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【展覧会】高島屋史料館|特別展示 1909 現代名家百幅画会|予告 ’23年1月7日-2月13日

高島屋大阪2212

高島屋史料館
特別展示
1909 現代名家百幅画会
会  期  予告 2023年1月7日[土]- 2月13日[月]
開館時間  10:00 - 17:00(入館は 16 : 30 まで)
休  館  日  火・水曜日
会  場  高島屋史料館企画展示室
      556-0005 大阪市浪速区日本橋3-5-25 高島屋東別館3階 電 話:06-6632-9102
入館無料
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1909(明治42)年冬、高島屋は京都・大阪・東京の各店で、「現代名家百幅画会」を開催しました。これは、当時の著名画家100人に新作画(絹本尺五〈幅1尺5寸=約45㎝〉に統一)を依頼し、寄せられた100作を同じ表装で100幅の掛軸に仕立て、一堂に展観した高島屋初の展覧会でした。東西の100名家の新作を揃え、さらに “ 番外 ” として竹内栖鳳《アレ夕立に》(第3回文展出品)を会場内に特別陳列し、大いに話題を集めました。展覧会の成功は、1911(同44)年の高島屋美術部(美術品の展示・販売部門)の創設に結びつきました。
今回の特別展示では、近年発見された出品画4幅と共に「現代名家百幅画会」の再現を試み、その歴史的意義を考えます。
100年以上も前に高島屋が開いた前代未聞の展覧会をお楽しみいただければ幸いです。

◉ 展示作品
竹内栖鳳《アレ夕立に》1909(明治42)年 第3回文展出品
竹内栖鳳《小心胆大》1909(明治42)年 現代名家百幅画会出品
岸 米山《秋猿》1909(明治42)年 現代名家百幅画会出品 ※初公開
望月金鳳《月下遊狸》1909(明治42)年 現代名家百幅画会出品 ※初公開
都路華香《春雨図》1909(明治42)年 現代名家百幅画会出品 笠岡市立竹喬美術館寄託品

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上参観を。
[ 詳細 : 髙島屋史料館

【展覧会】高島屋史料館|企画展 画工画-がこう え|明治の画工、世界に挑む|’22年9月10日-12月19日|後半展示開催仲

高島屋おおさか01 高島屋おおさか02

高島屋史料館
企画展 画工画-がこうえ
明治の画工、世界に挑む
会  期  2022年9月10日[土]-12月19日[月]
        〔第Ⅰ部〕 高島屋の画室
        9月10日[土]-10月24日[月]
        〔第Ⅱ部〕下画と染織品
        11月5日[土]-12月19日[月]
      * 会期は変更となる場合があります。
開館時間  10:00-17:00(入館は16:30まで)
休  館  日  火・水曜日
      *10月27日[木]-11月4日[金]は展示替のため休館
会  場  高島屋史料館 企画展示室
      〒556-0005 大阪市浪速区日本橋3-5-25 高島屋東別館3階
      電話:06-6632-910
      入館無料
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明治中期、京都の小さな呉服商であった高島屋は新しく貿易業を始めました。輸出したのは美術染織品。当時、「画工-がこう」と呼ばれた人々が描いた下画-したえ-をもとに、職人が染・織・刺繍を駆使して額絵や壁掛、屏風などに仕立てました。
高島屋の製品は世界各国の博覧会で高い評価を受け、異国の邸宅を彩る室内装飾品として続々輸出されました。世界市場を視野に入れた製品の下画は、伝統的な日本の絵画を基本としつつも、洋風のモチーフや構図を意欲的に取り込んだ斬新な画が多く見られます。

世界が認めた製品の下画を描いたのは誰か―。今に残る書簡や出勤簿から、岸竹堂、今尾景年、幸野楳嶺、竹内栖鳳ら、名だたる面々が手がけていたことが知られます。けれども、下画は下画であるが故に、署名も印も残されていません。そんな〝名も無き〟画工たちによる下画の数々と、稀少な製品の展観を通して、世界に挑んだ明治の画工の気概と矜持を感じていただければ幸いです。
※本展は会期をⅠ部・Ⅱ部に分け、展示作品のほとんどを入れ替えて構成します。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上参観を。
[ 詳細 : 髙島屋史料館
{新宿餘談}
本稿では大阪の「居職-いじょく 自宅で仕事をする職業。裁縫士・印判士など ⇔  出職-でしょく ほかに出かけて、そこで仕事をする職業。左官・屋根職・庭士の類」(広辞苑)などの業界用語の一環、「画工-がこう、画工画-がこうえ、下画-したえ」などを知ることができる。

業界用語とは、時代差・地域差も大きく、「版下-大阪/はんじた、関東/はんした」と昭和のころのオフセット印刷業界では呼んでいた。これも「居職ーいじょく 出職-でしょく」(広辞苑)を知ればなにほどのことも無い。令和のいまは、印刷版の製作は「プリプレス」を経て、単に「データ作製(業界内一部では制作)」となったらしい。版下職人であった「出職のひとつ-製版会社員」の一部は、居職に変わり、オンライン勤務となったらしい。

【展覧会】高島屋史料館|企画展 高島屋東別館・重要文化財指定記念展|大大阪の百貨店 第Ⅰ部 百貨店建築の登場/第Ⅱ部 大大阪モダニズム|’22年3月5日-7月4日

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高島屋史料館
企画展  高島屋東別館・重要文化財指定記念展
大大阪の百貨店
開催期間  2022年3月5日[土]-7月4日[月]
        ◉ 第Ⅰ部   百貨店建築の登場
        3月5日[土]-5月9日[月]
        ◉ 第Ⅱ部   大大阪モダニズム
        5月21日[土]-7月4日[月]
      * 本展は会期をⅠ部・Ⅱ部に分け、展示資料を一部入れ替えて構成します。
      * 会期は変更となる場合があります。
開館時間  10:00-17:00(入館は16:30まで)
休  館  日  火・水曜日
      * 5月12日[木]-5月20日[金]は展示替のため休館
会  場  高島屋史料館 企画展示室
      556-0005  大阪市浪速区日本橋3-5-25  高島屋東別館 3 階
      電 話:06(6632)9102
      入館無料
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いまから100年前の1922(大正11)年、高島屋は大阪・堺筋の長堀橋詰に近代ゴシック建築の大型店舗(長堀店)を開店 ── これが高島屋初の本格的百貨店の誕生でした。当時の堺筋には、三越、白木屋がすでに大店舗を構えており、さらに翌年には松坂屋が開店。市電も走る堺筋は「百貨店通り」と呼ばれ、大阪随一のメインストリ―トとして繁栄しました。
この時期、大阪は人口・面積で日本最大の都市に、世界でも有数の大都市「大大阪」となりました。
華やかで活気にあふれた「大大阪時代」の象徴のひとつが、堺筋に建ち並んだ百貨店建築でした。しかし、昭和初年、御堂筋の建設計画がはじまると、高島屋が南海店(現 大阪店)を開店するなど、在阪百貨店の地図は大きく変化することになりました。
近代都市「大大阪」の変貌を百貨店からみつめ直します。

重要文化財・高島屋東別館(旧松坂屋大阪店)
1966(昭和41)年、松坂屋が天満橋へ移転後、その建物は1968(同43)年に高島屋東別館となり、往時の姿をほぼ保ったまま存続してきました。2020(令和2)年、建物の歴史的価値を守り継ぎながら、リノベ―ション工事を完了。2021(同3)年8月、国の重要文化財(建造物)に指定されました。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上ご参加を。
[ 詳細 : 高島屋史料館