《新刊『Parenthesis 38』を持参され、アンドリューさん・ジェニーさんのカップル来社》『Parenthesis 38』( Fine Press Book Association )は、高度な印刷と図書に関する逐次刊行図書(ジャーナル)である。
刊行は年二回、装本は標準版と特装版がある。また、その活力と多様性をもたらすために、春号はイギリスで、秋号はアメリカでの交代制で刊行されている。
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昨2019年の晩夏、アンドリューさん ( 出版コンサルタント Andrew Schullers ) が数次にわたって新宿二丁目時代の小社に来社された〔以下敬称略〕。取材対応はほとんど大石があたったが、当時のアンドリューはこうかたっていた。
「日本の活字版印刷の歴史と現状を調査して、イギリスのジャーナルに報告する予定でいます」
その報告が「Letterpress in Japan|Andrew Schuller」として『 Parenthesis 38 』に掲載され、その掲載号をご夫妻で持参していただいた。
右)アンドリューさん Andrew Schullers / 左)ジェニーさん Jenny Corbett
《 Lingua Florens は 花のときから 深い緑のとき。紅珊瑚にも似た ハゼラン がふたりをお迎え》
アンドリューとジェニーさんが朗文堂/サラマ・プレス倶楽部の住吉町の新事務所にお見えになったのは六月下旬、梅雨の晴れ間の夕方であった。
アンドリューとの久しぶりの再開と、はじめてジェニーとの出会いの場となった。大石は来社予告メール交換である程度知っていたようだったが、ジェニーはどんな資料をみても、Professor Jenny Corbett と記されるほどの、経済と金融、そして国際関係の碩学で、国際金融機関、国際機構の要職を歴任し、現役の大学教授でもある。
さらに、アンドリューはまったく日本語を解さないが、ひとりで平気で朗文堂に押しかけていた。ところが、ジェニーは流暢な日本語をかたる。
再会の挨拶もそこそこに、
「神楽坂から自転車できました。すこし息切れしているが、ここではマスクは必要か」
とふたりはたずねてきた。
「きょうは天気もいいし、よろしかったら、狭いですけど、テラスでお話ししましょう」
大石の提案にホットしたのは自由人:アンドリュー。
ここ新宿区住吉町と新宿区神楽坂は、ともに、地勢学でいうところの多摩丘陵・住吉台地にあり、地盤は強固で、防衛省・大日本印刷・市ヶ谷八幡神社などがある。しかしとかく台地にありがちな起伏と坂道が多い。テラスで大石がそれを指摘すると、
「わたしの自転車は補助のモーターがあるので坂道でも平気だけど、アンドリューは登り坂は汗だくで押してあがっている」
とジェニーは屈託がなくコロコロと笑っていた。本物の碩学は偉ぶることはまったくなかった。
短時間ではあったが、ミニテラスでの語らいは、なごやかで知的なよろこびがあった。
アンドリューはいくぶんリタイヤ気味であるが、ふたりはオーストラリアのキャンベル、英国のロンドン、日本の東京・神楽坂に、それぞれ独自の根拠地を有し、プロジェクトにあわせて滞在地としているそうである。
おりしも日本滞在中に、世界規模での感染症「COVID – 19」の猖獗をみるにいたったようである。昨年から東京大学を根拠地とする大きなプロジェクトが、ジェニーが枢要メンバーとなって展開しており、そのさなかに「COVID – 19」の警戒状況となって出入国が困難になり、神楽坂に「巣ごもりしている」とジェニーは笑ってかたっていた。
このふたりのような、国境をこえて飛び回るひとには不幸なときともいえた。
「Lingua Florensーことのはの花園」で、赤い花柄のワンピースをまとったジェニーの足もとで咲いていたのは、西インド諸島原産、わが国には明治初期に鑑賞用に輸入されたとされる、通称:ハゼラン-爆蘭 である。ジェニーは時折その花をみていたが、オーストラリアにもこの花があるのかは聞きそびれた。
ハゼランはまた、シュッコンハゼラン -宿根爆蘭 、サンジソウ -三時草、ハナビグサ -花火草、サンジカ -三時花、珊瑚草、コーラルフラワー、fame flower、Jewels – of – Opar などの多くの異名をもつ。
午後三時ころから咲きはじめるので三時花、線香花火の火花にも似たバラバラの花をつけるので花火草、紅珊瑚のような枝ぶりと花から珊瑚草などである。吾輩は花火艸と呼んでいる。
《 ふたりが帰ったあと Parenthesis/パレンヂスィス/丸括弧 に問題が 》
やっかいな問題は、アンドリューが寄稿した『Parenthesis』のタイトルである。吾〻はふるくからこれを、もっぱら「パーレン」と呼んできた。アメリカにはスペル違いの同義語もある。
これを主張すると、言語学におけるイギリス人特有の必殺キックが飛んでくるので困惑する。
「女王陛下は、そのようなことばはお使いになりません」
◉『広辞苑』(第六版 岩波書店)
ちなみに国語事典として『広辞苑』(第六版 岩波書店)の「パーレン」をみると、いかにも辞書的ないいまわしで、次のようにある。
パーレン
(Parenthesis の略訛) 丸括弧。( )
辞書における「略訛ーりゃっか」とは、「転訛-てんか」とともに、使用時には注意すること、あるいは消極的ながら、あまり使わない方が良いことを含意している。すなわち パーレン とは Parenthesis の略語であり、訛っている-標準的ではない-としている。
◉ 『研究社 新英和大辞典』(第6版第5刷、研究社、ともにp.1798 2007年11月)
paren. ((略)) parenthesis
parens. ((略)) parentheses
大型英和辞典として『研究社 新英和大辞典』の「パーレン」に相当する語を調べてみた。ここには ((略語)) とされる parenthesis と parentheses が紹介されている。
注目したいのは、これらの省略にあたっては「 . -ピリオド」が必要なことである。また同じページにそれぞれ parenthesis , parentheses も紹介されているが 長文にわたるので、いずれ別項を設けて紹介したい。
したがって、ここでも「Parenthesis → パレンヂスィス」と表記するのにも勇気が必要だった。近ごろの電子辞書やスマホには、一部に音声表示機能があるが、それをカタ仮名にするのにも難儀した。ここで「パレンヂスィス」とカタ仮名表記の参考にしたのは『印刷術教科書 第二学年用』(ヨゼフ・ナジ著、帝都育英工業高等学校、昭和29年4月1日)によった。
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しばらく本コーナーでも、アンドリューが寄稿した『 Parenthesis 』を契機に、「パンクチュエーション/句読法」といった、古くて新しいテーマを、のんびり取りあげてみたいとおもいたったゆえんである。
もちろん吾輩の取り組みゆえ、「こうすべきだ」「こうすべきではない」といった「べき論」は避けて、読者諸賢と歩んでみたい。
◉ 『英和 印刷書誌百科辞典』(日本印刷学会、印刷雑誌社、昭和13年1月15日)
『英和 印刷書誌百科辞典』から parenthesis , punctuation mark を紹介した。同書はいまなお『印刷事典』の名称のもとに印刷学会出版部から刊行されており、第五版までの刊行をみるが、本書を第一版として位置づけている。今後の展開の参考に記録した。