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【特別催事】1日限定!|富山祭り in サカキラボ 「うみとやまの幸とワインと手仕事」開催|9月24日

41384315_667822533604839_1301520148913455104_n-700x501Photo 小野田陽一

富山からとれたて直送!
1日限定! 富山祭りin サカキラボ

「うみとやまの幸とワインと手仕事」
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きっかけは富山を訪れた出張料理人の岸本恵理子さんとスタイリストの岩崎牧子さんでした。これまで西小山の「S/S/A/W」で料理家のたかはしよしこさんとのコラボレーションで開催してきた富山の美味しいものを集めた本企画、初の神保町での開催です!

うみとやまに囲まれた富山。天然の生け簀とも言われる豊かな富山湾の魚はもちろん、山では山菜、天然きのこにジビエ、雄大に連なる山々からの清らかな水に育まれた米や酒など、まさに食材の宝庫です。

今回、料理チームは岸本恵理子さんと富山の予約制レストラン「キッチン花水木」の田中裕信さん、「Rrose Sélavy Foodsの荒井江里の3人によるコラボレーション! 富山の秋のうみとやまの味覚を盛り込んだワンプレートを作ります。当日直送のお魚、天然きのこ、ジビエ、野菜などを富山から汲んできた水で贅沢に料理します。

ワインは東京初出店の「Wine bar Alpes」の池崎茂樹さんが、選りすぐりのワインをお届け。「uguisu」や「organ」で経験を積んだ池崎さんは、富山で自身の店を開く前にフランス・オーヴェルニュのパトリック・ブージュのもとで住み込みで働いた経験の持ち主です。また今回デザートは、妻の春佳さんが焼く「季節の果物のタルト」をご用意します!

また富山で国内外の民芸品や作家の手仕事を紹介している「林ショップ」も出店。店主、林悠介さんの独自のセレクトは富山でも随一! 彼が選んだ手仕事の品々を紹介していただきます。オリジナルの土人形や、陶額作品、富山の木工、染織、焼物、銅の作品などなど、普段東京ではなかなか見れないものがずらり並びます。

予約は必要ございませんので、どうぞ直接いらしてください。
富山の仲間たち、岸本恵理子さん、岩崎牧子さんとともにお待ちしています!
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1日限定! 富山祭りin サカキラボ
「うみとやまの幸とワインと手仕事」
日  時  9月24日[月・祝] 12:00-19:00 L.O.

場  所  サカキラボ(LAB & Kitchen) 千代田区神田小川町3-6-8 伸幸ビル6F →アクセス

□  メニュー

FOOD
◆富山プレート(とれたて直送!秋のうみとやまの味覚を盛り込んだ一皿)
◆出張「Wine bar Alpes」季節の果物のタルト
◆「Rrose Sélavy Foods」自家製酵母パン盛り合わせ
◆岸本恵理子さんの干し柿ビスコッティ

DRINK
◆出張「wine bar Alpes」グラスワイン
◆SAKAKI LAB×SAYS FARM「SALS FARM MERLOT CUVEE SAKAKI LAB 2015」
◆富山の焙煎店「koffe」の豆を使ったドリップコーヒー
◆富山の呉羽梨の酵素サワー

□ 物  販
◆出張「林ショップ」(国内外の民芸と手仕事)
◆氷見の魚問屋「つりや」(水産加工品)
◆「S/S/A/W」(富山のオリジナル調味料)
◆富山の焙煎店「koffe」(コーヒー豆)
そのほか料理チームが選んだ、富山の新米、青果などなど!

※予約不要です。
※イベントの内容は予告なく変更する場合がございます。あらかじめご了承ください。
※すべて売り切れ次第終了です。
※問い合わせ先 erinagahama@gmail.com

【展覧会】 小津和紙ギャラリー/手漉き紙四人展2017 新潟の「紙漉サトウ工房」佐藤徹哉さんが参加 6月26日-7月1日

20170622141040_00001 20170622141040_00002小津和紙ギャラリー
手漉き紙四人展 2017
6月26日[月]-7月1日[土]
10:00-18:00 * 初日13:00から、最終日15:00まで
☆ 佐藤徹哉さんが6
30日[土]・7月1日[日]在廊されています!

1c451c_36d32d1a8103478caf0e36a94631017f.jpg_srb_p_653_490_75_22_0.50_1.20_01[1]紙漉技芸士 : 佐藤徹哉さんとは、2015年活版礼讃イベント、新潟北方文化博物館での<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>で、松尾和夏さんの紹介ではじめてお会いした。以来、サラマ・プレス倶楽部の皆さんとはすっかり親しくされている。
ところが「紙漉 サトウ工房」を自営されている佐藤徹哉さんは、やつがれと同様にアナログ系古典派に属されており、パソコンはつかわれているが、携帯電話やカーナビのたぐいは苦手とされる。

「紙漉 サトウ工房」 佐藤徹哉 連絡先
940-0243  新潟県長岡市軽井沢1192
電話 : 0258-51-5134  メール : tty*nct9.ne.jp 〔*→@〕

【詳細:小津和紙ギャラリー】  {文字壹凜 まとめ

【増刷出来】 VIVA !! カッパン──活版印刷の楽しくてカワイイ入門書(サラマ・プレス倶楽部 大石 薫)

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◯ 書  名  VIVA !!  カッパン
◯ 編著者  サラマ・プレス倶楽部
◯ 装  本  B5判 オールカラー 136ページ 並製本ジャケット付
◯ 定  価  本体 3500円+税
ISBN978-4-947613-82-0  (4月17日出来予定)
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活版印刷の楽しくて カワイイ入門書 増刷 !!

{懐かしいのに新しい}
魅惑の印刷、カッパン
見て美しい! 知って楽しい!
 自分でやるともっと楽しい !!!
カッパンを愛する アナタの必携書です。

 【 VIVA !! カッパン 目次 】
・懐かしいのに、あたらしい、魅力の活字版印刷術 ――― カッパン

・活字のおはなし
・文選箱ギャラリー
      文 選
      組版(植字)
      組みつけ
      印 刷
      活字鋳造
・Salama-21Aの使い方

・muccu が行く!
      活字鋳造所探訪 (築地活字編)
      活字版書籍印刷所探訪 (長瀬欄罫製作所編+豊文社印刷所編)
・あとがきにかえて
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Telephone 03-3352-5070
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《 活版印刷の楽しくて カワイイ入門書 増刷 !! 》
まえがきVIVA逕サ蜒十34-34 VIVA逕サ蜒十44-45 VIVA逕サ蜒十46-47 VIVA逕サ蜒十52-53 VIVA逕サ蜒十70-71 VIVA逕サ蜒十84-85 VIVA逕サ蜒十88-89
《 あとがきにかえて 》 ・・・・・・ こんな時代だから

アダナ・プレス倶楽部( 現:サラマ・プレス倶楽部) の活動は、2006年、おもにタイポグラフィ関連の専門書を出版している朗文堂代表の片塩二朗と、印刷博物館の工房担当を前職としていた私(大石 薫)との、たったふたりからはじまりました。


このようなデジタル時代の真っ只中に、あたらしく「活版印刷機をつくる」というこころみは、ま
わりのひとびとの目からみて、まるでドン・キホーテの夢物語のように映っていたことでしょう。
片塩と私自身にも、そのことはよくわかっていて、どちらがドン・キホーテで、どちらがサンチョ・パンサであるかと、お互いを笑いながら、瀕死のロシナンテにも似た「カッパン」という痩せ馬に跨がったその旅路は今日でも続いています。

世界的に、あたらしい活版印刷機を製造販売している企業がまったく無いという事実から、はじめから採算のあわない事業となるであろうことは覚悟していましたが、プロジェクトを進めるにつれて、コストの面はもちろん、すでに30年近くも前に製造ラインが廃れてしまった機材も少なくないことがわかり、前途多難な道のりとなりました。
また、活版関連業者にかぎらず、わが国の産業のほとんどが、合理性と効率性の一辺倒から、大量生産と分業化を推し進めてきた結果、小ロットに対応でき、かつ部品製造から組み立てまでを一貫しておこなえる工場がなかなか見つからず、はからずも国内製造業の空洞化と、この国の行く末への危機感を実感しました。

どこへ行っても「あと10年早ければねぇ…… 」という答えばかりが返ってきました。しかし、幸運な偶然にも導かれつつ、ドン・キホーテ的発想の転換で邁進し、「あと少し遅ければ間にあわなかった」 → 「なんとかギリギリ間にあった」結果、二一世紀のあたらしいカッパン印刷機「Adana-21J」および、その後継機「Salama-21A」が誕生しました。

サラマ・プレス倶楽部( 前:アダナ・プレス倶楽部) は、この「Salama-21A( 旧:Adana-21J) 」を中核としながら、活版印刷の普及と存続につとめる朗文堂の一事業名ですが、カッパンを愛好する皆さんとの双方向の連携の場となることを目的として、そのおもいを「倶楽部」という名称に込めています。
当初はドン・キホーテとサンチョ・パンサの二人だけだった部員も、現在ではおかげさまで登録会員も増えて、気がつけば、すっかり倶楽部らしい様相を呈するようになりました。

I T 革命を招来した現代は、さながら19紀末の産業革命をむかえた時代と、とてもよく似ているといわれます。すなわち、機械化と大量生産・大量消費時代の幕開けにより、安くて早くて、大量で、奇抜な印刷物が出まわり、それまでの職人の技芸によって支えられてきたタイポグラフィの質は確実に低下するようになりました。このような技芸の衰退に警鐘を鳴らしたのが当時のアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントでした。

そのアーツ・アンド・クラフツ・ムーブメントの再来ともいえる、現代のあたらしいカッパン実践者の多くは、効率優先の情報処理に追われる日常に疲弊と疑問を感じ、「身体性をともなった、ものづくりがもたらす純粋なよろこび」をカッパンによって満喫しています。

また、パーソナル・コンピュータや携帯電話、インターネットの普及によって、組版やデザインなどの特別な職能が無くとも、だれもが気軽に文字を組んで(打って)情報を発信する機会も増えました。このような時代に、組版の原点であるカッパンを学ぶことは、よりよきコンピュータ組版のためのヒントとしても大いに有効です。

しかし、コンピュータが普及し、メディアが多様化し、それらが複雑に交差しあっている現在の「情報社会」で生活する私たちが、なぜこの「カッパン」にいいつくせない魅力を見いだしているのか、私自身、本書をまとめ終えた現在でも、正確に言語化できないもどかしさをいだいているのも正直なところです。
そして、その答えとカッパンの真の魅力を知るには、やはり実践をおいてほかにはないといわざるをえません。

願わくば本書が、カッパンの21世紀における存在意義を発掘し、カッパン実践者の皆さまにとっては更なる創作への糧となり、カッパン未経験者の皆さまにはカッパンの実践へのいざないとなることを、せつに祈っています。
                           サラマ・プレス倶楽部  大石 薫

【Viva la 活版 ばってん 長崎 Report 21】 長崎県印刷工業組合アルビオン型手引き印刷機一号機復旧再稼働成功報告。愈〻研究本格展開

長崎印刷組合年賀アルビオンうれしい年賀状をいただいた。
既報のとおり、昨二〇一六年九月二日、「本木昌造墓前祭」にあわせ、長崎県印刷工業組合所蔵「アルビオン型手引き印刷機一号機」が同組合で復旧され、稼動実演をみた。
同機は大阪・片田鉄工所、明治30-40年ころの製造とみられる百年余も以前の印刷機。

もう一台の「アルビオン型手引き印刷機二号機」、東京築地活版製造所・大阪活版製造所の銘板が表裏に鋳込まれた印刷機は、明治20年代の製造と推測されるが欠損部品が多い。
ところが一号機の復旧をみて、こちらの二号機にも復旧の動きがあると仄聞する。
近代活字版印刷発祥の地、長崎印刷人の意地と底力を見るおもいがする昨今である。
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《 熱意が通じました! イベントから四ヶ月後「本木昌造墓前祭」で復元修復報告と実演 》
長崎県印刷工業組合所蔵「アルビオン型手引き印刷機 一号機」(大阪・片田製造所製造)、同二号機(天板両面に東京築地活版製造所、大阪活版製造所の銘板が鋳込まれている。推定明治20年代製造)は、その由来、存在意義、価値などの詳細が明らかでないまま、同館三階収蔵庫にいつのころからか放置されていた。

19世紀の終わりのころから、長崎にのこされた本木昌造由来の活字を復元しようとする気運があった。その際収蔵スペースが問題となり、スペース確保のために収蔵庫を整理して、前述の「アルビオン型手引き印刷機」二台を処分して展示室にしようとするという話題がもちあがったことがあった。

若気のいたりであったのかもしれない・・・・・・。
まことに余計なことながら、このうわさをを耳にして、当時の専用ワープロをたたいて、「アルビオン型手引き印刷機」二台の保存と再生をつよく訴えたことがあった。
その専用ワープロのデーターはやつがれの手もとではすでに消滅していたが、長崎の印刷組合で紙媒体でしっかり保管されていた。そして再稼働にあたって、その保管文書をもとに二台の印刷機の由来、存在意義、価値を説明する小冊子をつくりたいとの申し出をいただいた。
大慌てで一部の語句を修整し、資料補強をなしたが、いかんせん時間がなかった。そのため一部に重複もみられるが、その一部を紹介したい。

20160914163731_00001[1]☆      ☆      ☆     ☆

長崎県印刷工業組合所蔵
アルビオン型手引き印刷機

モノとコトの回廊
アルビオン型手引き印刷機とは

「手引き印刷機 Hand press」とは、「手動で操作する印刷機の総称」である。
一般にはグーテンベルクがもちいたと想像される印刷機のかたちを継承したもので、水平に置いた印刷版面に、上から平らな圧盤を押しつけて印刷する「平圧式」の活版印刷機の一種とされる。
そのため厳密には手動式であっても、Salama-21A や テキンなど、印刷版面が縦型に設置される「平圧印刷機 Platen press」とは区別されている。

グ-テンベルクの木製手引き印刷機(1445年頃)は、ブドウ絞り機をヒントに考案された木製の「ネジ棒式圧搾機型印刷機 Screw press」であったとされるが、その活字や鋳造器具と同様に、印刷機も現存していないため、あくまでも想像の域を出ない。

現存する最古の手引き印刷機としてぱ、ベルギーのアントワープにある、プランタン・モレトゥス・ミュージアムや、イタリアのパルマ宮殿にあるジャンバティスタ・ボドニ(1740-1813)博物館の木製手引き印刷機の存在が知られている。
またアメリカの政治家として知られるベンジャミン・フランクリン(1706-90)も、木製手引き印刷機をもちいて印刷業を営んでいたことが知られている。

グーテンベルクの木製活版印刷機の時代からその後350年ほどは、細部に改良が加えられたものの、1798年にイギリスのスタンホープ伯爵が、総鉄製の「スタンホープ印刷機」を考案するまでは、活版印刷機の基本構造そのものには大きな変化はなかった。
その後に開発された著名な手引き印刷機としては、「コロンビアン印刷機」、「アルビオン印刷機」、「スミス印刷機」、「ラスペン印刷機」、「ワシントン印刷機」、「八-ガー印刷機」(以上年代順)などがあげられる。

フィギンス社アルビオン写真の活版印刷機は、イギリスの活字鋳造所フイギンズ社による1875年製のアノレビオン型手引き印刷機である(Lingua Florence 所蔵)。
本機は印刷機としての実用面だけでなく、19世紀世紀末のアーツ・アンド・クラフツ運動、アール・ヌーヴォなどの新工芸運動の影響をうけて、アカンサスなどの植物模様が描かれ、金泥塗装の多用、猫脚の形態などに装飾の工夫がみられる。
「アルビオン Albion」とは、ちょうどわが国の古称「やまと」と同様に、イングランドをあらわす古名(雅称)である。ラテン語の「白 Albus」を原義とし、ドーバー海峡から望むグレートブリテン島の断崖が、白亜層のために白く見えることに由来する。

アノレビオン印刷機は、これに先んじてアメリカで考案された「コロンビアン印刷機」を改良した印刷機である。
アメリカ大陸の古名「Columbia」の名をもつ「コロンビアン印刷機」は、1816年頃にクライマーによって考案され、加圧ネジをレバー装置に置き換え、圧盤をテコの応用で楽に持ち上げるためのオモリがアメリカの象徴である鷲の姿をしている。

「アノレビオン印刷機」は、この「コロンビアン印刷機」をもとに、圧盤を重いオモリにかえて、頭頂部に内蔵されたバネで持ち上げるなどの改良を加え、1820年頃リチャード・W・コープ(?-1828)によって考案された。
またコープ社の閉鎖後も格段の規制をもうけられなかったために、キャズロン社、フィギンズ社などが、独自の工夫を加えながら大小様様な同型機の製造を続けていた。

産業革命を経た19世紀末の英国では、すでに蒸気機関などの動力による大型印刷機が
商業印刷の主流であったが、アーツ・アンド・クラフツ運動を牽引したウィリアム・モリスは、手工藝再興の象徴として、手動式で装飾的なアルビオン型印刷機をもちいていた。また、石彫家にしてタイポダラファでもあったエリック・ギルも同型機をもちいていた。

20160523222018610_0004『Book of Spesimens  Motogi & Hirano』
(平野富二活版製造所 推定明治10年 平野ホール蔵)

わが国でも「アノレビオン型印刷機」とのつきあいはふるく、明治最初期に平野富二が率いた東京築地活版製造所、江川次之進による江川活版製造所などの数社によって、アノレビオン
型の手引き印刷機が大量につくられていた。
また明治09年、秀英舎(現・大日本印刷)の創業に際してもちいられた印刷機も、アルビオン型印刷機であったことが写真資料で明らかになっている(片塩二朗『秀英体研究』)。

長崎県印刷工業組合所蔵
アフレビオン型手引き印刷機の再発見と紹介がなされた

2003年07月19日、わが国の印刷人、タイポダラファにとって嬉しいニュースが流れた。
それは長崎県印刷工業組合三階の収藏庫に、国産「アルビオン型手引き印刷機」が二台所
蔵されていることが、朗文堂・片塩二朗によって再発見され、報告されたからである。

そのうちの一台は(以下一号機)、横板部に二つの筋違いの正方形の中に「 K 」のマークがみられ、版盤なども健在で保存状態は比較的よい。
これは南高有家(島原)の「有正舎」の旧蔵品で『長崎印刷百年史』(田栗奎作 長崎県印

刷工業組合 昭和45年11月03日)に写真紹介されていたものである。
201109handpress[1]この一号機を板倉雅宣は『ハンドプレス・手引き印刷機』(朗文堂 p.64)で、同機の「 K 」マークの存在から、明治30年創業の大阪・片田鉄工所製であろうとしている。

もう一台のアルビオン型手引き印刷機は、元長崎県印刷工業組合相談役:阿津坂実(1915-2015 花筏:タイポグラファ群像008)によると、「九州荷札印刷」の旧藏品であったとする(以下二号機)。
機械主要部のほか圧盤までは現
存しているが、加圧ハンドノレ、版盤、版盤案内レール、チンパン、あんどん蓋などは欠損している。

切りぬき02-627x627[1] 切りぬき01-627x627[1]BmotoMon2[1]二号機に特徴的なのは、目立たないが「テコ Fulcrum」に鋳込まれている「丸 も」のマークである。これは本木昌造の裏紋とされている。
もうひとつは、横板(天板)の両面に鋳込まれている社名と
マークの存在である。
正面(加圧ハンドルのある側)には、

「TYPE FOUNDRY OSAKA TRADE MARK JAPAN」とあり、大阪活版製造所の機械類の
マーク「丸 も に旭日」が鋳込まれている。
裏面には「TYPE FOUNDRY TSUKIJI TRADE MARK  TOKIO」とあり、東京築地活版
製造所の「丸 も にH」(ローマン体)のマークが鋳込まれている。

この両社のマークが制定されたのは1885年(明治18)ころとされている。したがって二号機は明治中期の製造とみられるが、いずれも本木昌造一門につらなる、大阪・谷口黙次/大阪活版製造所、東京・平野富二/東京築地活版製造所のいずれで製造したのかは判明しない。

アルビオンとはイギリスの古名で、「アルビオン・プレス」はイギリスのリチャードー・コープが1820年に発明、同工場のジョン・ホプキンスンが1824年に改良した手引き式の活字版印刷機である。
コープ社が閉鎖されたのちも、格別の保護を主張しなかったために、英国では数社が同型機の製造を継続していた。

わが国では明治初期から平野富二(東京築地活版製造所)、江川活版製造所、金津鉄工所、国友鉄工所、片田鉄工所などによって国産化され、安定した活字版印刷機として評価され、ふつうは単に「手引き印刷機|と呼ばれていた。
また秀英舎(現・大日本印刷)の創業時の印刷機も「アノレビオン・プレス」であったことが、
最近創業時の工場写真が出てきたことで判明している。
いずれにしても同型機の多くは昭和中期まで、一部で校正機などとして長年にわたって用いられていたすぐれた印刷機であった。

活字版印刷術、タイポグラフイとは、活字だけでは成立しない。当然印刷機も必要である。このたび長崎県印刷工業組合から再発見されブこ本機は、平野富二関連では『BOOK
OF SPECIMENS MOTOGI &HIRANO』(活版所平野富二 平野ホール所蔵 推定18フフ)の最終ページに図版で紹介されていたものとほぼ同一のものである。

いずれにしても本機の発見は嬉しいニュースであった。なによりも本木昌造と、その師弟であった平野富二/東京築地活版製造所、谷口黙次/大阪活版製造所が誕生した長崎で
発見されたことを欣快としたい。
そして印刷関連業界、タイポグラフイ界・造船工学界・
機械工学界の研究者がひとしく同機に熱い視線を注いでいる事実を記録しておこう。

《急速に進展した総合技術としての活字版製造術の研究-活字製造だけの研究の陥穽を脱し、関連器械・技術研究への視点 》
長崎県印刷工業組合でのアノレビオン型手引き印刷機の再発見と紹介がなされたのち、顕
著な変化があった。それはこれまで活字版印刷術研究 ≒ タイポグラフイとはいいながら、ともすると活字だけに偏するかたむきがみられたのにたいし、総合技藝としてのタイポグラフィの視点から、活字と器械研究への視座の転換がみられたことである。

『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』(近代印刷活字文化保存会 2003年9月30日)は、「本木昌造活字復元プロジェクト」の旗のもとになされ研究であった、同書の執筆者の多
くは、すでに活字製造と関連人物の資料発掘に偏することなく、その研究の視座を大きく
転換していた。

同書刊行の直前、筆者片塩二朗は肺炎から敗血症となって入院中であった。しかしながら不完全ではあったが、「文明開化とタイポグラフイ勃興の記録」をしるし、そのコラムとして「長崎県印刷工業組合所蔵アノレビオン型手引き印刷機 p.291」をのこし、両機の保存と再生・再稼働をつよく希望した。

また、印刷博物館開館三周年記念企画展図録『活字文明開化一本木昌造が築いた近代』(印刷博物館2003年10月6日)では、主要展示に同館が所蔵する三台の「アノレビオン(型)手引き印刷機」を出展し、おおきな関心をよんでいた。

『ハントプレス・手引き印刷機』(板倉雅宣 朗文堂 2011年9月15日)は、真っ向から手引
き印刷機に取り組み、論述したものである。
著者:板倉雅宣は国内各所に現存している手引

き印刷機を丹念に調査し、その形状・マークの採用時期などから、それぞれの印刷機の製造
元・製造年度に関して詳述している。

それによると、一号機は「K」のマークの存在から、明治30年創業の大阪・片田鉄工所製であろうとしている。
二号機に関しては、両社のマーク
の採用時期と照らし明治18年(1885)から大阪活版製造所の名前が見られなくなる明治末年までの間のものであろうとしている。

『明治近代産業のノベイオニア-平野富二伝』(古谷昌二 朗文堂 2013年11月22日)においては、ついに長崎で発祥した活版製造業のことを、長崎製鉄所による産業の近代化の事業の一環としてとらえ、その中心に長崎出身の平野富二の事業をおいて、まったくあらたな
視点から、近代産業としての活版製造業にとり組んだ。その成果はおおきく、小指の先ほどもないちいさな活字と、巨大な造船事業が、長崎製鉄所の事業を基盤として誕生し、それがそれぞれ飛躍していった姿を記録し尽くすことに成功した。

《長崎と全国のタイポグラフアの交流の場となった<Viva la 活版ばってん長崎>》
朗文堂サラマ・プレス倶楽部による活版礼讃イベント<Viva la 活版 ばってん 長崎>が長崎県印刷会館を主会場として、2016年5月6-8日に開催された。

東京をぱじめ、全国各地から訪崎した会員は50余名。マイクロバス二台をレンタして開催された{崎陽長崎 活版さるく}には、地元勢の参加があって45名を超えてていた。また会場には熱心な来場者多数を連日お迎えした。

DSCN7279-627x470[1] DSCN6689-627x470[1]事前準備、撤収作業と、一部の会員は五泊にわたる長崎滞在となり、140年余にわたっ
て蓄積された長崎の活版印刷事業の奥深さを実感する機会となった。
その際、同館所蔵の小型プラテン印刷機だけでなく、貴重な「アルビオン型手引き印刷機」もなんとか稼動・実演したいという意見があり、部品の欠損が少ない一号機を復元する試みをした。
ところがなにぶん出張先での修復作業であったブこめ、工具も足りず、部品の補充もでき
ずに稼動実現の成果をあげることはできなかった。

その際、訪崎され<Viva la 活版 ばってん 長崎>の会場にみえられていた板倉雅宣氏が詳細に点検され、一号機はやはりカムの破損が原因とわかり、著作『ハンドプレス・手引き印刷機』(板倉雅宣 朗文堂)と、カムの復元のために木型を製作して組合に送り、将来の復元稼動を支援することになった。

また長崎県印刷会館の収蔵庫には、本木昌造の逝去後の「新町活版所」を経営し、本木昌造の叙位に際して資料提供にあたった境 賢治(1844-?)がもちいていたとされる「インキロ
ーラー鋳型」かおり、これも主会場に展示されて話題を呼んだ。
こうして2003年から13年あまりの時間が経過していた。

☆      ☆      ☆     ☆

《本木昌造141回忌に際し アルビオン型手引き印刷機が復旧披露》
2016年9月2日[金]開催の「本木昌造141回忌法要」に際し、長崎県印刷工業
組合の力により「アノレビオン型手引き印刷機」一号機が修復・復元され、稼動・実演されるとの情報に接した。とてもうれしく、わが国の印刷産業史に特筆すべき快挙となった。

うかがったところによると、<Viva la 活版 ばってん 長崎>におけるサラマ・プレス倶楽部会員の皆さんの関心の推移をみて、長崎県印刷工業組合もついに「アルビオン型手引き印刷機」(一号機)の本格修復を決断されたとされる。
復元稼動に際しては、福岡市の有限会社文林堂/山田善之氏の助力を得て再稼働に成功したのは<Viva la 活版 ばってん 長崎>から四ヶ月後の九月になってからだった。

板倉雅宣『手引き印刷機』より 20160914163336_00002[1] 20160914163336_00001[1] DSCN6742-627x470[1] DSCN6744-627x470[1]

「長崎県印刷工業組合・本木昌造顕彰会」によって、本木昌造の墓参・法要がなされた九月二日、印刷会館三階で「一号機」が実際に稼動し、印刷がなされた。
「チンパン Tympan」は<Viva la 活版 ばってん 長崎>会期の前日、ホテルの一室で徹夜作業で張り替えにあたった日吉さんのものが、そのままもちいられていた。

 (有)文林堂/山田善之氏は、レバーハンドルを引きながらながら曰く、
 「あぁ、このチンパン、うまく張り替えてあったよ」
手引き印刷機のチンパン-627x470[1] DSCN6687-627x470[1]
ついで本木昌造の菩提寺「大光寺」で、「アルビオン型手引き印刷機が復旧」したことの報告とその意義を、片塩が簡単ではあったが解説にあたった。
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{文字壹凜:印刷工業組合所蔵「アルビオン型手引き印刷機」を修復、本木昌造墓前祭・法要にあわせて稼動披露

【サラマ・プレス倶楽部】歳末恒例 手づくり<餅と餃子の忘年会>12月03日[土] 四谷のレンタルキッチン Patia で開催

師走です。印刷・出版界ではこの時期の作業を<歳末進行>と呼び、一年中でもっとも繁忙をきわめるときとされます。
サラマ・プレス倶楽部の会員の皆さんも、{Season’s Greetings Card}や{年賀状}の製作であわただしい時期ですが・・・・・・、そこはそれ。例年よりいくぶん早い12月03日、<手づくり 餅と餃子の忘年会>を開催。

10.27 アッパークラス 松尾愛子さん 時盛さんはやくも10月27日の{活版カレッジ・アッパークラス}の集まりに際に、新潟旅行の報告で盛りあがっているメンバーをよそに、黙黙と{サラマ・プレス倶楽部 2016年 ボー年会}のためのコースターづjくりにいそしんでいたのは松尾 A さんと時盛さん。忘年会DSCN8259[1] DSCN8728《本番当日早朝 空中花壇から「雲南百薬おかわかめ」を収穫 仕込み作業開始》
忘年会をレンタルキッチンで開催するようになってから二年目。あいかわらず主メニューは餅と餃子であるが、そこに野菜たっぷりの「豚汁」がメニューに加わった。つまり食器の心配はなくなったが、食材はかえって増加した。

地方会員から切り餅などの差し入れも頂戴したが、炊飯器はキッチンにあっても電動餅つき器は無いので、当然運搬が必要となる。
なによりも熱帯性植物とされる「雲南百薬おかわかめ」は、寒さにふるえながらようやく発芽させた新芽を摘みとられていた。このとき園芸家は沈黙するしかない。
DSCN8739 DSCN8740 DSCN8749 DSCN8752 DSCN8754 DSCN8753 DSCN8789 DSCN8792 DSCN8794DSCN8746《松尾 A さん、時盛さん苦心のコースターで乾杯! 餅と餃子と豚汁、それに各地の銘酒がずらり 手づくり感いっぱいの忘年会の開幕でした》
搗きたての餅は、大根おろしで「おろし餅」、粒あんで「あんころ餅」、と大好評。
手づくり餃子も、製造担当が追いつかないほどの人気で、蒸しあがると瞬間蒸発の勢いでした。
なにしろ貸し切りの会場ですから、相客を気にする必要はなく、壁面には過去のイベント写真<Viva la 活版  すばらしき活版>がスライドショーで連続投影されていました。

  • 2013年 <Viva la 活版 Viva 美唄
  • 2014年 <Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO
  • 2015年 <Viva la 活版 Let’s 豪農の館
  • 2016年 <Viva la 活版 ばってん 長崎
    DSCN8758 DSCN8755 DSCN8767 DSCN8768 DSCN8796 《サラマ・プレス倶楽部忘年会は幅広い造形者で構成されていました》
    談笑がつづき、宴たけなわの会場で、欧文組版・欧文ページ物印刷の小宮山清さんが、恒例の「活版印刷昔〻はなし」。
    戦争末期、焼夷弾が工場の至近距離に落下して、工場設備が全焼した小宮山さんは、戦後すぐの急場しのぎに「組版ステッキ」を木製手づくりでしのいだとのことでした。
    また戦後しばらくして入手した「組版ステッキ」は、握りの部分がすっかり摩耗してしまいましたが、いまでも馴染みがよいとされます。
    そんな貴重な品を持参され、皆さんにご披露。

    来たる2017年は、明治産業近代化のパイオニア-平野富二生誕170年の記念すべき年です。朗文堂 サラマ・プレス倶楽部でもさまざまな企画が進行中です。
    また来年の年末に、おおきな成果をひっさげて皆さんとお会いしたいものです。
    小宮山清さん DSCN8782 DSCN8788DSCN8787

【タイポグラフィ学会】 『タイポグラフィ学会誌』 08号・09号 論文発表会のご案内

2016_論文発表会チラシ_1101(大)今回の講演者、真田 幸治さん ・ 春田 ゆかりさんのおふたりは
タイポグラフィ学会会員であるとともに
活版カレッジ修了、サラマ・プレス倶楽部会員でもあります。
皆さまのご聴講をおすすめいたします。

☆     ☆     ☆

タイポグラフィ学会
『タイポグラフィ学会誌』 08号・09号 論文発表会

【日  時】
2016年11月23日(祝・水曜日)
14:30-17:30(受付開始 14:10- ) 各講演80分程度(資料閲覧時間を含む)
【場  所】
学校法人専門学校 東洋美術学校 D棟学生ホール(東京都新宿区富久町2-6)
https://www.to-bi.ac.jp/access/
【講演者】

真田 幸治 ・ 春田 ゆかり
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【講演 1 】

「雪岱文字」の誕生 —- 春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ
真田 幸治(タイポグラフィ学会会員/装幀家)

装幀家、挿絵画家などとして再評価が著しい小村雪岱(こむら-せったい)であるが、その評価は主に泉鏡花の著書、「鏡花本」の装幀によるところが大きい。
その雪岱の装幀において、雪岱独自の文字「雪岱文字」が実は大きな役割を担っていたという事実は知られていない。

また「雪岱文字」は、雪岱が大正期に在籍していた資生堂の和文ロゴタイプの成立にも大きく寄与している。そして春陽堂版『鏡花全集』の函の装幀において主要な構成要素として採用されて一つの完成を見ることになる。今まで論じられることの なかった「雪岱文字」が、どのように誕生し、展開されていったのかを考察する。

【講演 2 】
近代初期「平仮名活字」の書き手について —- 池原香穉とその周辺

春田ゆかり(タイポグラフィ学会会員/グラフィックデザイナー)

日本語活字書体のなかで、平仮名書体が注目されて久しい。そのあり方が文面の印象を大きく左右するからだとされる。
しかし平仮名活字書体がどのようにして現在の形にあるのか、その成立期に誰がかかわったのか、その詳細はあまりよく知られていない。

日本の近代印刷・活字の創始者(導入者)として知られる本木昌造の近くにあり、その初期の活字書体の「版下」を手がけた池原香穉(いけはら-かわか)。ながらく詳細不明とされてきたその人物像について 近年判明した事柄と、彼が平仮名書体にあたえた影響と役割について、現物資料も交えて考察する。
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【参加費】
無 料
*当日に限り『タイポグラフィ学会誌』01-09 号を特別価格にて販売いたします。
【懇親会】

講演会場至近を予定 要予約(一般3,000円)18:30より2時間程度
【お申し込み方法】

11月15日(火曜日)までに件名【論文発表会へ参加希望】として、氏名、人数、連絡先、懇親会への出欠の有無を、Eメールかファクシミリにて下記の宛先にお送りください。
こちらより3日以内にお断りの連絡がない場合は、受付完了となります。また定員に余裕のある場合は、期日以降も受け付けます。
【申込先 ・ お問合わせ先】

タイポグラフィ学会 東京事務局
Eメール : info@society-typography.jp
ファクシミリ : 03-3352-0727

台湾{字田・活字排版研究室}髙 鵬翔さんらが活字盒をひっさげて来社 意欲満満テイクノートが早くて正確なこと見事まで

DSCN8318 DSCN8327IMG_2740 写真右からおふたりが台湾の皆さん

2016年10月28日午前、台湾から三名の活版印刷実践者の若者が来社。
活字版印刷(活版)といいながら、いつのまにか樹脂凸版印刷が増加したわが国とくらべ、台湾では金属字の供給がまだ円滑ですし、不足活字母型の新規彫刻も順調です。

髙 鵬翔さんはそんな台湾の活字供給事情を背景として、「活字は苗、込め物は土。できた活字のコマは 漢字 田 に見える」とされ、みずから{字田}と名づけた紙製簡易活版印刷キット{活印盒}を開発されています。
昨今モチベーションが低下気味で、スマホパチリで事すめりとする日本の造形者とちがい、質問連発・商品購入に積極的でした。考えさせられることの多かった金曜の朝でした。

07月01日より アダナ・プレス倶楽部がサラマ・プレス倶楽部に変わります

mainimage_saramaかねてご案内のとおり、07月01日よりアダナ・プレス倶楽部は、<サラマ・プレス倶楽部>に名称が変わります。
これを機にWebSiteの一部が順次変更となります。上掲画面がトップページに表示されないばあい(ブックマーク、お気に入りに登録されているお客さま)は、更新ボタンをポチッとクリックしてください。
あたらしい<サラマ・プレス倶楽部>に出あえます。