カテゴリー別アーカイブ: 会員からのお知らせ

【展覧会】 おくりもの と はこ 展ーイラストレーション:しおた まこ、企画・販売:Room

20151019181242424_0001 20151019181242424_0002<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>に出展された、アダナ・プレス倶楽部新潟会員
◯ しおた まこ さん
しおた まこ さんは、ご自身でいわく、
「新潟在住のユルいイラストレーター。そして三人の男の子に君臨するアマゾネスの母、そして自称キュートでセクシーな妻」
だそうです。そんなチャーミングな しお たまこ さんが参加されている<おくりもの と はこ 展>をご案内いたします。

【展覧会】 豪農伊藤家コレクション-北方文化博物館 中国 韓国の陶磁展

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-豪農伊藤家コレクション- 北方文化博物館
中国 韓国の陶芸展

◯ 日        時 : 2015年10月18日[日]-12月20日[日]
◯ 会        場 : 北方文化博物館 集古館
◯ 入  館  料 : 大人800円
◯ 開館時間 : 午前9時-午後5時(集古館のみ午後4時30分)
◯ 休  館  日 : 会期中無休
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<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>ともなった北方文化博物館は、越後随一の豪農であった伊藤家歴代、とりわけ第七代伊藤文吉(世襲名)が、明治15年から八年余の歳月をかけて建造した邸宅と、その庭園を保存・公開しています。
<中国 韓国の陶芸展>では、伊藤家コレクションのなかから、およそ30点を展示いたします。
伊藤家の暮らしの記憶が息づく館において、コレクション作品のあらたな魅力を発信します。
会場の「集古館」は、博物館の西北にある、白壁と瓦の土蔵造りの建物で、昔は飯米蔵としてもちいられ、多いときで2,000俵の米俵が積まれていたといわれています。
現在は、歴代の当主達が収集した書・画・古美術品などが展示されており、伊藤家の優雅な暮らしぶりを知ることができます。

【 詳細情報 : 北方文化博物館 集古館

【会員情報 版画展】 「版は異なもの味なもの」展 The Artcomplex Center of Tokyo presents.

「版 は 異 な も の 味 な も の」 展
The Artcomplex Center of Tokyo presents.

はんは いなもの あじなもの ―― 版は 異なもの 味なもの ―― とは
版画作品とわたしたちと、あなたたちの結びつきはとても不思議なもので、うまくできているということです。
版画作品との出会いの縁は、どこでどう結ばれるかわからず、ふしぎでおもしろいものだということです。
また、版画作品に魅了された瞬間、わたしたちが感じる胸の高鳴りを指すことばです。

2015年10月に、アートコンプレックスセンターにて版画作家の企画グループ展を開催することとなりました。
ACT作家、コレクター推薦枠、ACTスタッフ推薦枠として作家11名の版画展です。
年代、性別も様々な作家に出展いただき、版画作品の幅広い表現力や魅力をお客様にご紹介致します。
どうぞご高覧ください。
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版は異なもの味なもの展
【 展示概要 】
会  期 : 2015年10月20日[火]-10月25日[日] ※ 最終日は18 :00 まで
会  場 : The Artcomplex Center of Tokyo
            160-0015 東京都新宿区大京町12-9 2F ACT5
            TEL/FAX|03-3341-3253

【 出展作家 】
小浦昇/丸山浩司/前川弘/生熊奈央/梅村圭
新名杏奈/南舘麻美子/横山麻衣/山口恵味/福田美菜
【 企画/主催 】  The Artcomplex Center of Tokyo (ACT) 担当 : 山下

詳細情報 : The Artcomplex Center of Tokyo 版は異なもの味なもの展

【会員情報】 恒例 ペンギンパレード2015 日本橋髙島屋で開催

20150804184451316_000120150804184451316_0002レッツ ・ ラーン ・ スタジオ/出原 速夫さんとのおつきあいは、かなりの期間になりますが、ともかくペンギンがお好き。ペンギンのことになると、夢中です。
そのいっぽう、出原さんは飄飄と<ターシャ・テューダー展>のADをつとめたりもします。おもしろいかたです。
お盆の時期のイベントです。残暑をさけて髙島屋におでかけになりませんか。

【 詳細情報 : 出原速夫   facebook 】 

【会員情報】 ストリングラフィ・アンサンブル2015 繭の色の演奏会

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◯ 日   時 : 2015年08月29日[土] 15:00/18:30(二回公演 開場は開演の30分前)
◯ 会   場 : 全労済ホール/スペース・ゼロ

◯ 出   演 : 水嶋一江/篠原もとこ/KIKU/鈴木モモ/蓮見郁子
◯ 音   楽 : 水嶋一江
◯ 衣   装 : 仲村祐妃子
◯ 料   金 : 大人2,500円 中学生以下1,500円
                   ※全席自由・消費税込。未就学児のご入場はご遠慮ください
◯ チケット : 各所チケットビューロー(詳細参照)

◆「Stringraphy――ストリングラフィ」とは
1992年、作曲家の水嶋一江によって考案されたオリジナル楽器と、その演奏スタイルの総称であり、水嶋によってネーミングされました。
この楽器は、絹糸をもちいた糸電話の原理を応用しており、絹糸の両端に紙コップを取りつけたとてもシンプルなものです。

演奏者が手で擦ったりはじいたりして音を出し、演奏をおこないます。ピンと張られた絹糸は、一本ずつドレミファソラシドに調弦されています。一セット15-22本で、ソプラノ、アルト、ベースの三セットが基本となります。
基本的に長調の音階にチューニングされていますが、曲によってはこのセットに半音階の「Stringraphy」がプラスされることもあります。糸の長さは一番短いもので約1 m、長いものは 約13 m もあります。
会場本体を巨大な弦楽器のようにセッティングすることもあり、その場合、観客はその楽器の内部で演奏を聴くことになります。
◯ 写真撮影 : 田村   収 ―― この公演情報は会員:森 郁男さんから頂戴しました。

【 水嶋一江 プロフィール 】
1964年東京生まれ。桐朋学園大学作曲科卒業。1992年カリフォルニア大学作曲科修士課程修了。帰国後はアコースティックな数多くの実験的現代音楽の作品を発表。
1992年にオリジナル楽器『ストリングラフィ』を考案、八重樫みどりと共にスタジオ・イヴを結成。以来、『ストリングラフィ』を軸とした舞台作品を制作する。1996年から『ストリングラフィ』アンサンブルを結成し、複数の奏者による演奏活動をおこなっている。
1996年にデンマークで初の海外公演をおこなって以来、アメリカ、イギリス、フランス、スペイン、オーストリア、オーストラリア、中国、香港、台湾、韓国、シンガポール、インド、ネパールと海外公演も数多く、新しい日本の音楽として高い評価を受けている。

【 公演詳細情報 : 全労済ホール/スペース・ゼロ 公演案内

【国際見本市】 IGAS 2015 (アイガス 国際総合印刷機材展)

IGAS2015_poster-3◯ イベント名称

IGAS 2015 (アイガス 国際総合印刷機材展)
International Graphic Arts Show 2015

◯ 開催趣旨
IGAS 2015は、最新の印刷 ・ 紙工 ・ デジタルグラフィックス関連の機材 ・ 技術 ・ サービスを一堂に会した国際総合印刷機材展です。
最新技術や様々なソリューションを提案するとともに、印刷産業の未来を展望できる場です。
また、人材の国際交流を図り、印刷産業および関連産業の活性化と興隆に貢献します。
◯ 主  催
印刷機材団体協議会 (Japan Graphic Arts Suppliers Committee: JGASC)

〒105-0011 東京都港区芝公園3-5-8 機械振興会館401-2号室
一般社団法人 日本印刷産業機械工業会 内
◯ 開催期間
2015年09月11日[金]-16日[水]
◯ 開場時間
10:00-17:00
◯ 会   場
東京ビッグサイト 東館

〒135-0063 東京都江東区有明3-11-1
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アジアのというより、いまやひろくアセアン地域の、二年に一回の印刷の祭典<IGAS 2015>の開催が迫ってきた。 朗文堂にも各国からの問い合わせが増えている。
アセアン地域の印刷の祭典<IGAS>にたいし、世界規模の印刷の祭典としては<drupa  ドルッパ>が知られる。こちらは四年ごとに、ドイツのデュッセルドルフ・メッセ会場で開催されている。

すなわち印刷のオリンピックが<drupa>とすれば、アジア大会に相当するのが<IGAS>ということになる。 前回の<drupa 2012>は、2012年05月03日-16日に開催され、出展者数は52ヵ国1,971社、来場者数は138ヵ国から39万1000人の多くを数えたそうである。

かつて<IGAS 2007>には、朗文堂 アダナ・プレス倶楽部も、 Adana-21J 開発のパートナーであった小池製作所の展示コーナーの一隅に出展した。このときの来場者は130,164人と記録されている。
その小池製作所は2008年に閉鎖され、e テクノロジーも、IT メディアも、
アッというまに新鮮さを失い、メディア融合時代の印刷機器は混迷を深めている。わが国の印刷関連機器製造企業ならびに印刷企業はおおきな変換期にさしかかっている。

すなわち<IGAS>は、1991(平成03)年の出展社375社、来場者229,000人をピークとして減衰をかさね、前回の<IGAS 2013>では、出展社229社、来場者31,237人というさびしい現状にある【 IGAS  過去の開催結果 】。
かつては肩をならべていた<drupa 2012>での、出展者数52ヵ国1,971社、来場者数138ヵ国から39万1000人と比較すると、ずいぶん勢いを失った感がある。
これはパソコンや携帯型電話機などの軽便メディアばかりに関心が移行し、情報産業をささえるモノづくりの現場の衰退をあらわしているような気がしてならない。

こんな時代の印刷機器の国際見本市である。急速に変革が進む業界に勢いと弾みを与えるために、新トレンドや新テクノロジーに期待する向きもあるが、外国からのゲストの一部は、小社が出展しないことに失望する向きもある。
もはや活版印刷を、レトロ趣味や滅びの美学で観望したり、ニッチ産業などとはみなさない産業人も増えてきたということかもしれない。

すなわち、小型活版印刷機の再開発の開始から、まもなく10年を迎えようとしている小社がおどろくほど、多くの若い経営者による印刷業者が、いちど印刷術の原点にたち帰り、あらたな出発のときを迎えるときだと考える向きが急速に増加している。それが<活版ルネサンス>である。
まずは<IGAS 2015 >の成功を祈りたい。
【 詳細情報 : IGAS 2015 公式ホームページ

【友人 森郁男氏紹介】 『瞽女 キクイとハル』(川野楠己著、鉱脈社刊)

長年の友人 : 森郁男さんは、詩人にして造形家であり、とてもおこころのやさしいかたです。
このたび毎年恒例の、ご趣味の薩摩琵琶、正派 正紘会の『 琵琶演奏大会 』 のご案内とともに、
『 瞽女 キクイとハル 』 ( 川野楠己、鉱脈社 ) のご案内をいただきました。

ちなみに<瞽女 ごぜ>とは、「 盲御前 ( めくらごぜん )」 という敬称に由来する 女性の盲人芸能者のことです。( ウィキペディア : 瞽  女
近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に、北陸地方などを転々としながら三味線、ときには胡弓を弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人でした。

瞽女 キクイとハル

川 野  楠 己 著
四六判 並製 325ページ 定価 : 2,000円+税

<発行元 ・ 問い合わせ>
鉱  脈  社
880-8551  宮崎市田代町263番地
TEL. 0985-25-1758  FAX. 0985-25-7286

<内容紹介>
視覚障害を持ちながら厳しい修行を続け、芸の世界に生きてきた代表的な二人の生涯に光をあてて、伝統を守り受け継ぐ人々を描く。
第51回点字毎日文化賞の著者による渾身のメッセージ。

<著者について>
}川 野 楠 己  (かわの くすみ)

瞽女ゴゼ文化を顕彰する会  発起人 ・ 理事
 琵琶盲僧永田法順を記録する会 ・ 元代表、 元 NHK チーフディレクター
昭和05年(1930)東京生まれ。  昭和27年(1952)NHK 入局。  平成2年(1990)定年退職。
その間の25年間 『 視覚障害者向け 』 のラジオ番組の企画制作を担当。 日本の伝統音楽を支えた視覚障害者の活躍に注目、 瞽女や琵琶盲僧をテーマにした番組を数多く制作した。
文化庁芸術祭ラジオ部門で昭和41年文部大臣奨励賞、昭和51年文部大臣優秀賞、昭和61年文部大臣芸術作品賞など3 回、放送文化基金賞 2 回を受賞。 国際コンクール、イタリア賞、日本賞にも出品した。

退職後は瞽女と琵琶盲僧の検証と顕彰をする組織を立ち上げ取り組んでいる。
平成9年には 『 今を生きる琵琶盲僧 ・ 永田法順の世界 』、『 最後の瞽女 小林ハル96歳の絶唱 』 のCDを制作し自費出版した。 2年後には 『 仏の里の琵琶法師 髙木清玄 』 もリリースした。

【 アマゾン情報 : 瞽女 キクイとハル 強く生きた盲女性たち (みやざき文庫109)

 <関連図書>

【 アマゾン情報 : 最後の琵琶盲僧  永田法順 (みやざき文庫92

【展覧会】 金継ぎ 樋口明美さん-こまや道楽 みちをたのしむ

水野絵柄 水野宛名面

 <プロフィール 樋口明美>
金継ぎ職人。
不幸な事故にあってしまった愛用の器を助けるべく、金継ぎ修行に専念。
食器が生まれ変わって新たに愛用できるのはいいけれど、
新しい器にうふうふと微笑みかけられれば 「 はいはい、うふふ 」 と
仲良くなって・・・・・
これ以上増えるとダイニングボードに収まりきらなくなる、
ダイニングボードを広げるとリビングに収まりきらなくなる、
のが、現在悩みの種。  

【 企画詳細 : うつわ つくろい こまや  樋口明美

【会員情報】 杉本昭生 小型本の世界Ⅵ

朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部会員、京都在住の杉本昭生さん製作の小型本 ( いわゆる豆本 ) 紹介の 第六弾です。  今回のご紹介は以下の二冊です。

1 )  森  鷗 外  『 電車の窓 』
2 )  夏目 漱石   『 夢十夜より-第三夜- 』

ともすると小型本の製作者は、なによりも小型であることと、装本のおもしろさにこだわりがつよいあまり、そのテキストが、読書のための 判別性 Legibility と、可読性 Readability を失っていることがみられます。
ところが杉本さんは、もともと読書家ですので、たとえ小型本であろうと、テキストを厳選し、みずからも読み、読者にも読んでもらおうというつよい意志を感じます。
これからゆっくりご覧ください。 なおこのページはスライドショウでもお楽しみいただけます。
DSCN8507 DSCN8513 DSCN85171 )  森  鷗 外  『 電車の窓 』
『 電車の窓 』 は森鷗外の小品です。
偶然おなじ市電に乗り合わせた女の寂しげなようすがきにかかり
あれこれ想像して書いた、いわば作者の妄想小説です。
小説の感想をいうならば
いつの時代も美しい女性は男の眼をひくものであること、
おおかたの男性は電車内で前の席に座った女性の行動を観察し、
その日常をいろいろ想像していること . . . . . . などなど。
なんの予定もない雨の日曜日にでもご一読ください。
DSCN8501 DSCN85042 )  夏目 漱石   『 夢十夜より-第三夜- 』
「 こんな夢を見た 」 という書き出しで知られる 『 夢十夜 』 は
明治41年07月25日から08月05日まで 『 朝日新聞 』 に連載されました。
漱石としては珍しい幻想的な作品です。
第三夜は、淋しい道を子供を背負って歩いている 「 自分 」 と
背中の子どもとの会話が中心で、圓朝の怪談話を聞いているような気になります。

 <既出紹介>
【 リンク : アダナ・プレス倶楽部ニュース 杉本昭生 小型本の世界Ⅰ 】
【 リンク : アダナ・プレス倶楽部ニュース 杉本昭生 小型本の世界Ⅱ 】
【 リンク : アダナ・プレス倶楽部ニュース 杉本昭生 小型本の世界Ⅲ 】
【 リンク : 活版 à la carte 杉本昭生 小型本の世界Ⅳ
【 リンク : 活版 à la carte 杉本昭生 小型本の世界Ⅴ
【 リンク : 活版 à la carte 杉本昭生 小型本の世界Ⅵ 】

【会員情報】 エディション・ノルト 秋山 伸さんからのお知らせ

独自の作風と、飄飄としたお人柄の造形者 : 秋山 伸さん。
秋山さんのかつてのスタジオ <シュトウッコ> は、朗文堂から徒歩二分ほど、
おなじご町内の間柄でした。

現在は新潟県に製作の本拠地を移動されてさびしい限りですが、
精力的な活動をつづけられ、ときおり丹念な情報をご送付いただいております。
その一部をこの < 活版 à la carte/活版アラカルト > にご紹介いたします。


エディション・ノルト  edition nord

〒949-7316 新潟県南魚沼市
T/F : 025-788-0576
www.editionnord.com  twitter : editionnord

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エディション ・ ノルトより
出版 ・ デザインに関するお知らせ

1 : 新刊について
2 : デザインワークについて
3 : その他/受賞 ・ 寄稿

1 │
昨年末から今月にかけて3冊の本を出版しました。
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otk 003
大竹伸朗展 : ニューニュー
http://www.editionnord.com/jp/otk003.html
全国の書店で販売開始しました。
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szk 001
鈴木理策 : Stream of consiousness
http://www.editionnord.com/jp/szk001.html
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で先行販売されています。
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stc 001.11
平山昌尚 : 5522
http://www.editionnord.com/jp/stc001_11.html
現在、店頭在庫のみとなっています。 お早めにどうぞ。
既刊 「 3444 」 もよろしくお願します。
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2 │
昨年末から2月にかけて始まった 3 つの展覧会と
せんだいスクール ・ オブ ・ デザインの最終イベントの
告知印刷物のデザインを担当しました。

越後妻有里山現代美術館 [ キナーレ ] の 「 Beyond the Clouds : 雲の向こうに 」
チラシ、招待状、チケット等を一緒に面付けし、刷り出しをポスターにしました。
http://smcak.jp/
kinare-2_IMG_0237-lowkinare-1_IMG_0233-low

東京都現代美術館の 「 未見の星座 : つながり/発見のプラクティス 」
フローティング ・ タイポグラフィ。 アイテムごとに刷り色を変えています。
http://www.mot-art-museum.jp/
mot-2_IMG_0209-low mot-4_IMG_0219-low
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の 「 鈴木理策写真展 : 意識の流れ 」
フローティング ・ タイポグラフィ。 異なる素材の 2 枚の紙が貼り合わされたチラシ。
http://www.mimoca.org/ja/
mimo-1_IMG_0261_2-low mimo-2_IMG_0265_2-low
せんだいスクール ・ オブ ・ デザイン 「 ラップアップシンポジウム 」
ポスター/チラシ。  A1 → A4 に折り、膨らんだ側面にスプレー彩色。
http://sendaischoolofdesign.jp/archives/18077
IMG_5750-ssd-re-low──────────
3 │ その他

「 STREET RAMBLER 」 で中藤毅彦さんが、第24回林忠彦賞を受賞されました。
デザイン : エディション ・ ノルト │ 発行 : ギャラリー ・ ニエプス
http://www.hayashi-award.com/
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helmut schmid design 発行の「 typographic reflections 11 」 が刊行されました。

秋山が 「 反伝達、制約と逸脱、笑い、非力さ 」 を寄稿しました。  
http://www.hsdesign.jp/
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【 既出情報 : エディション・ノルトより 出版 ・ 展示 ・ イベント に関するお知らせ 2014年08月19日 】 

 

【講演会】 治水神・禹王研究会-中国紹興の禹王陵紹介

【プリント用PDF 治水神 ・ 禹王ポスター uouposter 】
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《 中国故事 ― 善く国を治める者は、必ずまず水を治める  斉の宰相 ・ 管仲 》
どこの国でも 「 国づくり神話 」 は存在する。 中国におけるその 「 神話 」 を記録した図書として、 『 史記 』の「 夏本紀 」、『 竹書紀年 』 などがしられている。
それによれば三皇五帝の時代をへて、文明が勃興し、黄河文明 ・ 長江 ( 揚子江 ) 文明 ・ 遼河文明が誕生し、それが夏王朝、商 ( 殷 ) 王朝につらなったとされる。

20世紀にはいるまでは、さまざまな文物と、なによりも 「 文と字 」 で記録された 「 文書記録 」 をのこした周王朝 ( 西方に興る。 はじめ鎬京コウケイ、のち洛陽付近にみやこした。 前1100頃-前256。 37代で滅ぶ ) までの存在は知られていた。
周王朝以前でも、「金石文」はかなりふるくから研究が進んでいたが、甲骨文が発見 ・ 研究されるようになったのは19世紀末のことである。

1899年、当時の清の国子監祭酒であった王 懿栄が、竜骨と呼ばれていた骨に刻まれた文字を発見し、研究の先駆者となった。 その後 劉 鶚によって、1903年に甲骨文の図録 『 鉄雲蔵亀 』 が出版された。
さらに 「 甲骨四堂 」 とされる < 鼎堂 ・ 郭 沫若、
彦堂 ・ 董 作賓、雪堂 ・ 羅 振玉、観堂 ・ 王 国維 >【 百度百科 : 甲骨四堂 】 らの研究によって、甲骨文の解読と商王朝の存在が知られるようになった。

さらにその後の発掘調査によって、伝説とされてきた夏王朝 【 ウィキペディア : 夏(三代) 】も、近年の考古学の実績や、年代測定法の向上などによって、実在した王朝とみなされるようになった。
夏 ( か。紀元前2000年頃 - 紀元前1600年頃 ) は、中国最古と伝承される王朝。 夏后ともいう。 また夏 ・ 殷 ・ 周を三代という。
『 史記 』 『 竹書紀年 』 など中国の史書には、初代の禹から末代の桀まで、夏は14世17代、471年間続いたと記録されている。 最後は商(殷)に滅ぼされた。
従来夏と禹王の存在は伝説とされてきたが、近年考古学資料の発掘により実在可能性が見直されてきている。

夏王朝の始祖とされる禹ウは、黄河の治水事業に当たり、功績をなして大いに認められた。
禹は、関所や市場にかかる諸税を免除し、地方に都市を造り、煩雑な制度を廃止して行政を簡略化した。その結果、中国の内はもとより、外からまでも朝貢を求めてくるようになったという。
さらに禹は、河水(黄河)をはじめ、さまざまな河川を整備し、周辺の土地を耕して草木を育成し、倹約政策を取り、自ら率先して行動した。
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夏王朝は黄河 ( 中国では河、河水がふつう ) 下流域南岸に存在したとみられ、その禹王をまつる 「 禹王廟 」 【 百度百科 : 禹王廟 】 は江南各地に散在するが、禹王のみささぎ ( 陵墓 ) とされるのは、浙江省紹興の会稽山の山ふところ 「 大禹陵 」 【 百度百科 : 大禹陵 】 に比定されている。

「 大禹陵 」 は会稽山の山山にいだかれ、40あまりの大小の堂宇があるが、中心は 「 禹陵 」、「 禹祠 」、「 禹廟 」 からなる。 域内には大小の石碑があり、それらをまとめた 「 碑亭 」 もある。
2012年07月に20年ぶりほどで 「 大禹陵 」 をおとづれた。 そのおりの写真を講演会の予習をかねて紹介したい。

【 花筏関連情報 : 朗文堂-好日録024 禹王、王羲之、魯迅、孔乙己、咸亨酒店、茴香豆、臭豆腐
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【会員からの情報】 『マッチ箱日記』 BL出版刊をご紹介。

愛知県西尾市のアダナ ・ プレス倶楽部会員/上坂印刷の太田さんからの情報です。
上坂印刷さんは Adana-21J , Salama-21A を採用されている積極的なユーザーです。
現在ホームページの開設準備中ですが、連絡先はこちらです。
【 関連情報 : みかわ de オンパク  上坂印刷株式会社 】
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昨年の小学生夏休み読書感想文の課題図書 『 マッチ箱日記 』 をご存知ですか?
わたしたちは、活版印刷体験イベントなどで 『 マッチ箱日記 』 を展示しながら、
活版印刷の歴史のお話の中でみなさんにご紹介しました。 素敵な絵本です(太田)。
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マッチ箱日記 (BL出版)

文/ポール ・ フライシュマン
絵/バグラム ・ イバトゥーリン
訳/島 式子  島 玲子

版元 BL 出版株式会社
定価 本体1,600円+税

28×26cm 38頁
ISBN978-4-7764-0605-1

イタリアから移民としてアメリカにわたった少年は、働きに働き、思い出をマッチ箱に残してゆく。
きびしい暮らしのなかで、生きる支えとなったマッチ箱日記。
やがて少年は文字を覚え……。
 少年の目を通して、移民の暮らしと困難な時代をあざやかに切り取った秀作。
マッチ箱日記をひとつひとつ開けながら、ひいじいちゃんが、ひ孫に自分の半生を語る、という形で物語は進みます。
【 関連情報 : BL出版 マッチ箱日記

【会員情報】 林 昆範さん 静かな台湾春節の祝い

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ヴィネット02号改訂版  『 中国の古典書物 』
著  者 : 林 昆範  リン-クンファン
装  本 : B5判 並製本 112頁
発  売 : 2014年06月24日
価  格 : 本体2,500円 + 税
ISBN978-4-947613-89-9
全国有力書店、オンライン ・ ブックショップでご購入できます。
小社でも直売 ・ 直送をたまわります
崔護『都城南荘』DSCN4963DSCN5097動画 YouTube 林 昆範 『 中国の古典書物 』 増刷版 刊行記念講演会 筆書実演編 16 : 24
【 組込難航中につき画像はこちら →
 http://www.robundo.com/robundo/blog/?p=9403 】
会場となった 「 東洋美術学校 」 にちなみ、「 東洋 」 を篆書 ・ 隷書 ・ 楷書 ・ 草書で書き分けています。 また後半部では、右起こし縦組みの中国古典­書物の基本原型となった 竹簡による 「 簡冊 カンサク 」に、著名な唐詩 「 人面桃花 」 を隷書で書き上­げました。
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皆さまの親しい友人、台湾中原大学助教授 : 林 昆範さんから<春節>節日のお便りをいただきました。
林 昆範さんのご一家は優秀で、お父君は 「 中医医学博士 (漢方医学博士)」、ご本人は「 芸術学博士 」、弟さんはアメリカで学んだ 「 医学博士 」 です。

林 昆範さんは勤務地にちかい桃園県にお住まいですが、<春節>だけは別格で、ご両親の住む台北市内のご実家で、一族が寄りあつまっての <春節の祝い> だということです。
下掲写真は、旧暦正月にそなえた林 昆範さん製作の、縁起のよい < お年玉袋 > と、お父上の漢方薬調剤室の写真です。 
列印文元01文元02文元03文元04

【 関連情報 : 林 昆範氏講演 『 中国の古典書物 』 余 話
【関連情報 : 台湾の林 昆範さん 「Red Dot Award : Communication Design 2014」デザイン賞を獲得

【会員からの情報】 英字紙 The Guardian は古代都市ヘルクラネウムから発掘されたパピルス紙から、一部文書抽出に成功したと報告。

イギリスの新聞 < ガーディアン The Guardian > は、2015年01月20日に、ベスビオ火山の噴火によって、ポンペイとともに分厚い火山灰におおわれ、埋没していた、古代都市ヘラクラネウムから発掘された 「 パピルス上の文書 」 の一部の解読に成功したと報道した。
その情報を会員の I 氏から提供いただきましたので紹介いたします。
ヘラクラネウム01 ヘラクラネウム02イタリア西南部、ナポリにちかいまちが ヘルクラネウム である。
この忘れられていた古代都市「 ヘルクラネウム  Herculaneum 」 は、ポンペイとおなじく、西暦79年の 「 ベスビオ火山 Mount Vesuvius 」 の噴火で、300度を超える熱風におそわれ、さらに20メートルをこえる火砕流 ・ 土石流と、降りつもった火山灰におおわれ、その存在すらながらく明らかではなかった。

ヘルクラネウムはその後、1709年に井戸掘り職人によってを偶然発見されるまで、1600年以上ほぼそのままの姿で地中に眠っていた。
この発見以来発掘作業が進められており、ポンペイより規模はちいさいものの、より豊かなひとびとが居住していたことがあきらかになりつつある。
この発掘作業は、積み重なった火山性凝灰岩を取りのぞきながら現在も進行中であるが、数百巻におよぶパピルス(古代の紙の一種)の一種の巻子本が発見されて入れている。

これらの巻子本はすっかり炭化しており、解読は不可能とされてきたが、「 ビトー ・ モセッラ Vito Mocella 氏 」 らは、1802年に贈り物として 「 ナポレオン ・ ボナパルト Napoleon Bonaparte 」 に献上され、現在は 「 フランス学士院 Institute of France 」 が所蔵する炭化した巻子本を、最新のレントゲン撮影術を駆使して、広げないまま断層的に撮影し、そこからいくつかのギリシャ文字の抽出に成功した。

今後さらに解読が進むことによって、、伝統的な文学の最も重要な発見が出現するかもしれない。
ことばでは簡単そうだが、印刷された図書を読むのとは違って解読は大変そうである。 全部解読するのに何年かかるのだろう。

【 この記事に関連する外部のサイト 】
◯ https://soundcloud.com/bbc-world-service/2000-years-old-herculaneum-scrolls-are-greek

【アダナ ・ プレス倶楽部 会員情報】 活版印刷と手製本でつづる Bonami の絵本展

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Bonami
< ボナミ について >
杉山聡 三木葉苗 三木咲良さん のトリオ。
神奈川県の小さな港町、真鶴のアトリエで
手製本、活版印刷などを用いた本や紙のものを制作しています。
Bon ami ( ボナミ ) はフランス語で 「 なかよし ・ 良き友だち 」 の意味。
私たち 3 人は、はじめて出会ったその瞬間から仲良しになりました。
そのことが、私たちの人生でいちばんの彩りです。
浮き沈む日々も、ただ、こう言います。 「 私たちは Bonami ( なかよし ) です。」
──────────
いつも、どこか、なにか、いい感じの Bonami のトリオです。
2015年02月02日[月]-03月31日[火]のあいだの水曜日だけ、
NPO 法人 地域作業所 ピープル ・ ファクトリーにおいて
『 活版印刷と手製本でつづる Bonami の絵本展 』 が開催されます。
開廊日と在廊日に注意して、藤沢までお出かけになりませんか。

【 企画詳細 : アトリエ ボナミ 】 

【会員情報】 笹井祐子さんが、意欲的に個展とグループ展を開催されます。

会員の笹井祐子さんが、意欲的に個展とグループ展を開催されます。
詳細は下記の URL をご確認のうえ、ご観覧をお勧めいたします。

SASAI Yuko

履 歴
1966 東京都生まれ
1990 日本大学藝術学部美術学科卒業
1992 日本大学藝術学部研究所版画コース修了
2010 日本大学海外研究員(平成21年度 メキシコ)
現在、 日本大学藝術学部 准教授

【 詳細情報 : Profile of Yuko Sasai
笹井祐子01 笹井祐子02
笹井祐子03 笹井祐子04 ─────────
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【会員情報】 フジグラフィックス版画工房さんが出展されています。

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日 程:   2014年09月10日[水]-2014年09月14日[日]
時 間:   10 : 00-19 : 00
備 考:   プログラムによって開催日時が異なります。
料 金:   入場無料
備 考:   紙の対話、オープンフォーラムは登録制
会 場:   1F メインギャラリー、1F コミュニティスペース、1F 103、1F ラウンジ

第2回国際木版画会議のサテライト事業 「版画スタジオ / AIR」は、アーツ千代田3331 (会場アクセス : 101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11-14) を会場とし、国内外の版画レジデンス • 工房の担当者会議、オープンフォーラム、展覧会、懇親会、また版画用品の見本市、素材の知識 • 流通についての意見交換を行います。

海外から100人以上のアーティスト、版画家、研究者が来日し、専門家相互の情報交流が行われます。 現在、海外ではたくさんのアーティストたちが木版画制作をしています。 近年、木版画の技術、道具、素材、市場、教育に関するアカデミックな研究発表の場が欲しいとの要望が高まり、2011年、京都と淡路で、第1回国際木版画会議が開催されました。

第2回目となる東京大会は、東京藝術大学がホスト校となり、アカデミックな研究発表は東京藝大で、版画制作(木版画に限らない)に関する問題解決とネットワークづくりのための意見交換は、アーツ千代田3331のサテライト会場で行われます。

入場無料(登録制)で、海外のレジデンスに興味がある人は、どなたでも参加でき、情報収集とネットワークを広げる機会にして頂けます。
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■ 版画AIR / スタジオのショーケース 「Inter-Nation & Interpretation」(入場無料)
版画スタジオ • AIRで制作された作品紹介と、カタログやビデオによるスタジオ紹介。さまざまな場から生まれるさまざまな表現の展覧会。
会    場 : アーツ千代田3331 メインギャラリー
日    時 : 2014年9月11日[木]- 9月14日[土]10 : 00-19 : 00 最終日15 : 00まで
【 詳細情報 : 第2回国際木版画会議のサテライト事業「版画スタジオ / AIR」
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以下は朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部会員の皆さんと楚山俊雄さんの フジグラフィックス版画工房 さんにお邪魔したときの様子です。フジグラフィックス版画工房でのワークショップの様子1 フジグラフィックス版画工房でのワークショップの様子2 フジグラフィックス版画工房でのワークショップの様子3 フジグラフィックス版画工房でのワークショップの様子4

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以下は 「活版凸凹フェスタ2012」 で開催した活版ゼミナール 【印刷の四大版式の違いを学ぼう!】 で、フジグラフィクス版画工房さんに出張 ・ 指導 ・ 実演いただいた際の様子です。
活版凸凹フェスタ2012での出張ワークショップの様子1 活版凸凹フェスタ2012での出張ワークショップの様子2 活版凸凹フェスタ2012での出張ワークショップの様子3

【会員情報】 しまりすデザインセンター/石松あやさんの結婚祝いの会

DSCN4904しまりすデザインセンター の石松あやさんが、ご結婚されました(実は昨2013年08月にすでにご結婚されていました)。 おめでとうございました。
遅ればせながら、そしてご報告が遅くなって恐縮ですが、<活版凸凹フェスタ> と <旅の栞展>参加の共通メンバーで、2014年06月の末にお祝いの会を開催しました。

<旅の栞展>の会場であった、 早稲田のBook Cafe 「キャッツ・クレイドル CAT’S CRADLE」 さんの近くにあるペナント屋さんに、今回もお祝いのペナントをお願いしました。
ここのペナントは、バッカス松尾夫妻への結婚のお祝いの品 としても、アダナ・プレス倶楽部関係者の間ではすでに有名ですね。今回も店主のオギワラさんに、すてきなペナントを作っていただきました。

DSCN4840早稲田大学の大隈講堂前を通過。大学内の「会津八一記念博物館」(入館無料)の東洋美術のコレクションは見ごたえあり! 同校には坪内逍遥の「演劇博物館」もあります。

「ペナントオギワラ」さんは大隈通り商店会の入口にあります。店内に入ると看板ウサギがちょこちょことお出迎え。
今回は、石松さんの学生時代からのご友人で 似顔絵はんこ作家の「史緒」さん によるご夫妻の似顔絵をもとに、ペナントオギワラの荻原久昭さん独自のアレンジが加わったペナントが完成しました。
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20140703164937592_0001DSCN4904いつまでもお幸せに~♥

お祝いの日は、まずさいたま市の土呂駅に集合。
「さいたま市大宮盆栽美術館」 で「盆サイダー」を飲み、「さいたま市 市民の森」のシマリスを見学後、石松家ゆかりの中国料理店「 K 園 」さんで夕食会というスケジュールでした。
「 K 園 」さんは戸田の隠れた名店です。皆さんでおいしい中国料理に舌鼓。

はるばる富山から 正成美雪さん も駆けつけてくださいました。正成さんはこの日に富山からのバスで到着し、日中からのお祝いに参加して、夕食会のあと、早稲田の「キャッツ・クレイドル CAT’S CRADLE」での上映会にも参加。
ふたたびこの日の夜行バスに飛び乗って、翌朝早朝に富山に到着、そのまま職場に出勤という弾丸ツアーでした。いつもながらそのパワフルな行動力には脱帽です。
DSCN4894 しまりすデザインセンターさんからも、参加者の皆さんにサプライズのプレゼントが! 今回はいつもの 「しまりす饅頭」 ではなく、新作の「しまりすパン」が登場しました。
この新作の「しまりすパン」も < し(シナモン) ま(マロン) り(リンゴ) す(すりゴマ) > の餡は健在で、ご夫婦の共同作業で誕生した愛情たっぷりのおいしいパンでした。
Fumikou さんちの紋暢モンヨウくんもさっそくガブリ。DSCN4923 DSCN4942 DSCN4927 DSCN4947夕食会のあとは、早稲田の通称:ガウディマンションの向かいの「キャッツ・クレイドル CAT’S CRADLE」で、カフェ閉店後の渕上夫妻と合流。
キャッツ・クレイドルの店主、渕上進さん監督、正成美雪さん主演の短編映画『脱毛天使』の鑑賞会が開催されました。DSCN4833 DSCN4836

アメリカの若き活字鋳造工/マーク夫妻アダナ・プレス倶楽部訪問

DSCN4796  <Mark マーク & Christine クリスティーヌご夫妻、アダナ・プレス倶楽部を訪問>
2014年06月25日の夕方、アメリカの若き活字鋳造工/マーク(Mark Sarigianis) & クリスティーヌご夫妻がアダナ・プレス倶楽部を訪問されました。

マークは学生時代にはグラフィックデザインをまなんだそうです。ところがアメリカではすでにグラフィックデザインで食べていくことはとても難しい状況にあり、卒業後、地元のビール会社に就職。そこで資金をためて、三年前からサンフランシスコの活字鋳造所に活字鋳造工として勤務しています。
クリスティーヌはマークとは同郷で、幼児教育のスペシャリストとして勤務する傍ら、趣味として版画製作に取り組んでいるそうです。
夕方から仕事を終えた活版カレッジ修了生の皆さんがつぎつぎとかけつけました。そこでのマーク夫妻との一問一答です。

  • アメリカでは趣味で活字鋳造をしているひとはたくさんいるが、商売として営業している活字鋳造所は、現在三ヵ所のみである。
  • マークとおなじ活字鋳造所で働いていた先輩も、最近独立して、自分で活字鋳造をやっている。将来はマークも活字鋳造所としての独立を目標としている。
  • 活字母型製造が頭痛の種である。アメリカでは活字母型製造所は現在一ヵ所稼動しているが、技術には難点がある。
  • 流行の強い印圧に関しての意見。
    クリスティーヌ : わたしは版画みたいで好き! わたしの場合は活字がどんなに磨滅しても、マークがいくらでも鋳造してくれるから大丈夫 ♡
    マーク : 活版印刷の製作は、自分の好きにやれるのが魅力。でもあんなに強い印圧では活字が全部つぶれてもったいないね。
    カードを印刷するひとは「bite impression」が好きみたいだけど、僕は本を印刷するから「Kiss impression」で印刷しているよ。

活版カレッジ修了生の皆さんがあらかたそろったところで、新宿駅東口の和食のお店に移動。ビール大好きのマークは日本のビールに舌鼓。
ふたりは来日の前に中国を旅してきたそうですが、あちらではスパイシーな中国料理が続いたそうで、辛くない日本料理のやさしさを堪能していました。

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その後、活版カレッジの「飲ュニケーション担当」のY島氏と、アメリカの活版印刷所に留学経験があり、英語が堪能なE子嬢といっしょに、夜の新宿の街へ消えていかれました。
活版印刷とお酒が好きな仲間同士、言語の壁を越えた楽しい一夜となったようです。
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翌日は、活版カレッジ修了生のM像氏と一緒に、飯田橋の凸版印刷博物館、佐々木活字さん、活版アトリエ愛花(あいか)さんを訪問されました。

M像氏は、活版カレッジ終了後に、シルクスクリーンと活版印刷のブランド「DODO ドードー」を立ち上げたばかり。少しずつ活版印刷の受注も増え、佐々木活字さんには、活字の買い足しの際にいつもお世話になっています。
http://thedodo.jp/

「活版アトリエ 愛花(あいか)」さんは、お父様が長年活版印刷所を営んでおられましたが、その後デジタルの印刷方式に移行されて、現在ではお仕事としては使用されなくなっていた活版印刷機材一式を、娘さんが趣味として再活用したいという目的のもとに、活版カレッジを受講されました。
お父様によって長年使いこまれた活版印刷機器は、いまや世代をこえて、「活版アトリエ 愛花」として復活しています。

<以下の写真は M像さんのご提供です>

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マークは特に、日本とアメリカの活字鋳造の違いや共通点、アメリカにくらべてコンパクトな日本製の印刷機などに興味津々。時間を忘れて熱心に説明に聞き入っていました。
マーク夫妻にとって、日本の活版印刷実践者の皆さんとの熱い交流は、多くの収穫と、思い出深いものとなったようです。

【会員からのお知らせ】 杉本昭生 小型本の世界 Ⅲ

アダナ・プレス倶楽部会員、京都在住の杉本昭生さん製作の小型本(いわゆる豆本)紹介の第三弾です。今回は以下の三冊をご紹介します。

◎ 杉本昭生小型本 第11作 『 漢 詩 抄 』
◎ 杉本昭生小型本 第12作 『 百人一首 抜粋 』
◎ 杉本昭生小型本 第13作 『 死生に関するいくつかの断想 』(小泉八雲)

ともすると小型本の製作者は、なにより小型であることと、装本のおもしろさにこだわりがつよいあまり、そのテキストや、読書のための判別性と可読性を失っていることがみられます。
ところが杉本さんは、もともと読書家ですので、たとえ小型本であろうと、テキストを厳選し、みずからも読み、読者にも読んでもらおうというつよい意志を感じます。
ところで、いつの間にか杉本昭生作品を収納していた容器がいっぱいになっていました。小型本、ちいさいながらもおそるべしですね。

お送りいただくたびに添付されている、杉本昭生さんの味わいのある「製作メモ」から、テキストの一部を抜粋して、写真とともにご紹介します。
なおこの<活版アラカルト>のページは、任意の写真をクリックしていただくと、フォトギャラリーをお楽しみいただけます。
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◎ 杉本昭生小型本 第11作 『 漢 詩 抄 』
今回の製作は『漢詩抄』です。どなたも一度は読んだことがある有名なものばかりです。
この漢詩の一行を書家が書いたように並べてみました。
文章はあちらこちらからの寄せ集めなので、その道に詳しいひとがご覧になったら
不自然さは歴然です。
長い漢詩は一部を割愛しました。ついでにいうなら署名も落款もいい加減です。
かさねてご寛恕のほどを。

4457 4460 4462 4461◎ 杉本昭生小型本 第12作 『 百人一首 抜粋 』
ご存じのように『百人一首』は平安時代から鎌倉時代の歌人、百人の歌を
一首づつ選び集めたもので、それぞれの時代を代表する歌が収められています。
もとより古典の知識があるわけでなく、ほとんどが勝手な解釈による現代文ですし、
おふざけです。
杞憂ながら、試験などでこの現代訳を書くとあなたの印象が悪くなります。
ご注意を。
さっと目を通してさっと忘れる、そんな程度のできだと思っています。
ものすごく暇なときに読んでください。

4466 4467 4469◎ 杉本昭生小型本 第13作 『 死生に関するいくつかの断想 』
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)著/林田清明訳
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、明治23年に来日し、明治37年に
54歳で亡くなるまでの14年間に、日本人の民族性や精神性をテーマに
多くの著作を残しました。
『死生に関するいくつかの断想』は、ハーンが見聞した事実を通して
当時のひとの死生観を考察したものです。
今回は、というか、今回も紆余曲折があり、思いもよらない体裁になりました。
今更ながら本づくりの難しさを実感しています。
────────────────────
本情報を掲載後、杉本昭生さんから含蓄あるメールをいただきました。
ご了承をいただき、下記にご紹介いたします。

アダナ・プレス倶楽部の皆さま

今回も拙作を掲載していただきありがとうございます。
御社のサイトで紹介されている洗練された作品群に比べると、わたくしの作るものなどはまったくお粗末で、恥ずかしい限りです。

しかし自分以上の事ができるわけでなく、好きな物語や言葉を集め伝えていきたいと思っています。
実際、小さなエピソードに人生が凝縮されている事もあります。
以前報道番組で、団地に住む一人暮らしの老人がインタビューに応えていました。

「ええ、一週間以上誰とも話すことがない時もありますね」
「最近誰かと話したことは?」
「二三日前スーパーで」
「何て」
「袋ください」

東京に行くことがあれば、ぜひご連絡の上またお訪ねしたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

向暑の砌 ご自愛専一で
杉本昭生

【リンク:アダナ・プレス倶楽部ニュース 杉本昭生 小型本の世界Ⅰ】
【リンク:アダナ・プレス倶楽部ニュース 杉本昭生 小型本の世界Ⅱ】

中国 上海の活字製造と活版印刷関連情報 ── 畠中結さんからのご報告

Letterpress07 Letterpress12 Letterpress10 Letterpress08 Letterpress06 Letterpress05 Letterpress04 Letterpress03 Letterpress02 Letterpress《上海郊外にある、実際に稼働している活字鋳造所》
上掲写真は、おそらくわが国でははじめて紹介されたものとおもわれる。撮影は今春に、この活字鋳造所を訪問された楊 黙さんによるものである。
まだ中国では〈活版ルネサンス〉のうごきは少ないようであるが、写真でみる限り、この活字鋳造所には10台以上の活字鋳造機があるようにみられる。
また「活字母型タンス」もしっかり管理されているようであり、もう少し中国における〈活版ルネサンス〉の動向が顕著となって、活版造形者が増加すれば、ふたたび活性化することは可能のようにみられる。

西欧諸国からもたらされた近代印刷術に関していえば、わが国では「江戸期通行体 お家流」の可読性と判別性がひくかったために、明治新時代民衆の旺盛な読書需要にこたえるために、連綿形ではなく、一字一字が独立して、また明確な矩形による明朝体活字を中心とした活字版印刷に積極的であった。
それにたいして、清国末期から中華民国時代(明治時代から大正初期)の中国では、まず膨大に存在した古文書の影印本(古文書の文面を写真術によって、製版・印刷した複製本)の製作に熱心で、石版印刷の普及に意欲的だったという相異がみられた。

そんな社会風潮もあって、中国における活字版印刷術の開発と普及は遅延したが、1920年代の後半からの新中国では、教育制度の改革と、民衆のリテラシーの向上が国是となって、活字製造と活版印刷は急速に普及した。
中国での近代活字開発の風景を振りかえると、ともかく楷書体をおもくみて、真四角でありながらも、書写の風合いをのこした「軟体楷書」の系譜の活字の製造に熱心であった。この系譜の楷書体は、わが国には昭和前半に津田三省堂などによってもたらされ、商品名「正楷書体」として知られるものが代表である。

また北宋から南宋の刊本字様、あるいは刊刻工匠たちによる工芸書風としての「聚珍倣宋版、倣宋体-わが国の宋朝体」の開発に集中していたようである。

その反面、「宋体-わが国の明朝体」、「黒体-わが国のゴシック体」の開発には消極的であった。[この項の参考資料:『楷書体の源流をさぐる』 p.84- 林 昆範、朗文堂]
──────
ともあれ、現代中国でも活版造形者が増加するかたむきをみせはじめている。楊 黙さんのスタジオにも、中国メディアの取材が盛んだとお聞きした。ここに声を大にして、字の国、漢字の国、中国の活字鋳造所の復活を望みたいところである。
できたらことし中に楊 黙さん・畠中さんをおたずねして、この活字鋳造所を訪問したいものである。

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<在時間的某処>, Somewhere in time, ある日どこかで。

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 《上海のアダナ・プレス倶楽部会員、畠中結さんと楊 黙さんの再紹介》
ことしのはじめのころ、旧正月(春節)の休暇にあわせて来社された、畠中結さん・楊 黙さんご夫妻を紹介しました。そのときにおふたりは〈操作指導教室〉を受講され、その後は小型活版印刷機も本格始動がはじまったようです。
そんなおふたりを応援するために、ここに楊 黙氏のWebSite の情報を中心に、
おふたりをご紹介します。【リンク:YANG MO】。

最初に掲げた版画は、漢字が簡化体になっています。日本式表記ですと「在時間的某処」となります。
「<在時間的某処>は、英語では<Somewhere in time>、日本語では<ある日どこかで>となります。── 畠中」
とても夢のあるよいことばですし、すばらしい版画ですね。

〈 EXHIBITIONS 〉

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楊 黙  Yang Mo ┊ 1980年中国うまれ
中国上海在住。日常生活のすべてを芸術、デジタル・デザイン、版画製作に捧げているアーティスト。
楊氏は南京芸術大学を卒業し、そののち版画製作の最先端の研究を、ドイツ中央部、芸術と大学都市、カッセル(Kassel)で続行した。同地で日本から留学中の畠中 結さんと知り合い結婚した(中国では夫婦別姓がふつう)。
中国に帰国後は上海にアトリエを開設して、中国各地でいくつかの展覧会を開催した。また2012年の東京TDC賞にも選ばれている。
楊氏はおもにデジタル・デザイナーとして活躍しているが、常に彼自身の版画作品をつくって、現代中国では顧みられることの少ない、あたらしい版画芸術を提案し続ける、意欲にあふれる造形家である。

〈 SELECTED WORKS 〉
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【 再 録 】 エッ、いまごろお正月 !? 上海在住の会員がご来社。

恭賀新年 新年快楽有ーあけましておめでとうございます。

《2014年01月31日、上海在住のアダナ・プレス倶楽部会員がご来社に》

もうすっかりお正月気分の消えた01月31日[金]、上海在住のアダナ・プレス倶楽部会員で、Adana-21J のユーザーでもある、畠中 結さん・楊 黙(Yang Mo  1980-) さんご夫妻が来社されて、「Adana-21J 操作指導教室」を受講されました【リンク:YANG MO】。
おふたりは留学先のドイツで知り合われて結婚されましたが、中国では夫婦別姓なのでそれぞれの姓をもちいておられます。上海では畠中さんは商事会社に勤務、楊さんは版画家として活躍されています。

畠中・楊ご夫妻は小型活版印刷機 Adana-21J を一昨年暮れにご購入されましたが、これまで来日の機会がなく、操作指導教室の受講が延び延びになっていました。それでもこれまでにたくさんの@メールのやりとりがあり、はじめてお会いしたとはおもえないほど会話がはずみました。
また今回は、中国では入手難な活版印刷関連資材や機器もたくさんご購入。幸い畠中さんのご実家が京都にあるため、これまでの Adana-21J などの輸送と同様に、ご実家に送付して、ほかの荷物といっしょに船便輸送となるようです。
【初掲載:アダナ・プレス倶楽部ニュース 2014年02月10日

【会員からのお知らせ】 ヒロイヨミ社の(本)

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ヒロイヨミ社の(本)
 
2014年5月7日[水]-5月29日[木]
13:30-18:30
日・月・第3土曜(17日)休み
 
於:ウィリアム モリス
珈琲&ギャラリー
渋谷駅から徒歩約6分
150-0002 渋谷区渋谷1-6-4 Tea Neat 2F
電話 03-5466-3717
──────
山本伸子さんの自己紹介
「 ヒロイヨミ社の(本)」という展示をします。

これまでに作ったもの、あたらしく作っている『白の詩集』、いずれも、コーヒーをのみながら、ゆっくりお楽しみいただけたら、とおもいます。
【詳細情報:ブログ http://hiroiyomu.blogspot.jp/

山元伸子= 1972年、富山県高岡市うまれ。 大学卒業後、書評紙の編集者を経て、ブックデザインの仕事をしています。 季節のアンソロジー「ヒロイヨミ」の制作・発行と並行して、製本作家・都筑晶絵さんと一緒に ananas press として本を作っています。 近況などは、こちらで。     https://twitter.com/hiroiyomisha

手製本・活版印刷……Atelier Bomami Open!

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Bonami

ボナミについて

杉山聡 三木葉苗 三木咲良 のトリオ。
神奈川県の小さな港町、真鶴のアトリエで
手製本、活版印刷などを用いた本や紙のものを制作しています。

Bon ami(ボナミ)はフランス語で「なかよし・良き友だち」の意味。
私たち3人は、はじめて出会ったその瞬間から仲良しになりました。
そのことが、私たちの人生でいちばんの彩りです。
浮き沈む日々も、ただ、こう言います。「私たちは Bonami(なかよし)です。」

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海の幸、山の幸にめぐまれた、神奈川県の
真鶴マナヅル町に、杉山聡 三木葉苗 三木咲良の、おさんかたからなるアトリエ、〈Atelier Bonami 〉-なかよし-がオープンしました。
〈Bonami 〉はアダナ・プレス倶楽部会員で、小型活版印刷機 Adana-21J のユーザーでもあり、アトリエをオープンした直後から、きわめて意欲的な活動を展開されています。
また WebSite も充実した、美しいものになっていますし、facebook にも豊富なコンテンツが掲載されています。
会員の皆さまも、これから、よきお仲間〈 なかよし  Bonami 〉としてご交流をお願いいたします。
[ 資料提供 Bomami ]   【 リンク : Bonami 】

【展覧会】 片岡知子さん 《てぬコレ2014「果物」展》

てぬコレ2014「果物」展
*と   き : 2014年4月25日[金]-4月29日[火・祝]
*会      場 : tray  東京都渋谷区代々木4-20-4
TEL : 03-6677-1999  www.tray.jp
*時   間 : 12:00-19:00(最終日17:00まで) 期間中無休
*主     催  : てぬコレ http://www.tenukore.com/

◆てぬコレ新作8柄 参加クリエイター
片岡知子・サダヒロカズノリ・高安恭介・中村幸代
のぐちようこ・羽多野光・村田善子・山田タクヒロ
──────
なんだか「果物」が気になります。
てぬぐいの柄が「果物」だと、どんな気分になるのでしょうか。
今年の「てぬコレ」の新作は、「果物」がテーマです。
8人8様のユニークで美しい「果物」をご賞味ください。
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《八朔ゴムはん-片岡知子さんから、情報提供をいただきました》
第一回の〈活版凸凹フェスタ〉から連続参加されていた、〈八朔ゴムはん〉の片岡知子さんが、
〈てぬコレ2014「果物」展〉に参加・出展されます。
〈八朔ゴムはん〉のWebSiteには、Vimeo 動画も新設されています。
〈てぬコレ2014「果物」展〉の詳細は、主催者情報とあわせて
〈八朔ゴムはん〉の情報もぜひともご覧ください。

片岡知子さん
1975年  カラカス生まれ
1979年  東京/さくら幼稚舎に転入
1998年  大学/彫刻科卒業
2002年  個展 手紙展(彫刻/自庭)
2004年  八朔ゴムはんの活動始
2007年  八朔ウェヴサイトをひらく

【イベント紹介】 活版、横濱、2014

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活版、横濱、2014
【日  時】 2014年4月19日[土]-20日[日] 10:00-18:00
【会  場】 象の鼻テラス  横浜市中区海岸通1 丁目
【入場料】  無 料
【主  催】 活版、横濱、実行委員会
代表 : 株式会社築地活字
詳細URL : http://tsukiji-katsuji.com/kappanyokohama/
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象の鼻テラスに『ウマ』がくる!
活版印刷のイベントです。
活版印刷のワークショップや展示、 活版印刷製作物の販売を
横浜・象の鼻テラスという開放的な明るい空間で。
活版印刷の現場で使っている『ウマ』と呼ばれる棚に鉛活字が並びます。
普段はみることのできない、職人の実演(1日に2-3回を予定)、
来場者による活字棚から文字を「拾う」文選体験や
活版印刷機『テキン』、『アダナ』による活版印刷体験
新・活字ホルダーなどによる簡易印字体験。
関連資料、組版、紙型の展示など。
活版印刷を体験できるワークショップをご用意しています。
[資料提供:株式会社築地活字]

【良書紹介】 黒滝哲哉『美鋼変幻-たたら製鐵と日本人』 & 『活字-記憶鉛與火的時代』

DSCN3440『美鋼変幻 【たたら製鉄と日本人】』
黒滝哲哉著
日刊工業新聞社 2011年03月28日
定価:1,800円(本体価格)
ISBN978-4-526-06657-3
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たまたま火と金属に関するふたつの図書を読んだ。
『美鋼変幻 【たたら製鉄と日本人】』の著者:黒滝哲哉氏は、「財団法人日本美術刀剣保存協会 略称:日刀保 ニットウホ たたら」の有力メンバーである。

わが国では古来、製鉄術として「たたら製鉄法」【ウィキペディア:たたら製鉄】によってきた。同書「はじめに」によると、

「たたら製鉄とは、(一操業ごとに)粘土で築いた炉に、原料を砂鉄とし、燃料に木炭を用い、送風動力に 鞴 フイゴを使用して、きわめて純度の高い鉄類を生産する日本古来の製鉄技術をいう」
としている。
この技術は奈良朝時代に本格化し、明治初期に西洋式溶鉱炉の導入によって衰退したが、いまなお日本刀作刀などのための必須の原料として、島根県の山中で、年に三度ほど製造されているという。

「日刀保たたら」では、粘土をこねて炉を築き、三昼夜、間断なく、木炭およそ12トン、砂鉄およそ10トンを灼熱の高温で燃焼させつづける。
その間、かつては、鞴フイゴを踏み、風を送る、「番子バンコ」と呼ばれる係りのものがいて(現在では電動モーター)、決まった時間ごとにかわることから、「かわりばんこ」ということばがうまれたとする。
そして2.5トンほどの「鉧 ケラ」、すなわち良質な鉄の原料をとりだすことになる。そのときせっかく築いた炉は、一気に壊されてしまうという。-ひと操業ごとに-とは、そうした意である。

この不眠不休の三昼夜を見守り、工匠が終始礼拝を欠かさないのは、製鉄の神とされる「金屋子神」である。黒滝氏は「金屋子神」を女神として紹介し、「かなやご-しん」と濁って紹介している。また、製鉄だけではなく、「産業の守護神」としてひろく信仰をあつめてきたとし、地域により「金山さん・金屋神・荒神さん・稲荷さん」と呼ばれているとしている。

東京築地活版製造所の活字鋳造工、鋳物士(俗にイモジ)が信仰していたのも「金屋子神」であり、「火の象徴としての太陽の勢いが、もっとも衰微する冬至の日」に際して、「鞴フイゴまつり、蹈鞴 たたらまつり」を催し、「一陽来復」を祈念し、従業員にはミカンを配ってきたことはしばしば紹介してきた。
東京築地活版製造所の源流は、幕府時代の「長崎製鉄所」にあり、創業者の平野富二(1846-92)も、16-23歳のとき、そこに所属していたが、「長崎製鉄所には製鉄の設備は無く、むしろ大規模な鉄工所としたい」(『平野富二伝』古谷昌二)ともされている。
黒滝氏も指摘されていることだが、古代製鉄法が紅蓮の焔を必要とし、その祭神「金屋子神」を、やはりフイゴやたたらを用いて、高熱を必要とした、活字鋳造工、鋳物士たちも信仰するようになったようである。

◎ 花筏 A Kaleidoscope Report 002:『活字発祥の碑』をめぐる諸資料から 2010年11月08日
◎ 花筏 タイポグラフィあのねのね*012 平野富二と李白 春夜宴桃李園序 2011年08月03日
◎ 花筏 朗文堂-好日録012 アダナ・プレス倶楽部 新潟旅行Ⅰ 2013年10月09日
◎ 花筏 平野富二と活字*02 東京築地活版製造所の本社工場と、鋳物士の習俗 2013年10月21日

『美鋼変幻 【たたら製鉄と日本人】』は、技法書ではなく、むしろ産業史であり、文化・文明論をかたって興味ぶかい。ご一読をおすすめする次第である。
なお、「日刀保たたら」の作業場は、危険があり、また神事にちかい作業でもあるので、見学・撮影は制限されている。詳しくは同書巻末に紹介されている。
なお、たたら製鉄法と金屋子神に関しては、多くの画像をもちいて紹介している【島根県安来市和鋼博物館 たたらの話】も参照してほしい。

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『活字 記憶鉛與火的時代』
周 易正 編
行人出版社 廖 美立
ISBN 978-986-90287-0-7
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台湾の活版印刷の現状をよく伝える図書 『活字 記憶鉛與火的時代』 を、日星鋳字行の張 介冠代表にいただいた。
原題 『活字 記憶鉛與火的時代』 はすこしわかりにくいので、《活字-鉛と火の時代の記憶》、あるいは副題としてつけられた 《Remembering the Letterpress Printing in Tiwan》 としたほうがわかりやすいかもしれない。

日星鋳字行(行 は お店の意)は台湾唯一の活字鋳造所である。活字鋳造所とはいいながら、日星鋳字行では、鋳字(活字鋳造)、検字(文選)、そしてときには排版(組版)までをおこなう。
張 介冠さんは、独自の活字母型製造法をもちいて、「活字母型製造」と「活字鋳造」をにない、游 珠(親しみをこめて シュおばさま ≒ 阿 珠姐)さんが検字(文選)作業をになっている。

同書によると、台北市・台南市を中心に、台湾には16ヶ所の「活字版印刷所」があり、排版(組版)と活版印刷業務にあたっている。活字の供給は当然日星活字鋳造行である。まだページ物印刷も多いが、紙型鉛版をもちいず、活字原版刷りが多いとする。印刷機器は、日星鋳字行をふくめ、その設備の大半は日本製である。
『活字 記憶鉛與火的時代』は、第一部「職人的記憶」と、第二部「活著的様貌-創新、活用與保存」からなり、附録として「字體様本」が綴じこまれている。
第一部はいくぶん懐古的だが、第二部は、活版印刷を活用しながら保存する-創新-という、台湾行政府の方針をうけた構成となっている。
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『活字 記憶鉛與火的時代』をお持ちいただいたのは、台湾活版印刷文化保存協会  柯 志杰(カ シケツ)さん。朗文堂 アダナ・プレス倶楽部と、日星鋳字行の張 介冠さん、游 珠さん、そして柯 志杰さん、支援にあたっている台湾大学の有志とは親しくお付きあいいただいている。
今回の柯 志杰さんの来日でも、様様なご相談をいただいた。いずれも困難な問題ではあるが、台湾では「活版印刷を活用しながら保存する-創新-」の取り組みに積極的である。アダナ・プレス倶楽部も「活版ルネサンス」の旗を掲げて前進している。お互いに協力していきたいものである。

《活版凸凹フェスタ2012》会場にて。左:日星鋳字行  張 介冠(チョウ-カイカン)代表
右:台湾活版印刷文化保存協会  柯 志杰(カ シケツ)さん

 ◎ 花筏 朗文堂好日録-025 台湾の活版印刷と活字鋳造 日星鋳字行 +台湾グルメ、圓山大飯店、台湾夜市、飲茶 2013年01月22日

アダナ・プレス倶楽部の皆さん。台湾・台北市の日星鋳字行にて 

中国の友人/年賀状の交換を巡って 原 博 さんの〈夢〉&北京点描

DSCN0787 DSCN0784DSCN0793上 ・ 中〉 中国の名門大学 清華大学美術学院副教授 原 博 先生(中央ショートヘアのかた)
下〉 「老北京-ふるき よき 北京」にある「胡堂 フートン」の情景の絵画。 硝子ケースがテカッテマス。ご容赦を。
adana年賀adana年賀宛名面アダナ ・ プレス倶楽部リンク : アダナ・プレス倶楽部 2014年(平成26)年賀状

今年 [2014年] の年賀状は、ライト兄弟の1903年(明治36) 飛行実験の写真を亜鉛凸版で、そしておなじ年に誕生した、24pt. フランクリン・ゴシックの活字を用いて、ライト兄弟の兄、ウィルバーのことばを活字組版しました。

  動力がなくとも飛ぶことはできる。
  しかし、知識と技術なしには
  大空を翔けることはできない。
         ――  ウィルバー ・ ライト ――

動力のない、手動式の活版印刷機をもちい、不自由で限られた活字を駆使して、
活版印刷の知と技と美の研鑽をつづけている、アダナ ・ プレス倶楽部会員の皆さまへ ——
活版印刷の普及と存続のために、アダナ ・ プレス倶楽部の機材の製造と供給を
支えてくださっている、おおくの職人の皆さまへ ——
すべての、身体性を伴なった「ものづくり」の現場の皆さまへ ——
感謝と尊敬と応援の意を込めて、今年の念頭のご挨拶に代えて、このことばを贈ります。

《きっかけは、『 VIVA!! カッパン♥ 』 を購入したいとのご希望であった 》
——やつがれこと 片塩二朗 wrote
大石が年度末対応でおおわらわなので、代わってやつがれがアダナ ・ プレス倶楽部の〈活版アラカルト〉を訪問。
皆さんのお名前を出したので、やつがれ 片塩二朗 も本名で記述させていただいた。

中国で北京大学と双へきをなす名門大学、清華大学 美術学院 副教授 原 博 先生とご交誼をいただくことになった。
そのきっかけは 『 VIVA!! カッパン ♥ 』 (アダナ ・ プレス倶楽部 大石薫編著 朗文堂 ) のご購入であった。

ここのところしばしば中国にでかけている。 中国、北京、ひろしといえども、活字製造業者はほぼ消滅し、活版印刷実践者は、現状では日本より少ないようである。
ところが国土がひろいだけに、「つぶやきクン」 「顔本クン」 のたぐいの中国版がさかんで、やつがれと大石が中国にでかけると、北京どころか、上海、西安、成都など、ひろい中国の、せまい活版印刷実践者のあいだに、瞬時に情報が伝わるらしい。
原 博先生もそんな数少ない活版実践者のおひとりである。だからウカウカできないのだ。

ことばの壁があるにせよ、中国の活版印刷実践者のあいだでは、『 VIVA!! カッパン ♥ 』 は単なる活版作品集ではなく、実践に役立つ図書とのうれしい評価をいただいている。
原 博 先生も、同書を所有している友人のもとでご覧になって、入手を希望されて@メールをいただいた。

原 博 先生は、中国東北部 ( 旧満州 ) ハルビンのご出身で、大学卒業後に来日され、東京藝術大学大学院にまなばれ、博士号を取得されている。 したがって日本語は流暢であるが、ホテルのロビーで最初の出会いのときに、ちょっとしたハプニングがあった。
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このきのホテルは、紫金城(故宮博物院)と、王府井 ワンフーチン にはさまれた 「 老北京-ふるき よき 北京 」 にある 「 胡堂 フートン」 をすっかり近代化したもので、二階建ての煉瓦づくり、低層階の建物が複雑に入り組んだものだった。
「 胡堂 フートン」 のふるい情景は、ガラスケースがテカって恐縮だが、「 茶館 」 にあったものを上掲写真で紹介した。

このホテルの周辺は景観保存区域であり、高層階のビルは禁止であり、煉瓦の色彩も、おもい灰色で統一されている。
わが国でいうなら、スケールはだいぶちがうが、皇居と銀座のあいだともいえる地区である。 ここは交通が便利なわりに、庶民的なまちで、ホテルの中庭には上掲写真の胡堂でも描かれている、棗 ナツメ のおおきな古木がのこされていた。

その木陰のベンチで、持参した図書 ( 本にあらず-後述 ) を読み、紫煙をくゆらすひとときは、まさしく至福のときとなる。
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ホテルのロビーにて。しばらく三人、たがいを見やって無言。

「 あの~、ハラ 先生でいらっしゃいますか ? 」
「 エ~ッ、オオイシ さんですか ?! 」
ともかく吃驚仰天。 三人ともに、なんの疑いもなく、原  博さん、大石 薫 とは、相互に男性だとおもっていたためのハプニングだった。

やつがれにも@メールをCCで同着していたが、なんの疑念ももたずに 「 原 博 さん 」 は、日本読み 「はら  ひろし 」、中国読み 「 ゲン ハク 」 とでも読むのだろうし、当然男性だとおもっていた。
大石は、名の「 薫 」 を、「 薫 かおる と読めば男性 」、「 薫 かおり と読めば女性 」 という経験をなんどもしているので、さほど抵抗はなかったようだが、女性の原 博先生の登場にはやつがれもおどろいた。
のちほど 「 原  博 」 の読みかたをうかがったが、日本留学時代は 「 ゲンさん 」 と呼ばれていたということであった。 辞書的にいうと 「 原 yuán 博 bó 」 となるらしい。

そんな出会いがあったため、すっかりうち解けて、やつがれのリクエストで、ホテルのカフェではなく、「 タバコのすえる喫茶店~ 」 をめざしてでかけた。 徒歩で05分たらずで、ふるくからの繁華街、王府井 ワンフーチン につくが、ひとでいっぱいの、スターバックスやマクドナルドはあれど、「 タバコのすえる喫茶店 」 はなかった。
結局、清朝時代からつづいている老舗の 「 茶舗 」 の階上に、ふんいきのよい 「 茶館 」 を発見。 茶舗の店頭は混雑していたが、二階の茶館は禁煙ながらすいていた。 そこで撮影したのが上掲03点の写真。

一杯目のお茶をのんで ( これがしみじみとうまいのだ!)、屋外の灰皿にでかけて一服。
そこで考えた。

〈 原先生は 『 VIVA!!  カッパン♥ 』 を清華大の学生にみせるのだろう。 ところで、アダナ ・ プレス倶楽部を中国風に紹介すると、どんな表記になるのかな……。 阿多那押圧印倶楽部 渾名、はたまた艶菜刷印倶楽部かな……〉
などとボォ~と考えていたら、地方からみえたとおぼしき中年の夫婦に、道をたずねられた。つづいて女子高生とおぼしきグループにも地図を片手に道をたずねられる。

やつがれ、鞄を背負っているとめったに間違えられないが、から手でボーッとしていると、しばしば現地中国人と間違えられる。
やつがれのわずか二代前は、信州の山奥、ふるくからの百姓だし、パスポートは真っ赤なのに、新宿の中国料理店などでも、親しげに中国語で話しかけられたりする。 ふしぎであり、中国流なら不可思議である。

くだんの女子高生たちは、
「cやだ~、日本人に道をきいちゃった~」
といって 〈 多分 〉、キャッキャッと笑いながら、隣の灰皿のオヤジのほうに駆けていった。

このときの訪問で撮影した写真を紹介しよう。

DSCN0342 DSCN0338 DSCN1012上) 地下鉄01号線、再開発され、若者の町として急速に発展した、西単駅前にある 「 北京図書大厦ビル 」。 ここには新華書店を中心に、多くの書店が出店している。 従来は王府井の新華書店が北京最大だったが、その数倍の規模となっている。
店内通路はひろく、立ち読みも、座り込み読みもさかんだが、高額図書は鍵つきのケースに入っていて、店員に依頼して出してもらう。 在庫がおおすぎてクラクラする。 あまり大きいのも考えものかもしれない。
客の多くはスーパーの買い物籠のようなものに紐をつけて、店内をズルズルと引っぱってあるく。 購買意欲はきわめて旺盛だった。

店外サインをみると 「 図書(表示は簡体字) BOOKS 」 とあり、このビルでは 「 図書 ≒ 書籍 」 はあつかうが、雑誌はほとんど扱わない。 また「本」には、中国では 「 もとい、基本 」 にちかい意味がつよくあって、「 図書 」 「 書籍 」 とするのが一般的である。
また中国では欧州諸国と同様に、図書にも明確に廉価版と高額版があり、図書 Book と、 雑誌 Magazine も、流通、販売経路が分離している。

下) 雑誌 ・ 新聞類は、ふつう街角のキオスクのようなスタンドが販売している。新旧のお正月をひかえて店頭ははなやかだった。
わが国の 「 本 ・ 本屋 」 という、便利すぎて、意味領域が拡散した呼称は、電子メディアの進展とともに見直されることになりそうである。

DSCN0794 DSCN0813上) ホテルの近くの「 中国風手打ちソバ屋さん 」。 昼間の散策であたりをつけておいて、夕食に飛びこんだ。 大当たりで、安くてうまかった。
オーダーがあってからソバをうつので、時間はかかるが、その間は前菜料理がたっぷりと。 もちろん中国風で、日本蕎麦ではない。 ふつう中国では、大衆レストランでも、「 ラーメン一杯だけ 」 ということはめったにない。

下) 中国の柿。 くだもの ( 水果 ) 屋さんも多い。 カタチが中国絵画でよくみる、いかにも柿らしい姿がおもしろかったので購入。
くだものの難点は、飛行機には、くだものナイフは危険性への配慮から持ちこめないし、どのホテルもやはり安全を配慮するのか、貸すことをしぶること。 洋食用のナイフを借りて、苦労して剥いて食す。 極旨。 くだものは持ち帰れないのが残念である。

DSCN0460 DSCN0462 DSCN0777上) ホテル近くの路地をトコトコと散歩していた狗 モトイ 豚。 首輪もリードもなくて放し飼いだったが、車道には出ないお利口ちゃんだった。 尻尾をふりながらついてくるので  HOUSE !  といったらしょんぼりともどっていった。 この豚は人語がわかるらしい。
ところで、なにせ豚肉料理が大好きな中国のことゆえ、おおきくなったらこの豚ちゃんは……。 心配ではある。

下) 北海公園 閲古楼ちかくの猫。 人なつっこい猫で、しばらくつきまとっていた。
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古今東西をとわず、女性の長~話はつとに知られるところである。
これにはやつがれもほとほと辟易するが、原 博先生との会話は、ときおり筆談を交えて、楽しかったし、きわめて有益だった。

原先生とは、翌2014年01月中旬にも北京で再会した。そのときのお話しでは、中国では間もなく春節 ( 旧暦のお正月 ) になり、大学も休暇になるということであった。

別の友人は、2014年の法定祝日 ( 旧暦の元旦 ・ 春節 ) は01月31日[金]で、休日は01月31日[金]-02月06日[木]の7連休となるが、ともかく春節の前後は、物流もとどこおり、一ヶ月ほどは仕事に集中できないとこぼしていた。
【 リンク : エッ、いまごろお正月 !?上海在住の会員がご来社。& 「老北京のご紹介」2014年02月10日 】

そして、2014年03月10日、原 博先生からうれしいメールを頂戴した。 キーワードは〈 夢 〉。
あらかじめお断りしておくが、大石は昨年年末、航空郵便で年賀はがきをお送りした。そのお返事が03月10日に到着したということ。 なにごとも、のんびり、おおらかなのが中国である。
原 博先生と大石 薫とのメールが、やつがれにも CC 送付されてきたのでご紹介したい。

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大石 薫 様
もうすぐ桜の花咲く季節となりますね。 大石さん、片塩さんはお元気ですか。
大石さんの年賀状が届きました。 春節と冬休みで拝見するのが遅くなりました。
ウィルバー ・ ライトの話、とても好きになりました。ありがとうございます。
確かにこの時代に生きている私たちにとって、知識と技術は重要なことです。
そのほかにもう一つ重要なことは「夢」だと思います。
書体設計と研究は片塩さんの夢で、
活版印刷とアダナ·プレス倶楽部は大石さんの夢で、

デザイン教育は私の夢です。
2014年 夢の実現のために頑張りましょう。
原 博
2014年3月10日
──────── 
原 博 先生
日本の暦では先週の木曜日が啓蟄ケイチツでしたが、
土曜日にはまた雪が降り、今週もとても寒い毎日です。
三寒四温といいますが、今年の東京は、急に18度まで気温が上がったかと思うと、
例年にない大雪が降ったりと妙な気候です。

さて、年賀状到着のご連絡ありがとうございました。
私が航空便扱いで年賀はがきをポストに投函したのは、日本のお正月のときですので、
1月[18日]にまたお会いした際には、すでにそちらに到着していることと思っていました。

時間差があるところが、郵便のおもしろいところだと、あらためて思いました。
電子通信が発達して、遠い外国へも気軽に通信ができるようになりましたが、
紙メディアならではの、このようなのんびりとしたやりとりも、楽しいですね。
なにより、無事に年賀状が到着して安心しました。

片塩はよく、タイポグラフィには 「 知 」と 「 技 」と 「 美 」 のバランスが大切だといいますが
原先生のおっしゃるとおり、何事にも 「 夢 」 はとても大切ですね。
またお会いできる日を夢見て、楽しみにしております。
ご連絡と、素敵なお言葉をありがとうございました。

朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部
大 石  薫(かおり)
2014年3月11日

アダナ・プレス倶楽部 恒例「餅と餃子の会」 and More

《ご報告が遅れました! 2013年12月某日 アダナ・プレス倶楽部 餅モッチ 餃子の忘年会》
どういう訳かお餅が大好きな会員が多い〈朗文堂 アダナ・プレス倶楽部〉。
遠方の会員のかたのご参加がむずかしいのは残念だが、〈新潟山山倶楽部〉なども結成され、各地で「○○ アダナ・プレス倶楽部忘年会」を開催されているようである。
報告が遅くなりましたが、年末恒例の〈アダナ・プレス倶楽部 餅と餃子の会―餅モッチ 餃子の忘年会〉の模様を紹介いたします。DSCN1593 DSCN1630 DSCN1640 DSCN1636最初に到着されたのは小酒井さん。ふだん調理などはまったくされない社長業の小酒井さんに、大石が、皮むき器とおおきな大根を渡ししながら、
「コレ、使い方はわかりますか?」
とたずねたところ、
「はい。去年ここではじめて使ったのでわかります」
との返答。そうであった。一昨年末のアダナ・プレス倶楽部忘年会でも、小酒井さんに大根おろしの製作担当をお願いした。小酒井さんはさっそくエプロンを着用され、いささかおぼつかない手つきで、大根の皮をむき、すりおろし作業を開始。

写真を見ると、このころのエプロンのカラーはまだ、俗称「ケロンパ・エプロン」とされた、あかるい緑色である。わずかな期間とはいえ、もはや懐かしいものとなった。
クリーニングと染めなおしを経て、再生した濃緑色のエプロンを着用し、郷里の北陸にもどられた正成みゆきさん製作「巨大 凸凹 スタンプ」を手にしているのは大石薫。したがってカメラマン不在となり、やおらやつがれの出番となった。
使命感に燃えて懸命に撮影したが、どういうわけか首から上がフレームからはずれてしまった。他意は無い。ただカメラが苦手なだけである。

〈アダナ・プレス倶楽部 餅と餃子の会―餅モッチ 餃子の忘年会〉では、餅も撞くし(最近は機械だけど)、餃子の皮も、練りからはじまり、本格的なフリルつき? 具材もすべて手づくりである。
アダナ・プレス倶楽部宴会部長の異名をもつ、真田幸文堂と横ちゃんは、このときばかりは黙黙と具材製作に励む。真田幸文堂は餃子の皮を練り、ちねって、伸す係り。横ちゃんは、餃子の具を練り込み、小分けし、詰め込む係り。
ふたりの熱中と沈黙をよそに、その間(横目でチラチラ、そして無視)女性陣はお酒を片手に、旺盛な食欲を発揮。そしてにぎやかに談笑。
上) 〈朗文堂花筏 画像検索〉で常時上位にランクされている横ちゃん。台湾夜市 士林 名物巨大フライチキンを食す。 【リンク:朗文堂好日録-025 台湾の活版印刷と活字鋳造 日星鋳字行 +台湾グルメ、圓山大飯店、台湾夜市、飲茶 2012年10月06-08日】

ところでここの写真には、たれよりも餅好きな、雨と酒の神:バッカス松尾の姿がみられない。バッカス松尾は年末の残業で、あらかたの料理が無くなり、雑煮の餅もトロトロとなりかけたときに駆けつけた。
ところで小酒井さん、この時期の週末は忘年会数件を掛け持ちで大忙し。今年も巨大大根をすり下ろしたところでタイムアウト。昨年と同様に、餃子も餅も食さぬまま、名残惜しそうに次の会場へと出かけられた。

アダナ・プレス倶楽部 Website には飲食の情景が多いが(一部で顰蹙)、まぁたまのことでもあり(しばしばという説も)大目にみていただきたい。
以下順不同で、年一回、製作の苦しみ ? から解放されて、お餅と餃子とお酒を楽しまれている会員の皆さんを、アダナ・プレス倶楽部Websiteの奥座敷ともいえる、ここ「アダナ・プレス倶楽部コラム欄」に紹介したい。
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DSCN1629 DSCN1628 DSCN1626 DSCN1624 DSCN1622 DSCN1621 DSCN1612 DSCN1611 DSCN1602 DSCN1631────────
それから数日後、アダナ・プレス倶楽部会員:田中智子さんの誕生日。ご本人のご希望で、ひっそりとケーキ・パーティ。こうして2013年は暮れていったのでした。
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南岸低気圧大暴れ。かつては台湾坊主といった。ドカ雪2連発。降参です。

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まさに春嵐、春の嵐。二週にわたって連続した豪雪の被害にあわれた皆さまにはお見舞いもうしあげます。

本来雪があまり降らない太平洋側に、春先にドカ雪が降ることを、最近は南岸低気圧というようだが、かつては「台湾坊主」と呼んでいた。
天気図をみると、台湾あたりから隆起した低気圧が、ちょうど坊さんの頭のように急速に突起して、北方の寒気団と衝突して、太平洋岸にドカ雪をもたらすかららしい【リンク:ウィキペディア 南岸低気圧】。

やつがれ、今回のドカ雪のすべては雨男:バッカス松尾と、おシッシ~:猪瀬直樹がいけなかったのだと、勝手におもっている。
気象庁は降雪量こそ、ここまでの大量な積雪をみることはよみちがえたが、割りと正確に南岸低気圧の襲来を予測していた。

それなのにバッカス松尾こと、別称:雨男松尾は、一回目のドカ雪が降った02月08日[土、先負、針供養]に、「谷中掃苔会」を召集していた。やつがれなぞ、
「私大の入試のころには、ドカ雪がくるから、今回は『掃苔会』はやめたら」
といいつづけたが、前夜まで雨男松尾は強行態勢でいた。結果は雨どころか雪で、案の定中止だった。

[タイポグラフィ・ブログロール:花筏]より —— モト東京都知事・猪瀬直樹氏は、やつがれと同じ倶楽部で、部室においてある海水パンツは歴代部員につたわる? 共用品で、しかも一級後輩であった。
田舎の高校の下級生なぞは、一生、死ぬまで後輩なわけで、あのアグラッ鼻からお~シッシと呼んでいた【リンク:朗文堂-好日録020 故郷忘じ難く候】。
或る夏の日、部室の全員が一斉に「陰金田虫」になった。局部露出、全員ならんで下半身某所に赤チンを塗って、フゥーフゥ~とやったのは、かれのおかげといううたがいもある。たかだか5千万どころの騒ぎではない。

それにしても、お~シッシはあいかわらず気のちいさいやつで、こらえ性もなく都知事の椅子を抛り投げた。おかげで善良な有権者たるやつがれは、02月09日[日]、くるぶしをこえる積雪のなか、都知事選の投票所まで足をはこんだ。中学の校庭は意外に広く、滑らないように雪を踏みしめながら、
「バカタレ、お~シッシめ、開き直って叩かれることも我慢できんのか。こらえ性の無い奴だ!」
と、内心罵りながらあるいた。

DSCN2606

もともと豪雪でなる、信州飯山の出身であるから、ひと夜にして丈余の雪がつもることは珍しくない。
上掲の写真は2014年01月16日、羽田から北京へのフライトの際に富山県か岐阜県あたりの上空から撮影したもの。このときは典型的な西高東低型、冬型の気圧配置で、画面左側:日本海側には雪雲がはりつめ、山稜をこえた太平洋側は、気温は低いものの快晴だった。

そもそも日本列島の日本海側を「裏日本」というのが、ガキのころは気にいらなかった。なぜ日本海側、太平洋側ではなく、裏日本、表日本というのか不満だった。
しかもおなじ長野県でも、飯山市を中心に豪雪地帯であったが、わずか30キロほど離れた長野市では埃がまっていることが多かった。

ニキビ面の高校生のころ、飯山をでるには長靴が必要で、長野では革靴だった。いまのように貸しロッカーがあるでもなく、埃のまう長野市内を長靴であるくことは、ニキビ面の多感な高校生にとっては、かなりな屈辱感があった。
餘談ながら、お~シッシ:猪瀬直樹もこの飯山でうまれ、長野市でそだった。

DSCN3272 DSCN3267 DSCN3281 DSCN3266 DSCN3263 DSCN3262 DSCN3284 02月14日[金、バレンタインデー]、前回にもまして大量の雪がふった。会社でモタモタしていたら、電車が停まってしまった。運良く滑り止めのタイヤを履いたタクシーがきて助かった。その間にすっかり躰が冷えてしまったので、ふだん気にもとめなかったラーメン屋をみつけて飛びこんだ。

店の前の植え込みが、蔵王の樹氷のようになっていた。店内には天狗の面がたくさんあり、気のよい店主で、なにかとはなしかけてくる。まもなく閉店時間とのことだったが運良く滑り込めた。担担麺を食す。旨い。
しばらく店内でタバコをふかしていたら、いつの間にか雪がやんで煌煌と月がでていた。降雪の直後に月が出ると雪融けがおそくなる。そんな冴え冴えとした冬の月をみながら、雪国の友人たちの顔をおもいうかべていた。ノー学部は暇をもてあまして撮影ごっこ。
店をでて、あらためて看板をみたら「ラーメン てんぐや」としるしてあった。

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はじめての京劇鑑賞*そのⅡ 老北京 梨園劇場

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《2014年01月16日[木]、商用にて北京を訪問》
羽田発09:25 全日空NH1255便でのフライトだった。だから早朝から目をこすりながら羽田にかけつけた。
チケットはネットで安いチケットをとったため、ルックJTBの団体チケットだという。団体旅行は苦手なので抵抗したが、空港からホテルまで送ってくれるし、ともかく安いのだという。
むかしはこの団体送迎バスがくせ者で、お土産物やなどに連れていかれて閉口した。

羽田-北京までのフライト時間は、羽田-北京がおよそ4時間、北京-羽田がおよそ3時間半となる。重度喫煙依存症のやつがれにとって、この4時間の禁煙強制は限界にちかい。近いようで遠いのが中国である。往復に差があるのは偏西風の影響によるらしい。
機内ははやくも春節(旧正月)で帰省する中国のひとで満員。機内いっぱい賑やかに中国語が飛びかっていた。
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JTBの団体ときいていたが、同行は吾吾ふたりだけで、出向かえてくれたガイドと、運転手つきの10人乗り、おおきなマイクロバスがおもはゆい。道中心配していた土産屋に寄ることもなく、無事北京城地内の日航ホテルこと、「京倫飯店 JINGLUN HOTEL」に直行。
ここ数回、北京のホテルは「胡堂 フートン」を改造した、あたらしいペンションのようなところに宿泊していたので、大型ホテルはかえって落ち着かない。

ホテルで荷物をとき、ホッとしたのは夕方の04時ころだが、日本と中国には1時間の時差があるので、現地時間ではまだ午後3時ということになる。そこで部屋に備え付けの、おめでたい蝙蝠コウモリ模様でいっぱいの茶器で、午後のお茶を一服。
DSCN2775 DSCN2777 DSCN2782《午後の散策 「中国国際貿易中心センター」、「国貿飯店ホテル」。クリスマスとお正月がいっしょに 》
日航ホテルこと、ホテル「京倫飯店 JINGLUN HOTEL」では、さすがにBSテレビでNHKがみれたが、せっかくの中国でテレビを、ましてNHKをみてもつまらない。そこで晩ご飯のレストランを探しながら、ホテルの周辺を散策することにした。
「京倫飯店 JINGLUN HOTEL」は地下鉄01号線、永安里駅と国貿駅の中間で、どちらからも徒歩で5分ほど。国貿駅は「中国国際貿易中心センンター」と直結している。

なにぶん昇竜の勢いの中国だから、地下商店街には世界の有名ブランドが競って出店していた。かつてわが国の銀座や新宿の繁華街を占拠していたこれらの店舗は、こんなところに移動していたのかと驚いた。
そんな一画に、紀伊国屋のような高級食材店があって、そこには日本の食材、それも生鮮食材がたくさん列んでいた。育児用粉ミルクなどは日本製が多いとはきいていたが、お菓子はもとより、日本製をうたった野菜や果物が豊富にならんでいた。

「中国国際貿易中心センンター」は、東京ビッグサイトというか、幕張メッセのように広大な敷地であり、しかも地下街を中心に歩いたので、地上にでたら方向を見失って、併設の「国貿飯店ホテル」に入ってしまった。
脚が棒になってくたぶれていたので、ホテルのロビーでしばし休憩。
なかなかにして豪華なホテルだったが、ロビーに燦然と黄金色に輝く、一対の「金の成る木」がデンと鎮座していた。あまりに正直というか、いかにも現世利益を重くみる中国ならではの風景だった。
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 《梨園劇場でふたたび京劇をみる》
北京城区前門の近く、梨園劇場(宣武区永安路175号前門建国飯店1階 公演時間:19:00-20:40)にいった。ここは前回の湖廣會館とはちがって、近代ホテル「建国飯店」の一階にある劇場である。
こちらも客席は閑散としていた。開演前に役者のメイク実演などもあり、わかりやすいといえばそれまでだが、なにか違うなという感じ。やつがれは、役者は舞台でこそ勝負して欲しいし、楽屋や楽屋裏なぞはみたくもないほうであるから……。
ただしわが国の「京劇 口コミ」では、楽屋までいって役者と写真まで撮れた……など、湖廣會館より好評だった。

DSCN2643 DSCN2639 DSCN2660 DSCN2632 DSCN2624 DSCN2646 DSCN2685 DSCN2701 DSCN2706 DSCN2699 DSCN2695 DSCN2699 DSCN2693湖廣會館とおなじく、やつがれ、シモテ最前列で観劇した。残念だったのは弦楽器はこれみよがしに前面にでてきていたが、京劇の最大の魅力、煩いまでに鳴り響き、役者とともに演技を盛りあげる打楽器はテープで流れていた。したがって役者は、テープのリズムに無理やり合わせて躍っていた。
歌舞伎でいう「荒事」のように、動きが激しいうちはまだよかったが、後半の「世話物」のような、ゆったりとした芝居となると、テンポも、リズムも崩れており、メリハリにも欠けて、もういけなかった。
ありていにいうと、やつがれ後半はいつのまにか眠っていた。

《友人に前夜の芝居をこぼしたら、こんど本当の京劇をみせてくれるという……》
翌日[金曜日]は早朝から夜まで仕事だった、その合間に昨夜の京劇鑑賞のことをはなしたら、
「北京には、湖廣會館、長安大戯院、正乙祠戯楼、梨園劇場などで京劇をやっていますが、これらは観光客向けです。こんど、民衆の、本当の京劇にご案内しましょう」
といってくれた。友人は最初は版画印刷や石版印刷の専門家だったが、いつのまにかすっかり活版印刷術 ≒ タイポグラフィに方向を転じてきている。嬉しくもあり、困ったものでもある。

結局友人は翌日の休暇、土曜日一日を、やつがれらといっしょに「老北京 —— ふるき よき 北京」をたずねて、ガイドブックには載らない各所をいっしょにあるいた。
別れ際に、ちいさな本『毛首席最新指示』を手渡してニヤリとした。
「あのころはいささか暴走したけど、面白いことが書いてある。しかもこの図書のおもしろいところは、毛首席が好きだった活字書体で組んであることです」
毛沢東が好きだったという活字書体……。これはいずれ詳しく紹介したいが、ここにはとりあえず、『毛首席最新指示』を紹介しよう。
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はじめての京劇鑑賞*そのⅠ 老北京 湖廣會館

中国北京の京劇劇場、湖廣會館(湖广会館、Huguang Huiguan 中国北京市宣武区虎坊路3号 日本語予約:85892526 公演時間:19:30-20:40)は、1807年の開設というから、わが国では江戸中期、文化4年の開設ということになり、世界でももっともふるい劇場のひとつとされている。
また京劇の名役者として名をのこした 梅 蘭芳 (メイ・ランファン、1894-1961)もこの舞台にたっていたという。DSCN0457 DSCN0456 DSCN0354 DSCN0369 DSCN0363 DSCN0360 DSCN0355外観からはわかりづらいが、湖廣會館は中国によくみられる様式で、奥にいくほど、ひろく、おおきくなる。
劇場は三層、観客定員一千人ほど。
かつてこの建物で、1912年(明治45年・大正元年)に、ラストエンペラー、清朝宣統帝・溥儀にかわり、辛亥革命に成功した孫文らが北京に乗り込んで、「国民党決議会議」をひらいた場所としても知られている【リンク:中華民国の歴史】。

もともと、芝居、コンサート、バレエなどを、ナマで、劇場でみるのが好きである。歌舞伎の世界には、松本錦吾(三代目 1942-)という悪友がいて、何人かの役者とも親しかったので、しばしば改築前の歌舞伎座にかよった。それがやつがれ、数年前に破傷風での高熱がもとで特発性難聴(原因不明とされる難聴)となり、ほとんどのライブ公演や演奏会から遠ざかっていた。
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商用のためにときおり北京を訪問している。午前10時に相手先の会社を訪問するためには、前日の出発となり、その夜は現地宿泊となる。なにか中途半端な気分で時間をすごす。
老北京 —— ふるき よき 北京の風情をたずねて、ホテルの近くを散策したり、旨いレストランをたずねるのも一策だが、ひさしぶりにライブ好きの蟲が騒いだ。
「そうだ、まだ京劇をみたことが無いなぁ。時間もちょうどいいし、きょうは京劇をみよう」
DSCN0397 DSCN0402 DSCN0398 DSCN0399tori DSCN0414案内された席はシモテ(舞台向かって左側)の最前列。料金はお通し? つきでJP¥3,000位から。観劇はなにも最前列でなくてもよいが、シモテ側が好きである。歌舞伎でもそうだった。
役者はカミテに向かって大半の見栄をきるが、その際カミテ袖にひかえた楽隊と視線を合わせながら、絶妙のタイミングでカミテにむかって見栄をきる。その呼吸の見合いを見られるのはシモテの観客の特権である。

舞台におけるカミテとシモテは、演者と観客では逆になるのでわかりづらいが、俗にピアノ演奏会にたとえて「ピアニッシモ」とされる。ピアノの演奏者が座るのはシモテで、グランドピアノはカミテに向かって設置されるからであろう。
音を聴くだけならカミテがよいが、ピアニッシモで演奏者が繊細に鍵盤を操作するのをみれるのはシモテ側である【リンク:上手と下手】。かつて松本錦吾氏は、ときおり桟敷席の切符をゆずってくれた。
「カミテの桟敷と、シモテの桟敷、どっちにする?」
「シモテがいいな」
「オッ、ツウぶっているな」
そんな会話が懐かしい。ただしシモテ桟敷に座ると、花道での役者の演技のほとんどを、お尻だけをみることになるのは残念だが……。
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京劇は18世紀中国での発祥とされる。にぎやかに酒を呑み、食事をしながら、かけ声も盛大に飛びかって、舞台と観客が一体となって盛りあがったそうである。それがご多分にもれず、文化大革命のときに京劇も批判にさらされ、まだ本格恢復にはいたっていないようであった。
湖廣會館には、レストランをはじめ諸施設があって、ひとは多かったが、劇場は写真でご覧のように、やつがれらのほかには日本人の姿は無く、隣席にイタリア人のグループ、ドイツ人の老カップル、後部席に10名ほどの中国人程度の観客で、役者と楽隊の人数のほうが観客より多いほど閑散としていた。

舞台袖には電光掲示板があり、中国語と英語で粗筋が表示されていた。演目もわかりやすい、平易なものを選んでいるようだった。それでもそんな掲示板の表示をみるまでもなく、ともかく熱演で、文字どおり汗が飛びちるのがありありと見てとれた。
帰国後にネット上の「京劇 口コミ」をみたが、意外なほど辛口の批評が多かった。こういうところに投稿するひとは、わが国の歌舞伎や文楽を見たうえで投稿しているのだろうかとおもえた。
もし読者の皆さんが京劇を鑑賞されるのなら、あらかじめ加藤 徹トオル 《はじめての京劇鑑賞》 【リンク:加藤徹/はじめての京劇鑑賞】のご一読をおすすめしたい。とてもわかりやすく説いてある。
やつがれは、ともかく何度も鳥肌がたつような感動におそわれた。

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観劇のあと、隣接している大衆レストランに飛びこんだ。中国の長江(揚子江)、淮河ワイガより北では、米はほとんど収穫できず、おもに麦を育てている。したがって北京では、お米より饅頭 マントー が主食となる。これがまた旨いのである。DSCN0453 DSCN0448 DSCN0450小籠包、野菜炒め、お茶をオーダーした。野菜炒めは旨かった。
ところが……、メインディシュ ? として出てきた小籠包がこれ! 小籠包というよりも、肉饅頭ニクマントーではないか!? しかも最少量を注文したはずであるが……30個もあるではないか !? 
唖然としたが、食べたら旨かったので4ヶを食した。のこりはパックに入れてもらってテイクアウト。

アメリカと中国、ともにレストランでのボリュームにはおどろかされる。もちろん一部ではあるが、アメリカ人はそれをあたりまえのようにペロリと平らげ、そして「命がけのダイエット」として、朝な夕なにランニングをしたり、投薬にまで頼っている。
ところが中国人は(もちろん一部ではあるが……)、それを平然としてのこす風がある。
どちらもよくわからない……。 こうして北京の第一夜は更けていった。あすは早朝から仕事がまっている。