」として江戸幕府の体制に組み入れられると、七世観世元忠-もとただ-や、九世観世黒雪-こくせつ-の徳川家康との縁もあり、観世座は能楽筆頭の地位と特権を得た。また十五世観世元章-もとあきら-が、詞章と演出に大改訂を試みた「明和-めいわ-の改正」も注目される。

明治維新に際し、二十二世観世清孝-きよたか-は、徳川慶喜とともに静岡に移り、初世梅若実-うめわかみのる、五世観世銕之丞-てつのじょう(紅雪)らが東京で能の復興に努めた。その際の免状発行権に関する観世宗家との紛争は、1921年(大正10)梅若流樹立へと発展したが、梅若流内部の分裂もあり、1954年(昭和29)二世梅若実・六郎一門の観世復帰で落着した。

大正から昭和にかけては、二十四世観世左近-さこん-の政治的手腕もあり、早く梅若から観世に復帰した初世梅若万三郎、六世観世銕之丞(華雪)や、橋岡久太郎、初世観世喜之-よしゆき-らの名手を擁して、観世流は圧倒的な流勢を確立した。

優美華麗な芸風は時流にのり、観世流の能楽師は各流各役を網羅する能楽協会会員の過半数に近い。観世宗家二十五世観世左近(元正-もとまさ 1930-90)は二十四世観世左近の養子で、二十二世観世清孝の曽孫にあたる。その長男が現観世宗家二十六世観世清和-きよかず-である。

観世清和は財団法人観世文庫を主宰。現在は左近直系の人〻、宗家の分家である観世銕之丞家(銕仙-てっせん-会)、観世喜之家(九皐-きゅうこう-会)、梅若六郎家(梅若会)、梅若万三郎家(橘香-きっこう-会)、梅若猶義-なおよし-家、橋岡家などがあり、関西では京観世の系統を引く林、井上家や、片山、大江、大槻、大西、杉浦、浦田、山本、藤井、上田家などがある。

それぞれ東京・京都の観世会館ほか、各家の能楽堂を拠点として演能活動をおこない、機関誌『観世』をもつ。
[参考:『日本大百科全書』小学館]

シテ方 *01
【して-かた 仕手方 ── シテ方と書く】
能楽において、能のシテ、シテヅレ、トモ、子方、地謡、後見の各役を担当する演者とその集団。ワキ方、囃子方、狂言方(三役)に対しての呼称。観世、宝生、金春、金剛、喜多の五流がある。ほかに梅若が一時観世から独立して一流を立てたが、旧に復した。

従来、能楽界には興行会社、劇団制が存在しなかったので、ほとんどの場合シテ方各流の家元、ないしは各流内の有力職分が催会を主催し、興行主と演出家と主演者を兼ねる形が一般的である。

演能に際しては上記各役を配役し、別にワキ、囃子、狂言各役に出演を依頼する。古くは地謡専門の地謡方、装束付専門の物着方-ものぎせかた-があったが、現在はそれらの実体、呼称とも存在せず、たとえ地謡専門でもシテ方と称する。なお、作リ物もシテ方が作製、管理する。
[参考:『新版 能・狂言事典』平凡社]