カテゴリー別アーカイブ: 未分類

【展示会】 株式会社エヌ・ビー・アール(古澤省吾代表) 新ブランド “LINEN & BASIC” を立ち上げ IFFT 2017 に出展

20171113175823_00002 20171113175823_00001
株式会社エヌ・ビー・アール(古澤省吾代表)は、このたび 新ブランド “LINEN & BASIC” を立ち上げ、IFFT 2017(インテリア ライフスタイル リビング 2017)に 出展されます。
“LINEN & BASIC” は、リネン製品を使った暮らしの心地よさを、シンプルに表現するブランドとして、独自の商品づくりのもと、インテリア & ホームウェアまでのさまざまなカテゴリーのなかで、リネンのやさしさを実感していただける商品を幅広く企画し、提供するとされ、このたび IFFT 2017 展示会 でデビューする運びとなりました。

展示会  IFFT 2017 インテリア ライフスタイル リビング 2017
日  時     11月20日[月]-22日[水] (3 日間)
時  間  10:00-18:00(最終日は17:00まで)
会  場  東京ビックサイト 西 1 ホール   EVERYDAY / KITCHEN LIFE   C25 ブース
出展名  LINEN & BASIC / 株式会社エヌ・ビー・アール
* 入場には登録券と名刺二枚が必要です。

──────────
Linen Shop Cadeau 屋 (かどや)

Linen Shop Cadeau 屋 (かどや)は、1998年に創業した商社、
株式会社エヌ・ビー・アールが運営をしております、リネンの専門店です。

リネンはフラックスという亜麻科の一年草から採れます
フラックスの種蒔きは、春
場所はおもに亜寒帯
土が乾燥しぎず、日当たりが良いところ
ほぼ100日が過ぎた夏、青紫の可憐な花をつけ
朝早くに咲いた花は、お昼までには散ってゆきます

やがてタネを実らせたフラックスは
夏の風にカラカラと音を立て
収穫の時期を知らせます
刈り取られて地面にしばらく寝かせられたあと
茎を梳いて繊維が取り出され、リネンが誕生します
リネンの花言葉は “ 感 謝 ”
リネンのお店 Cadeau 屋 (かどや) へようこそ。

亜麻の花 古澤省吾さん2017.08.15resized[1]左) 字 遊 斎                      右) 古澤省吾さん

[ 関連情報 : 【研究会】 糸・紙・繊維・布 ─ 原 啓志さん 亜麻の花と亜麻の種

【展覧会】 gggギャラリー マリメッコ・スピリッツ 11月15日[水]-2018年01月13日[土]

20171102180241_00003 20171102180241_00004
ギンザ・グラフィック・ギャラリー第363回企画展

マリメッコ・スピリッツ
パーヴォ・ハロネン / マイヤ・ロウエカリ / アイノ=マイヤ・メッツォラ

2017年11月15日[水]-2018年01月13日[土]
会 場
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
開館時間 11:00 a.m.-7:00 p.m.
休 館 : 日曜・祝日・12月28日[木]-1月4日[木]
入場無料
──────────
オリジナリティ溢れるデザインと色彩センスにより、日本をはじめ世界各国にファンを持つマリメッコ。職人の手技と近代的な工業化の融合がはじまったフィンランドに、明確なヴィジョンと鋭い感性を持った女性、アルミ・ラティア(1912-1979)が登場し、マリメッコが誕生しました。
彼女は才能あるデザイナーを発掘する能力にたけており、1951年の立ち上げ当初からデザイナーが自由に創作意欲を発揮できる環境を整え、時代を超えて愛され続けることとなる代表的なデザインパターンを次々と生みだしていきました。
制作されたパターンひとつひとつに名前をつけ、デザイナー名と制作年をテキスタイルに明記する革新的な伝統は、作家の創造性を大切にする理念とともに、今日まで受け継がれています。

自然界の美を取り入れ、シンプルなものづくりで日常生活を豊かにしてきたフィンランドのデザインは、日本人の多くに共感され、愛されてきました。そんなフィンランドと日本とが共鳴し合える感性とはどこにあるのか、改めて見つめ直す展覧会となります。

【 詳細情報 : ggg ギャラリー

【特別委託販売】 タイポグラフィ学会 『タイポグラフィ学会誌 10』 販売開始

20171003175832_00001
『 タイポグラフィ学会誌  10 』が刊行されました。

タイポグラフィ学会は、タイポグラフィという技芸に学問的な基盤を与え、その成果を実技・実践を通して社会に貢献することを目的に、2005年8月に設立されました。
『タイポグラフィ学会誌』は2007年に創刊、今回が10号となります。

『 タイポグラフィ学会誌  10 』の主要内容
  • 論 文 : 『「資生堂書体」とその源流としての「雪岱文字」― 小村雪岱と資生堂意匠部』
    タイポグラフィ学会会員 真田幸治
  • 研究ノート : 『わが国への凹版印刷機導入期における凹版印刷機についての考察』
    タイポグラフィ学会会員 大石 薫

これらの研究成果が、日本国内にのみならず、各国の研究者によって広く参照されタイポグラフィ研究の発展に寄与することを希望するとともに、『タイポグラフィ学会誌』が今後さらに、タイポグラフィの研究における特色ある媒体として成長していければと考えております。
タイポグラフィ学会
──────────
◎ 『タイポグラフィ学会誌 10』
特別委託販売 朗文堂ブックコスミイク

・ 非会員向け頒布価格 : 1部 3,000円(送料・税別)
・ 学生向け頒布価格 : 1部 2,000円(送料・税別)
 * 学生証明書の提示が必要です。

株式会社 朗 文 堂
160-0022 東京都新宿区新宿2-4-9

E-mail : 朗文堂 ブック・コスミイク robundo@ops.dti.ne.jp » send email
Telephone : 03-3352-5070    Facsimile : 03-3352-5160

【展覧会】 徳島県立近代美術館 「美術×本 = 楽しさと多様性」展

20171010161824_00003 20171010161824_00004

 徳島県立近代美術館
「美術 × 本 = 楽しさと多様性」展
【会    期】 2017年8月26日[土]-10月9日[月・祝]
【会    場】 美術館 展示室 3
【主    催】 徳島県立近代美術館
【休館日】 毎週月曜日 月曜日が祝日の場合は翌日
──────────
美術と本をテーマに、当館のコレクションからピカソやシャガールらの20世紀の挿絵本、現代のアーティストブック、徳島出身の木版彫刻師・伊上凡骨(いがみぽんこつ)の作品を展示します。
さらに仕掛け絵本やさわる本、当館制作の鑑賞教材絵本、少部数の自主制作冊子 ZINE の紹介など、美術と本の楽しい関係をさぐります。
徳島県立図書館の開館100周年を記念した企画です。

【 詳細 : 徳島県立近代美術館

【WebSite紹介】 明治産業近代化のパイオニア 平野富二 ── 長崎の町司について ── 杉山徳三郎、平野富二の朋友

6e6a366ea0b0db7c02ac72eae00431761[1]明治産業近代化のパイオニア  平野富二生誕170年古谷昌二さんuu
furuya07 furuya08

{明治産業近代化のパイオニア  平野富二生誕170年を期して結成された<「平野富二生誕の地」碑建立有志会>の専用URL{ 平野富二  http://hirano-tomiji.jp/ } では、同会代表/古谷昌二氏が近代活版印刷術発祥の地長崎と、産業人としての人生を駈けぬけた平野富二関連の情報を意欲的に記述しています。
ご訪問をお待ちしております。
──────────

古谷昌二ブログ
探索:平野富二の生まれた場所
町司長屋の前にあった桜町牢屋
町司長屋に隣接した「三ノ堀」跡
町司長屋の背後を流れる地獄川
矢次事歴・平野富二祖先の記録
矢次家の始祖関右衛門 ── 平野富二がその別姓を継いだ人
長崎の町司について
⑧ 杉山徳三郎、平野富二の朋友

【展覧会】 笹井祐子展 ─ BOTÁNICO ─  ギャラリー f 分の1

20170703190704_00003 20170703190704_00004笹井祐子展 ─ BOTÁNICO  ─
ギャラリー f 分の1
7月19日[水]-29日[土] * 24日[月]休廊
11:00-18:30(初日は13:00より/日曜・最終日は17:00まで)

【 詳細 : 笹井祐子URL  ギャラリー f 分の1 】 {文字壹凜 まとめ

【根岸 子規庵】正岡子規生誕150年|─ 座って、横になって、子規の目線になれる唯一の史跡 ─ 根岸子規庵|2012年6月

siki01 siki02ごてごてと 草花植ゑし小庭かな
──この小園は余が大地にして 草花は余が唯一の詩料となりぬ 子規庵──
正岡子規(俳人・歌人 1867─1902)「小園の記」より

正岡子規生誕150年を記念して、根岸子規庵の内部撮影が許可になりました。
撮影した写真は個人使用のみで、商用使用は従来どおり許可申請を。
撮影時にはほかのお客様に迷惑がかからないように十分ご注意下さいとのこと。

最寄り駅の鶯谷駅からはしばらくは、すこし残念な風俗街をあるくことになりますが、そこはひとの煩悩のなせるところです。しばしの我慢をして、梅雨晴れのおりにでも、子規が好んだ朝顔やヘチマのぶらさがる根岸の子規庵と、お向かいの書道博物館をおたづねください。

[ 詳 細 : 子 規 庵 書道博物館 ]

【展覧会】 町田市立国際版画美術館|企画展 戦争・版に刻む記憶

matida01 matida02
町田市立国際版画美術館
企画展 戦争・版に刻む記憶

◯ 会   期  2017年6月24日[土]- 7月23日[日]
◯ 開館時間  平日     10:00-17:00(入場は16:30まで)
土日祝  10:00-17:30(入場は17:00まで)
◯ 休  館 日     毎週月曜日休館、ただし7月17日[月・祝]は開館、翌18日[火]は休館

◯ 会     場  第 1 企画展示室
観  覧 料  一般 600円、大学・高校生と65歳以上 300円
──────────
戦争の悲惨な光景を、画家はくりかえし版に刻んできました。その中でも代表的な作品とされる、ジャック・カロ、フランシスコ・ゴヤ、オットー・ディックス、3人の画家による銅版画集をご紹介します。

 戦争は人間の歴史とともに繰り返されてきました。Wikipedia で「戦争一覧」を検索してみると、紀元前から21世紀まで主要な国際紛争だけで 350 もの戦争がリストアップされています。その中でも、カロが描いた30年戦争、ゴヤが描いたナポレオン戦争、ディックスが描いた第一次世界大戦は、広範な地域を巻き込み、人々を無差別に襲い、社会や思想を根底から変えてしまったとりわけ巨大な―そして酸鼻を極めた戦争として記憶されてきました。

 戦争は 「複数の集団の間で行われる紛争の武力解決」 と定義でき、その本質は何千年も前から変わっていないといえるでしょう。しかし、3 人の画家の作品をていねいに見ていくと、時代によって戦争のあり方が違っていることが分かります。さらに時代ごとの美術の表現方法の違いがかさなり、作品に反映されています。

その一方で、彼らは共に「戦争」という主題にひきつけられ、悲惨な様相を執拗なまでに版に刻んでいます。それははたして、戦争の悲惨さを後世に伝え、人間の愚かさを訴えかけるためだけだったのでしょうか ―― なぜ画家は「戦争」をくりかえし版に刻むのか、120点の作品に探ります。

【 詳細 : 町田市立国際版画美術館 】  {文字壹凜 まとめ

【映画】 神保町シアター/生誕百五十年企画『夏目漱石と日本の文豪たち』-文学を映画で愉しむ

20170220165634_00001 20170220165634_00002 20170220165634_00003生誕150年記念  夏目漱石と日本の文豪たち
文学を映画で愉しむ――
神保町シアター
上映期間:2017年3月4日(土)-31日(金)
──────────
2017年は、文豪・夏目漱石の生誕150年にあたる記念すべき年です。
神保町シアターは本の街の名画座として、これまでも文芸作品を原作とする映画を中心にプログラムを組んできましたが、今回はその集大成ともいうべき文芸映画特集を開催します。
古くは、夏目と同じ時期に活躍した森鴎外や泉鏡花、芥川龍之介といった、まさに「文豪」の名にふさわしい面々から、昭和以後の太宰治、井上靖、そして戦後に活躍した三島由紀夫、遠藤周作まで、近現代文学の名作を選び抜きました。

日本を代表する映画人らが手掛けた日本文学の映像化作品は、活字で愉しむのとはまた違った側面を持つ、新たな芸術の誕生といってもよいでしょう。
読んでから観るか、観てから読むか―劇場のシートに腰を沈め、作品の世界にどっぷりと浸る、濃密な時間をお過ごしいただきたいとおもいます。

【詳細:神保町シアター 生誕150年記念  夏目漱石と日本の文豪たち

マリメッコ展【marimekko ─ Design, Fabric, Lifestyle ─】 Bunkamura ザ・ミュージアム

20170206233926_00005 20170206233926_00006フィンランドを代表するデザインハウス、マリメッコは1951年、アルミ・ラティアによってヘルシンキで創業されました。
テキスタイルデザインを学んだのち、広告代理店で経験を積んだラティアのもとに才能あるデザイナー達が集い、優れたデザインと巧みなPR戦略によって、60年代には世界的なブランドへと成長していきます。
マリメッコが生み出す布地の柄は、多くがフィンランドの伝統的なモチーフや自然に着想を得つつ、大胆でカラフル、抽象的なデザインでした。そうした柄の映えるシンプルなカッティングの服は、高い人気を呼びます。
その後製品は家庭用品やインテリアにまで展開され、マリメッコは今日、日本を含む世界中で絶大な人気を誇っています。

本展は、ヘルシンキのデザイン・ミュージアムの所蔵作品から、ファブリック約50点、貴重なヴィンテージドレス約60点、デザイナー自筆のスケッチ、各時代の資料など、計200点以上を通して、マリメッコの60年にわたる歴史をたどり、個性あふれるデザイナーの仕事ぶりと活躍を紹介する、国内初の大規模な展覧会です。

【詳細:Bunkamura ザ・ミュージアム

【根津美術館W展示】 国宝 燕子花図屏風展につづき強力企画連発 コレクション展/鏡の魔力 特別企画/若き日の雪舟

img_exhibition_mirrors[1]コレクション展
鏡の魔力
村上コレクションの古鏡

特別企画

若き日の雪舟
初公開の「芦葉達磨図」拙宗の水墨画
──────────
◯ 会      期   2016年5月26日(木)-7月10日(日)
◯ 休  館  日  月曜日
◯ 開館時間  午前10時-午後5時 (入館は午後4時30分まで)
◯ 入  場  料    一般1100円、 学生[高校生以上]1000円 *中学生以下は無料
◯ 会   場  根津美術館 展示室 1 ・ 2
──────────
【 展示室 1 】
鏡の歴史は古く、中国では新石器時代に青銅鏡の製作がはじまりました。人々は鏡を人の心までをも映し出すなど、霊的な存在ととらえていました。それだけに、鏡の背面(鏡背)の文様には、当時の世界観や願いがこめられました。
本展では、平成22年(2010)に村上英二氏より寄贈された「中国古鏡コレクション」から、天地のなりたちや神仙の世界、長寿や多産といった現世的な幸福を願う吉祥文様などをもつ約70件の名品をご覧いただきます。

【 展示室 2 】
室町時代を代表する画僧・雪舟等楊(せっしゅう とうよう)は、30代後半までは拙宗等揚(せっしゅう とうよう)と名乗っていました。
その拙宗時代の作品で、長らく所在不明となっていた「芦葉達磨図」が米国で発見され、日本での修復を終えました。
本展覧会はこの「芦葉達磨図」を初公開するとともに、雪舟時代の作品も加え、「若き日の雪舟」をクローズアップするものです。拙宗時代をテーマとした初の本展覧会が、雪舟の前半生に光をあてる機会となれば幸いです。

根津美術館 次の展覧会 】

ことしは明治産業近代化のパイオニア― 平野富二の生誕170周年{1846年(弘化3)8月14日うまれ}

平野富二平野富二は、弘化3年8月14日(新暦 1846年10月4日)長崎奉行所町司チョウジ 矢次豊三郎・み祢の二男として長崎引地町で出生。幼名富次郎。
1861年16歳のとき長崎製鉄所機関方見習いとなり、機械学を伝習。
1872年、数えて27歳のとき、長崎丸山町安田清次・むらの長女古まと婚姻。
引地町の生家をでて長崎外浦ホカウラ町に家を購入して移転。同年2月平野家を再興し平野富二と改名届出。

同年七月、東京に新妻古まほか10名の社員を同道して上京し、活版製造出張所、のちの東京築地活版製造所を設立。
ついで素志であった、造船、機械製造、土木工事、鉄道敷設、水運開発、鉱山開発(現IHIほか)など、在京わずか20年の間に、わが国近代産業技術のパイオニアとしておおきな業績をのこす。
1892年(明治25)12月3日脳出血で逝去。 行年四七

平野表紙uu 平野DM表 DM裏再【 詳細 : 朗文堂ブックコスミイク

{新宿餘談}「片」の字問題も片付いていないのに、こんどは「塩」の字が

20160331161026161_0001片塩の印鑑2[1]花筏 2011年12月31日という妙な日に
新・文字百景*003 いろいろ困っています「片」の字
をしるしたことがあった。

2011年はあの大地震の年。同時に「住民基本台帳カード 住基カード」の普及期でもあった。「住基カード」はいまのところ、事業者以外はあまり取得しないようであるが、消費税などの電子納税には、通称「電子政府書体」をもちいている住基カードが必要で、カタシオが通常しるしている「片」の字は、図版のように五画であるが、住基カードではOCRの都合上らしいが、字画は四画でなければならないことをしるした。

ところが最近、中国や台湾・香港の友人・知人が増えるにつれて、「塩」の字も大いに問題になってきた。やつがれは字体と字種問題にはあまり踏み込まないようにしているが、各国・各地での「片塩」の表記は以下のようになる。

日本 常用漢字    「片塩 U+5865」
中国 簡体字        「片盐 U+76D0」
台湾・香港 繁体字  「片鹽 U+5869」

中国の友人からのメールの「片盐」だと、なにか頭髪を抜かれたようで上部がさびしい。台湾の繁体字だと頭が重くなるし、なによりもやつがれは字書無しでは書けない。
ここで面白いのは、台湾・香港などで使用する繁体字の「鹽」は、日中ともにほとんど読み書きができないレベルまで使用が減っているが、異体字(日本は旧漢字とも)として温存していることである。

かたしお カタシオ 片塩 片盐 をつなぐのは 片鹽 なのである。ヤレヤレである。
片鹽二朗

────────── この問題についてアドビ システムズ  山本太郎氏よりのコメント紹介

現在の文字コードの標準的な体系は、ISO/IEC 10646及びそれと等価のUnicodeが広く普及しています。そこでは、その規格のAnnex S.に定義されている包摂規準に従って、ある文字とある文字が別の文字であるか、同じ文字であるかを判断しています。
ISO/IEC 10646は基本的に一つの文字に一つのコードを割り当てる規格です。なので、通常、異体字等の微妙な形状の差異は文字コードでは指定できません。

ある文字と同じ文字とみなすことのできる文字の形状の微細な差異については、(1)タイプフェイス・デザインの差異としてフォントの実装によってその差異を再現するか、(2)互換漢字に登録することによって、その形状を指定可能にするか、あるいは、(3)字形選択子(VS)という特殊な文字コードを標準の文字コードに付加して特定の登録済みのIVD(漢字字形データベース)コレクション中の文字の特定形状を指定可能にするか。おおむねこれらの方法が用いられます。

(1)の方法は文字コードとは無関係の、フォントに依存した方法で、(2)の方法は種々の運用上の問題が指摘されており、最近ではあまり行われません。(3)の方法が、現在の主流の方法となりつつあります。ただし、これには、IVDコレクションをUnicode Consortiumに登録する必要があります。

しかし、塩、盐、鹽 の場合には、日本と中国と台湾(及び香港)がそれぞれに、それぞれの文字を国家の定めた規格として必要としている文字であり、それぞれ別々の文字として別々の文字コードが割り当てられています。
したがって、少なくともISO/IEC 10646(Unicode)に関わる限りは、それらの3つの文字は別個の文字として取り扱われ、混同が生じる問題はありません。

以上、「塩」の文字について私見まで。  山本太郎

アダナ・プレス倶楽部 2016年 年賀状のご紹介

2016絵柄面2016宛名面アダナ ・ プレス倶楽部の年賀状は、例年、数ある欧文活字を時代性によっていくつかのカテゴリーにわけ、それを歴史順に一書体ずつ選択して製作してきました。
これまでの年賀状では、ブラック ・ レター、ヴェネチアン ・ ローマン、オールド ・ ローマン、トランジショナル ・ ローマン、モダン ・ ローマン、エジプシャンを経て、一昨年よりサンセリフのカテゴリーに入りました。

一昨年は 「 グロテスク ・ サンセリフ 」 の 「 フランクリン ・ ゴシック 」 を使用、昨年は 「 ネオ ・ グロテスク 」 の 「 ヘルベチカ 」をもちいました。 
ことしの年賀状の活字は、 絵柄面に「ヒューマン・サンセリフ」とされる ユニバース 55, 12 pt. を組版・印刷しました。宛名面はゴシック活字、8 pt. を中心としています。
──────────
ユニバース活字の製作者 : アドリアン・フルティガー(Adrian Frutiger 1928-2015)は、20世紀の壮大な Univers 宇宙 をキャンバスとし、鮮烈な Meridien 子午線 に軌跡をのこしたひと。 Univers,  Meridien,  OCR – B などの不朽の活字設計をなし、オルリィ空港、シャルル・ド・ゴール空港、パリ地下鉄道のサインシステムと制定書体を製作し、旧約聖書にもとづいた記号学の進展にもおおきく貢献したひとでした。

不朽の名作活字として評価のたかいユニバース・ファミリーですが、この書体は Deberny & Peignot 社の関連企業 Photon の写植活字として1957年に登場しました。フルティガー29歳のときの意欲作で、1960年代以降には American Typefouders,  Monotype, Matrotype などから相次いで金属活字、電子活字としても発売されました。
フルティガーは晩年にいたるもユニバース・ファミリーの改刻に意欲を発揮しましたが、2015年9月10日 スイス・ベルンにて逝去されました[詳細 : 活版 à la carte 【追悼】 20世紀後半のタイポグラフィを主導したひと、アドリアン・フルティガー氏逝去 ]。

ファイル:Biosphère Montréal.jpgことしの年賀状は、アドリアン・フルティガーへの追悼のおもいをこめながら、「宇宙船地球号」のことばをひろめ、1967年モントリオール万博アメリカ館の「ジオデシック・ドーム」の設計でもひろく知られる、マサチューセッツ州出身の、思想家、デザイナー、構造家、建築家、発明家、詩人の、リチャード・バックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller, 1895-1983)の「宇宙船地球号」の格言を印刷しました。
[ 写真 : ジオデシック・ドーム(1967年モントリオール万博アメリカ館) ウィキペディアより

活版讃歌<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>Ⅺ エピローグ さぁ会期終了 充電たっぷり 成果多大。来年のイベントに向けてあらたなスタート

record豪農02Viva la 活版 Let’s 豪農の館
【 イベント名 】  Viva la 活版 Let’s 豪農の館
【 展示 期間 】  2015年10月10日[土]-12日[月・祝] 09:00-17:00
【 会       場 】  「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)
           新潟県新潟市江南区沢海 2丁目15-25
【 主       催 】  朗文堂  アダナ・プレス倶楽部

このページはスライドショーでもお楽しみいただけます。

──────────
《 搬入・設営 → 会期 → 梱包・搬出 03日間の会期でしたが、前後05日間の新潟滞在でした 》
DSCN1598DSCN2144 DSCN2145活版礼讃<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>イベントは、10月10日[土]-12日[月・祝]の03日間の会期だったが、前後に搬入・展示日と、梱包・撤収日を設けていた。
10月09日[金]の搬入には既報のとおり、石田さん、横ちゃんに頑張っていただいた。

12日最終日、この日は祝日とあって家族連れの来場者はおおかったが、そのピークがこえた夕刻ちかくなると、東京から駆けつけた会員の皆さんは、
「お先に失礼しま~す」
と次第に帰京されていった。

DSCN2078 DSCN2103 DSCN2115 DSCN2113 DSCN2111イベントのつねとして、それが盛大で成果が大きければ大きいほど、その最後には一種の寂寥感がある。<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>もまさしく終了時間直前まで来場者の切れ目が無く、対応に追われたが、かるい疲労感とさびしさはかくせなかった。

10月12日[月・祝]、定刻の17:00に会場をしめて、いつものように北方文化博物館事務所に閉場の報告と挨拶をして会場を出てホテルのある新潟市内にもどった。
この日の夜、あちこちのホテルに残留していた会員は、真田幸文堂、玉井玉文堂、加久本さん、大石、やつがれであった。
一抹の寂寥感はかくせなかったが、無事にイベントを終了した安堵感もおおきかった。
こんなときでも B 級グルメならお任せの真田幸文堂は、加久本・大石のゆるキャラ好きをおもんぱかって、「安くておいしく、面白いお店」に臭覚をはたらせていた。

DSCN2131 DSCN2134 DSCN2136 DSCN2137 DSCN2141 DSCN214310月13日[火]、イベントは終了したが、きょうは梱包・撤収日。
定刻09:00にホテル宿泊組はレンタカーに相乗りして会場に到着。
まもなく新潟会員の sketch & note 松尾和歌さん、 しおた まこ さん、紙漉サトウ工房 佐藤徹哉 さんもご来場。まずは梱包作業が手際よくすすめられる。その間搬入のときと同様にストックヤードからリヤカーを借りてきて搬出準備。

わずか05日間の期間だったが、この間に秋がふかまりずいぶん風がつめたくかんじられた。
リヤカーを牽引しているのが 紙漉サトウ工房 佐藤徹哉 さん、後方から押しているのが玉井玉文堂である。
昼前にすべての作業を終了。それぞれのカメラで記念撮影。女性はコート姿が しおた まこ さん、茶髪が加久本さんである。

DSCN2150 DSCN2144 DSCN2145 DSCN2166 DSCN2169 DSCN2151IMG_2436 IMG_2433新潟会員と再会を約してここでお別れ。
おもに新潟滞在時間のすくなかった玉井玉文堂のために、小型車であったが五人乗りで、新潟県最北のまち、かつては村上藩の城下町として栄え、現在でも市中に武家町、商人町の面影がのこる村上市をめざしてドライブに出発。

村上の三面川にはいまも鮭が遡上するのだそうである。
江戸時代には城下町であったここでは、切腹を忌み嫌い、腹を二段に分けて切る[止め腹]という独特な切りかたで内臓などを取りだし、丹念に塩をすり込み、およそ一週間置き、流水で塩出ししたのち、風通しのいい場所に二週間ほどつるすのだという。
この鮭をつるす際にも、首つりを嫌い、尾から下げるのが村上流だということであった。

ここはかつて「アダナ・プレス倶楽部 新潟山山倶楽部」のおふたりにご案内いただいたことがあり、「味匠 喜っ川(㐂っ川)」の店の前で、まち歩きにでかける皆さんとわかれて、近くの喫茶店にもぐりこんで、上記の事柄などをまなんだ。
北方文化博物館も昔、JRのポスターに登場しているが、ここの店先もJRの吉永さゆりのポスターでご記憶のかたも多いであろう。
店先でこの暖簾をバックに写真を撮って欲しいというミドルなご婦人の何組かに声をかけられた。そこで、加久本さんも「さゆり風」な一枚をパチリ。
この日はちょうど加久本さんの誕生日とのこと。よい記念になったのでは……。
DSCN2195 DSCN2186 DSCN2189 IMG_2448 IMG_2453 IMG_2454 IMG_2455 IMG_2456ともかく歩くことが苦手なやつがれ、町歩きを敬遠して喫茶店にもぐりこんだのはいいが、入店してすぐ、店にただよう珈琲のにほいが怪しいことに気づき、アイスクリームにしようかと逡巡した。
すこし寒いし、まぁすこしの間だからいいかとおもい珈琲をたのんだが、皆さんなかなかもどらない。その間およそ二時間、結局もてあましていた珈琲を飲みほしていた。

村上はふるい城下町の風情をよくのこしているらしい。「味匠 喜っ川(㐂っ川)」に駆け戻ってきたのは大石ひとり。集合場所をきめて携帯をもたないやつがれを呼びにきた。
これから往路の高速から見つけておいた「ニコタン」をめざして帰途にむけて出発である。

DSCN2199 DSCN2200 DSCN2201 DSCN2210 DSCN2211 DSCN2221 DSCN2223 DSCN2246 これがうわさのニコタンだぁ IMG_2463新潟県新発田市 シバタシ にある「ニコタン」のことは、<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>イベント準備のときから、ゆるキャラや妙なモノ大好きな加久本クン、大石は盛んに口にしていた。
会期中に第一班として、石田さんがドライバーとなって新発田市にある旧新発田藩庭園跡「北方文化博物館分館 清水園」に数名がでかけていた。こちらのチームは年長者が多かったためもあって、「ニコタン」などは新発田では見なかったと報告があった。

ところが第二班ともいうべきわが車輌には、なにぶん加久本・大石という、奇行ではたれにも負けないふたりが同乗していた。だいぶ陽も傾いていたし、アングルのよい場所ではなかったが、高速を新発田インターでおりて、ともかく「ニコタン」撮影だけは達成。
こうして座席指定をしていた玉ちゃん、加久本クン両名を時間どおり新潟駅に送り届けることができた。

レンタカーを返却して、上越新幹線に乗ろうとしたところ、B 級グルメ真田幸文堂が、
「先に帰られた小酒井・春田・田中さんからの情報で、近くにおいしいお店があるようなので、すこしグルメしませんか」
と誘ってきた。
さすが、おとなの贅沢を知っているお三方の推薦だけあって、真田幸文堂セレクトのお店とはまた違った良さのある、美味しいながらもリーズナブルな価格の良いお店であった。
最後にプチ贅沢をして、おもいで一杯の新潟をあとにした。

IMG_2466 IMG_2467 IMG_2468 20151019181135267_0001

ご愛読ありがとうございました。『 VIVA !! カッパン 』 が流通在庫をもちましてしばらく品切れとなります

ヴィバ活版uu
書 名  VIVA !!  カッパン

編 集  アダナ・プレス倶楽部
装 本     B5判 オールカラー 136ページ 並製本 ジャケット付
定 価    2,800円+税
──────────
ほんとうの実践に役立つ活版印刷入門書としてご愛読いただきました
『 VIVA !!  カッパン 』ですが、現在の流通在庫をもちまして品切れとなります。
ここにご報告申しあげますとともに、多くの皆さまのご愛読にふかく感謝いたします。
朗文堂 アダナ・プレス倶楽部では、新機種が加わった Salama シリーズを加えて
引きつづき改定増補版の刊行を予定しておりますが、それまでの間
委託倉庫会社によって販売不適本として保管されていた、一部に欠損のある
数十部の本書を、特売価格で限定直販いたします。
緊急に『 VIVA !!  カッパン 』をご希望の方は、小社担当 まで直接お申し込みください。

【会員情報】 ぢやむ 活版小本の製作者/団塊世代真っ盛り杉本昭生さんと京都太秦広隆寺に弥勒菩薩像をたずねた

ひとり京都で 活版小本 の製作を続けられている杉本昭生さん。
やつがれとは久しぶり、大石ははじめてお会いした。
燈台もと暗し、土地っ子でも太秦 うずまさ 広隆寺にいかれたことがないとのことで付近を散歩。
とおつ國の、ふしぎな佛-弥勒菩薩-像にであったというのが実感。
拝観はほどほどにして、近くの喫茶店で造形談義。
団塊世代の杉本さん、いつの間にか小型本も三〇冊ちかくになり創作意欲益〻旺盛。
杉本小型本は新潟での{Viva la 活版 Let’s 豪農の館}での人気作品のひとつであった。

活版小本
DSCN5643 DSCN5649

 

【展示会】 ドイツとウィーンからやってきた「黒い芸術」

ドイツとウィーンからやってきた「黒い芸術」
2015年11月12日-12月24日
バート・プロヤン × 中村活字
東京 ・ 銀座2-13-7
02nakamurakatsuji_bertprojahn_gruendlichこのたび、銀座の中村活字にて、ドイツ語圏の活版印刷と銅版印刷の作品が展示されます。
これらの作品は、ドイツのバート・プロヤン氏が、日本への訪問に際して選んできたものです。
ドイツ人のデザイナーでタイポグラフィ愛好家でもあるプロヤン氏は、故郷で見つけた特別な作品をスーツケースに入れて運んできました。

これらの作品をご覧いただき、添えられた解説を読んでいただければ、活版印刷という、時代遅れのように見えるテクニックが、とことん(gründlich)作品と向き合い、良心的に研究を重ね、じっくりと考え、丁寧に仕事をしたときに、その限られたオプションを使ってどんなにすごいものを作りだすことができるのか、納得していただけるとおもいます。

【 詳細 : 中村活字 http://www.nakamura-katsuji.com 】
【 詳細 : バート・プロヤン http://www.bertprojahn.de 】

【タイポグラフィ学会】 『タイポグラフィ学会誌08号』刊行披露および第3回本木昌造賞授賞式のご案内

タイポグラフィ学会誌2015年9月19日[土]、タイポグラフィ学会は『タイポグラフィ学会誌08号』刊行披露会および、第3回本木昌造賞授賞式を下記のとおりおこないます。
一般のかたも参加もできますので、参加ご希望の方は(*末尾フォームにご記入のうえ)タイポグラフィ学会のアドレス宛にお申し込みください。

info@society-typography.jp
 
◯ 日 時 : 2015年9月19日[土] 14 : 30-
◯ 場 所 : 東洋美術学校(アクセス:http://www.to-bi.ac.jp/access/
D棟1階 学生ホールにて
 
(*タイポグラフィ学会会員の方は13:00より定期総会があります。C棟1階 C2教室)【 詳細情報・申込フォーム : タイポグラフィ学会 】
──────────
•14 :30-
 『タイポグラフィ学会誌08号』刊行披露 
 執筆者による論文、研究ノートの紹介 *下記参照
•15 : 30-
 第3回 本木昌造賞 授賞式 
 受賞者 : 故阿津坂實氏  *下記参照
•17 : 00-
 懇親会:別会場
 オクド ダイニング カフェ(新宿御苑駅より徒歩2分) 
 http://tabelog.com/tokyo/A1304/A130402/13103203/ 
 参加費:会員は無料(一般参加の方は3,500円になります。*要予約13日まで) 
* 時間は当日の都合により前後する場合があります。 
* 刊行披露および受賞式は参加費無料。
* 懇親会は一般の方は有料(別会場、3,500円)です。
* 定員になりしだい締め切らせていただきます。

──────────
【『タイポグラフィ学会誌08号』論文】

発表予定者
 論文 :真田幸治「「雪岱文字」の誕生-春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ」
 研究 ノート : 山本太郎「ドイツ工作連盟の一九一四年ケルン会議での「定型化・標準化」の論争に関する疑問点」
    
 論文の概要 
真田幸治「「雪岱文字」の誕生-春陽堂版『鏡花全集』のタイポグラフィ」
(概要)装幀家、挿絵画家などとして再評価が著しい小村雪岱(こむろ-せったい)であるが、その評価は主に泉鏡花の著書の意匠によるものだ。
しかしながら「雪岱文字」が大きな役割を担っていたという事実は知られていない。それは資生堂のロゴにおいても大きく寄与している。
そして春陽堂版『鏡花全集』の装幀において「雪岱文字」はひとつの完成を見る。
本論では「雪岱文字」が、どのように誕生し、展開されていったのかを考察する。
──────────  
【第3回 本木昌造賞 受賞者 故阿津坂實氏について】
長崎において本木昌造に関する研究の礎を築かれた方です。同研究において各方面の研究者に影響を与えてこられました。
主著:「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ 本木昌造」『本木昌造先生略伝』
(長崎県印刷工業組合創立四十周年記念/本木昌造先生歿後百二十周年記念、長崎県印刷工業組合、1995年)
授賞式は、ご親族による受賞となります。 
【 詳細情報・申込フォーム : タイポグラフィ学会 】

【根津美術館】 江戸のダンディズム-刀から印籠まで

根津美術館1505
◯ 会       期 : 05月30日[土]-07月20日[月 ・ 祝日]

◯ 休  館 日 : 月曜日 ただし07月20日[月 ・ 祝]は開館
◯ 開館時間 : 午前10時-午後05時 ( 入館は午後04時30分まで )
◯ 入  場 料 : 一般1000円
◯ 会    場 : 根津美術館 展示室 1
──────────
太平の江戸の世では、刀剣やその拵は、男性にとって持ち主の身分や教養、季節を感じさせる 「 こだわりのアイテム 」 として位置付けられるようになりました。
意匠を凝らしたものが競ってつくられ、印籠や根付も同様の発展を見せました。
根津美術館所蔵の刀剣 ・ 刀装具 ・ 印籠のコレクションから選りすぐりの約100件をご覧ください。

【 詳細情報 : 根津美術館 展覧会

Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 06 鹿児島 おすすめ情報Ⅱ 長島美術館

鹿児島市街地マップ

20140918141812241_0001

【 名 称 】 Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO
【 会 期 】 2014年11月1日[土], 2日[日], 3日[月 ・祝] 3日間
【 時  間 】   開場 8 : 30 ― 閉場 17 : 30
【 会 場 】 仙巌園〔磯庭園〕  尚古集成館本館 展示室 鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1
【 主  催 】 朗文堂  アダナ ・ プレス倶楽部

尚古集成館 http://www.shuseikan.jp/  仙巌園  http://www.senganen.jp/
朗文堂 アダナ・プレス倶楽部  http://robundo.com/adana-press-club/

◎ そのⅡ  長島美術館
DSCN1170 DSCN1161

鹿児島中央駅からすぐちかくの高台にあるため、鹿児島市内と、錦江湾 ・ 櫻島が見渡せる穴場的なスポットです。
残念ながら、公共交通機関は経由していませんが、鹿児島中央駅からタクシーに乗車すればすぐのところにあります。
南国の植物が茂る庭園も南九州ならではの旅情を存分にかきたててくれます。
このすばらしい景観を眺めながら、レストランのランチ ・ コースをいただいて優雅に時間を過ごすのもおすすめです。
DSCN1150 DSCN1164 DSCN1137 DSCN1143 DSCN1145 DSCN1134
常設展では、郷土画家の黒田清輝、藤島武二、東郷青児など、鹿児島ゆかりの画家の作品はもちろんのこと、私設美術館ならではの ピカソ、ゴッホ、ルノアール、セザンヌ、シャガールなどの絵画、ロダン、マイヨール、ムーアなどの彫刻といった西洋美術の収集品も名品揃いで、隠れた九州一の美術館との呼び声も高い施設です。
また、薩摩焼のコレクションも充実しており、「黒薩摩ルーム」と「白薩摩ルーム」は圧巻です。
鹿児島にお越しの皆さまにはぜひ、長島美術館も見学コースに加えていただくことをおすすします。

【 関連URL : 長島美術館
────────
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 01  開催のお知らせ
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 02  告知はがき印刷篇
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 03  お先でゴアンド  鹿児島を往く
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 04   薩摩藩と三代木村嘉平の活字
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 05   鹿児島 おすすめ情報Ⅰ 仙巌園/尚古集成館 】
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 06   鹿児島 おすすめ情報Ⅱ 長島美術館 】

【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 00 番外編 しろくまは カゴンマ de ゴアンド ! 花筏 】

Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 05 鹿児島 おすすめ情報Ⅰ 仙巌園/尚古集成館

 

仙岩園マップ

WebSite用青【 名 称 】 Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO
【 会 期 】 2014年11月1日[土], 2日[日], 3日[月 ・祝] 3日間
【 時  間 】   開場 8 : 30 ― 閉場 17 : 30
【 会 場 】 仙巌園〔磯庭園〕  尚古集成館本館 展示室 鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1
【 主  催 】 朗文堂  アダナ ・ プレス倶楽部

◎ そのⅠ  仙巌園 と 尚古集成館

DSCN1296DSCN1354

仙巌園は、1658年(万治元)薩摩藩主 : 19代島津光久によって築かれた別邸です。錦江湾や桜島を庭園の景観にとりいれた、雄大な景色が仙巌園の最大の魅力です。
幕末の名君、島津家28 代: 島津斉彬ナリアキラがこよなく愛し、徳川将軍家に嫁いだ篤姫アツヒメも、しばしばこの仙巌園に足を運んでいたとされます。
また、南の玄関口といわれた薩摩の歴史と風土にふさわしく、中国文化の影響が色濃く見られることが仙巌園の特色のひとつです。さらに温帯と亜熱帯の境に位置することから、数多くの珍しい植物が植えられています。

幕末から近代にかけて、仙巌園は薩摩藩と鹿児島県の迎賓館のような存在でもありました。
幕末にはオランダ海軍将校、幕臣 : 勝海舟、イギリス公使 : パークスなどが来園しました。
明治以降になると、大正天皇、昭和天皇をはじめとする皇族方、ロシア皇太子ニコライⅡ世、イギリス皇太子エドワードⅦ世など、国内外の数多くの要人が訪れています。

仙巌園の園内の一部と、その隣接地は、島津斉彬と、その遺志を継いだ人々によって建てられた、日本初の工業地帯「集成館」の跡地でもあります。
ここは近代日本の技術力、工業力の原点ともいえる地でもあり、2009年にはこれらの史跡 ・ 建物を構成資産とする 「九州 ・ 山口の近代化産業遺産群」 が、世界遺産の暫定リストに記載されました。

仙巌園の広い園内には、見どころもいっぱいあります。
DSCN1298

【 鉄製150ポンド砲 】
仙巌園に入園すると、来場者を最初にお出迎えしてくれるのが、150ポンド(約70Kg)の砲弾を射撃することができたとされる鉄製の巨大な大砲です。
これはレプリカではありますが、28代当主:島津斉彬の富国強兵策の象徴として、また、その背後に鎮座する反射炉の成果品としての意味合いをもつ存在です。
DSCN1312DSCN4169
【 反 射 炉 跡 】
反射炉とは金属溶鉱炉の一種です。燃焼室の熱や炎を天井や壁に反射させて溶解室の鉄を溶かす構造から、反射炉と呼ばれていました。
鉄製の大砲を鋳造するために、薩摩藩では1857年(安政04)に反射炉を完成させ、わが国ではじめての近代的な大量の製鉄を行うことに成功しました。

【 錫  門 】
活字の三大合金のひとつである「錫(すず)」ですが、錫はかつて錫鉱山を有した薩摩藩の特産品でもありました。
錫門は、その錫で屋根を葺き、当時は地位の高いひとにしか許されていなかった朱色をもちいた漆塗りの門です。錫瓦葺きの建造物としては、わが国唯一のものとされています。
DSCN1344 DSCN1350
【 御  殿 】
本来は島津家の別邸として代々受け継がれてきた磯庭園ですが、明治時代に29代当主 : 島津忠義が鶴丸城からここに移り住むことによって、この地が本邸となり、現在の御殿の姿へと改築されました。
忠義が本邸として使用したのは、政府の命により東京へ移住するまでのわずか10年あまりのことであり、また現存する建物は往時の半分ほどとなっていますが、当時のお殿様の生活の様子を知ることができます。
DSCN1346
【 石  灯  篭 】
園内にはたくさんの灯篭がありますが、なかでも園内最大で 8 畳分もの大きさを誇る「獅子乗大灯篭」や、28代 : 島津斉彬が1857年(安政04)に日本で最初にガス灯をともした「鶴灯篭」が見どころです。

【 望  嶽  楼 】
望嶽楼(ぼうがくろう)は、19代当主 : 島津光久の時代に、琉球王国から薩摩藩に贈られたと伝わる中国風のあずまやで、歴代の薩摩藩主が琉球使節を応接するときに用いられた建物です。
床には秦の始皇帝が建立した阿房宮の敷き瓦を模したとされる273枚の「塼(せん)」と呼ばれるタイルが敷き詰められ、内部には東晋の書家で、
書聖と称される王羲之(おうぎし)の書を模したとされる額も掲げられています。
幕末には、28代当主島津斉彬が、長崎からヤ―パン号(のちの咸臨丸)に乗船して薩摩を訪れた勝海舟と会談をもった場所としても、歴史的価値のある建造物です。

DSCN9769 DSCN9772【 曲水の庭 】
王羲之の蘭亭序に描かれ、わが国でも平安貴族などの宮中行事としても知られる「曲水の宴」ですが、仙巌園には江戸時代の姿をとどめる、わが国唯一にして最大とされる「曲水の庭」が残されています。
仙巌園の曲水の庭は、中国の浙江省紹興にあったと伝えられる蘭亭を意識して、21代当主島津吉貴の時代に作庭されたものと考察されています。

DSCN9774 DSCN9773【 江南竹林の碑 】
仙巌園の裏山は、わが国の「孟宗竹」発祥の地とされています。元文元(1736)年21代当主島津吉貴が琉球から江南竹(孟宗竹)を02株取り寄せて繁殖させ、藩内だけでなく、国内各地に移植しました。そのおかげでわが国では美味しい筍(竹の子)を食することができるようになりました。
なおこの碑の文面は、明治の大実業家、五代友厚の父である儒家 : 五代秀尭(ひでたか)によるものとのことです。
DSCN1340 DSCN1335 DSCN1338 DSCN1337
【 猫 神 神 社 】
豊臣秀吉による朝鮮出兵の文禄 ・ 慶長の役に際して、出兵を命じられた17代当主:島津義弘は、時計のかわりに猫を朝鮮に連れて行き、猫の眼の瞳孔の開き具合で時刻を推察したとされます。このとき同行した猫07匹のうち、生きて帰った02匹を祀ったのが猫神神社です。
例年06月10日の「時の記念日」には、時計業者が参列して例祭も執り行われているそうです。また全国の愛猫家から、愛猫の健康と長寿を願う絵馬が寄進され、毎年「ニャン、ニャン、ニャンの日」となる2月22日には「愛猫長寿祈願祭」も開催されています。
DSCN4362DSCN4360
DSCN4359【 示現流展示室 】
「チェストー!」の掛け声で知られる薩摩藩の古流剣術「示現流(じげんりゅう)」。
400年の歴史をもつ示現流が薩摩武士に与えた影響を、実際に木刀を振りながら体感することができます。

DSCN1359

【 両  棒  餅 】
武士が刀を二本脇に差している様子になぞらえた餅菓子で、「両棒餅(ぢゃんぼもち)」と呼ばれます。
焼き餅にみたらし団子に似た、タレがかかった郷土菓子で、仙巌園内の茶店のものが有名です。

DSCN9762DSCN9775DSCN9763【 集仙台 トレッキングコース 】
お時間のあるかたには、片道20分、往復40分のショート トレッキングコースがおすすめ。
裏山の中腹にある「千尋巌(せんじんがん)」のまわりを巡り、展望台からの眺めも良好です。なお「千尋巌」は、27代当主:島津斉興が03ヶ月をかけて、延べ3,900人の人夫をつかって文字を刻ませた一枚岩で、03文字で約11mの大きさがあり、貝殻を砕いた白い粉である胡粉(ごふん)が塗り固められています。

DSCN4191

【 鶴 嶺 神 社 】
島津家の歴代当主とその家族が祀られている神社で、仙巌園と隣接しています。なかでも、16代当主 : 島津義久の三女であり、のちに18代当主島津家久の正室となる「持明院(じみょういん)/亀寿姫 」ゆかりの神社として、「美人祈願」 にご利益があるとされています。
なお、鹿児島市城山町にある鹿児島市美術館の一角(西郷隆盛銅像の裏手)にも、「じめさぁ(持明院様)」 と呼ばれる石造があり、毎年命日の10月05日には恒例の化粧直しがおこなわれています。

DSCN1286 DSCN1281 DSCN1267 DSCN1269

【 尚古集成館 】
島津家第28代 : 島津斉彬によってはじめられた「集成館事業」の一環として、1923年に開館した機械工場です。本館は1865年に建てられたもので、国の重要文化財で、日本で初めてアーチを採用した石造洋風建築物となっています。
今回の <Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO> は、この重要文化財であり、わが国の近代産業の幕開けの先駆けともなった、この機械工場跡で開催されます。
また別館展示室では、島津斉彬が江戸の木版彫刻士 「三代目木村嘉平」 に依頼して、極秘に製造させた 「木村嘉平活字とその関連資料」 を、<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO> の会期に合わせて特別展示しています。こちらもお見逃しなく。

────────
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 01  開催のお知らせ
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 02  告知はがき印刷篇
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 03  お先でゴアンド  鹿児島を往く
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 04   薩摩藩と三代木村嘉平の活字
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 05   鹿児島 おすすめ情報Ⅰ 仙巌園/尚古集成館 】
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 06   鹿児島 おすすめ情報Ⅱ 長島美術館 】

【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 00 番外編 しろくまは カゴンマ de ゴアンド ! 花筏 】

 

アダナ・プレス倶楽部会報誌 活版まんが 2014年春号 Vol.24 の背景には ? 

会報誌24号表紙 活版まんが_17 愛すべき ゆるキャラ「ひこにゃん」のことは、朗文堂タイポグラフィ・ブログロール《花筏》で二度にわたってしるしてきた。
当時は知識不足で、「ヒコニャン」とカタ仮名で表記してしまったくらいで、さほど関心があったわけではない。
★ 朗文堂-好日録 010  ひこにゃん、彦根城、羽原肅郎氏、細谷敏治翁  2011年08月27日
朗文堂-好日録 028  がんばれ!  ひこにゃん !! 彦根城。 2013年02月19日

ここに〈アダナ・プレス倶楽部 会報誌〉連載の「活版まんが」を、よりお楽しみいただけるように、再再にわたっての紹介で恐縮ながら掲載させていただいた。

ふるい資料で恐縮だが、上述の「朗文堂-好日録 010、朗文堂-好日録 028」を、ここに「ひこにゃん」応援のこころも込めて、一部を修整してあらためて紹介したい。

★      ★       ★

¶ 2011年07月某日、関西方面出張。 この年は「東日本大震災」の年であった。
例年の新年度のイベントや、ゴールデンウィーク恒例開催の「活版凸凹フェスタ 2011」も中止となっていた。なんとなく全般に意気消沈して低調な東日本だった。
ところがその間、西日本各地では意外なほどの活況を呈していた。

朗文堂 アダナ・プレス倶楽部はそれを受け、2011年07月某日、タイポグラフィゼミナール、活版ゼミナールを兼ねて、強行軍で関西出張となった。
たまたまほぼ同じ時期でのおはなしだったので、スケジュールを集約調整して、大阪3ヶ所、京都2ヶ所、滋賀1ヶ所を駈けまわる強行スケジュールとなった。
京都駅に降りたっておどろいたのは、駅舎もまちも明るいことだった。計画停電、節電が声高に叫ばれていた関東地区とは大違いだった。

このころの東京の駅舎は昼でも夜でも減燈され、まちなみは暗く、活気にとぼしかった。
なにはともあれ交通の便だと、オノボリサン丸出しもいいところで、京都駅前の「京都タワーホテル」を根拠地とした。これはのちほど、京都育ちのH さんに、古都の景観を損傷した京都タワービルには入ったこともない……と呆れられた。

ともかくそこをベース・キャンプにして仕事に集中。 それから4日間というもの、大阪・京都・大津といったりきたり。それなりの成果もあったし、充実感もあった。
されど、ここで仕事のはなしをするのは野暮というもの。なにせノー学部といっしょだったから、忙中に閑あり。やってくれました !  なんともまぁ、唖唖、こんなこと !!

¶ なにかおかしいぞ……、と、嫌な予感はした。ノー学部の巧妙な誘導質問だった。
「京都から大津にいって、そこから彦根にいくって、たいへんですか」
「直線距離ならたいしたことはないけど、なにせ琵琶湖の縁をこうグルッとまわってだね……、結構面倒かな」
「彦根城には、いったことはあるんでしょう。前に好きなまちだと聞いたことがあります」
「水戸天狗党の藤田小四郎のことを調べていたころに、敵対していた井伊大老の居城ということで1回だけいったかな」
「じゃぁ、日曜日が空いているから、京都の観光巡りじゃなくて、彦根城にいきましょう」

やつがれ、なにを隠そう、ちいさいながらも城下町で育ったせいか、いかにも城下町といった風情をのこす、彦根のふるいまち並みが好きである。
ここには大坂夏の陣で破れた忠義の武将、木村重成公の墓(首塚)もあるし、お馴染みの「徳本トクホン行者  六字名号碑  南無阿弥陀仏」もある。それよりなにより、近江牛のステーキは垂涎ものなのである!

それにしても、なんのゆえありて、彦根ではなく、
「じゃぁ、日曜日があいているから、京都の観光巡りじゃなくて、彦根城にいきましょう」
ト、わざわざ〈彦根城〉とのたもうたのか、考えなかった時点でもはや敗北。

¶ 雨中の江州路をゆく……。
こうしるせば、ふみのかおりたかいのだが、実相は違った。
ハレ男を自認しているやつがれにしては、この日はめずらしくひどい雨がふっていた。
「並んで、並んで。ハイハイ並んでくださ~い」。
やつがれ、駅からタクシーで彦根城にきて、いきなりわけもわからず、傘をさしたまま、雨のなかのながい行列に並ばされた。2-300人はいようかという大勢の行列である。みんな「ひこにゃん」なるものを見るのだそうである。

きょうは雨なので、お城に付属した資料館のようなところ(彦根城博物館ホール)に、50人ほどの来館者を次次と入れて、そこに「ひこにゃん」なるものは登場するらしい。
濡れながら行列に並んで、やつがれはまだ「ひこにゃんとは、いったいなんぞい」とおもっていた。

ところがナント、まことにもって不覚なことながら、やつがれ(順番の都合で偶然とはいえ)、最前列に陣どって、ともかく嗤いころげて「ひこにゃん」をみてしまったのだ。
要するにかぶり物のキャラクターだったが、ちいさな仕草がにくいほどあいらしかった。

かつて徳川家康の麾下にあった井伊直政は、徳川四天王とされ、その麾下は勇猛で、つねに先鋒の役をつとめたとされる。
井伊家の軍勢とは甲斐武田勢の一部を継承したもので、「井伊の赤備え」と敵方からおそれられた赤い兜も、愛嬌のあるものにかわっていた。
ここではうんちくは不要だろう。ともかく「ひこにゃん」はあいらいく、おもしろかったのだから。

             
エッ、この人力車に乗ったのかって ── 乗るわけないでしょうが、いいおとなが ──。
ところがやつがれ、こういうキッチュなモノが意外と好きなのだ。
ハイハイ 正直に告白。
「ひこにゃん」も大わらいして見ましたし、このど派手な人力車にも乗りましたですよ、ハイ。
チト恥ずかしかったケド、しっかりとネ。

ともかく急峻な坂道を天守閣までのぼり、さらに内堀にそってずっと玄宮園のほうまで歩いたために、足が棒になるほど疲れていた(言い訳)。
実際は、なによりもはやく、旨い近江牛を食すために、このど派手な人力車に乗って、車中堂堂と胸をはって(すこし小さくなっていたような気もする ケド)いった。
ステーキはプチ贅沢、されど旨かった。
────
あとはもうやけくそ! 字余り、破調、季語ぬけおかまいなしで、一首たてまつらん。

◎ 雨中に彦根城を訪ねる   よみしひとをしらず
ひこにゃんに  嗤いころげて  城けわし
青葉越し  天守の甍に  しぶき撥ね
湖ウミけぶり  白鷺舞いて  雨しげく

◎ 木邨重成公の墓に詣る  よみしひとをしらず
あはれなり  苔むす首塚  花いちりん

   

¶  簡素な浄土宗の寺、宗安寺
彦根市本町2丁目3-7に 宗安寺 はある。この寺の通称赤門とされる「山門」は、石田三成の居城、佐和山城の正門を移築したものとされる。
その脇には徳本トクホン行者の筆になる六字名号「南無阿弥陀仏」の巨大な碑がある。
ご本堂向かって左手奥の墓地には、戦国武将・木村長門守重成( ? -1615)の首塚が、ひっそりとたたずんでいる。

木村(木邨・木邑)重成は豊臣秀頼の家臣として、大坂冬の陣で善戦し、その和議交渉に際して、徳川家康の血判受けとりの使者をつとめた知略のひとであった。 翌年大坂冬の陣若江堤で戦死したが、首実検ののちに安藤長三郎が譲り受け、代代安藤家の墓域で守護をつづけているものであった。
どちらもあっぱれ、忠義の家というべきだろう。
活版まんが_17さて、ここに、またまた「ひこにゃん」をご紹介した。
アダナ・プレス倶楽部の会報誌の最終ページを飾っている〈活版まんが〉の製作担当は、ご本人の希望でお名前は〈ミスター〉さんとだけご紹介したが、これまでの連載のすべてを、ここ〈活版アラカルト〉のコーナーで紹介した。
アダナ・プレス倶楽部 会報誌連載 〈活版まんが〉 全17回 一挙紹介。2014年04月04日

アダナ・プレス倶楽部会報誌 活版まんが 2014年春号 Vol.24 は「無双罫」をあつかったものだったが、〈ミスター〉さんは朗文堂、アダナ・プレス倶楽部のWebSiteをよくご覧いただいているようで、「ひこにゃん」をテーマとしながら、「無双罫」をわかりやすく説かれていた。
朗文堂 アダナ・プレス倶楽部は、活版印刷にご関心のある皆さまに、ひろく、ひらかれた、ちいさな組織である。その季刊会報誌が『アダナ・プレス倶楽部 会報誌』である。
ご関心のある皆さまは、ホームページの緑色のバーから、『 会員登録 』コーナーをご覧いただき、ご入会をおすすめしたい。