【展覧会】府中市美術館|諏訪 敦「眼窩裏の火事」|’22年12月17日-’23年2月26日|終了

諏訪展B2ポスターE181-2283《依代》
2016-17年 紙、パネルにミクストメディア 86.1×195.8cm 個人蔵
E181-2285《目の中の火事》
2020年 白亜地パネルに油彩 27.3×45.5cm 東屋蔵
E181-2290《Solaris》
2017-21年 白亜地パネルに油彩 91.0×60.7cm 作家蔵
諏訪展A4チラシ_A 諏訪展A4チラシ_B

府中市美術館
諏訪 敦「眼窩裏の火事」
会  期  2022年12月17日[土]- 2023年2月26日[日]
会  場  府中市美術館
      東京都府中市浅間町1丁目3番地(都立府中の森公園内)
時  間  午前10時 - 午後5時(展示室入場は 午後4時30分 まで)
休  館  日  月曜日(1/9は開館)、12/29[木]-1/3[火]、1/10[火]
観  覧  料  一 般 700円、高 大 生 350円、 小 中 生 150円
      * 未就学児および障害者手帳等をお持ちの方は無料
      * 企画展「諏訪敦『眼窩裏の火事』」観覧料金で常設展もご覧いただけます
T  E  L   ハローダイヤル 050-5541-8600
────────────────────────
緻密で再現性の高い画風で知られる 諏訪 敦 は、しばしば写実絵画のトップランナーと目されてきた。しかしその作品を紐解いていくと彼は、「実在する対象を、眼に映るとおりに写す」という膠着した写実のジャンル性から脱却し、認識の質を問い直す意欲的な取り組みをしていることが解る。
諏訪は、亡き人の肖像や過去の歴史的な出来事など、不在の対象を描いた経験値が高い。丹念な調査の実践と過剰ともいえる取材量が特徴で、画家としては珍しい制作スタイルといえるだろう。彼は眼では捉えきれない題材に肉薄し、新たな視覚像として提示していく。
この展覧会では、終戦直後の満州で病没した祖母をテーマにしたプロジェクト《棄民》、コロナ禍のなかで取り組んだ静物画の探求、そして絵画制作を通した像主との関係の永続性を示す作品群を紹介する。それらの作品からは、「視ること、そして現すこと」を問い続け、絵画制作における認識の意味を拡張しようとする画家の姿が、立ち上がってくる。

第1章 棄 民
死を悟った父が残した手記を手がかりに、幾人もの協力者を得ながら現地取材にのぞみ、諏訪はかつて明かされてこなかった家族の歴史を知り、絵画化していく。敗戦直後、旧満州の日本人難民収容所で母と弟を失った、少年時代の父が見たものとは。
第2章 静物画について
コロナ禍のさなか諏訪は、猿山修と森岡督行の3人で「藝術探検隊(仮)」というユニットを結成し、『芸術新潮』(2020年6〜8月号)誌上で静物画をテーマにした集中連載に取り組んでいた。静物画にまつわる歴史を遡行し制作された作品の数々。そこには、写実絵画の歴史を俯瞰した考察が込められている。
第3章 わたしたちはふたたびであう
人間を描くとは如何なることか? 絵画に出来ることは何か?
途切れることのない肖像画の依頼、着手を待つ制作途中の作品たち。ときには像主を死によって失うなど、忘れがたい人たちとの協働を繰り返してきた諏訪がたどり着いたのは、「描き続ける限り、その人が立ち去ることはない」という確信にも似た感覚だった。
1999年から描き続けてきた舞踏家・大野一雄は2010年に亡くなってしまう。しかし諏訪はさらに、気鋭のパフォーマー・川口隆夫の協力を得て亡き舞踏家の召喚を試み、異なる時間軸を生きた対象を写し描くことの意味を再検討する。

諏 訪  敦
画家。1967年北海道生まれ。
1994年に文化庁派遣芸術家在外研修員としてスペイン・マドリードに滞在。帰国後、舞踏家の大野一雄・慶人親子を描いたシリーズ作品を制作。制作にあたり、緻密なリサーチを行った上で対象を描くスタイルで、祖父母一家の満州引き揚げの足跡を辿った《棄民》シリーズなどを展開している。
成山画廊、Kwai Fung Hin Art Gallery(香港)など、内外で発表を続けている。2011年NHK『日曜美術館 記憶に辿り着く絵画〜亡き人を描く画家〜』で単独特集、2016年NHKETV特集『忘れられた人々の肖像〜画家・諏訪敦 “ 満州難民 ” を描く〜』が放送された。
2018年武蔵野美術大学造形学部油絵学科教授に就任。画集に『どうせなにもみえない』『Blue』など。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上参観を。
[ 詳 細 : 府中市美術館