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【展覧会/茶席】野村美術館|2024年春季特別展|野村得庵 席披茶会再現 ー神戸棲宜荘・熱海塵外荘ー|’23年3月9日-6月9日|後期展示開始

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野村美術館
2024年春季特別展
野村得庵 席披茶会再現 ー神戸棲宜荘・熱海塵外荘ー 
開催期間  2024年3月9日[土]- 6月9日[日]  
         前 期:3月 9日[土]- 4月21日[日]
         後 期:4月27日[土]- 6月 9 日[日]
      * 4月22日[月]- 26日[金]は展示替のため休館       
会  場  公益財団法人 野村文華財団 野村美術館
      〠 606-8434 京都府京都市左京区南禅寺下河原町61 TEL:075-751-0374  
開館時間  10:00-16:30(16:00 最終入館)
休  館  日  月曜日 (月曜が祝日の場合は翌日)
入  館  料  一 般 800 円、 高 大 生 300 円、 中学生以下 無 料
* 各種割引・優待情報、関連イベント情報などは下掲詳細参照
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野村證券など金融財閥を築いた野村徳七(1878-1945)は得庵と号し、茶の湯と能楽に深く傾倒しました。得庵は住まいを神戸・住吉の地に建設し、棲宜荘と名付け、その敷地内に茶室を設け、茶の湯に親しみました。また京都別邸・碧雲荘の他に熱海にも別邸・塵外荘を建築し、棲宜荘・碧雲荘と同じく茶室を設え、生涯茶の湯を愉しみました。

前期展示では得庵が大正13年4月に棲宜荘で行った茶室の披露茶会を、
また後期展示は昭和16年4月に塵外荘で行った茶室の披露茶会の再現展示を試みました。
得庵の行った茶会を楽しんでいただけたら幸いです。

《主な展示作品》 
[前期] 棲宜荘 席披茶会
「濃茶席・松欣庵」 :交趾菊蟹香合・天命乙御前釜・薩摩肩衝茶入 銘忠度・熊川茶碗 銘 霊雲・
    藪内剣仲作茶杓 等
「書院」 山本梅逸筆 百花百虫図
「薄茶席・分銅間」 :青磁珠算玉花入・芦屋七宝地文釜・刷毛目茶碗 銘 四海兄弟・象牙茶杓・
佐野長寛作 
城ヶ端塗菓子器 等
    その他 懐石具、野村得庵筆 蔵帳、棲宜荘建築資料なども合わせて展示

[後期]塵外荘 席披茶会
「濃茶席・鷗友軒」 :藤原定家筆 住吉消息・志野栄螺香合・芦屋真形霰桜柳文釜・坂本井戸茶碗・
    砂張雷文樋口建水 等
「薄茶席・到月亭」 :伝梁楷筆 普化振鈴図・胡銅六角口紋花入・交趾飛竜香合・古染付桜川水指・
    樂一入作 赤茶碗 銘 春雨 等
    その他 懐石具、野村得庵筆 蔵帳、塵外荘建築資料なども合わせて展示

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
※ 野村美術館は春期・秋季の年に二回展のみを開催しています。ここだけはひっそりお勧め館。

[ 詳細 : 野村美術館 ]

【イベント/展覧会】須坂版画美術館|須坂版画美術館 版画教室 再開始動|第1弾木版画教室 ー 第9弾水性凹版木版画教室|’24年4月7日-’25年3月30日

須坂おもて 須坂うら

須坂版画美術館
須坂版画美術館 版画教室 再開始動
第1弾木版画教室 ー 第9弾水性凹版木版画教室
会  期  2024年4月7日[土]- 2025年3月30日[日]
会  場  須坂版画美術館/平塚運一版画美術館 版画教室・アトリエ
      〠 382-0031 長野県須坂市大字野辺 1386-8(須坂アートパーク内)
      TEL 026-248-6633  FAX 026-248-6711
開館時間  午前9時 - 午後5時 (入館は 閉館30分前 まで)
休  館  日  水曜日(祝日の場合は開館)
入  館  料  300円
      * 高校生以下 及び 18歳未満、須坂市内在住 70歳以上 は 無 料
      * 身体障害者手帳などをお持ちの方と、付き添いの方 1 名は 無 料
アクセス  須坂長野東インターより 5km〔車で約8分〕
      JR 長野駅より 長野電鉄特急15分 須坂駅下車タクシーで 約 7 分
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須坂版画美術館は、建物の改修期と重なって、感染症「COVID – 19」パンデミックの影響がおおきく、常時開館が困難なときもあったようである。
企画展は厳しい状況下でも展開を続けたが、ようやくこの美術館を特徴づける「たんなる展示に留まらず、版画の実技・実践の場」としての「版画教室/アトリエ利用」が再開された。その告知フライヤーをお送りいただいた。
隣町の長野市の「長野県立美術館」は、ここのところ旺盛な企画展開を実践している。同館と共に「須坂版画美術館」の奮闘を期待したいいまである。

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 須坂版画美術館 ] { 活版 a la carte まとめ }

【展覧会】ハーモ美術館 HARMO MUSEUM|企画展 岩合光昭写真展 ねこ の とけい|’24年3月20日-5月6日

1ハーモ美術館バーナー0ハーモ美術館バーナー02ハーモ美術館 HARMO MUSEUM
企画展 岩合光昭写真展 ねこ の とけい
開催期間  2024年3月20日[水・祝]- 5月6日[月・祝]
開催時間  9:00 - 17:00  会期中無休
観  覧  料  一般・大学生 1,200円、小・中・高校生 600円(土曜日は保護者同伴の場合は無料)
* 障がい者手帳をお持ちの方 1,000円(同伴者1名まで無料)。未就学児無料
会  場  ハーモ美術館 ティーセントホール
〠 393-0045 長野県諏訪郡下諏訪町10616-540
TEL 0266-28-3636 FAX 0266-28-6446
主  催  公益財団法人ハーモ美術館
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岩合光昭写真展「ねこのとけい」は、人気が高いイワゴーネコたちの自由気ままな “ネコの一日” を楽しめる約80点で構成された写真展です。
ネコは居心地がいいところが好き。自分の好きなところで、自分の好きなように暮らしている。そんな自由気ままなネコたちの1日をお楽しみください。

<岩合光昭氏プロフィール>
1950年東京生まれ。動物写真家。身近なネコを半世紀以上ライフワークとして撮り続けている。2012年からNHK BSP4K、NHK BS「岩合光昭の世界ネコ歩き」の番組撮影を開始。著書に「ねこ」「ねことじいちゃん」「こねこ」「パンターナル」「岩合さんちのネコ兄弟玉三郎と智太郎」「岩合光昭の日本ねこ歩き」「岩合光昭の日本ねこさがし」「ねこがお」などがある。
2019年「ねことじいちゃん」、2021年「劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あつがままに、水と大地とネコ家族」で監督をつとめる。
岩合光昭氏オフィシャルサイト 

〔 同時開催 〕
おすわりねこ 写真大募集!! 
会期中、皆さまからご応募いただいた「座っている猫」の写真を館内に展示します。
受付期間:2024年2月11日[日]- 4月20日[土]
* 応募方法・受付場所はパンフレットをご覧ください。

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : ハーモ美術館 HARMO MUSEUM ] 

【イベント/薪能】杉並区 あさがや能・狂言の会|第7回 阿佐谷薪能(阿佐ヶ谷神明宮)|開催日:’24年5月11日|晴天祈願成就!亦再見明年

20240423161450_00001 20240423161450_00002☆ 活版アラカルト掲載図版のほとんどは 図版画面をクリック or タップすると拡大表示されます ☆

杉並区
あさがや能・狂言の会 第7回阿佐谷薪能(阿佐ヶ谷神明宮)
開  催  日  令和6年(2024年)5月11日[土]  終了
開催時間  午後5時30分 - 午後8時 * 午後5時開場
      雨天順延。ただし小雨決行。(詳細は下掲 阿佐谷薪能公式ホームページ でご確認を)
対  象  小学生、中学生、高校生、一般、高齢者
開催場所  阿佐ヶ谷神明宮(〠 166-0001 杉並区阿佐谷北1丁目25番5号)
内  容  第 1 部  杉並区内小学生能講座受講生仕舞発表会 「猩々-しょうじょう」、
      「羽衣ーはごろも」、「岩船-いわふね」
      第 2 部  狂言「茶壷-ちゃつぼ」、能「田村-たむら」
申し込み締切日  令和6年5月10日[金]
申し込み  必要 チケット販売窓口
      阿佐ヶ谷神明宮、阿佐谷薪能公式ホームページ(関連情報にリンクあり)、
      杉並区役所1階「コミュかるショップ」(〠 166-8570杉並区阿佐谷南1丁目15番1号)
出  演  小早川 修ほか
定  員  400名(申込順)
料  金  特別席(指定席)5,000円、一般(自由席)4,000円、小中学生(自由席)1,000円
主催・問い合わせ  あさがや能・狂言の会事務局 担当:柴田 電話:080-7817-0893
※ 演目・出演者・前売り開始日・等級別料金などは 掲載フライヤーを拡大表示するか、下掲詳細参照。
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演目のご案内  { 阿佐谷薪能ウェブサイトゟ }        

◆ 狂言 茶壷(ちゃつぼ)
茶を買い求めてきた田舎者が酒に酔って街道筋に寝てしまう。そこへ通りかかったすっぱ(詐欺師)が、田舎者が背負った茶壺の縄の片方に自分の肩を入れて背中合せに横になる。目覚めた田舎者が茶壺を取り返そうと争うところへ代官が現われ、田舎者が茶の産地などについて説明すると、すっぱが同じ様に答える。結局、判断が付かず困った代官は「昔より奪い合う物は中から取るという」と茶壷を持ち去ってしまう。

◆ 能  田村(たむら)
春爛漫の花盛りの中、清水寺を訪れた旅僧の前に桜の木蔭を清める少年が現れ、寺の来歴や付近の名所を教え、春宵一刻値千金と月下のもとで花に興じ舞い戯れ、境内の田村堂へと姿を消す。そこへ大将軍坂上田村麿(さかのうえのたむらまる)の霊が甲冑姿で現れ、伊勢の国鈴鹿山の鬼神征伐にあたり、千手観音が現れて力を添えたことなどを明かし観音の功徳を讃える。清水寺を建立した 征夷大将軍 坂上田村麻呂の活躍を描く。

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご参加・ご観覧を。
[ 詳 細 : 杉並区イベントあさがや能・狂言の会  阿佐谷薪能特設サイト

[ 関 連 : 阿佐谷薪能 YouTube -ASAGAYA TAKIGINOH-(2023年開催「羽衣 和合之舞」より)]
阿佐谷薪能は、5月に阿佐ヶ谷神明宮の能楽殿で行われる能と狂言の鑑賞会です。2017(平成29)年に始まり、地元有志によるボランティアの実行委員会「あさがや能・狂言の会」が主催しています。薪能は夏の夜に篝火をたいて行う能楽で、平安時代が起源とされる神事・仏事。その神聖な儀式を現代の阿佐谷で楽しむことができます。
プログラムは二部構成で、一部では杉並区内の能体験講座を受講した小学生が、演目のクライマックスに数人で歌う連吟(れんぎん)を行い、仕舞(しまい)と呼ばれる略式の舞を舞います。二部では、能楽師が地謡(じうたい)と連吟、狂言を行います。プログラムの合間には、神官と巫女(みこ)が厳かに入場し、松明(たいまつ)で火をともす「篝火点火の儀」も行われます。

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【好評再録 迫力満点 中国広軌火车 蒸汽机车 SL動画】SL ファンに情報提供|中国陝西省 西安 日本語観光旅行ガイド ー 古都長安咸陽人:倪-ゲイ- 小軍さん|三道嶺蒸気機関車撮影 2023年10月5日撮影 火花の映像動画|

     日本標準語  蒸気機関車:鉄 道 駅 : 汽 車
     中国簡体字  蒸汽机车 :火 车 站 : 火       

[ SL ファンへの情報提供 ── 西安の日本語観光旅行ガイド撮影 ー 古都長安咸陽人:倪 ゲイ 小軍 ショウグン さん|三道嶺蒸気機関車撮影 2023年10月5日(火花の映像動画)YouTube 1:28 ]

[ SLファンへの情報提供
 ── 西安日本語観光旅行ガイド ー 古都長安咸陽人:倪-ゲイ- 小軍さん|HXN5Bディーゼル機関車が三道嶺炭鉱に入るに従って、中国でも SL 全廃のカウントダウンが始まった   2023年12月20日 YouTube 09:16 ]
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<西安金橋国際旅行会社:倪-ゲイ- 小軍さん>
中国西安の旅行会社社長:日本語観光ガイド:倪-ゲイ-小軍さんからのクリスマスメッセージと同梱されてきた情報をそのまま下記に紹介したい。観光ガイドには今回の感染症パンデミックスは痛打だったという。とりわけ日本人観光客向けの仕事が多かった西安金橋国際旅行会社にはきびしいものがあったと聞いた。その間倪さんは中国陝西省一帯を中心に、ドローンも駆使したユーチューブでの情報提供に励まれていた。

稿者は「COVID – 19」発生の前に、何度か倪さんにお世話になって陝西省各地を巡った。印象ふかかったのは、墓碑は陝西省碑林博物院に移築されているが、書芸家:欧陽 詢晩年の、枯れた雅味のある楷書碑墓誌「皇甫誕碑」が隋末唐初に築造されていたたとみられる墓地をたづねたかった。
倪さんには「皇甫誕(554-604)の墓地は、初唐のひと、子息の皇甫無逸が建造し、旧称:長安郊外皇甫屯周辺にあるはずです」との「風評」だけを伝えて一年後に再訪を約束した。

欧陽詢『皇甫誕碑』 DSCN16681ほぼ一年後になってから、倪さんから「皇甫 誕の墓地所在地確認の報」があった。カーナビなどはまだない時代だったが、社長の倪さんがハンドルを握って走ること数時間、西安郊外農村部で村民に何度か道をたずねながら、ようやく「皇甫 誕」の墓地を「発見」した。
そこは欧陽 詢の書『皇甫 誕碑』がかつて置かれていた皇甫 誕の墓。 いまは広大な農地のまっただなかにひっそりと存在している。地元では幼童もこの小丘が「皇甫 誕の墓地」であることを知っていたが、ガイドブックなどには管見ながらまったく触れられていない。
唐代のこの規模の墓には、ふつうなら、ここにいたる神道(参道)があって、左右に楼塔や石の門としての「闕ケツ」があり、墓の直前には「皇甫 誕碑」墓標が屹立して、荘厳をきわめていたとおもわれる。
西安郊外にのこるいまの皇甫誕の墓地は、神道・楼塔・闕は消滅してまったく無い。収穫を終えたただただ広大なトウモロコシの農地に囲まれていた。そしてここの墓の直前にあった(であろう)『皇甫誕碑』(詳細画像:中国版)が、いまは西安 碑林博物館に移築・展示・公開されていることになる(関連記事:朗文堂-好日録011 吃驚仰天中国西游記)。ただし墓地には這いまわる「茨・棘  イバラ」が繁茂しており、そこへよじ登ったふたりのズボンはボロボロになってしまった。

このように倪さんは誠実で良いかたですが、旅行にトラブルはつきものです。恐縮ながら、西安金橋国際旅行会社:倪-ゲイ- 小軍さん企画の「SL観覧」旅行での、事故やトラブルの責任を小社は一切持てませんのでご了承をお願いしたい。なによりも中国内陸部では、呉〻も躰調に留意し、スケジュールにゆとりをもち、ともかく安全・慎重な旅の設計を。

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【艸木風信帖】空中庭園|Lingua Florens|ひそひそと秋がきた|10月神無月、神〻は出雲に集うているのに霜月11月がきた|寒いのは苦手である

寒いのは苦手である。例年長月ーながつき-終盤 9月28日にはストーブを焚いたし、エアコンを暖房に切りかえて嫌われてきた。逆に暑いのは平気だと信じていたが、10月神無月ーかんなつきーは暑かった。よろづの神が出雲に参集して宴に興じているのを幸、武蔵の国江戸のこおりに南方の神が潜入したらしい。エアコン暖房はいまも家ではつかっていない。ただ家人が便座の暖房を入れてくれて嬉しかった。それは神無月の終焉の日であった。武蔵の国神は宴をおえて帰國したらしい。

バジルの花バジルの花-地味な花だけど、なぜか蝶と蜂には大人気。
文字どおり、日の出から日没まで4-5匹の蟲が蜜をあさっている。ときには雀も忍び足。

空中庭園の香草類はしばしば食卓にのるが、ノー学部はさすがにバジルは繁茂にまかせているようだ。その分隣の鉢のルッコラは鋏でチョッキンだけでなく、農薬をつかわないのでこのごろは青虫がムシャムシャやっている。吾輩のお気に入りのトロロアオイの花は豪華絢爛に咲きほこるが、こちらは蝶も蜂も寄りつかない。それだけではない、夕まぐれになると花は摘まれ、サラダやおひたしの具材になっている。無上、モトイ、無情かつ残酷をきわめるのである。10月ー神無月の花実である。

1日に4つも咲いたトロロアオイ1日に4つも咲いたトロロアオイの花

ウツギの実ウツギの実
オカワカメの花オカワカメの花
ハナミズキの実ハナミズキの実
メドーセージ(サルビア・ガラニチカ)メドーセージ(サルビア・ガラニチカ)
ヤブガラシヤブガラシ
源平菊(エリゲロン)源平菊(エリゲロン)
トレニアトレニア

【追 憶】Viva la 活版 Let’s 豪農の館|「気骨」の写真家:細江英公先生 対談 伊藤文吉翁|最前列に正座して拝聴|2015年の記録を再録紹介|

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Viva la 活版 Let’s 豪農の館
開催期間  2015年10月10日[土]-12日[月・祝] 09:00-17:00
会  場  「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)
      新潟県新潟市江南区沢海 2丁目15-25
主   催   朗文堂  アダナ・プレス倶楽部(現:サラマ・プレス倶楽部)
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《 豪農の館-北方文化博物館と、同館館長・第八代 伊藤文吉翁 》
活版礼讃<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>の会場、北方文化博物館を訪問するのは四回目、宿泊地となった北方文化博物館の付属施設「Museum  大呂菴-だいろあん/かたつむりのいおり」に宿泊したのは二度目であった。

寺泊の夕日-002uu寺泊の夕陽をみるuu北方文化博物館の伊藤館長と-0061[1]新潟旅行2011.10-234[1]新潟旅行2011.10-169[1]最初に北方文化博物館を訪問したのは、あの地震の年、2011年10月08-10日の三連休、二泊三日の新潟旅行のときであった。
ふりかえってみると、あの年はなにかがおかしかった。だから友人のたれかが、
「日本海に没する夕陽をみたい」
といいだし、それがきっかけとなってなんとなく新潟まででかけた。

その旅の記録は下記のページ、とりわけⅡに詳しい。
◯ 花筏 朗文堂好日録012 新潟旅行Ⅰ
◯ 花筏 朗文堂好日録013 新潟旅行Ⅱ
◯ 花筏 朗文堂好日録014 新潟旅行Ⅲ

最初の旅で北方文化博物館館長・伊藤家第八代・伊藤文吉(世襲名:本名 吉彦  1927-2016)翁とお会いした。今夜は「大呂菴-だいろあん」に宿泊予定であることをつげたら、文吉翁はだまって手をさしのべ、かたく掌を握りしめてきた。
おもえば北方文化博物館の訪問にあわせ、あのとき「Museum 大呂菴」に宿泊することがなければ、かくまでこの越後平野の 複合型博物館 にこだわることはなかったとおもう。

◯ 花筏 朗文堂好日録013 新潟旅行Ⅱ より <大呂菴での宿泊>
ここまでやるのか …… とおもった。すべてがおおぶりで隙だらけ、一見豪放かつ大胆、なんにもしていないようににみせながら、大呂菴はじつにこまやかなこころ配りがなされていた。それもわざとらしくなく、さりげなくである。
「大呂菴-だいろあん」は隣接する「北方博物館の関連施設」であるが、同館は全域にわたって落ち葉をふくめて入念に手入れが行きとどいている。しかし農薬を散布しないとみえて、周囲からチョウやトンボや蛙などが敷地内にわんさかおしよせていた。もちろん夕べともなると秋の蟲が艸叢ですだくように鳴いている。
食事は食器のひとつひとつがすごい。それもチマチマとした京懐石のまねごとではなく、ど~んと大胆な盛りつけと、繊細な味つけの料理が山をなしていた。あちこちに置かれた生花は、翌朝にはあたらしい野草にかわっていた。やつがれ真底、本当に、
「まいった、降参!」

< 写真展示と対談:細江英公   人間写真展  気骨 >
このときに得た情報をもとに、翌11月21日、日帰りで、北方文化博物館本館で開催された<細江英公 人間写真展 気骨>を参観し、同時開催された細江英公氏と文吉翁の対談を最前列に陣取って聴講した。
細江さんのアトリエは四谷舟町にあり、わが住吉町と隣接している。この住吉町・四谷愛住町・四谷三栄町・荒木町・舟町界隈は、街道をはずれてすこしでも路地に入ると、急峻な傾斜地が多く、また一部の作家・画家・カメラマンなどが「四谷は トウキョウ の モンマルトル  !?」と称して住居やアトリエを好んで置いた。さきに紹介した「アンパンマンショップ」のやなせたかしさん、細江英公さんもそんなおひとりであった。

聞き手は伊藤文吉翁で洒脱な話題の連続に〝細江英公カメラの大家〟も軽妙に応じていた。話題はもっぱら「コンパクトなデジタルカメラは面白いよ」とその能力と可能性をわかりやすく語られていた。和室での聴講席は座布団で、ノー学部はその最前列から怖れもなく「写真界の最長老」に、こちらも〝おもちゃのような小型カメラ〟を向けていた。どうやらはじめは、隣組のオジサンくらいにおもったらしいが、北方文化博物館本館のあちこちに「置かれている」『気骨』と題された展示写真をすでに見ていたから、ノー学部にしては恐る恐るだったのかも知れない。
この日、常磐荘(吉ヶ原民家の向かい)では、伊藤夫人がちいさな席札をかかげて<お茶会>を開いていた。うかがえば 「綺麗さび」で知られる小堀流 だとのことであった。
会場にはこれもちいさく「すべての収益は東日本大震災の被災者に向けた席」であることがしるされていた。

DSCN4426DSCN4427DSCN44282014年の暮れ、常磐荘を会場候補として<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>の開催交渉に、これも日帰りで北方文化博物館にでかけた。同館のスタッフは小社WebSiteをときおりご覧になっていた。したがって開催は快諾されたが、会場としては常磐荘よりも、むしろ向いにある「吉ヶ原民家」のほうが効果的ではないかという提案をいただいた。
これまでその民家の内部には入ったことが無かったが、百年余のときを刻んだ「吉ヶ原民家」の障子を開けはなった空間はすばらしかった。
DSCN1926DSCN1927こうして<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>は、エアコンが無く、蟲よけの網戸もない、なによりもことさらな照明設備もない「北方文化博物館 吉ヶ原民家」を会場ときめた。
このため清涼な気候の2015年10月10日[土]-12日[月・祝]の三日間を会期とし、一泊はできるだけ「大呂菴での宿泊を推薦」ということに決定した。

伊藤文吉翁は1927年うまれであるから、まもなく90歳になるはずであるが、<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>の開催中、会場の吉ヶ原民家までおいでいただき、うれしそうに活版印刷機とその製作品をご覧になっていた。
伊藤夫人からは、おいしいお酒の差し入れが「大呂菴」にあった。

《 場の力、ひとの力 》
活版礼讃イベントとして開始した、東京での<ABC dé タイポグラフィ >、<活版凸凹フェスタ>を一旦中断して、地方での活版印刷の普及を後押しし、その土地の『場の力』をバックにしながら、あらたな展開を<活版礼讃 Viva la 活版>では試みてきた。
おもへらく、『場の力』とはエトスのごとく自然ジネン自ばえのものも存するが、その根底にはアルテピアッツァ美唄における安田侃氏の力があり、尚古集成館における島津家歴代の蓄積があった。そして「北方文化博物館」館長で豪農とされる伊藤家も、阿賀野川の氾濫とたたかい、荒蕪地を田畑に開墾し続けた伊藤家八代にわたる『ひとの力』があった。
『場の力』とは『ひとの力』と両両相まってその本当の力を発揮するものとおぼえた。

2015年もあとわずかでおわるこのとき、伊藤文吉翁にきちんとお礼を述べて帰るのをわすれていたことがくやまれる。それよりなにより、会場ではサラマ・プレス倶楽部会員の何台かのカメラが稼働していたはずだが、たれも伊藤夫妻の写真を抑えていなかったことにおどろかされている。
『ひとの力』とは、その存在がおおきすぎるときには、ときとしてオーラのごとき風圧となって、カメラも向けられなかったのかもしれないともおもえた。
まもなく2016年がはじまる。そしてすでに「来年の」<活版礼讃 Viva la 活版>の開催候補地との交渉がはじまっている。

{ご報告 伊藤文吉翁のその後}
八代伊藤文吉となる伊藤吉彦は、1927年(昭和2年)に誕生した。
八代伊藤文吉は、多くの人びとに愛され、惜しまれつつ、2016(平成28)年10月に他界しました。 また、250年余りの歴史をもつ伊藤家の遺構、北方文化博物館は、郷土新潟をはじめ、日本、そして世界から訪れる人びとへ、この歴史と、育まれた文化をいまなお伝え続けています。

{新宿餘談}写真家/造形家:今村光彦関連展示の記録・紹介|’23年7月8日-9月18日|終了

◉【展覧会】滋賀県立美術館|企画展 今森光彦 里山 水の匂いのするところ|’23年7月8日-9月18日|会期後半
◉【イベント・展覧会】フジフイルム スクエア|企画写真展 ジャン・アンリ・ファーブル生誕200年記念|今森光彦の地球昆虫紀行|’23年7月28日-8月24日|終了
◉【展覧会】酒田市美術館・土門拳記念館 共同企画|酒田市美術館 今森光彦「自然と暮らす切り絵のまなざし」|’21年5月22日-7月09日|土門拳記念館 今森光彦「自然と暮らす写真のまなざし」|’21年5月22日-7月10日|終了
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{新宿餘談}
「滋賀県立美術館|企画展 今森光彦 里山 水の匂いのするところ」が好評である。滋賀県立美術館とは稿者はメルマガ会員だけだが、会期中に作家も展示やイベントに積極参加。颱風七
号の襲来をものともせず関連イベントが追加・拡大。それを報じる ウエブサイトや メルマガ も弾みたつような筆致で歓びが伝わってくる。中京・関西方面の読者には、ぜひ観覧・ご参加をおすすめしたい。

ところで{活版アラカルト}ブログに勝手に紹介した「展覧会・講演会・イベント」などのおよそ三割が、2023年8月20日で会期が終了した。つづいて各館とも「秋季大型企画展」への切り替え作業でおおわらわ。本欄担当者も昨週いっぱい事前準備に追われた。ついでいつもながら、無償かつ勝手に、土日返上で「サイト内展示替え」にあたった。いまはようやく一息ついたところである。

そこでゆく夏を惜しんで 今村光彦 による写真展記録二点をここに移動。つい先日まで上下にカップルで紹介してきた フジフイルム スクエア と 滋賀県立美術館 である。そうしているうちに 「酒田市美術館・土門拳記念館 共同企画」による ’21年の資料も見逃せないことに気づいた。
本展はまさに新型感染症の猖獗に翻弄された、辛い時期の展示ではあったが、すでに写真家として定評を得ていたこの作家の、もうひとつの個性を紹介したもので忘れることができない。
今森光彦氏は著作も多く、各地での大型展示の記録も貴重ではあるが、ここに{活版アラカルト}に紹介した三展示をまとめてみた。
甲子園の熱闘が終わると、急速に朝夕は爽やかになる、日中も残暑はあれど木陰の涼風が頬に心地よい。十五夜を愛で、艸叢にすだく蟲の聲に耳をかたむけるのもすぐそこである。

【展覧会】滋賀県立美術館|企画展 今森光彦 里山 水の匂いのするところ|’23年7月8日-9月18日|会期後半

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滋賀県立美術館
企画展
今森光彦 里山 水の匂いのするところ
会  期  2023年7月8日[土]- 9月18日[月・祝]
休  館  日  毎週月曜日(ただし祝日の場合には開館し、翌日火曜日休館)
開館時間  9:30 - 17:00(入場は 16:30 まで)
会  場  滋賀県立美術館 展示室3
      520-2122 滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1
      TEL 077-543-2111 (電話受付時間 8:30-17:15)
観  覧  料  一般 1,200円、高校生・大学生 800円、小学生・中学生 600円
      * 展示室1・2で同時開催している常設展も観覧可
主  催  滋賀県立美術館
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本展では、滋賀県大津市出身の写真家・今森光彦が長年にわたり撮り続けてきた滋賀の里山を通して、水の循環に着目しました。
撮影の中で出会った水の匂いに、自身の原風景を思い出したという今森は、里山における水の循環を、生命の循環とともに写しとっています。水は奥山から人々の住処を流れ、琵琶湖へと戻り、大気を通して再び大地へと還ってゆきます。
里山に宿る多様な生態系と、その土壌となっている豊かな環境は、私たちの忘れてしまった原風景を、水の匂いとともに思い出させてくれるかもしれません。

◆ 作家プロフィール 今森光彦 ◆
今森光彦は、1954年(昭和29年)に滋賀県大津市に生まれ、第20回木村伊兵衛写真賞、第28回土門拳賞(「拳」の字は正しくは旧字体)、地域文化功労者文部科学大臣表彰をはじめ、数々の賞を受賞しています。
その活動は、作品の発表や執筆活動にとどまらず、一般の人々に里山の自然を体験してもらう「今森光彦さんと里山を歩こう」や、「今森光彦・里山昆虫教室」の開催など、実践的なイベントにも取り組み、近年は、環境農家、ガーデナー、里山環境プロデューサーとしても活動しています。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 滋賀県立美術館 ]

【イベント・展覧会】フジフイルム スクエア|企画写真展 ジャン・アンリ・ファーブル生誕200年記念|今森光彦の地球昆虫紀行|’23年7月28日-8月24日|終了

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フジフイルム スクエア
企画写真展
ジャン・アンリ・ファーブル生誕200年記念
今森光彦の地球昆虫紀行
開催期間  2023年7月28日[金]- 8月24日[木]
開館時間  10:00 - 19:00(最終日は14:00まで、入館は終了10分前まで) 会期中無休
会  場  FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)内、富士フイルムフォトサロン
      東京 スペース1・2・3・ミニギャラリー
入  館  料  無 料
主  催  富士フイルム株式会社
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【同時開催】夏休み自由研究イベント
「昆虫のふしぎ」 フジフイルム スクエア 企画写真展

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< 今森 光彦  いまもり みつひこ >
1954年滋賀県大津市生まれ。写真を独学で学び、1980年代からフリーランスとして活躍。以後、琵琶湖を望む田園にアトリエを構え、自然と人との関わりを「里山」という概念で追う一方で、世界各国を訪ね、熱帯雨林から砂漠まで広く取材。
第20回木村伊兵衛写真賞、第28回土門拳賞、第48回毎日出版文化賞、第42回産経児童出版文化賞大賞など受賞多数。
写真集に『里山物語』、『湖辺』、『今森光彦・昆虫記』、『今森光彦フィールドノート 里山』、『オーレリアンの庭』などがある。写真文集に『萌木の国』、『藍い宇宙』、『里山を歩こう』、『わたしの庭』など著書多数。

※ 下掲詳細公式サイトにて最新情報を確認の上、ご観覧ください。
[ 詳 細 : フジフイルム スクエア ]
[ 参 考 : YouTube 写真展「今森光彦の地球昆虫紀行」 トークムービー「里山・環境活動について」/富士フイルム  33:15 ]

この{活版印刷アラカルト}のウェブページは、限度ギリギリの長尺ブログになっています。そのため動画類を閲覧後は「ページ画面を更新」していただくと、次回からもスムーズなスクロールと閲覧をお楽しみいただけます。

【展覧会】酒田市美術館・土門拳記念館 共同企画|酒田市美術館 今森光彦「自然と暮らす切り絵のまなざし」|’21年5月22日-7月09日|土門拳記念館 今森光彦「自然と暮らす写真のまなざし」|’21年5月22日-7月10日|終了

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酒田市美術館・土門拳記念館 共同企画
◉ 酒田市美術館
   今森光彦「自然と暮らす切り絵のまなざし」
   会 期 : 2021年5月22日[土]-7月09日[金]

◉ 土門拳記念館
今森光彦「自然と暮らす写真のまなざし」
   会 期 : 2021年5月22日[土]-7月10日[土]
      ※ 酒田市美術館と土門拳記念館では 会期終了日 が異なります
        入館料 : 一般 900円 / 高校生 450円
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< 酒田市美術館 >では、蝶々やカブトムシなどの昆虫をはじめ、今森さんの里山に棲む様々な生き物たちや植物、世界中を旅して出会った動物たちのシリーズなど、魅力あふれる切り紙の世界を紹介します。
< 土門拳記念館 > では、四季折々のオーレリアンの庭の写真を中心に、今森さんの里山での暮らしの様子を紹介します。また、第28回土門拳賞受賞作品「昆虫四億年の旅」のなかから、≪メダマカレハカマキリ≫ や ≪ハラビロカマキリ≫など昆虫写真と、立体切り紙作品を同時展示します。

切り紙や写真といった角度から生き物たちの魅了を表現する今森さんの作品をどうぞお楽しみください。

※ 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上ご観覧を。
[ 詳細 : 酒田市美術館   土門拳記念館  ]

【艸木風信帖】活動再開 根岸子規庵|サラマ・プレス倶楽:桐島カヲル|Lingua Florens-ことばの花園|’23年6月29日 梅雨のあいまに

siki01ご て ご て と  草 花 植 ゑ し 小 庭 か な

── この小園は余が大地にして 草花は余が唯一の詩料となりぬ 子規庵 ──
正岡子規(俳人・歌人 1867-1902)「小園の記」より
{ 活版 à la carte   根岸 子規庵 子規庵公式サイト }
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Lingua Florens - ことばの花園

ビルの谷間、人工地盤、五坪ほどの小庭、植えも植えたり、数十種の艸木
Lingua Florens  2023年06月の開花報告
朗文堂 サラマ・プレス倶楽部:桐島カヲル

DSCN3101紫陽花と八重咲きドクダミ
クサノオウクサノオウ
ジギタリス1 ジギタリス2ジギタリス
ナスタチウムナスタチウム
ヒメウツギヒメウツギ
フェイジョアフェイジョア
メリアンサス・マヨール花メリアンサス・マヨール 花
メリアンサス・マヨール実メリアンサス・マヨール 実
葉と水滴メリアンサス・マヨール 葉

ランタナ1ランタナ2ランタナ
夏椿(ヒメシャラ)1 夏椿(ヒメシャラ)3夏椿(ヒメシャラ)
柏葉アジサイ柏葉アジサイ
八重ドクダミ八重咲きドクダミ
藍姫藍姫(アジサイ)

【展覧会】印刷博物館|ギャラリー 企画展示|絵本『あんぱんまん』 ~ はじまりのアンパンマン ~ + 新宿餘談 坂のまち四谷 天がけるあんぱんまん|’23年7月22日-9月24日|

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印刷博物館 P&P ギャラリー
企画展示 絵本『あんぱんまん』
~ はじまりのアンパンマン ~
会  期  2023年7月22日[土]- 9月24日[日]
休  館  日  毎週月曜日(ただし9月18日は開館)、9月19日[火]
開館時間  10:00 - 18:00
入  場  料  無 料
      * 印刷博物館常設展に入場の際は入場料が必要です
協  力  公益財団法人やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団、
      株式会社やなせスタジオ
共  催  凸版印刷株式会社 印刷博物館、株式会社フレーベル館
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子どもたちに大人気のアンパンマンは、絵本『あんぱんまん』から生まれました。
1973年、幼稚園や保育所を通じて販売される月刊絵本「キンダーおはなしえほん」に『あんぱんまん』が初めて登場しました。当時のタイトルは ひらがな で『あんぱんまん』でした。
以来、アンパンマンは世代を超えて子どもたちに愛され、今では知らない人はいないくらいの人気者になりました。
誕生から50年を迎えたアンパンマン。その「はじまり」を原画(複製)とともに紹介します。

◆ 構     成 ◆
第1章  はじまりの「アンパンマン」
第2章  原画から印刷へ
第3章  「見る」だけじゃない印刷

※ 感染症予防対応実施中。下掲公式詳細サイトを確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 印刷博物館  P&P ギャラリー企画展

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◉ やなせたかしの店 アンパンマンショップ
新宿四谷三丁目にある、アンパンマンショップは やなせたかし先生 がつくったお店です。
店内では アンパンマン や ばいきんまん たちが迎えてくれます。

◉ お問い合わせ
やなせたかしの店 アンパンマンショップ
東京都新宿区舟町7
東京メトロ丸ノ内線四谷三丁目駅より徒歩3分
TEL : 03-3226-8180

{ 新宿餘談 }
「アンパンマンショップ」は、新宿歴史博物館と同様にご近所さん。本欄では数少ないご当地ネタ。四谷愛住町・四谷三栄町・荒木町・舟町界隈は、街道をはずれてすこしでも路地に入ると、急峻な傾斜地が多く、また一部の作家・画家・カメラマンなどが「四谷は トウキョウ 
の モンマルトル  !?」と称して住居やアトリエを好んで置きました。やなせたかしさんもそんなおひとりでした。

お店はいまも変わらず、外苑東通りの「おもて通り」で営業しています。上空をときおり あんぱんまん が飛びまわるといいますが、まだ見たものはいません。

【展覧会】京都国立博物館|親鸞聖人生誕850年 特別展|親 鸞 — 生涯と名宝 |’23年3月25日-5月21日|終了

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京都国立博物館
親鸞聖人生誕850年特別展
親 鸞 — 生涯と名宝
会  期  2023年3月25日[土]- 5月21日[日]
      * 会期中、一部の作品は展示替を行います
会  場  京都国立博物館 平成知新館
休  館  日  月曜日
開館時間  9:00 - 17:30(入館は 17:00 まで)
観  覧  料  一 般 1,800円、大学生 1,200円、高校生 700円、中学生以下 無 料
      * 大学生・高校生の方は学生証をご提示ください。
      * 障害者手帳等をご提示の方とその介護者1名は、観覧料が無料になります。
特別協力  真宗教団連合
主  催  京都国立博物館、朝日新聞社、NHK京都放送局、NHKエンタープライズ近畿

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2023年は浄土真宗を開いた親鸞聖人(1173-1262)の生誕850年にあたります。親鸞は京都に生まれ、9歳で出家して比叡山で修行に励みますが、29歳で山を下り、法然上人の弟子となります。そこですべての人が平等に救われるという阿弥陀仏の本願念仏の教えに出遇うも、法然教団は弾圧を受け、親鸞も罪人として還俗させられ越後に流罪となります。
その後、罪が赦された親鸞は、関東へ赴き長く布教に励み、やがて京都へと戻り、晩年まで主著『顕浄土真実教行証文類』(教行信証)や「和讃」など多くの著作の執筆や推敲を重ねました。その90年の生涯と教えは、今も多くの人を魅了して止みません。
本展覧会は親鸞の求道と伝道の生涯を、自筆の名号・著作・手紙をはじめ、彫像・御影・絵巻など浄土真宗各派の寺院が所蔵する法宝物を一堂に集め紹介します。

* 感染症予防対応実施中。下掲詳細を確認の上展観を。
[ 詳 細 : 京都国立博物館  展覧会公式サイト
{新宿餘談}
おもへらく 筆者の生家は浄土真宗の門徒である(らしい)。亡妻の葬儀にさいして、葬儀社から「お寺は、お西ですか、お東ですか」と聞かれ、突然のことで適当に返事をしたら「お東」の僧侶がきたらしい。葬儀のあとで兄嫁さん(神奈川戸塚から信州の愚兄に嫁してきたひと)からひどく叱責された。
「片塩のウチはお西です! 覚えておいてください」。葬儀の喪主をはじめて勤め、平身低頭にはなれたので、ここでも平謝り。したがってウチの墓を一手に引きうけている兄嫁さんには悪いが、いまだに西本願寺も、東本願寺も、どこがどう違うのかよく解らないし、秀吉や家康の思惑を識ろうともしない。教祖:親鸞さんも、どっちでもいいよ …… と許してくれそうな気もする。それが浄土真宗である。つまりは 南無阿弥陀仏 。

【演劇】日本大学藝術学部演劇学科|令和5年度 2年次 総合実習ⅠB (洋舞) 上演のご案内|Modern dance performance ~シンメトリー形式による創作~|’23年12月8・9日|終了

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日本大学藝術学部演劇学科
令和5年度 2年次 総合実習ⅠB (洋舞) 上演のご案内
Modern dance performance ~シンメトリー形式による創作~
日  時  12月8日[金]   19:00 開演
12/月9日[土]   14:00 開演
※ 受付は開演の45分前、開場は開演の30分前です。
※ 開演時間5分前までに来場されない場合、キャンセルとなることがあります。
会  場  日本大学芸術学部 北棟・中ホール
176-8525 東京都練馬区旭丘2丁目42番1号
* 西武池袋線「江古田駅」北口より徒歩3分
チケット情報   入場無料   (要予約)
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日本大学芸術学部演劇学科 令和5年度 2年次 総合実習ⅠB (洋舞)
総合実習IBでは、シンメトリー形式を取り入れた計8作品を上演します。舞台中央線を左右に等分しそれぞれの空間で同時に同じ運動を行う「同時性シンメトリー」と、
空間で起こった運動を反転させ、時間差で右空間に発生させることによりシンメトリーの印象を想像する「異時性シンメトリー」
2つの形式を用いて創作に臨んでいます。是非、劇場でご覧ください。

※ 下掲詳細公式サイト、各種SNS 情報で、最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 日藝演劇学科

【PERFORMANCE & FILM】高知県立美術館|ライヴ演奏付き無声映画 & 秋の定期上映会|「合田佐和子が描いた銀幕のスターたち」|高知ライブエール・プロジェクト|’22年11月17日-11月20日|終了企画

合田佐和子+α

高知県立美術館
ライヴ演奏付き無声映画 & 秋の定期上映会
「合田佐和子が描いた銀幕のスターたち」
高知ライブエール・プロジェクト
期  間  2022年11月17日[木]- 11月20日[日]
      音楽 映画 パフォーマンス
内  容  ライヴ演奏付き無声映画
会  場  高知県立美術館ホール
演  奏  者  坂田明、大友良英、勝井祐二、山本達久、武田理沙
料  金  各日 前売3,000円・当日3,500円
企画原案・司会  田中 淳(松山無声映画上映会実行委員会)
主  催  高知県立美術館(公益財団法人高知県文化財団)、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会
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合田佐和子はマレーネ・ディートリッヒ、マリリン・モンロー、リリアン・ギッシュら数多くのスター俳優を描いています。今回スター俳優たちのあまたの出演作品の中から12作品を厳選して上映します。
また、坂田明、大友良英、勝井祐二、山本達久、武田理沙によるライヴ演奏付き無声映画上映も行います。この機会に往年のスターたちの魅力をご堪能ください。

◉ ライヴ演奏付き無声映画  * 開場は開演の30分前
【 演 奏 者 】
 坂田  明  (サックス、クラリネット、ヴォイス 他)
 大友良英(ギター 他)
 勝井祐二(エレクトリック・ヴァイオリン、アコースティック・ヴァイオリン)
 山本達久(ドラム)
 武田理沙(ピアノ、キーボード、エレクトロニクス)

※ 感染症予防対応実施中です。下掲詳細を確認の上ご参加を。
[ 詳 細 : 高知県立美術館
[ 関 連 : 活版 à la carte【展覧会】高知県立美術館|合田佐和子展 帰る途もつもりもない|’22年11⽉3⽇-’23年1⽉15⽇

【艸木風信帖】「空中庭園」の わっせクン に仲間が増えた|名はまだ無い

わっせが増えた《 わっせクン + ◯◯◯ 》
吾が空中庭園を六年余にわたって占拠している異物が < わっせクン > である。
< わっせクン > は、バレンタイン モトイ ハロウィンのときに、ノ ー学部がなにかのついでに100円ショップで買ってきた。今回調べてみたら2014年のできごとであった。

「わっせクン」は、雪だるまに、ハロウィンの赤カボチャを乗せたようなもので、ソーラーパワー ( 太陽電池 ) がどこかに内蔵されているらしく、価格は安いが構造が簡単だから、六年余のいまなお、陽射しがつよい日には 「 わっせ、わっせ 」 と左右に躰をはげしく振動させる。
ただそれだけのものだが、「空中庭園での」目覚めの一服のさなかは、天気予報係りとして、またたったひとりの朋輩であり、見飽きることがない。 だからベランダにでると勝手に名づけた「わっせクン」と挨拶、顔合わせをつづけている。
[参考:活版 à la carte よき日がいつも-日日之好日*01 春を待つ日日。わっせクン、才助とかわす朝の挨拶  2015年2月10日]
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わっせ02餘談ながら、バレンタインのから騒ぎには参った。好きでもない義理チョコをもらい、ホワイトデーにも苦しめられた。だからここのところの「ハロウィン・ブーム」も、どこかで仕掛け人がほくそ笑んでいるような気がしないでもない。それでもカボチャをくり抜くわけでもなく、ボディペインティングをして街に繰りだすわけでもない。なにせ100円ショップからやってきた愛らしい代物が増えただけである。

ワッセくんが来たころは「サイスケ-才助」の鉢の下にいた。いまは移動した「オカワカメ」の蔓が巻いている下に鎮座した。気のせいか「COVID – 19」騒ぎがはじまってから、カラッと晴れた日が少ないようにおもう。なによりも、真夏のモクモクと湧く入道雲をほとんど見ないまま晩秋を迎えた。
名を考えている。「赤カボチャ」では藝が無いし、Red pumpkin では、たれかにせせら笑われそうだ。そうこうしているうちに「ハロウィン」が近づいた。ハロウィンは10月31日、古代ケルト人の祭をルーツとするという。

[参考:活版 à la carte【おかわかめ倶楽部】妙な会が結成されたらしい|活版カレッジ・アッパークラス|独身男性中心に食用植物{おかわかめ}の育成をはかる| 2016年10月28日]

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【台湾と日本】次世代に向けて-活版印刷術と活版業界用語「クワタ・へいけ・おばけ・お多福 …… 」の継承/日星鋳字行 & サラマ・プレス倶楽部

b14fa936c71ced6d80d52b63064e4fa9 8b7455c483bc078859723029ef6ea2b4 サラマ・プレス倶楽部の皆さんとサラマ・プレス倶楽部 活版カレッジ台湾旅行 日星鋳字行にて 2012 年 10 月06-08日
田中智子さん特製初号活字。写真提供とも。日星鋳字行/サラマ・プレス倶楽部会員:田中智子さんの依頼による初号活字母型と鋳造活字

《世代交代がすすむ 台湾:日星鋳字行、東京:朗文堂 サラマ・プレス倶楽部》
おもへらく、いつのまにか日星鋳字行:張 介冠ご夫妻との交流も10年をこえた。
日星鋳字行(行 は お店の意)は台湾唯一の活字鋳造所である。活字鋳造所とはいいながら、日星鋳字行では、鋳字(活字鋳造)、検字(文選)、そしてときには排版(組版)、印刷までおこなう。
代表の張 介冠さんは、金属加工会社に勤務していたが、中年になって父親の活字製造会社を継承した。また前職の金属加工業勤務の経験をいかし、独自の活字母型製造法をもちいて、「活字母型製造」と「活字鋳造」をにない、夫人の游 珠(阿 珠姐  ≒ 親しみをこめて シュおばさま)が検字(文選)作業をになっている。

同社によると、台北市・台南市を中心に、台湾には16ヶ所の「活字版印刷所」があり、排版(組版)と活版印刷業務にあたっている。活字の供給は当然日星活字鋳造行である。台湾ではまだページ物活版印刷物も多いが、もともと紙型鉛版方式はほとんどもちいず、活字原版刷りが多いとする。印刷機器は、日星鋳字行をふくめ、その設備の大半は日本製である。

[参考:花筏 朗文堂好日録-025 台湾の活版印刷と活字鋳造 日星鋳字行 +台湾グルメ、圓山大飯店、台湾夜市、飲茶 2013年01月22日]

DSCN5894 DSCN5897成長著しい台湾から2015年12月24日、若者が大挙して朗文堂サラマ・プレス倶楽部訪問
日星鋳字行・張 介冠氏のご子息、張 建堂さん(青いチェックのシャツのかた)ほか、小学校時代からの同級生06名で大挙来社。みんな快活・活発・優秀で、医学部や工学部の学生だという。上掲写真左端、髪を縛った女性:潘 怡静さんは日本語会話が流暢にできる。

《台湾の活版印刷を背負って立つ意欲満満の張 建堂さん》
高齢化と定年延長が目立つわが国であるが、中国と台湾では、壮年から老人、すなわちいまでも定年とされるのは60歳が一応の目安である。
張 介冠さんは吾輩よりは一廻りほど若いが、そろそろ後継者にバトンタッチの時だとされた。幸いご子息の張 建堂さんが、活字製造だけでなく、活版印刷に意欲的で、日星鋳字行の事業継承は順調にすすんでいるようである。

また、台湾行政府文化部(わが国の文部科学省に相当か)からの支援を受けて、長年の使用によって損傷が目立つ、同社使用の「電胎法活字母型」を、CAD 方式をもちいた、あたらしい活字母型製造法によって、試行的に「宋体 → わが国の明朝体」の One Font (ひとサイズでひと揃い)の製造を「臺灣活版印刷文化保存會」として受注されている。すなわちまだ現役バリバリの張 介冠さんである。

ところで、吾が朗文堂でも日星鋳字行と同様に、吾輩:片塩二朗から大石 薫への事業継承が進行中である。吾輩は生来の不精者であるから、社名変更だろうとなんであろうと、一刻も早く継承を終えたいが、大石は、
「動かざること岩のごとしーとうそぶいている片塩は、代表をやめたら会社にも出てこなくなる」
と見抜いて、死ぬまで酷使するつもりらしい。ヤレヤレである。

[参考:活版 à la carte 台湾の若者が大挙してクリスマスイヴに来社。日星鋳字行代表/張介冠氏のご子息が活版印刷機Salamaシリーズに興味津津 2015年12月25日]

《わが国でも成功、実施されている新活字母型製造法》

tsukiji5_01ネクタイ・デザイン 千星健夫氏:新技法による五号明朝体活字母型

わが国でも特殊書体を中心に、いまだにもちいられている「電胎法」による活字母型にも損傷が目立ち、少なくとも大幅な補修が必要な時代となっている。ところがデジタル全盛のいま、いかんせん130年余以前の技術である、パントグラフの技術を援用した機械式活字母型製造法、俗称「ベントン活字母型彫刻法」を復活させることは、関連技術や資材が途絶している現代では現実的ではなかった。

わが国の千星健夫氏とそのグループが、意欲的に採用した加工技術は「コンピューター数値制御切り削り加工」であり、金属加工業界では「CNC」とする一般的な加工技術で「Computer Numerical Controlled (CNC)Cutting」とされる技術である。
唯一の悩みは、台湾行政府文化部のような、強力な支援者や発注者がいないことである。

[参考:メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭-17{展示報告 ①}[サラマ・プレス倶楽部会員]千星 健夫{新技法による活字母型の試作と活字鋳造}── ちいさな一歩、おおきな成果

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《2020年春、日星鋳字行:張 建堂さんから、サラマ・プレス倶楽部への質問と回答

年齢が近い張 介冠さんと吾輩との関係と同様に、張 建堂さんにとっては、大石が頼りになる相談相手らしい。中国語と日本語(おそらく潘 怡静さんの翻訳)で、ふるい活版印刷業界用語に関する質問があった。

回答にあたったのは大石で、資料は『印刷事典 第四版』であった。この『印刷事典 第四版』と版数まで明示したのには、四版と最新版としての五版にはおおきな段差があることによる。すなわちこれらの活版印刷用語は第五版では削除され、代わってデジタルプリント用語が増加している。

日星鋳字行の了承を得てここに紹介し、またわが国でもこうした用語の継承は断絶気味であるので、のちほど、本 WebSite 内の『活版印刷用語集』にも収録したい。朗文堂/サラマ・プレス倶楽部の WebSite 管理者は、前述の ネクタイ・デザイン:千星健夫 氏である。

マーク

日星鑄字行 ╳ 臺灣活版印刷文化保存會
http://www.letterpress.org.tw/

朗文堂 大石小姐

您好 久疏問候
這陣子在補充及整理鉛角,整理時聽父親(張先生)說,台灣以前產業內溝通時,有兩種鉛角有比較特殊的稱呼法,稱  3/4 鉛角音大概是 obake (obage),2/3 鉛角音大概 heike (heige)。
想跟您請教一些問題
請問日本也有這樣的稱法嗎 ?  如果沒有的話,請問怎麼稱呼鉛角 ?  關於這兩個特殊名稱可能會有什麼由來嗎 ?
感謝您

日星鑄字行
──────────────
朗文堂 大石樣
ご無沙汰しております。
伺いたい事があります。最近クワタを片付けていて、父からクワタの特別な呼び方を教わりましたが、それは五号の 3/4 は obake(obage)、五号の 2/3 は heike(heige)と呼ばれていたということです。でも、父はその由来を知りません。

そこで、大石様に伺いたいのです。日本ではそのような呼び方がありますか? その由来はご存知ですか? もしないなら、クワタそれぞれは、どうやって呼びますか?
どうぞよろしくお願いたします。

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日星鋳字行
張 健堂 様

こちらこそご無沙汰をいたしております。
さて、ご質問の件、拙著『 Viva!! カッパン 』に記載している内容と【 クワタ kuwata 】の復習も含め、以下にまとめましたので、参考にしてください。

なお、活版印刷関連機材の呼び方 ── 業界用語は、地域や印刷会社によっても異なります。その点もあらかじめご理解ください。
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【 クワタ kuwata 】
ラテン語で正方形や四角形を表す「 quadratum 」に由来し、英語では「 quadrat 」や「 quad 」と呼ばれます。そこから訛って(転訛)、日本では「クワタ kuwata」と呼ばれています。

日本語の組版では、「全角(正方形)」および「全角よりも大きな」倍物の込め物を「クワタ」と呼びます。
欧文組版では、「1/2よりも大きな」込め物を「クワタ」と呼びます。

ちなみに、全角の 1/2 が「半角」と呼ばれるようになったのは、写真植字の時代からだそうで、活字の時代は「二分-呼び方は nibun もしくは nibu 」と呼ばれていました[この印刷・デザイン用語としての  半角 の由来に関してはいずれ別項を設けて説明したい]。

なお、漢字活字や日本語の活字は、正方形の全角の body に鋳込まれることが基本となりますが、欧文活字では、文字ごとに body の横幅が異なりますので、漢字圏とアルファベット語圏では、全角や半角に対する意識が異なります。

欧文活字では、アルファベットの「 m-発音は em 」の横幅が全角に近く、「 n-発音は en 」の横幅が 1/2 に近い形状をしているため、全角のクワタを「 em 」、1/2のクワタを「 en 」と呼び、2倍のクワタは「 2 em 」、3倍のクワタは「 3 em 」と表します。

また、欧文組版では、
1/3 の込め物を「thick」   (厚目の分物のスペース)
1/4 の込め物を「middle」(中ぐらいの分物のスペース)
1/5 の込め物を「thin」     (薄目の分物のスペース)
と呼び表し、それより薄いスペースは「hair space」と呼ばれます。

【 へいけ heike 】
偏平活字の一種で、全角の 2/3 の大きさに作られたものです。五号活字サイズだけではなく、どの大きさでも全角の 2/3 の規格であれば、「へいけ」と呼ばれます。
込め物だけでなく、2/3 に作られた偏平の文字活字をも表します。へいけの和文活字は、ルビ活字として用いられることが多くありました。
呼び名の由来は「平型  heikei 」が訛ったものだと考えられます。

【 おばけ obake 】
偏平活字の一種で、全角の 3/4 の大きさに作られたものです。
五号活字サイズだけではなく、どの大きさでも全角の 3/4 の規格であれば、「おばけ」と呼ばれます。込め物だけでなく、3/4 に作られた偏平の文字活字をも表します。「おばけ」は、数字やルビ活字として用いられることが多くありました。

日本語の「おばけ」とは「お化け」、「化け物」や「妖怪」「幽霊」の類のことです。呼び名の由来は、3/4 の込め物は全角のクワタと大きさが近しいため、見間違えることも多く、クワタケースの中で、この 3/4 の込め物が全角のクワタの中に間違って紛れ込んでしまいがちであり、神出鬼没であることと、組版の際にこれらが混ざっていることに気が付かずに組み込んでしまうと、組幅がずれて、化かされたような感じの様子になることに由来すると考えられます。

【 お多福 otafuku 】
全角文字を偏平に作った活字のことです。つまり、「へいけ」も「おばけ」も、お多福の一種ということになります。主に表組、数字、ルビ、丁付けに使用されます。
名前の由来は偏平の活字形状が、「お多福-中国語では「丑女脸」にあたるのではないかと思います」の押し潰されたような顔の様子を彷彿とさせるからだと思います。
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その他にも活字の込め物関連で、日本での面白い業界用語としては、「切り餅」や「羊羹-ようかん」などがあります。

「切り餅」とは初号8倍角の、「羊羹」は初号4倍のジョスやクォーテーションと呼ばれる大型の込め物です。名前の由来は、それぞれの大きさや形状が、ちょうど「切り餅」(日本の餅には、餅を丸めて形作った丸餅だけでなく、伸した餅を四角く切り分けて形作った切り餅があります)や、切り分けた羊羹に似ているためだと思われます。

なお、「切り餅」や「羊羹」に関しては、凸版印刷(株)内での職人ことばかもしれません。ほかの印刷所で使用されているかどうかは不明です。
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朗文堂/サラマ・プレス倶楽部
大石 薫 (OISHI Kaori)

【イベント】出島長崎と異なる彩りにつつまれて-長崎燈會|100万人を魅了する、長崎冬の一大イベント!|2020長崎ランタンフェスティバル|’20年1月24日-2月9日

ランタン01 ランタン02

100万人を魅了する、長崎冬の一大イベント!
2020長崎ランタンフェスティバル
開催期間  2020年1月24日[金]-2月9日[日]
      * 開催期間は旧暦の1月1日(春節)から1月15日(元宵節)までです。
会  場  長崎県長崎市新地中華街、観光通りアーケード、中央公園 ほか
電話番号  095-822-8888 (長崎市コールセンターあじさいコール)
時  間  〔点灯時間〕期間中17:00-22:00まで点灯
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中国の旧正月を祝う行事「春節祭」を起源とする、長崎の冬の一大風物詩「長崎ランタンフェスティバル」では、長崎新地中華街をはじめ、湊公園、中央公園、眼鏡橋周辺、浜市・観光通りアーケードなど、長崎市内の中心部に、約15,000個にも及ぶ極彩色のランタン(中国提灯)や、大型オブジェが幻想的に飾られ、街を華やかに彩ります。
期間中は毎日各会場で、龍踊り、中国雑技、二胡演奏など、中国色豊かなイベントが繰り広げられます。

【前夜祭】2020年1月24日[金] 点灯は18:00-22:00
  * 前夜祭では15:00から新地中華街会場、中央公園でぜんざいを配布します。
【後夜祭】2020年2月09日[日] 点灯は17:00-21:00
◉点灯時間:17:00-22:00(点灯式の日のみ18:00-22:00、金曜・土曜は23:00まで)
  * 新地中華街会場、浜んまち会場、中央公園会場については12:00-22:00まで点灯
  * 1月31日[金]、2月1日[土]、7日[金]、8日[土]は ~23:00まで点灯
       * 雨が降っても点灯しています。

[ 詳細: 長崎市公式観光サイト あっ!とながさき

【 YouTube 長崎ランタンフェスティバル 公式   2:00 】

【艸木風信帖】吾が空中花壇の女王|トロロアオイとウィキョウ|ことしも元気に開花です

トロロアオイ写真

ごてごてと 草花植ゑし 小庭かな

正岡子規(俳人・歌人 1867-1902)「小園の記」ゟ

吾が空中庭園 ── 失礼千万ながら、ひとにより「ベランダ鉢植え雑艸園」ともいう ── の女王「トロロアオイ」が花をつけている。もともと晩夏のころに咲いていたが、徐徐に開花時期がはやくなり、ことしの開花のはじめは6月6日で、それからほぼ毎日、一輪から三輪ほどのおおきな花をつけている。
この種子のもとは2009年05月に、都下あきる野市五日市町の軍道紙-ぐんどうがみ-工房からわけていただいた数株の苗にはじまった。あれから10年にもなるのかと驚くばかりである。もちろん中途に種子から育苗したので、これが何代目かわからないが、すくなくとも越冬年越しすること三回の古株である。

正岡子規の旧宅「子規庵」は、筋向かいの「書道博物館」ともども、鶯谷駅からしばらくの通路の環境はちょっとアレだが、お気に入りの場所でときおり訪れている。子規庵の庭には、いまなら朝顔が咲きはいめているだろうし、晩夏になると糸瓜-へちま-がぶらりと垂れさがっているのもよい。

フェンネル NHK趣味の園芸NHK 趣味の園芸 ゟ

ところでトロロアオイの左うしろでひょろひょろと咲いているのは「フェンネル ウイキョウ・茴香」である。吾が郷里信州では茴香と呼んで、新芽は茎ごとゆがいて食していたし、その根はタマネギにも似て、大きく甘みがあってなかなか良い。実家の庭に茫茫と勝手に生えていたので、野生かとおもっていたら栽培植物だった。もちろん空中庭園では一株だけの栽培である。

【トロロアオイ/黄蜀葵】
アオイ科の一年草。中国原産。草丈は本来2メートル近くになるが、最近は0.5-1メートルの丈の低い品種が多く栽培されている。葉は互生し、葉柄が長く、掌状に深く裂ける。
夏から秋、淡黄色で中心部が濃赤紫色、径15-20センチメートルのおおきな五弁花をつける。花は1日でしぼむが、茎の下位から上位へと順に次〻と開く。植物体全体、とくに根に粘質物を多く含み、これを手漉き紙を漉くときの糊剤(ネリ)として利用する。また花を観賞用・食用ともする。糊原料をとるための栽培では、開花・結実させないために、つぼみがついたら先端部を刈り取って根に養分をたくわえる。
活版 à la carte トロロアオイまとめ

【フェンネル、ウイキョウ(茴香、学名: Foeniculum vulgare)】
セリ科ウイキョウ属の多年生草本である。別名ショウウイキョウ(小茴香)。英語名からフェンネル(Fennel)またはフェネル、仏語名からフヌイユ (fenouil) とも呼ばれる。
フェンネルの鱗茎(葉柄基部が肥大したもの)はフィノッキオ (finocchio) とも呼ばれ、野菜としてタマネギなどのようにサラダや煮物、スープなどに用いられる。茎・葉は生食されるが、そのほかにも佃煮、シチューなど肉料理の香味野菜として使用される。

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バウハウス+ディスティル-2明治百五十年祭をはじめ、周年事業が盛んである。
オランダの新造詣運動<DE STIJL>は1917-1931、同名の雑誌『DE STIJL』に結集した造形者によって展開された。
<BAUHAUS> はデザイン教育機関で、第一次・第二次世界大戦の狭間にあって設けられた。

どちらも創刊100年であり、学校開設100年を迎えている。
2019年もなかばを過ぎたいま、小規模な展示会や講演会の話題はチラホラしているが、かつてのように大型展開催の情報は管見に入らない。上掲二冊の図書は、二十世紀初頭の混乱期にありながらも熱かった造形界の記録である。この忘れ去られたような二冊の図書をみていると、梅雨寒の昨今の陽気と似て、どこか造形界のモチベーションが低下しているようでさびしいおもいもある。

[画像データー作製:青葉水竜]

【新ブログ絶好調】私の獨逸日記|戸叶勝也ブログ|ドイツの冒険作家 カール・マイ その03|冒険物語の足跡をたどって(01)

戸叶03

ブログ著者紹介 ── 戸叶 勝也
とかの かつや 1938年 うまれ

DSCN2591-300x242ドイツ史学・ドイツ文学、日本大学元教授。 東京生まれ。1961年 東京大学文学部西洋史学科卒業。NHK教育局、国際局勤務。その間ドイツ海外放送勤務。88年日本大学経済学部助教授、91年教授、2009年定年退任。専攻、ドイツ近現代史。

特にドイツ出版文化史、ドイツの冒険作家カール・マイの翻訳・研究を行う。

カール・マイ冒険物語 全12巻 朝文社

著 書
ドイツ出版の社会史( グーテンベルクから現代まで) 三修社  1992.12
レクラム百科文庫 ~ドイツ近代文化史の一側面~ 朝文社  1995.12
グーテンベルク  清水書院  1997.8 (人と思想シリーズ)
ドイツ啓蒙主義の巨人 フリードリヒ・ニコライ  朝文社  2001.2
ヨーロッパの出版文化史  朗文堂  2004.10
知られざるドイツの冒険作家カール・マイ  朝文社  2011.10

Bbunkashi1ヨーロッパの出版文化史 朗文堂

翻 訳

カール・マイ冒険物語 1 サハラ 砂漠からメッカへ    朝文社 2013.12
カール・マイ冒険物語 2  ティグリス河の探検      朝文社    2014.2
カール・マイ冒険物語 3 悪魔崇拝者           朝文社 2014.5
カール・マイ冒険物語 4   クルディスタンの奥地にて     朝文社 2014.8
カール・マイ冒険物語 5 ペルシア辺境に沿って       朝文社 2014.10
カール・マイ冒険物語 6 バグダードからイスタンブールへ 朝文社 2015.1
カール・マイ冒険物語 7    ブルガリア南部にて       朝文社 2015.8
カール・マイ冒険物語 8 バルカン峡谷にて         朝文社 2015.12
カール・マイ冒険物語 9 オスマン帝国の辺境        朝文社 2016.4
カール・マイ冒険物語 10  マケドニアを行く         朝文社 2016.8
カール・マイ冒険物語 11   アルバニア山地にて       朝文社 2016.12
カール・マイ冒険物語 12 アドリア海へ         朝文社 2017.4

ヒッタイト帝国~ 消えた古代民族の謎 ~ヨハネス・レーマン著  佑学社 1979.5
シュメール文明~ 古代メソポタミア文明の源流~ ヘルムート・ウーリッヒ著  佑学社 1979.
オスマン・トルコ帝国~ 世界帝国建設への野望~ ウルリッヒ・クレーファー著  佑学社 1982.4
ギリシア・ローマ時代の書物  ホルスト・ブランク著  朝文社 2007.10
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私の獨逸日記|戸叶勝也ブログ

◯ ドイツの冒険作家 カール・マイ(01)
その01 没後百年祭に参加して
◯ ドイツの冒険作家 カール・マイ(02)
その02 冒険物語の魅力はどこに ?
◯ ドイツの冒険作家 カール・マイ(03)
冒険物語の足跡をたどって(01)

チュニジア旅行(2009年12月)
  <物語の叙述>
  <私の旅行記の記述>
エジプト~ナイルの船旅~(2018年2月)
  <物語の叙述>
  <私の旅行記の記述>

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活版アラカルトまとめ

【日々之好日】春節-己亥大吉 旧正月の祝|有朋自遠方来不亦楽乎 ── 朋有り遠方より来たる亦た楽しからずや|たくさんのご来客とお祝いの記念品が着到|

DSCN9641小さな花 kinn の古字《春は名のみの …… 寒い毎日ですが》
吾が空中庭園ではスミレがひっそりと開花している。
ここは南面しているので、晴天なら陽だまりになるが、この頃の曇天のなかではさすがに寒そうである。

【 スミレ 菫 菫菜-キンサイ 】
春、道ばたや森の中で深い紫の花を咲かせる。自生している場所や、その色から奥ゆかしい花とされ、「花のことのは」は、「誠実」「ひかえめ」。

歳時記では卯月-四月の花とされている。

日本では多くの種類のスミレが自生しているので香りは種類によって異なる。スミレを特定の種の和名として用いるほか、スミレ属各種を総称することも多い。
スミレの名は、下弁の形が、大工が使用する墨壺に似ているからつけられたもので、墨入れの略とされる。漢の字「菫」を与えて「菫-すみれ」とするのは俗用で、中国では「菫菜-キンサイ」と書かれることが多い。
英語では「violet バイオレット」と書くが、サンシキスミレ( V. tricolor L. ビオラ・トリコロル)系のものは、主として園芸品種の系統を「pansy-パンジー」、また主として野生種のものを「heartsease-ハートシーズ」とよんで区別する。

[参考:『日本大百科全書』(小学館)]

DSCN9660 DSCN9652 DSCN9657北京の印刷・出版社の中華書局数字出版中心:李 晨光さんから、『己亥大吉-きがいだいきち』のデスクダイアリーと、『唐詩之美日暦』『宋詞之美日暦』の春節を祝う携行カレンダーが到着した。
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中華書局は自社活字書体の「聚珍倣宋版」を有し、中国有数の印刷・出版企業の中核企業である。「中華書局数字出版中心」での数字はデジタルを、中心はセンターをあらわすので、李 晨光さんは同社のデジタル・パブリッシング部門の総括責任者ということになろうか。

李 晨光さんとの最初は2015年04月03日、東京での学会にパネラーとして参加されたおふたりが、中途で「脱出」して、小社を訪問されたことにはじまった。その後はやつがれが北京を訪問したり、招聘された際にお会いしていた。
政府系企業から招聘をうけて訪中した際に、主催者にお願いして前夜祭のパーティーに李 晨光さんをお招きしていただいた。驚いたのは並みいる有名大学の教授陣が競って李 晨光さんのもとに駆け寄って名刺交換にあたっている光景であった。

宴が終わったのちに、親しい某教授に伺ったところ、
「中華書局は学生の憧れの職場ですから。ねっ」と艶然と微笑まれた。
やつがれも現役時代にはそれなりに学生の就職先を気にしていたが、巨大大国となった中国では、著名企業への求職競争は熾烈なものがあることをのちに知った。

[ 関連: 朗文堂好日録-045 卯月四月がおわり、新緑と薫風の皐月五月のはじまり ]

2015年の記録ですが、ここに若干の補整を加えて紹介したい。
DSCN8622 DSCN8627お客さまご訪問 右から、中華書局(北京):李 晨光氏、商務印書館(香港):毛 永波氏 

《 2015年04月03日〔金〕、おふたりの中国の印刷・出版人がご来社に 》
朗文堂 サラマ・プレス倶楽部のホームページをプリントされ、それを提示されながらの、ほとんどノーアポでのご訪問でした。

日本で<活版ルネサンス>の動向が顕著なことと、朗文堂 サラマ・プレス倶楽部のうわさわを聞きつけてのご訪問でした。
◎背の高いかた) 李 晨光 さん (中華書局〔北京〕  数字出版センター)
◎メガネのかた) 毛 永波 さん (商務印書館〔香港〕有限公司 取締役・副編集長)
おふたりは <第18回 東アジア出版人会議> のパネラーとして来日され、その寸暇をぬすんで、まったく突然のご訪問でした。

《デジタルプリントの話題はほどほどに、中華書局:聚珍倣宋版、商務印書館:倣宋体活字で話題がおおいに盛りあがる》
中華書局には「聚珍倣宋版」があり、商務印書局には「倣宋体活字」という、すぐれた本文用活字書体がある。

このふたつの活字書体はわが国にも昭和前期にもたらされ、中華書局系は名古屋・津田三省堂らによって「宋朝体」の商品名で発売された。商務印書館系は大阪・森川龍文堂によってもたらされ、「龍宋」の商品名で発売されていた。

この宋王朝刊本字様を淵源とする活字書体を、故・毛沢東首席が好んだことはかつて紹介した。 また現代中国では、宋体(わが国の明朝体)にかえて、倣宋体(わが国のいわゆる宋朝体)が本文用活字書体として再評価されている。 たまたま小社でも「宋朝体研究」が進行中で、その資料をみたおふたりとも、おおいに驚き、喜んでいただいた。

おふたりとも職掌上デジタルメディアにたずさわっているが、やはり印刷 ・ 出版人の <活字好き> は日中ともに変わらないようであった。

《邢 立 老師、ことしの春節をご夫人とともに日本ですごす》

<上海に営業所を有する知人からの情報>

今年の中国春節の休暇は 2月4日[月]-10日[日]、実質 3 日[日]をあわせて連続 8 日間の休暇となっています。弊社の上海事務所は政府の規定どおりの休暇ですが、生産工場などは 2 週間から 1 ヶ月間を休業としているところが多いようです。

’19年11月末、長崎で開催された<「平野富二生誕の地」碑建立祝賀祭>に北京から参加され、会話翻訳機を駆使して、すっかりサラマ・プレス倶楽部会員とも親しくなられたのが邢 立-シン リツ- さん。
[ 参考: Notes on Typography 【ことのは】春節 シュンセツー旧正月|中国:春節 連続8日間の休暇|長崎新地地区を中心に「2019長崎ランタンフェスティバル」2月5日-19日 ]

さきに愛娘が結婚されて、まもなく出産ということで(邢 立 老師はオジイサンになる)、北京印刷大学教授でもあるご夫人は、日本の温泉を楽しみ、またベビー用品のお買い物に忙しいとか。
そこで邢 立さんはひとりで朗文堂に来社して、いつものタイポグラフィ論議。
中国の春節のすごしかたも、少しずつ変わってきているようです。

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【2019年01月壁紙】国立科学博物館|特製壁紙プレゼント|明治150年記念「日本を変えた千の技術博」ゟ マツダ コスモスポーツ

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国立科学博物館|特製壁紙プレゼント
2019年01月の壁紙は、現在開催中の特別展 明治150年記念「日本を変えた千の技術博」からマツダ コスモスポーツです。

東洋工業(現:マツダ)が1967年に発売した乗用車で、耐久性・実用性に優れたロータリーエンジンを搭載した車として、世界的にひろく知られる存在となりました。

【 詳細: 国立科学博物館 】 { 活版アラカルト過去ログまとめ

【2018年12月壁紙】国立科学博物館|特製壁紙プレゼント|コマツブルドーザー G 4 0(小松 1 型均土機)

img_1024_768国立科学博物館|特製壁紙プレゼント
12月の壁紙は、現在開催中の特別展 明治150年記念「日本を変えた千の技術博」からコマツブルドーザーG40(小松1型均土機)です。
本機は第2次世界大戦中に国からの要請で飛行場建設などの目的で開発されました。フィリピンで稼働していましたが、終戦後アメリカ軍に接収され海中投棄されるなど数奇な運命をたどって日本に里帰りしました。
総重量5トン、「機械遺産」にも登録された貴重なブルドーザーの迫力ある姿を、ぜひ会場でご覧ください。

【 詳細: 国立科学博物館

【2018年11月壁紙】国立科学博物館|特製壁紙プレゼント|ノウサギ(左:冬毛 右:夏毛)

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国立科学博物館メールマガジン特製壁紙プレゼント
11月の壁紙は、日本館2階南翼にて展示しているノウサギ(左:冬毛 右:夏毛)です。

ノウサギの夏毛は日本ではどこでも褐色ですが、冬毛は雪が積もる地域では敵に見つからないように白くなり、積雪のない地域では白い体色は目立つため、冬でも褐色のままです。そして、ウサギの後ろでは補食者であるテンがノウサギを見つめています。

テンは雪の中でノウサギを見つけることができるのか、ノウサギは逃げることができるのか、など想像を膨らませながら、毛色の違いを是非実際に確かめてみてください。

【 詳細: 国立科学博物館 】

【映画試写会】チェコセンター 特別試写会 映画「 審 判 」4月26日 申込終了

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チェコセンター
特別試写会 映画「 審 判 」(フランツ・カフカ原作/ジョン・ウィリアムズ監督)
* 定員に達しました為、お申し込みを締め切らせて頂きました
日 時:2018年4月26日[木]13:30-(13:00開場)
会 場:チェコ共和国大使館映写室(東京都渋谷区広尾2-16-14)
定 員:お申し込み先着順 35 名様 料金無料
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プラハ生まれのドイツ語作家、フランツ・カフカ(1883-1924)の小説「審判」を、イギリス出身のジョン・ウィリアムズ監督が、現代の東京を舞台に映画化し、今年6月に日本でも劇場公開されます。劇場公開に先立ち大使館映写室で開催する試写会に、限定35名様をご招待いたします。試写会には監督も登壇する予定です。

【詳細: チェコセンター 】   続きを読む

【図書紹介】台湾の造形者によるちいさな絵本『小恐龍的秘密任務-活版印刷入門秘笈』

【左】イラスト担当のChang(張)さん、【右】文章担当のChenさん台湾から来社された女性造形者のおふたり
左)イラスト担当/張 臻さん    右)文章担当/諶 怡蓉さん

20180123171201_00003 20180123171201_00006 20180123171201_00005 20180123174453_00001『小恐龍的秘密任務-活版印刷入門秘笈』は、わが国ならさしずめ{ちいさな恐竜の秘密の任務-活版印刷入門 秘密の小函}となるのでしょうか。
正方形にちかい重箱本で、本文28ページ+表紙4ページ、糸かがり中綴じ、墨+特色の二度刷りの小冊子です。
かわいい恐竜が「龍麺包-龍のパン屋さん」の新開店告知フライヤーを、活版印刷を学びながら製作する物語のようです。

台湾では行政が本気で活字版印刷の継続を支持していることは、本欄でも花筏でも度〻とりあげてきた。
『小恐龍的秘密任務-活版印刷入門秘笈』も、発行/台湾活版印刷文化保存協会であり、賛助単位/台北市政府文化局と巻末にしるされている。「賛助単位」とは訳しずらいが、協賛にちかいとおもって差しつかえなさそうである。
こうした行政の支援と、日星鋳字行代表:張 介冠さんのおおらかなお人柄で、台湾では活版造形者がどんどん増えている。
上掲写真のおふたりも、台湾では入手できない活版印刷用の機器・資材をお求めになり、嬉しそうに帰られた。わが国も、ここが頑張りどころのようである。

【薙野たかひろ】2018 PAPER CALENDAR 元気です、継続です。36回目の挑戦

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HELLO NAGINO POSTERS  薙野たかひろ
朗 文 堂 刊

2018 PAPER CALENDARです。

来年はクロです!

2018年ペーパーカレンダー。
来年でナ,ナント36年目になります。
1982年の11月にニューヨークに1ヶ月、遊びにいき、まっ、コーフンしたのでしょう。
その状態のまま帰ってきて、作りたーいと当時のクライアントにお願いして出来たのが、
最初の1983年のカレンダーです。

それから36年。いやはや、続くもんですね〜〜
36年分の表紙はココで見ることができます。

http://www.nagino.jp/calendar_10.html ⇦ 必見の価値が有り〼!

というわけで来年のカレンダーです。

Two Square Records

Pink Floyd Fearless

fu fu fu fu

◯ カレンダーはオンラインショップSTORESでお求めになれます。
https://nagino.stores.jp
◯ 下記のお店でも販売しています。

http://www.nagino.jp/calendar_10.html

【Season’s Greetings】台湾{字田・活字排版実験室}髙 鵬翔さん 紙製簡易活版印刷キット{活印盒}第二弾

DSCN5681 DSCN5710 20171221153720_00001 20171221153720_00002暮れも押しつまったある日、郵便局員が苦笑いしながら小ぶりな段ボールを配達していった。
段ボールの側面にはびっしりと切手が貼られ、ご丁寧にもひとつひとつに消印が押されていた。荷送り人は台湾で紙製簡易活版印刷キット{活印盒}を製造されている髙 鵬翔さん。

活字版印刷(活版)といいながら、いつのまにか樹脂凸版印刷が増加したわが国とくらべ、台湾では金属字の供給が比較的円滑ですし、不足活字母型の新規彫刻も可能である。
髙 鵬翔さんはそんな台湾の活字供給事情を背景として、「活字は苗、込め物は土。できた活字のコマは 漢字 田 に見える」とされ、みずから{字田}と名づけた紙製簡易活版印刷キット{活印盒}を開発されている。ちなみに「盒 ゴウ」は飯盒ハンゴウなどにももちいられる字で、「みと蓋をあわせてとじる容器」の意となる。

2016年の秋に来社された折持参された{活印盒}をさらにバージョンアップ ?  した新製品をご送付いただいた。
リンク先に動画をふくめて豊富な資料がある。ぜひご覧いただきたい。

IMG_274012016年10月来社時の台湾のおふたり

{関連記事:活版 à la carte 2016年10月28日/台湾{字田・活字排版研究室}髙 鵬翔さんらが活字盒をひっさげて来社 意欲満満テイクノートが早くて正確なこと見事まで
【 詳細情報 : 字田活字排版実験室

【Season’s Greetings】 ドイツのふるい友人バウマン+バウマンより All the best…  ことしのクリスマスは雪のスイスで過ごすそうです 

!cid_image001_jpg@01D374E1 !cid_image002_jpg@01D374E1 !cid_image003_jpg@01D374E1 !cid_image004_jpg@01D374E1 cid_image001_png@01D239D91バウマン&バウマンはふるい友人。ちょっとかぞえてみたら間もなく30年になる。
クリスマス休暇は、愛娘のカルラ、息子のレオン、そして愛犬の〝wuff〟とともに
雪のスイスで過ごすそうです。
ところでやつがれ、無為の日〻をすごし、そろそろ庵号なぞを決めようと愚考している。
すこし長いが「適文適字齋」などいかがであろう。史記・伯夷「我安適帰矣=我いづくにか適帰せん」からとった。あるべきところにいって、身をおちつかせるのこころである。

バーバラ・バウマン+ゲアド・バウマン b+b 

文字壹凜まとめ 】
【 文字百景26  バウマン+バウマンと私たち PDF moji-hyakkei 26 B&B_1 】

 

【よき日がいつも-日日之好日】 誕生日 めでたさもほどほどなり 夜長月

IMG_0185顔がにやけている。素直に喜べばいいものを、つい憎まれ口をしるすのは悪い癖だ。
九月末、やつがれの誕生日をサラマ・プレス倶楽部の有志が祝ってくれた。
九月は別称「夜長月」とされ、下旬には裏梅雨で雨の日も多い。したがって和歌の世界では、「秋」を「飽き」にかけて使うことが多い。


わが袖にまだき時雨の降りぬるは君の心にあきや来ぬるらん

徐徐に先輩だけでなく、友人・知人も黄泉にあそぶひととなってきた。

狂言 空腕 「その上冥土にも知る人と申すが、某より先に参ったものも有らうに、何としても逢はぬ事ぢや知らぬ」


つまり、この歳になると、誕生日など格別めでたくもなく、「誕生日、冥土の旅の一里塚」というのが実感でもある。 嗚呼

【艸木風信帖】 04 トロロアオイ 漢名/黄蜀葵 ゆく夏を惜しんで今を盛りと

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 歩きゐて  日暮るる  黄蜀葵かな  澄雄

吾が空中庭園の女王 : トロロアオイが次〻に大輪の花をつけている。
寝起きに「ロダンの椅子」に腰をおろしてこの花をみるのが最大の朝のよろこびである。
空中花壇にはトロロアオイを二鉢植えてあるが、ひとつは三年物、ひとつは二年物で、ときおりみる一年草という紹介はすこし違うようである。

ただし連作をひどく嫌うようで、ことし新潟長岡の「紙漉サトウ工房」からいただいた種子を播いた黒ポットに、迂闊なことにかつてトロロアオイを育てた土をもちいたら、発芽が貧弱で生育に失敗した。来年の再挑戦がいまからたのしみである。
もうすこし秋がふかまると、蒴果サクカ(種子)は黒ずんで硬くなり、風に吹かれておもく揺れる。中にはごま粒ほどの種がみっしりと入っている。
今回はみずからの学習と整理をかねて、辞典的な説明をさせていただいた。
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トロロアオイは中国原産のアオイ科の多年草で、漢名を「黄蜀葵 オウショクキ」と呼ぶ。
その根は胃腸炎・喉頭炎などの薬用となり、また流し漉き用の「ねり 粘剤」の原料、あるいは観賞用に栽培される。
「ねり」は楮 コウゾ や 雁皮 ガンピ などの紙料の繊維を、水中に均等に分散して漂浮させ、均等な厚みと強靭な紙をつくるのに利用する。工業用には化成品もあるが、手漉き紙にはトロロアオイかノリウツギの根から抽出する粘液が好適とされる。

茎は矮性種もあるが、ふつう高さ 1-2m。葉は長い柄があり、手のひら状にヤツデのように 5-9 に深裂する。
夏から秋にかけて直径10cmほどのおおきな花を、茎の上部にまばらな穂状につける。花は朝顔のように短命で、朝方開花し午後にはしぼむ一日花で、淡い黄色。中心部に鮮やかな赤紫色の目が入り美しい。おしべは多数、花柱は5本に分かれ青紫色。
蒴果サクカは角ツノで5稜あり、剛毛があって熟すと硬くなる。
根部は長さ20cmほどの紡錘形に肥大する。根は粘液を多量に含み、打ち砕いて(叩解)水につけたものを手漉き紙の「ねり」とする。本来は多年草であるが、「ねり」にもちいるためには蕾をとり、根に養分をたくわえる。したがって栽培上は一年草として扱う。季語は夏である。


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【図書紹介】 澤田瞳子『若冲 jakuchu』(文春文庫)

20170828180714_00001生誕三百年を迎えて若冲が話題である。昨年の東京都武術館での若冲展は、やつがれは開催早〻に駆けつけたが、次第に話題となり、終盤は入場までに五時間を要するほどの盛況だったとも聞く。
この『若冲』をしるした作家澤田瞳子のことはなにも知らなかった。はじめは立ち読みで「オール讀物」の連載「つくも神」を眺めた。若冲が妻帯していた設定になっていておどろいた。
二〇一五年文藝春秋社から単行本にまとめられ、直木賞候補になったことも知っていた。
お盆の休暇にようやく文庫版を購入した。

そこではじめてこの作家が京都相国寺に隣接する同志社大学の出身だと知った。若冲へのこだわりの原点をみたおもいがした。相国寺は若冲との縁が深く、同寺の塔頭:金閣寺の屏風を中心に展示した承天閣美術館に若冲の作品を展観にいったこともあった。ここでも図録はすでに品切れだった。
いずれにせよ、澤田瞳子『若冲 jakuchu』(文春文庫)は、季節はずれの牡丹の大輪をみたおもいがした好著だった。
文字壹凜Summary
20160424142155830_00041-716x1024[1]DSCN9376 DSCN9366 DSCN9375 20170217162515_00001 20170217162515_00003 20170217162515_00004

【展覧会】相国寺承天閣美術館|伊藤若冲生誕三〇〇年記念展|[後期]2016年5月21日まで and more|終了企画

20170217162515_00001 20170217163835_00001 20170217162515_00004 20170217162515_00003
相国寺承天閣美術館

伊藤若冲生誕300年記念展〔後期〕
2016年12月15日-2017年5月21日[日]
会期中無休
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伊藤若冲(1716-1800)は、18世紀の京都で活躍したことで知られる画家である。
繊細な描写技法によって動植物を美しく鮮やかに描く一方、即興的な筆遣いとユーモラスな表現による水墨画を数多く手掛けるなど、85歳で没するまで精力的に制作を続けた。

20160424142155830_0005resize2016年4月22日-5月24日にかけて東京都美術館で開催された 『生誕300年記念 若冲展』 では、若冲の生誕300年を記念して初期から晩年までの代表作、 すなわち若冲が京都・相国寺に寄進した「釈迦三尊像」三幅と、「動植綵絵」30幅など89点が紹介された。
東京でこれらの作品が一堂に会すのは初めてのことであり、40万余の来館者をむかえて会場は連日大混雑がつづいた。
このように相国寺とふかい関係をもつ若冲は、 近年多くの人に愛され、日本美術の中でもきら星のごとく輝きを増している。

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ところで、臨済宗相国寺 のことは知らなくとも、その塔頭(たっちゅう 寺内・寺外寺院)の鹿苑寺(金閣寺)・銀閣寺はひろく知られている。
相国寺は室町幕府三代将軍 足利義満により創建され、金閣寺もほぼ時を同じくして義満により創建された。金閣寺の正式名称を鹿苑寺といい、寺外ではあるが相国寺の塔頭寺院のひとつである。鹿苑寺は舎利殿の「金閣」が有名なためにふつうは金閣寺と呼ばれている。
銀閣寺はその後年、同じく室町幕府八代将軍である足利義政により創建された。
このように鹿苑寺(金閣寺)・銀閣寺ともに、足利歴代将軍が創建した禅宗寺院として、本山である相国寺の山外塔頭となり今に至っている。
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《『活版小本』の製作者 ぢゃむ・杉本昭生さんと・・・・・・》
東京都美術館の若冲展は、ともかくひとが多すぎてゆっくり鑑賞できなかった。それでも何点かの作品の前で鳥肌がたった。
DSCN9362 DSCN9364たまたま京都行きの用件があったので、一日前に入洛して相国寺墓地の「禁門の変 長州藩殉難者墓所」に詣でることにした。相国寺の墓地は禅宗寺院らしく狭小ではあるが、ここには伊藤若冲の墓所のひとつと、足利義政の墓所もあるときいていた。

そののち、刻限を区切り、同寺山内の承天閣美術館で 『活版小本』の製作者 ぢゃむ・杉本昭生さん とほぼ一年ぶりでお会いすることにした。
畏友:杉本昭生さんとのはなしは、いずれ、また。
若冲の作品では「鹿苑寺大書院旧障壁画五十面」(重要文化財)が俳味のあるよい作品であった。なによりゆっくり静かに鑑賞できた。上掲図版は同館市販の絵はがきより。
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【櫻たより】 朗文堂 サラマ・プレス倶楽部 沖縄会員から うれしい櫻たよりをいただきました

IMG_0088DSCN9272新里みさき@沖縄です。

二月はプロ野球のキャンプの話題でもにぎわう沖縄です。

ところが南ながらの寒暖差もあり、本島北部からスタートした桜前線も、中部、那覇近郊までやってきました。
画像は友人の職場にある桜です。
来週は関東地方に寒さがまたやってくるようです。
皆さま体調お気をつけてご活躍ください。

【Season’s Greetings】 ドイツの友人バウマン+バウマンより All the best… 問題は思考だけでは解決できないのだから

!cid_image001_jpg@01D24635上掲のカードは1993年のボンに設けられた当時の国会議事堂のプロジェクトで使用した詩です。
どんな色も、どんな問題も解決も、間違いも真実も、すべては混在しているというこの詩は、驚くほど現代とも通底しています。

親愛なる日本の友人たちに素敵なクリスマスと新年がやってくることを心から願っています。
情熱や勇気、既成概念にとらわれないクリエイティビティが、必ずや軍艦の浮かぶ世界の海を越えてくれるはずです。問題は思考だけでは解決できないのだから。
バーバラ・バウマン+ゲアド・バウマン b+b 

文字壹凜まとめ
【文字百景26 バウマン+バウマンと私たち PDF moji-hyakkei 26 B&B_1

【ボヘミア チェコ プラハ】05 民族魂のほとばしり Alfons Mucha アルフォンス・ミュシャ 巨大連作絵画『スラヴ叙事詩』

プラハ[1]

Alfons Mucha  アルフォンス・ミュシャ  『スラヴ叙事詩』
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プラハで市販されている 長尺観光絵はがき より

やつがれは、信州信濃の山奥からでてきた暢気な次男坊カラスである。
もともとバックひとつをぶら下げ、ふらりとお江戸にでてきたから、ものごと、金銭、身分、地位にこだわりはすくない。
むしろお江戸に倦んだら、またべつのところ ― 帰郷するか、天国か地獄 -にでも、まぁどこにでも往けばよいとおもう。
往って、そこで生きる ―― 往生か。 それもまたいいなぁとおもう。

つまり、おおかたの長男坊のように、家や門地にとらわれ、しがらみや守るべきものがないから、ものごとに拘泥するのは好きではない。 裏返せば執着力に欠ける。さらなる悪癖は、世間様の常識とされるものや、きまりごとには、むしろ反発することのほうがおおい(損な性分でもある)。

それより、たれにも、なににも、縛られることなくいきたいとおもう。 等身大の自由人としてすくっと立っていたい。 また本気で 「 やつがれは、衣食住には関心がない 」 といってあきれられることのほうが多い。こうした阿呆な次男坊カラスのことを、長男坊、有名人好き、権威好き、上昇志向が旺盛なひとは、
「 まるでボヘミヤの住人のようだ ―― という意で―― ボヘミアン Bohemian 」
と呼んで軽視もしくは蔑視するふうがある。

ボヘミアンとはもともとはボヘミア地方の住人のことで、中心都市はチェコのプラハである。
ボヘミアン ― チェコのひとは、欧州の中心に位置しているという自負がある。 ただし、その地勢的な位置関係から、避けがたく、絶えず隣国の脅威にさらされ、それと闘い、ときには隷従をしいられたり、流浪したりと、堪え忍んできたつらい歴史もある。

またチェコは古来地味はゆたかで、ジャガイモ、テンサイ、ホップなどの農産物がおおく、チェコのビールは格段の味わいらしい。
下戸のやつがれはつまびらかにしないが、わが国でよく語られるほどドイツではビールを飲まないし、むしろワイン、それも白ワインを自慢するふうがあった。
ところがプラハでは、街のいたるところにビアレストランがあって、夕まぐれから深夜にかけて、おおきなジョッキを傾ける光景をしばしばみかけた。 また鉄鋼業を中心に工業産業がさかんで、ガラス工芸、機械工業も盛んな地である。

すなわち 「 ボヘミアン、おおいに結構じゃないか 」 とおもい、一度はプラハにいきたかった。
さいわい、いずれもお盆休みを利用した「三泊+機中泊二日」というみじかい滞在の弾丸旅行だったが、2014年08月、2016年08月の二度にわたってプラハを訪問した。
古都プラハはわが国の京都と姉妹都市であり、街の規模も似かよっているし、名所旧蹟は数え切れなくある。したがってその紹介にあたり、気軽な観光写真と食べ歩き報告ではない方法をかんがえていたが、なかなかに難しいものがあった。

たまたまYouTubeに、プラハを流れるブルタバ川(わが国ではドイツ語風にモルダウ川がふつう)、プラハ城、レギー橋、プラハ国民劇場、欄干に聖人の彫像が見られるカレル橋、旧市庁舎の時計塔、街並みなど、プラハの主要な観光地の映像があった。
やつがれが訪ねた真夏とちがい冬枯れのプラハの光景であったが、ここに紹介された観光地のほとんどは訪問している。
それと本稿の主要テーマ、『アルフォンス・ミュシャ スラブ叙事詩』製作の端緒となった民族音楽、カレル・アンチェル&チェコ・フィル( Karel Ančerl )演奏、スメタナ作曲の交響詩『我が祖国 プラハの風景』12:32があった。まずこのYouTubeでプラハのふんいきを知っていただきたい。

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《アール・ヌーボの旗手から大変貌するきっかけとなった スメタナの交響詩『わが祖国』》
アール・ヌーヴォーの旗手、アルフォンス・ミュシャ(Alfons Maria Mucha, アルフォンス・マリア・ムハ、1860-1939 わが国ではフランス風にミュシャとする)は、もうひとりのアール・ヌーボーの画家、クリムト(グスタフ・クリムト, Gustav Klimt, 1862-1918 帝政オーストリアの画家)と双璧をなしたグラフィックデザイナーであり、画家でもあった。

パリでのミュシャの出世作『ジスモンダ』長尺ポスター 1894年
プラハ城 聖ヴィート大聖堂 外観 プラハ城 聖ヴィート大聖堂 ムハのステンドグラス1 プラハ城 聖ヴィート大聖堂 ムハのステンドグラス 上部アッププラハ城 聖ヴィート大聖堂 ミュシャ製作のステンドグラス 1931年

ミュシャはパリとアメリカを往復しながら、クリムトとならんで満天下の人気をあつめ、おもに官能的な女性を描いていたが、次第にボヘミアンとしての民族意識にめざめるようになった。
一説によると、1908年(明治41)ボストン交響楽団の演奏によるスメタナの『わが祖国』をきいて感動し、またアメリカで生計を維持するのに足るスポンサーもついたため、余生をチェコ国民とプラハ市民に捧げるべく、1910年、プラハ近郊にあるズビロフ城の一部を借り、ミュシャの20年近くにわたる『スラヴ叙事詩』の製作がはじまった

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わが国には情感ゆたかにうたいあげた「叙情詩」や、心情を吐露し訴求した「抒情詩」は多い。ところが、「神話」はあまたあるとはいえ、「叙事詩」は意外にすくないよようだ。
すなわち「叙事詩」とは、「多くは民族など社会集団の歴史的事件、特に英雄の事跡や事柄をありのままに述べつづる(叙事)の態度でうたい上げた詩」とされる。
すなわちミュシャが、1910年から1928年にかけて、民族の歴史をまなび、それに通暁し、さらに事実調査と現地調査をかさねてつくられた連作絵画が『スラヴ叙事詩』である。

『スラヴ叙事詩』は、チェコおよびスラヴ民族の伝承および歴史を題材としており、太古の時代から1918年のチェコ独立までを描いている。ただし、制作順序については作品に描かれた時代どおりではない。
サイズは小さいものでもおよそ4 x 5メートル、大きいものでは6 x 8メートルに達する。

全作品が完成した後、1928年に特設の展示場を用意することを条件に、この作品はプラハ市に寄贈された。
しかしながら、ミュシャと『スラヴ叙事詩』は、製作完了から必ずしも幸せな道を歩んだわけではない。2012年以前はチェコ共和国の地方都市、南モラヴィア州のモラフスキー・クルムロフの城館に忘れ去られたように展示されていた。

1939年03月、ナチスドイツによって当時のチェコスロヴァキア共和国は解体されて、プラハに入城したドイツ軍によってミュシャは逮捕された。
「ミュシャの絵画は、国民の愛国心を刺激するものである」という理由からだった。
ナチスドイツ軍は70歳代後半になっていたミュシャを厳しく尋問し、三ヶ月余にわたって拘留した。欧州戦線での第二次大戦が終了の前、78歳のときに獄中で躰調をくずして釈放されたが、その4 ヶ月後に症状が悪化して終戦をまたずに逝去した。
◯ アルフォンス・マリア・ミュシャ(Alfons Maria Mucha, アルフォンス・マリア・ムハ、1860年7月24日 - 1939年7月14日)

ミュシャの遺体は、『スラヴ叙事詩』製作の啓示をあたえたとされる作曲家:スメタナ、戯曲家・作家・造形者・造園家のヨゼフ・チャペック、カレル・チャペック兄弟らとおなじ、プラハ : ヴィシェフラット民族墓地 Vyšehradský hřbitov の中央部にある「合同霊廟 スラヴィーン Slavín」に埋葬されている。
ヴィシェフラット民族墓地(Vyšehradský hřbitov)スラヴィーン(Slavín)合同霊廟 ヴィシェフラット民族墓地(Vyšehradský hřbitov)スラヴィーン(Slavín)合同霊廟のムハの霊廟アップ戦後、祖国は独立を果たしたが、当時のチェコ共産党政権は愛国心との結びつきを警戒し、ミュシャの存在を黙殺した。
しかし民衆レベルではミュシャへの敬愛は生き続け、1968年におこった変革「プラハの春 Pražské jaro」の翌年には、ミュシャの絵画による郵便切手数種が製作されている。
また世界的にも、1960年代以降のアール・ヌーヴォーの再評価の動向とともに、改めて高い評価を受けている。

2012年以降はチェコ国立美術館分館、ヴェレトゥルジュニー宮殿(Veletržní palác National Gallery in Prague)1 階に展示されている。
この建物は本来「産業見本市」のために1928年(昭和03)に建設された、鉄とコンクリートと水平連続ガラス窓を特徴とする「国際様式建築」であるが、90年近い時を刻んでなお古さを感じさせない名建築であった。
それでも、「建築様式の見本の街」とされるプラハでは、少なくとも旧市街ではほとんど類似の建物をみることはなかった。
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《チェコ国立美術館分館ヴェレトゥルジュニー宮殿(Veletržní palác)の『スラヴ叙事詩』》
プラハのアールヌーボ建築ブームの先駆けとなった産業宮殿 ヴェレトゥルジュニー宮殿 (Veletržní palác National Gallery in Prague)外観 スラヴ叙事詩案内板上) プラハのアールヌーボ建築ブームの先駆けとなった産業宮殿。ここが手狭となり至近の地に新宮殿が1928年にプラハ初の「機能主義様式」で建設された。Veletržní は「見本市の」の意である。
下) ヴェレトゥルジュニー宮殿 (Veletržní palác, National Gallery in Prague 1928年)の外観と正面サインボード

スラヴ叙事詩『クロムニェジージュのヤン・ミリチ』『ベツレヘム礼拝堂でのヤン・フスの説教』『クジージュキの集会』『スラヴ叙事詩』 左) ロムニェジージュのヤン・ミリチ 中) ベツレヘム礼拝堂でのヤン・フスの説教 右) クジージュキの集会

アルフォンス・ミュシャ畢生の大作『スラヴ叙事詩』のスケール感を実感していただきたく、上掲図版を紹介した。
来館者はほとんどA4 三つ折りの小型パンフレットをもち、作品と解説(叙事詩)を見くらべている。若いカップルなどは肩をよせあって、男性がちいさな声で解説を読みながらゆっくりと鑑賞している姿はほほえましかった。
それでもこれだけの著名作品なのに、来館者はまばらで、その分ゆっくり『スラヴ叙事詩』と対話できた。またノーフラッシュが条件ではあるが撮影が許可されることにはおどろいた。

二年前のプラハ訪問の際、プラハ場内のルネサンス様式の建物で「午後のコンサート」を聴いた。なにぶん観光地でのコンサートであり、ピアノとヴァイオリンだけの演奏であったが、スメタナ組曲『わが祖国』はしみた。臨席の老夫婦などは頬を紅潮させてスタンディング・オベーション。不覚ながらやつがれも鼻の奥がムズムズした。
ヴェレトゥルジュニー宮殿でも『スラヴ叙事詩』をみながら、幻聴のように、スメタナ『わが祖国』が耳朶のどこかで鳴りひびいていた。
以下ウィキペディアの支援をうけながら、いくつかの作品を紹介したい。

◎ スラヴ叙事詩『イヴァンチッチェでの聖書の印刷  神は我らにことばを与え給うた―』
スラヴ叙事詩『イヴァンチッツェのモラヴィア兄弟団学校―クラリッツェ聖書の発祥地―』 スラヴ叙事詩『イヴァンチッツェのモラヴィア兄弟団学校―クラリッツェ聖書の発祥地―』より印刷の様子 スラヴ叙事詩『イヴァンチッツェのモラヴィア兄弟団学校―クラリッツェ聖書の発祥地―』より紙漉きの様子イヴァンチッチェでの聖書の印刷  神は我らにことばを与え給うた
1914年 610 x 810 cm

ヤン・フスとペトル・ヘルチツキーの影響を受けて1457年に設立されたチェコ兄弟団(ボヘミア兄弟団)は信仰にとって教育が重要なものと考え、ミュシャの故郷であるイヴァンチッチェに学校を創設し、聖書をチェコ語に翻訳した。
この聖書はその後クラリッツェで印刷されるようになり「クラリッツェ聖書」と呼ばれた。
チェコ語で書かれたこの聖書は国民の連帯意識を高め、またチェコ語文法の基本ともなった。
画面右手には印刷された聖書をルーペを使ってチェックする人人が描かれ、左手前方には老人のために聖書を読む青年が描かれている。青年の厳しい表情はカトリックによるその後の迫害を予知しているかのようである。

◎ スラヴ叙事詩 『ブルガリア皇帝シメオン スラヴ文学の明けの明星スラヴ叙事詩『ブルガリアのシメオン皇帝―スラヴ語文学の暁の明星ー』 スラヴ叙事詩『ブルガリアのシメオン皇帝―スラヴ語文学の暁の明星ー』よりシメオン皇帝 スラヴ叙事詩『ブルガリアのシメオン皇帝―スラヴ語文学の暁の明星ー』より筆記者と本を読む老人ブルガリア皇帝シメオン スラヴ文学の明けの明星
1923年 405 x 480 cm

ブルガリア帝国の皇帝シメオンⅠ世は帝国の版図を拡大し、その治世は帝国の繁栄の時代であった。ブルガリアは文化の中心地ともなり、ここには文人、学者、司祭に囲まれた皇帝が描かれている。

◎ スラヴ叙事詩 『フス教徒の国王ボジェブラディのイジー 条約は尊重すべし』
スラヴ叙事詩『ポジェブラッドのイジー王』 スラヴ叙事詩『ポジェブラッドのイジー王』より読書する人びとフス教徒の国王ボジェブラディのイジー 条約は尊重すべし
1923年 405 x 480 cm

フス派の穏健派(ウトラキスト派)はバーゼル協約によってフス派を認めさせることに成功した。しかし教皇はこの協約を一方的に破棄し、ローマに従うことを求めてきた。
この時チェコの国王であったのがボジェブラディのイジーであった。彼はおよそ150年ぶりのチェコ人の国王であり、賢明な王として知られた。
この作品では横柄な態度をとる教皇の使節に対し、玉座を蹴って立ち上がり、要求をはねのける国王の姿である。右下に描かれたこちらを向いた少年は「ローマ(ROMA)」と題された大きな本を閉じており、ローマとの関係の終焉を表している。

【 活版 à la carte : チェコ プラハ での過去ログ紹介

【Season’s Greetings】 ドイツの友人バウマン&バウマンより north meets south

!cid_image003_jpg@01D22EB7 !cid_image009_jpg@01D22EB7シュヴェービッシュ・グムンドという、シュトットガルト郊外の、それこそ歯を噛みそうな名前のふるくてちいさな街に住居とオフィスをおく「バウマン&バウマン」とは、フランクフルトのブックメッセに出展していた十年ほど前までは毎年かならず会っていた。
その後かれらは日本にも数度、訪問教授として、私的旅行で来日していた。それらのよきおもいでは幾層にもかさなる。

ふたりはあいかわらずローティス書体にこだわり、ますます創作意欲はさかんである。うれしい便りをいただいた。
【 参考 : 文字百景56号 バウマン&バウマン 】 B&B ゲアド B&B バーバラ!cid_image001_png@01D239D9

【図書紹介】 北方謙三<大水滸伝>全51巻完結! 伝説も去りて、残るは物語のみ。君に語れ、漢オトコらの物語。『岳飛伝』17巻文庫版刊行開始 ― ケンゾーの小説は躰にも脳にもわるいとおもう

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《活字・図書離れが語られ、取次・書店の不振もあらばこそ――怒濤の勢いの北方謙三》

テレビ・新聞・図書出版・雑誌・印刷・製本など、ほとんどのメディア産業が総崩れとされ、青息吐息、気息奄奄、意気消沈のさなか、ひとり<集英社 北方謙三大水滸伝コーナー>が気を吐いている。
ここには先の<Club 楊令伝>のときと同様に<Club 岳飛伝>が結成され、逐次刊行される文庫版の発売日直前に、北方謙三名義で集英社から下掲のようなメールが配信される。

登録、ありがとう。これから、月に一回ずつメッセージを送る。 『岳飛伝』の本筋には関係ないが、知っているとにやっと笑ってしまうような、そんなことが伝えられればいい、と思っているよ。 じゃ、今度の発売日に。 北方謙三
集英社文庫 『岳飛伝』読破応援企画 ・ Club 岳飛伝

つまりやつがれ、北方謙三(以下ケンゾー)の読者(ファンでは決してないぞ)として、<Club 楊令伝>のときと同様、<Club 岳飛伝>にも参加している。 20161124215858_00001北方謙三『岳飛伝 第一巻 三霊の章』 四六判図書 したがって、『大水滸伝』全51巻のうち、『水滸伝』全19巻の四六判図書と文庫版、『楊令伝』全15巻の四六判図書と文庫版をすでに所有し読破ている。
もちろん『岳飛伝』全17巻の四六判図書は購入済みである。
──────────
{新宿餘談}
ケンゾーの粗放で語彙のすくない(失礼。豪放ににして簡潔な)文章を読むと、佛をなまの立木に一刀彫りで刻んだ円空仏をみたような妙な衝撃がのこる。
つまりことしの05月16日、『 岳飛伝 17 星斗の章 』の公刊をもって、ついにというか、ようやく、北方謙三 「 大水滸伝 」 全51巻が完結して安堵した。

たまたま家人が書棚をすこし整理してくれた。それを好機としてケンゾー離れを意図して、ほかの作家の図書にとり組んだがどうもうまくいかない。 とりわけ併読していた宮城谷昌光や、葉室 麟、浅田次郎はかえって抵抗感がつよかった。

そこで、ふるい蔵書の三島由紀夫や川端康成など、語彙を駆使し、情感たっぷり、丁寧に書きこまれた図書に触手をのばしたものの、リズム感に欠け、情景描写が多すぎたりして鼻についた。
つまりケンゾーは憑くのである。憑いたが最後はなれないから、躰にも能の発達にも悪影響があるような気がする。
とどのつまり、ミシマもカワバタも中途で挫折して、結局はケンゾーの『史記』と『三国志』をもう一度読みなおしている惨状下にある。 ケンゾー『史記』は全七巻、ケンゾー『三国志』は全14巻である。

もともとオヤジが隠していた大衆小説、吉川英治の『三国志』で長編小説のおもしろさを知り、司馬遷の『史記』に読みふけったやつがれであるからして、ケンゾー作品は原典無視もいいところである。
したがって地下にある、原作者にして厳格をもってなる史官の司馬遷は、ケンゾーの『史記』の存在を知ったら、悲嘆にくれるに違いないとおもえる。

ところがケンゾーはそんなことは一切頓着せずに、速く駈ける軍馬のこと、兵は兵糧をとらずとも馬の秣はかかせない、馬の乳から醸った酒はまずいが、米の酒はうまいだの、射殺した鹿の骨つきのナマ肉に、手づかみで喰らいつくだの、死の床で家族に手を握られながら迎える漢オトコの死など、恥辱以外のなにものでもないなどととわめきちらすのである。
そして戦場に疾駆し、全身に矢をあびてなお倒れず、絶命するのが真の漢オトコの死だと一方的に断定するのである。こんなケンゾーにはただただ呆れるしかなかった。
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集英社からケンゾー名義の@メールがきた。 集英社文庫『岳飛伝』全17巻が11月18日[金]から発売されるとあった。
その日は帰宅をはやめ、近くの書店でケンゾーの集英社文庫『岳飛伝 第一巻 三霊の章』買った。 うれしくもあり、どこかなさけなくもあった。
繰りかえすが ケンゾーは憑くのである。憑いたが最後はなれないから、躰にも脳の発達にも(まだあるかどうかわからないが)悪影響がある気がするのである。
これがして、ひそかに読者諸賢におすすめするゆえんである。 岳飛伝

【空中花壇】 水も土も凍りはじめる立冬というのに、空中花壇の園芸家はいまだ多忙なり

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《 畏友 杉本昭生[活版小本]によれば 11月07日 水がはじめて凍るとき――立冬とする 》

活版小本そもそもブログや SNS で犬や猫をテーマにするのは禁じ手ではなかろうか。
犬も猫もあまりに、そして無条件にかわいいし、さまざまな愛らしいポーズもとってくれる。
京都吉田山に居住する杉本昭生さんは、季節のうつろいをブログ上にえがきだしてみごとである。今回は画像の一部を拝借した。ここには当然犬猫のたぐいは登場しない。

やつがれは犬も猫もだいすきである。以前は同時に犬も猫も飼っていたが、喘息によくないからと医者に飼育をストップさせられた。その恨みと焼きもちの気分もすくなからずある。
そこでいつもの「空中花壇」の話題に転じよう。

DSCN8651 DSCN8664DSCN7994吾が 「 空中花壇 」 の造園家は迂闊で、しばしば播種のときをはずすし、季節はずれの艸花をムキになって育てたりしている。
また、世間では「雑草」の代表のように唾棄する野草を、わざわざ 鹿児島の五代才助(友厚)生誕地から採取 して 「 才助 」 と名づけて育ててきた。


そもそもやつがれ、「 雑草 」 という名の艸はないと心底おもっているから、懸命に育てていた。やがて 「 才助 」 は野菊に似たちいさな花をつけた。 それはわざわざ鹿児島から持ちかえるまでもなく、東京でもどこの空き地にでも繁茂している、まぎれもない「 雑草 」 だったが、名を調べないまま枯れるまで見まもっていた。

【 花筏 : 朗文堂好日録039-春を待つ日日。わっせクン、才助とかわす朝の挨拶 2015年02月04日

《 そもそも、ハロウィン ・ グッズを花壇に持ちこむ不逞のやからがいるからして…… 》
10月31日は 「 ハロウィン 」 である。
昨今のハロウィン祭りは、アメリカ経由のカラ騒ぎの面がみられるが、本来のハロウィンは、紀元前1000年ころに中央ヨーロッパを席巻した 古代ケルト人 が起源の祭とされ、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事である。
ケルトの「 文  ≒ 紋学 」 [ウィキペディア画像集]は、「 字学 」 と同様に興味がつきないが、現代の視点からみると、多くの古代文化の造形と同様に、面妖で怪奇な面もなくはない。

吾が「 空中花壇 」 に、ちいさなカボチャを頭にして、三年ほどまえから鎮座ましましているのが 「 わっせ君 」。 これはバレンタイン モトイ ハロウィンのときに ノ ー学部がなにかのついでに100円ショップで買ってきた。
価格は安いが、ソーラーパワー ( 太陽電池 ) がどこかに内蔵されているらしく、いまでも陽射しがつよい日には 「 わっせ、わっせ 」 と左右に躰をはげしく振動させている。
ただそれだけのものだが、目覚めの一服のさなかは、たったひとりの朋輩であり、見飽きることがない。 だからベランダにでると、まず、勝手に名づけた 「 わっせクン 」 と挨拶、顔合わせをつづけている。


[ノー学部] わたしのガラ携動画で撮ったので画質が悪いのですが、片塩さんのベランダ喫煙の友「わっせ君」の動く様子です。一年365日、ベランダで頑張っている健気なやつです。

ことしはやつがれが丹精している赤と紫のペチュニアふた株の植木鉢に、失敬千万、けしからんことに、いつの間にかコウモリがついた風車のようなハロウィン・グッズが、むかしからいたような顔をして居座っている。これもノー学部の仕業に違いない。
このペチュニアは過酷な夏、それもエアコンの室外機が吐きだす熱風にまけず、花をつけ続けた愛着のある艸花であるのに。

ところで、長岡栃尾の 「 紙漉 サトウ工房 」 でも味わいのある草木染めをみた。とても味わいがあってよかったが、やつがれはだいぶ前から、いつか草木染めに挑戦しようという意図があって、密かにこの花柄を摘んで空き瓶に貯めている。
DSCN8422このごろすこし赤花のパペチュアが元気がないなとおもったら、なんと、
せまい植木鉢から  「 才助 」 がニョキニョキと芽ばえていた。考えてみたらこの植木鉢はかつて 「 才助 」 を育てた鉢だった。
もちろん移植に際して土替えはしたが、なにしろ悪名とどろく 「 雑草 」 のことゆえ、どこかに種子をのこしていたらしい。
それでも隣のピンクのベゴニアの花は、なんとなく草木染めには適さないとおもっていたし、ペチュニアの赤い花も、紫の花にくらべると
すこし力感に欠けると …… 。だからいまは、おそらく 「 才助 」であろうが 、ニョキニョキと伸びるがままにしている。
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すこしうれしいのは、ちいさな苗で買った香草がげんきなこと。「ホットリップス」、「レモン・マリーゴールド」、「セージー」などが次〻に花をつけている。原産地はメキシコ高地の植物だというからこのまま冬を越しそうな勢い。

《 畏友 : 杉本昭生「活版小本」によれば11月12日からは立冬 次候 : 地始凍とするが 》
553[1]11月も半ばとなった。古来の暦法、二十四節季、七十二侯によれば、すでに立冬で、水も土も凍りはじめるときらしい。
ところが「空中花壇」の園芸家は、摘芯のときをわすれ、背丈だけやたらに伸びて、颱風のおり、支柱のさきから半分枝折れしてしまったミニトマトをいまだに育てている。
ミニトマトとしては、夜などは摂氏10度を下まわる寒さのなかで結実するのは、さぞかしたいへんなこととおもわぬでもない。
DSCN8415反対側の壁面には、熱帯植物 : 雲南百薬 {おかわかめ} と、謎の巨大植物 {メキシカーナ} がげんきである。
既報のとおり、最近 {おかわかめ倶楽部} という奇妙な会が誕生し、あちこちの黒ポットにムカゴや挿し芽の{おかわかめ}が寒風に震えながらも育っている。
念のためにしるすが、{おかわかめ}はあくまで熱帯地方の草花である。かような立冬のさなかに増植すべきものではないはずだとおもう。
DSCN8411 DSCN8400 DSCN8397──────────
11月12日[土]、寒い朝だったが陽光がベランダに射していた。
そんな朝、「立冬 地始めて凍る」と京都の畏友が予告しているにもかかわらず、早朝からたたき起こされた。
「たいへん、たいへん、またトロロアオイが咲いてるよ」
冗談ではない。やつがれ今日か明日かと待ち望んでいた、ひこばえから健気に結花しようとしているトロロアオイのことなど十分に知っていた。
せっかくの休日だったが、ともかくこの花の開花時間はみじかい。そこで眠気まなこをこすりながら、間違いなくことし最後であろう「トロロアオイ」の花を観賞した。

嗚呼無情、こののちわずか、朝食の木綿豆腐の上に、長寿の薬草{おかわかめ}と、{トロロアオイ}の花が一輪、ちいさく刻まれて載り、いつの間に採取したのか、赤くなったミニトマトが数個、トーストの脇に転がっていた。
そのとき、椋鳥かなにかのつがいの渡り鳥が{メキシカーナ}にやってきて、ギャーと啼いた。 

【良書紹介】 「ミツカン水の文化センター」の機関誌『水の文化』 第54号を発刊 {昆布ロード}をご存じですか

水の文化54 resizedミツカン(株式会社Mizkan Holdings)は、2004年(平成16)創業200周年を迎えました。
「水」の恩恵を受け、「水」によって育てられてきたミツカンは、「水」をテーマとした社会貢献活動として、1999年(平成11)1月「ミツカン水の文化センター」を設立しました。

人の営みの根源には、常に「水」があります。人はときには「水」と闘い、またあるときには「水」と共生しながら、自らの「暮らし」をつくり上げてきました。当センターでは、この〝人と水とのかかわり〟によって生み出されてきた生活様式を「水の文化」ととらえています。
「健全な水循環」が保持されるよう、さまざまな研究活動や情報交流活動を通じて、「水」の大切さを伝え、「水」への意識向上を広く図っていきたいと考えています。
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◎ 「ミツカン水の文化センター」 の機関誌 『水の文化』

機関誌「ミツカン水の文化センター」の機関誌『水の文化』
機関誌『水の文化』は、1999年(平成11)1月創刊。年3回、無償で発行しています。
創刊以来54号にたっしましたが、「人と水」、「人と人」 のかかわりの中で生み出された、知恵や地域固有の習慣に光を当ててきました。「水の文化」 を探るうちに、思いがけない〝新たな視点〟を発見することも。

意識してきたのは、多様な領域への取材。物事を一側面からだけ見るのではなく、立場が異なる人がどう考え、どうかかわっているかに着目し、横串を通すことで新たな切り口を探ります。また、無形の財産ともいえる知恵や習慣が、未来へつながることを心がけています。
発行後しばらくすると、ホームページ[水の文化 バックナンバー]からPDFファイルもダウンロードすることができますので、定期購読申込とあわせてご利用ください。

【 詳細 : ミツカン 水の文化センター
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企業文化広報誌としてきわめて評価のたかい、ミツカン 水の文化センター『水の文化誌』は、本欄でも 2016年03月02日 52号2016年07月14日 53号 に際して紹介 してきた。
ミツカン水の文化誌5220160711153632_00001
水の文化54 resized『水の文化誌』54号の特集は、「和船が運んだ文化」であるが、特集 Story 1 「昆布ロード ―― 富山藩と薩摩藩による[知られざる交易]」を興味深く読んだ。

明朝末期のなにかの刊本で読んだ記憶があるが、その資料を探し出せないでいる。
すなわち記憶によれば、南宋の時代、蝦夷松前(北海道)の良質な昆布が、天然の良港であった 十三湊 (青森県五所川原市)にあつめられ、そこから日本海を経由して、沖縄列島や黄海の島伝いの航路をたどって、長江(揚子江)、河水(黄河)の上流まで、砂金とともにひそかに運ばれていたという記録である。

当時の和船はちいさくて、沿岸航海しかできず、もっぱら中国船での輸送、それもひそかな輸送であったようだが、東北の豪族 : 安藤氏や藤原氏には、この「抜け荷  ≒ 密貿易」による昆布と砂金の輸出によって、京都政権による「日宋貿易」にまさるとも劣らない、巨万の富をもたらされたとしていた。

当時の中国は、漢族により臨安(杭州)をみやことした南宋と、満州女真族により開封をみやことした金(前金)が淮河を境に南北に分割統治していた。
ところが、その空隙をつくように、いわば密貿易で、中国船は大陸奥地まで大型船・小型船を乗り継いで輸送をつづけたという。
当時の中国で昆布がもとめられたのは、沿岸部では罹患者はすくなかったものの、内陸部にいくほど一種の風土病があり、昆布はその風土病に劇的な治癒効果をもたらしたので、「俵物」とされた昆布は一種の薬草とされ、チベットや蜀(四川省)のあたりまで輸送されていたと記憶している。
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◎ 『水の文化誌』54号の特集 「和船が運んだ文化」
   特集 Story 1 「昆布ロード ―― 富山藩と薩摩藩による[知られざる交易]」

だしや煮しめの具材など、日本人の食生活になくてはならない昆布の産地は羅臼、利尻などに代表される北海道が有名だが、消費量では富山県が際立って多く、数年前までは不動の全国1位だった。
昆布の採れない富山県で、なぜ食されているのか。それは江戸時代、富山県域が昆布をはじめとする海産物を運んだ海上流通の中継地を多く擁していたことに端を発する。
同じく昆布が生息しない沖縄(琉球)でも食されているのは、富山藩の商人たちが薩摩藩に昆布を持ち込んでいたからだ。
この富山藩と薩摩藩による「知られざる交易」が、やがて倒幕へとつながる。その痕跡を富山県と鹿児島県でたどった。


富山藩と薩摩藩 ―― 外様同士の暗中飛躍
「昆布ロード」をご存じだろうか。北前航路が拓かれた江戸時代中期から幕末、明治にかけて、蝦夷地(北海道)で収穫された昆布は、北前船で京都 ・ 大坂へ運ばれるだけでなく、薩摩から琉球を経て、さらには中国(清 ・ 後金)まで届けられていた。その道筋を「昆布ロード」と呼ぶ。

当時、昆布は重要な品だった。甲状腺障害が流行していた清ではその予防のためにヨードを多く含む昆布が求められていたが、海水温が高い清の沿岸では良質な昆布は育たない。
そこで財政の悪化した薩摩藩は、東アジアの海洋貿易の中継地として栄えていた琉球王国を介し、清に対して「抜け荷」と呼ばれる密貿易を始める。清への貢ぎ物のひとつが松前産の良質な昆布だった。

ところが北海道からは遠い薩摩藩で、昆布の入手は容易ではない。そこで薩摩藩が目をつけたのが富山藩。ともに外様大名であり、財政の逼迫した富山藩と薩摩藩が密かに手を結び、互いに利益を得る。薩摩藩は密貿易で得た利潤で財政を立て直し、倒幕へと向かったともいわれる。
北前船を舞台とした両藩の企てとは、どのようなものだったのか。[後略]

【図書紹介】 『よしふみ と からあげ』 ① ② ③ +最新刊 ④ 関口かんこ著 講談社コミックプラス刊

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よしふみとからあげ4カバーresized よしふみとからあげ04家に帰っても一人。そんな時話し相手がいてほしいと思いませんか。
そんな気持ちを満たすかどうかはわからないけれど、飼い主 ・ よしふみと、ペット ・ からあげが、会話したりケンカしたり、たまに思いやったりして日々を過ごす〝水浸し日常マンガ〟。
著者は 関口かんこさん 。
最新第四巻、発売開始。
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よしふみ ―― 人間

よしふみ ―― 人間

からあげ ― ウーパールーパー

からあげ ― ウーパールーパー

 

よしふみとからあげ02「社畜人間」にして飼い主 【 よしふみ 】 と、もともとは食材として売られていたペットのウーパールーパー 【 からあげ 】 のおはなし。
ダストジャケットをはずすと、裏表紙(表四)に、電子書籍ではなかなかできない意外な仕掛けがあります。とりわけ第三巻、第四巻は造形者なら大笑い必定です。
版元は 講談社 。 推薦者は作者 : 関口かんこさんに負けず劣らずサラマンダーにこだわりつづける サラマ ・ プレス倶楽部 。 あらたな山椒魚戦争のはじまりです。

{ 新宿餘談 }
アホロトール【 axolotol  スペイン語 】。
別称 : サラマンダー、サンショウウオ(山椒魚)  愛称 : ウーパールーパー
幼形成熟するので知られるメキシコ ・ サラマンダー。外鰓ガイサイを有し、尾はひれ状という幼生形のまま、全長30センチ余に達し、成熟・繁殖する。
大航海時代、メキシコ ・ シティ周辺の湖沼に生息するものが欧州に知られてこの名がある。
わが国では標高500-2500mの山地の渓流周辺部にすみ,サンショウウオ、山椒魚の名で知られる。
チェコの作家にして「ロボット」なることばを造語したカレル ・ チャペックは、『山椒魚戦争』(チェコ語 : Válka s mloky )をのこした。同書は、早川書房、岩波書店などから翻訳書が刊行されているが、はなす能力を持つオオサンショウウオが家畜となり、普及し、対立し、やがて人間を追いつめるまでを描いたものである(参照 : ウィキペディア)。