カテゴリー別アーカイブ: 今は昔――活版今昔ものがたり

【この一葉】「明朝体は横線が無くても読める」|水井 正さん 1971年2月製作|シルクスクリーン印刷 B全判2色刷り ポスター|

2019.12蒲生氏郷修整跡剥離

「明朝体は横線が無くても読める」
水井 正さん1971年2月製作|シルクスクリーン印刷 B全判2色刷り ポスター|
水 井   正(1932- )

『 TheTYPEBANK 』(1995年、タイプバンク編、朗文堂)ゟ

マップケースの底から、半世紀ほど前のポスターが出てきた。製作者は水井 正さん。
このポスターが製作された1971年(昭和46)ころとは、本コーナー{活版 à la carte}の読者の大半は誕生前のことかも知れない。
このころの水井さんは、麹町にあった「原デザイン研究所」に所属しながら、ほとんど千代田区紀尾井町の文藝春秋社に昼夜とも詰めきりで、『文藝春秋』『オール讀物』『文學界』などの月刊誌と、創刊間もない『週刊文春』のタイトルの「書き文字」を担当されていた。

筆者が水井さんと交誼を得たのは「TYPO – EYE」が結成された1975年からのことである。したがって45年ほどのお付き合いということになる。
このポスターはそれより以前の製作であるが、実験作品ともいえたこのポスターを、おそらく1975年にお譲りいただいた。「書き文字」が繁忙を極めるようになったのは『週刊文春』が創刊されてからのことだとされたが、当時でも埼玉県入間市の自宅に帰るのは「月に二-三度かな」と苦笑されていた。
また、「これまで若さに任せて無理を重ねてきたが、40歳にもなると徹夜はきつくてね …… 」
とこぼされていたことも覚えている。

こののち写真植字法の興隆・進展があり、書き文字の仕事は次第に減少気味であったが、水井さんは、株式会社タイプバンクを設立直後の タイプディレクター:林 隆男(1937-94) の委嘱を受けて、写植活字「ナウ」シリーズの書体設計に専念するようになった。

実験作品:ポスター「明朝体は横線が無くても読める」は、水井さんがタイトルをレタリングされた、海音寺潮五郎『武将列伝』(全三巻、文藝春秋社刊)の作業のなかでの実感をこめて製作されたものである。
ところが一箇所「字画を間違えた」ままで印刷してしまい、刷り直しの時間と予算もないままに、赤版「蒲生氏郷」の「蒲」の字画をレタリングによって修正して、それを象嵌 して展覧会に間に合わせたとされた。
お譲りいただいととき、一緒に立ちあわれた「TYPO – EYE」の同志:吉田佳広氏は、
「このポスターが、写植活字や金属活字の清刷りじゃなくて、レタリングだって解るなによりの証拠だよ」
と笑われていた。
水井さんは鋭利な両刃のカミソリで修正・象嵌したとされたが、確かに当時は象嵌の跡はほとんど痕跡を残していなかった。しかしながらほぼ半世紀余ののちのこんにち、象嵌部分は脱落し、所在不明となり、裏面からみると、補強のために貼付したセロファンテープの劣化の痕跡が痛〻しい。

* ぞうがん【象眼・象嵌】
工芸用語では様様な用例があるが、[印刷用語]では、鉛版・銅版・版下製作などで「象嵌-ぞうがん」とあらわし、修整箇所を切り抜いたり、剝ぎ取り、そのあとに同寸法の修正した活字などを挿入すること。

◉ 水井 正  Mizui  Tadashi プロフィール

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【サラマ・プレス倶楽部】歳末恒例 手づくり<餅と餃子の忘年会>12月03日[土] 四谷のレンタルキッチン Patia で開催

師走です。印刷・出版界ではこの時期の作業を<歳末進行>と呼び、一年中でもっとも繁忙をきわめるときとされます。
サラマ・プレス倶楽部の会員の皆さんも、{Season’s Greetings Card}や{年賀状}の製作であわただしい時期ですが・・・・・・、そこはそれ。例年よりいくぶん早い12月03日、<手づくり 餅と餃子の忘年会>を開催。

10.27 アッパークラス 松尾愛子さん 時盛さんはやくも10月27日の{活版カレッジ・アッパークラス}の集まりに際に、新潟旅行の報告で盛りあがっているメンバーをよそに、黙黙と{サラマ・プレス倶楽部 2016年 ボー年会}のためのコースターづjくりにいそしんでいたのは松尾 A さんと時盛さん。忘年会DSCN8259[1] DSCN8728《本番当日早朝 空中花壇から「雲南百薬おかわかめ」を収穫 仕込み作業開始》
忘年会をレンタルキッチンで開催するようになってから二年目。あいかわらず主メニューは餅と餃子であるが、そこに野菜たっぷりの「豚汁」がメニューに加わった。つまり食器の心配はなくなったが、食材はかえって増加した。

地方会員から切り餅などの差し入れも頂戴したが、炊飯器はキッチンにあっても電動餅つき器は無いので、当然運搬が必要となる。
なによりも熱帯性植物とされる「雲南百薬おかわかめ」は、寒さにふるえながらようやく発芽させた新芽を摘みとられていた。このとき園芸家は沈黙するしかない。
DSCN8739 DSCN8740 DSCN8749 DSCN8752 DSCN8754 DSCN8753 DSCN8789 DSCN8792 DSCN8794DSCN8746《松尾 A さん、時盛さん苦心のコースターで乾杯! 餅と餃子と豚汁、それに各地の銘酒がずらり 手づくり感いっぱいの忘年会の開幕でした》
搗きたての餅は、大根おろしで「おろし餅」、粒あんで「あんころ餅」、と大好評。
手づくり餃子も、製造担当が追いつかないほどの人気で、蒸しあがると瞬間蒸発の勢いでした。
なにしろ貸し切りの会場ですから、相客を気にする必要はなく、壁面には過去のイベント写真<Viva la 活版  すばらしき活版>がスライドショーで連続投影されていました。

  • 2013年 <Viva la 活版 Viva 美唄
  • 2014年 <Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO
  • 2015年 <Viva la 活版 Let’s 豪農の館
  • 2016年 <Viva la 活版 ばってん 長崎
    DSCN8758 DSCN8755 DSCN8767 DSCN8768 DSCN8796 《サラマ・プレス倶楽部忘年会は幅広い造形者で構成されていました》
    談笑がつづき、宴たけなわの会場で、欧文組版・欧文ページ物印刷の小宮山清さんが、恒例の「活版印刷昔〻はなし」。
    戦争末期、焼夷弾が工場の至近距離に落下して、工場設備が全焼した小宮山さんは、戦後すぐの急場しのぎに「組版ステッキ」を木製手づくりでしのいだとのことでした。
    また戦後しばらくして入手した「組版ステッキ」は、握りの部分がすっかり摩耗してしまいましたが、いまでも馴染みがよいとされます。
    そんな貴重な品を持参され、皆さんにご披露。

    来たる2017年は、明治産業近代化のパイオニア-平野富二生誕170年の記念すべき年です。朗文堂 サラマ・プレス倶楽部でもさまざまな企画が進行中です。
    また来年の年末に、おおきな成果をひっさげて皆さんとお会いしたいものです。
    小宮山清さん DSCN8782 DSCN8788DSCN8787

異なモノ発見! NHK朝ドラ〝あさが来た〟で一躍人気者に―五代友厚関連鹿児島の金鉱山凡そ百二万坪を販売か 

DSCN6352 DSCN6353朗文堂と世界堂の中間「新緑苑街」の角に古物商が店を設けている。ほとんど従業員の出入りをみたことはないが、その店頭に、五代友厚(通称才助)旧蔵、薩摩三金山のひとつ凡そ百二万坪を販売すると告知している。
五代は「若き薩摩藩士」をひきいて江戸時代末期に英国に密航し、通称『薩摩辞書』の発行につよい関わりをもった。『薩摩辞書』の初版は上海で製造したが、再版を日本国内での製造をめざして大阪活版製造所を開設し、それを請けおった本木昌造一門に再版刊行を委託した。

しかしながら当時の大阪活版製造所の力量では『薩摩辞書』の増刷作業は不可能で、中途で作業を放棄せざるを得なかった。このとき本木は五代から相当の借財を背負ったが、その借財は本木にかわり、のちに平野富二が利息を含めて返済した。
印刷関連ではほどんど知られない人物、五代友厚を成果のないままおって15年ほどになる。これをみると苦笑するしかない。
鹿児島商工会議所前五代友厚立像 DSCN5673 DSCN5682